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こんにちは、社会保険の重視でキャリアコンサルダントのかなや なおこです。 社労士なおこの働き方・多様性研究ラジオでは、働き方・ジェンダー・クサードテーマにこうするしかないなという考え方を、こういう考え方もありかもしれへんなと思えるような小さなきっかけをお届けする番組です。
これってなんでこんなんなんやろうとか、えーこれおかしないという若者の出発点に、歴史や制度、統計や海外の事例もたどりながら考えていきたいと思います。
はい、それではちょっとスタンドFMでは久しぶりの配信になりました。本日のタイトルに行きたいと思います。第2回、ソ連が推した男女平等とGHQが渋った生理休暇、労働基準法の裏側についてお話をしたいと思います。
はい、あの前回ではですね、お話しした明治大正時代の工場法ではですね、1日12時間労働っていう風に決められたのが革命的な一歩でした。
しかしそれはあくまでも国を強くするために働き手を潰さないようにするという国家目線のルールだったんですよね。工場法っていうのは。それがですね、一変します。
第2次世界大戦の敗戦からわずか2年後の1947年、日本の労働法は信じられない飛躍を遂げます。GHQの指導の下、人間らしく働く権利を追求した労働基準法の誕生です。
戦前の工場法っていうのは劣悪な労働環境によって女性の背景核が蔓延するなどの問題を是正するために制定されていました。
しかし結局労働時間を短くしたりとか、月2回必ず休日をあげてくださいねっていう風に細かく制定はしていたものの、結局そうなってくると企業が猛反発したんですよね。
そうなったら国際競争に勝たれへんやんか、負けてしまうやんかということで、結局制定はしたものの施工、運用みたいなものは結局5年遅れてしまって、その後にもいろいろ制限はかけていたものの多くの猶予を設けて、あんまり意味なかったとまでは言わないですけど、結果的に骨抜きにされた状態となったんですよね。
新しい労働基準法というものが1947年、戦後にできるわけなんですけれども、そこの第1条が目的条文と呼ばれるものですね。目的条文というのは、だいたい1条に書かれているんですけれども、法律が何を目指して作られたのか、どのような目的や基本理念を持つのかを簡潔にまとめられているんですよね。
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私のスタンドFMで何度か登場したことがあるかもしれませんが、1回この第1条を読んでみたいと思います。
労働条件は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を満たすべきものでなければならない。
この労働基準法の目的条文が目的や基本理念をどのような感じで持っているのかというのを書いているかというふうに先ほど話したと思うんですけれども、そこに人たるに値する生活というふうに書いている。
つまり、この法律は労働者一人一人の尊厳を守ることを目指しているんだと私は考えています。
この労働基準法の根底にあるのは、新憲法にも流れる個人の尊厳です。
労働者を単なる戦力としてではなく、人たるに値する生活を送るべき人間として捉える。
この大きなパラダイムシフトが女性の働き方を劇的に変えていきました。
労働基準法において、歴史上初めて男女同一賃金の原則というものがあるんですけれども、それが明文化されたのがとても大きなことでした。
第4条なんですけれども、使用者は労働者が女性であることを理由として賃金について男性と差別的取扱いをしてはならない。
今の条文を読んで、「おい、賃金だけかい!」というふうに突っ込みを入れたくなるかもしれませんが、そこは置いておいて。
こういう条文が今も残っています。
実はこの条文、当初の草案には入っていなかったと言われています。
きっかけは、対日理事会のソ連代表、デレビアンコ中将による勧告だったと言われています。
なんて言ったかというと、「技能が同じなんやったら、男女に同額の賃金を支払うべきじゃん!」というふうに言ったそうなんですね。
こんな関西弁ちゃいますけど、それが日本政府やGHQを動かしたそうなんですよね。
急遽盛り込まれることになったという意外な背景があります。
当時の賃金格差、どれぐらいあったかと思います。
2024年の男女間賃金格差のデータによると、今2024年の話をしています。
その時は男性を100とした場合、女性の賃金の比率が75.8%でした。
過去最小の差となったそうなんですが、さて1947年当時、どれぐらいあったかと思いますか。
今が2年前かな。2年前は75.8%。
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1947年当時の賃金、それぞれ言ってみたいと思います。
1ヶ月の賃金、男性平均が2241円、それに対して女性は972円というデータがありました。
なので男性に対してわずか43%ほどですね。
今も賃金格差大概あるなと思うんですけれども、そんな日じゃないぐらいありますね。
ここで同じ人間として不当な差別を禁止するという平等の概念が、
ソ連の外圧もきっかけとなって日本の法律に刻まれた瞬間だったかなというふうに調べて感じました。
もう一つ、この時代の象徴的な制度かなと思うのが、生理休暇です。
労働基準法の第67条に規定されています。
あんまり生理休暇ってないそうなんですよね。私まだきちんと調べてないんですけど。
面白いのは、GHQの担当者がこの生理休暇について消極的だったという点です。
なんて言って張ったかというと、こんな制度を設ければ野党側が女性を避けるようになっちゃって、
かえって女性の地位を下げてしまうんちゃうかという懸念をしたそうなんですね。
ああ、なるほどなと。しかし当時の厚生省、まだ労働省はなかったそうなんですけど、厚生省や労働組合は譲らなかったんですよね。
時の厚生大臣は、当時の劣悪な労働環境や、女性が家事も一手に引き受けていた背景を考えれば、
こうした特別な法があって、初めて男女平等のスタートラインを立てるのだと考えたんですよね。
このように、実はこの労働基準法、生理休暇だけではなく、女性を守るためのルールがですね、パッケージのように結構詰め込まれてたんですよね。
今日の内容をいくつかピックアップしていきたいと思います。
一つが、残業休日労働の制限ですね。1日2時間、これ残業ですね。1年150時間まで、休日労働は原則禁止。
あと、深夜業の禁止もありましたね。夜10時から朝5時までは働かせてはいけない。
危険有害業務の禁止というものもあります。重いものを持つ仕事や、校内労働などの禁止。
あと、産前産後休業ですね。産前6週間、産後6週間の確保。
あとは、育児時間とか、これは今もありますけど、1歳未満の子どもを育てるための1日2回、各30分の時間。
お乳をあげる時間というふうにもよく言われていますね。
貴重漁費というのがあるんですけれども、解雇されて帰省する際の漁費を会社が負担してあげてくださいねという規定もあります。
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これらの女性保護の規定は、これが戦前までの劣悪な環境から女性を救い出すための手段の一つだったのかもしれないなというふうに感じました。
こうして1947年に整えられた女性に対する手厚い保護。
それはその後数十年に渡って日本の女性労働のスタンダードになっていきます。
でもですね、社会は変わっていきます。
女性が守られるだけではなく、対等に活躍したいと願うようになった時、この手厚い保護が女性って使いにくいなという差別を生む壁にもなっていってしまうんですよね。
その話はまた次回にできたらと思います。
それでは最後までお聞きくださりありがとうございます。
本日もご機嫌な1日をお過ごしください。
金谷奈子でした。