ちょっとね、もう本当この自己紹介聞いただけでも、ちょっとツッコミどころが満載すぎる。
え、なんでですか。
なんかどんだけ体力多いわけやねんっていうね。
え、そうですか。
いやでもまず、いや絶対そう。
まずね、3人子育て中でワンモペっていう時点で、もうかなりの戦闘力を普通の人はね、削られてると思うんですけど、
そこに会社員をしつつ、昨年から副業も始められたっていうね。
もうね、どんなになっちゃってるんだろうというね。
私と同世代のあるもとみごさんもね、同世代の星ですよ本当に。
いやー、そんなそんなありがとうございます。
はい、ということでね、みごさんと私の出会いとね、みごさん自身のスタイルを始められたのは、いつだったんですか?
去年2024年の12月おととしか。
びっくりした。
ちょうど1年ちょっとぐらい。
1年ちょっと。
はい。
あ、そうなんですね。
ちょうど経ったとこですね。
へー。
はい。
そうだったんですね。
じゃあ、そっか、まだ1年ちょっとということで。
本当1年ちょっとで、まだ200ちょっと配信しかしてないです。
あ、200ちょっと配信なんですね。
はい。
なるほど、なんかいいですね。
いいですか?
なんかみごさんのその200ちょっと配信ってすっごい厳選されてる気がする。
厳選されてます?本当?
宣伝されてる?私の初期の頃の超どうでもいいダラダラした。
いや、それできないんですよ私。逆にそれが羨ましいもん。
本当。みごさんもね、本当皆さんね、話を聞いているとわかると思うんですけれども、
もうね、ご本人はこう言われると嫌かもしれないんですけれども、
本当にね、誠実で真面目な方なんですよ。
そうそう。
ね。
真面目が拭いきれないんです。
いや、本当に。しかも話、なんていうの、収録とかだとね、それがもうダダ漏れてますよね。
そうなんですよ。困ってるんです。
ちょっとあげたいわ、本当に。
欲しい。
本当、クール宅急便でお届けしたいですね、私のこのご本人さんは。
生物。
生物だから取り扱い注意なんで。
いやー、本当に。
そんなね、みごさんと私の出会いといえば、あれですよね、カリンさんの、井浦志カリンさんの、
そう、ファンビジかな。
ファンビジですよね。
はい、そうだと思います。
はい。その前に実は、みごさんが初プラゼロ期。
はい、一期かな。
一期か、一期ですね。に入られてましたよね。
はい。
それで、夢かなフェスだったっけ、夢かなフェス?
あー、はいはいはい。
で、お話しされてましたよね。
そう、高野祭をね、担当させてもらったんです。
うん、そう、それで私初めてね、春本みごという存在を知ったんですよ。
えー、そうなんだ。そうなんですね、それは知らなかった、私。
で、なんかね、みなさんこれを聞いてくださっている方もちょいちょい気づいていると思うんですけど、
関西人なんですよ、みごさんは。
もう、はい、バリバリ関西人です。
イントネーションとか、柔らかい話し方とかに、私はノックアウトその時から目をつけていたわけなんですね。
そうなんですね、ちょっと関西食出たら嫌じゃないかなと。
嫌だ。
嫌なんですけど。
羨ましいんですよ。
これ、五代目浜っ子は関東弁以外何も喋れないので。
あ、そうか。
そうね、地方食の満載のイントネーションとか方言とかにめちゃくちゃ憧れるんですよ。
そうなんですね、よかったよかった。
めちゃくちゃ憧れるの。
横浜なんてもう、ジャンしかないじゃんみたいな感じで。
確かに、ジャンはよく言ってますね。
でしょ、全国ですからむしろジャンは。
そうかそうか。
県の州前と同じくらい全国になっちゃってるんで。
そうなの、いいなあって自然ににじみ出る。
でなんかこの、一生懸命標準スタイルにしようと思ってるけど拭いきれないイントネーション感っていうのがたまらなく壺なんですよ。
ちょっと頑張ってる感出てます。
しかもその女子のね。
可愛いみたいな。
そうなんですね。
どこ目線やねんみたいな感じなんだけど、憧れるんですよ。
これを聞いているね、関東勢の方々はわかるって絶対言ってると思うんですよ。
嬉しい。
そうなんです。
その頃から実は目をつけておりまして、
でね、ファンビジーで去年の2025年の4月からでしたかね。
3月でしたっけ。
そうです。
4月から9月。
9月まで。
10月か。
っていうのでご一緒をさせていただいたわけですよね。
はい。
そこが私とみこさんの出会いだったわけですよね。
実は実は同年代ということもわかりましたし、
なんかこの、かりんさんのね、ビジネス講座、ファンビジネス講座でこのチームに一緒に入って、
コースもね、一緒のセンターコースというコースで一緒にね、学ばせていただいていたので、
やっぱり内部に入ってみると、
同じくらいの年数を生きてきたのに、人間ってこういうふうにも出方が違うんだっていうことをね。
面白いですよね、ほんとそこが。
いや面白かったんですよね。
そう、ほんとになんかこう、いろんな方がやっぱりいらっしゃったので、
そのね、人々の生き様を見るのが私、
美子さんもそうかと思うんですけど、すごく好きなので、
いろんな方のその生き様っていうのが間近で見られてね、とても楽しかったですよね。
ほんと楽しかったですね。
しかも美子さんには去年の夏ですね、
万博の大阪万博のアテンドモさんにしていただいて。
ほんとに楽しくて、もう去年の第1位です、私の心が動いた出来事を。
おっしゃってましたよね。
ほんとに楽しくて、
暑い、あかんねー。
暑かったけど、もう私は満たされまくってましたよ。
そうなんでしょう、私は目が不真面目なので、
もう任せられるところは好きな方に任せちゃおうってですね。
ぜひぜひぜひ。
ほぼ何の下準備もせずですね。
もう良かったー。
万博に、オウムギ抱っこでね、美子さん。
ほんとそれが一番、もう何よりです、役割なので。
ほんとにね、お世話になりました。
こちらこそです。
そんな美子さんと、私が出会った2025年、そして2024年に台風をね、始められた美子さんなんですけど、
美子さんが台風を始めたきっかけは何だったんですか?
きっかけはですね、私そもそも聞き専門の期間が2年ぐらいかな、ありまして。
え、ちょっと待って。
え?
ちょっと待って。
え?
ということは、アプリをダウンロードしたのは2024年の12月のもっと前ってことですか?
もうだいぶ前ですね。
嘘!
音声配信の歴史は私めちゃくちゃ古いんですよ。
え?
最初ポッドキャストから行ったんで、だいぶ古いんです。
でもそれは聞くのみ。
ポッドキャストはそうですよね。
そうそうそうそう。
いろんな人の話を聞くのが好きなので、
なるほどね。
それで聞き倒してたんですけど、まさか自分が音声配信するとは思ってなかったんですけど、
たまたま属していたコミュニティで音声配信している方が多かったっていうのと、
はいはい。
で、たまたまボイシーに一回ちょっと登壇っていうのがあったことがあって、
それで、なんか音声配信向いてるんじゃない?みたいな話を皆さんにいただき、
で、その当時もうやっぱ、要は発信だ発信だっていうのが言われていたので、
やってみたっていうところですね。
楽しいですね。今はすごく楽しいけど、最初はもうガッチガチでしたね。
完璧主義すぎて全部消してました。撮ったやつ。
全部消してたの?あっこの伴奏ブックに消しちゃダメって書いてあるし。
ダメって書いてること全部やってて。
ウケる。
そうなんだ。
なんか一言噛んだだけでも全消ししてました。
そうなんだね。
そうなんですよね。
さすが、さすが完璧主義の。
でしたね。
そこは1年ちょっと配信してみてどうですか?
だいぶ変わりまして、やっと肩の力が抜けたというか。
なるほど。
半年ぐらい経ってやっと冒頭がちょっとだけ雑談できるようになった。
もう全然雑談とかできないんですよ。
そうなんですね。でも本業がこの後聞いていきますけど、産業カウンセラーさんなので、
何て言うんですか?ちょっと業界用語がわかんないけど、アイスブレイクみたいな。
確かにね。
コメント向かい合った瞬間にで、今日はどんな内容でとか言わないじゃないですか多分。
そうです。
そういう時なんか雑談というか、場を和ませるようなお話すると思うんですけど。
してると思います私。
してるんだけど、なんか私は雑談とかフリートークとかが苦手な芸人とかいるじゃないですか。
そっち寄りだとか。
完璧に漫才をやりこなすみたいなね。
ネタ仕込むタイプなんで。
完全に台本通りに全部やるみたいなね。
の方が安心なんですよ。怖いんですよめちゃくちゃ。
え、じゃあ最初の頃って台本とか書かれてたんですか?
書いてました書いてました。
そうなんだ。
だからちょっとガチガチになりすぎて、ほんと固かったと思います。
今は書いてるんですか?
書いてないです書いてないです。
そうなったんだ。
なるほど。
実はね私も書いてたんですよ。
あ、そうなんですね。
ずーっとね4年書いてます。
おー長いですね。
で最近書かなくなったけど、ずーっと書いてて、それはね、なんで書いてたかっていうのが、みこさんと真逆なの。理由は。
なんかでもそれ分かる気がします。もう言われる前に分かりました。
分かった?
何を言うか今から分かります。
え、ちょっと言ってみて。なんで私が書いてたんでしょうか?
話が膨らみすぎるから、評点を、喋ることを減らすため。
そうなの?すごい。さすがだな。
うん、分かる分かるそれは。
そうなの。話がね、もうストーリーになっちゃうから物語になっちゃうんだね。
確かに確かに。
全てがね。
素敵だなー。
なんていうの、要点だけ書きますみたいな人いるじゃないですか。台本じゃなくて、今日話そうってことを過剰書きに書きますみたいな方いらっしゃる。
過剰書きでもダメなんですよ。膨らんじゃうから。
そうなんですか?そういうのかと思ったけど。
過剰書きでも膨らんじゃうから、1号1句、司会の人が読む台本みたいに全部書いてたの。
それ面白かったですか?
面白いですよ。
面白いんだ。
面白いな面白い。
窮屈じゃないんだそれは。
全然窮屈じゃないんですよね。
で、それをそのままノートに上げたりとかしてたから。
だけどね、それを書く時間がね、最近なくなってきちゃったから。
時間かかりますね。
あとちょっとずつまとめて話せるようにもならなきゃダメだなと思って。
だけど台本を用意する次第にもこんなに真逆なパターンがあるんだって。
真逆、本当に真逆です。
面白いな。本当に達成に出会いたいですね。
じゃあ美子さんはその資格を取られてから産業カウンセラーさんになられたと思うんですけど、
実は最初から産業カウンセラーなわけじゃないんですよね。
そうなんです。産業カウンセラーになるまで20年かかりました。
えーって思いません?みんな。みんな絶対えーって今言ったと思う。
言ってくれました。
どうしたその20年みたいな。何があったみたいな。
しかもね、3年4年とかじゃなくて、20年って結構お子が生まれてから成人するまでかかってますからね。
そうなんですよ。
なぜ産業カウンセラーにたどり着いたんですか?
ちょっと話せば長くなっちゃうかもなんですけど、最終なんかほんとたどり着いたっていう感じなんですけどね。
最初、一番最初の一社目が長かったんですよ。そこで私20年働いていて、
で、二社目で転職してそこで産業カウンセラーとして働きだした。
で、今三社目みたいな感じなんで、とにかく一社目が長かったんですね。
で、一社目は最初パソコンのインストラクターとして働いてたんです。
パソコンのインストラクター?
そうなんです。私、学生時代にOLになりたくないと思って、
で、パソコンのインストラクター養成講座っていうのがあって、大学生の時にダブルスクールで通ってたんですよ。
かっこいい。
で、そのまま就職そこでしたんですけど、ただパソコンとかの機械自体は全然興味なかった。
なさそう。
ない。
生きてないからね。
そうそうそうそう。だから最低限の知識でいいじゃないかっていう考えだったんですよ。
でも人と接するのはすごく好きだったから、やり取りをするのは好きだったんだけど、
専門性ITの知識を深めていくのは向いてなかったんですよね。
で、同じ会社でパソコンを習いに来てる人を対象にしてるわけで、
社会人とか転職とか、いろんな人生のキロに立ってる方と接する機会がすごい増える。
なるほど。
で、そこで何のためにこれ勉強してるんですかねっていう日々のカウンセリングを結構していってたんですよ。
なるほど。パソコン教室なのに人生相談になっちゃってたわけですね。
そうなんですそうなんです。で、勉強をしだしたらもうめちゃくちゃそれが楽しくって、
それが会社にも伝わり営業に変わったんですよ、そこから。
営業っていうのはパソコン教室に入りませんかっていう営業ですよね。
そうそうそうです。で、そのパソコンスクールに来られる方っていうのは人生に悩まれていてスキルをつけたい、
で、夢を叶えていきたいっていう方がほとんどだったので、
その方々の話を数時間聞くっていう営業スタイルはあの会社では行われていたので、
そのねスタイルが私に鈍者だったんですよ。
なるほど。
で、私とお話をしたことでどんどん夢が広がって、
思ってるよりも大きくちょっと勉強しようかなみたいな人がすごく増えて、
なんかその営業っていうのも私すごい好きだったんですよね。
その人が私に関わったことで変化していって、スタートしていって勉強していくっていう流れ。
なるほど。でもちょっと私は社会人、社会不適合者的な感じの働き方スタイルなんで、
ちょっとあんまりこうなんていうのかな、知らないんですけど、
この営業さんって、いわゆる営業さんって自社の製品を売るっていうお仕事なイメージがあるんですけど、商品とかを。
なんかその、どちらかというと美子さんは話を聞く?
そうです。
っていう営業スタイルをされていたんですね。
そうなんでしょうね。そもそも私がそのスクールの卒業生だったんですよね。
パソコン、インスタグラム、行政講座を受けてて、お金も払って体感して、人生変わった経験を持っていたので、
良さがわかってたんですよね。
はいはいはい。
なので聞くスタイルの営業で結構長年やってたんですよね。
聞くスタイルの営業。
はい。
そうすると聞いて、その方の人生の軌路で、その中でどんな風に自分のスクール、パソコンスクールがその方に何だろう、
何かを提供できるかどう役に立つかみたいなことを、
自分も受けて良さがわかっているからお話できるっていう感じだったんですね。
そうですね。で、それをやっていくにあたって、やっぱり皆さんキャリアで悩んでるなっていうことに気づいて、
これは資格取ろうと思って、国家資格のキャリアコンサルタント?
はいはいはい。ありますよね。
あれの前身、まだその当時なかったんで、キャリアカウンセラーっていう資格がありまして、
それを取ったんですよ。20代の時に取りに行って、で国家資格取ってっていう流れで、
で、だからキャリアコンサルタントというかキャリアカウンセリングを結構長年やってた感じなんですよね。
それを取られてからはキャリアカウンセリングのお仕事というかをやっていた感じですか?
営業職であることは変わりないんですけれども、キャリアカウンセラープラス営業を混ぜ合わせたようなスタイルでやってました。
それもずっと一緒の会社ですね。
一緒の会社ですね。
なるほど。
その当時はお仕事は面白かったんですか?
すっごい面白かったです。
そうだったんだ。
皆さんのいろんな人の仕事の話を聞くのが楽しすぎて、ひたすら聞いてました。
そうだったんですね。
それがなぜ転機で20年勤めて、20年って結構長いですからね。
長いんですよ。で、私はもうその転職するという意思があまりなかったんですよ。
転職だと思っていたので。
ただ自分が結婚したりとか、子供ができた関係で部署が変わったんですよ。
部署が変わって、もともと私が勤めていたのは社会人向けのスクールだったので、夜メインだったんですね。
そっか、じゃあ難しいですね。
そう難しいってなって、会社が同じ会社なんですけど、大学に出向して、そこで大学生の皆さんに資格講座を販売するっていう部署が。
アカウントソーシングであったんですけど、それに部署を移動したんですよ。
で、大学で働くようになったんですけど、そっからが地獄の始まりだったんですよ。
えー、そっから地獄だったの?
何だろう、善と悠々な若者たちと話すのって楽しそうだけど、そういうことじゃなかったんだ。
その講座の内容が、毎回自分の本音の相談をぶつけてくださいみたいなのをひたすらする内容だったので、
毎回その転職するかどうか、これからのキャリア悩んでますみたいな相談を毎回していってたんですよ。
で、それをする中で、やっぱり私はカウンセラーになりたいっていうことと、一対一でじっくり接するのがやりたい。
2点がすごく明確になっていったんですよね。
そこでね、全然家族とか職場の人じゃない第三者に自分の思いを打ち明けるというかね、そこから言語ができていったわけですね。
美子さんの夢が。
そうなんです。
そうか、それで産業カウンセラーの資格を取るわけですか。
で、その産業カウンセラーの資格を取りつつ、求人とかもやっぱり探していて、取得してない段階でも転職活動しちゃってましたね。
出たよ、なんていうの、真面目なんだけど、思い立ったら大胆に突然動くタイプ。
突然動いた。
ほんと、美子さんって面白いなって思うところはここですよね。
そうなんですよ。
私、そんなんじゃって言ってたと思ったら、次の日なんかやってるみたいな。
急に飛び込むんで。
急に飛んでるみたいな。
なるほど。
それでなんかちょうどいいなって思える求人が見つかって、転職活動を並行して、面接に。
じゃあ勉強と第三子の受入と転職活動を並行されてたわけですね。
並行しました。
とんでもない馬力ですよね、もうね。
ほんとですね、やってましたやってました。
これね、自分は、私も散々そう言われてきてるけれども、自分のことは、そう言えば大変だったかもしれないみたいな。
記憶がさ、脳内が麻痺してるんでしょうね、きっとね。
でも周りの人からから、え、ちょっと待ってみたいな。
もうね、終わったことなんでね。
過去のね、過去の澄んだことはね、もうね、もともとすぎればあったわけですよ、よく言いますけど。
ほんとそうですよね。
なるほど。
3つを並行しながら。
並行しましたね。
2人のお兄ちゃんたちも育てながら。
そうなんです。それで並行して、面接受けに行って、受かって、でこれ育休中なんですよ。
休んでるときに、休んでるときに転職成功しちゃった。
どうしよう、やめるって言うのどうしようってね。
やってないのに。
それが一番しんどいやつね、私の中で。
いや、これはやっぱり美子さんの責任感というか正義感というかね、前の会社が嫌いなわけじゃないから、不義理を果たしてしまったんではないか、自分はと。
ほんとそうでした。
でもね、遡ると、え、やめますって言ってからやればよかったのにって多分聞いてる人も思うかもしれないですけど。
ここが美子さんなんですよね。
そうなっちゃってるんですよね。
なるほど。
それでどうしたんですか?
で、結局、前の会社で一番信頼を受ける方に、ズームでお話をさせていただいて、で応援するよって言ってもらった。
あーすごい。
ってなって、でもう育休、復帰せず、転職という流れになりました。
なるほど、そのまま辞められて。
そうです。で、転職したのが就労移行支援事業所っていう福祉職になるんですけど。
あーなるほど。
あの、メンタル不調であるとか発達障害ある方が就職をするために、訓練などをする機関で就職のサポートをする機関で、そこで産業カウンセラーとしては初めて仕事をすることになりました。
えー、なんか突然、なんだろう、まあキャリア、いろんなキャリアがあったと思うんですけれども、
はい。
突然やっぱり産業カウンセラーとして、
はい。
あの、一発目に赴いたところとしては、なんか荷が重かったりとかしなかったですか?大丈夫でした?
そうですね。なぜそれを選んだかというと、私がその社会人向けのパソコンスクールに働いていたときに、
あの、結構給食中の方とかがね、通ってたりしたんですよ。
あー、なるほど。
で、その方々とお話をすると結構相性がいいというか、
はい。
なんだろう、なんかね通じるものがあって、そういった方をサポートしたいなーってなんとなく思ってたんですよね。
なるほど。
はい。それがなんか共通点で、そっちの道に進んだっていうところですね。
その、なんだろう、職場というのは、今の職場ではないですよね。
うん、どういうことですか、職場。
その、産業カウンセラーとして、
はい。
最初にお仕事させていただいていた場所っていうのは、今のところではないですね。
ではないです。ではないです。
はい、そうなんです。
で、そちらにはどのぐらいいられたんですか?
えーと、1年8ヶ月ぐらいかな、いました。
はい。
それで、また今の会社、今の会社。
そうですね。
そこは何か変化あったんですか?
あ、それはもうほんと偶然というか、事故みたいな感じ。
事故。
なんですが、もう前職はね、私も大好きだったんですよ。
はい。
で、すごく充実していたんですね。
で、ただ私、求人を見るのが趣味だったんですよ。
すごい趣味ですね。
やっぱ仕事に興味があるんで。
あー、なるほど。
世の中の仕事がどんなのがあるかなっていうのが、求人をね、好きだから見てたら、
たまたまその産業カウンセラーという職種で、
家から自転車で10分の場所で求人が出てたんですよ。
近い。
それは近い。
それは心揺らぎますね。
そうなんです。
で、なんかやっぱり心がすごく揺らいだから、受けてみようってなって。
また大胆にも飛び込んで。
大胆にも飛び込んで。
はい、そうです。
自転車で。
自転車10分飛ばして。
そうそう。
はい。
そう、そしたらまた受かった。
受かっちゃったって。
絶対。
絶対だって美子さんは、もうあの、書類選考は分かんないですけど、
会って話したらみんな、この人来てほしいなって絶対思いますよ。
なりますか。
なりますよ、もうほんとに。
そうなんですよ。
そこで受かって。
受かって、でまた辞めるって言うんだってほしいよーってなって。
もう利用者さんとかもすごい盛ってたし、大好きな職場だったし、
いやほんとこれももう一番苦しい。
同じことを繰り返すんですけど。
なるほどね。
そうなんですよ。
で、それでこう、はいみなさんにお伝えをしたら、もうみんな泣いてくれて。
辞めないでほしいと。
そうですね、そういうのもあるし、でも応援するとか、
なんか勇気もらいましたっていう方がすごく多くて、
なんかそこがすごくみなさんと心がつながって嬉しかったですよね。
なんか辞め際にその人が、辞め際というか去り際ですね、
そうだったんですね。確かに今お話を伺っていると、こうなんていうのかな、
広がっていった人生というよりは、
みこさんがもともとぼんやり持っていったその望みとか、願いとか、夢とか、
思いがどんどん鋭利になっていたというか、姿形を表していったみたいな感じがありますね。
そうですね。ほんとなんか、たどり着いたという感じですね。
なるほど。なんか壮大な伏線回収みたいな。
そうそう。ほんと伏線です。
面白いですね。
ちなみに、人の話を聞くとか、お仕事の話を聞くのが好きっておっしゃってましたけど、
それって子供の頃からそうなったんですか?
子供のときからです。
私、小学校のときに、図書室とかにある、何とかの仕事に就くには、みたいな本を読んでたんです。
ありますよね。
そういうのすっごい興味ありましたし、
あと中学のときに道徳っていう授業があって、そこで求人がたまたまテーマになったんです。
その回すっごい覚えてたりとか、チラシとかもよく見てました。求人のチラシとか。
それはなんで、お仕事に興味があるんだと思いますか?
たぶんね、働きたかったんだと思います。自分が。
世の中にどんな仕事があるのかなっていうのを知りたいっていう欲求がすごいありました。
それがじゃあずっと今でも同じようにあるってことですね。
同じようにありますね。
すごいですね。面白いですね。
なるほど。
そして今は、それこそ一つの会社にお勤めされながら、
その社員さんたちのメンタルヘルス不調になる前の予防に取り組まれています。
そうですね。
なるほど。今の職場でのお仕事っていうのは楽しいですか?
楽しいですね。なんかもうほんとやりたいことばっかりになったなっていう感じです。
そうか。それはすごいですね。
そのご自身の産業カウンセラーのお仕事を通じて、産業カウンセラーだけじゃなくてね、
今副業でもカウンセリングのお仕事されてるじゃないですか。
この産業カウンセラーとしての仕事と、カウンセラーとして副業でやられているお仕事っていうのは何かご自身の中で違いっていうのはありますか?
あります。本業は限られた会社の中の人が対象。副業はあらゆる仕事の人とお話ができる。枠がないという。
枠がない感じ。
はい。それが一番の違いかなと私の中では思っていて、やることは一緒なんですけどね、お話を聞いてっていうところでは。
対象が違うってことですね。
対象が違いますね。あとは今の仕事であれば、やっぱり組織の中での人間関係で悩む方がほとんどなんですよね。
私は管理職とかもやってましたし、営業の仕事もしてましたし、会社員経験が長いので、皆さんの悩みが結構わかるんですよ。
何に対してしんどい思いをされているだろうかっていうのがわかるから、それに対してどうアクションしていけばいいかとか、そういうのを考えるのは多分できる方なのかなと思ってます。
なるほど。その副業のカウンセリングサービスっていうのは昨年からスタートされたわけじゃないですか。
はい、そうですね。
やってみてご自身でどうですか?
やってみて、ほんと正直な感想としては、人間悩むことはほとんど一緒だなっていう感じです。
なるほどね。そこでまた答え合わせというか。
そう。
わー面白い。
そうなんですよ。だから今まではほんと限られた中でしか、例えば関西の地域だけとか、大学の中だけとかっていうところだったんですけど、今はもう日本全国広がったんですけど、結局みんな一緒だなっていう。
なるほどね。
いいところですね。
なんか生まれながらのカウンセラーって感じですよね、そうなるとね。
本当に小さな頃からやっぱり人、やっぱり仕事に興味があって、それをする人たちの心の中とかね、お悩みに寄り添いたいっていう気持ちが、おそらく小さい頃からね、あられたんだと思うんですけれども。
そうですね。
何子さんがご自身のカウンセリングっていうお仕事をする上で伝えたいこととか、何かお仕事の中でこだわり、カウンセラーとしてね、何かこだわりを持っている部分っていうのがあれば教えていただけますか。
はい。私のすごく大事にしていることっていうのは、北風と太陽っていうお話あるじゃないですか。
ありますね。
太陽で痛いってずっと思ってるんですよ。
カウンセリングを受けてるということは、やっぱり傷ついてる方が多いんですよね。
だからそこで、なんだろう、傷つきを、なんだろう、傷を開かせることは絶対してはいけないと思っていて。
そうですね。
なので、まずは安心して、この人は大丈夫だって思ってもらえるようにっていうのを一番大切にしていますね。
何かそのためにしている具体的なことってあります?
そのためにしている具体的なことは、温かい関心を持つということとか。
温かい関心を持つ。
あとはその方の、やっぱり語らない場所、非言語のコミュニケーションをすごく見ていたりだとか。
あとは、なんだろう、否定しないとか、そのあたりですかね。
そうですね。
確かにそれは、みこさんの、私みこさんに去年多分3、4回お会いしてますけど、3回ぐらい会ってると思うんだけど。
やっぱりその雰囲気ってすごく感じますね。
本当ですか。
お話聞いてても思うけれども、なんかそれこそ配信はね、もっと真面目な雰囲気が見える。
はい。
だからね、きっとお会いしたほうがね、その柔らかさとかを伝わると思うんですよね。
それみんなに言われるやつです。
でも少しぐらい伸びしろがないと、みんな困っちゃうんで。
なるほどね。そうですか。
いやー、あれですよね。みこさん自身が目指しているところとしては、
すべての人にカウンセリングをっていうキャッチフレーズというか、スローガンみたいなの掲げられてたじゃないですか。
私、あれが言っても、私もドッグトレーナーということで、
カイヌスさんたちと何かトレーニングをする前にカウンセリングっていうのをやるんですけれども、
そのイメージは全然違うと思うので、
ただ一般的にカウンセリング文化っていうのが、日本は根付いてないような気がするんですよね。
そうですね。全然だと思います。私は避けてる。
それはなんでだと思いますか?
結局人に頼るっていうのが苦手な国民というか。
それ国民性なんだ。
国民性なのかなと思ってるんですけど、やっぱり迷惑を受けてはいけないと育てられてる方が多いので、
そこが色濃く出てしまっていて、自分がやらなきゃとか、責任感で頑張りすぎてしまう方とか多いんですよね。
SOSを出せない方が多いです。
じゃあみこさんの全ての人にカウンセリングをっていうのは、みんながSOSを出せるようになったらいいなっていう願いから来てる感じですかね。
そうなんです。
いきなりカウンセリングをっていうのはちょっとハードル高すぎたなって最近思っていて、
ちょっとそれも見直したいなと思っていて、
相談できるというか、人に何かを頼れるぐらいからかなとは思ってるんですけど。
なるほどね。確かにカウンセリングっていうとちょっとハードルが高くなっちゃうかもしれないけど。
そうなんです。高すぎました。
SOSを出しても受け止めてくれる場所があるよっていうことだったらすごくみんなほっとするかもしれないですね。
そうなんですよね。話せる場所があるというか、話す、それこそ発信していいんだよっていう感じですね、自分のことをね。
なるほどね。すごい普段はね、みこさんの配信も聞かせていただいてるんですけれども、
今回は教えてスタイルプロの人ということで、みこさんがここに至るまでのお話というのをいろいろと聞かせていただいて、
より一層ね、私も含めてみこさんファンが増えたんじゃないかなというふうに思うんですけれども、
やっぱり誰かの力になりたいっていう気持ちを本当に強く持っていらっしゃって、
そのために活動をしたりお仕事をしながら、何よりもご自身がそれを楽しんでいるっていうところがね、垣間見られたお話だったかなと思います。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
こんなみこさんなんですけれども、何か今ね、されている活動とか、本業の方は難しいと思うんでね、去年から始められた補給について何かお知らせありますか?
はい、ありがとうございます。
今ね、ちょうど怒りという気持ち、感情についてちょっと扱うようなお話し会をやってたりしまして、
そして次ね、2月にセミナーをちょっと実施させていただくことにしております。
2人に振り回されないセルフケアセミナーっていうのをちょっとやろうと思ってますので、
これはぜひうちの旦那に受けてもらいたいですね。
そうですね、それを2月18日のお昼の12時から。
2月18日、お昼の12時。
こちらね、今聞いてくださっている方には概要欄にね、みこさんのこのセミナーの詳細をね、貼り付けておきますので、
お申し込みも開始されるんですか?
そうですね、もう申し込みフォームはありますので、興味がある方は、今回有料で3500円になるんですが、
良ければどうぞという感じです。
何と言っても現役のプロのカウンセラーさんであり、幼少期から人に寄り添いたいと思われている、そんなみこさんですからね。
本当にね、私も無料のお話会がその前に何回か年末からありまして、私も参加をさせていただいたんですけれども、