2024-03-31 21:21

《旅》プチセレブ・バックパッカー💛インドへ行く🇮🇳11日目茶摘みガールズ

《プチセレブバックパッカー💛インドへ行く🇮🇳
~B級グルメとダイヤ💎はお好き❓》

11日目をお届けします!!
🇮🇳(副題)【茶園と茶摘みガールズ】

茶摘みガールズの雄姿を
サムネにしたかったのですが・・・・💦
原本がみつからない~💦

📷サムネは「ハッピーバレー茶園」
の風景です💛

インド旅行記のシェアと写真のシェアを
Xにて行っています‼️

良かったら見てね😘

1回目はこちら👇
1日目「いざ、出陣!」
https://stand.fm/episodes/65a8d5aff86bbfccead40adc

2日目はこちら👇「カルチャーショック」
https://stand.fm/episodes/65b2307647a599985d7be273

3日目はこちら👇
3日目・エローラ石窟寺院(前半)
https://stand.fm/episodes/65bb6afdaae00175137ed03a

4回目はこちら👇
3日目・エローラ石窟寺院(後半)
https://stand.fm/episodes/65c47be34247697bf70901b7

5回目はこちら👇
【4日目・ムンバイ再び】
https://stand.fm/episodes/65d01953a3efff6227214349

6回目はこちら👇
「席は無くても、情熱はある!」コルカタ(前半)
https://stand.fm/episodes/65d6ef1243ac877d61474566

「席は無くても、情熱はある!」コルカタ(後半)👇🏻

https://stand.fm/episodes/65d80272cea411848b4271a1

7回目はこちら👇
「ソレは突然やってきた……」
https://stand.fm/episodes/65e4476e3ea52313829e47ee


8回目はこちら👇
【Help😫】
https://stand.fm/episodes/65f6b38e6e273841f3c4bd44

9回目はこちら

9&10日目【一難去ってまた一難」
https://stand.fm/episodes/65feb93843a5df5441b2e6ff


BGMはハッピーピアノヒーリング🎹
あきよさん💛オリジナル曲
【インド🇮🇳】です☺️

あきよさん、ありがとうございます✨️🙇‍♀️

これから数ヶ月にわたり
週一回のペースでインド🇮🇳旅模様をお伝えしていきますね🍀*゜
近くて遠い未知の魅力に溢れたインド🇮🇳✨️
一緒に懐かしい旅に出かけてみませんか

よろしくお願い致します🙏

#なおちゃん先生インドの旅  ⑩
#インド
#旅
#世界遺産
#ダージリン
#カルチャーショック
#英語
#鉄道の旅
#バックパッカー
#旅の思い出
#健康
---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レターができます。
犬のトレーニングの実践🐕話、犬業界の裏話、アニマルコミュニケーション等は、《メンバーシップ限定》でお話しています❣️

https://stand.fm/channels/5fd49189dd3aea937b455b50
00:06
こんにちは。横浜で15年以上、犬の保育園の先生を行っている、なおちゃん先生と申します。
本日は、旅の配信をさせていただきます。
プチセレブ・バックパッカー💛インドへ行く🇮🇳11日目
こちらは、私と学生時代の友人2人で、
21日間のインドバックパック旅行をした時の旅の記録を1日ずつ読んでおります。
ムンバイ、アウランガバード、エローラ、コルカタ、ニュージャルパグリ、ダージリン、バラナシ、アグラ、ジャイプル、デリーという工程で旅は進んでいきますが、
前回までの配信では、コルカタからニュージャルパグリへの長距離列車での移動中に、突如体調が悪くなり、その後、なんとかたどり着いたダージリンで数日間を体を休めながら過ごしたというところで、前回までお話をしてきました。
今回は、その続き、5月20日、土曜日、インド滞在11日目の記録を読んでいきたいと思います。
それでは、スタートしていきましょう。
ヒマラヤとチャツミガールズ、ダージリンにて、雨の次の日は空気が澄んでいて、
山、ここではヒマラヤがよく見えるよ、という迷信を信じて、私は朝、4時50分に部屋を出た。
屋上にあるルーフガーデンへの扉は、無情にも固く閉ざされたままで、仕方なく私は、3階の部屋の前から、建物越しに見えるヒマラヤの霊峰、カンチェン巡河を眺めていた。
ほどなくすると、インド人家族が来て、一緒に言葉もなく、目の前の建物の隙間にチラリとだけ見られるこの霊峰を見ていた。
賑やかでゴミゴミと混み合っているこの山間の街も、朝日の昇るこの一時だけは、しんと静まり返っている。
鳥の鳴き声と鳥たちの羽ばたく音だけが耳に聞こえてくる。
この日は雲が多く、素晴らしい日の出、というほどではないが、ここからは街が眠りから目覚める様がよく見えた。
一人、また一人と細い路地から、目を覚ました人々が現れてくる。
03:01
日の出は、このホテルのちょうど反対側のようだ。
御来光は拝めなかったが、だんだんと明るくなっていく街の姿を見るのは面白い。
ラピュタの主人公の男の子、パズーのいた炭鉱の街を思い出させる。
朝五時になると、宿のおじさんが起きてきて、屋上ルーフガーデンへの扉を開けてくれた。
目の前に朝日を浴びて、白銀に輝く礼宝、観千巡画が広がる。
日丸屋山脈の一方、観千巡画、八千五百八十六メートルの姿は、まさに異様である。
その大前と輝く姿は、下界の人間の営みなど、まさに小さなことだと一生するかの如く、
異風同等としい、言葉を失うほどに美しい。
このダージェリンの街は汚く、衛生的ともいえず、絶えずジメジメとして湿っているのに、
ここから見えるあの山はそんなものとは無縁だ。あくまでも白く清らかで光合しい。
昔の人は山には神が宿ると信じた。
かくもあらん。心の中で思う。
人は偉大なものを目の前にすると、異風と同時に憧れを感じるものだ。
ダージェリンは尾根の街、周囲にも似たような高さの山々が見える。
それらの一様に濃い緑の中で、雲と共に消えてしまう幻のような観千巡画の姿は、
たちまし私を魅了したのであった。
しばらく時間も忘れて山を眺めた後、部屋に戻って再び眠りにつく。
しばらくするとノックの音で起こされた。
時刻はやっと朝6時過ぎ。
ドアの横の窓から外を覗くと、
日本から電話だよとスタッフのお兄ちゃん、両親あるいはかかりつけの先生だろうと思ったら、
海外旅行保険の人だと。
保証内容を知りたかったけれど、ダージェリンからかけらずるずにいたので、
親に聞いてもらったら、ご丁寧に私に直接電話をしてきてくれたのだ。
しかし保証内容はあまり朗報とは言えず、
現地で医者にかからない限り保険はおりないのだそうだ。
考えてみるとそりゃそうなのだが、今まで私は健康そのものだったため、
そんなこと考えたこともなかった。
とりあえず今後の事態に備えて、
海外旅行保険の保証内容とインドからのコレクトコールのかけ方、
キャッシュレスの病院の受診方法だけ聞いておいた。
健康のありがたさとは失って初めてわかるものだ。
06:05
午前九時頃まで部屋で休み、チョコレートを口にしてから薬を飲む。
効果あってか腹の具合は良くなってきているようだ。
友人も起き出して、
今日はどうする?体調が良ければ紅茶園にでも行ってみようか?
と言うと、そういえばちょうど昨日話をしている時に、
同じ宿の日本人三人組も、
今日紅茶園に行こうと言っていたよ?
というので予定は決まった。
宿の玄関口に向かうとすぐに彼らと出会えた。
朝食を取りに行くがどうかというのでもちろん便乗する。
彼らとは何も違和感なく一緒にいられるのは不思議だ。
旅先での出会いというものは人を親密にさせるのかな?
みんな私の体調を気遣ってくれて、
宿にある食堂にしようかと言ってくれたのだが、
せっかくなら新しい店を開拓しようという意見に私が賛成したので、
ベジタリアンの店を探すことにした。
宿を出て、バザールの賑わうよそに坂道を下る。
ロープウェイに乗るために乗ったタクシー乗り場とは逆方向に行くと、
それらしき場所に着いた。
だが、その階段はどう見ても怪しい。
殴りかけで入り口に書かれたのは、
ピュアーベジタリアンの貧相な看板。
人一人がやっと通るぐらいの狭くたくらい地下への階段。
一度、沈黙を守りながら顔を見合わす。
誰の頭の上にも、ここ?という吹き出しが出ていたに違いない。
まあ、みんなで行けば怖くないが心情の日本人ですから、
最初の一人が勇気を出して階段を下り始めると、
えー、とか、ここ怪しくない?とか言いながら、みんなは続いて行ったのであった。
少々お金びっくりだったけれど、
降りてみると意外と普通で小綺麗なベジタリアンレストランはそこにあった。
お客さんもちらほらいる。
それもそのはず。
実はここは二階で一階にはちゃんと正しい照明入り口があったのだ。
私たちは三階の従業員通用口のようなところから入ってきてしまったらしい。
段差のある街。
ダージリンならではである。
ともかく席に着き、お腹の調子も考えてベジタブル桃、蒸し餃子を注文する。
ここの桃は形も綺麗で、
皮が分厚く、もちもちしていて本当においしかった。
中身が野菜だけとは思えないほどしっかりした味。
帰り際に開花で見たのだが、皮もちゃんと手作りしているようで、
職人さんが小麦粉の塊を練ったり、伸ばしたり、こねたりしていた。
腹ごしらえを済ませ、一個はそのままハッピーバレーティーで、
09:05
腹ごしらえを済ませ、一個はそのままハッピーバレーティーエステートを目指すことになった。
途中、ジューススタンドでジュースを買ったり、
さまざまな光景や山々の緑で目を楽しませながらのんびりと歩くうちに、
茶園の入り口に着いた。
と言っても特にゲートなどがあるわけでも人が立っているわけでもない。
中途半端に舗装された道が急斜面の茶畑の中にゆるやかに伸びているだけだ。
茶畑の緑は明るい黄緑色から濃い緑まで、実にさまざまである。
きれいに並んだ堤木たちは色とりどりのパッチワークのよう、
日本の茶畑とはまた少し趣が異なっている。
そしてものすごい急斜面だ。
見ていると色のコントラストと相まって遠近感が狂いそうになってくる。
歩道は大きくうねりゆるゆるといろは坂状に続いている。
時折視界が開けて素晴らしい眺望が見渡せる。
対面する山の斜面には通り過ぎる雲が美しい光と影の模様を作り出す。
平和でのどかな風景、頬をなでる優しい風、
太陽も輝き暑いぐらいだ。
しばらく下ると紅茶工場が見えてきた。
積んだ茶葉をお茶に加工するところだ。
しかしながら工場は閉まっていた。
旅行会社で天井員をやっている友人のT乗が
ハッピーバイエティエステートは今ストライク中で工場は閉鎖されているよと言っていたことを思い出した。
それでも工場近くの掘ったて小屋には正魂たくましい紅茶飲んでくおばさんがいて
紅茶を振る舞い閉まっている工場の説明をしてはガイドレオを得ようとしていた。
閉まっていたとはいえそれでも私たちはみな工場のそばに思い思いに腰を下ろして
雲の流れる空を目で追いながらゆっくりしていた。
せっかくここまで来たので帰り道にはおばさんの誘いに乗ってお茶をいただくことにした。
掘ったて小屋の中で飲むお茶は一番茶ではないしこんな雑な淹れ方でいいのかと目を疑うほど大雑把な淹れ方だったが
味は不思議なことにとてもおいしかった。
まろやかで甘く舌に渋みが残らない。なんでだろう。
この空気と雰囲気のせいかもしれない。
私たちは薄暗い土の地面がむき出しの掘ったて小屋の代わりに
現在建築中だというおばさんの新しい店の2階部分に座ってお茶をいただいていた。
しばらくしていると頭に通した紐で大きなカゴを担ぎゴム長靴を履いた茶摘みガールズたちがやってきた。
12:08
お昼の休憩を終えたようでそくそくと姿を見せ始める。
茶摘みガールズたちは大きなカゴを頭から担いでいるのだがよく見るとそれにはガードがついている。
これは摘み取った葉っぱを背中のカゴに投げ入れるときに
カゴの外に飛び散ってしまわないようにするためのものらしい。
しかしそれでもせっかくお茶を摘んだのに
後ろに投げた瞬間検討違いの方向に放ってしまい全然カゴに入っていない女性もいる。
ああ、せっかく摘んだのにね。
それにしてもこの茶摘みガールズの仕事ぶりは目を見張るものがある。
はやい!すごい!険しい斜面をこの重装備でひたすら茶葉を摘みながら上へ上へと登っていく。
そのスピードたるやすさが茶摘みガールズたちにとっては素晴らしい。
そのスピードたるや何も持っていない私たちも追いつけないであろうという速さだ。
カメラを向けたりじっとその作業ぶりを見ていたりすると恥ずかしそうに少しだけ微笑む彼女たちは実に働き者である。
茶摘みガールズたちは少女からちょっとシニアの女性までその年齢層は幅広いようだが
私たちは尊敬と愛着を込めて彼女たちを茶摘みガールズと呼ぶことにしたのだった。
また来た時と同じ緩やかな坂道を今度は登りながら帰路に着く。
途中で南インドから来た観光客らしいインド人家族と一緒になぜか記念撮影を撮った。
ここでも外国人と一緒に撮影したがる人間はいるんだな。
私は朝食を食べてから一度もお腹が痛くなることもなくだるくなったりつらくなったり熱っぽくなってくることもなく相当ほっとしていました。
体調は確実に良くなってきているみたいだ。
とはいえ無理は禁物。
紅茶園から町に戻り私はみんなに断って一足先に部屋に帰って休むことにした。
しかし一つだけうっかりしていたことがあった。
今朝は朝食を食べるだけのつもりで外出したので日焼け止めも化粧も何もしていなかったし持ってもいかなかったので大変なことに顔中特にこのつるんとしたトレードマークのおでこと頬、鼻の頭が真っ赤に日焼けしてしまった。
ショック。そして早くもヒリヒリしている。
とごぼう。もう若くないんだからシワダノになるんだろうな。
しばらく部屋で休憩して2階のレストランに行くとやっぱり日本人集団はそこに揃っていた。
15:03
何やら一人の日本人男性が持ってきた仏具シンギングボールをみんなで鳴らして遊んでいるようだった。
これは見た目は金属の器でその縁を木の棒でこするようにして回すととても美しい音色が響く。
私と一緒に旅をしている友人はこれがひどく気に入ったようで明日は自分のものを買いに行くと意気込んでいた。
そのまま今夜は宿の食堂でみんなでご飯を食べた。
食堂の小さなテレビではなぜかヒンドゥ語解説付きの風雲竹市場をやっていた。
日本人がみんなあんなあだと思われていたらやだな。
服装とか髪型はまともに80年代である。
ともかく穏やかで楽しいダージリンでの一日が今日も過ぎていった。
はい、ということで今回はインド旅行11日目5月20日土曜日ダージリンでの様子をお話ししました。
この日はダージリンティーで有名な、ダージリンにはダージリンティーを生産する茶園がいくつもあります。
その中の一つハッピーバリーお茶農園というのかな、茶園というのかな。
そこに私たちはご飯を食べた後見学に行ったんですね。
ダージリンの町と茶園というのは少し離れていますので、
町の中からはダージリンがお茶の産地であるということはあまり感覚としては見ることがなかったんですけど、
お茶屋さんはたくさんあったんですけどね。
少し郊外まで散歩に行くと急な山の斜面にたくさんの茶畑があって、
それがまた日本の静岡なんかの茶畑よりももっとすごく急斜面に広がっているわけです。
その緑がね、コントラストが非常に綺麗だったなということを覚えています。
実はこの旅日記を私が今読んでいる原本があるんですけど、
この原本には写真が入っているんですね。
印刷の関係上白黒なんですけど、
ただここに載っている写真というものが手元のアルバムにはないんですよ。
おそらく原稿を作るために写真を直接、当時はそんなにいろいろありませんでしたから、
写真を印刷したものを原稿に貼り付けて、それをまたコピーしたか何かだと思うんですね、
18:03
この私の手元にある原稿が。
原本がどこにあるかちょっと分からない。
なので、この今読んでいる白黒の日記には、
チャスミガールズの大きなカゴを背負っている、お茶を摘んでいる写真とか、
茶園の写真が白黒ですけど載っているんですが、
残念ながらそのカラー写真というものがどこに行ったか分からない。
もちろん、データもどこにあるかもはや分からないという非常に残念な状態になっております。
なので、サムネの写真は別のものを使おうかなと、手元にある写真を使おうかなと思っています。
こういうところに管理の頭端座を使っています。
このシンギングボールという、もともとは仏具ですよね。
私はスタンドFMを始めるようになって、
このシンギングボールを鳴らして、
特にスピリチュアル系の方がシンギングボールを鳴らしたり、
セッションをしたりとか、演奏をしたりしてくださるのを聞いて、
シンギングボールってすごくいい音がするんだなぁと思って、
このシンギングボールを使って、
このシンギングボールを使って、
このシンギングボールを使って、
シンギングボールってすごくいい音がするんだなぁと思っていたんですけど、
なんとインドで聞いていたんですね。
この旅の記録を読んでいたら、
確かにこの後私の親友はシンギングボールを買いに行って、
ゲットして持って帰るんですけど、
いろんなところでそれを鳴らしていたんですが、
確かにあれ見たことあるわって、
ここに来てやっと、
本当はね、昔々に見ていたはずのシンギングボールをすっかり忘れていたという事実に思い当たりました。
人の記憶って非常に曖昧ですよね。
ここに来てね、少しずつ体力が回復していました。
インドの番組で、最後にふんうんたけし城が小さなテレビで、
ヒンディ語の解説付きで流れていたという話をしていると思うんですけど、
これ非常に私、なぜか記憶に残っているんですよね。
みんなでああでもない、こうでもないと、
チャチャを入れながら、ホテルのレストランというか食堂というか、
そこで座って見ていたことを今も覚えています。
ということで、今回はインド旅行記11日目、
21:03
ダージリンでの旅の様子を配信させていただきました。
また次回も楽しみにお待ちください。
最後まで聞いていただきありがとうございました。
21:21

コメント

スクロール