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2025-06-17 13:55

わたしのかなり偏った音楽遍歴の話 #070

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サマリー

このエピソードでは、音楽の歴史を辿りながら、マイケル・ジャクソンやプリンス、ビートルズについて話されています。また、日本の音楽に対する思いも伝えられており、リスナーにとって興味深い内容となっています。

音楽遍歴のスタート
なんか音楽遍歴を話をしてみたいなというふうに思いまして、収録ボタンを押しました。
僕の音楽遍歴で一番、スタートと言えばいいんですかね、は
中学校の時にですね、同級生に勧められたスリラーですね、マイケル・ジャクソンの。
あれがそもそもの音楽のスタートかなと言っていいかなと思いますね。
で、あの頃ですね、まあ
同世代の方、皆さんは共通認識なんでしょうけれども、ベストヒットUSAが流行っててですね、小林克也がですね
金曜でしたっけ?土曜でしたっけ? 深夜にですね
やっている番組を、あれビルボードのチャートですよね。
あとは当時流行ってたMTVの音楽
音楽ムービー?
音楽と映像が一体になってたみたいな感じの流行りだったと思うんですけど、
まあそこから始まっているので、僕は完全にあの
マイケル・ジャクソン、スリラーから音楽遍歴が始まったと言っても過言ではないんですけど、
まあその頃ですね、やっぱりあの殿下ですね、
プリンス様がおられたりですね
いっぱいいましたね、キラーボシのごとく。 シンディ・ローパー、マドンナ
でそのうちに皆さんがベストヒット、なんでしたっけ? USA for Africa みたいなことをやり始めたりですね。
なんか賑やかでしたよね。なので僕はですね、ほとんど日本の音楽っていうのは全然聞いてなくてですね
というかまあその流れで 日本の音楽も聞くんですけれども
あまりにもペラペラな音楽で聞くに値しないんですよね。
何なんだこの薄っぺらさみたいな感じで、というふうに思っていたので
本当にもう
当時の
ベストヒット、USAというかアメリカ音楽一色というかですね、そんなふうに
音楽を捉えて聞いておりまして。 走行しているうちにですね、
ビートルズのCDブーム
ディランディランとかですね
ディランディラン、ライブ行ったんじゃないですかね、甲羅研究所に。 あれはやったんじゃないかなぁ。
あの当時ですね、まだ甲羅研究所だったんですよね。東京ドームではなくて。
甲羅研究所にディランディランは 見た記憶があるなぁ。
で、マドンナはですね、なんか天候不良で中止になったような気がしますね。
あの頃で中止だとか言ったら結構
来てくれた人が荒れてましたよね。 大荒れだったのと
あとですね 高校の時に同級生の一人が
お父さんが
音楽関係の仕事をされていたので
ボンジョビを見ましたね。 ボンジョビを最前列で見ましたね。
あの時なんかロープ芸みたいで
わーっつって、アリーランに飛び込むロープ芸みたいなのをやってましたけど
それを見ましたね。 ボンジョビすごかったですよね。
まあすごいというかですね、そうこうしているうちに 日本の音楽はペラペラだと思ってましたけど
マイケルジャクソンをはじめとしたベストヒットUSAの人たちがですね
これまたなんとなくペラペラに思えてきたんですよね。 なんかチャラいなぁみたいな感じに思えてきた時にですね
高校1年生か2年生の時にですね
ビートルズのアルバムを
CDで再現するというか、CD出しますとかっていうのがあったんですよ。
不思議なことにですね、ビートルズはCDになってなかったんですよね。
CDに許可されるというかですね、 アップルレコードがCDにするっていうのをですね
やり始めて結構センセーショナルでしたね。 それもですね
毎月2アルバムずつぐらいですね、CDにするとかって感じだったような気がしたなぁ
プリズテルミナウの初期のアルバムからどんどん後期に向かってですね
毎月2アルバム出すみたいな感じですね。 それで特典がついたりポスターがついたりですね
石丸電機にですね、今石丸電機あるんですかね。 石丸電機に毎月発売日に行きましたよね。
で、そのCDを手にしてですね。
それをわざわざカセットにまた録音したりしてですね。 必要あんのかみたいな話なんですけど。
で、なんかそのCDのケースにも、まあなんか別のラミネートケースみたいに入れちゃったりしてですね
七面倒臭いことしてましたよね。 それが高校1年か2年の頃でしたので
あの頃はまあもう いわゆる巷の
アメリカンロック、UKロックもダサいと思ってたような気がしていてですね。 ひたすら開古趣味に入っていくっていうかですね
ビートルズをやっぱりまあやっぱ後期だよなぁみたいになってですね 後期
まあ当然後期が 素晴らしいというかですね
BロードからレッドヒットBからホワイトアルバムからみたいな あとサージェント・ペパーソルジュ初クラブバンドとかね
それを、それがやっぱ全てだみたいなことが一時期ありましたね。 なので
ビートルズなんか当に解散していて ジョン・レンナーも死んでいるにも関わらずですね
80年代
80年代ですね、あの頃 その
ビートルズのCDブームに浮かれてですね その波に乗っかっちゃって
当時ビートルズしか聴いてなかったなぁというか いう感じでしたよね
プリンスの影響
ストーンズはストーンズで存在してたというかですね
当時のライブで聴いている人たちっていうのは どっちかっていうか
ビートルズ派かストーンズ派に分かれるんだと思うんですけど そんなのも過去の話だったんで
僕らの時にはですね、もう過去の遺物としての ストーンズもビートルズも一緒くただったんで
両方とも好きだったって感じでしたよね で、大学に入った後の90年
90年か91年か92年か忘れましたが、その時に ストーンズが東京ドームに来るんですよね
それも行きました あの頃はなのでなんていうか
そういう意味で言うと 当時の
ドラッグやべぇみたいな感じの ビートルズとかストーンズとかっていうのも抜けちゃって
かなり商業主義に入っているっていうかですね
当時はポールマッカートニーが来ればウェルカムですし
その前、その前 何年か前は、何でしたっけ
薬物処置で入国させないとかってやってましたからね、相変わらずね そういうのに比べたらかなり
超ウェルカムウェルカムしてましたよね
ポールが来た時も行ったし 超ウェルカムだったし
ストーンズが来た時もみんな超ウェルカムでしたよね その意味で言うと時代が変わったのかなというか
そんな感じな音楽を聴いているっていうのが僕でしたね
その中でも
やっぱり
その中でもやっぱりあれですね プリンスはやっぱり別格でしたね、僕の中ではね
プリンスの音楽は常に刺激的だったというかですね ちょっと遡ると
その 何でしたっけ
マイケルジャクソンのスリラーの頃に出した パープルレインから始まってですね
パープルレインとほぼ
リリースは1年か2年遅れてるんですけど ほぼ同時に作ったというですね
アラン・ザ・ワルディーナ・デイっていうのがありまして まあそれがまさになんか
後から 当時もみんな言ってたかな 評論家曰く
サージェント・ペーパーズとアビー・ロードに 匹敵するアルバムじゃないかみたいなことを言ってまして
確かにそれぐらいのインパクトがあってですね プリンスは好きでしたね
プリンスは1回ライブで横割りに行った記憶がありますね あれも90年代だったかな
まあそんな人たちもマイケルも含めてですね マイケルも
プリンスもですね まさかの
オール・マッカートニーや ストーンズの面々よりですね
ニンニク・ジャガーとかですね そういった面々よりも早くなくなってしまうっていうですね
ある意味謎というか謎じゃないんですけど 何なんだろうとかっていうふうに
思ったりしますね
まあ そんな感じです
ちょっと適当にですね 録音ボタンを押したんで 全くまとまってない話になりまして
すいませんって感じなんですが そんな感じでですね
一応私の音楽遍歴はそんな感じなので
そうですね 同時代的にはプリンス
が好きで
勝手にですね 過去の時代で言えば当然というか
まあビートルスとストーンズが好きですという感じなんですよね まああとはちょっと細かくいろいろあるんですけどまぁ一応こんな感じで
終わろうかなと思います ちょっとお知らせなんですけど ここまで聞いてお知らせまで聞く人がいるかどうか謎なんですが
7月13日日曜のですね 方言寺東京別院の
お盆イベントなんですが 一人キャンセルが出ておりますので
枠が一つ空きました なのでもしご興味がある方がいらっしゃいましたらですね
このコメント欄とかですね そういうところに
一言お寄せいただければというふうに思います 以上になりますが
最後までたどり着いた人がどれくらいいるのか 分かりませんが聞いていただきありがとうございました ではまた
はいありがとうございます
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