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  2. #25 失敗から学ぶ組織、学ばな..
2025-08-22 1:06:54

#25 失敗から学ぶ組織、学ばない組織

「失敗」ってネガティブに聞こえるけれど、組織やチームにとっては大きな財産になることもあります。今回のエピソードでは、Webディレクター視点で“失敗から学ぶ組織”と“学ばない組織”の違いについて語ります。
なぜ同じ失敗でも成長につながるチームと、ただの痛手で終わってしまうチームがあるのか。私たちが現場で感じたリアルな事例も交えてお届けします。

「失敗しちゃった…」と落ち込む人にも、「チームをどう成長させよう?」と悩む人にも、ヒントになる回です。


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●エピソードでご紹介したあれこれ

失敗の科学(マシュー・サイド (著), 有枝 春 (翻訳))

https://amzn.asia/d/1TyHYc5


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この番組は、東京の大きめな事業会社で20名の部下を持つディレクターとくさとと、名古屋のかたすみでひとりディレクターをしているモカあさんのふたりがWebの概念にとらわれずディレクションを長年生業としてきた中で、あれやこれやなんでも話すポッドキャスト番組です。

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サマリー

このエピソードでは、失敗から学ぶ組織と学ばない組織の違いが議論されています。特に、医療業界と航空業界の失敗管理のアプローチが比較され、失敗を恐れずに学び合う文化の重要性が強調されています。また、失敗を受け入れることの重要性と、それによって成長するためのマインドセットについても語られ、学ばない組織の問題点が指摘されています。さらに、失敗を隠すことのリスクや、組織全体でのルール作りの必要性についても触れています。 本エピソードは、失敗から学ぶことを重視する組織と、失敗を否定し責任を追及する組織の違いに焦点を当てています。認知バイアスやコミュニケーション不足が成長を妨げる要因であることが強調され、組織内のルールや評価制度の重要性も解説されています。 このエピソードでは、組織の失敗から学ぶことと、学ばない組織の特徴について考察されています。医療や航空業界における失敗の重要性や、印刷業界とウェブ業界の違いに触れながら、失敗への恐れとそれに伴う成長の必要性も論じられています。 このエピソードは、組織における失敗からの学びとその重要性を探求しています。特に、失敗を受け入れるメンタリティと成長のためのアプローチが強調され、組織としての姿勢や意見交換の重要性についても語られています。

ポッドキャストの紹介
この番組は、東京の大きめな事業会社で、20名を超える部下を持つディレクター、とくさとと、
名古屋の片隅で1人ディレクターをしているモカあさんの2人が、
ウェブの概念にとらわれず、ディレクションを長年なりわいとしてきた中で、
あれやこれやなんでも話すポッドキャスト番組です。
こんばんは、モカあさんです。
こんばんは、とくさとです。
はい、ということで毎日暑いですけれども、とくささん。
暑いっすねー。
推しのアイスって何かありますか。
推しのアイスねー。
サクレって知ってます?
レモンのやつ。
レモンが出てるけど、あれですね。
わかる。おいしい。
僕はアイスクリームってあんまり好きじゃなくて、嫌いじゃないけど、
基本的にスイカとか水々しい、ゼリーとか水々しいものが好きで、
さすがに冬は食べないけど、ガリガリ君とか、
分類で言うと氷菓、氷のお菓子とかが一番好きなので、
その中でもキングですね、私の中ではサクレが。
なるほど。
私は最近すごくハマってるのがですね、
ハーゲンダッツのマカダミアナッツ。
バニラっぽいんですよ、ぱっと見は。
でもすごくおいしくて、私もあんまりバニラとか好きじゃないんですけど、
たまたま食べてみるかと思って食べたらめちゃくちゃおいしくて、
すごいハマってます。
あともう一つ評価で言ったら、
はじけるシュワシュワアイスバーレモンっていう炭酸が入ってるガリガリ君みたいな。
これファミリーファンドで一回見たんですけど、
買い試しとけばよかったと思って。
ハーゲンダッツで言うともう20年ぐらい前ですけど、
高級スイーツ店で食べるやつやんみたいなシリーズが、
クリームグリルとかあと3つぐらい出たときがあって、
いわゆるハーゲンダッツのレギュラーラインよりもちょっと高いやつですね。
350万円とか。
当時めっちゃ話題になって、2006年に。
あれをすごい覚えているのは、
この話をすると言った人は覚えてばれちゃうけど、
僕が当時いた製作会社が、
業界でもすごい高みな会社で、
これ言ったらばれるけど、われわれの会社だったんですよ。
そのあと聞いたら辞めたらしいんですけど、
当時は、まずジュースはただ。
自販機を押したら出てくるっていう。
あと、お菓子もただ。
お菓子はただ。
お菓子はただ。
お菓子はただ。
お菓子もただ。
お菓子の自販機って、銭湯とかあるじゃないですか。
街中にはないけど。
ナンバーに通すとウィーンって、UFOキャッチャーみたいに出て行って取るやつとか。
お菓子とおにぎりもただ。
カップヌードルもただ。
逆に徹夜すると太るやつがいるみたいな伝説が回ってたんですよ。
それのひとつに、アイスクリームもただだったんですよ。
アイスクリームはさすがに7の上だなと思って。
そしたら聞いたら、当時の社長の方がアイス好きなんですって。
それがスーパーカップとか、チョコモナカジャンボとかそういうやつだけじゃなくて、ハーゼンダッツが入ってたんですよ。
すごいと思って。びっくりした。
そのときにまだ発売して、これはやばいんじゃないかという巷でね。
こんなものを市販で売っていいのかみたいな、クレームブリュレとかプリガラモードとかだったかな。
そういうホットスイーツじゃねえかみたいな新商品も入ってたんですよ。
それで覚えてるんですよね。
社長がうまいとか言い出して、急にみんなびびった。
怒り出したかなと思ったら、これはうまいとか言い出して。
これは今でも覚えてるので、ハーゼンダッツって面白半分怖い思い出を思い出しますね。
やっぱ高級ですからね。毎日はちょっと食べられないのであれですけど。
ちょっとハマっちゃいましたね、でも。
皆さんも好きなアイスあると思うんですけど、ぜひわたら教えてください。おすすめを。
という感じですが、先にちょっと告知をするのもあれですが、
Webクリエイターポッドキャットでいよいよ近づいてまいりました。
2025ですね。
2025ですね。本当に野村さんがいろいろ手配してくださって、たくさんの番組が出演することになりまして、
その中に私たち何でもディレクションがなんと入ってるという。
素晴らしい。
本当にありがとうございます。
野村さんのWebディレクションをやってますラジオポッドキャットの番組の中でも、
どうしてこの番組が選ばれたんですかっていうご質問のお便りがあって、
いろんな方に声かけされた中で安井さんにまず声かけたかったっていう話があって、
そこから更新頻度が高いというか、続けてる番組を選んでいったっていう中に、
あったってことですよ、私たちは。
素晴らしいですね。
ドクターさんありがとう。
いえいえ、なんですかね。
続けようってずっと言ってくださってるから、私も頑張ってよし頑張るぞっていう感じで、
そうだ、思い出した。それをアンサーしなきゃですね。
それこそ野村さんがこの前ので取り上げてくれた。
あの回、そもそも僕のポッドキャストが元になってるんですよね。
元々何だったっけな。
なんで出ることになったかの経緯を喋って、僕が自分のポッドキャストでですね。
なんで出ることになったかなんて、別に経緯を喋ってくれてみたいなことを言ってたけど、
経緯なんか喋ってなくて、声が変わったからはいって言ってただけなんですけど。
そうですね。事実はそうなんですけどね。
その流れ続けてくれてるという中で、野村さんがちょっと潤覚えなんだけど、
10回で辞めるって言ってたのをたくさん聞いたんですよね。
あたしですよ。
あたしですよ。
辞めるっていうか、スタートからもそうだったんですもんね。
まず10回やってみましょうよっていう向川さんからの打診で、
そうですねっていうのを、
なぜか番組の中でどうですかって言って、じゃあ続けましょうって言ったっていう、
オンエアに乗せる話じゃねえだろう話を。
でも本当に続けたから声が消していただけたっていうのはあるので、
本当に、私の中ではあれですよ。
特撮さんみたいにお仕事をたくさんされてる、できる人としゃべるって結構緊張する。
そんな大きそうな。
最初はやっぱりすごいそう思ってて、
ずっと引き止めるのもあれかなと思って、
10回で必ず目指すかっていうのがあったんですけどね。
はい。
はい。
はい。
はい。
はい。
あったんですけどね。
あったんですけど、今25回目か。
今日25回目になるので、
ちょっとずつ続けておりますが、
ぜひイベントの詳細は特設サイトありますし、
ツイッターのほうでは、ツイッターじゃないわXのほうでもね、
発信していただいてますので、ぜひぜひチェックしていただけたらなと思います。
はい。
もう風邪ひかないようにだけ気をつけないとなと思って。
そうですよね。
ガッサガサの声で出てたらね、申し訳ないので。
我々もキュッてな体で自分を届けることの、
届けさえすれば仕事終わったんじゃねえかぐらい。
そう。そうですよ、本当にね。
お昼前の回なので、ちょっとお腹がならないように気をつけなきゃ。
お昼ジャストですよ、確か。
12時4分とか10分とかそれぐらいの面白い。
だからお昼食べてる方に失礼のない話をしないと。
本当ですね。お昼食べながらね、みなさん聞いてくださいね。
はい。
先に告知させてもらいましたが、
前回は宮下さんのゲスト回でしたけれども、
通常に戻りまして、
失敗の科学
今日のテーマ、失敗から学ぶ組織、学ばない組織、人バージョンがあるようです。
これはね、徳さんがある本を読まれたというのがきっかけなんですけれども。
はいはい。
もう忘れちゃった。
失敗の科学っていう本だ。
ましゅうなんとかさん。
失敗の科学っていう、これ本当にいい本なんで、
みんな読んだらいいと思うんですけど、
名前から類推できると思うんですよ。
失敗をどう糧にするかみたいな。
だけど、説教くさい本じゃないんですよ。
全然。
僕は初め、失敗はこういうふうに乗り越えるのであるみたいなとか、
失敗は進んですべきなのであるみたいな本なんだろうなと思って読んだんですよ。
読んだっていうか買ったのかな。
藤井雄二さんがいい本だよみたいなことを書いてて、読んでみようかなと思って買ったんですけど、
めちゃくちゃ面白いです。シンプルに。
なるほど、こういうことかじゃなくて、
ドキュメンタリーの小説っぽく書かれてるんですよ。
本当にあった感じであるんですかね。
実際に本当にあったことをピックアップして書いてるんですけど、
それを本当にミステリー小説みたいに書いてくれるんですよ。
ミステリー小説とか東の敬語とか、
2行読んだら眠くなるっていう人以外はぜひ読んでいただきたい。
そこに書かれてるのが、一番初めに導入部分で割と時間の定時数が抑えられて書いているのが、
業界の比較
医療業界と法務業界の違いみたいな。
長らく、今もそうなんでしょうけど、
医療業界というのは裁判のとこもあるんでしょうがないのかもしれないけど、
医療確保というかミスを基本的に認めない業界であるっていう。
その分だけ成長が遅いっていうことなんですよね。
例えば名医と言われる人ですら、状況が重なればどうしたって判断ミスはするんですけど、
結局これ今でもあるんでしょうけど、
いや我々は最善を尽くしましたと言って逃げると。
それは良い悪いじゃなくて、そういう業界であるっていう。
ただ失敗が許されないっていう意味では航空業界も一緒で、
電車みたいにちょっと事故があったから止まりますっていうわけにはいかないじゃないですか、飛行機って。
船もそうなんですけど、船も別に止まったからってすぐ沈没するわけじゃないんで。
飛行機って何かあって止まったら墜落して死ぬので、
なので、そういう意味では命がかかってる重大なところっていうのは同じなんですけど、
航空業界というのはこの本によると、きちんとルーチン化するだけじゃなく、
失敗をしたときに基調でも判断ミスをすると。
そういうときにそれをどう克服するかというと、
失敗をしたからといって責めるわけではなくて、
なぜ失敗したのかということを何度も何度も出して、
客観的な見地からこうすべきだということを繰り返して、
あの鉄の塊が飛んで、航空事故が間違いなく減っているという。
結局それはその後いくつかの話の中で、
例えばデビット・ベッカムですね。
彼もどうやって失敗を繰り返したかって言って、
クロスボールをどうやって質上げたかっていうのは失敗ありきで、
そこから学ぶというのは忍耐ではなくて、
失敗をきちんと表に出して、どうするかって分析をして、
そしてまた次に質上げるという、その姿勢そのものが大事なんだみたいな。
失敗を恐れるとか恐れんとかじゃなくて、
失敗を怖いのは当たり前なんだけど、
勇気を持って、そして当たり前のことなんだと思って、
失敗を表に出し、みんなで分析して、
じゃあ次はこうしようという。
医療業界はどうしても失敗は悪いことであるみたいな方に行きがちだという。
組織もそうあるべきだという。
これはあるところではよく言われる、
失敗したときに人に向かうんじゃなくて、
失敗という事実に向かうべきみたいなのと一緒なんですけど。
その失敗から学ぶ組織というのは、
失敗の受け入れ
そういう組織体制から変えないといけないみたいな、
失敗をして失敗を伝えたら失敗した人が損するような組織ではだめみたいなことが書かれていて、
これは一つも一緒だなっていう。
我々は組織を作る側の人間ではない人のほうが多いと思うので、
個人にそれを当てはめないといけないだろうなというふうに思った。
でもね、さっきお母さんにも言ったんですけど、
僕が持ってるネタリストのうちのもう半分ぐらいはずいぶん前に書いて、
俺はなんでこれを書いたんだろうと思ってるわけじゃない。
本当に話したことと同じだったかなって。
そうですね、今いろんな方がその本の要約されてて、
私はそこしか見てないのであれですけど、
でもその失敗をどう認めるかみたいな話で、
失敗をどう捉えるか、
失敗した自分の力を伸ばす、成長させるために必要だって考えるっていう成長マインド、
あとは失敗を自分に才能がない証拠だと考えている。
なぜなら成功には生まれつきの才能が必要だと考えているからっていう、
これなんだろうな、固定型のマインドセットって書いてあるんだけど、
でもそもそも受け入れるのが苦しいってことあるじゃないですか、失敗って。
組織のルール作り
認めたくないっていうか、
例えば失敗を皆さんに知られたくないから隠しちゃうとか隠蔽しちゃうとか、
誰かのせいにしちゃうとか、
そういうことあると思うんですけど、
仕事してる時に、この前ちょっといろいろトラブルがあって仕事で、
私が何かしたわけじゃないんですけど、
助けてって連絡が来たんですね。
その時にすごく謝ってらっしゃって申し訳ないって、
謝ってらっしゃるのも分かるし、
本当に大変なことしちゃったっていうこともご自身も分かってるから、
次どうするかって考えた時に、
やっぱりその失敗を次同じことを繰り返さないように、
対策練りましょうねっていう話で終わったんですね。
ちょっとホヤホヤのことなんで、まだあれなんですけど、
別に私も怒るわけじゃなく、
きっと相手もすごく焦って困ってるだろうなって思ったので、
攻めるわけにもいかないし、
それよりも今これを何とかして解決するしかないっていうことの方が先だったので、
私は自分が失敗したわけじゃないけど、
私も何かできることあったんじゃないかなと思って、
逆の立場みたいな感じのことはあったんですけどね、今回。
相手は受け止めてはくれてると思うんですけど、
再々言ってたことをやってしまったので、
本当に今度は絶対にこれから勝手にはされないかなとは思うんですけど。
ハハハハハっていうね、ありました。
失敗をした時に認めたくないとか、
だからむしろ出したくないとかっていうのは正直しょうがないとは思うんですよね。
たしかこの本にも、認知バイアスがかかるという話が書いてあって、
自分が生きるに幸せになるというか、
のためには不都合なことをねじ曲げて捉えるという、
たとえばこういう失敗はたまたまであると捉えたりとかってですね、
本当にたまたまかもしれないんだけど、
その辺も不安定で、
実は失敗をした自分ということから逃げているわけですけども、
そういうことも実は、
認知バイアスは人間はおそらく誰でもかかるので、
かかるのだと思って捉えるとまた違うんだろうなと思うんですけどね。
だって誰だって失敗したくないですよね、それはねもちろん。
失敗したくない。
失敗したくないから、すごく慎重になる方もいるじゃないですか。
たとえばもうちょっと早く出さなきゃいけないものを倍ぐらい時間かけて準備して、
効率的には良くないみたいな方法を取る人もいたりとかするし、
今日たまたま仕事でちょっと話ししてたことがあって、
結局、失敗って誰もがいつぞや起きることだと思うんですけど、
やっぱりそうほどが起きないルールをちゃんと決めるとか、
方向性を示しておくとか、そういうのも必要じゃないですか。
そういうのを毎回見直して改善していくしかないのかなと思うんですけど、
やっぱり失敗って、
やっぱり失敗って、
それが組織ってなったら、一人一人にじゃなくて、
全体的にこの業務はこうするべきだみたいなルールを決めないと、
個人的に判断しちゃって失敗しちゃって、
ああ、っていうことも起きちゃったりするから、
なかなか失敗しないためようにするってすごい難しいよね。
失敗しないのは無理ですよね。
始めから失敗しないでできるなら一番いいんですけどね。
でもそれ、たぶんチャレンジしてないんで、
今度はそうすると成長しないんですよね。
失敗に学ぶ組織
失敗を避けて、避けてってことは、
成功の確率が高いことしかやってないんですよね。
そういうことは、
失敗を避けて、避けてってことは、
成功の確率が高いことしかやってないんです。
そうすると失敗の価格的にはまず失敗をしてないので、
価格も糞もまず成長せんのであるっていう。
成長するためには結果的に失敗をするのであるから、
そこで起きた失敗を分析して次に生かすしかないという話。
むしろ失敗を出すべきであるという、
失敗の価格のおっしゃっていることを。
でもつらい。
仕事の中で本当に失敗して、
それを怒られたこともいっぱいあるし、
本当に一週間ぐらい気分がずっと沈んでたこともあるし。
だけどやっぱり痛い目を見ると、
次はやっぱり失敗しないようにって、
どんどんどんどんどん失敗していって、
気をつけるし、改善していくし、
お客さんにも言うんですよね。
実は昔ちょっと失敗したことがあったら、
僕も今こういうふうに対策してるんで、
そういうことはないんですけどって。
逆に安心してもらうために、
お客さんの方が先にリスクに気づいているパターンもあるかもしれないから、
先手打ってそういう話したりとかすることも。
失敗が本当に私多いので、
本当に多いんですよ、私多分。
おちょこちょいですし、
一人でてんぱるし。
失敗が多い。
だけど周りの人に助けてもらって、
ようやく仕事ができてるタイプなので、
そういうのが多いんですよ。
そういうのが多いんですよ。
いろんなアドバイスをね、
田村さんもラジオでレイブディレクションやってます。
ラジオでもお話しされてたんですけど、
要は年を取ると誰からも指摘されなくなるっていうのがあるじゃないですか。
誰にも。
ありますよ。
お客さんがちょっとごめんねって、
私より年上の方ですけど、
年上の警察さんとかが伝えたいことがあってって言って、
そういうのがあって、
まあ近い人にはあんまり言われることない、
ないなっていうのがあって、
その失敗したことも別に誰かが何かそのね、
別に私に何も言わなくても、
まあ何とかするでしょうぐらい思ってるパターンもあるから。
なんかある意味で、
もちろんそういう支配してる人が、
お客さんよりもっとのチェックションをして、
っていう感じがしてて。
こんな感じでの支配してる。
年取れば取るほど失敗、経験値は積んでいくから、分かることも増えるんですけど、失敗はいつまでも怖いなと思って、本当に思ってます。
それはもう本当に年齢もそうですし、キャリアもそうですし、どちらも増えすぎると指摘できる人もいない、指摘してくれなくなるというのもそうですし、指摘しようにも指摘できないというのも多分ある。
怖いとかじゃなくて、特撮さんにディレクションの指摘なんかも、そもそも思い浮かばねえよっていうのもあるわけで。
そうすると、自分がやってることが失敗かどうかを誰も教えてくれない。でももうわかんないので、極大なまずい結果が出ない限り、もうわかんないんですよね。
逆に言うと、部分点は正しかったのに極大なマイナスが出ただけで、周囲も自分も失敗だったと思ってしまう恐怖もあるわけで。
そうすると、自己確信をしていくしか僕はないと思ってるんですよね。
自分でちっちゃい失敗を見えないように繰り返して、なるほど、こういうことなのかと。
それで後進の前に立つしかない。それは別に体力とかじゃなくて。
体力的にはどうせ脳の回転もいつかは負けていくので、積み重ねて積み重ねて積み重ねた結果、俺は0.0005ミリまでは見えてるよみたいな。
ジジイだけどそれぐらいは見えてるよみたいな。10メートル先にすぐ行けたはいけないけどみたいなね。
それはでも自己確信を、自分の中にディープラグミングを持ってるみたいななんていうか。
それも失敗と向き合うっていう準備ができてないと多分、おっさんおばさんは途中で成長が止まるんですよね。
王様になっていく。裸の王様になっていく。
例えば対誰かだとその相手に甘えてたりすると、あまり考えずに行動しちゃったりとかすることもあるから、
私は旦那さんによく怒られるんですけどね。
失敗が多いんですけど。
さっきのベッカムの話じゃないですけど、
例えば私が後輩っていうかお客様のチームで、
例えば若い子が失敗するわけですよ。
例えば印刷物作ったのに工事がめっちゃ多いみたいな。
その子は別にそれがすごい大変なことだっていうのは思ってないんですけど、
別に自社で反則するために作ってるものだから。
だけど私からしたら、やっぱりこれだけ頑張って作ったものが最後確認されてない。
ライセンシャー不確認してないだけでちょっとしたミス。
だけどお客さんってそういうのに敏感だから、やっぱり見たときに信用が落ちちゃうよっていう話を3回ぐらいしたんですよね。
ちょっと機会があって。
3回ぐらい言ってようやくわかってくれたっていうか、
別にその間違えたことがダメだよじゃなくて、間違えたことでどういうことが起きるって私はそう考えてるよっていう話をして、
なんで間違えちゃったのって聞いたら、
特に誰にもしてもらってなかった。
予測変換で、昔間違えたものが記憶されてて、それがそのまま出ちゃった。
そういうちょっとずつ失敗してないために、どうして失敗しちゃったのかなって振り返ってもらって、
ようやくどうすれば防げるかっていうのも自分で気づいてくれたんで、
よかったなっていうのはあるので。
怒るってことはないですけどね、今。
やっぱり私、仕事で誰か仲間が失敗したって、別にそれよりも先にこっちが気づいて支持する側だから、
逆に私が失敗して、みなさん助けてもらったりっていう機会も多いかなっていうのはあるんですけど、
責めたりはしないかな。
失敗の価格に書かれていることも、貴重だろうが公廃だろうがキャビンアテンダドルだろうが、
その意味では平等であるし、緊急時に判断を誤る。
判断を誤るというのは、ベストの判断ではなかったということは別に悪いことではなくて、
じゃあどうしたらベストの判断ができるかということのために事故ができれば委員会が開かれるみたいな。
そういう組織であるべきだという。その人が悪いんじゃないっていう。
ベテラン起床ですらそういうことが起きるということは準備が足りなかったのであるという。
失敗に学ぶ組織とはそういう組織で、失敗に学ばない組織は、あのベテラン起床なんだから彼は悪くないとか、
医療はそういう現場が多い、だから医療ミスが減らないみたいなもんなんですけど。
これは我々の組織でも一緒で、失敗したからなんでこんなことしたんだってせめてもしょうがないので。
失敗から学ぶ組織の重要性
成長するためにはそういうことが起きたのは、別にその人は寝不足ならじゃあ寝ようねって話なので。
罪を憎んで人を憎まずという話と全く一緒なんですけど、
それができない組織は、失敗が起きたらその結果だけ見てこいつが悪いんだとかってなる。
日本中多いし、日本はそういう組織ばっかりで気もしますが、伸びないんですよね。
ちょっとしたこと、この前も本当にあったことなんですけど、ちょっとした気づきっていうか、
例えば普通考えたらこれってしないよねみたいなことってあるじゃないですか。
でも普通はその人にとっての普通なだけで、自分が被害をこむっているからそう思うわけですよ。
自分だったらこうしないって立場から言える。
だけど人によっては、じゃあなんでこんなことが起きたんだろうって話をしたんですよね。
迷惑をこむっているのはこっちなんですけど、なんでこうなったかって。
じゃあまず担当は誰だって。それをした担当。仕事で担当したのは誰ですか。
じゃあこの人がなんでここにこういうことをしたのかっていうのをいろいろ推測したんですよ。いろんなパターン。
わざとしたっていうパターンもあるかもしれないし。
大層の人となったっていうこともあるかもしれない。
それから誰かに指示をした。指示が足りなくてこうなってるかもしれない。
自分で、いや、とっさにやったらたまたまこうなった。
でも何にも考えてないっていうパターン。いろいろ考えたんですけど、事実わかんないからまあいいかなって。
じゃあこの場をどうするっていう話で、私がいろんな人にお願いをして、なんとか解決したんですけど。
たとえばそれに気づいたときに、当たり前のことすぎるじゃないですか。
普通考えたら当たり前くらいの、考えたらわからないくらいのことだったんですよ。
だけどそれってどうやってその人に伝える?みたいな。
そんなこともわかんないので言ってて言わないですけど、
次に同じことされたら困るから、たとえばどっかで共有して、
それを置かれると困るんですっていうのを言うんじゃなくて、
こういうふうにされると私たち困っちゃうので、
申し訳ないんですけど次回からここに押しないでくださいって。
次のことを言ったほうが、別に今のことを責めてるわけじゃなくて、
次からちょっとすみませんお願いしますねって言ったほうが、
相手も薄々そのほうが気づくのかなみたいな。
ちょっとしたことを伝えないっていうのもたまっていくじゃないですか、いろいろ。
そのちょっとしたことが実は結構大事なことだったり、
例えばルールを作れば解決するようなことだったりするんですよ。
だけど会社の中の人はあんまりそういうことを気にしないっていう。
別に顔色を読んでるわけじゃないんだけど。
私はすごいそういうのが気になっちゃうから、
こんなのルール作っちゃえばいいじゃんって言っちゃうんですけど。
例えばこういうものはここまでになったら必ず次のものに変えるとか、
そういうルールを、ちっちゃいルールだけど決めれば誰もストレス溜めずに。
しかもだけどあえて別にそれをやらないからってその人は言うわけじゃない。
言わなくても済むような仕組み作ったほうが
みんな平和なのになんで。
ルールもしくは評価にするかですかね。できる人とできない人と。
当たり前という表現はちょっとあるかもしれないけど、
当たり前だと思うことをちゃんとできる人とできない人で、
怒る怒らないじゃなくて、できる人を評価するというふうに。
失敗から学ぶとかさっきの失敗を恐れるべきではないとか、
人を憎まずというのは組織としては大事なんですが、
これを勘違いする人も多くて、
じゃあ私の失敗だって組織で学ぶべきなんだみたいな。
それはもちろん正しいんですよ。
こいつの姿勢がだめだからなんで終わっちゃいけないんですけど、
一方でそんな仕組みを作らなくてもミスしない人もいるんですよね。
つまり労力というものは確実に存在して、
インベントで分析もせずに、もしくはその人は本当は能力が高いんだけど、
他のことでリソースが足りなくなってミスしたかもしれないから、
ちゃんと分析していけないんですが、
いずれにしても全く同じ状況でミスが多くてミスが少ない人というのは、
確実に存在するので、そこは今度は個人が受け入れなきゃいけないんですよね。
そこまでミスしたって、それは仕組みのせいですと思ってる人たちが多いので、
そこは間違えちゃいけないんですよね。
コミュニケーションの重要性
こいつが悪いんだって言いたい派閥の偉い人たちも、
じゃあ全部個人のせいではないのかみたいなことを言い出すので、そうじゃなくていい。
それでミスしない人は高く評価し、ミスしちゃう人は普通に評価し、
ルールを作っても守らない人はもっと低く評価すればいいんですよっていう。
あなたのせいじゃないかもしれないが、あなたは仕組みを作ってそれも守れないですねって。
じゃあ、いい悪いじゃなくて、ごめんね、グレードを下げるねって話をすればいいだけなんですよね。
あっという間に変わるんで、別に訴えられても十分勝てるはず。
その辺はなんでも失敗に学ぶんだから組織のせいにはならないというのは。
人にはそういう違いがあるっていうのも分かった上で、
伝え方って難しいですね。
皆さんに同じことを伝えるってすごく難しい。
そんなことないが、我々は100メートル11秒で走る人間を評価するって言ってるのと同じで、
そういう会社があったらいいんじゃないですかっていう。
運び屋さんだったからね。
なぜ1時間を切れなかったのかっていう原因分析はすべきだが、
とはいえ、100メートルを30秒かかるやつと100メートルを12秒で走るやつがいたら、
我々は100メートル12秒で走るやつを高く評価するという組織はあってもいいですよね、別に。
別にここを攻める必要はないって思ってる人のほうが多いと思うんですけど、
効率が悪いっていうか、
いちいちここで悩まないほうが早いじゃんっていうのが私思うことが多くて。
それで誰がやったんだろうとか、なんでこんなことしたんだろうとか、
どうするの?誰に言うの?みたいな、
いちいちそういうことしてるのがすごいもったいないなって私いつも思っちゃう。
解決したいって思っちゃうからあれですけど、
ちょっとしたことも共有し合って報告し合って聞いたり確認したりしてやれば済んだことなのかなって思ったりしたので。
それまでも本当は仕組み化をするとか、もしくはフィロソフィー。
そういう人であるべきだよねということを求める。
一個一個これは伝達すべきとか言ってると仕事にならないので。
日頃のコミュニケーションとあるみたいなのかな。
失敗から学ぶ組織、学ばない組織、人でも同じだよというのは、
そういうパフォーマンスとかフィロソフィーにも入ってくる話で、
結局失敗の感覚に書いてあることも、つまり航空業界が素晴らしいと言ってるのは、
上位界ではないと言ってるんですけどね。
別に医療業界を腐らすつもりはない的なことが書いてあるんですけど。
やってることはつまり、誰がいいとか悪いとかじゃなくて、
まず現実をきっちり受け止めるということであると。
それはもちろん未来のためにであって、誰が悪いという話ではないという話なんですが。
なので起きたこういう事故とか、別に売り上げのマイナスでもいいんですけど、
それをこいつが悪いんだとかこのせいだって決めつけるんじゃなくて、
それが認知バイアスになるので、とにかく徹底的に現実と事実を認知バイアスなく受け入れるという話なんですが、
それは人にもいるというのは、結局1個人でもそうなんですよね。
失敗したときに怖いのはわかるが、まずその現実を受け入れるところから始まらないと、
そこで認知バイアスがかかる。
今日俺はたまたまなんだとか、俺は頑張ったけどあいつのせいなんだとか、
俺は悪くないとか、というふうになるとやっぱり成長しないんですよね。
ベクトルが別のところでも話したような気がするんですけど、
クリエイティブとかデザイナーさんとか、それほぼ一緒か。
評価制度の見直し
何かを指摘されたときに、でもこうだったんでばっかり出てくる人がいっぱいいるんですよ。
指摘したことに対して、私はこう思ったんですけどならいいんですけど、
こういうふうに頑張ったのでとか、お前が頑張ったことなんかどうでもいいんだと思うんだけど、極端に言えば。
お客様はそんなこと知らんのだよっていう。
デザインのクオリティが低いのは低いのであるというだけなんですけど、
そういうふうになる人っていうのは成長しないんですよね。
なぜならベクトルが、自分の作ったデザイン成果物じゃなくて、
頑張った自分という自分の評価のほうにいってるんですよね。
今の失敗の話と一緒ですよね。
失敗したとしても、それ俺が悪いんじゃない?みたいなほうにばっかり言ってるので、
現実を受け入れない。じゃあ次どうしたらいいのかって話にならないので。
これは失敗に学ばない人と一緒で、失敗に学ばない人ですよね。
成長しないってよく言われたり。
認めたくないっていう気持ちもわかる。一瞬起きるね、私も。
私じゃないのにとか、私あれやったのになーって頑張ったのになーって思うときってあるんですけど、
ディレクターするようになってからは、やっぱり失敗したらとにかく何とかする。
挽回するってことしか考えてないんで、後から効きますよね、そういうの。
でも私頑張ったんだけどなーって、とりあえず段取りした後に、
一人沈みながら反省しながら、そういう葛藤に悩まされてる時間はあるんですけど、
ディレクターでそんなこと言ってたら進まないので、
何とかするしかないっていうのが、ちょっと癖はついたかなっていう感じかな。
そのディレクターで結果的にだけ求めるような、プロジェクトがうまくいってないからお前はダメだみたいなこと言われたら、
それは反発してもいいかもしれないですけどね。やれることはやったんですっていう。
だからどっちかっていうと、ディレクターの一つのアウトプットとか、むしろデザイナーさんとかに多いんですよ。
このアウトプットおかしいんじゃないのっていう。このバナーなんでこうなってんのみたいな。
っていうのが、こういうふうに考えて一生懸命やったんですみたいな。
一生懸命やったかどうか聞いてないのよっていう。
それが、できたクリエイティブと自分個人の評価が同一支持者っていうんですよね、その人がね。
本来、ディレクターだろうがクリエイターだろうがエンジニアだろうが、
作ったものが評価されて、その結果自分が高い評価を得るが順序としては正しいんですけど、
作ったものを評価するんじゃなくて、それも全部自分が評価されるためになってる人だと、
結局自分を擁護する発言でそういうふうになっちゃうんですよね。一生懸命やったんですけどみたいな。
状況で、例えばバナー200本頼まれたからそのうちの1本ですっていうのは別にそれはそれなんで。
人事評価は別にするんだから、そういう話をしてるんじゃないんだけどなっていうのは、
なかなかクリエイティブの評価こそ大事で、それが自分についてくるじゃなくて、
自分の評価を上げるためにクリエイティブを作ってるような人だと、なかなかそれが通じないんですよね。
成長しないんですよ。いいものを作るほうが向いてないから。
なるほどね、確かに。いろんな意見も出ますからね、そういう失敗じゃないんだけど、
誰かに見て評価してもらう瞬間って言われることもある。
組織の失敗から学ぶ
それは失敗とは思わないし、失敗するために出してるわけでもないし、
失敗しませんからって言って出してるわけでもない。
いろんなところでちょっと耐えなきゃいけないところはあるけど、
それって訓練なのか、性格的なことなのか。
性格だろうなと思いますけどね。
評価がなかなかされない組織だから、頑張ってもしょうがないとか、言ったってしょうがないみたいな。
でも言えることってこれしかない。
パッと言うと、本物の職人と職人っぽい人なんですよ。
とにかくいいもの、いい壺を作るんだっていう職人と、
いい壺を作ってる職人だと言われていい職人っぽい人っていう違い。
全社は成長するんですよ。
壺が違うんじゃないのって言うと、俺は目不足だったからだなみたいなことを思いながら、
目不足だったけど頑張ったんですけどってその人はたぶん言わないんですよ。
なるほど、確かにっていう。
確かに言うとおりだ。いいものを作ろうとしてるから。
結果、それで名声を得られるんですよね。
評価はあくまでクリエイティブであって、その結果自分に跳ね返ってくるんですけど、
職人っぽい人は、言葉を悪く言うとファッションで壺を作ってるので、
壺が違うんじゃないのって言うと、
いやでも寝ないで頑張った方がしょうがないじゃないですかとか言うんですよね。
そんな話はしてないって話なんですけど、そういう人は成長してないんですよね。
自分を守る発言しかしないから。
でもそれはさっきの航空業界と医療業界と近しいものがありますよね。
医療業界の失敗
事故を起こさず、お客様の安全に運ぶんだという方に意識が向いてる組織と、
自分たちの丁寧を守る方が、どうしてもそっちに行っちゃう組織と、
全く同じですよね。
なんか見たんですけど、お医者さん。
お医者さん、要は医学部で面接があって、
要は倫理的かどうかっていうのを、
本当かどうかわからないですけど、精神科医の方も同席して、
なんで医者になりたいんだっていう面接があるって。
基本は人を助けるための仕事なんだけど、
やっぱり自分よがりの何かわからないですけどね。
お医者さんの倫理にそごわない人みたいなのは、
面接で点数を重ねて落とされるっていうのを聞いたんですけど。
だからやっぱり失敗で、さっきの医学界の話じゃないですけど、
医療業界ってそういう、人だからやっぱり失敗っていうか、
先人はもしかしたらいろんな実験とかそういう失敗があって、
今医療業界ってこれだけ発達してるっていうのはあると思うから、
失敗しちゃいけないとは思うんですけどもちろん。
だけど失敗しないようにって、やっぱり防止策みたいなのを立てていくっていうのは常に必要。
ただ工夫業界だって命に関わってるし、鉄道業界だって一緒なんですけど、
そのほうに向かわれていたのは、医療業界が悪質なわけじゃなくて、
やっぱり命近すぎるというのはあるんでしょうね。
失敗と命の距離が、工夫業界は、交通業界はややこしいですけど、
交通業界の中では工夫業界は命に近いでしょうけど、
医療業界はたぶんもっと近いですからね。
そういう境界特性というかプレッシャーがあるんだろうとは思うんですけどね。
それで言ったら、よく昔から言われてるのが、
印刷業界とウェブ業界でだいぶ感覚が違うって話がよくあったじゃないですか。
印刷はもう吸ったら終わりで、失敗したら同じだけまた吸わなきゃいけない。
印刷業界とウェブ業界の比較
もしかしたら発売する時間が、タイミングがずれたりとか大変なことになる。
だけどサイトって変な話、こっそりでも例えば丸一つつけるとか消すとかっていうのも、
こっそりって言ったら変ですけど、そういうふうに直そうと思ったら結構すぐに直せる。
そういうところで責任感が違うとかって言われたことがあって、
いやそんなことないよって私は言ったんですけど、同じだよって。
仕事は仕事なんだ、資生化物は一緒なんだから一緒だよって言ったけど、
確かに紙物を自分がやったときのプレッシャーと、
サイトで公開してた後のほっとするのは一緒なんだけど、
なんとなく確かに負担はちょっと違うのかなーっていうのは感じたことがあるんですけど。
確かにそうですね。僕もウェブディレクター、もともと印刷業界出身ですけど、
ウェブディレクターになってから印刷のディレクションとか絶対したくないと思いました。
本当に印刷出身の、DTP出身の方とお仕事のお客さんのところに、
担当さんがそういう方だったんですけど、本当にチェック細かくて、
そこまでチェックしたことなかったなと思って、いろいろ教えてもらって、
こうやってやるんだよって。やっぱりそういうプレッシャー、
本当にこれ失敗したらまずいねっていう感覚がすごいプレッシャーだったんだろうね。
ただそれは印刷の人もそうだし、
過去の僕が印刷のディレクションもやりたくないって言ってるのも一緒なんですけど、
やっぱりグラフィックとかプロダクトとして捉えてないんですよね、ウェブも含め。
つまりそれはフィルムカメラとデジタルカメラの違いでしかないじゃないですか、そんなものは。
フィルムカメラは成功も込めてマジで一枚撮らないと、
現像してないとわからないというリスクもあるし、現像したら終わりだしみたいな。
ウェブはデジタルカメラを何度も撮れるという意味ではそうなんですけど、
別にウェブサイトはグラフィックを作ってるわけじゃないので、
一つは総合構成って恐ろしさがあるじゃないですか。出したらクリックという結果が返ってくるという。
僕のフルスの会社が嘘をつけないメディアだっていうのはそうだよなっていう。
印刷だから嘘をついていいわけではないんだが、ダイレクトに結果が入ってきて、
総合構成があって、今はSNSもあるんで、嘘をつけないメディアというのが一つと、
あとは一発で全世界に回るというのもウェブの怖さなので、
別にプレッシャーは実はちゃんと考えればどっちもそう変わらんとは思うんですけどね。
印刷物が全世界に回るのってそうそうないんでね。
まあ確かにそれはあるかもしれない。
物理であるゆえにエリアに留まるというのもあるんで。
確かにそうですね。消しても残ってキャッシュで残っちゃったらみたいな。
そうそうそうそう。
怖いよ!
本当に。
印刷物はいつか朽ち果てますからね。
そういう本当にひらっても、話してるだけでもひらってするんですけど、
本当にそういう失敗をたくさんしてきたから、
自分はやっぱり失敗したくないからっていろいろ考えますけど、
一旦寝かせて、すぐに受け止められない時は一旦横に置いておいて、
そういうのを考えたりとか、そういうのはしたりしてますけど、
感情のほうが勝っちゃうときもやっぱりドキドキあったりするから。
会社にいたときは先輩が助けてくれたりしてたし、話も聞いてくれたんだけど、
一人になるとそれができなくなって、難しいなと。
そういう意味でも。
失敗はしたくないんだけど、失敗をしたくないと思い続けることによる失敗があって、
僕はそうやって考えて動いてますけどね。
今ここでこのまま逃げ続けたら、もっとやべえことになるなっていうのはありますよね。
そう捉えればいいのにというふうに思うというか、
後輩とか部下さんにそういう話はよく聞きますけどね。
やるのが怖いですって言ったら、やらない怖さもあると思うから考えたほうがいいと思うよっていう。
そっちはそっちでリスクがあるわけだからねっていう。
本当にそれでいいんだっけって言うと、やべえなってなるはずだから。
特撮さんがこれやべえなって思う仕事ってありますか?
これはちょっと慎重にやらざるを得みたいな、これは失敗できるぞっていう、
今までで一番思った仕事ってなんですか?
そんなにないな。失敗したら失敗したやんみたいな。
ただ、切り上げなきゃいけないなっていうのは、いろんな人が関わって、
経営層まで関わるわりに、うっかりするとすぐ僕のせいになるなみたいな。
僕のせいにならないといけないんですけど。
ちょっと炎上しただけで、いやそれ俺悪いんじゃねえんだけどなみたいな。
プロジェクトの難しさも理解できない。ただ参加してみたり。
そういうときには最大限の気を張りますね。ある種のリスクエッジもしますけどね。
私はちゃんと仕事をしてるからなみたいなドキュメントを残したりもしますが、
それも踏まえて、リスクエッジも踏まえて気合を入れますね。
例えば、母さんは僕の会社を知ってるんであるんですけど、
うちの石井サイトのスマートフォン版のトップを、もう1年ぐらい前ですけどリニューアルしてるんですよ。
昔はもうちょっと他社さんと似てたんですよ。
だいぶイケてる感じにしたんですよ。
すごい雑に言うと。
そのリニューアルプロジェクトを途中から僕が引き継いでやってるんで、
あれはなかなか痺れましたね。なんで俺がそんなことをやらなきゃいけないんだと思いながら。
重要なあれですね。
当時、付属の上司だった執行役員が始め進めてたんだけど、
こんな感じでってところで取りまとめたんだがその後うまくいかないと。
あと特撮さんお願いって言われて、もう俺めんどくさくないんだ、来たって。
いい感じにまとまりつつあるのに言うこと聞かないから、
みんな集めて徳永さんがなんとか進めてみたいな、
特撮さんがなんとか進めてみたいな、それはないんじゃないのって。
でも私そういう二番星人みたいなの大好きなんですけど。
よっしゃってなりますけど。
一番進めてうまくいかなくて、揉めてるものを拾って、お前がなんとかしろって言われてるんで。
僕は完全に一から作ったデザインになると説明するが、
僕が一から作ったデザインじゃないものをなんでこうなんですかって聞かれるっていう。
知らんがなって。
担当さんが八中側のディレクターをしたときに、
これはなんともならんですねっていう話になって、
なんとかしたときに、
やっぱり相手が失敗してるのは、八中側が失敗しちゃってるっていうか、
うまくまとめきれなかったからっていう話だったときに、
仕切り直すのって結構大変じゃないですか。
いろんな人の許可取らないと本当に大丈夫ですかっていうのを気伸ばしてもいいですかって。
一回ここまでやったものをどう生産してもう一回仕切り直すかみたいな話とか。
そういうのって自分もつらいじゃないですか。
なんとかしなきゃっていうほうが気が強いですけど。
でもリセットするのって全然好きって言ったら変ですけど、
それでうまくいくならそれでいいって思って。
炎上したという事実をみんながわかってるからですよね。
ウェブディレクターはそれはもう醍醐味ですよね。
僕の場合は、炎上したのにそれの部下が出てきたみたいな感じなので、
そのままなんとかしてみたいな。
炎上してますねっていう事実もみんな感じてないんですよ。
文句がいっぱい出てきたからなんとかしてみたいな。
あの人炎上しましたね、失敗しましたね、じゃあ立て直そうかなら全然いいんですよ。
なんかいっぱい文句が出てきてグラグラしてるから途中で入って、
そのまま引き継いでみたいな。
それはさすがに酷いんじゃないのって思います。
グラグラしてる時は、自分で決めないと結局周りも説得できないですもんね。
お互いがブレてどうですかどうですかって聞いちゃうとまた新しい事が出てきちゃったり。
もちろんダメですよ。
失敗の価値
逆に客観視してもらった意見ってすごい、自分が気づかなかったことがあれば確かにそうだなとか、
同じ意見を出してくれた人、自分もそうだって思ってたことをズバッと言ってもらうと、
この人同じ感覚でいてくれる人だなとか、逆にそういうのが分かって嬉しいとか、
辛辣な意見でも自分と同じことを考えたっていうのは、その人なりも分かるから、
失敗の話で言ったら、炎上したりとかグラグラしてる時って、
ダッシュ的にはいろんな収穫がある。
この人はこういうところを気にするんだ。
じゃあどうやったら皆さん、別に顔色を伺うわけじゃないんだけど、
実は私もこう思ってました。
だけど今回はできないので、次回参考にさせていただいて、
私もこういうふうにしたいなと思います、とかいう説明をひたすら返して、打ち返して、
みたいなことをこの前やってたんですけど、
意見はやっぱりありがたいなと思うし、
もしかしたら意見を取りまとめてくれた人が何て言ったかっていうのによるから、
余計なこと言っちゃって、いろんな意見、今更なこと出ちゃったみたいなこともあったりしたんですけど、
それを打ち返すことも、いろんな意見、わざわざ出してくださったときには感謝しなきゃいけないし、
そういうこと考えるんだっていう、その人なりの感覚の収穫。
自分がよしやるぞって失敗に終わらせずに、何としてでもこれ進めるぞっていう気合は入ります。
もちろん。
僕はトップページの話のときには、つまり全社とは言わないが部門全体に波及しちゃったんですよ。
トップページなんか上層部で決めりゃいいんですよ。現場に文句寄せてんじゃねえという。
みんなで決めつのったからいいわけじゃないんですけど、
うまく進められなくなって文句が出てきたからあと何とかしてって言われたので、
それはもう出てしまったものを受け入れるしかないじゃないですか。
ダメです。上で決めたんでっていうやり方をしないというのであれば。
つまりその当時250人に結局アンケート取ったんですよ。アンケートとか意見を出させる。
やばいですよね。結局80個か90個ぐらいリストが溜まるわけですよ。
中には多少有効なものはありますが、98%、9%、それは1個にならないか。
結局採用したのが2、3個で、残りの80何個は全部どうでもいい意見になるんですよ。
それをプロジェクトして全部集めて、さらに各部署から代表募り、
10人くらいいたのかな、10人を集めて会議をして、
これはこうですねって言いながら自分が作ったわけでもないデザインを説明するというのはなかなか。
これでうまくいかなかったら他のせいだねって言われてもそれ理不尽にも程があるわって。
まあでも気合が入りましたよね。うまくリリースできたので評価は上がりましたよね。
特撮さんに任せてればうまくいくんだみたいなのが、他の部署にもあの人はちゃんと意見を聞いてみたいな。
その中にはですね、たとえばここの部分は見えづらいんでこうしたほうがいいんだと思うんですけどみたいなのも、
どう考えてもダメなんだけど、それをしちゃったらこれデザイン崩れるんだっていうのも、
なるほどそうなんすよねって言いながら、こういう効果があって、あなたが言ってることはこういうときにはいいんで、
確かにね、でもこういうパターンもあって、今回はおそらくこういうコンセプトだからって言いながら、
最終的に単なる反応してるだけなんですけど、バレないようにやるって。
それを決めるのがディレクターだからやっぱり多少そういう見えてる先のことも考えて説明までしないとやっぱり、
皆さんの意見もすごいありがたいんだけど、今こういう状況でこれしかできない。
組織のメンタル
なんでこうしますっていうのを決めて、まず決めないと言えないですね。
決めるということに対しても、別に変えてもいいんですよ。むしろ。
変えると破綻することはわかっているので、もともと決めたのは僕じゃないので、
それをぐるぐるぐるっと回って、工程から入って、こういうパターンもあると思うんですよね。
たぶんこうしたほうが今回は良さそうですねって言いながら回れば、確かに私もそうですねって言わせるんですけど、
実は真逆のことを僕は言ってるんですよ。
向こうは、特撮さんちゃんと私の話聞いてる?みたいな話なんですけど。
最終的に、だから決めたのはみんななんですよ、実はその場では。
ディレクターの僕は決めてないんですよ。権限がないから決められない。
全部特撮さんの設計にしていいよって言われたらするんですけど、そうじゃないので、
なんでこれ難しいやつって思いながら、あれが僕にしかできないだろうなと思ってやってました。
なんかそういうのを率先してガサッと持っていくって言ったら変ですけど、
私の場合だと、見えるところでそういうことが起きてたりするから、ガサッと持って行っちゃったりとかして、
もうちゃちゃちゃっと段取りして、決めちゃったりとかしたりするんですけど、
失敗するだろうな、これって横で見てて、絶対うまくいかないだろうなーっていうことってあるじゃないですか。
私は気づいてて、気づいててこうした方がいいと思うっていうのはあるんですけど、
そうしちゃうんだ、みたいな。でも言うタイミングを逃しちゃって、結局意見言えなくて、みたいなこともあったりしますけど、
ことが起きてから言うのと、起きる前に知ってるなら言ってよって言われるのと、いろんなタイミングっていうのもあるなと思って、
気づいてるんだったら一言ちょっと声かけるとかしたり、確認ついでにそういうことをするんだっていうコミュニケーションを始めて、
伝えるタイミングを持ったとか、そういうのもできるだけ失敗しないように、気づいたことを言いたいなっていうのがあるんで。
僕はそれは目的を二つに分けていて、まず言ってからのことを言うのはめんどくさいと思ってるので言わないんですけど、
言って止められるなら言いますけどね。言って止まらないときもあるじゃないですか。
だいたい止まらないんですけど、暴走してる人は。そういうのは失敗しないとわかんないんですよね。
もがや子どもの教育と一緒で失敗する権利を奪ってはいけないみたいな、後輩の教育が。
プロジェクトとか会社の組織も、これ失敗しないとわかんないんだなと思うと放置することはありますね。
その間で言うときには、言わないとこっちにも責任が来るなっていうときに、逃げないって言ってるときがありますね。
はい、私これ言ったからねっていう小説まで残して。
そうするとそのうちに、特撮さんは預言者である的なレベルまで行くので。
このとき言ってたでしょって言って、2ヶ月前にこう言ったじゃんっていうふうに起きてて、本当だーみたいになると、責任が逃れるところが評価が上がるので、
もう目に見えてるやんと思いながらも、一応言っとく、どうせ聞かない。むしろ聞いたら困るから、そういうときは。
さっさと失敗しろよと思ってるので。
だめだめ、中途半端だと思ったら勉強できないじゃん。さっさと失敗しろよと思ってるから。
それを放置してると、特撮さん仕事してないじゃんってなるから、
確かにそうするとこういうこともなると思いますよと柔らかく言って、そうなんですね、やりますと言って忘れて、もっとどれも失敗して帰ってくるみたいなのはやりますね、自分のリスクヘッジとして。
どこかで見守ってるっていうかね。見守ってて見える範囲で、何かあったらフォローするからぐらいにも予測できるじゃないですか。
たぶんこういうこと起きるだろうから、一旦そこで確認するから見せてねとかって一言だけかけといて、来たら来たで、そのときにやっぱりこう来たかみたいな。
そういう予測もだんだん本当に予言者じゃないけど、本当にわかるようになってきますよね、だんだん。
確かにそれはそうなるやんっていうのは。教育じゃなくて愚かな組織を見てると、「いやいや、だからさ。」みんなで適当な意見出して作ったらそうなるやんみたいなのは。
そういうことね。
会議で絶対にやめろとは言わないですが、ちょっとこういうやり方をするとこういうよくわからないものができたりするんですよねとかいうのを残しておいて、やっぱりそうなるから。
そういうタイミングってどきどきによると思うんですけど、後から言うことのほうが印象悪いって言ってないですけど。
だから手前で言うんですか。
できるだけ早めに言うように。
しかも失敗しないとわからないんだったら失敗させるのが目的なので、なるべく印象に残らないように言うんですよ。
そういえば言ってたなとか。チャットにレギュラーが残ってるぐらいのレベルまで。
テキストラーが喋ってたぐらいまで引き込めることによって、後で僕言いましたよってなると、本当だみたいになる。
責任が逃れられる。もっと言うと予言者扱いをされるというスケッチをしますよね。
まあでも失敗してほしい。失敗してなんぼ。
それに気づいてくれる。こうすればよかったんだって気づいたときがやっぱ成長だから。
フォローしながらも失敗って大事なんだろうなって。
失敗を受け入れるメンタルというか、マインドを個人としても持ち続ける。それがないと余計に怖いことになるぞっていう。
積極的な失敗
そうですね。隠しちゃったり変なふうに言っちゃうぐらいだったら、ポジティブに。
隠しちゃったり。わかりやすいしね。
テストで悪い点をとって隠しちゃうとでもいつかバレるぞって。
だったら今言っといてもいいんだぞって言うと。
早く言ったほうがいいぞってね。あーんちどこにも言いたい。
期末のテストの結果が悪かったって隠したところで、通知表でわかるんだぞみたいな。
丸増えとるやないか。
なんでこの評点なんだみたいに。
だったら始めに出して対策をやったほうが、それで頑張ったらだめなんだからみたいなね。
失敗は誰にでもあるけれど、受け入れるメンタルというかね。成長のために。
もっと怖い失敗のために。
受け入れようっていうことですね。
成長しましょう、みなさん。
成長したいです。
仕事なんか足りないって言ってるやつが成長しましょうとか言っちゃった。
なんでもディレクションで言うことじゃないな。
Web Creators Podcast Dayで失敗しないように頑張ろうと思います。
いや、違いますよ。積極的に失敗していきましょう、我々は。
我々は一体何を話してるんだみたいな空気を出しましょう。
でも本当に思ったのが、BGMを自分で用意してるんですよね。
それを操作するわけじゃないですか。
それのシミュレーションをずっとしてます。
違いますよ。ナムラさんに渡せば流してくれます。
本当ですか。
だからデータをアップしないと。
用意はしてあるのでアップしようと思います。
失敗しても受け入れて、思い切って楽しんでいただければと思います。
ここまで言ったら積極的に失敗。違いますよね。
あれが大本番なんだから、大本番に失敗しないために普段失敗しましょうって話をしてるんだって。
いや、いいよ。
目にやらせるんだから。
目を持って失敗していこう。
我々に挑戦して失敗していこう。
そうします。
ということで今回のテーマは失敗から学ぶ組織、学ばない組織、ひとバージョンあるようでした。
ということでまた来週も楽しみに。
楽しみに。バイバイ。
このポッドキャストのBGMはKaimu Musicのサウンドを利用しています。
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