成人の日の思い出
お元気ですか?なんばるわんです。自分らしく生きるためのラジオを始めていきたいと思います。この番組は、国際結婚25年目の私、なんばるわんが、自分らしく生きるための挑戦や日々の暮らしの中で気づいたことなどをお伝えしていくラジオです。
今日は、35年前の成人の日、何をしていた?ということで、話をしてみたいと思います。その前にお知らせです。
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今日は2026年1月12日、月曜日ですが祝日で成人の日となっていますね。成人の方々おめでとうございます。
毎年道路をね、車で走っていると、道をね、ハレギ姿の子たちが歩いていて、なんかぎこちない感じがして、すごくね、かわいいなぁと思って、毎年見ていましたけど、
今年はそのエリアにね、行っていないので、さっき買い物してきましたが、一人もハレギの子は見ませんでしたね。
うちの娘は3年前にハレギを着て、写真だけでしたけども、住んでいる市役所から招待された成人の日のセレモニーには参加はしませんでしたね。
特に同級生とかはいないので、高校しばらく日本で通ったんですが、その時のクラスメイトの子たちは、ちょっと事情があって、うちの娘は2学年下に在籍していたので、
みんな周りの子って2歳下なのでね、当時18歳だったんですよ。なので、自分が撮った写真を友達に見せるっていうことをね、やっていました。
冬の今ぐらいですね、新しい年を迎えて、その時に友達と会った時に写真を見せるってことをしてました。
そして先日私はママ友達とお茶をしてきたんですけど、彼女の娘ちゃんたちは今は10代なんですが、そろそろこの18歳の成人っていうそのボーダーっていうかね、そのラインが気になるところだそうなんですね。
で、今は晴れ着を着るためにレンタルだったり購入したりでも、2年前から美容院とか、着付け、メイク、そういったものの予約をするっていうのを、ママ友達が何か情報を得たみたいで、どうしようって相談っていうかね、そういう話になったんですよね。
まずはその成人の日のセレモニーは何歳で出るのかっていうのを調べればいいんじゃないかなと思って、Googleで市役所とかの成人の日とかについてのページを見て調べました。
そしたらですね、平成何年生まれの人たちが今回の成人の日のセレモニーの対象ですっていうのが書いてあって、
それを見て計算したら、うちの子、今23なんですけど、ちょうど3歳下の人たちが対象になるっていうふうに書いてあったので、じゃあ20歳だねってなったんですよね。
で、晴れ着はどうなのかっていうのは、私はさっき調べたんですけど、彼女ももう調べてるかな。
実際に18歳の成人で晴れ着を着てもいいみたいですが、ただその成人式っていうのはやっぱり20歳の時っていうことがAIの情報で書いてあって、
実際に私たちが住んでいるところの自治体のホームページにもそういうふうに20歳の子たちを集めるみたいなことが書いてあったので、
その着物をね、晴れ着を着る年っていうのは自由なのかなって思いましたね。
彼女が自分の娘ちゃんたちにね、晴れ着を着させたい、そのなんか深い思いがあって、その話も聞いてちょっとねじんとしちゃいましたけど、
で、私はどうだったって聞かれて、私はですね、35年前、成人の日の時には着物を着なかったですね、晴れ着。
いらないって言って。
成人式の重要性
それで、その代わりお小遣いをね、両親はくれました。
で、その成人の日の当日、当時通っていた学校のクラスメイトが、ユーミンがね、大好きで、先日もユーミンについて話をしましたが、
そこに出てきた友達、彼女がですね、ユーミンのうちに行ってみようとか、すごいミーハーでしょ。
で、その他の違うクラスメイトの子が、車をね、もう運転していたので、
3人でね、集まって、目黒の、ユーミンのお宅の周りをちょっと2、3周してね、ちょっと怪しい、今だったらちょっとね、危ないかなと思うけど、
キッチンに置いてあった食器洗い用の洗剤とかも、はっきり見えるぐらいのところで、ちょっとね、危ない3人組、3人ガールでしたけども、
そういうことをやりましたね。
で、なんかお茶飲んだり、なんか甘いもの食べたのかな、ちょっとね、何食べたかは覚えてないけど、
ユーミンのお宅のキッチンの窓ガラスに映っていた、そういった洗剤とかがね、並んでいるの、それがね、見えて、
それは今でも覚えてますね。ちょっとね、坂道だったんですよね。
そういうことをやってました。
で、まあ、その晴れ着を着るっていうのが、その時ね、ちょうどなんか、うーん、なんていうのかな、そういう女性らしさっていうのとは縁起くて、むしろなんか恥ずかしいなっていう感じしちゃってたんですよね。
娘が晴れ着を着た時には、もうあの時、うん、着てても良かったのかなっていう、ちょっとした後悔みたいのはね、ありましたけど、
まあ当時は、もうとにかくボーイッシュな格好、ボーイッシュって言いますか、今ね、本当にちょっと男っぽい格好に憧れて、
髪型も、そうだな、二十歳の時はどうだったろう、あれか、ユーミン憧れて、ね、ロングヘアにしていた時だったから、
ゆったりはね、できたと思うんですけど、そのメイクしたり、そういうのもちょっと気恥ずかしかった、そんな時代だったのかな、自分の中で、そういう感じがしていました。
なので、まあ着物は着ないけど、成人式にももちろん行かないよっていうのでね、で、父も母もなんか認めたっていうか、きっとね、私の意思を尊重してくれたのかなと思います。
それでね、あの私妹がいるんですが、4歳下で彼女が成人の、成人式の時には妹はね、腫れ着を着るという選択をして、とても綺麗に着付けとかメイクとかしてもらって、
で、うちの近くだったかな、実家のね、近くで、私とはツーショットの写真撮りました。その時に私もショートカットでね、やっぱり黒っぽい服着て、ちょっとなんかね、性別わかんないような、そういう格好していて、その写真をですね、当時父がテレフォンカードにしてくれました。
で、そのテレフォンカードがずっとね、私持ってたのかな?父が持ってたのかな?
つい、何年前?5、6、7年ぐらい前かな?
で、父がうちの娘にね、孫に、そのね、私と妹がこう、ツーショットで写っている写真のテレフォンカードの、もう使用済みでしたけど、それを孫に渡してました。今でも娘は持っています。
そういう感じでした。で、妹はすごく女の子っぽいファッションもそうですけども、性格もね、女の子らしい性格で、で、やっぱり着物を着たかったっていうのはね、あったみたいですね。
はい、まあ、普通はみんな着るんでしょうかね。で、娘の時に、もう私もなるべく娘の意思をね、尊重したいと思って着ていましたが、もう娘は腫れ着を着る気満々でいてね。
で、まあ、購入するのかレンタルなのかっていうのも、私も結構いろいろ調べて、やっぱりレンタルでね、いろいろ選べた方が楽しいんじゃないかなっていう考えになって、3年前にフォトスタジオでレンタルでその場で着物を選んで、着付けもメイクも全部やってもらって、
ついでにですね、私も着物を着ました。本当に30年前に着られなかった、着なかったね、自分で選んだ道でしたので、着なかった着物を腫れ着ではありませんが、留め袖でね、着させてもらって、
文化と家族の喜び
ヘアメイクはね、自分でやってたんですよね。なのでそのままで、写真を撮りました。あの時、夫も着ていて、サプライズでね、私も着物を着るっていうことは言ってなくて、フォトスタジオに来た時に、じゃあ3人で撮りましょうってなって、見事に家族写真を撮ることができました。
本当に良い思い出だし、娘も本当に晴れやかな表情でね、私は親として彼女に晴れ着を着させてあげられたことが本当に喜びでしたね。
20歳になってくれてありがとうっていう感じでしたね。
今日という日に、また日本全国でたくさんの方が、そんな風にね、お子さんのことを眩しいなっていう感じで見ているんでしょうね。
はい、というわけで今日は35年前の成人の日ということで話をしました。
本当着物いいですよね。
日本の文化習慣にとても興味のある娘は、自分がね、自分のルーツの中にやはり日本というものがあってね、ジャパンがあって、その文化である着物をね、着られたっていうので、それでもやっぱり生きる勇気になったと思います。
その時のね、写真、アルバムにもしてもらったんで、今ね、娘はバイトを出かけてるんでね、きっとね、バイト先でもね、振袖の人たちいろいろ見かけるんじゃないかな。
戻ってきたら、そのアルバム一緒に見たいと思います。
最後まで聞いていただきありがとうございます。また次のラジオでお会いしましょう。ナンバルワンでした。元気でいてくださいね。