ツクモさんとの出会い
はい、皆さん今日もよろしくお願いいたします。今日はね、ツクモさんと対談ですね。
異色のギタリストということで、ツクモさんのあれやこれを聞いていこうかなと思ってますので、ぜひぜひ皆さんよろしくお願いいたします。
ちょっと待ってね、関係各所にURLとか共有して始めていくので、ぜひぜひ皆さん聞いてくれると嬉しく思います。
はい、で、ツクモさん来たら上がっていただこうかなと思うので、
えー、はい、ちょっと待ってね、うんうん、来たらね、やっていこうかなと思います。
まだかな、えーと、今回が第6回目なんですね。前回までが、えーと、学生、あ、そうだ、ちょっと待って、えーと、レターを貼っておくので、
レターをね、レター、レター、レターたくさんありすぎるな、えっとね、えっとね、レターは、
あ、レター整えるときがあった、忘れてましたね、とりあえず、ちょっと待ってね、あ、ツクモさんありがとうございます、ツクモさん、あれ、ツクモさんね、なんだろう、
リクエスト受付中になれないんだけど、どうしてだろう、僕の問題か、いや、
1回ツクモさん、えーとね、入り直してもらってもいいですか、たぶんね、リクエストが来てないのと、リスナーの方にね、僕の表で表示がないので、はい、
申し訳ないですがよろしくお願いいたします。その間にレターをちょっとピックアップしていこうかなと思います。
えーと、いや、これ整えるときがあったな、ちょっと待ってくださいね、ちょっと待ってくださいね、これをね、えーとね、えー、これにしと、
これにしとこうかな、はい、あ、ツクモさんいけたかな、はい、いけたかな、お疲れ様です、お疲れ様です、あー、ありがとうございます、よろしくお願いいたします、よろしくお願いします、
今回6回目、あ、えっとね、えーと、くぐちゃん、しずくさん、みなさん来ていただいてありがとうございます、今回はね、57回目の、みなさんありがとうございます、はい、僕のこのスタイフライブなんですけど、
音楽活動の始まり
もう2年7ヶ月続いてまして、で、今回はツクモさんとのコラボライブっていう形ですね、で、えー、ツクモさんとの対談、ツクモのガタリ、レクセツクモのですね、これもね、第6回まで来ましたね、
来ましたね、いやー、面白いんですけどね、で、今までがね、学生編とか、えー、上級編とかフリーランス編とか来まして、今回が音楽活動編という形でタイトル付けさせていただきました。
前回、えー、どういう話をしたのかなっていうのを軽く話すと、フリーランスに転向してから色々あって、で、えーと、音楽をね、軌軸にこう動いていこうとしてる最中で、これ1回切れた形だと思います。
えーと、前回のアーカイブとかはね、ぜひぜひ、ちょっと待って、えっとね、リットリンクを表示させとけばいいと思うので、はいはい、これを、えー、固定にしとくので、
ちょっと待ってね、これを固定に、固定、あ、ちょっと待ってくださいね、これを固定にするので、URLだけだと固定にしづらいんですよね、ちょっと待って、
0.5空、あ、10、12時、12回で1空だから、
確かに、あ、村田さんとね、みきとさん来ていただいてありがとうございます。これを固定にしたい、あ、そうそう、あ、来た、来た、よしよし、はい、で、このリットリンクタップしていただけると、
あのー、リットリンクにね、飛びます。で、えー、過去のものからね、アリさんがこう全部まとめていただきましたので、で、今回のも追加される予定ですので、ぜひぜひみなさんこちらをね、参考に、過去の、えー、全5回かな、聞いていただいたら嬉しく思います。よろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
前回、つくもさんがこう、主としてバンドを組んだグループの、えー、名前の依頼とかね、こういうことやってますよ、みたいなところで話が終わったかなと思うので、その次ぐらいから話そうかなと思ってます。はい。
そうですね、前回は前回で、なんか、あの、月500時間働いた話とか、はいはいはい、いろいろこってりした話があったんですけど、
そうですね、えーと、まあ前回、えーと、まあその、えー、ソーシャルゲームを開発している中で、なんかちゃんと、あの、自分発信で音楽やりたいなーという感じになってきて、えー、今まではどちらかというと、誘われていいよーって言ってやって、みたいなのが多かったんですけど、
まあ、なんだかんだ、あの、長続きしなかったりとか、はいはい、あの、いろいろあったんですけど、うんうんうん、で、その、ボルガネットアフターヌーンっていう、あの、奈々さんにも聞いていただいてありがとうございます。
いや、めっちゃかっこよかったですね、あれ。
あー、ありがとうございます。
まあ、それでですね、まああれも、なんか基本僕が作曲とか編曲とかしたりしてて、で、基本、あの、曲作るときは、あの、即興で、あの、バーッとギター持って歌って、みたいな感じのもので出てきたものをいくつか並べて、えーと、まあ構成していくみたいなのが多くて、
で、それで、えーと、半年ぐらい、あの、準備期間があって、で、5曲ライブできる体制を整えて、えーと、それで、2012年の5月とかに、あの、初めてライブやりましたと。
おー、なるほどね。
で、なんか、あの、そのときが、えーと、まあ、あんまり、なんて言うんですかね、あの、そのときの、まだ彼女だった、あの、えーと、まあ、妻も音楽を結構好きで、あの、フェスとか結構行くほうがあったんですけど。
おー、いいですね、うんうん。
まあ、僕が、あの、あんまりそういう音楽に触れてこなかったみたいなのもあって、まあ、妻からすると、あんまピンとこねえみたいな感じでずっと見られてて。
なるほど。
うん。で、ちょっと、あの、いいとこ見せたいな、みたいな、そういう、あの、欲もあって、まあ、かわいらしい欲があって。
はいはい。
で、えーと、まあ、妻の影響でもいろいろ、あの、いろんな音楽聴くようになって、あの、当時、あの、エルレーガーデンの、あの、細見さんが、エルレーガーデンを一回やめて、やめてとか活動休止して、えーと、始めてたハイエータスっていうバンドがあって。
はいはい。
あの、そのハイエータスっていうバンドと、えーと、スクールフードパニッシュメントっていう、あの、バンドがあって、結構マニアックなところですけど、まあ、その辺に結構いろいろ影響を受けたんじゃないかなと、なんか、お返しを持ってて。
なるほど。
仕事との両立
で、それで、えーと、5月の初ライブの時に、割と、あの、妻から、あの、いいじゃん、いいじゃんみたいな感じの評価をいただき、まあ、調子に乗りましたね。
いや、めっちゃ嬉しいですよね、それ。一番、だって、一番、あの、強化してほしい人、近くにいる人に、そうやって言っていただけるっていうのは。
うんうんうん。
うんうんうんうん。
そうなんですよね。
いや、調子に乗りましょう、そこは。全然いいと思いますよ。
うん。まあ、その、その後、あの、まあ、急に話しておりますけど、その後のバンドとかは、あんまり共感されないと連絡してますからね。
なるほどね。でも、スタートダッシュ良かったですね。
そうそうですね。あ、その他のバンドとか、なんか、なかなかね、あれなんですけど。
うんうんうん。
まあ、スタートダッシュが、多分良すぎたがために調子に乗ってですね。
はいはい。
あの、まあ、何だろうな、あんまり、周囲に対して良からぬ感じだったんじゃないかなと当時振り返ると思ったりはするんですけど。
そうなんですか。
ボルガネット・アフタヌーはすごく、あの、いろいろ恵まれたところもいっぱいあったのと振り返ると思って。
すごく、自分にとっても、あの、一番思い出というか深いバンドでしたね。
なるほどね。
あとありがたいことに、あんまり告知とか集客とか頑張らなくても、だいたい二、三十人くらい、あの、コンスタントに来てくれるみたいな、そんな感じ。
へー。
すごく、ありがたかったですね。
それってスパン的にはどのくらいの頻度でライブしてたんですか?
月一とかだった気がしますね。
月一で二、三十人ってすごくないですか?
ね、今振り返ると。
しかも告知もせずにですよね。
あんまりせずに、頑張らずに。
えーすごい。
次やるよーみたいな、行く行くみたいな感じで来てくれるっていうのと。
ありがたいですね。
そう、今振り返ると本当にありがたい。
うんうんうん。
あんまね、あんまない状況だったんだなっていうのがすごい振り返るとありましたね。
そうっすよね、しすこさん。月一その人数かなりすごいし、こうちゃんとしたファンがついてたってことですもんね。
あーそうですね、ファンの方、毎回来てくださる方とかもいらっしゃったし、まあすごく若かったっていうのもあって、打ち上げも朝までやったりとか、なんか結構やってましたね。
ロックっすねー。
なるほどねー、そうですね、二十代ですもんね、そのときは。
ですですです。
えーいい、あ、ズドンさん、ようこそ、ありがとうございます、いやいいっすねー。
いや、めっちゃ楽しい時期じゃないですか、そういうへん。
いやーすごい色濃かったですね。
うんうんうん。
で、まあ今日音楽的なところをどこまで話せるかなみたいな音楽活動編みたいなありますけど、まあ同時にあの仕事の部分だったりとか、もう同時閉校してたり、プライベートなところでその時期くらいですかね、あの今の妻と結婚するんですけど。
なるほど、早いっすね、そう考えると、その付き合ってから結婚するまでの間って。
いやー、あれっすね、あの、僕あんまり結婚願望なかったんですけど、妻が割と、あの僕より年、二つ年上で、あの、割と早い段階で同棲とか始まってたんですけど、
あのー、まあ同棲するなら3年だぞみたいな、人を釘刺されてて。
奥さんしっかりしてるー。
いや、しっかりもらわないといけない。
で、えーっと、まあ3年同棲して、どうするってなって、まあ結婚すっかーみたいな感じで、本当にドラゴンボールの極張りの。
言葉はね、かっこいいですけどね。
なるほど。
なんで、あんまり、なんて言うでしょうね、あの、やっぱり子供できるまでは、付き合ってるときの感覚とあんまり変わらずで、まあ仲良く一緒にやってて。
いいっすね。
そうですね。
で、えーっと、仕事の面では、ソーシャルゲーム、別のソーシャルゲームの開発で、えーっと、ドラゴンタクティクスっていうソーシャルゲームが、カード系のやつですかね、あって。
なるほど。
で、それで仕事することになるんですけど。
おー、すごいっすね。
本当に、あの、なんて言うんでしょうね、あの、その前の年にエンジニアリーダーで、あのソーシャルゲーム作ってた。
僕はまあ、いけるっしょみたいな感じでいたんですけど。
あの月500時間働いてた、あの例の。
あの例の。
例の。
あの経験から全然余裕でしょうみたいな感じで。
まあ、すごいレベルが高かったんですよね、当時。
あの、その行った先のドラゴンタクティクスの運営は。
で、えーっと、当時僕には、あの、えー、なんだろうな、知識として持ってなかった、あの、作り方とかしてて。
えー、はいはい。
これは一体何なんだ、みたいな感じで、あの、こう、今までのやり方だと追いつけないみたいな感じになって、結構不安定期に同時に入るんですよ。
なるほど。
そうなんですね。出場なくじかれてるわけなんですね、そこで。
出場なくじかれてました。
はいはいはい。
なので、あの、オルガネットアフタヌーンではロケットダッシュ、スタートダッシュ切って、で、その数ヶ月後に、うわーなんだこれってなって。
なんか、こう。
すごい世界。
結構ですね。
感情がね。
いろいろ、ジェットゴースター。
はいはいはい。
で、その時の、あの、上中先のリーダーの方も結構怖くて。
はい。
で、それで、うわーどうしよう、みたいな感じで。
ゲーム開発の葛藤
あー、それ結構嫌ですね。
そうですね。で、ま、しばらくして3ヶ月とか数ヶ月して、あーなるほど、こうなってんのか、みたいなのがわかってきて。
うんうんうん。
で、ま、徐々にいろいろ任されるようになって、みたいな感じで。
うんうんうん。
ま、でも結構いろいろ不安定かつ、なんかソーシャルゲームがそんなに好きじゃなくて。
あ、そうなんですね。
ま、やってるうちに。
うんうん。
やっぱり、あの、要するにパチンコと一緒なんで、いかに、あの。
はいはいはい。
こう、社交性って言うんですけど、あの、課金することで、えっと、優越感にいかに浸らせて気持ちよくさせるか、みたいな。
なんか、それを考え抜くのが、あの、ソーシャルゲームだったりするわけですよ。
運営側ってそういう立ち位置なんですね。
なるほどなー。
そうそうそう。
ユーザー側なんで。
ポイントを。
うんうんうん。
めっちゃわかりますね。
3つ作るか、みたいな。
なるほどなー、面白い、はいはい。
ユーザーとかも、発明だと思うんですけど。
はいはい、あれすごいですよね。
うん、すごいですよね。
いかに課金させるかですもんな、あれ。
そうそうそう。
で、あの、すごい振り返ると、あの、思い出していただきたいんですけど、僕、あの、後世に入った動機がゲーム作りたいだったわけですよ。
そうですよね、一番最初はそうですもんね。
そうですそうです。
なんで、流れて流れて行き着いたらゲーム作ってたんですけど。
すごいこう、人生ですよね。
ちゃんと目標というか、夢にたどり着いてるわけですもんね。
そうですね、ま、ただ、それを、あの、えっと、気づいたら作ってたんだけど、
うんうん。
あの、その作ってるものが好きじゃないっていう。
あーなるほどねー。
同時に、あの、なんか、ぶつかって。
はいはいはい。
なんやねんみたいな感じになるっていう。
確かに。
うん。
表面上は夢にこう、ね、叶ったって思うけど、ま、全然楽しくなくて、え、なんかこれ違うなって思い描いたのと違うっていう現状ですよね。
そうそうそうそうそう。
なんで、えっと、小学生、中学生とかで、あの、プレイしてたゲームの楽しさというか、その感覚が、あの、あって、
うんうん。
そういったゲーム作りたいなーみたいな気持ちがあったわけですけど、ま、全然違うわけですよ、ソーシャルゲームって。
確かに。
あの、当時のって言ったら。
うんうんうん。
ま、今だと本当にいろんな技術だったりとか表現力だったりとか、
はいはい。
あのー、すごい別物なんで、また違うとは思うんですけど、
うんうんうん。
とはいえなんか、その、やっぱり、ビジネスが絡む。
うんうんうん。
ま、もちろん、その、当時の、ま、スーファミとか、あのー、ファミコンとか、プレステとか、
うんうんうん。
そういうソフトも、もちろん、あのー、販売個数が、あのー、ある程度いかないと。
そうですね。
うん。っていうところで、同じビジネスではあるものの、
うんうんうん。
でもあれは、あの、面白さというか、
うんうんうん。
あの、口コミだったりとか、これやってえぞみたいなのがあって、
うんうんうん。
広がっていくっていう、ま、純粋性もあったような、みたいな。
うんうんうんうん。
なんで、あの、ゲーム作品というか、
うんうんうん。
うん。
そういった、あのー、ところが、あのー、多分、僕のイメージの中ではすごく強かったから、
なんか、余計ギャップを感じたんだと思うんですけど、
音楽活動と新たな挑戦
なるほどー。
うん。
確かに幼少期の夢とか思い出って強いですよね、あの時のって思うのと。
そうそうそうそう。
うんうんうん。
うん。
ま、そんなこともあり、
うんうんうん。
えっと、ま、そのボルガネットアフタヌーンっていうバンドで音源作って、
うんうんうん。
えっと、やってる間に、あの、ある、あの、音楽関係のサービスがあって、
はいはい。
フリクルっていうサービスがあったんですね。
はいはい。
で、そのフリクルっていうサービスは、えっとー、
ま、えっと、アーティスト向けのサービスで、えっと、なんだったっけな、
メール、あの、ステップメールみたいなものを組めたり、
あとは、えっと、ステップメールの中で音源とかも配信できたり、
へー。
っていう、そういうツールがあって、
はいはい。
で、そこに、あの、登録してたら、あの、運営の方から連絡が来て、
うんうん。
で、えっと、ま、あの、めっちゃいいですねって言ってくれて、
はいはいはい。
で、そこから、あの、関わりを持つようになって、
うんうん。
ちょっとずつ、あの、話を深めていったりするうちに、
うんうん。
ちょっと、働かないですか、みたいな感じになって、
おー、はいはい。
で、僕も、あの、さっきのソーサーゲームに対してうんざりしてた、みたいな感じで、
うんうんうん。
ちょっと、やってみようかな、みたいな感じで関わるようになって、
めっちゃいいタイミング、タイミングですね。
その、音楽の方は頑張ってて、そっちからこう、まさかの仕事が舞い込むっていうのって。
そうですね。
うんうん。嬉しいですね。
ただ、あの、えっと、ソーシャルゲームの開発だとか、
うんうん。
と比べて、あの、収入面でかなり落ちた。
あー、なるほど。
はいはい。
で、まあ、いろんな現実みたいなのも、またそこで味わいみたいな感じで。
なるほどー、はいはい。
フリーランスの現実
なんか、結構そういうの多いんですけど。
はいはい。
うん。
え、その、ソーシャルゲームとそっち点火にかけて、やっぱ楽しいとか、
その、やりたいことっていうのをこう、点火にかけて、そっちに重きを置いて映ったわけですよね。
そうですそうですそうです。
うんうんうん。
確かに、続ける上でやりがいとか楽しみとか、なんかこう、自分の原動力ってめっちゃ大切ですよね。
そうですね、なんだかんだこう、自分が楽しい方に転がっていくみたいなところは、まあ今もあるんですけど。
うんうんうんうん。
やっぱり、あの、続けるってすごく難しくて。
うんうんうん。
なんで、あの、奈々さんとかは本当にスタイフずーっと続けるっていうことをやってるのは本当にすごいなと思って。
ありがとうございます。
うんうんうん。
やっぱり、あの、やってる中で楽しみというか、あの、面白みとか、あの、それをあの、感じてきた、というか、あの、そういうのが積み上がってきたから今もなお続けられるみたいなところはあると思うんですけど。
なるほどね。
うんうん。
まあ僕はそんなに根気が強くなくて、その前に離脱みたいな傾向を理解してる。
はいはい。
という。
はいはい。
まあ、あの、最近はそうでもないかなとは思うんですけど。
うんうんうん。
まあ落ち着いてきたかどうかはわかんないですけど。
うんうんうん。
まあなんで、ある程度腰を据えつつ、いろんな天秤かけつつみたいな。
うんうんうん。
そういう、ちょっとだけ大人になったところもありますけど。
僕でも今でこそ続いてますけど、僕も20代の時って転職5回ぐらいしてるんで。
そっかな。
あんま変わんない。
あ、そう。
僕もちゃんとね、似てんすよね。
あの、人のこと言えないっていうね。
そう。
いやー、その辺ちょっと後で聞いてみたい気もしますけど。
そうですね。僕も落ち着いたっていうのは、なんか大きくなってからなのかもしれないですね、もしかしたら。
うんうんうん。
まあ、子供生まれて、なんかいろいろ視野広がってみたいなのが影響あるとは思いますよね。
あ、大きいっすね。めっちゃでかいと思う。
うんうんうん。
確かに。
確かにね。結婚もね、その辺も大きいっすよね、ほんと。
そうですね、そうですね。
なんか守るものができるってなった時の自分の立ち回り方って1回考えません?
まあ、そうっすね。
うちの場合は、なんだろうな。
妻がしっかりしてるから、最悪どうにかなるでしょうみたいなところが頭の中にはありつつ。
まあ、とはいえ甘やかすタイプでもないので、しっかり稼ぐよみたいな感じで鞭打たれるみたいなところはずっとあって。
奥さんいい人。
握られてる、完全に。
それのぶつかったりとか、いろいろありながら自分なりにいろいろ考えてみたいなのが年月経ってようやく腹落ちしてきたところはあるかもしんないですね。
いい奥さん出会いましたね、ほんとに。
いやー、強いんですけどね。
ありがたい、ありがたいっすね。
まあでもそのぐらいがちょうどいいのかもしんないですね、つくもさんにとっても。
かもしんないですね、いいよいいよって言われてたら多分どこに今いるかわかんないですからね。
確かに。
いやー面白いなあ。
え、この、じゃあその仕事でステップメールの方から音楽系の仕事にシフトしていくわけじゃないですか。
ソーシャルゲームって多分急に辞めたんですか?急に辞めた感じですか?それともバッサリ、ちょっとずるずる言ってる感じですか?
数ヶ月、相談して数ヶ月後くらいですかね、1ヶ月とかなのかな。
なるほどね。
最終的にはそこの現場だと、CS業務が多かったんですけど、
まかさまサポートですね、不具合とか問い合わせ対応みたいなのをしてて、
すごい多い時には、1日100件とかさばいたりとか。
え!時間的にさばける量じゃないですよね。
うん、だと思うんですけどさばいてたらしいですね。
すごいなあ。
後で聞いた話だと、僕の穴埋めるのに3人必要だったとか。
めっちゃ面白いね。
1日100件対応してる人が急にいなくなるわけなんで、それは能力値的なところも高かったからこそ変わられてたわけで。
そうですね、相変わらず遅刻してましたけど。
でも夜は結構遅くまでやってたんですよね?
そこそこ遅くまでやってましたね。
すごいなあ。
すごいですよね、働き方というか学び方というか、そして行動の仕方というか。
今振り返ると本当にちょっとつもしいんですよね。
こっち行くんだってバーってやって、やべえってなってどうしたらいいんだってなんかひじこいて。
それをちゃんとリカバリーしてやってたっていうのは、多分そこ変わられてたんでしょうし。
そうですね。
でも本当浮き沈みが一番ひどい時期で。
なるほどね。フリーランスだとその辺で結構メンタルにガッツリ来ませんか?
はいはいはい。来ますね。
収入面、まあでもそのフリークルやってる時はやっぱり収入面でも結構来てて。
ちょっとボルガネットアフタードゥも話も交えつつ、その時期のことなんですけど。
ボルガネットアフタードゥもいろいろ新宿あたり中心に活動してたんですけど。
半年ぐらいしてドラムが辞めちゃって。
なるほど、はいはい。
そのドラム、前に言ったか。
ドラムが前のバンドのドラムで。
ツクモさんの音楽活動のエピソード
仲良くしてた人ですよね。引き抜いてきたというか一緒にやらせてくれたっていう。
引き抜いたといえば引き抜いたっていう感じで。
で、そこからちょっとドラムはサポートで何人か声かけて。
一人はそのフリークルで、フリークルも元メジャーアーティストがメジャーで食っていけないっていう風になって、
じゃあ自分たちでそういうサービス作ろうって言って立ち上げた会社だったんですけど。
そうなんですね。
そうなんですよ。
だからなんかミュージシャンのことを知ってるみたいな現状とか、
これがあったらみんなが助かるんじゃないかみたいなそういう思いがあってやってたんですけど。
そこの社長がドラムで、お弟子さんみたいな人にドラムを一時期頼んだり、
他いろいろ頼んだりして。
さっきいろいろやらかしたみたいなのが、
サポートで入ってたリカバンドっていうのがあって、
そこからベースの方をメンバーに入れたんですけど、
そこまでは良かったんですけど、
そこのサポートのドラムもサポートで叩いてくれみたいな感じになって、
そうするとリカバンドのバックがまんまボルガネスが当たるんじゃないかみたいな感じになって、
で、それとかもお伺いを立てずにそういうことをやっちゃったわけですよ。
なるほどねー。
それが問題になって、
なんかいろいろ、ちょっといろいろ気まずい感じになって。
確かに、いや確かに久しぶりに気まずい。
今考えると何やってんみたいな。
そういう人間関係とかでちょっといろいろ苦労してきたりとか、
分かんないっていうのがあって。
なるほどねー。
すごいですね。
石橋を叩かずに突っ走って、
あ、これやべーからどうにかしようっていう、
そういう感じですよね。めっちゃかっこいいなと思って。
いやいや、かっこよくはないですよ。
よく言えばロックですけどね。
まあまあ、そうですよね。
なんでトータラブルメーカーでもありましたね。
なるほどねー。
それって結局そのバンドどうなるんですか?
解散ライブの計画と人間関係
そのバックバンドがサポート同じでってなってたのは。
レコーディングまで、
CDのレコーディングがその後、3曲入りのレコーディングをしてて、
その時のドラムはサポートの彼に叩いてもらって、
2013年の11月にある大きいライブに出演することが決まって、
そのゼプダイバーシティ。
めっちゃでかくないですか。
そうそう。
僕でも知ってる。
そこで、イベントも全然1マンとか2マンとかそういうものではなくて、
何組も出る中で、15分から20分枠かな。
で、出るみたいな感じで、
そういう企画もののところでやることになってて、
土平日の夕方というか午後台ぐらいで、
集客がやべえみたいな感じになってて。
そうなんだ、なるほどね。
で、ボーカルの人がある日こう言い出すわけですよ。
じゃあさ、ちょっとその日に解散するっていうのはどうよみたいな。
解散ライブだったら人来るでしょみたいなこと言い出して。
はあ?ってなって。
すごいな、爆弾投げてきたな。
爆弾投げてきた。
まじか、まじかってなって。
えー、いやそんな気軽に解散、えーみたいな。
二度見しますね、二度聞きというか三度聞きというか。
まじかこの人前から軽いなと思ってたけどそうかみたいな。
なんかいろいろ考えちゃってる。
はいはい。
解散はすごいな。
解散理由が無邪気すぎるっていう。
そうっすね、まじで理想っすね。
そうですよ、エクスプロージョンな感じで。
いやまじ爆弾発ですね、すごい。
どうなるんですかそれ、その発言受け。
いろいろ悩んで、じゃあそうしようっていう。
いいじゃんいいじゃん、解散と言ってまた復活すればいいじゃんとか言ってて。
軽い。
いやまじかみたいな。
うわーって。
そもそも的にはこっから、それを皮切りに大きなとこに行けたらいいな、みたいな気持ちでもあるわけじゃないですかね。
そういうとこで歌えるっていう。
そうですね、僕自身もすごい手応えを感じてたバンドでもあったし、すごい楽しかったっていうのがあって。
とはいえそういう人間関係的なところだったりも、
いろいろなところでほころびが出てきて。
なるほどねー。
そっかーみたいな、暗に潮時感がもう同時に出てきて。
なるほどねー。
そうですね。
その事実上、解散ライブに向けていろいろ準備をし始めるわけですけど、
CD作ってて、家でギターとかレコーディングとかデモテープとか作ったりとかしてる中で、
1個忘れられないエピソードがあって。
なんですか。
9月が僕の誕生日なんですけど、
僕の誕生日の日にもめっちゃレコーディングしてて、結構過強な状況で。
なるほどね。
いつもだったら誕生日祝おうみたいな感じだったんだけど、
僕がそこに集中しすぎてて、
妻がケーキを買ってきてくれたんですけど、
後で食べようねって言って、
ありがとうみたいな感じで、
でも作業に集中しちゃってて、
つい忘れちゃったんですよ、その事。
はいはい。
で、ある程度作業に踏ん切りついて、
はー疲れたーケーキ食べようかなーと思って、
冷蔵庫開けたらないんですよ。
おー!
おーって言って、
あれ、ケーキどうしたの?
食べたわ、みたいな感じで、
めっちゃブチ切れてて、
はーってなって、
あ、そうすか、みたいな感じで、
すごい嫌悪な感じになったっていう。
それは、つくもさんが食べようとした時間って何時ぐらいだったんですか?
多分、深夜1時とか。
終わってる、誕生日。
なるほどねー、なるほどねー。
奥さんとしてもね、一緒に誕生日ぐらいお祝いしたかったなって言うのは、
つくもさん次の日だった。
次の日やん、みたいな。
なるほどねー。
それはでかい大事件ですね。
大事件が起きましたね。
その後、どう収集つけたかは覚えてないんですけど、
本当に、なんか、
あれ、ない、みたいな。
その感覚。
俺のケーキ、みたいなやつですね。
つくもさんからすれば。
俺のケーキ、みたいな。
ほんとさっきの、
私は改札レイジャーみたいなのと、
そういう爆弾がいっぱい降ってきた時期なんですよね。
今後のプロジェクトと活動
すごいなー。
重なりますね。
えー、面白いなー。
つくもさん、その後5、6分あるんですけど、
ちょっと、その話、次回に持ち越ししたいぐらい、
ちょっと思ってて、
なんでかって言うとね、
いろいろつくもさんと話をしたいことが1個だけあって、
今回は音楽編っていう話で、
次回か4月か振り返ってきていろいろ話してたんですけど、
今ちょうど、マミュバンドに所属していただいてて、
そうですね。
5月31日のライブももちろんするし、
ぜひ皆さん来てほしいんですけど、
今レタの方にピックアップしているものを見ていただければと思うんですが、
5月31日ね、
樋口舞さんと天井さじきアンサンブルの
ファミマツーマライブがあるんですけど、
ぜひこちら来ていただきたいし、
アーカイブ聴いている方もね、
ぜひぜひ見てほしいんですね。
で、もう1つ、
知っておいてほしいなと思うのが1つあって、
その下にジャパンエキスポパリー2025年密着DVD
ウントラカンタラって書いてると思うんですけど、
これ何かっていうと、
ゆみさんっていう方が実はいて、
この方が和菓子サッカーさんで、
1月25日のライブにも来ていただいて、
めっちゃ感動したと。
一番最初に5月31日のチケット買ってくれた方なんですね。
その後、ライブのリンゴジューススポンサーとか、
アフターパーティーとかも買っていただいて、
応援してくれてる方で、
今ちょうどクラファンも頑張ってるんですよ。
で、フランスのジャパンエキスポパリーっていう祭典で、
上の方から年度和菓子サッカーさんなんですけど、
インスタグラム投稿とか見て、
ぜひゆみさん来てくださいっていうので、
出展することになるんですけど、
その渡航費とか、
いろいろ物々の費用を、
世界に日本文化を伝えようっていうことで今動いてて、
その中で密着ドキュメンタリーDVDを作るっていうことになってまして、
エリスさんに聞いてくれてるヤスさんがDVD作ってくれるんですけど、
プロの映像クリエイターの方で、
5月31日もライブの映像も少し撮りに来るんですね。
このDVDの中にマミュバンドの楽曲も提供しようという形で、
応援してくれてるゆみさんが頑張ってるんだったら、
コジプロマミュバンドとしても何か音楽提供できればなっていうところで、
これから打ち合わせとかもあるんですけど、
5月31日のライブ映像も少し、
どの辺使うかっていうのは打ち合わせするし、
どういう映像にするかっていうのも打ち合わせするんですけど、
それも封入して、あとはロマコ様かな、
ロマコ様の方でも楽曲提供とか映像提供とかいろいろコラボするっていう、
それも打ち合わせをする、
3プロジェクトが関わったようなDVDになってて、
これが今DVDを製作してるんですけど、
このDVDが実は45枚全部売れると、
東京の大型サイネージにマミュバンドのプロモーション映像が流れるんですよ。
えー、そうなんですね。
つもさんも流れるっていう。
僕の知らないところでそんなプロジェクトが進行してるのか。
そうなんですよ、実は。
これ4月30日までなので、
ぜひつもさんにも耳入れてほしいなと思ったものがあって、
マミュバンドとしても少し勘でるところがあるし、
つもさんもね、
関係ないわけじゃないと思うので、
映像が入ったりとか何かしら、
何がされてこう、
どういう映像にするかもわからないですが、
その打ち合わせとかもしつつなので、
今後どうなるかわからないんですけど、
なんかその辺で関係があるかなと思うので、
今ね、アディさんっていうコミュニティ、
つもさんも対談したことあると思うんですけど、
アディさんのコミュニティでアディさんの直続の弟子、
っていう位置づけなんですね。
一番弟子というか。
僕もアディコミ入ってるし、
アディさんのことも応援してるし、
アディさん自身がコジプロとかマミュバンドのライブのことをめちゃくちゃ応援してくれてるので、
チケットも10枚無料招待枠って形で買っていただいて、
コミュニティの中に皆さん来ませんかっていう声掛けもしてくれたり、
日々のライブとかでも、
コジプロさんの楽曲がこんなんですよとか、
音楽どうですかとかっていう宣伝もずっとしてくれてるんですね。
だからすごく僕たちのことも応援してくれてるので、
僕も何かできればなと思って、
少しずつですね、
4月30日までで、
クラファーもまだ達成はしてないんだけど、
絶対達成できるように行動していきたいなっていうところから、
今動いてるので、
ツクモさんの音楽活動
是非ツクモさんも見ていただいて、
すごく嬉しいなというのが、
共有事項ですね。
そんなのがありました。
嬉しいですよね、でもこうやって。
マミュバンドの元を応援してくれて、
何か今回のDVDに提供してくれるんだったら、
何か恩返しできることないかなっていうことで、
東京の尾形ビジョンに、
レアさんがそのコネクション持ってるので、
僕の方でやります。
ただお金がかかるので、
クラファーの金額を達成するのが最低条件にはあるんだけど、
何かできればなっていうところで、
コツコツやってるっていうところがあって、
本当嬉しいなと思っていますね。
ありがたいですね。
ありがたいです。
音楽的なものも流れ、
1分間の動画なんですけど、
半分するので、
約30秒のやつなんですけど、
それがループ再生されて、
1日何回も流れて、
かつ1ヶ月流れるらしいんですよ、ずっと。
これすごいですね。
ありがたいですよね。
でもそうやって動いてくれてるのは。
何かできないかなっていうので、
子供向けの塗り絵本のリターンとかもあったりするので、
坪さんもチラッとだけでもいいので、
見ておいてくれると嬉しいですね。
了解です。
そんな形で坪さんとお話をさせていただきました。
音楽編っていう形だったんですけど、
フリーランスから変わって、
職も、
プライベートも、
音楽も、
色々天気が変わってきた、
今日の放送だったと思います。
ライブイベントの告知
仕事は夢に向かって突き進んで、
やっとゲームの夢を、
ゲーム会社に入ってゲームを作るっていう夢を
手に入れたんだけど、
実は違ってた。
ちょっと違うよねっていうところだったり、
音楽も人間関係で本当に大変な思いをしてて、
まさか解散の危機っていうところで
次回に発表したんですけど、
プライベートでね、
ご傾向もされて、
そこでちょっとした事件も起きたっていう。
面白いですね、坪さん。
本当に毎回思いますね。
なんか色々トラブルが。
トラブルは
面白いよという
心でもありますよね。
後で振り返ると面白いですね。
おぺんさんが
今回も恋ですねって書いてるけど、
今回も恋ですね。
だからね、
次回爆弾がどうなるのか、
解散するっていう爆弾宣言。
そしてケーキがなくなったっていう。
それはなんか、
奥さんと結婚続いてるので、
うまいこと収まったんでしょう。
収まったんでしょう。
多分あれですね、
楽曲制作とかでもそれどころじゃなかった
どういうかばりしたかっていうのは。
面白いな。
ぜひ、今回は爆弾
爆弾編
うまいな。
爆弾爆弾。
爆弾爆弾編ですね。
ぜひぜひみなさん、
今から聞いた方とか途中参加の方も
ぜひアーカイブ聞いていただいたらいいと思いますし、
リットリンク、アディさんに作っていただきました。
このリットリンクに
アーカイブ全部まとまってますので、
ぜひこちらからも飛んでいただいて聞いていただけると
思いますので、みなさんぜひぜひよろしくお願いします。
そしてつくもさん、
今日もね、ありがとうございます。
ありがとうございます。
1点だけ告知なんですけど、
5月10日に
カモフェス
鴨頭さんが
発信するカモフェスってやつで、
マミオバンドの
マミオさんと村上さんが
出るんですけど、
ちょうど、そういえば
開いてますって連絡が
昨日来て、僕も
ギターで
なんと!
行きてー!
行けねー!
行けー!
なるほど。ぜひみなさん
5月10日ですね。
10日です。
聞いていただいたらと。
いろんな方が挑戦してる
っていうバンドを
集めたカモフェスになってます。
池袋でやりますので、ぜひみなさん
ぜひみなさん来てください。
2時半オープンで3時スタートで、
6時終わる予定なので、
ぜひみなさん来ていただいたらと思います。
僕の代わりに
行ってください。
つくもさんのブースもぜひ見てください。
その後、アフターパーティーとかもしかしたらあるのかな?
あるんじゃないですかね。
つくもさんもアフターパーティーでられる感じですか?
たぶん行きます。
行ってください。ぜひみなさん
このつくものがたりの感想とかね。
話していただいたらと思いますので。
続きよろしくお願いします。
そして、5月31日つくもさんは
ミューバンドとしても
ギターとして大活躍ですので、
ぜひこちらも挑戦している人に
本当に来てほしいライブになってますので、
ぜひみなさんよろしくお願いいたします。
つくもさん今日は来ていただいて、
本当にいろんな話を
ありがとうございました。
また来週ぐらい話しできればと思います。
挑戦させてください。よろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
あと1ヶ月ちょいでつくものが終わるのかっていうね。
本当だね。
この進行具合でいけるのかって。
わかんないですけどね。
やっていきましょう。
というわけでみなさんありがとうございました。
またね。
ありがとうございました。