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2026-01-22 13:51

イジメの根本解決は、親の心がどう関係しているか


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サマリー

この記事では、いじめ問題について考察されており、特に家庭の役割が子どもの心に与える影響が探求されています。親の心が子どもに与える影響や、いじめの根本的な問題を解決するためには、大人の心のケアが必須であることが強調されています。いじめの根本解決には、親の心の影響が重要な視点であることが示されています。筆者の体験を通じて、自身の苦しみの根源が家庭にあったことを理解し、親子関係や家庭の力学が子どもの行動にどのように繋がるかが探られています。

いじめ問題の本質
こんにちは、ザ・ディープダイブへようこそ。
今日のテーマは、いじめ問題です。
この言葉を聞くと、多くの人が、学校の教室とか、加害者と被害者という構図を思い浮かべるかもしれません。
でも、もし私たちがこれまで見てきた場所が、問題の本当の真源地ではなかったとしたら、
今回はですね、村尾雅則さんの記事、
イジメ問題は、子供の心だけを見ても終わらない、を羅針盤にしてその可能性を探っていきます。
この記事が投げかける、子は親の心を実現する名優である、という革新的でちょっとドキッとする言葉。
これが一体どういう意味なのか、あなたと一緒にじっくり解き明かしていきましょう。
はい。今日の話は、もちろん子育て中の方にはすごく響くと思うんですが、でもそれだけじゃないんですね。
かつて子供だった私たち全ての大人に関わる話なんです。
というのも、イジメという現象をその子の性格とか関係性の問題だけじゃなくてですね、
その人が属している一番小さな社会、つまり家庭というシステムの中で何が起きているのか、
っていうそういうレンズで見ていくので、これはご自身の過去とか、
あるいは今の人間関係を全く新しい角度から理解するきっかけになるかもしれませんね。
それでは早速本題に入っていきましょうか。
記事がまず指摘するのは、多くの人が感じているかもしれないある種の行き詰まり感です。
近年、学校現場ではスクールカウンセラーの配置が進んで、子供たちが相談できる窓口は確実に増えました。
これは本当に素晴らしい進歩ですよね。
ええ、間違いなく。子供たちが安心して話せる場所があるっていうのはセーフティーネットとして非常に重要です。
ただ、筆者は現場の感覚として子供を個別にケアしても状況が根本的には変わらないケースが多いと指摘してるんですね。
カウンセリングで一時的に気持ちが落ち着いても、また別の形で問題がぶり返したり、
あるいはターゲットが変わって同じようなことが繰り返されたり、まるでもぐらたたきみたいに。
これって一体なぜなんでしょうか。単にその子の心が弱いとかそういう話ではないように感じるんですが。
そこがまさにこの記事がメスを入れるポイントなんです。
従来の支援ってどうしても問題行動を起こす子とか、傷ついてる子本人に焦点が当たりがちですよね。
自己肯定感を高めましょうとか、物事の捉え方を変えてみようとか、もっと強くなろうと。
もちろんそれ自体は無駄じゃないんです。でもすごく大事な視点が抜け落ちてる可能性がある。
大事な視点ですか?
子供にとって一日の大半を過ごす学校と同じくらい、いやそれ以上に影響力が強い環境はどこか。
それは家庭なんです。
例えば学校のカウンセリングルームっていう安全な場所で、1時間かけて心のバッテリーを充電できたとするじゃないですか。
でも家に帰った瞬間、そこが常にピリピリした緊張感に包まれていたり、
親の顔色をうかがうのが当たり前だったり、自分の感情を押し殺すのが良い子の条件だったりする場所だとしたら、どうでしょう。
せっかく充電したバッテリーがもう一瞬で消耗しちゃうみたいな、そんな感じでしょうか。
その通りです。子供の神経系はまた戦闘モードとか警戒モードに入らざるを得ない。
つまりですね、症状が出ている学校という現場と、そのエネルギーを供給しているかもしれない家庭という震源地が支援の中で分断されちゃってる。
この記事はその構造的な問題を鋭くついてるわけです。
安全な避難港であるべき家が、実は嵐の中心だったかもしれない、と。
家庭の影響
うーん。わあ、その視点に立つと、いよいよ記事が提示するあの革新的な言葉の意味が見えてきますね。
子は親の心を実演する名優である。
筆者はこれを決して比喩ではないと断言してますけど、正直に言うとちょっと極端な考え方にも聞こえませんか?
もちろん家庭の営業は大きいんでしょうけど、子供自身の性格とか、学校での友人関係とか、家庭の外の要因も複雑に絡み合ってるはずですよね。
なぜここまで家庭の役割を重視するんでしょうか?
非常に重要な問いですね。そして、この記事の意図は決して全部親のせいだと断罪することじゃないんです。むしろ逆で。
この言葉が意味しているのは、子供を問題の原因として見るんじゃなくてですね、家庭というシステムの中で目に見えない何かを表現している存在として捉え直そうよという提案なんです。
表現者ですか?何を?モル表現してるんでしょう?
記事が挙げているのは、例えば家庭に漂う空気とか、親が口には出さないけど抱えてる不安や緊張、親自身が子供の頃からずっと抑え込んできた感情、
あとは家族の間で言葉にならなかった思いとかですね。
子供、特に幼い子供っていうのは、そういう言語化されてない情報をまるで高性能なセンサーみたいに全身で感じ取るんです。
ただそれを大人のように論理的に理解して言葉で処理することはできない。
なるほど。理屈で、お母さんは今仕事のことで不安なんだなって分析するんじゃなくて、その不安の空気をもうただ浴びてしまうみたいな。
まさに。そしてその処理しきれないエネルギーを外の世界、つまり学校という舞台で自分の行動とか人間関係を通して実演しちゃうわけです。
それがある子にとっては攻撃性として現れるかもしれないし、別の子にとっては過剰に他者の顔色をうかがういじられらしさとして現れるかもしれない。
だからいじめる側もいじめられる側も、実は同じコインの裏表で家庭というシステムの表現者である可能性があると筆者は示唆してるんですね。
そうか。つまり子供自身はなんでこんなことしちゃうんだろうって理由がわからなくても、その子の心と神経系は家庭の見えない空気に正直に反応してるだけということなんですね。
だから筆者は子供は壊れていないし弱いわけでもない。ただ家庭の中で起きている見えない緊張を自分の人生を使って表現しているだけってあれほど強く訴えているわけですか?
いえ、この視点に立つと子供を治す対象として見るんじゃなくて、メッセージを発している存在として見ることができるようになります。
そのメッセージを読み解くとその根っこには大人の心の問題があるかもしれないと。そうなると次に続く、なぜ親のカウンセリングが必要なのかという話がもう必然的に導き出されますね。
そうなんです。このロジックをたどると本当に効果的な介入っていうのは子供を強制すること以上に大人の心がケアされて家庭の空気が変わることだっていう結論に至ります。
ここで何度も強調したいんですけど、これは親を責めるための話では全くないということです。
親の心のケア
と言いますと?
考えてみてください。そういう見えない緊張を抱える親御さん自身も誰にも頼れず、自分の感情はいつも後回し、私がしっかりしなきゃ親なんだから弱音は吐けないっていう強いプレッシャーの中でたった一人で戦っているケースがすごく多いんです。
その親御さん自身が自分の親との関係の中で同じように感情を抑圧することを学んできたのかもしれない。つまり親自身もまたケアを必要としている、癒されるべき存在だということなんです。
なるほど。これは世代間の連鎖の問題でもあるわけですね。
親が抱える誰にも言えなかった緊張が家庭の空気を作って、それを子どもが敏感に感じ取って外で表現する。その親もまたその親から。だとしたらどこかでその連鎖を断ち切る必要がある。
その通りです。そしてその連鎖を断ち切る鍵が親自身の心のケアにある。
では具体的に親の心が少し緩むと子どもの神経系にはどんな変化が起きるんでしょう。
例えば親の表情が柔らかくなるとか声のトーンが変わるといったごくわずかな変化を子どもは感じ取っているということなんですか。
まさにその通りです。これは共同調整、子レギュレーションと呼ばれる心理学の概念とも深く関わっています。
人間の神経系ってWi-Fiみたいに常に相互に影響を与え合っているんですね。
親が慢性的な緊張状態にあるとその早い呼吸とか固い表情、高い声のトーン、こわばった筋肉といった非言語情報が子どもの神経系に今は危険な状態だっていうシグナルとして伝わるんです。
すると子どもの神経系も自動的に警戒モードに同調してしまう。
自分では意識してなくても体が勝手に反応しちゃうんですね。
逆に親がカウンセリングなんかを通じて自分の心と向き合って少しでも肩の荷を下ろせたとします。
すると呼吸は深くなるし、声のトーンは落ち着くし、表情筋も緩む。その安全だっていうシグナルを今度は子どもの神経系がキャッチするんです。
すると子どもは初めて心からリラックスできる。家庭が充電できる場所に変わっていく。
心のメカニズムと気づき
これは希望的観測とかじゃなくて愛着理論とか神経科学が示すすごく現実的な心身のメカニズムなんです。
この理論非常にパワフルですけど、まあどこか抽象的に聞こえるかもしれません。
でもこの記事が本当に心を揺さぶるのは筆者自身がその人生を懸けてこの理論を証明してしまっている点なんです。
彼がいじめを受け続けた期間、実に35年だそうです。
35年。生まれてから社会人になるまで、もう人生のほとんどの期間ですよね。
筆者はその間ずっと自分が弱いからだ、自分に何か欠陥があるからだって自分を責め続けてきたと書いています。
周囲からもそう言われて自分でもそう信じ込んでいたと。
ええ、でも彼が大人になって愛着とか心の仕組みについて専門的に学んだ時、来人に打たれたような事実に気づくわけですね。
そうです。彼は自分を苦しめてきたものの正体が自分自身の弱さではなかったと気づくんです。
それは家庭の中で常に感じていた言葉にできなかった不安や恐怖、家族が抱えていた悲しみを自分が学校という場所で実演していただけだったという衝撃的なでも腑に落ちる理解でした。
自分の問題だと思っていたことの根っこが全く違う場所にあったと、それはどんな気持ちだったんでしょうね。
その意地からつたまってくるのは誰かを責めたいという感情よりもむしろ長年の謎が解けたことへの安読感ですね。
彼は親もまたその親の世代から受け継いだ生きづらさの中で必死に生きていただけだったと理解します。
それでもこれは子供である自分が背負う必要のない重みだったんだと明確に認識できた。
その瞬間、35年間自分を縛りつけていた呪いから解放されて、人生が静かにでも確実に変わり始めたと語っています。
いじめ解決の視点
それは圧倒されますね。自分が信じてきた人生の物語、つまり自分はダメな人間なんだという自己規定そのものが間違った前提に基づいていたと気づくわけですから。
解放感は想像を絶します。この個人的な物語がこれまでの理論にものすごい説得力を与えていますね。
まさにこの体験談があるからこそ、この記事の主張は単なる机上の空論ではなくて、一人の人間の人生を変えるほどの力を持つ真実として響いてくるんだと思います。
さて、ここまで村尾さんの記事を深く読み解いてきましたが、結論としていじめをなくすために本当に必要な視点とは何なのか。
見えてきたのは、いじめを単に加害者と被害者という2つの役割に押し込んで、どちらかが悪いって終わらせてはいけないということですね。
その通りです。子供を見る、でも同時に大人の心を見る。そして、個人だけじゃなくてその個人を取り巻く家庭という最小の社会の力学、そのシステムの全体像に目を向ける。
この多角的な視点こそが不可欠だとこの記事は教えてくれます。
子供は親の敵ではない、親の心を移す名優です。記事の最後のこのメッセージは本当に力強くそして穏やかですね。
ええ。だからこそ、子供を変えよう直そうと必死になる前に、まず大人が少しだけ立ち止まって、自分自身の心に疲れてない?とか本当に何を感じてる?って問いかけてみること。
それがまあ一見最も遠回りに見えるかもしれないですけど、実は一番確実で根本的な予防策になり得るんだと。
子供への直接的な介入と大人への間接的なケア、その両輪が揃って初めて物事は本質的に動き出すのかもしれません。
最後にこれを聞いているあなたに一つ問いを投げかけて終わりたいと思います。
この記事は親子関係に焦点を当てていました。
でもこの見えない空気を誰かが無意識に実演するという構造はおそらく家庭だけに限りません。
あなたの職場やあなたが所属するコミュニティを思い浮かべてみてください。
そこにある言葉にならない緊張とか、誰もが感じているけれど口にはしない抑えられた感情。
それを私たちは日々の人間関係の中で気づかないうちに誰かがあるいは自分自身が実演してしまっている部分はないでしょうか。
あなたの周りを取り巻く空気は一体何を映し出しているのでしょう。
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