本の紹介とテーマ
カランコローン、いらっしゃいませ。喫茶クロスロードへようこそ。
この音声配信は、本好きな人たちがフラッと集まり、みんなが友達になれる喫茶店をコンセプトに、店員たちが気ままにゆるーく話して参ります。
11月25日、第73回の配信です。
はい、今日紹介するのは、フィリッパ・ペリー著の子供との関係が変わる【自分の親に読んでほしかった本】という本です。
このね、シンプルな表紙と、この印象的なタイトル、書店で気になった人も多いはず。
ということで今日は、海外の子育て実用書という、このジャンルを語っていこうと思います。
ちなみにさ、ちょっと乗っけから脱線しちゃうと、海外の実用書って、ちょっと読みづらいよね。
そうね。冒頭の写事めっちゃ長い。あるある。
そう。あと何々に注ぐって絶対書いてあったりとかさ。
そうそうそうそう。そこを飛ばしてもいいって私は思ってて。本筋あんま書けなかったりすると。
あとなんか、具体例がさ、めっちゃ多いっていうかさ。
そう。多すぎる。多すぎるというか。
何々にお住まいの何々さんの場合みたいなのがさ、めっちゃ多いみたいなさ。
1つのハウツーに対して3個か4個ぐらいあるじゃん。1個でいいかなみたいな気持ちにさ。
もうちょっとなんかまとめてくれないかなみたいなところとか。
いいかなみたいな。そう。
そして最後にね、冒頭にも感謝は述べられてるけど最後もやたら長いんだよね。
うん。長い。
写辞。
写辞がね。
それをおちょくりたかったわけではなく、でも海外実用書ってそういう部分があるので、
結構長いなって思っても実はそこは省いたりすれば結構早く読めますよっていうことを最初言っときたかったっていうね。
伝えたい伝えたい。
作者にとって写辞が大事ってことはすごいわかってるんだけど、
作者にとって大事だから。でも大事なことはその本を楽しめるかどうかってことじゃん。自分が。
自分がその本を楽しめるかって言ったときに、私も海外実用書に苦戦してた時期があって、
なんでこれはこんなに読みづらいんだろうって思ってエピソードをちょっと再読みすればいけるんじゃないかとか、
冒頭はささっと乗り越えたら楽しく読めるんじゃないかっていうことに私も気づいてそういう読み方してるっていう。
大事なのはね、自分だから。
エピソードを結構飛ばして読んでも意外とつながってたりするんだよね。
私もたまにもうちょっとこれはお腹いっぱいになってきたなってエピソードは飛ばしちゃったりとかもします。
実はそんなこともしてるよっていう話を入れたくて、入れたかったけど今回はそういう突っ込みたくなる場所を置いといて、
かつこの部分は面白い発見があったなっていうポイントに絞ってこの本を紹介したいと思っております。
育児所なんで、子育ての革新の部分は子どもとの関係にありますっていうところがまず一番どーんって一番置いてある本です。
で、著者の人は心理療法師で、親子関係っていうのが機能不全を起こすのはどんな場合なのかとか、機能した状態を取り戻すにはどうしたらいいのかっていうことを
親子関係の重要性
心理療法師なんでそういうのをいろんな過程を観察する中で、子育てにおいて重要なものは何かっていうのをそれぞれの章とかで提示してくれてるっていうのがこの本の構成になってます。
私この本さ、読んでみて、自分はまさに子育て中だから読んだっていうのはあるんだけれど、
子育て中じゃなくて、結婚前とか、そう、結婚前、妊娠する前とかでもいいし、
もしもっと先の結婚前とかでも、子どもを持つことに漠然とした不安があるとか、
自分の親子関係がちょっとそんなにいいものじゃないなとか、そういう気持ちがあって、そういうことに対して不安があるとかっていう人には、
その親子関係の部分を客観的に振り返ることができる本なので、
そういう気持ちの整理とか、新たな視点を得るみたいなことができる本なのかもしれないなと思って、そういう人にもおすすめだなと思っています。
なるほど。
別に子育て中じゃなくても読んでもいいなって思ってて、
で、あとこの本は6章構成になっていて、
第1章は、子育ての遺産は連鎖する。
第2章、子どもの環境を見直す。
第3章、感情に向き合う。
第4章、親になるための土台を作る。
第5章、心の健康を育む。
第6章、行動を育むと続いていきます。
で、さっき言ったみたいにさ、すごいいろんな具体例が出てくるんだよ、各章に。
でも結局、私としてはこの本は、
親子関係を健全なものにするには、
自分と子どものそれぞれの感情に向き合うことがとっても大切だよっていうことが、
一番自分自身の気づきになったので、
今日はそれに関連する部分が、第1章、3章、6章ってところになってくるので、
感情と経験の繋がり
そこのあたりを紹介していこうと思ってるよ、そらやん。
いいですか?
なるほどね。面白そう。
じゃあまずそらやんにも、ちょっと聞きたくなっちゃうんだけど、
まず第1章の子育ての遺産は連鎖するっていう章で、
まずそらやんに聞いてみたい。
私たちがさ、子供に言われたりすることとか、
自分の子供にね、なんか言われたりすることで、
なんでかすっごいカチンってきたりとか、
もうやめて!みたいな。
もうほんとに即座に言いたくなるようなことってある。あるから。
そして、それってどういうときっていうのは、そらやん言える?
なるほどね。
まず私の娘まだ2チャイなので、
言葉がしゃべれないので、言われることってちょうだいとか、
まんまとかそんな感じだから、
カチンとくるみたいなことを言われる経験はまだないんだけど、
娘が床に傷をつけると、すごい心ざわつく。
なるほど。
めちゃくちゃざわつく。
なんかいろいろさ、やってはいけないことの中でも、
床に傷をつけられるのが最上級に自分のなんか、はーってなる。
それってさ、もしつらくなければちょっと遡ってほしいんだけど、
お母さんとかお父さんとか、
自分の周りにいた人に怒られた経験とかそういうのがあったりしたの?
あったよね。
私じゃないんだけど、
私の弟が壁に落書きしちゃったときがあって、
家の壁にね。
油性ボールペンで。
それがね、結構ね、我が家の中では大揉めしたっていうか、
すごい大事件だったんで、
それとかがあって、やっぱなんかすごいざわつくよね。
火災に。
復帰できない傷とかものがつくと、
すごいそうそうそうそう。
跡が残ったりとかね。
うん、跡が残ったりするとざわつく。
あるよね。
すごいざわつく。
なるほど。
私もちょっとあってさ、
でも私の場合は、私は結構シールをべたべた貼られるのが、
やっぱさ、私の下の子も2歳ぐらいだからさ、
シールとかを結構べたべた貼りまくるんだけど、
貼りたいもんね。
そう、貼りたいけど、なんかいろんなところにやっぱり貼るから、
やっぱりそういう壁とか、剥がせなさそうな場所に貼られた瞬間に、
言っちゃいたくなるとか、
そういうのがあって、
そういう経験はやっぱりきっとみんなあると思うし、
リスナーの人にも、
私これは本当に嫌だなとかって思う経験をちょっと思い出して、
かつそれに対して、
すごい怒られた経験とかあるのかなっていうところを、
まず1個目を振り返っててほしいんだけど、
ちょっとここで本の中の話に行くと、
この本の中の場合は、
この7歳の娘が出てきます。
この7歳の娘は、
ジャングルジムに登ったのに降りれないって言ったことで、
その母親すごい猛烈に腹が立ってきたんだって。
私たちの家財の話とは違って、
その降りれないって言った言葉がすごい腹が立って、
その母親としては本当は降りられるはずなのに、
なんでそれを自分でしないのっていうのが、
その怒りのもとだったんだけど、
その話自体は過去の自分と関係していて、
自分の母親が絶対に一人でそういうことをさせてくれなかったっていう過去があって、
それから自分は自信がない子になったっていう経験から、
もう同じことが起こってほしくないって思って、
その娘に対して、
自分でできることは自分でやりなさいっていう意思を込めて、
その言葉を言ってしまったっていうエピソードなんだよね。
別に子供の視点で立ってみたら、
本当は思ったよりジャングルジムが高くて、
思ってたのと違うっていうあるあるだよね。
思ってたのと違うみたいな。
ただ単にいつもよりも怖いところまで来ちゃったから助けてって言っただけだったっていうことが後からわかるんだけど、
そういうことなのに自分の中で勝手にそう繋げて、
反射的に怒ってしまったみたいな経験を、
そこのエピソードでは例として紹介してて、
本の中でその筆者は子供がしてきたこととか要求に対して、
すぐにそのなんか怒りとか、
ちょっと暗い感情、ちょっと厄介な感情を感じてしまったとしたら、
それはなんか警告って捉えて、
子供が悪いことをしているっていうんじゃなくて、
あなた自身のスイッチが押されたと思うといいんですよってことを紹介してるんだよね。
もちろん火災道具を傷つけるのは悪いことって言っちゃ悪いことなんだけど、
でもさ、やってほしくないことではあるけど、
その話が言ってるのは、とんでもなく感情が揺さぶられるっていうかさ、
そんなに感情を揺さぶられる必要なくないみたいな、
たぶん全然そういう経験のない人からすると、
ちょっとどうしたの?みたいな感じに見えるぐらいの突発みたいな感情の揺れ動きがあるものってことだもんね。
だから私たちもさ、今さっきのエピソードでジャングルジムに登ったのに降りれないみたいな、
そういうのはあるあるじゃんみたいに。
だからたぶんその目の前のさ、同じ場所に遭遇したときにさ、
え、このお母さんどうしてそんなに怒っちゃってるの?大丈夫?みたいな気持ちになるけど、
たぶんその経験が我々にはなくて、でもその人にはあるから、
そういう気持ちになるってことだもんね。
ってことだよね。
そうだな、確かに。感情の幅がね。
私もシールね、シールは本当にね、自分でもびっくりするぐらい大きい声で怒っちゃったことがあって。
いや、そう。
あー、でもやっぱ。
私、そう、私これは絶対これだろうなって思った。
パッてこの本を読んで思ったのが、私はシールだったんだけどっていう話で。
でもそう、この章の中で大事なのは、
負の遺産の連鎖
やっぱりその反応になっちゃってるから、
自分の中で思考っていうプロセスを通らずに、
もう即座に反応して怒ってるみたいなことになってるってことは感謝だから、
これはもう自分が、今自分の子供が悪いことじゃないけど、
その行動したときと同じぐらいだったときに、
結局自分が抱いた感情、
例えばそのときにものすごくお母さんから怒られたとか、
なんかそういう怒られたとか、なんかすごく自分が嫌だったみたいな気持ちから、
自分を守るための反応をしている。
この反射はそういう反応なんだよねっていうことを、
明らかにしているっていうわけなんですよね。
なるほどね。幼い頃の自分が反応してるっていうイメージなんだ。
自分の幼い頃が、幼い頃、そうそうそう。
だから結局さ、この章で要するにあと菱社が伝えたいことは、
自分が受けた扱いを次の世代に伝えないようにするっていうのがすごく難しいんだけど、
ここが大事ですよって。
この遺産は連鎖してしまうから、またそれを同じように、
それをまた反射でやって、これ絶対ダメみたいな感じでやっていくと、
結局また自分の子供も同じようにそこがダメっていうところは続いていってしまうっていうところは、
子育ての負の遺産は連鎖していってしまいますよっていうところが一番言いたいので、
じゃあ自分はなんでそこ嫌だったのかなっていうところを自覚しましょう。
で、そうすればどう変わればいいのかっていうところは、
まず一旦気づけるし、
で、もしできそうだったらそれを変える行動ができるんじゃないかっていうところが、
この一緒の部分のポイントなんだよね。
親子関係の機能不全
確かにそのエピソードでもさ、娘がジャングルジムに登って降りれないってなって、
降りれないって言われて、なんで降りれないの?みたいな感じで怒ったってことだよね。
でもそれって、お母さん本人としては自分で自分のことはできるっていう自信を持った子に育ってほしいから、
ジャングルジムに登ったジャングルジムは自らの力で降りてほしいっていう気持ちはあるんだけど、
ジャングルジムを登って降りれないって言って、なんで降りれないの?って言われた本人からすると、
あ、私ってジャングルジムも降りれないことで、
親から叱責されてしまうダメな人間なんだって思わせてしまうかもしれないっていうことをこの本は警告してるってことだよね。
だってそうするとさ、私はジャングルジムを降りることすらできない人間なんだっていうふうに思っちゃって、
自信のない子につながってしまうってことはさ、結局その遺産が連鎖してるっていう、
お母さんの本来の願いとは裏腹に自信のない子になる可能性を秘めていますよってことを伝えてくれてるってことだよね。
深いね。
そうそう、第三章にも繋がってくるんだけど、結局ジャングルジム降りれないって言って、
助けてっていう感情をその子は出したのに、この場合お母さんはその感情を無視したというか、
何だろう、抑止するというか、抑止する行動につなげたっていうことにはなってしまって、
そうすることによってその子供の感情っていうのは行き場をなくすし、
じゃあ助けてって言った時に助けてもらえないんだっていう経験になってしまうから、
要するに親子関係を機能不全とかに持っていってしまう要因にはなるんですよってことを言いたいんだよね。
あー、なるほどね。
だって必要な時に必要な支援が受けられないっていうふうに思ってしまったらね、
頼れなくなってしまうもんね、自分の唯一の親なのにね。
あー、なるほどな。
大事なのは、そこに親がまず自分がどういうことでダメとか反射的な行動が起こって、
自分の感情がどういう時に揺れ動くのかっていうところを把握しておくことはまず一番大事ってことを言ってて、
それからじゃあ子供に対してどうしていくのかっていうのが第三章で続いていくって感じなんです。
私さ、この話を聞いててすごい思ったんだけど、
私自分の旦那さんが娘に対して働きかけた時に、
なんか生理的にいやそれはなくないみたいに思う瞬間とかがあったり、
たまにして、それもたぶんきっと、なんか私が親にされて嫌だったことをたぶん彼がしたりしたか、
だから反射的にすごいホットな気持ちになったっていうのもあるのかなって思った。
なるほどね。でもそれは可能性があるよね。
でもそれぞれさ、違う親から育てられてて、
親にされて嬉しかったことも、親にされて嫌だったことも違うし、
でもさ、そんな人たちがさ、二人揃ってさ、一人の人間に関わっていくっていうところで、
どんなに話し合ってもズレは多少あって、
そこで私にとっては結構地雷ポイントとかを踏まれるとうわーってなるだろうし、
逆に私が旦那さんがちっちゃい頃されて嫌だったことを、
娘にしちゃった時にわーってなったりするっていうのもあるんだろうなみたいな。
そうだね。
なんかそんなことを思う。
まさにね、だからそこの話は結構第二章につながってきて、
その旦那さんとの関わり合いとかも結構大事だし、
子供の環境を整えるみたいなところでパートナーとの意見のすり合わせであったり、
いさかいというか、言い合いだけをしまくって議論を終わらせるような状態にはするなとか、
そういう警告があるのが第二章のところで。
なるほどね。
でも、もちろんそこの部分のすり合わせもあった上での第三章があると確かにいいなっていうのは、
ちょっと今の話を聞いて、やっぱそこもあるじゃん。
まず自分が気づいて、その後環境を整えて、
そして三章で、じゃあ子供の感情を受け止めるっていう話になっていくっていう構成だから、
なるほど。
感情の受け皿
そこも大事なんだけど、ちょっとそこも入れちゃうとちょっとしゃくたりなさそうだから、
一旦じゃあ三章の方に移らさせてもらいますね。
いきましょう。
で、そこで第三章のところで、ここでやっと感情に向き合うっていう章になって、
この章でこの一番のポイントっていうのは、
子供の感情に私たち大人が敏感に反応することっていうのが、
子供が自分の感情と健全な付き合い方を覚える上ですごく大事なところで、
それが心の健康の土台になりますよっていうのがこの章で一番言いたいことです。
結構この話は私が大好きな佐々木先生の子供の安全基地になりなさいみたいな話に通じてきて、
私はふむふむいいなと思って聞いてたんだけど、
この時に、さっきここの話に関わってくるよってそらやんには言ったんだけど、
じゃあ今まで子供の感情にどう反応してきたのかっていうところを考えることで、
それが子供の反応と、
あなた、だから私たちが自分自身の感情への反応をどうしているかっていうところは
リンクしている可能性が高いですよってことが、
例として出てくるから、
この3パターンのうちのどれに当てはまるかっていうのを考えていくことが結構大事です。
3パターンっていうのは、
感情を抑え込むのか、過剰に反応するのか、受け皿になるのか、この3つです。
え?どれ?って感じだよね。
いや、わかんなくない?
抑え込む傾向がある人っていうのは、
強い感情を前にすると、
お騒ぎしないで!とか、
感情を抑える言動をする。
さっきのジャングルジムの人の例も同じで、
そんな感情を見せるな!みたいなことで、
子供の感情をはねつけているとか、
そういうことをしているっていう状態。
泣くな!とか。
そう、泣くな!とか、静かにしろ!
そういうのを反射的に言ってしまうのが、
抑え込む人です。
そうすると、子供は感情を見せなくなってしまう。
自分が感情を出しても、
親はそれを抑え込んでしまうから、
感情を見せる必要はない!って判断して、
見せなくなっちゃう。
っていうのが、こういうタイプで。
で、逆に過剰に反応する人っていうのは、
すごい子供と同じくらい、
ヒステリックになる人のことらしくて、
一緒になって泣いたりしちゃうんだって。
例えば、保育園に行き始めた時って、
すごい泣いちゃったりする子もいるじゃん。
それで、一緒に泣いちゃうみたいな。
すごいつらいね!みたいな。
すごいつらいんだね!みたいな。
一緒に泣いちゃうっていうのは、
感情隠蔽しすぎちゃって。
でも、これは逆に子供の感情を乗っ取る行為だから、
そうすると、やっぱり子供は感情を見せなくなっちゃう。
この感情を乗っ取られたみたいな。
その大人に重荷を背負わされてるとか、
そう侵害されてるとか思うようになっちゃうから、
これもやっぱり良くない。
確かにさ、遥か彼方の記憶だからあれだけど、
やっぱさ、自分の親が泣いてるところとかは、
結構ショックだよね。
そうそう、ショックじゃん。
泣いてるところが常に見せられてたらさ、
結構負担だなって、たぶん子供としても思うんじゃないかなって。
そうだね。
子供を私はいつも泣かせてるとか、
私のしたことで全てお母さんは泣いてしまうとか、
怒り出してしまうってなったら結構、
結構辛いと思うんだよね、それは。
ということで、結局子供にとって一番嬉しいのは、
感情の受け皿になるっていう、
その三つ目の受け皿になるっていうところで、
これは全ての感情をあるがままに受け入れてもらってる状態、
っていうことになります。
どんな状態やねんって感じなんだけど、
難しいね。
いやこれね、ほんと難しい。
一応状態としては、見ていてほしいし、
眺めてももらえるけど、
でも決めつけられることはない。
えーって顔してる、そらや。
難しい。いや、難しい。
頭ではわかってるけど、
その態度をとれてるかどうかを確認するの難しいよね。
録画とかしとけばいいのかな?
これ客観的に見てさ、
私これ受け皿になれてる?とかって見て、
受け皿なってる?みたいな。
誰もさ、受け皿になれてるよって言ってくれないじゃん。
○×みたいな。
いやでも結局、
結局子供への感情の、
今の反応の状態って自分の感情ともリンクしてるから、
自分の感情を抑え込んじゃうタイプの人は、
結構子供にも抑え込んでしまうような行動をとってしまいがちだし、
感情の扱い方
やっぱり感情的になりがちな人というのは、
多分ヒステリックになっちゃって、
みたいなことはあるから、
でさ、受け皿になってる状態を自分でも常にできるっていうのはさ、
結局なんだろう、
私たち自身が自分自身の感情も扱う練習っていうのを普段からしといて、
私は自分をこうやってなだめようっていう方法を見つけてるとか、
こういうふうになりそうだったら周りの人にこうやって炎上求めようとかっていうことができない状態であれば、
自分も普段自分の感情をこうやって、
誰かに受け止めてもらえたり、
自分でなだめる方法を知ってるから、
逆に子供もそういうことができるようになる、
できるようになりますよみたいな話なんだよね。
あーまあ確かに。
自分が感情を受け止めてもらえたっていう成功体験があれば、
外部から○×とかって言われなくても、
しかし態度は自分の子供にとれてるかもしれないって思えるもんね。
まあそうだよね。
私が今こういうことをしてほしい時だから、
じゃあこういうふうにやってあげようみたいなのでも、
一旦は大丈夫で、
でその話、
まあだから自分の感情をさ、
結局第一章でさ、
じゃあ自分の感情を、
ちゃんと客観視できてないとさ、
今自分怒ってるのかな、
あ、怒ってるからちょっとそれをなんか、
なだめるためにちょっと冷静になる時間作ろうとかさ、
そういう、そういうふうに自分の客観視ができてて、
でそういう感情はだから受け取ってっていうのを、
なんか普段から練習しとく方がいいんだなーっていうのは
そう思ったんだよね、これで。
なるほどなー。
感情を受け止める、受け止められるみたいな関係性を、
自分の親とできていれば、
自分の子供ともできるっていう意味でも、
子育ての遺産は練習してるってことなのね。
でも逆にそれが経験がないっていうのが、
すごい自信をなくしてるっていう人がいるとしたら、
自分が気づいて、
じゃあこういうふうに誰かに、
その感情を受け止めてもらう方法を見つけようとか、
そういうアクションをまた取って、
それを経験ができれば、
またそれも他の人に、
他の人というか自分の子供にもできるようになるから、
そこを気づいてやれるようになるのが大事ってことかな。
健全な親子関係の構築
めっちゃ面白い。
なんかさ、話ずれるけどさ、
毒親みたいなさ、言葉がさ、
すごい今はさ、広がってきているところがあって、
この本はさ、親子の健全関係ってつまりどういうことかっていうことを
理解してくれてるから、
仮にもしね、自分の親が問題行動を起こす人だったとしても、
その全然別の第三者とか、
親とは違う人とその関係を結べていけば、
子育ての遺産は連鎖することなく、
自分の子供と健全な関係を結べるっていうことが、
分かる本ってことだね。
そういうことですね。
それはうまく言語化したね。
すごい本じゃん。
そうです。
だからさ、自分の親に読んでほしかった本っていう、
タイトルはついてるけど、
でもこういうことが分かってたら、
自分はこういうふうに親になれるんだよってことを、
提示してくれる本ではあると思うから、
すごいそういう意味ではいい本だなって。
なるほどね。
だから自分の親に読んでほしい本じゃなくて、
自分の親に読んでほしかった本だから、
救いがあるってことだよね。
すごいタイトルじゃない。
これいいタイトルだよね。
でもさっき話も出したけどさ、
自分がしてうれしかったことを子供にやるっていうのも、
一つの正解ではあるんだけど、
かといってその子供の感情を決めつけるのもよくないっていうところは、
ちょっと念頭に置いてほしくて、
これをやってもらったから絶対に子供はうれしいだろうっていうのは、
また違うじゃん。
そういう意味でちゃんと子供の感情を観察するとか、
あなたはこれをしていれば幸せでしょとかってやられたら、
結構それはそれで辛いじゃん。
っていうところを理解した上で、
だからちゃんと感情の受け皿になるっていうスタンスで、
子供と接するっていうのがすごい大事だっていうところは、
ちょっと強調していっておきたいなって。
その後、4章とか5章とか、
そこでも説明があるので、
そこはちょっと補足しておきたいと思います。
で、ちょっと駆け足なんですけど、
最後、行動を変えるっていう第6章があって、
結局自分の感情を大事にして、
かつ子供の感情も大事にしましょうっていうところが、
1章と3章で言いたかったところで、
じゃあそれはどういうアクションを取ったらいいのかっていうところの、
手段の話が結構第6章には続くので、
その中で私はこれが参考になったなみたいなところを、
2つだけ紹介したいと思ってるんだけど、
子供が嘘をつくときみたいな、
結構最初、初めて嘘つかれたときとか、
嘘だけはつかないでみたいな、
感謝みたいな反応をしちゃって、
なんで嘘ついたの?みたいな問い詰めちゃったことがあって、
反省したんだけど、
反省したっていうか、そのときはそんなに反省しなくて、
この本を読んで思ってたんだけど、
でもさ、結局さ、
私たちさ、社会生活を育んでいく上で、
人間ってさ、
第6章なら嘘はついてるじゃん。
嘘をついているっていう大人の行動を、
その子供は見ているわけだし、
結局嘘をつくなっていうことを、
反応的に押さえつけちゃうと、
嘘をつく気持ちの裏側にあった、
理由とか感情を探る機会を失ってしまう、
っていうこともあるわけなんだよね。
だから、そうじゃなくて、
親子と良好な関係のためには、
その嘘をついてる理由の裏側とかを、
ちゃんとわかるような、
関係性でいることが大事ですよ、
ってところがまず一つ大事で、
もしかしたら、すごい悲しいことがあって、
それを紛らわせるために、
嘘をついてるのかもしれないし、
怒られるかもしれないから、
もちろん嘘をついてるかもしれないし、
そう、黙ってたのかもしれない。
でも、これについては、
怒るけど、そんなにすごい怒り方はしないよとか、
説明ができるとか、
そういうふうにした方が、
嘘をつくなっていうのは、
やっぱりそれは反射に近いんだな、
みたいなところを思ったのが、
この章で考えたことなんだよね。
1章と3章の流れがあったから、
ああ、私、嘘をつくなって、
見すぎてたなって反省をしたっていう、
ごめん、ここまでが反省をした流れです。
ショックだもんね。
ショックゆえに防衛反応として、
やめてってなるっていう。
そう、やめてってなる。
なってるっていうことだもんね。
あと多分私自身も結構親には、
嘘をつくなってすごい怒られた記憶はある。
なるほどね。
そういう意味でも、
ふのりさんは連鎖してしまうから、
連鎖しちゃうから、
そうじゃないんだなって思ったら、
なんでその反射的に心がすごいざわざわしたのかっていうことを確認して、
子供の感情を受け止めてあげて、
境界線とルールの大切さ
行動に変えていくっていう。
まず行動ではなくて、
根っこの部分が大事だよっていう、
根っこの自分の感情を知るとか、
子供の感情を受け止めるっていう、
この部分がしないと、
行動をいくら変えたところで、
つけ焼き場じゃないけど、
表面的な解決にしかならんよっていうことになる。
そうやね。
でも正しく境界線を引くっていうショーもあって、
今まで受け皿になりましょうってことを言ってはきたけど、
どうしても越えてほしくない境界線はあってもいいと思うんだよね。
例えばこの本の中だと、
鍵で遊ばれるのは我慢できないとかっていう話が出てくるんだけど、
鍵で遊ぶのは本当にやめてください、やめなさいって言って、
鍵を持ち去る。
それは感情的ではないから、
親がちゃんとそれを断固として実施するっていう姿を見せるのもやっぱり大事だから、
言った通りの行動をするっていうのも大事だよっていう、
その境界線は決めておけば、
常に私たちも受け止められる姿勢でいられないかもしれないから、
そういう境界線を決めて、
そこは冷静に行動をするっていうのも必要ですねっていうふうには書いてあった。
日常生活と運営上で。
なるほど。
これはやめてほしい。
なぜならば、この家のルールだから。
私から生まれた以上、これは守ってもらわないと、
私自身、私自身っていうのは親自身の精神的安心が脅かされるから、
この家のルールとして引かせてもらうっていうことを、
冷静に勇気を持ってやることも大事。
なぜならば、親子関係が健全になるからっていうこと?
もうそこはやっぱり、
お家の中のルールでもあるかもしれないし、
社会生活上守らなきゃいけないルールっていうのもやっぱり、
私たちはあるわけじゃん。
赤になったら渡らないとかさ、
そういうところはさ、もちろんどれぐらいの高さでとかはさ、
その子によって違うかもしれないし、
もうちょっといいじゃんとかはあるかもしれないけど、
でも赤信号で渡ったらさ、車に引かれてしまうかもしれないしとか、
そこは絶対に守ってほしい境界線はどこかっていうところは、
やっぱり別にちゃんと引いてよくて、
だから全てなんか受け止めるけど、
全て子供の言いなりになる必要があるわけではなくて、
そこは感情と絶対に守らなきゃいけないルールっていうのは、
ちょっと別にして考えて、
感情は受け止めるけど、ルールは引いた上で、
それを起こしたら守らせるっていうところを設定すればいいんだよっていう話だったかな。
そこはね、やっぱないとさ、
全てを受け入れる姿勢で子育てはできないからさっていうところだったな。
フィリッパ・ペリーの育児書の意義
それぞれのお家のそれぞれの育児方針みたいなところがね、あるっていう。
でもそれを反射でわーって言うんじゃなくて、
家のルールとして明確に持つっていうことも、
親自身の感情を穏やかに保つってことでも大事。
そこだね、最後の部分が本当に大事だよね。
特に最後の方の具体例とかになってくるとさ、
でも聞いたことあるよとか、
そういう話もあるよねみたいな話に、
どうしてもなってしまうかなと思ったんだけど、
やっぱり私は佐々木先生の子供への眼差しみたいにさ、
ちゃんと子供の安心なところになりなさいっていうさ、
あれは結構心のありをというか、
親としてこうあるべきだみたいなのを出してくれている本だと思っていて、
でもさ、親自身もその感情をちゃんと気にすることが大事なんだよっていうことを、
親の目線に寄り添って書いてくれてるっていうのが、
すごいいい本だなって思って、
そういう意味で面白い本だなって思ったので、
今日はちょっと少ない紹介にはなってしまったんですけど、
ぜひ読んでみたら面白いと。
というわけで、
今日なんかめっちゃ長く収録しちゃったけど、
リスナーからのお便り
最後にお便りも紹介したいと思います。
お返事が滞っているんですけど、
遅くてすいません。
ラジオネームディギーさんからのお便りです。
プロジェクトヘイルメアリー会全編聞きました。
早い。
自分も通勤やドライブ、そしてこっそり仕事中も、
オーディブル聞きまくっているので、
ナッシーがデビューしたことが嬉しいです。
オーディブルデビューしたんですよね。
流行ってるね。耳どく流行ってるね。
そしてなんと、そらやんがそれを作る仕事をしているとは、
うらやましい。
そして映画メッセージ。
あれは本当にいい映画。
自分のSF映画ランキングでもベスト3に入る傑作。
言語を理解することで能力が発動するというとんでもない話でもあると同時に、
人間として何を選択するのかをつけつけられるヒューマンドラマでもありますよね。
最後の方でうわーってなっちゃう。
本当にただの感想ですが、笑い。
次回も楽しみにしてます。
じゃあもう、メッセージ見るよ。
でも確かに、新しい切り口の宇宙人襲来物だから、感想を聞いててもわかる。
私もなんかすごい衝撃を受けて。
2人がネタバレをしないように、でもその感動を伝えようとしてくれてる感じがすごいね。
そういう切り口もあったかもね。
もうちょっと、頑張るよ。
はい、リグイお便りありがとうございました。
ありがとうございました。
次回は、今さらですが、
昨年の本屋大賞受賞作、
何時星のごとくと、そのスピンオフを紹介したいと思っております。
お楽しみに。
と、ここまででトークテーマは終了ですが、
サクロではいつでもお便りを大募集しています。
トークのご感想や本にまつわるお悩みなど、ぜひご投稿ください。
ポッドキャストやノートにお便り投稿フォームのリンクをご用意しておりますので、
そちらからご投函いただけると嬉しいです。
今後も喫茶クロスロードは、毎週月曜日夜21時よりゆるゆる営業していきます。
本日はお越しいただきありがとうございました。
またお待ちしております。
おやすみなさい。