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2026-01-16 15:06

毒親の影響が作る生きづさらにの影響

毒親の影響で育った子どもは、大人になった後も精神疾患のリスクや依存症、コミュニケーションの問題を抱えることがあります。特に自己肯定感の欠如や他者への過剰な依存が目立ち、それが日常生活にも影響を及ぼしていることが確認されています。このエピソードでは、毒親の影響が子どもの感情や行動に与える深刻な影響が論じられています。感情を抑圧することが自己肯定感の欠如や精神疾患につながることが説明されています。

目次
毒親の影響と精神的後遺症

依存症のリスクとメカニズム

コミュニケーションの問題と生存戦略

感情の抑圧

防衛反応の理解

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サマリー

毒親の影響で育った子どもは、大人になった後も精神疾患のリスクや依存症、コミュニケーションの問題を抱えることがあります。特に自己肯定感の欠如や他者への過剰な依存が目立ち、それが日常生活にも影響を及ぼしていることが確認されています。このエピソードでは、毒親の影響が子どもの感情や行動に与える深刻な影響が論じられています。感情を抑圧することが自己肯定感の欠如や精神疾患につながることが説明されています。

毒親の影響と精神的後遺症
こんにちは。こんにちは。今回は、あなたが提供してくださったYouTubeの解説動画
ホムクマの発達生涯心の病解説チャンネルの書き起こしをもとに、深く掘り下げていきたいと思います。よろしくお願いします。非常に重要なテーマですね。
えー、テーマは、毒親と呼ばれる親の下で育った子どもが、まあ大人になってからどういう影響を受けやすいのか、その心理的な後遺症についてです。
このソースで5つの特徴が挙げられているんですが、これを単にリストとして眺めるんじゃなくてですね、これらがどう繋がり合っているのか。
もしかしたら根底には、1つの共通したメカニズムがあるんじゃないかと、そんな視点で解き明かしていくのが今回の私たちのミッションです。
点と点を線で結んでいくということですね。面白い試みです。
そうなんです。特にソースの指摘で気になったのは、最後に紹介される特徴で
ほとんどの人が当てはまると述べられている点なんです。
もしかしたらこれはあなたご自身の経験とか、今の行動の中に何か思い当たる節を見つける、そんな旅になるかもしれません。
では早速1つ目の特徴から見ていきましょう。
まず1つ目は、精神疾患になりやすいという点です。
ソースには幼い頃から否定され続けると、自分を大切にする気持ちが育たず、自分はダメな人間だという思いが心に刻まれてしまうとあります。
うーん、非常にストレートの指摘ですね。
そうなんですよ。この否定され続けるっていう経験が具体的にどう心を蝕んでいくんでしょうか。
そうですね。ここで一番重要なのは、人間形成の基礎工事が行われるべき時期にですね、
本来使われべく要実な材料、つまり肯定とか安心の代わりに、否定っていう粗悪な材料で土台が作られてしまうという点なんです。
ああ、なるほど。
本来なら最も安全なはずま家という場所で、お前は価値がないというメッセージを浴び続けるわけです。
ええ。
すると、自分はここにいていいんだっていう存在そのものへの肯定感、いわゆる自己肯定感の土台が全く作られないまま大人になってしまう。
なるほど。それって単に自信がないっていうレベルの話じゃなくて、もっと根本的な自分の存在価値そのものが揺らいでいる状態ということですかね。
まさにその通りです。自分の存在が常に誰かの許可を必要とするような非常に不安定な状態なんですね。
うーん。
自分の内側に大丈夫だって思える安心の基地がない。
安心の基地ですか?
ええ。そうなると、大人になって社会に出た時に他人の些細な言動とか評価に過剰に反動してしまって、
はい。
ひどく傷ついたり、絶望的な気分になったりする。ソースにある通り、それが鬱病とか不安障害といった具体的な精神疾患という形で表面化しやすくなるわけです。
依存症のリスクとメカニズム
ということは、これって本人の心が弱いとか、そういう精神論ではないと。
全く違います。これは生育環境によって心の安全基地が作られなかったっていう、もう構造的な問題なんです。
構造的な問題。
いわば、これは生き抜くために身につけた反応の結果ともいえるかもしれません。
生き抜くための反応。はい。常に危険を察知して、自分を低く見積もることで、さらなる攻撃から心を守ろうとしてきた。その名残なんです。
生き抜くための反応。その視点面白いですね。もしかしたらこれから見ていく他の特徴も、その生き抜くための反応っていうキーワードでつながってくるのかもしれませんね。
ええ、その可能性は非常に高いと思います。ではその視点を持って2つ目に行きましょうか。
もし、うちなる安全基地がないのだとすれば。
はい。
その心の空白を埋めるために、外にある何かに頼らさるを得なくなる。
ええ。
これってソースが指摘する2つ目の特徴、依存症のリスクに直結する気がします。
素晴らしい繋げ方ですね。おっしゃる通りです。
ソースにはお酒とか買い物、ゲームといった例が挙げられていますが、てくに興味深いのが恋人に執着するなど、人への依存も起こりがちですっていう一文。
ええ。
物質や行為だけじゃなくて、人も依存の対象になると。
ええ。根本にある心の痛みとか、苦しさを一時的にでも忘れさせてくれるものであれば、もう何でも依存の対象になり得るんです。
何でもですか?
はい。アルコールとかギャンブルがもたらす高揚感は、つらい現実から意識をそらしてくれますよね。
ええ、そうですね。
それと全く同じ構造で、特定の他所、特に恋人からの愛情や承認に、自分の心の安定のすべてを委ねてしまうと。
ちょっと待ってください。そのメカニズムって脳のレバルで同じようなことが起きてるって考えていいんでしょうか?
ああ、非常に鋭い指摘です。
つまり、ギャンブルで勝った時の快感と、恋人に褒められた時の安心感は、この状態にある人にとっては、同じ報酬として機能しているとか。
まさにその通りで。どちらも、自分は大丈夫だっていう感覚を一時的に与えてくれる強力な鎮痛剤なんです。
鎮痛剤。
自分の内側で安心感を生成できないから、外からの刺激でそれを補おうとするわけです。
なるほど。
その人がいないと自分はダメになるとか、見捨てられたら自分の価値はゼロだっていう極端な思考は、その鎮痛剤を失うことへの恐怖の現れなんですね。
これもまた一つ目の話につながっていて、自分は自分で大丈夫だという感覚がないことの裏返しなんです。
なるほど。
常に誰かとか何かにつながっていないと、自分という存在が既産してしまうような感覚なのかもしれませんね。
コミュニケーションの問題と生存戦略
ええ。
この他人の存在に自分の価値を委ねて、常に相手の感情を管理しようとする状態。
これって日常的なコミュニケーションの取り方にもかなり影響が出そうですね。
ええ。間違いなく。
それが三つ目の特徴につながる気がします。
とにかく謝る癖がつく。
はい。
ソースには、親の機嫌を損ねないように常に謝る必要があった経験から、自分が悪くもない時でさえ、ごめんなさいが口癖になるとあります。
これもこれまで話してきた文脈で捉えると非常にわかりやすいですよね。
ええ。単なる口癖っていうよりは、対人関係におけるデフォルト設定が謝罪になってるというか。
まさに、これはかつてその人が理不尽な環境を生き抜くために身につけた生存戦略そのものなんです。
生存戦略。
ええ。いつ白圧するかわからない親の前では、何が正しいか、自分がどう思うかなんて関係ないんですよ。
うーん。
最優先事項は、目の前の権力者の機嫌を損ねず嵐が過ぎ去るのを待つこと。
はい。
そのために最も手っ取り早く効果的な方法が、自分が悪いことにして謝ることだったわけです。
生き残るための知恵だった。と、でもそこが悲劇的ですよね。
子供時代に自分を守ってくれたその知恵が、大人になってからは自分を表現することを妨げる折になってしまうわけですから。
おっしゃる通りです。その悲劇は、そのパターンがもはや思考じゃなくて、反射レベルで身体に刷り込まれている点にあります。
反射レベル。
はい。大人になってもう親の機嫌をうががう必要のない安全な環境に移っても、他人との間に少しでも緊張とか対立の匂いを察知すると、自動的に謝罪モードのスイッチが入ってしまうんです。
あー。
自分の意見を言うっていうリスクを取るよりも、相手の感情を害さないっていう安全策を無意識に選択してしまう。
なるほど。
ソースが指摘する通り、それが会議で発言できなかったり、理不尽な要求を断れなかったりする根本原因です。
なるほど。穴まることで相手との間に波風を立てないようにすると、その波風を立てないっていう行動は、さらにエスカレートすることもありそうですね。
と言いますと。
それが4つ目の特徴、人に尽くしすぎるにつながるのではないでしょうか。
あー、なるほど。見事な流れですね。謝罪が守りの戦略だとしたら、尽くすことは、より積極的な攻めの生存戦略と言えるかもしれません。
攻めの戦略ですか?
ええ。
ソースには、親の愛を得るために自分を犠牲にすることを学んでしまったとか、人の役に立つことで自分の価値が証明されると信じがちになるとあります。
ここでのポイントは、その尽くすっていう行為の動機なんですね。
動機。
純粋に誰かを助けたいっていうポジティブな気持ちからじゃなくて、そうしないと自分には価値がないとか、尽くさなければ見捨てられるかもしれないっていう根底にある恐怖や不安に突き動かされているという点です。
本来子供は、ただそこにいるだけで愛される経験を通して自己肯定感を育むんですが、
どこ親のもとでは、親の期待に応えた時だけ、みたいな条件付きの愛情しかもらえないことが多いんです。
それは過酷ですね。つまり、ありのままの自分では愛される資格がないと学んでしまう。
そうです。
自分の価値は何かができること、誰かの役に立つことによってしか証明されないと。
そういうことなんです。だから大人になっても、他者との関係において常に相手のために何かをしなければと自分を追い立ててしまう。
それは、休むことができないということですか?
休めないんです。
休めない?
はい。何もしない自分でいることに耐えられない。何もしない時間テームが、自分の無価値さを突きつけられる時間になってしまうから。
感情の抑圧
だから、自分のニーズとか感情、体力の限界を無視してでも、相手のために動き続けてしまう。
はい。
結果、心身ともに燃え尽きてしまうわけです。
うーん。
そして、皮肉なことに尽くしすぎた結果、相手に利用されたり、それが当たり前だと思われたりして、さらに傷つくっていう悪循環に用いらしいんです。
うーん。聞いているだけで苦しくなりますね。自分の価値を証明するために自分をすり減らし続ける。
ええ。
でも、そうやって他人に尽くし続けるためには、大前提として自分自身の本当の気持ち、例えば疲れたとかそれは嫌だっていう感情をかなり抑圧しないと成り立たないですよね。
その通りです。まさにそれが最後の、そして最も根深い問題に繋がっていきます。
1つ目の特徴、自分の感情を隠す。
ええ。
ソースはこれを、ほとんどの人が当てはまると指摘しています。
原因として、感情を出すと怒られた経験から、悲しみや怒りを表に出さないよう我慢することを覚える、と。
これもまた、これまで見てきた特徴を支える土台となる生存戦略ですね。
なるほど。
謝るためにも、尽くしすぎるためにも、まず自分の感情に蓋をすることが必要になりますから。
そして、その先に待っている最も深刻な影響が、やがてそれが当たり前になり、何が好きか、何がしたいかという自分の気持ちがわからなくなります、という記述。
ええ。
これ本当に根が深いと感じます。実際に自分が何がしたいのかわからないっていう感覚って、どんな感じなんでしょう?
はい。例えば、誰かに夕食何が食べたいって聞かれただけでパニックになったりするんでしょうか?
まさにそういうことが起こります。それは、自分自身の内面との接続が、いわば断線してしまっている状態なんです。
断線?
ええ。
子供の頃、泣けばうるさい、怒れば勇ましいと罰せられる経験を繰り返すうちに、感情は危険なものだ、と学習するんですね。
うーん。そして、自分を守るために感情の蛇口を固く固く閉めることを覚える。
最初のうちは意識的に我慢していたものが、やがて無意識の習慣になっていく。
ええ。長年の習慣になると、もはや蛇口の存在すら忘れてしまう。
ああ、そうなると、上司の指示とか、友人の誘いといった外部からの情報には反応できても、自分の内側から静かに湧き上がってくる、これが好き、あれがしたい、これは嫌だっていう微細な感情の声を自分自身でキャッチできなくなるんです。
まるで、自分の心の声を聞くためのアンテナが錆びついて機能しなくなっているような状態ですね。
そうなんです。
人生の羅針盤を失っているようなものですね。周りからは穏やかで良い人と見られているかもしれないけれど、本人の内側は自分が空っぽであるかのような異様のない虚しさを抱えている。
そうなんです。本当の自分を隠すことが状態化して、自分自身でさえ本当の自分が見えなくなってしまう。これは非常に苦しい状態です。
精神疾患になりやすい、依存症のリスク、謝罪癖、過剰な奉仕、そして感情の抑制、こうして一つ一つをつなげてみてくると、これらはバラバラの症状じゃなくて、全てが自己肯定感の欠如という一つの根から生じた相互に関連し合う枝葉のように見えてきますね。
ええ、まさにその通りです。今日見てきた5つの特徴は、どれも元をたどれば、子供時代の厳しい環境で自分を守るために必死で身につけた、いわば鎧のようなものだったと言えます。
防衛反応の理解
鎧ですか?
ええ。怒られないために謝り、見捨てられないために尽くし、傷つかないために感情に蓋をする。その当時はそれが生き抜くために必要不可欠な防衛手段だったわけです。
鎧、確かにそう考えると見え方が全く変わってきますね。それは欠点とか性格の悪さじゃなくて、かつての自分を守ってくれた装備だった、と。
そうです。ただ問題は大人になり、もはやその鎧を必要としない安全な環境に移った後も、その重たい鎧を脱ぐ方法がわからずに、ずっと着続けていること。
ああ。
その鎧が、かえって今の自分の自由な動きを妨げ、生きづらさを生んでしまっているという点にあります。
なるほど。
だからこそ大切なのは、これらの特徴を自分のダメな部分だと責めるんじゃなくて、まずこれはかつて自分を守ってくれた、学習された防衛反応なのだと理解すること。
うーん。
そこから少しずつ、その鎧を緩めていくプロセスが始まるのです。
ありがとうございます。責めるのではなく、理解する。それが第一歩なんですね。
はい。
今日の話を踏まえて、最後に一つあなたに考えてみてほしいことがあります。
ええ。
もしあなたの現在の行動や感情のパタラに中に、かつては自分を守るために必要だったけれど、今の自分にとってはもう手放してもいい習慣や癖という名の鎧があるとしたら、それは一体何だと思いますか?
15:06

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