1. 刺身ちゃんのPodcast
  2. 2025/02/22【服従/アナフィラ..
2025-02-22 1:22:19

2025/02/22【服従/アナフィラキシ】

なるべく自分の流れに逆らわないように

00:18
それでは放送を始めます。
信仰は私、刺身ちゃんです。どうもよろしくお願いします。
こんばんは、いちごうさんどうもです。
2025年2月22日、土曜日、20時31分、自宅から生配信です。
皆さんはいかがお過ごしでしょうか。
なんだかんだで、結構今日は長時間配信しているような気もします。
夕方も少し配信しましたけど、この枠もまたダラダラやっていきます。
昨日も含めると、もう結構、近況報告はね、かなり長々と話したんで、
この枠は、なんか待ったり、久々に待ったり、なんかコメントにリアクションしていきたいなという風に思います。
質問でもいいですし、何かあれば、自由に書いていってください。
あまりにも個別、具体的な医療相談みたいなものは、ちょっとお答えできない可能性があります。
あらかじめご了承ください。
ダラダラやっていきます。
いごうさん、さんごうさん、こんばんはどうもです。
そんなに今日はやる気もないので、本当にダラダラやっていきます。
なんか、そう、昨日当直中2時ぐらいに1回病棟に呼び出されてね、
結局放合までは行かなかったんですが、患者さんが転倒して頭から血出ててみたいな感じで、
1回起こされてるんで、その後なかなか寝つけなくて、
なんかね、睡眠が取れなかった影響で、今日1日ぼーっとしてますね。
なんか映画見ても、バックトゥーザフューチャー見ても、なんかちょっと集中しきれないところがあったり、
懐かしいしね。いい映画なんだけど、ちょっとぼーっとしちゃいます。
お手柔らかにお願いします。
さっきとりあえず夕方頃、母親と通話して、ちょっとなんか落ち着いていて、ちょっとほっとしましたね。
03:10
日によってだいぶムラがあるみたいですけど、
まあね、母も大変は大変なんだろうけど、
まあ、母の課題、母自身の課題もあると思うので、
そこと今、向き合ってなんか頑張ってるんだと思います。
えーと、お母様の電話は、うん、まあそんなにあの、
喧嘩になったり、声がね、でかくなったりもなく、
穏やかに、基本的には4,50分ぐらいかな。
おおっと、そう。
まあなんかストレスに直面したときに、
他の人にわーっと当たるというかね、
まあそこらへんが母親の課題ですから。
で、まあ根本的な治療っていうのは難しいので、
まあとりあえずなんかこうコーピングの方法、
ストレス対処法をたくさん増やしていくっていうのをね、
中心に通話はしました。
まあ最終的にはね、応援してるっていう感じで、
共感しつつ。
えーと、先生まで魔界に連れて行かない、連れて行かれないようにね、
気をつけてください。
そうですね。
僕はもう最近あんまりそんななんか、
感情的になって怒鳴るとかないね。
おかげさまで、まあ生活の方もだいぶ安定してきていて。
まあやっぱり睡眠リズムとか、あと運動ですかね。
ほぼほぼ毎日歩くようにはしていて、
それも結構いい影響が出てきてるような気がします。
まあ今日はもうこの後、なるべく早めに寝てね。
あとそうだ、確定申告終わりました。
それもあります。
なんか今日ちょっとほっとした理由として。
なんかね、やんなきゃな、やんなきゃって言って結局週末になって、
もう腹をくくってババーっとこうやって。
もうあと連休はもうね、
まあ家でゴロゴロしながら本読んだり映画見たりっていう感じで、
あとまあ運動したりしてね。
体力の回復に充てると。
えーと、自分は祖父が死んだ時にすごくひどく病んだんですが、
06:02
人には人生のキーマンになる人が亡くなると何か起きるので気をつけて下さい。
ありがとうございます。
そうか。
じゃあその3号さんにとってはキーマンだったんですね。
まあおばあちゃんが亡くなるとなんかいろいろ打ち回りそうだな。
実際その時が来てみないとわかんないけどね。
まあ僕の身に何かが起こるってよりかは、
そのおばと母の100年戦争がね、
なんかまた急に火がついちゃうのかもしれないし。
まあおばあちゃんが今そういうね、ちょっとこう気解く状態ではあるので、
あんまり遠出できないんですよね。
よっしゃ三連休だって言って、
どっか旅行行くっていう感じでもないので、
まあとりあえずちょっと家で待機って感じですよね。
特にだからこの連休はイベントも何にもないんですよね。
見たかった映画も見ちゃったし、
とりあえず読みたいなと思ってた成田先生の本も読んじゃったし。
お母様にとってはきっとキーマンっぽいので、
先生がその余波に巻き込まれないといいなと祈っています。
いやすでにもう巻き込まれてるけどね。
母の中にいろいろやっぱりやり残したこととかね、
なんかこう後悔みたいなものがきっとこうあるんだと思います。
もう今現時点でも結構表面化してるので、
やっぱりね、いざ別れってなるとさらにこうひどくなるのかもしれない。
そうなんですよ。
最近母親からの長文ラインとかでもうすでに巻き込まれてるんですよ。
09:00
大きくね、生活の軸がぶれるっていうことはないですけども、
やっぱりちょっと多少はね、なんかちょっとした肩こりとかにはつながってます。
人は大きな喪失を経験したときに自分の人生観や価値観が変わることがあると言われますが、
逆に変わらない部分、この逆にっていうのはやめてほしいね。
14年続く家族の対立は何かのきっかけで終結するものなのか。
最近そんな質問ばっかだね。
なんか全然関係ないもっと独自の視点から質問を考えてください。
先生に当たってどうすんだいって突っ込みますね。
僕に当たってもしょうがないんだよね。
ただね、母親はもうそうやってなんか自分で処理しきれなくなると、
まあ人に当たるっていう感じで多分父親にずっと当たってたんですよね。
僕はだから小学校3年生とか4年生にアメリカにいたときに、
両親はすごい喧嘩してたんですが、もう僕の目から見てもですよ。
子供の目から見ても明らかに原因は母親にあったんですよね。
うちの父親はむしろ穏やかというかあんまりこう揉めたり、金遣いが荒いわけでもないし、
別に女遊びがね、女癖が悪いわけでもないし、酒も別にそんなに飲まないし、
割と平均的で穏やかな人間だと思う。
まあそういうね、もうやり場のない怒りを全部多分父にぶつけてたんだと思うんですよね。
で、たまらず父もまあやり返して。
まあいつもきっかけは母ですよね。
こんばんは、どうもこんばんはです。
何があったのですか?と、いや特別なんか、ここ最近何かあったわけじゃないです。
この一月ぐらい。
いろいろ起こったので、まあそれを今なんかこう振り返っている感じです、今日は。
せいせいこんばんは、どうも。
人は身近な誰かの感情に巻き込まれながらも、
どこまでが自分の感情で、どこからが他者の影響なのかをどうやって線引きできると思うか。
なんかそんな質問ばっかだね。
あんまり面白い質問ではない。
なんか質問がワンパターンだね。
ちょっとAIの何かロンプトを変えた方がいいのかもしれないね、これ。
家庭内の役割が固定化すると、そこから抜け出すのが難しくなることがありますが、
12:04
もし家族の関係を一からデザインし直せるとしたら、どんな関係性が理想だと思いますか?
一からデザイン。
うーん、そしたらもう家族を解体したいですね。
集団で育てる1万年前とかさ、2万年前に戻って、
みんなで子供を育てる150人ぐらいのちっちゃな集落で暮らしたいですね。
親子関係をなるべく薄めてほしい。
親子のポジションが逆転しているなって思うことはないですか?私はあるので言ってみました。
うーん、ありますね。
親がギャンギャン言うのをなだめるみたいなね。
よくあります。
それも厳密に言うと一つの虐待のあり方なんですよね。
子供に子供の役割を与えないっていう。
親の虐待ですね。親からの。
こんばんは、どうも。
1ヶ月にいろいろあるってことは波乱万丈ですね。
今年に関してはもう年始からね。
1月の5日とか6日ぐらいにおばあちゃんが救急車で運ばれてますから。
なんかそっから本当になんとかジェットコースターみたいな日々でしたね。
で、新潟にも行ったし。
実際に足を運んでおばあちゃんに会いに行ったりもしましたしね。
なんか目まぐるしいよね。
その時はおばと母は仲良くやってたんだけどね。
その後関係がまた崩れて。
一体どうなることやら。
私は今日父の一周期が終わり、一息ついたところです。
お疲れ様です。
親子関係が逆転し、子供が親をなだめる状況になると、
子供の側にはどんな心理的な影響が蓄積されていくと思いますか?
15:02
子供が親をなだめるようになるっていうことは、
子供が親の役割をしなくちゃいけなくなるんですよね。
なので、子供が子供らしくいる時間というものが剥奪されます。
甘えたりとかわがままを言ったりする時間が乏しくなる。
そうすると妙に大人びた子供になりますよね。
一見すると大人しいし、知的で、理智的でね。
大人びていて、教育的には成功したかのように見えるんですが、
内面は結局何も成長していないというかね。
そとつらばかり、あるいは現実的な対応能力ばかりが上がるんだけれども、
内面は空虚ですね。
平たい言葉で言えば自己肯定感が低いとか、
自分自身が何かを主体的にやっていくっていうことが非常に乏しい。
その結果周りに巻き込まれたり、
よくわからない人のいいなりになっちゃったりとか。
一応、スキーマ療法って言われてる精神療法の人たちの本を読むと、
コーピングスタイルっていうストレスに対処する方法っていうのが大きく分けて
3つあるっていうふうに主張してるんですよね。
どっかで聞いたことあるかもしれないけれども、
戦うか逃げるかっていうね。
逃走逃走反応とかって言ったりするけど、逃走逃走。
こんばんはどうも。
逃走と、逃走ってあるんですよね。
戦うか逃げるか。
何か自分のストレス源みたいなものなんだろうな。何でもいいんですけど。
苦手な上司とかと。
あるいは嫌いな同僚と。
あるいはね、ずっと大っ嫌いだった兄貴とか妹とか。
妹が大っ嫌いってあんまないけど。
それ兄弟ね、仲悪い兄弟いますけども。
そういうストレスに対して戦うっていう、逃走するっていうやり方と、
逆に逃げるっていうね、逃走するっていうやり方がまずありますよね。
とにかくそういう何か人とぶつかるようないさかいをひたすら避け続けるっていう。
だから極力人とは関わらないようにしようとか。
この逃走逃走っていうのは有名なので、
あえてそんなに説明する必要もないんですけれども。
金馬両方の人たちがその3つあるって言っていて、その最後の一つが復讐っていう。
逃走逃走復讐。
過剰補償っていう風になんか正式には言うんですが、または復讐ですね。
相手の言いなりになるっていう。
すっごく大っ嫌いな人とかすっごく怖い人がいたらもう完全に迎合する。
18:04
分かりました。あなたの言う通りです。
って言って、もう何も言い返さないし、何も言わない。
ただ相手の言われた通りにする。
それが自分の宿命なのだとか。
と言わんばかりにね。
逃走逃走復讐。
人はまあ無意識のうちにね、自分がすっごく人生の中で嫌だなっていうストレスに出会ったときに、
この3つのうちの1つを選んでいるって。
しかも無意識のうちにね。
それを選ぶこと、この逃走逃走復讐っていうのはいずれも、
すごくあんまり上手くないストレス対処法なんですよね。
だからどれを選んでもそれなりに失敗するんです。
復讐を選んでも逃走を選んでも、戦うを選んでも逃げるを選んでも、
だいたい人生上手くいかない。
復讐しても上手くいかない。
復讐ってあんまりイメージつかないかもしれないけど、
例えばDVオットにもう何も言わない妻みたいなさ、静かに。
とにかくね、お父さんが怒らないようにもう必死に静かに過ごすみたいな。
やり過ごす。
酒出せって言ったら酒出すみたいな。
あれやれって言ったらやるみたいな。
特に歯向かわない。
それが復讐だね。
で、これがまあ3つのうち1つって今言ったけど、
実際は連続体になっていて、
例えばうちの母親の場合だとまず復讐を取るんですよね。
何かをわーって言われたらなんか頭が真っ白になって何も言い訳できないというか、
何も思いつかないとかって言うんですけど、
でも時間差で後々急に思い出して怒鳴り始めるんですよね。
だから復讐からの逃走だね。
逃走っていうのはあの、戦う方。
復讐からの逃走。
っていう何かこう2段階右折じゃないけど、
2段階に分かれている。
最初復讐するんだけど後々納得できなくて逃走する。
でも逃走も相手に言うんじゃなくて友達に言うとか、
話を聞いてくれてる人に対してキレるっていう形で逃走するんですよ。
その結果友達からもう見放されたりとか愛想つかされちゃったりして孤立していく。
孤立。
これがうちの母のコーピングに関する負けパターンですね。
このコーピングとは別にスキーマっていうのもあるんですけど、
21:06
復讐、逃走、孤立。
孤立はコーピングではないですけど、結果としてね。
ヘルプレスな状態。
寄るべない状態になって誰からも支援が得られない状態になっちゃう。
そうするとまた静かに復讐したり、また逃走したりする。
急に戦ったり。
突然おばに噛みついたり。
せせこましい。
えーっと、こんばんは、どうも。
親と疎遠になっちゃったので。
そうなんだ。
一緒に近すぎるとちょっとどうしようもないから離れることも大事ですよね。
結構親戚関係がごちゃごちゃしていたのですが、いざとなると表面上みんな大人なのでつつがなく終わった。
へー。
あ、で、そうだ。
親子関係が逆転して子供が親の役割になると子供は子供らしくできなくなりますよね。
だから一見すると物分りのいい、非常に大人しくて知的な人に見えるんですが、実はコーピングスタイルとしては服従だったりしますね。
大人びて見えるっていうのは下手すると服従に入りますね。
いろんな人に対してはいっていうふうに素直に聞き入れる。
でもその結果自分の意見を伝えるっていうことがおろそかになっていくので、
ますます自分が何がつらいのかっていうのを人に伝えたりとか助けを求めたりっていうことができなくなる。
だから突然得体の知れない頭痛とか、長年治らない腰痛とかに悩まされるんですよね、こういう人って。
で、内科に行っても外科に行っても問題ありませんって言われる。
そういう意味では逃走かなと。
逃走したり逃走したり。
これから大切な人を失うという時にいろんな思いが湧くのはわかるのですが、それを先生にぶつけているのは間違っている。
でもそういうロジックで時伏せたり、それは八つ当たりだよとかって言っても関係ないんですよね、人の心って。
論理的にできてないので。
24:00
論理的に対話できる相手ではないので。
そういう論理ってあんまり心理学の世界においてあんまり関係ないんですよね。
どっちに利があるかっていうのはあんまり関係ないんですよ、トランプみたいな感じで。
トランプとかプーチンみたいに。
みんな自分の独りよがりで動いているので。
あなたには利がないですよと。
理屈が通らないですとかって言っても、だからっていう感じで開き直って終わりですね。
僕は精神科医としてもそうだし、母親と話す時も。
まあ母親と話してるんだけれども、その母親の異常な部分とかね。
母親の精神病的な部分と対話をしてるっていう風にいつもイメージを持ってますね。
人間っていろんな顔があるじゃないですか。
子供と接してる時は親の顔になるし、上司と接してる時は部下の顔になるし。
久々に元同級生と会ったら同級生の顔になるみたいに。
みんないろんな顔を持ってると思うんですが。
みんないろんな自分っていうものを何種類も持っていて、それを一つの自分っていう風にね、
束ねて、バラバラにならないように束ねて生きてると思うんですけど。
その中でやっぱり健康的な自分っていうのと不健康でね、精神病的な自分っていうのがやっぱりいると思うんです。
僕はなんかギャンギャン騒ぎ立てる母親を相手してる時は、母親の中の精神病的な部分と対話をしている。
だからいくらリズメで話しても話にならない。
急にどんどん声がでかくなっていくだけで、ますます機嫌が悪くなるだけで、
リズメで話が通用する相手ではないっていう風に結構僕は諦めちゃってます。
そういう時はもうしっかり寝るとか、時間を置いてまた話すしかないですね。
反抗期がなくて育てやすかったわって言われたけど、なんかムカッとした。
僕も反抗期がないっていう風に小学校中学校ぐらいまで言われてたんですよ。
本当におとなしくて、頭もいいし礼儀正しいしみたいな、他の友達のお母さんとかからよく言われてたんですよ。
本当にどうやって育てたらあんな良い子になるのかしらって、友達のママみんなに言われて。
僕が小学校の頃生徒会長だったんで、なんか模範的な生徒ですよね、先生から見ても。
模範軍人だね。愚中ですよ。愚中、相手に忠誠を誓う。
27:14
自分は死んだんですって。自分なんてものは存在しない。
だから今こうやって自分について語り続けてるのはさ、15年間も脅迫的に語り続けてるのはその時の反動でしょうね。
自分について口を閉ざされてきた。自分について語ることを固く禁じられてきた反動でしょうね。
禁止されると後々紛失します。
ゲーム禁止されるとね、ゲームやりたくなるみたいに。
自分のことについて語ることを禁止されると、やっぱ自分のことについてね、語りたくなる。
頼る人がいるとその人に考え方も引きずられ、粘着すると相手から離れていかれ、
その時の無が自分の意見が決まる。話が通じない。
父親が先生のお父さんみたいに落ち着いてて賢い人。
よくいるペアじゃないかな。旦那さん大人しくてお母さんヒステリックっていう。
世間でよくあるペアだと思いますね。
母が父に怒鳴り散らしてぶっ叩いてみたいな。そうそうそう。
そんな感じだった。自分の所有物だと思ってるんですかね。
生徒会長。小学校の頃生徒会長だった。笑っちゃうよね。
今考えるとね、人前に立つタイプじゃないのに絶対に。
とてもじゃないけどこう、人を束ねられる人間じゃないんですよね。
今考えると信じられないんだけど、なんか当時は真逆を言ってましたね。
模範的な生徒で。先生からもよく褒められて。
今はあらゆる体制に立てついてしまったんで結局大学病院にいることもできなくなって、
完全に一匹狼のね、よくわかんない医者になっちゃいましたけど。
30:03
風に褒めてもらえた。あ、学校でね。
学校はまあ割とね、真っ当な人たちが多いですからね。家庭に比べて。
正しいことは割とちゃんと評価してくれる人が多いですよね。
すみません、どうも。
親に反抗してわがままが言えるっていいことなんですね。
反抗期っていうのはまあ一応そのエリク・エリクソンっていうね、発達心理学的には
自分自身と母親との間をちゃんとこう線引きするために必要な工程なんですよね。
何かを否定する。今まで言ったお母さんとかお父さんを否定するっていうのが反抗期ですよね。反抗するっていう。
でもそういう否定することを通じて、じゃあ自分とは何ぞやと。
自分は何が食べたいのかとか何をしたいのかっていう自我が逆にこう出てくるわけですよ。
反発の中から自分というものがこううにょうにょうにょっと立ち上がってくるっていう。
だからこうよくある反抗期がない、ずっとね、母親と娘となんかべったりくっついて
友達みたいにショッピングモールを歩いてたりするのは、本当は結構母子分離が進んでなくて危うい状態なんですよね。
まあ小学生ぐらいだったらわかるんだけど、二十歳越えてもずっとなんか母親と友達みたいに付き合ってる女性っていうのは
その後結構大変なんだろうなと思いますね。
自分がもしお母さんという存在になったらって考えるとめっちゃ怖いです。
模範的なお母さんがそばにいないとなおさらね、どうしていいのかよくわかんないですよね。
その方が楽。今の方が楽ですかって。
生徒会長みたいになんか模範軍人みたいにね、自分を矯正していたときに比べたらもう今は間違いなく自分オリジナルっていう感じがします。
誰かに作られた自分ではなくてね。
誰かに見てもらうための偽られた自分ではなくて素顔の自分っていう感じがすごいするね。
33:04
本質的には僕は別にサッカーがそんなに好きでもなかったし、別に人と一緒に何かをするっていうのもそんなに好きじゃなかったんだなって。
今となってはね、納得なんですが、当時は親の影響でサッカーやったり、
人とね、パス回しをして最終的にゴールを決めるっていうのがなんかいいんじゃないかっていうふうにその頃は思ってたんだけど、
でもずっと自分の自然の節理と反する真逆のことをずっと頑張ってただけだったんだなって。
自分の中に流れている自然な流れからずっと逆行することを割と10代の頃はやってたんじゃないかなって。
今となっては思いますね。今振り返ると。
だからずっとなんかこう、エスカレーターを逆走するような意味のないことをやってたんじゃないか。
自分は向かないのに人と仲良くすることが正しいんだとかね。
なんか部活で頑張って汗を流すことが正しいことなんだみたいに。
その時は思ってましたからね。
それが正しい、それがある人にとってはすごく正しいことかもしれないけど、
僕という人間の心にとってはすごく辛いことだったんです。
自分の体に、自分の肌にすごく合わないことをずっとやっていた。
ずっと気づかずにアレルギー物質を摂取していたようなものですよね。
ずっと卵アレルギーなのに卵を食べ続けていたみたいな。
自分の自然の摂理に反することを10代の頃ずっとやってたんじゃないかって思う。
だから今はサッカーすることもやめて、あるいはJリーグを見ることもやめて、
ぼーっと一人で過ごしてサウナに入っているときすごい満ち足りた気持ちになりますね。
なんかこう、だんだんだんだん自分と他者との境目が溶けてなくなっていってさ、
煙みたいにふわーっと周囲と溶けて、
なんか境目がなくなっちゃう自分っていうのがいるんだけど、
でもなんかサウナに入ったり音楽を聴いたり、
なんかこうトレーニングをして汗を流しているときに静かにね、
そのときにまた自分というものがぎゅーっとこう詰まってきて、密度が高まってくる感じがあるんですよね。
で、人と会うとまたどんどんどんどん自分というものが薄まっていって怖くなるんですよね。
全然自分がやりたくないことをやらされていたりとか。
だから一人になるとどんどんどんどん自分というものがまた充填されていって、
ぎゅっとお詰まってきて、ああ、だんだんだんだん自分というものの感覚が固まってきたな。
36:00
また人と会うとそれがばらけてきてよくわかんなくなってくる。
その繰り返しだね。
こんばんは、どうも。
うん、母親とまあ割と平和に、穏便に話しました。
ご心配おかけしました。
ずいぶん乾燥してるなぁ。
いや、かしつきつけてるんですけどね。
なんか口の中が渇きます。
えーっと、私も今冷静だけど、自分がお母さんになった瞬間お母さんになってしまうのではないかと。
いや、すごいわかりますね。
人と会った瞬間にね、昔の父親とか昔の母親に自分がなっちゃうんじゃないかっていう感じがすごいありますね。
でもこれはただの被害妄想で、空想とか幻想でもなくて、実際になっちゃう瞬間があるんだよね。
すっごく嫌な母親の口癖で人をけなしてたりとか。
その時すごく嫌な気持ちになりますよね。
歳を重ねられて生きやすくなられて、そう、自分の中の摂理、自分の心に流れている自然になるべく逆らわない生活っていうものが最近できるようになってきたね。
だから、うつは治るのか治らないのかみたいな二元論でね、白黒はっきりさせたい人いるかもしれないんですけど、
治す治さないっていうその二元論、二極の間側にね、間にすごいグレーがたくさん広がっていると思うんですけど、
そのグレーの一つがやっぱり自然の摂理に逆らわないっていう自然な生き方とか自分の再発見っていうのがあるんじゃないかなと思う。
その白と黒の二極の間の無限の階層の中に自分自身というものが埋まっていて、それを掘り出していくっていう作業がまず大事なんじゃないかなと思うんですよね。
それがつかめてくると、無理して別に旅行に行かなくったっていいし、別に無理して人と給食、給食というかなんかお昼ご飯をみんなで食いに行く必要もない。
別に無理におしゃれに着飾る必要もないし、だんだん自分というものがつかめてくる。
39:00
別に恋愛をしたり結婚したりする必要もないなっていう感じになってくる。
いずれ猫ちゃんと生活したいなっていう漠然とした将来のイメージみたいなものは持ってますけど、
それが自分の内側から自然に滲み出てくる未来へのビジョンって感じで。
そういう猫ちゃんと戯れられたらいいなっていうふうには思うんですけど。
母の自慢の子を演じていたし、演じさせられていたので辛かったです。
今は触るんじゃねえみたいに母と触れ合うのをやめました。近づこうにも未だに母アレルギーがあります。
今まだそのプロセスの中にあるんだと思いますね。
僕もそういうプロセスを経て、最終的にはあんまり巻き込まれないような線の引き方が心でできるようになってきたんで。
母と通話したり、飯行ったりして乱されるっていうことはもうほぼ最近なくなったけどね。
憎しみっていうものがだいぶ溶けてなくなったような感じはしますけど。
10代の頃は周りとの関係が大変って言いますもんね。
小学校、中学生の女子同士の関係。
10代の頃は人からどう見られてるんだろうとか、特に異性の視線を強く意識したりとか。
とにかく異性の目から自分を見るようになっちゃったりして。
自分はなんて、背が低いんだろうとかブスなんだろうとか急に意識し始めますよね。
自然なことではあると思うんですが、意識しすぎると相当辛いよね。
自分っていう物差しがどっか行っちゃって、他人が押し付けてくる物差しで自分を頑張ろうって背伸びしたり頑張っちゃうんだよ。
すごい辛くなりますよね。
リモートワークだと一番自分らしくいられる気がする。いいね。
適切な距離感が掴めてよかったですね。
僕も人と話すのは自分っていう物が溶けてなくなってっちゃうみたいで嫌なんだけど。
42:05
でもこうやってリスナーとテキストを読むっていう形で交流する限りはそんなに自分じゃなくなる感じはしないんですよ。
ありのままの自分である程度ありながら自然体で交流できてるので。
リモートではないけどこういう配信のコミュニケーションに結構僕は救われてます。
ほんと奇跡的ですよね。
ライブ配信っていうものが発明されてその時代に今たまたま偶然生きていられて本当に良かったなと思いますね。
これ江戸時代だったらもう詰んでましたね。
完全に服従してて終わってたと思う。大名に。
明治時代は天皇か。
何かに服従して終わってたと思う。完全に。
とても厳しく育てられて言論の自由もなく辛かったけれど結婚して離れられて良かった。
先生が女性と接した時に親子関係が再現されたとおっしゃっていたじゃないですか。
私も子供が生まれた途端意図せずに再現してしまうんだろうなっていう風に沈んでいる。
実際どうなんですかね。それも一つの仮説ではあるけれども
100%そのシナリオ通りに進んでいくかどうかは結局は分からないですよね。
353じゃない人だったと思うんですけど
別の人は今の旦那さんと出会って自分はだいぶ救われたっていう人もいましたから。
そうやって筋書きが書き換わっていく人もいるのかもしれませんけどね。
お兄弟は弟が一人ですね。
自分のために生きる時間が誰にでも必要なんですね。
私も母といろいろありましたがお互いに自分を大切にしたいと思いました。
そう今一人でいる時間が何より大事ですね。
どのぐらい大事かっていうと収入を減らして週4日勤務にしたぐらいです。
もともと週6ぐらいでバカみたいに働いてたんだけど、場合によっては週7の日もありました。
7の週もあったんですけど。
それじゃ持たないってなって今週4勤務週3休みっていうかなり余ったれた生活をしてます。
半分リタイアしてるような感じだね。
45:00
母の友人といるときに何の気なしに女の子が生まれて良かったわよねって。
娘って自分の分身みたいなもんだもんねって言われて口が聞けなくなるぐらいゾッとしました。
ちょっと怖いね操り人形みたいで。
日本ってやっぱりまだ無意識のうちに子供を自分の所有物だと思ってますよね。
アメリカってキリスト教権の国なので基本的には神様から預かってるっていう体なんですよね。
体というか本当に信じてる人もいるかもしれないけど。
一人一人が神様から魂を受け取って、親は神から贈られてきた魂を預かるっていう世界観ですよね。
自分の所有物ではない。
自分でさえ自分の所有物ではないので自殺もしてはいけない。
そういう厳しい世界観ですからね。
それに比べると日本ってそういう子供を少し下に見るというかね。
そういうところは結構自然にありますよね。
うちのバカ息子がねとか本当に誰に似たのかねっていうのが謙遜として日本では機能するんだけど。
でも悪く言うとあまりにも下に見すぎてますよね。
見下しすぎてるというか。
本当にバカになっちゃいますよね。
そんな風に暗示かけられたら。
ゆっくり聞くの好きですよどうも。
はい先端の働き方。
週4日は働かないとちょっと指定医の資格の条件を満たさなくなっちゃうので。
週4は今頑張って働いてるんですけど。
まあいずれ指定医取ったらもう週3週2週1で最後週0。
僕の代わりに僕の考え方をインストールしたAIが代わりに働いてくれて。
48:00
僕は家でだらだら配信するっていう。
それが理想ですね。
ゆっくりできるときはゆっくりしていいのです。
本当に先生らしく働かれているのでいいと思いますよ。
まあね。
同世代の人から見ると本当に何やってんのっていう。
何ボケてんのっていう感じなんだと思いますけどね。
大学病院にいるときはやっぱりこういう働き方はできないですよね。
あまりにも周りがもう身をこにして自分というものを犠牲にして働いている中で。
何ボケてんのって感じだよな。
本当何なんでしょう日本のその文化。
何かから子供を預かっているんだっていう考え方は謙虚でいいですよね。
子育てっていうものを通じて
まあその魂の浄化なり
あるいは神との一体化なり
何か大きなプロジェクトの中の一つになっているんだっていう。
そういう巨大なものへの信仰ですよね。
自分はそういう巨大な大きな営みの中に自分というものを位置づけて
子育てっていうものも意味のあることなんだっていう風に自分で了解する。
でもアメリカってめちゃめちゃ離婚するんですけどね。
日本って堅くなり離婚しない人がやたらと多いですけど
アメリカってもう気が合わなくなると突然離婚するので
ベタベタしてたなとかいつもお別れのキスとかしてた人が突然離婚しますからね。
それがいいか悪いか。
1号さんは私かなって思うぐらいうちの母が同じことを言っていた。
私の分身なのに何で私のやって欲しいことが分かんないの?って。
分身ではないですよね。
51:03
親子だろうが分からないです。別の人間なんで。
だから分かるように説明してくださいっていう感じだよね。
日本では子供は授かり物ではあるけれど神が介在したりしない。
授かり物ってなんか口では言う割には結構所有物みたいに扱ってますよね。
親が一番偉くて。親が一番最初に風呂に入るとかさ。
今でこそ西洋化してるんで、明治維新以降西洋の考え方が入ってきてるから
なんか子供っていうものが預かり物とか授かり物みたいな概念ってあるんですけど
江戸時代とかあるいはそれ以前の時代って子供ってもう人権ないからね。
殺そうと思えばいつでも殺せた存在だったと思うんですよね。
そのぐらいのちっぽけな存在だったんじゃないかな。
勝手にできちゃうものというか。
授かり物っていう概念自体が明治以降なんじゃないかなって気がするけど。
上前っていう考えね。儒教的な考え方はあるけど
子供を大切にしようっていう考え方はなかったんじゃないかな。
調べてみるか。
ここでウニャウニャ言ってもしょうがない。
ワープレキシティが入ってないんだ。検索。
子供を大切にしようという考え方は
日本のいつの時代から明治維新以降
えーと日本において子供を大切にするという考え方は明治維新以前から存在していました。
あー寺子や読み書きそろう版
54:03
まあ反抗とかも確かにありましたよね。
もうちょっとちゃんと書いたほうがいいか。
授かり物というキリスト教的考え方は
考えが日本に根付いたの。
そもそもキリスト教の影響。
えーと子供が授かり物という考え方は日本において古くから存在した。
えー江戸時代以前から小高ら思想として
子供は神からの授かり物であり
何物にもかえがたい大切な存在とされていた。
あ、そうなんだ。失礼しました。
キリスト教の影響でもないんだ。確か七五三ってありますもんね。
うーん。なるほど。
えーと日本にも子供に対して生前説があることを
教育学を学んで知って
両親に教育学を学んでって思ったことを思い出しました。
うん。こんばんはどうも。
まあ生前説ね、まあね
母親の気持ちなんかわかんなくていいかなと思うんです。
ハンニバル・レクター博士の
真理がわかるってなったらやばいぞみたいな気分です。
そうだね。
そのね、今つけている香水の香りは何とかですねとか言って
全部ずけずけと言い当てたらちょっと怖いですもんね。
えーと誕生日は親をお祝いする日と言っている人がいたな。
怖い。怖いや怖いや。
実家の近所に赤子を沈めに行く沼がありました。
とついだら夫とその親の親戚に使えよみたいな。
まあ確かに娘っていうまたね
ちょっと子供とかではなくて娘っていうなんか
独自のポジションというかね
あるのかもしれないですね。
そうか子供は子供でも男か女かで全然扱いが違っていたと思います。
確かに。
57:15
えーとフルタイムで働いて疲れて帰宅して
おかずを少しつまんだだけなのに
母がお前が先に夕飯食べてどうすると怒られた。
うんうん。
意味わかんないね。
まあそういう親独自のルールみたいなのに
なんかこう押し付けられるとちょっと困惑しますよね。
何の話だっけ。
生前説に基づいた教育が
実際の家庭環境や社会の価値観とぶつかるとき
それはどのような影響を及ぼすと思うか。
難しい質問。
うーんまあなんか生前説と性悪説ってね
生まれながらに善人か悪人かみたいなのも
まあちょっと極端かなと思いますけどね。
精神科医をやってるからってわけじゃないんですが
なんか過去のそういう凶悪犯罪とかの犯例を読むとさ
幼少期の頃からね
人を何人も殺しちゃう人の中には
幼稚園の頃から野良猫を虐待してたりとか
虫の足を抜くのが趣味だったりとか
女の子のパンツを覗くのが趣味だったりとか
っていう話が精神鑑定とかで出てきたりするんですよね
過去の証言として客観的な事実として
っていうのを読んだりすると
結構性悪説もあるのかなと思ったりもするんですよね
だからまあ割り切れないね、両方あるのかな
穏やかな面もある人もいるし
すごく攻撃性とか不信感が強い人も
生まれながらにいるのかな
そう子供の話ですね
子供の時からある種の多分発達障害とかが
複雑に絡んだ精神病犬の人なんだと思うんだけど
その人の心がよくわからないから
とりあえず殴ってみるとか
そうすると痛がるんで
ああ痛いんだっていうことをその時初めて知ったりとか
1:00:01
喜んでると思っちゃったりとかね
人が痛がってるのを見ると
脳レベルで結構そういう感じの人もいるのでね中には
そうなんですよなんかね
まあ現実の精神科病院とか精神科クリニックで働いていると
そんな凶悪犯に出会うことはないので
基本的にはなんか精神科患者さんってちょっとこう
ヘッポコな部分というかなんか可愛らしいなみたいなさ
ミスター・ビーン的な可愛らしさがあって
なかなか憎めない人なんですけど
ニュースを賑わせるような凶悪犯罪者ってやっぱ結構怖いですよね
普段僕らが見ている患者さんとちょっと全然違う存在というか
そういう人って痛みを持っていないって話を聞いたんですが本当なんですかね
いやもう僕も見聞きしたわけじゃないからね
皆さんと同じようにそういう文献とかで読んだぐらいので
父親が母に手を挙げているのを見ると子供は当たり前と思うみたいな
うーん
まあそういう教育とか文化っていう形で継承されている部分もあれば
生まれながらに攻撃性が高いとか衝動性が高い
もうムカつくから殴ったみたいなさ
その中間がない
やられたからやり返しただけですみたいな
そこにこう思考っていうものがもう介在しない
殴られたから殴り返すとか押されたから押し返すみたいに
あまり思考しない人っていうのがなんか生まれながらに何か一定数いるんですよね
だから反省を促しても反省の余地がないというか
でなると性悪説もまあ切り捨てられないですよね
そういう人はまあ残念ながら刑務所に暮らすか
まあ一生精神科病院に入院するかの二択ですよね
1:03:04
放置国家ではなかなかね生きづらいんじゃないですかね
野生のアマゾンとかだったらね
全然ありなのかもしれないけど
母親が父親を菜箸で突き刺しながら走って追いかけているのを見て
くすってしちゃった
私はやわいかも
どのぐらいの菜箸かによりますね
性善説性悪説
というかまあそもそも善とか悪を決めているのは
私たちの主観ですよね
実際客観としてのありのままを表現するんだったら
ただ偏りがそこにあるだけで
良いも悪いもないんじゃないか
衝動性が高い人がいたり
共感性が高い人がそこにいたりするだけで
別に善も悪もないんじゃないか
一定の確率でね何か偏りってものは生まれてくるので
遺伝学的に
大谷翔平みたいななんか人格も素晴らしいし
体力も素晴らしいしみたいな天才が生まれてくるってことは
その絶対値の反対側にも人がいるわけですよね
その天才ではなくてその反対側の人も
稀にいるってことですよね
真逆が
誰からも憎まれて人を簡単に傷つけられる
凶悪犯もいるかもしれないよね
大谷翔平が生まれてくる確率と同じぐらい
サディスティックな人は子供の頃から現れます
いや僕もねわからないです
小児が本当によくわからないんだよね
でも学校の先生とかね保育園の先生とか
幼稚園の先生とかはもしかしたらなんかこうそういう狂気を
1:06:01
ある特定の子供から感じることがあるかもしれないですよね
だいたいこういうふうに言うと子供ってこう反応するはずなのに
この子だけは例外
なんかおかしいみたいな
異変を感じるのかね
ちょっと聞いてみたいですよね
先生は仕事でそういう患者さんを受け持つことはないんですか
僕はないですね
僕の先輩とか僕を指導してくれた指導医の先生の中で
結構その精神病理学とか法医学に詳しい先生がいて
精神鑑定とかをあの引き受けてましたね
僕もその基礎前の肝炎鑑定に一緒について行って
見学させてもらったことがあるんですけども
その検察庁っていうのかな検察庁で
なんて言うんだろうこう牢屋に入って手錠がかかった状態で
容疑者のまあ容疑者でもないのかとりあえず逮捕された状態で
あれをなんて言うんだろうね流知となんかいろんな言葉があるよね
公知状流知状流知状か流知されている人に対して
精神科医がね検察庁に赴いて
いろいろまあ簡単な1時間半ぐらい検査をするっていう面接と心理検査をする
その結果を検察官に伝えてその検察が犯罪者として起訴するかどうかを
とりあえず決めるんですよね
その材料を与えるのが簡易鑑定って言われている精神鑑定なんですけど
それには何回か同行させてもらって見たことがありますね
そういうのが好きな先生が基本やってるみたいです
自然に精神科医の中でそういう犯罪とかそういう香りがするのが好きな先生と
もう全然そんなの見たくもないみたいな先生との間で自然に進み分けがされていくんじゃないですか
好みで選べるんですねもちろんもちろん
もう精神鑑定っていうとこの辺りだと何とか先生と何とか先生だよねみたいなのが
もう検察官の方はもう大体名簿を持ってるんだと思うんですよ
だから大体その名簿から当たってって引き受けてくれる先生にも依頼するみたいな感じ
もちろんその本鑑定って言ってね裁判が始まったらその検察側と被告側の間の
1:09:13
とは全く利害関係のない中立の精神科医が裁判所の依頼できますけれども
本鑑定は別だけどね
でもその基礎前の簡易鑑定は結構検察官が個人的に声をかけてくる
この患者さんどう患者さんというかこの人どうですかね
精神障害者っぽいですかねみたいな結構割とカジュアルに
あまり公的な感じではなくカジュアルにいろいろ意見を求められますね
それとも作業ですかね
そう犯罪者の中には刑を免れるために精神障害者の不利をする人が一定数いるんですよね
警察に留置中に例えば放尿したりとか天皇万歳っていうふうに
まとまりのない行動を突然取り始めたりとか
総合主張書の不利をする人が中にはいるんですよね
なので一応プロの精神科医の人が見るっていうことになってます
お疲れ様 うんお疲れ様です
えーと反社会的人物のいとこが女の人を払わせてしまって予想外に生まれたこと
学生実習で触れ合う機会がありました
へー
コホッコホッコホッ
怖かったけどカエルだ殺そうと日に言っていた
僕は僕もでもちょっと反社会的なところありましたよちっちゃい頃
なんか幼稚園の頃にその幼稚園の教室にミツバチが飛んできたのね
で僕はそのクラスにいた好きな女の子の前でちょっとカッコつけようとして
そのミツバチを追い払おうとしたんですよ
でミツバチに刺されたっていう話
ミツバチに刺されたことが3回あります
全部カッコつけようとして
反社会的というかちょっとカッコつけすぎたね
1:12:06
でそう2回目以降アナフィラキシーショックを起こして救急車で運ばれて
結構大変な思いをしました
アナフィラキシーショックまでいかないか
アナフィラキシーでもう刺されたところがパンパンに腫れて
ゾウのゾウさんの足みたいになって
大泣きして病院ね救急病院まで連れて行ってもらって
大変でしたよ
そっからねやっぱハチが怖いね
あの時やっぱり生死をさまよったんで
そんなに大人になってからもねやっぱり小っちゃいハチを見るだけですごく怖いね
たまにあのスーパー銭湯とか露天風呂に入ってるとハチが飛んでるのを見るとさ
本当に怖くて露天風呂に入れないです
ミツバチ言いすぎだね
ミツバチだと思ったらハエだったりしてね
ハエじゃねえかバカ野郎つって今度ハエ叩いたりして
ハエ温泉に沈めたりしてね
ミツバチってそんなに刺さないんだと思ってた
いや僕がミツバチを蹴ったり叩いたりしてたんですよ
幼稚園の頃ですよ年中3とかの時ですよ
なんか格好つけようとして
おりゃーみたいなおりゃーみたいな
さすがにミツバチもさ
いやもうそこまでされたりやりますよっていう感じで刺してきましたね
本当だったら刺さないんだけどちょっとこれはもう我慢ならんですっていう感じで
今だったらね話し合いで解決しますけど
あの当時はなんかもう拳で解決しようとして
で大失敗
ハエにやつ当たりなんかしてね
でもミツバチもあれ刺すと自分も死んじゃうらしいですね
基本的に滅多に刺さないはずなんだけどね
拳で語り合うのはフアッチだけ
1:15:11
そうですね
両者とも命がけの死闘で
そう
ミツバチにはねちょっと悪いことしたね
そんなことをしちゃうくらい可愛い女の子だったんです
そう
そうなのかわかんない
もうそんな覚えてないですよ
AかっこCなんですね
そうね
もともとやんちゃでしたね
もうずっと走り回って
でなんかウルトラマンとか仮面ライダーとか
なんとかレンジャーみたいのが大好きでさ
まあだからそういうちょっと反社会性というかね
残忍さとは違うね
何かにこうなりきって
ヒーローもののねなんか主人公になりきって
調子こいた結果です
でもそういう調子のこき方もやっぱ幼稚園までですね
なんか小学校に上がってから急におとなしくなりました
通信簿にもそう書いてあるし
おとなしいね
あの静かな子ですみたいな
で母親の証言でも
僕がもう小1に入った瞬間に
あんだけギャンギャン家で騒いでたのに
急に静かになったって言ってましたね
なんかねそう
そうそうそうなんかちょっと思い出してきたな
その小学校1年生の時に
なんかうちの学年にすっごい一人問題児がいたんですよ
小1でタバコ吸ってるっていう
誰にもらったのって話なんだけど
なんか小1でタバコ吸ってるらしいみたいな
噂の子がいたんですよね
フジー君っていう
でその子がもう
当時はまあギリギリまだ大罰が許されていた時代だったので
1:18:03
先生にその首根っこつかまれて
襟つかまれてもうギャーってこう引っ張られて
あんた廊下に立ってなさいとかって言って大泣きで
そのタバコ吸ってるだけじゃなくて
なんか普段からもうなんかね
落ち着きがなくて
授業中なのになんか立ったり走り回ったりとか
もうなんかね今で言うまでも確実にADHDですよね
当時はまだそういう概念がなかったから
もうなんかやる気がない子は出てってとかって言って
先生ブチギレられてさ
なんかそういうなんだ反面教師にしたんですかね
あっなんかやばい奴いるんだなってなってさ
そいつを見て急に真っ当な人間にみんななるというか
急になんか大人しい学年になっちゃったりしてね
それもあったような気がするな
埼玉のそう田舎ですからね
小一でタバコってなんだろうね
今考えるとちょっと可愛らしいけどね
本当にそれタバコって
チョークじゃないのって
21歳
先生があのお母さんの下でどうやって伸び伸び育ったんだろう
わかんない
小1小2ぐらいで今の自分が出来上がったんでしょうね
まあまあまあこんな感じで
いやーちょっとそろそろ疲れてきて
今日はちょっとねこのぐらいにしておきますか
1:21:01
じゃあとりあえずちょっと早いですけれども
ぼちぼちこの辺で
アーカイブ残してほしい
そうねまた
残しておきます
この後映画見たりしませんかネットフリックスとか
とりあえずバックトゥーザフューチャーの一作目見たんで
2は見たいねこの連休中に
2、3ととりあえずバックトゥーザフューチャー見たいな
いやもう実は子供の頃も死ぬほど見たんですけどね
人生で一番見た映画の一つだね
まああとは結構取りためてた映画とかもあるので
それをちょっとずつ消化していく感じですね
ネットフリでなんかおすすめの映画とかあったらまた今度教えてください
バックトゥーザフューチャーはもう名作中の名作ですよね
説明の必要はない
じゃあ今日はこの辺でどうもお疲れ様でした
お送りしましたのはさしみちゃんでした
失礼します
01:22:19

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