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スピーカー 2
二番経営 〜組織を支えるNo.2の悲喜こもごも〜。
この番組は、トップを支える立場から、組織を動かす力を探るビジネスポッドキャストです。
経営実務と理論にとどまらず、歴史的な人物の意思決定を紐解きながら、
現代の組織課題やリーダーシップの本質に迫ります。
スピーカー 1
こんにちは、株式会社オーツーパートナーズ 取締役の勝宮すいでです。
スピーカー 2
源頭者、新しい経済編集長のしだれゆうすけです。
二番経営第69回、今回のテーマは前回に引き続きまして、
Apple、スティーブ・ジョブズとNo.2の第4回目となります。
スピーカー 1
はい、第4回目ですね。
初回から、企業の概要というのをずっと見てきて、
スティーブ・ジョブズと一緒に、このAppleを立ち上げた
スティーブ・ウォズニアックの学生時代からの話であったり、
出会いだったりという話をさせていただきました。
最重要人物と申し上げていいと思うんですけれども、
どれくらい重要かというのは、
昨日Appleファンの方たちにも当たり前のことだと思うんですけれども、
スティーブ・ジョブズさんの辞典があると思うんですが、
その中に何回名前が出てきたかというのをちょっと調べたんですけれども、
スピーカー 2
すごい、なるほどなるほど。
スピーカー 1
スティーブ・ウォズニアックさんは上巻下巻合わせて315回お名前が出てきます。
これはダントツのトップになるんですけれども、
スピーカー 2
すごいですね。
スピーカー 1
次回ちょっと触れますけれども、
元ペプシのCEOだったジョン・スカリーさんが308回と続いてくるという感じになります。
それぐらい名前が出てくる重要人物ということが言えるんじゃないかなと思います。
そうですね。
前回ですね、ウォズニアックが作った最初のApple製品と言ってもいい、
Apple Iと言われるコンピューターの基盤を作りましたというお話をしたと思います。
ディスプレイもキーボードもない、ジャンク屋さんというかPCショップに、
だったらディスプレイも一緒に売ればいいじゃんというふうに売りつけたという話があったと申し上げたんですけれども、
これ220ドルの嫌価で500ドルで販売というふうにしました。
なのでちょっと利益を出したと。
150台販売することができましたと。
これがそこそこ成功したという感じになるわけですけれども、
ここからいよいよ基盤だけじゃなくて、ガチのコンピューターを作りたいなというふうに、
特にウォズニアックは思うわけですね。
そうするとお金も必要になるんだけれども、一体型のコンピューターが作りたいということで、
Apple IIというものをウォズニアックは開発を始めます。
ゼロからすべてを設計したコンピューターですね。
ウォズニアック一人でやったと言ってもいいと思います。
これはもうカラーの高解像度グラフィックスが積まれていて、
サウンド機能があって立ち上げた瞬間から使える、世界で初めてのパソコン。
安価でマニア以外の人でも使える、そんな製品をウォズニアックはほとんど一人で作りましたと。
今でこそ秋葉原でパーツ買ってパソコン買うというのは当たり前にできることなのかもしれないですけれども、
何もないところで生み出すというこの天才性たるよということだと思いますね。
昔だとオタクって言いましたけど、今風に言うとギークっていう感じですかね。
コンピューターギークのウォズニアックが作りました。
でもとにかく作るのが大好きで、
お父さんからエンジニアっていう職業が世界で一番尊い仕事だというふうに教わってきてますから、
もうひたすらそれを作るということに専念をして、
Apple Iが売れました、利益が出ました。
じゃあどうするかというと、ジョブスとウォズニアックで接班するかって話になりますよね。
そこに異論を唱えた人っていうのが出てきます。
誰かと言いますと、ウォズのお父さんですね、ジェリー・ウォズニアックさんがここに介入してくるわけですね。
何を介入してきたかっていうと、いやいやうちの息子が作ったじゃんと。
儲けたのうちの息子でしょ。なんで半分利益持ってってんの。
エンジニアばかりするんでふざけんなよっていうふうに、いきなりお父さんぶち切れ投入っていう感じですと。
なんでほとんど、もちろんジョブスも働いたのはわかるけど、
儲けの大半は息子が受け取るべきでしょっていうことを言いましたと。
お前大したことしてないと。なんも作ってねえだろっていうふうにジョブスに言うと。
そしてジョブスはこんな感じです。泣いちゃうっていう戦略ですね。
冷め冷めとこう泣くっていう。もう泣いて何も言わないっていう感じになったそうです。
これってちょっとよく起こりそうな気がするんですけれども、
ウォズニアック自体はですね、お父さんと考えが違っていて、
自分だけだったら何か作れたかもしれないけれども事業化はできないとか、物を売ることはできないと。
仕入れで部品を調達してくることもできないし、どこに売るかも重要だから、
スピーカー 1
それはジョブスがいたからこの技術的な自分の才能を事業、製品として世に放っていくことができたんだっていうことを理解することができていたので、
まあまあ親父そう言わないでもうジョブスもやってくれたんだからそういうふうにするよっていうふうにしてくれたと。
ここの部分っていうのはスタートアップ企業で、プログラマーの天才なAIの技術者でもいいですけども、
がいて物を作って一方で営業をやっている人ですとか、リードしていく人たちっていうのは、
いや中身作ってないじゃんみたいなやり手もひょっとしたらあるのかなっていうのを、
もうちょっとプリミティブな状態でこの二人は経験したという感じですね。
スピーカー 2
よくスタートアップのなんかエピソードで聞く話とかドラマとかでも見る話でもね、
他の有名スタートアップでもこういうことが起こってるみたいな。
スピーカー 1
だと思います。
まあ要はこの時に儲けは息子が取るべきだろうっていうぐらいエンジニアとしてのウォズニアックの存在感っていうのはめちゃくちゃあったわけですね。
もちろんジョブスもやったんで事業ができたっていうのは当たり前なんですけども。
でそのウォズニアックの存在感っていうのが徐々にこう変わっていきます。
アップル2という新しい革新的な製品を作っていく開発過程の中でですね、
ウォズニアックとジョブスで一回大喧嘩大揉めをしたことがあります。
それは何かというとアップル2の拡張スロットを何個つけるかっていうところですね。
これジョブスはですねプリンター用とモデム用の二つだけでいいと。
他も余計なもの絶対につけるシンプルなのが一番いいんだっていう主張です。
でもウォズニアックとしては8個はいる争ったと。
でこれウォズニアックの事例の中に僕が人と争うことは滅多にないと。
でもこの時だけは違った。どうしてもそうしたいなら他でコンピューター手に入れろって言ってやったんだっていうふうに言い放つぐらいですね。
俺のやりたいようにしてくんねえんだったらもうやめちゃうよっていうぐらい言ってしまうと。
そういう主張をして結果ですね8つつけるということでその主張が通ったということになるんですけれども。
実はですねもうこれがウォズニアックの主張がジョブスだったりアップルの中で通したほとんど最後みたいなもんで。
あの頃の僕はこう言えるだけの立場にいた。
でもずっとそうだったわけじゃないっていうような事前のセリフがあります。
アップル2っていうのがすごい製品になってきて事前の中でも実はこの後ですねあんまり触れられることがないんです。
以前マッキントッシュっていうGUIですねマウスを使って操作するっていう革新的なマシンが世に出た。
こんなプロモーションしたみたいな遠隔の話があったんですけれども。
実はですねマッキントッシュもその前にリサっていう方のパソコンも世の中にそれも革新的なマシンだったんですけども出たんですけどもほとんど売れてないんですねこの2つって。
でその時に儲けの7割稼いでたのはこのアップル2だったんですよ。
なので花々しくですねいろんなところで揉めたり開発責任者をジョブスがやったりしている背景でウォズニアックっていうのはアップル2の産みの親としてですねこれのヒットをですね。
まあちょっとマイナーチューニングとかしたりして支え続けるということをして新しいマネジメントの人たちが入ってくるたんびにジョブスが喧嘩するんでちょっとそんな厳しくしないでそんなしちゃダメだよみたいなことを言うけど当然ジョブスは全く聞かないという感じで2人はどんどんどんどん離れていきます。
でこの時にですねCEOとか経営者って感じじゃないんですけども常にマネジメントの上位とやり取りをして何とかの責任者をやるって感じだったんですけどもウォズニアックはこの偉大なアップル2の産みの親であるんですけども一番平に近いようなエンジニアをやっていたんですね。
なので普通のエンジニアの上司もいたしその上にもいたしっていうような状況でした。ただ株主ではあるという状況ですね。
でまあその後ですねアップル2のメンテナンスをするんですけれどもウォズニアックもお金がですねいっぱい手に入ることになります。
アップル2が大成功したのでアップル社はですねIPOを無事果たすことになるんですね。はいもうIPOをしたのはウォズニアックのおかげと言ってもいいような感じだと思います。
でまあそこでお金を得てですね立派な家を買ったりあとこう自分でですね飛行機の運転の免許を取って飛行機を操縦するっていうようなこともやっていたのがウォズニアックだったんですけども実は飛行機事故を起こしてですね記憶が飛んじゃうような。
まあ命に別じゃなかったんですけどもそういう事故を経験してで大学は途中で辞めてですね仕事始めちゃったので偽名を使って大学に入り直してそこで勉強をしてでまた戻ってくるんだけどなんかやっぱりどんどん進んでるジョブと合わないなみたいな感じになってくるという感じです。
でまあその間に先ほどマッキントッシュの話をしていたんですけどもあのマッキントッシュとあとリサっていうパソコンがあったんですけどこの2つがですね同時にこう開発を進んでいてどっちがアップル社で集中してみんな開発するかっていうのをどんどん争うようにですね最初ジョブさんリサの開発責任者をやってたんですけどもあまりにも走行が悪いんで追い出されてマッキントッシュに移ってみたいなことをずっと繰り返していましたと。
でそんな時にこう誰からも相手にされないじゃないですけどもオズニアックはですねあのリサもあのマッキントッシュまあいいかもしれないけどこの会社稼いでのアップルツーなのなって言いながら1985年にひっそりと退職をしていきます。