もおちゃんの取り組み
おっすおっす、おはようございます。こんにちは、こんばんは、里山暮らしの案内人のもおちゃんでございます。
1月25日日曜日、お昼過ぎに収録をしておりますライブ配信です。いかがお過ごしでしょうか。
今日はですね、普段やっている樹木の寺小屋はお休みの日なので、報告回ということでね、今もおちゃんがやっていることをですね、さまざまお話ができたらなと思っております。
雑談回ってしてもよかったんですけども、雑談にしては言いたいことというか、伝えたいことというか、お届けしたいことがあるなと思いまして。
あ、たかにゃん、ありがとうございます。こそ、こんにちはって言ってる。ありがとうございます。よければゆっくりとお付き合いいただけたらと思います。ありがとうございます。
今ですね、背景に映っているのがですね、これ僕の家の倉庫をリフォームしているところなんですよね。ここをね、リフォームさせていただいて、何を作っているかというと、厨房を作っています。
はい、厨房ですね。お料理をする人にとっての、これはスタートラインであり、また一つの夢でもあると思うんですよね。
っていうのは、この間さ、お料理教室、僕オンラインで受けさせていただいたんですよ。その時に、あ、もーちゃんが今やっているね、この自分の厨房を作って、それでお料理を作ってね、お届けするなんていうのは、これはね、料理人の夢ですよとか。
でもこれは、最初の土台でもありますよねっていうことをね、おっしゃってますね。そうだね、たかにゃんね、消火器置いたりするよね、確か。こういうのをね、一つ一つ整えていかなきゃいけないんですよね。
憧れるキッチンありがとうございます、そう言っていただいて。まだね、天井が今、白いね、昔ながらのよく使われるようなね、天井材が貼られてるんですけど、これもですね、全部木にします。木をね、貼り付けていきたいと思います。
今、僕がですね、やろうとしていることは何なのかっていうとですね、まずこの町、高知県のね、お地町という町なんですけど、この町に来てくださった方にお料理を持っておもてなしをしたいという気持ちがあるんですよ。
あーそらにゃんこんばんはじゃない、こんにちはだよ、何言ってんだ。ゆっくりしていってください。猫と葉っぱを愛する絵描きさんありがとうございます。そう、今ですね、僕が作ろうとしているものっていう話をね、させていただいた最初のところです。おもてなしをしたいと思ったんですね。
僕がですね、あ、出先なのでミュートのままご挨拶だけOKです。僕がですね、この町に来たのが4年前でしたけど、その4年前にですね、思い描いたのが、パートナーとね、ずっと話をしてたのが、宿をやりたいって言ってたんですね。宿です。宿は宿でも、お料理が出せる宿。
それからパートナーがピラティスのインストラクターなので、なんだかそうやってここ、体とかも気持ちとかも整えていけるような、そんな宿をですね、提供したいということを言ってました。あ、ういさんこんにちは。トリッピーさんありがとうございます。ゆっくりしていってください。あ、そらにゃんいってらっしゃい。また会話聞きますね。ということでありがとうございます。
もうね、そんな感じで始まったんですよね。ただですね、田舎に来てみて現実がわかったのが、物件がないということなんですね。本当にね、自分が住むね、家を探すことがまず大変でした。
ましてや、もう一軒借りたりとか買ったりとかして、それでそこの条件に合う自分たちの思い描くような空間を宿にするなんていうのはですね、まあこれはですね、なかなかきついことだったんですよね。
あの、夢はあります。でも現実的に今、現実が追いついてないというところでございました。あ、たかにゃんういさん、お挨拶ありがとうございます。
なので、できる限りですね、自分のやりたいことっていうものを本質を見抜いていきましょうとなったんですね。確かに宿はいいなっていうことだったんですよ。宿ってね、すごくて、宿ってすごいものでですね、やりたいことができるようになるんですよ。
宿を経営すると。宿ってさ、一泊結構な値段したりするじゃないですかね。はたまたもう夜にさ、ちょこっと来て、それで巣どまりで行ってさ、朝早く出てって、でさ、結構な金額がするじゃないですか。
宿をやると自分のやりたいことができるようになるんですよね。例えば、カフェをやりたいって思ってた人がいますね。コーヒーがすごく好きでカフェをやりたいって、でもカフェだけだとすごく苦労するんですよね。
やり方次第ではありますけれども、なかなか個人営業で個人事業としてやっていくのは難しいよねっていうことで、そこに宿が一緒にくっついていると、それが叶うんですよ。
宿の収益が立つので、自分でやりたかったカフェができるとかね。宿があると、しかも人が集まってくる場所でもあるので、その人たちと一緒に何かができるということになります。
もうちゃんなんかはね、ガイドをさせていただきたいと思ってるし、森のガイドですね。それからこうやってね、木のこととか森のこととかっていうのをお伝えしたいし、自分自身も創作活動をしたいと思っていますので、宿というのができたら最高だなって思っているんですが、なかなかそれは難しいんですね。
自分の家のすぐそばで宿をやりたいという思いがあるので、そんなの探してないだけじゃないかって言われるかもしれないけれども、実はそうではなくて、暮らしを崩さないで自分たちの暮らしを最大限大事にしながらできる宿を探しているということなんですね。
料理の提供と地域の魅力
こうやって住んでいるとですね、家使えないよって言ってくださるのはいくつもあるんですけど、片道30分はかかるみたいな感じになっていくんですね。
宿ってさ、夜遅い仕事でも実はあるので、なかなかですね、家から遠くなってくると厳しいということがあるのでね、家の近く、そして僕たちの暮らしっていうものを体験していただくっていうことをね、目指しているということなんです。
本質はですね、おもてなしをしたいということなので、宿にこだわらなくてもいいということでですね、気がついたんですね、僕たちは。
それでじゃあ、厨房を作ってまず料理できる施設を整えよう。しかもこれは自分の家の中というか、家のすぐそばの倉庫の中にそれを整えようということにしたし、それからPilatesでですね、お教室を今ですね、家の中で始めて、もうなんかすごいみたいでですね、始めた当初はもう月にね、もう6レッスン、5、6レッスンぐらいしか入ってなかったので、
今3、40レッスン入っているということですね。そうなんで水産場ですね、ということでね、そう場作りを結局はしているんだなと思います。お客さんもね、いっぱいね、こうPilatesのほうが入ってきてくださっているので、そういった方々にもお届けできるようなお料理だったりとか。
あとはですね、うちの町にはですね、たかにありがとうございます。すごいパチパチ嬉しいです。盛り上げていただいて、うちの町にはですね、宿がいくつかあるんですね。すでにね、すごいですよ。羨ましいなと思うんです。ただね、その宿はですね、何で困っているかというと、お料理ができなくて困っているんですね。
そう、宿をですね、経営するっていうことをやる。そしてその時にね、例えばラフティングのガイドをしたりとかですね、自分はアーティストですとか言ってですね、別のことをしているとですね、食事の提供ということが難しくなるんですね。そして近くにね、お料理いただけるようなところが、お召し上がりいただけるようなお店がないんですね。
だから食材を買ってきて、自分で作らないといけない。だけど、そういう日々も大切かもしれないけど、観光しに来てるからさ、夜遅くまでやっぱりバッチリ外で堪能して、夜帰ってきて、ちょっとゆっくりしたいってなるじゃないですか。
だから、お料理をですね、誰かがきっとやってほしいと思ってたと思うんですよね。そこでモーちゃんが今手を挙げてですね、僕がお料理をお届けしますっていうことをね、させていただいているんですよ。
あ、タカニャありがとう。ピラティスの後にお茶したり優しいご飯食べるの素敵で嬉しい。嬉しいタカニャ。ありがとう。これ最高だよね。優しいご飯っていうのがすごく大切なように思います。
今日ですね、僕今実は東京からこれ発信をさせていただいているんですね。ちょっとね、実家の都合で東京に今来ております。僕はですね、東京にいる間、お昼ご飯と夜ご飯を。
そうそう、タカニャ。あら、シティボーイ。そうなんですよ。どう?どう?とか言って。
高知県で培ったですね、その素材を生かすお料理味っていうのを、家でお届けを1日2食させていただいています。
さっきですね、母が召し上がってくださったんですけれども、これはね、こういうお料理を毎日作って食べてるのね、みたいな感じでちょっと感慨深く思ってくれたみたいです。
高知県で東京都のね、どっか外食とかに行くと必ずと言っていいほどですね、お肉がどっかメインになりますよね。お肉がまずドーンとあって、それでちょっと副菜がつくぐらいの感じのお料理がメニューが多いと思いますよね。
魚っていうのは本当にこのメニューの中でですね、すごい少ないと思う。どんなレストランとか行っても魚料理がメインになるっていうのはね、結構これ少なくて、東京を僕もかなり苦労しました。
そして魚すらもなく野菜がメインのお料理屋さんっていうのはまあまずね、これ見当たらないんですよね。本当に個人でちょっとやってますっていうくらいの規模感じゃないとなかなかないんですよね。
そうすると東京の食生活っていうのはそれがまあスタンダードになるのでね、家でもなんかこう毎回お肉がバーンと出たり、それから魚がバーンと出たりとかするということです。まずお肉や魚が悪いって言ってるわけだけしないんですけど、僕ですね、お肉とかお魚を触らないで、お野菜だけで自分で摂れるのが野菜だからね。
自分で摂れたものを使ってお料理をしていくという、こういう暮らしなので野菜が本当に中心のお料理になっていくんですね。そしたらね、野菜以外のお料理の仕方がよくわかんなくなってきました。忘れてきましたので、もう一回野菜だけでと思ってね、今やってるんですけれども、すごくそれを喜んでくれたのでよかったなと思っております。
そんなですね、薬膳料理をここで提供させていただくっていうことをしたいと思っております。
昨年の11月ですね、僕はパートナーと一緒にですね、妻と一緒にですね、この家で薬膳とピラティスの体験会っていうのを1ヶ月間やったんですね。
それですごい超満員になってしまって、予約開始30分で満席になってしまって、キャンセル待ちが発生して、キャンセル待ちを何とか皆さんに日程を増やしてお届けをしたんですけど、それでもキャンセル待ちを全部さばくことができなかったというような感じになりました。
でもさ、そうなんですよ、評判が良かったんじゃないわけですよ、これ実は。
だって誰も僕のお料理召し上がっていただいたことなかったんですもん。
誰もそこでピラティス受けたことがあったわけじゃなかったんですもん、そのお客さんたちは。
だからこれは不思議な話でですね、やっぱりこの僕が住んでいる町とかその近くを流れている川っていうののブランドだったんだと思うんです。
決して僕たちがすごいってわけではなくて、それでもその場所に来たいということでね、ゆっくり過ごしたいということで予約をいっぱいいただいたんですよ。
キッチン作りの決意
一人一人体調を伺って、その一人一人にあったお食事っていうのを提供をさせていただいてきました。
それを真摯に真摯にやった10名を全部で受け入れたんですけども、そしたらすごく美味しかったとおっしゃってくださって、良かったとほっと胸を撫で下ろしたところだったんですよ。
これでじゃあ終わりではなく、ここからがスタートだなと思って、今回意を決してですね、自分の家をリフォームして、こうやってキッチンを作るっていうことをしているというところなんです。
キッチンを作るにあたってですね、いくらぐらいお金がかかるのかっていうとですね、多分ねトータルで200万円くらいがかかります。
これはどうして200万もかかるのかというとですね、ここにはガスが通ってないんです。
この倉庫にはガスが通ってない、それから水も通ってないということです。
でも200万を高いと見るか安いと見るかはちょっと人それぞれでですね、土地はあるわけですよ。
ここ僕住ませていただいているのでね、賃貸ですけど、好きにしていいって言われているので土地はあるし、家もあるということで200万はありがたいんですよね。
これをもし東京とかでやろうと思ったら、そりゃそんなんじゃ効かないと思いますよね。
そう200万めっちゃ高いでしょと僕は思いましたけどね。
うお、まじかって思いますけどね。
ありがとうございます。
ゆうきさんありがとうございます。
北の魔女キャンドルセラピスト、2月21日、花咲く養殖マルシェ。
こんにちは、ありがとうございます。
ゆっくりしていってください。
今ですね、僕もゆうきさんのように自分のお店を持っているようにと思って、今僕が作っているキッチンのお話をさせていただいているところです。
よろしければゆっくりお付き合いいただけたら嬉しいです。
なんですよね、200万円ですね。
地域おこし協力隊の活動
僕ですね、地域おこし協力隊というのをやってきたんですよ。
地域おこし協力隊、素敵ってゆうきさんありがとうございます。
嬉しいです。
地域おこし協力隊っていうのは移住をするための一つの制度でですね、3年間という任期付きで都会で培ってきたね、
そんなスキルとか自分のスキルを田舎で発揮してねっていう地方でお助けて盛り上げてねっていう制度なんですけれども、
もーちゃんはそれを3年間やりました。
それでですね、3年終わった後にここに住み続けるっていう選択をしたらですね、
そしたら国がですね、その地域おこし協力隊一人一人につきですね、100万円補助をくれるんですよ。
これは企業支援金っていうふうに言うんですけど、
その人がやりたいと思っている事業があるんだったら100万円をもってあなたを応援しますよっていうことなんですよね。
ユウキさんのところもいます、ここにもいますということでね。
そうでしょう、そうでしょう。
北海道って言ったらですね、これね結構有名ですよね。
このね、やっぱ移住とかはもうやっぱり北海道誰もが一回は憧れると思うんですよね。
地域おこしの人たちいらっしゃるでしょう。
その方々も3年間やり遂げるとですね、
一応国から100万円を申請をすればいただくことができるということになっています。
地域おこし協力隊はですね、何をしているかっていうのは人それぞれなので一概には言えないんですけれども、
お給料は決して高くないんですよね。
はい、なのでね、その代わりあなたをこの街を潤わせるために応援しますよっていうのがあります。
だからこの街で事業を立ち上げてくれれば税収が上がったりもするじゃないですか。
それからこの街にお店が1個増えるってことはそこがちょっとにぎわうんですよね。
人がやっぱり来るっていうことでその土地っていうのはにぎわっていきます。
潤っていきますよね。経済的にもそうだし何よりやっぱ活気が大事だ気がしますよね。
僕住んでいる街の山奥の集落の方ってもう子供がいないんですよね。
かんこ鳥が鳴くっていうのはこのことかということで鳥の声しかしないんですよね。
おじいちゃんとかおばあちゃんが何人か住んでいるだけっていうところで、
どんどん人が少なくなっていくとそのおじいちゃんおばあちゃんの元気もなくなるところか、
なんだかその土地の元気がなくなっていくような気がしています。
いつかここで子供の声を聞きたいっていうそんな思いをね、
移住と地域活性化の課題
おじいちゃんおばあちゃんが胸に秘めているっていうことを僕は存じ上げておりまして、
なんとかこの街にまず人を呼ぶということをしなきゃなっていうことを感じているところですね。
有紀さんありがとうございます。
ここに来た子たちは協力隊の子はその後公務員になってます。
いろいろあるのでしょうね。
あーそうですかそうですか。
有紀さんのところと同じようにですね、協力隊は基本的にはその街の自治体に所属をするんですよね。
だから役場に出勤しているっていうのが基本的な形になります。
その人たちがですね、終わった後、3年間終わった後、4年目からはその役場に勤めますとか、
教育委員会に勤めますとか、
あとはその子がやっているスポーツの施設に勤めますとか、そういうこともありますよね。
エマさん、もうちゃん皆さんこんにちはということでありがとうございます。嬉しいです。
そうなんですよね。
やっぱり事業として立ち上げてくれたら、それはそれですごくありがたいですけども、
なかなかその事業まで行き着かないっていうことがありますよね。
自分で事業立ち上げるって簡単なことじゃなくて、またここで店を構えるってなった時に100万円でこと足りることなんてないんですよね。
100万円でお店ができるなんてことは相当な幸運の持ち主でないとないということなので、
やっぱり自分で持ち出しが必要だという感じになっていきます。
もう貯金なんかできるぐらいのお給料ではないんですけれども、
なんとかそれを積み立てていって、100万円と合わせてお店を作っていくとかっていう形になっていくんでしょうね。
ユウキさんそうでしたか。私は協力隊の子たちにとても助けてもらいました。
ハートマークよかったですね。
これ助けてくれる人って僕思うんですよ。
ユウキさんみたいに助けてくださる方っていうのは、
僕は日頃から地域に何か還元をしたりされている方なんだと僕は思います。
そして地域に親しまれているから、協力隊の人たちが助けてくれるっていうことがあると僕は思ってるんですよね。
地域おこし協力隊ってぶっちゃけた話ですね。
僕たち何もできないんですよ。
その地域の人たちの協力がないと。だから逆に実は協力される人たちなんですよね。
協力してもらう側なんですよね。協力隊の人たちって。
だからユウキさんはかなり協力隊の子たちにだけではなく、
日頃から街への地域へのお力添えっていうのをされていらっしゃるのではないかなと思いますね。
エマさんへのご挨拶お互いにありがとうございます。
ユウキさんありがとうございます。
この街を出た後もお店に来てくれるありがた。
いいですね。この街を出るっていう決意をする人たちもいるんです。
協力隊がそのままその街に根付く定住をするっていうのってかなりハードルが高いみたいですね。
平均すると大体60%ぐらいだそうです。
全体の協力隊のうちの60%ぐらいが定住をして4割ぐらいは外にまた出ていってしまうとか実家に帰っちゃうとかそういうことがあります。
だからこうやってそれでもその街が好きだよって言って帰ってきてくれる人がいるっていうのはとてもありがたいですね。
やっぱりここに居続けないと企業支援金の100万円っていうのは出ないんですよ。
住所が移っちゃうと出なくなっちゃうんで。
それから一回その企業支援金をいただくと5年間はここに住んでくださいねっていう話になるっぽいです。
5年以内に出ていくとなるといただいた100万円をお返ししなきゃいけないみたいな話でもありますね。
なので自分の貴重なかけがえのない人生の時間をどこで過ごすのかどこで刻んでいくのかっていうことは一大事な気がします。
やっぱり人に助けてもらえないと助け合えないとそこにはいられないですからね。
ゆきさんありがとうございます。
街の口うるさいおじさんたちとかいるので大変だと思います。
地域ごとで本当に近所のお付き合いっていろいろあってですね。
これはですね難しいとこもいっぱいあるんですよ。
もうちゃんはそういう現場を見たかったわけじゃないんですけれども、
本当に周りの方々に助けていただけて今定住をするということになってますけどね。
はいそうなんですよ。
今さんありがとうございます。
気にしてくれるのではあるよあるのよねって。
そうそうねどんなにねずっけんどんに言ってても気にはしてくれているよねっていうのはありがたいなと思います。
たかにゃんだありがとう。
海辺への移住に憧れていたけれど、子供の学校の兼ね合いで生み出せなかったなぁ。
ああそうかたかにゃんこれめっちゃわかるよ。
ほんとわかるよ。
僕たちの住む場所って何に縛られるのかっていうと一つは学校だよね。
学校で子供がいたら子供が通える場所、学校が通える場所にいないといけないっていうことでね。
どうしてもやっぱりそういう街中になったりとか都会になったりとかしてね。
外側に移住をすることが難しいっていうことがあるんですよ。
これは本当にそうなんですよ。
たかにゃん素晴らしいです。
でもこうやって移住を考えたことがあったなぁとおっしゃってくださってそれは嬉しいです。
もうちゃんたちの場合はですね。
なんで移住を決めたのかというと子供たちがですね不登校だったんですよね。
僕たちは僕たちというか僕はなのかな。
精一杯のポジティブにそれを捉えたっていうことだったと思います。
学校に行くことができないっていうことは、
つまりあれ住む場所自由じゃねってなったんですよね。
確かにその環境によって自分たちの暮らしっていうのは左右されますよね。
都会に身を置いたら都会的な暮らしになるし、
それから海辺に暮らしになれば、
海辺に住めばそれなりの魚料理をいっぱい食べるような毎日になるのかもしれないしね。
山の中に入れば自分で畑をやってっていう暮らしになるのかもしれないしね。
そうそうそうそうなんですよ。
今さあねえたかにゃん本当だ自由だ今さん自由だそうなんですよ。
これ自由だって思ったんですよね。
あれって実際のところですね。
東京にいたとき僕の妻は言ってたんですけども、
それ僕が払ってたわけじゃないんでね。
家賃30万円、35万円って言ったかな。
1ヶ月それぐらいの場所に住んでいたんですよね。
そういう場所にいないと東京の学校に通うことができなかった場所だったんですよ。
高家賃からの移住
僕はですね、そこでそのとき一緒には暮らしてなかったんですけど、
妻がですね、子育てをしていた場所っていうのが本当にこの東京のど真ん中でですね、
月の家賃が35万円、35万円を毎月毎月支払い続けて、
ようやくここに住み続けられて、その学校に通わせることができるという、
そういう場所だったわけですよ。
すごいでしょ。ひえーでしょ。
顔文字これかわいいな。
やばくないですか。月35かよって。
今東京どんどん家賃が上がっているらしくて、
月どんなに狭くても10万円で住むことができたら安いのかもしれないっていうぐらいにはなってるっぽいですけどね。
それが子供がいる世帯として家がねちょっと大きくならなきゃいけないとかね、
そうなってくるとまあ平気でそれぐらいしてくるわけですよ。
結構やばいよね。
そのお金ってなんかね、
子供たち学校行ってないのにそこに住む理由ないのに35万円かみたいなこともあっただろうし、
もっとなんか自分たちがしたい暮らしってあるんじゃないだろうかってことを話し合ったんですよね。
それでこれから僕はね一緒に生きていくっていうことを決めてですね、
そのパートナーとねこの子たちと一緒に暮らしていくってことを決めたんですよね。
そうそうそうそれでですね。
まあいろんなところを見ようかなと思いきや、
僕はですね、すみませんゆうきさん本当に申し訳ないんですけど、
僕たちですね、雪がないところに行きたいと思ったんですよ。
でね、北国っていう選択肢は今回なくてですね、
できる限り南の方に行こうっていう話になったんですね。
寒くなくて暖かいところがいいなっていうことをね思ったんですよね。
あ、そうかそうか。ゆうきさんは雪ないと私寂しいって。
今さ、雪国。
ゆうきさんにひらやまりする猛ちゃん。
北海道は僕いいとこだと思いました。
北海道って高知県とかなり深い繋がりがある場所があるんですよ。
北海道を開拓してきた時代っていうのが、
昔々ありましたよね。
東電兵とかさ、昔あったよねそういう時代がね。
高知県から北海道に何人もの人たちが行って、
そこに桑を突き立てて開墾をしてったっていうことがあるんですよね。
北海道との僕の街は姉妹都市になったりとかもしてます。
それで毎年ですね、
うちの街の学校の子たちは北海道にですね、
修学旅行とかそんな感じで行くし、
それから北海道からうちの街にですね、
遊びに来てくれるっていうか学習しに来てくれるなんていうね、
こういう繋がりもあるし、
あと街としての交流があったりとかするし、
あとすごいですよ。
僕の街でですね、
北海道の相当北の方なんですけど、
滝上町っていうのがあるんですね。
滝上町、滝上っていうところは童話の街って言われてるんですけど、
その童話の街である滝上町はですね、
有効都市でですね、
その滝上町に行く旅費とかを、
実は街が区別してくれるんですよね。
だからね、ありがたいんですよ。
滝上町わかります?
でもわかります。寒いし雪かき大変。
今日も札幌で電車バス止まっております。
雪がたくさん降ると、
今年もたくさん見るかなとほっとします。
滝上町なんですよ。
滝上町との交流がずっとずっとあって、
今でも僕たち仲良くさせていただいていて、
この間滝上町からトランポリンを寄贈していただいてね、
うちにトランポリン施設ができたとか、
そういうこともあるし、
僕もですね、そういった出張で滝上町に行かせていただいてね、
その観光の在り方とかを学ばせていただきました。
今年もたくさん見るかなーか。
そうかそうか、雪がいっぱい降るとね。
ういさんありがとう、また来ますということで。
雪が滝が大変だなって。
僕ね、長野に住んでたことがあって、
長野の寒さなんて北海道に比べると大したことないと思います。
せいぜいマイナス5度ぐらいだと思うのでね、
大したことないんですけど、
だけどあの時ですね、
ウインタースポーツとかもいろいろやらせていただきましたけど、
まあもう南に行きたいって思ったんですよ。
地域の交流と教育
そんなことがありました。
だから家賃35万円っていう生活とかね、
そういうのを全部置いといてですね、
高知県というところに行ったわけです。
そう、たかにゃんね、毎日もやし生活になっちゃう。
ゆきさんもやしも値上がりしちゃったということでね、
確かにそうだよね。
もやしすらも買えなくなっちゃうかもしれません。
こんな感じのことしてたらね。
ゆきさんどこも寒いのはつらいからって、
素敵な選択だと思います。
ありがとうございます。
高知県ですね、雪降らないと思ったんですけど、
雪しっかり降るんですよ。
多いって。
昨日大寒波でですね、雪がめちゃくちゃ降って積もっちゃってね。
僕今ちょっと東京にいるんですけども、
雪かきできなくてごめんねって感じです。
ちゃんとしっかり寒いんですよ。
薪ストーブがないとちょっとしんどいっていう感じになっています。
結局降っちゃったんですよ。
たかにゃんびっくりです。
薪ストーブ買いたい。
薪ストーブ買うお金がなかなかないというか、
工事費の方が高いんですよね。
これが何とか次の目標ではあるんですけどね。
やっております、やってるとこです。
メンテも大変ですよね、ゆきさんね。
薪ストーブってメンテナンスも大変だし、
高知県レベルなんですよ。
高知県レベルでは、
ワンシーズンで必要な薪の重さって、
大体800キロぐらいだそうですね。
1トンあれば何とか持つよみたいなこと言われてます。
1トンだって。
薪を1トン用意するらしいです。
これね、北海道はもっと大変だと思いますね。
冬の期間が長いからね。
トンなんですよ、トン。
たかにゃん、私今火鉢が欲しいですって。
火鉢欲しいんだ。
火鉢もあればいいんだろうなと思うんですけど、
火鉢で足りればいいんですけどね。
厳しいですよ。
1トンです、1トン。
多分、ゆきさんのところは1トンじゃ足りないと思うんです。
凄まじいでしょ。
でもさ、石油とかさ、
豆油とかさ、そういうのとは全然違いますよ。
やっぱり木は循環していくのでね。
木を乾燥させて、燃やして、
暖を取って、その灰をまたね、山に戻して、
そしてまたそれが栄養となって新しい木が生えてっていうことをね、
循環させていただくことができるのでね。
しかも、そうゆきさんそうですよ。
温かさが違いますよね。
憧れます。
そうですよね、そうですよね。
僕も憧れます。
僕も憧れます。
もうね、半袖で過ごせるんだって。
家の中で焚き火をしているようなもんですからね。
凄いことですよ。
そして、熱をさらに効率よく室内に送り届けますからね。
ということなんですって。
僕も憧れます。
そんなこんなでですね、僕たちは高知県をなぜか選んだんですね。
高知県はかなり学校の数が少なくなってきています。
過疎化ですね。
どんどん合併をしていって、
僕の街にも小学校が1校と中学校が1校しかなくて、
高校とかはもうないです。
高校も大学もないので、
これはですね、高校に通おうと思ったら、
遠くまで通わなきゃいけないか、
一家全員で引っ越しをするかとか、
そういうことになっていくんです。
だからますます人口が減ってくる、
そんな街ではあるんですね。
そういう構図にはなっているんですけれども、
学校が1校になる時にですね、
合併して1校になったんですけど、
学校が1校になった時に、
街の人たちがね、
1つだけ条件を街に突きつけたんだそうです。
学校がどんどん少なくなってて、
1つになるのはしょうがないと。
でも1つだけ伝えたいことがあると、
要望があると、
それは山の中に住んでいる子たちも、
どんなに遠いところから通っている子たちのことも、
迎えに来てあげてくださいっていうことだったんです。
そしてこの街ではですね、
スクールバスとかタクシー、
タクシーというかハイヤーと呼んでますけど、
そのハイヤーがですね、
どんなに山の奥の深くに住んでいる子どもを、
1人のために迎えに来てくれて、
そして学校への通学をサポートしてくれると、
いうことになってます。
僕たちはですね、
その街のいきさつとかを知ったんですね。
この街はどこに住んだって、
その子を学校を迎えに来てくれるのかと。
僕たちの子どもは不登校だったので、
3人いるんですけど不登校なんで、
どこに住んでもいいんですけど、
学校に行きたいってなった時に、
僕たちが手をかけなくても通えるっていう手段、
それがバスが出てるということなので、
この街に決めたってなったと思います。
子育ての環境
そうですか、ゆうきさんね、
この街もそうですね、
スクールバス、タクシーが通ってますから、
そうですか、そうですか。
たかにゃんそうでしょ、
すごいそれは安心して通えるということでね、
こういう街があるんですよ。
そうなると、
どこに住んだって本当によくなるんですね。
いよいよどこに住んでも良くなって、
この街の中であればですね、
だって学校の学区域が街全部になってるんですもん。
山とか川とか全てが学区域ですからね、
ということになりました。
結局うちの子たちは学校には行ってないんですけども、
行かなかったんかいって感じなんですけど、
でもおかげでですね、
僕たちは街から遠く離れた山の谷合いですね、
そこに今日構えることができて、
川沿いに住むことができるようになった、
というところなんですよね。
ああ、そうですか、えきさん。
友人はその運転手。
そうなんですね。
運転をしてくださる方とかも、
本当に顔なじみになりますよね、
というか顔なじみですよね。
なんかあんたあの仕事行ってるのかとか、
あそこで働いてるのかとか、
全部わかるみたいなね。
本当に田舎ならではですけれどもね、
全員わかるよね、
地域おこし協力隊の経験
もうね、街の人たちの顔みたいな。
そういう気分になってきますけれどね。
そうですか、そうですか、素敵ですね。
こうやってみんなで見守っていくっていうことですよね。
このバスの運転手さんやタクシーの運転手さんっていうのは、
決して学校の職員ではないんですよね。
街の一人の住人なんですよね。
その住人がみんなで子供のことを見ていけるっていうことなのでね、
これはすごく素敵なことだと僕思いますね。
そんな感じなんですよ。
なんでそんな話が出るんですね。
僕ね、それから地域おこし協力隊を3年間やってきました。
ここでやってきたことはですね、
僕は環境保全という仕事をさせていただいてきたんですね。
環境保全っていうのはですね、
僕はずっとここに来るまでこう思ってたんですよ。
それは自然を守るっていう仕事だと思ったんですよね。
動植物を守るってやつですね。
環境保護だと思ってたんですね。
それでね、実際に仕事に就いてみたらですね、びっくりしましたよ。
本当にこれびっくりしましたよ。
もっと広かった意味が。もっとすごかった。
守ると思ってた。
本当にこれ蓋を開けてみたらびっくりですね。
ここの町が住み続けられる環境であるように守り続けるっていうことだったんですよ。
つまり何かっていうと、畑とか田んぼが急耕田になってきているね。
そうするとそこが草がぼうぼうになってくるでしょ。
だから草をちゃんと刈ってその畑とか田んぼが生かされるようにするにはどうしたらよいだろうかってことを考えていく。
木を植えるとか、あとは草を刈るとか、
あと何ですかね、空き家の調査をしたりとか、竹林を刈っていったりとかして、
それで竹の子とかを取ったりとかしてですね、竹畜林の整備だとか言って。
それでそうやっていくと、この町はそこがまだ人が訪れられる場所であり続けられるっていうことなんですよね。
そうでしょ、ゆきさん、奥が深いって。
たかにゃめっちゃ重い。
あとはですね、僕の仕事のすごく大事なところは水源の管理でした。水源地の管理でした。
僕たち蛇口をしねったら水が出てきますけれども、
その先には何があるかっていうと水源というのがあるんですよね。
ほとんどの町っていうのは浄水場があります。
浄水場に水が引っ張られてって、山からの水をそこできれいにして、
そして蛇口を通って、水道を通って蛇口から僕たちの飲み水としてですね、使う水として現れてくるんですけれども、
この浄水場はない場所ってあるんですよね。
それが山奥ですよ、山奥。浄水場って山よりも下にあるじゃないですか、大体が。
だから山の上に住んでいる人たちっていうのは浄水場に落ちてきた水をもう1回汲み上げるわけにはいかないんですよ。
水って上から下に落っこちてくるからさ。
だからどうしてるかっていうと山からの水をそのまま引っ張ってきてるんですよね。
すごいよね。
たかにはどんなお水飲むのって。
そうなんですよ。
ほんとこういうことなんですよ。
お水のタンクがあります。
お水のタンクがあって、そこに山からの水を引っ張ってくるようにするんです。
そのお水のタンクの中に砂とか小石とかをいっぱい敷き詰めておくんですね。
そうするとそこにゴミがどんどん溜まっていきます。
濾過された水だけが出てくるんですね。
そう。
そしてその水を今度消毒を一定の基準でしたりとかして水道から出てきますので、
これは飲むことができるっちゃできるんですけれども、
それに浄水場を通ってきてるよりもどちらかというとちょっと素材の味がするというか、
そんな感じなんですけれども、
一応その飲み水として使える。
でも、山水なので危ないかもしれないっていうことで、
やっぱり一回沸かしましょうとかそういうことにはなると思いますね。
そんな感じなんですよ。
そのタンクに水が入ってくるわけでしょ。
そのタンクが汚れるんですよ。
やっぱり水がどんどん来ると。
そのタンクをきれいにしたりすることがあったりとか、
タンクにすら水が溜まっていかないっていう、
そういう状況もあったりします。
そうすると何が起こってるかっていうと、
ホースが詰まってるんですよね。
その山の川とか水源地、沢と言いますけど、
そこからホースを突っ込んで、
そしてタンクの方に誘導してくるんですけど、
そのホースの先っぽのところで、
もう詰まっちゃってることがあるんですよね。
雨が降ったり台風とかが来たときには、
80%の確率で詰まりますね。
そうするとそこを掃除しに行くんですね。
タカニありがとうございます。
素材の味、石の風味とかするのかな。
ちょっと飲んでみたい。
ミネラル豊富そう。
タカニはそうですよね。味はともかくとして。
ミネラルは豊富だと思いますし、
美味しいと思います、水としては。
やっぱ山の水っていいよね、
みたいな感じがありますけどね。
この水が止まる、
人が使える水が止まるということは、
そこで人は生きていくことができない
っていうことになるんです。
そうするとそこはもう人が訪れることが
できない場所になっていくんですよね。
人が住むことができない、
もうおもてなしができないということになるんです。
だから僕はその水源地を管理する、
掃除をしたりとか、水が枯れたら水を汲んできて、
そこにまた水のタンクの中に水を流し込むとか、
2トンぐらいの水を山のほうに運んでって、
もう水が枯れてしまったんだとか言ったときに、
雨が降るまでこれでしのいでくださいと言って、
2トンの水をタンクにボシャボシャっと入れて、
それでなんとか水を使ってもらっていたってこともありましたね。
そんな仕事を実はしてきているし、
協力隊が終わった今も、
これは今度僕が雇われてという感じにはなりますけども、
依頼を受けてこういったお仕事も
引き続きさせていただいているっていう感じなんですよね。
高谷、ありがとうございます。
自然の林家計画と人々の生活を守る戦いみたい。
そうそうそうです。
今さ、冬じゃないですか。
冬の期間って水がめちゃくちゃ少ないんですよ。
とにかく雨降らなくないですか、今ね。
乾燥しますよね。
というところにさらに、
今さ、日本の中にある林、森の半分くらいって人工林なんですよ。
なので人工林ってこの杉とかヒノキなんですけど、
1年中緑の葉っぱをつけてるじゃないですか。
1年中緑の葉っぱをつけてるってことは何を意味するかっていうと、
冬も水を必要としているってことです。
いっぱいの水を必要としているってことなんです。
そうすると冬は水が少ないから、
少ないながらに根っこを伸ばしてですね、
水源管理の重要性
とにかく水をある場所から吸い上げようとするんですね。
そうするとですね、
人が生活に使っている水まで木に取られてしまう。
そうするともう人はそこに生きていくことができなくなっちゃう、
なんていうことがあるんです。
たかにゃんそうなんです。
水がめっちゃいるんだ、取り合いになりそう。
これ本当にそうで、
そういう理由があって木を整備しないから、
ずっと木がそこに立っているだけだから、
林業とかがあればいろいろ整備が進むんでしょうけど、
木を切る人ももういないっていう地域は、
どんどん水が実は不足していくんですね。
水が不足するとそこに住める人がいなくなる。
どころかですね、
ここの水が枯渇すると、
そう、実は都会に住んでいる人たちの水もなくなるってことなんです。
水は実は僕たちが一番最初に飲むことができるんですね。
山からの水を。
だけどそれを飲まなかったものがまた流れてって、
都会の人たちに流れていくわけですけれども、
都会の人たちも水が飲めなくなってしまうということなんです。
だから僕たちは山の中とか森の中にすごく興味関心を持って、
それでその山が100年後もこうやって水を蓄えておくことができる場所として、
あるためにはどうしたらいいんだろうかっていうことを考えることがすごく大事なんですね。
ちょっと堅い話になってきましたけれどね。
そう、そんなことを今気に留めながら暮らしております。
はい。
そう、それでですね。
その場所だけのためじゃないんだね。
たかにゃん、そうなんですよ。
そうなんですよ。
そこに住むことができなくなってさ、
もう山は無理だって言ってどんどん都会の方に降りてきたとしたらですね、
山に住む人がいなくなって、
山の水が枯れる。
そうすると都会の水も枯れるということになっていきます。
なので、僕たちがここで山の中で住み続けるっていうことの意味って実はすごく大きいんですよね。
薬膳チューブの取り組み
ね。
ね、ゆきさん。
ね。
そうなんですよね。
はい。
そんなことが実はあります。
うん、大きい。
ありがとうございます。
なので、ぜひですね、山、僕のところじゃなくてもいいのでね、山にぜひ遊びに行って、
そこでですね、その人たちのことを応援してあげてください。
いろんなお金を使うこともそうだし、ここに来続けるということで、
来る意味がある、そこは人が訪れたい場所であるということになるので、
そこの整備がですね、進んでいきますので、ぜひぜひお願いいたします。
何の話やねんってね。
ね。
ゆき抱きしめるってね。
そうですよね。
ゆきさんね。
ゆきがね、本当にこの水として使えるといいんですけどね。
ゆきはさ、ゆきどけのときまで、ずっとそこではゆきはそのままその場所にあるじゃないですか。
だから、ゆきどけが起こると、一気にこう水がうわーっと流れていくんですけどね。
そんな感じです。
もう本当にね、だからもうゆき本当に大事です。
いっぱいいっぱい振ってほしいです。
そしてそれが一気に溶けてほしい。
そんな感じが、高知県は少なくともありますね。
はい、ということでございました。
で、今ですね、僕が作っているこの薬膳のチューブをなんですけれども。
僕はですね、何でしょうがね、いろいろな事情がありまして、このチューブを作るのをすごく躊躇してきたんですね。
なんか最後の最後でいいやとか、もっと先でいいやとかってずっと思ってきたんですけれども。
プロジェクトの進捗報告
今回ですね、いろんな人たちが応援してくれた。
今回動けとね、何か動くと応援がやっぱりあるんだなっていうのをすごく実感をしていて。
今回ですね、これを踏み切ることができました。
このチューブは完成するのが3月末日ということになっております予定としてはね。
そしてそれから保健所の許可を取ったりとかして、夏ぐらいからオープンできればなと思っているところです。
もしオープンした暁にはぜひですね、皆さんで楽しんでいただけたらなと思います。
ありがとうございます。
ということで今日はこの辺にしようかなと思います。
今日コメントをくださった方のお名前をお呼びしたいと思います。
そらにゃん、はらぺこはっちさん、ゆきさん、それからたかにゃん、それからえまさん、ありがとうございます。
他にはいませんよね。ありがとうございました。
ういさんですね。ありがとうございました。失礼しました。
お祝いしよう。ありがとうございます。こちらこそです。
明日から樹木の寺小屋またやっていくんですけれども、ちょっと今ですね、僕実家におります。
東京の実家におりまして、実家の都合があって、ちょっと前後したりとか、もしかしたら急に今日はできませんなんていう日もあるかもしれません。
その時にはまたお知らせをコミュニティなどいろんなところでしたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
ということで今日はありがとうございました。
お相手は里山暮らしのもーちゃんでございました。
里山暮らしの案内人のもーちゃんでございました。
またお会いできることを楽しみにしております。
今日も素敵な1日をお過ごしくださいませ。
お手振り皆さんありがとうございます。
あなたとあなたの大切な人に森の精霊の子が子が訪れますように。
またね。