「黒歴史」を笑えない理由
2026-06-23 26:47

「黒歴史」を笑えない理由

黒歴史は、消したい過去ではなく、
不器用だった自分の生存記録なのかもしれない。


今回は、昔のSNS、嫉妬、夜遊び、寂しさ、
そして「会いたくない過去の自分」との付き合い方について考えます。


過去の自分を、無理に好きにならなくてもいい。

でも、いなかったことにしなくてもいいのかもしれません。


・昔のmixi日記を読み返す恐怖
・「好きな人がゲイビデオに出ていた」とDisneyが同列に並ぶ年末日記
・黒歴史が恥ずかしい本当の理由
・嫉妬の奥にあった「自分も選ばれたい」という気持ち
・寂しさを埋めるために、夜へ出ていた頃
・求められることと、大切にされることの違い
・過去の自分に会いたくない本当の理由
・黒歴史は、不器用だった自分の生存記録かもしれないこと
・「痛かったな。でも、自分なりに頑張ってたな」と言えるまで


あなたには、
会いたくない過去の自分がいますか。


今後、ほかの活動や生活との兼ね合いで、
Podcastの更新をお休みする場合があります。

お休みの際は、基本的にXでお知らせします。


無理に毎週出すことに追われるより、
必要なときには少し立ち止まりながら、
できるだけ長くこの番組を続けていきたいと思っています。


また、TikTokLIVEでは毎日20時頃から生配信を実施しています。

Podcastよりだいぶ騒がしく、
皆さんと直接おしゃべりしている東風亭ウルフ(あっちではおだまりウルフ♂)にも、
ぜひ遊びに来てください。


番組への感想や、
まだ言葉になっていない気持ちを募集しています。


きれいな文章でなくて大丈夫です。
途中まででも、結論がなくても大丈夫。


未定のままで、結構です。


おたよりフォーム:
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サマリー

このエピソードでは、「黒歴史」と呼ばれる過去の自分との向き合い方について考察します。昔のSNS、特にmixiの日記を読み返した際の、感情の起伏の激しさや過剰な自己表現、そしてそれがなぜこれほどまでに恥ずかしいのかを掘り下げます。恥ずかしさの根源には、当時の自分が本気で傷つき、誰かに気づいてほしい、愛されたいと願っていたという切実な思いがあることを指摘します。嫉妬や夜遊びといった行動も、寂しさや選ばれたいという承認欲求の裏返しであったと分析し、それらは不器用に生きた自分の生存記録であると結論づけます。過去の自分を無理に好きになる必要はないが、なかったことにせず、一生懸命生きていた記録として受け入れることの重要性を説きます。

黒歴史との対峙:mixi日記の衝撃
ミクシーにログインするのって、少し覚悟がいりますよね。 パスワードを忘れていることを、なんなら神に感謝するタイプの記録。
もし、ログインできてしまった日には、それはもう発掘ではなく、除霊の始まりです。 見たい。でも、ちょっと見たくない。心が二つに割れる。
で、いざ開いてみると、そこには昔の自分が居るわけです。 今よりもずっと感情が大きくて、今よりもずっと文章も長くて、
今よりもずっと自分って特別かも、とか思ってて、今よりもずっと誰かに見つけて欲しそうな自分がいる。
怖いですね。なんならホラー映画より全然怖いですね。 しかも、ホラー映画は終わったら部屋の電気を点ければいいけど、
ミクシー日記は読んだ後も自分の中に電気がつかへん。 暗いまま。でも、もしかすると本当に怖いのは、昔の自分が居たいことではないんかもしれませんね。
ほんまに怖いのは、その昔の自分が今の自分に向かって何かを聞いてきそうなことなんかもしれません。
で、今のあなたは、私を笑えるくらい幸せになったの? そんなことを聞いてきそうで、僕らはあの頃の自分に会いたくないのかもしれへん。
今日は、あの頃の自分に会いたくない、という話をしてみたいと思います。
ハオー! あなただけのゲイ友、豆腐手ウルフです。
この番組、未定で結婚は、恋愛、家族、孤独、将来のこと、 生きていく中で、まだ答えの出ていないことや、名前のないモヤモヤを少しずつ言葉にしていく
ポッドキャストです。 うまくまとまってなくて大丈夫。結論が出てなくても大丈夫。 未定のままで結婚です。
前回は、人生いつから取り返そうとしてたんやろう、という話をしました。 人生を取り返そうとしていたのは、過去に戻りたかったからではなく、自分が欠陥品じゃないと証明したかったからなのかもしれない。
取り返す人生は、過去に証明をし続ける人生。 作り直す人生は、今の自分に居場所を与えてあげる人生。
そんなような話をしました。 そして今回はその話の続きです。
過去に返済をしなくてもいいのだとしたら、過去に勝ち直さなくてもいいのだとしたら、 次に出てくるのは過去の自分をどう見るか、という問題です。
昔のSNS、昔の日記、昔の恋愛、 昔の失敗、昔の自意識、昔の寂しさ。
そこには、今の自分から見ると、ちょっと痛くて恥ずかしくて、 できれば見えひんかったことにしたい自分がいます。
でも、その自分をほんまに消してしまっていいのか。 今日はそのあたりを未定のまま考えてみたいと思います。
今回、このエピソードを作るにあって、昔のミクシーの日記を少し読み返したんです。
恥ずかしさの理由:本気だった過去
もうね、すごいの。文字量がすごいの。 当時の僕は感情に弾楽というブレーキを搭載していなかったんでしょうね。
思ったことを思ったままに全部書く。 感じたことを感じたまま全部書く。
誰に向けてくるのかもわからへんけど、とにかく書く。吐き出す。 しかもテンションの触れ幅めちゃすごい。
例えばなんですけど、ある年末の日記がございまして、 まず冒頭が海外ディーバたちが歌う応援ソング。
なんかね、あのガン撲滅みたいな応援ソングの歌詞から始まってるんです。 もう年末の日記なのにいきなり世界を救おうとしてるんですね、僕。
今年もありがとうございましたまでがめちゃくちゃ遠い。 紅白よりも画前前置きが長い。
しかもその後、2010年の思い出がずらーっと書かれてるんですけど、 時系列というか並び方がすごいんですよ。
自暴自棄時代の冬休み。 好きな人がゲイビデオに出ていたと知ったこと。
みんなでディズニーに行ったこと。 年前のプール。ポケモン発売。 ハロウィンでみんなでコスプレをした。
誕生日が。もう全部同じテンションで並んでるんですよ。 情報の温度差がすごいんです。
好きな人がゲイビデオに出てたっていうのと、 みんなでディズニーに行ったが同じ棚に収録されてるんですよ。
収納術としては最悪です。 見せ方としても最悪です。
人生の押し入れに思い出と爆弾が一緒に入ってるんですよ。
しかもディズニーの思い出として、 寒い、お腹すいた、死にたいしか言わへんのに、
カメラを向けるとしっかりキメ顔作っていったみたいなことまで書いてあるんです。
もうね、若さってすごい。 死にたいと言いながら漏れる角度は忘れない。
生存本能と承認欲求が同時に仕事している。
さらに友達の誕生日会とか、 ハロウィンとか、よくわからへんうちはネタとか、
今読むと何のことかほとんどわからへん話が ものすごい熱量で書いてある。
マキコ進化!超マキコ!とかよくわからんこと書いてあって、
誰?何?何が進化したの?みたいな。
もうデジモンの影響を受けすぎてるってね、 最初は笑ってたんです。
うわ痛いな、うわ長いな、うわテンションすごいなって。
そんな風に読み漁ってたんです。
でもね、読みながらね、少しずつ胸が痛くなってきたんです。
この日記、痛い。でも、ただ痛いだけじゃない。
ちゃんと人の名前が出てくる。
ちゃんと僕は誰かと笑ってる。
そして、ちゃんとありがとうって言おうとしてる。
ちゃんとみんなで来年もバカやって笑いたいと願ってる。
あの頃の自分はすごく騒がしくて、すごく大げさで、
ものすごく痛かった。
でも、たぶん誰かとつながっていたかったんやと思います。
誰かと一緒に笑ってないと、
自分がどこにおるんかわからなくなりそうやったんやと思います。
黒歴史ってなんであんなに恥ずかしいんでしょうね。
文章が変やから?
言葉選びが痛いから?
テンションが怖いから?
それともなんか自分に酔ってる気がするから?
たぶん全部あります。
全部めちゃくちゃあると思います、そういうの。
昔の日記って、だいたい自分っていう銘柄のワインに酔ってたりするんです。
しかもね、ごく安ワイン。
翌日、めっちゃ頭痛くなるタイプ。
でも、黒歴史が本当に恥ずかしい理由って、
たぶんそれだけじゃないんです。
恥ずかしいと思うのは、その頃の自分が本気やったから。
本気で傷ついてた。
本気で誰かに気づいてほしいって思ってた。
本気で自分は何かになれるって思ってた。
本気で愛されたかった。
本気で誰かに選んでほしかった。
その全部の本気が、36歳の今見るとあまりにも眩しい。
だから直視できないんです。
めっちゃ笑えるんです。
何言うとんねんって思って笑えるんやけど、
最後の最後まで笑いきれないんです。
だって、その文章を書いていた僕は、本当にそうやって生き延びようとしてたから。
当時の僕からしたら、その日記はただのポエムじゃなかったのかもしれへん。
それは誰かに向けたSOSやったんかもしれへん。
それは自分に向けたエールやったんかもしれへん。
僕はここにおるって確認するための足跡のようなものやったのかもしれへん。
だからね、今36歳の僕が読むときっつーってなるんです。
だって過去の自分があまりにも全てを丸出しで立ってるからです。
もう全裸よ全裸。
服着て、頼むから。
でもね、当時の僕は着てないんですよ。
もう感情がね、むき出し、丸裸、丸出し。
しかも、そのまま堂々と立ってるんです。
今の僕なら隠すようなことを、昔の自分は全力で書いてるんです。
悔しい、寂しい、選ばれたい、見つけてほしい、愛されたい、認められたい。
その全部を恥ずかしげもなく、「見て!」って差し出してるんです。
それがね、痛いんですよ。
でもね、もしかすると、その痛さの中にしか残せなかった本音があるのかもしれません。
嫉妬と寂しさの裏側
最初はね、そんな日記をね、笑って読んでました。
わ、痛っ。
うわ、長っ。
うわ、なんやこのテンション。
そんな風に。
でも、読み進めていくと、笑えない日記っていうのも出てきました。
ある日記のタイトルは、
もう、タイトルからして逃げ場がないんですよ。
そこには、ざっくり言うと、こんなことが書いてありました。
こんな内容でした。
もうね、もうね、読みながらね、もう見たくないかもこれって。
一回スマホ伏せたくなりました。
痛い、もうめちゃくちゃ痛い、あまりにも痛い。
神様お願いしますって、神棚の実までしっかり書いてる。
いや、当時の僕、神様をカスタマーセンターかコールセンターかなんかやと勘違いしてたんでしょうか。
お問い合わせないよう、チャンスが届きません、みたいな。
でも、ふざけながら読んでたら、だんだん笑えなくなってきたんですよね。
この日記に書いてあるのは、ただの嫉妬じゃないんですよ。
ただ、誰かを憎んだり嫌いやったり、羨ましいって思ってたわけじゃないんです。
あの頃の僕は、たぶん選んでもらいたかったんです。
自分にもチャンスが来てほしかった。
自分だってスポットライトに当たってみたかった。
自分が何かになれるって信じたかった。
自分も価値のある人間やって思いたかった。
そして、何より、誰かの成功をちゃんと心からお祝いできる自分になりたかった。
そこまで書いてあったんです。
僕だって同じように成功して、あの子の成功をちゃんと祝ってあげられるようになりたい。
そんな風に、あの頃の僕は書いてました。
これ、めっちゃ痛いけど、めちゃくちゃ切実やと思いました。
嫉妬とか羨望って、醜い感情の代表みたいに扱われがちです。
でも、嫉妬って誰かを嫌いな気持ちの顔をして、本当は僕だって選ばれたいって泣いてることがあるんです。
なんであの子ばっかりって言いながら、本間は僕のことだって見てよって言ってることがある。
あの頃の僕は醜かったかもしれません。
でも、ただ醜いだけじゃなかったと思う。
めっちゃ必死やった。めちゃくちゃ痛かった。
自分にも絶対何かがあるって信じたかった。
その信じたい気持ちが行き場をなくして、最終的に嫉妬っていう形に変わっていったのかもしれません。
痛いね。
でも、あの頃の僕は自分なりに痛みに耐える手段を探そうとしてたのかもしれません。
あの頃の僕は寂しさの扱い方が本間に分かってなかったんやと思います。
一人でおると自分が誰にも選ばれてないっていうことを突きつけられてるような気がした。
だから夜の街に出て行く。
誰かと会う。
大して美味しいとも思わへんお酒を飲む。
で、笑う。騒ぐ。
ほんで、毎週のように違う男性とベッドを共にしているような時期もありました。
今の僕から見ると、ほんまに危ういことしてんなと思います。
雑やったと思います。
痛いなって思います。
全然自分大事にできてないなって思います。
でも、あの頃の僕にとっては、それが寂しさに耐えるための唯一の手段やったんやなって思います。
誰かの体温がそばにある間だけ、自分がこの世界にいることをちゃんと許されてるような気がしてたんです。
誰かに求められてる間だけ、自分に価値があるって思ってたんです。
でも、そんなの、その場しのぎなんで、朝になったらまた寂しくなるんです。
帰り道で、僕何してんやろって思うんです。
でも、その夜だけは、誰にも選ばれてない自分から少し逃げられてたんです。
これを美化するつもりはありません。
僕は、成人派ですみたいな、綺麗ですみたいな、そういうことを言うつもりはないです。
美化しようだなんて思いません。
めちゃくちゃでした。
20代前半の頃特に。
あれは自由でした。
今よりももっと自由に生きてたと思います。
あれは、めっちゃ青春でした。
めちゃめちゃ毎日楽しかったです。
最高でした。
そんな風に言い切るつもりはないです。
もちろん楽しい瞬間だっていっぱいありました。
でもね、それだけじゃない。
あの頃の僕は、自分の中にある寂しさをどう扱えばいいのかわからへんくって、
人の体温を借りていたんやと思います。
ほんまは、誰かに大切にされたかった。
でも、どうすれば大切にしてもらえるのかがわからなかった。
だから、肉体的に求められることと、大切にされるっていうことを吐き違えていたのかもしれません。
これも今思うとかなり胸が痛いです。
でも、当時の僕を責める気には全然なれないんです。
当時の僕は、ほんまに痛かったんやなって思います。
あの頃の僕なりに、痛みに耐える手段を探そうとしてたんやなって思います。
その手段が今の僕から見て危うかったとしても、
その選び方が今の僕から見て間違ってるよって言いたくなったとしても、
あの頃の僕は、僕自身を壊したかったわけじゃない。
むしろ、どうにか壊れきらへんように頑張って耐えようとしていたんやと思います。
僕は、あの頃の自分に会いたいとは到底思えないです。
会いたくない理由と生存記録としての価値
だって痛いもん。恥ずかしいもん。
変な文章書いてるし、テンション怖いし、人間関係の距離感もめっちゃバグってるから。
でもね、ほんまの理由はそれだけじゃないと思います。
あの頃の自分に会いたくないのは、
あの頃の僕が今の僕に何かを聞いてきてくれそうやからです。
で、今のあなたはちゃんと幸せになれたの?
僕はあんなに頑張ったけど、ちゃんと何かになれたの?
僕はあんなに誰かに選ばれたいって思ってたけど、
今の僕は自分を選べるようになった?
そんな風に聞かれそうで怖い。
過去の自分を見て、こちらが僕をさばいてるつもりでいたけど、
ほんまは逆なんかもしれません。
今の僕が過去の自分に見られるのが怖い。
あの頃の僕に、
私の痛みをあなたはちゃんと覚えてくれてますか?って聞かれるのが怖い。
だから会いたくない。見たくない。何ならなかったことにしたい。
でも全部消し去ることはできないんですよね。
あの頃の僕がおったから今の僕がおる。
ミクシーンに長文を書いてた自分も、
嫉妬でぐっちゃぐちゃになってた自分も、
夜に寂しさを抱えて誰かの元へ走っていった自分も、
誰かの体温で自分を確認してた自分も、
全部今の僕に繋がってるんです。
だからね、めっちゃ厄介なんですよ。
黒歴史って消したい過去のくせに、
人生の一部なんです。
削除したいですよ、こんなん。
こんなんポッドキャストで話したくないですよ、ほんまは。
ほんまは綺麗な言葉だけ羅列してたいですよ。
でもね、そんなことしてね、
綺麗な自分を取り繕ったりとか削除してしまうと、
今の僕が少し消えちゃうんです。薄れちゃうんです。
そういう面倒くささがあるんですよ、過去って。
黒歴史って消したい記録やと思ってました。
削除したい、燃やしたい、なかったことにしたい。
できればミクシーごとインターネットの海というところに
もう完全に沈めてやりたい。
でも今は少しだけ違う気もしてます。
黒歴史は不器用に生きた僕の生存記録なのかもしれません。
うまく生きられへんかった記録。
感情の置き場所がわからへんかった記録。
誰かに見つけてほしいって願った記録。
選ばれたいって認めてた記録。
寂しさをごまかそうとしてきた記録。
それでもなんとか生きようともがえた記録。
もちろんね、黒歴史のことを好きになれなくていいと思います。
過去の自分を無理に肯定しなくていいと思います。
あの頃はあの頃で間違えてめちゃくちゃやったけど最高やった。
なんて言えなくていいです。
僕は言えないもん。
全然最高じゃなかった。
痛かった、危うかった、恥ずかしかった、間違いだらけ。
でも全部が無意味やったわけじゃないです。
あの頃の僕はあの頃の僕なりに一生懸命生き延びようとしてきた。
そのくらいは僕が認めてあげていいと思うんです。
好きになれなくったってええやん。
だからっていなかったことにしたくったっていいやん。
消したい過去の中にも必死に息をしようとしていた僕がおる。
それを見つけた時に黒歴史は少しだけただの恥ずかしい記録ではなくなるのかもしれません。
もしあの頃の僕に出会ってしまったら
ていうかできれば何回も言ってるけど会いたくないんですけど
向こうから僕に会いに来たら
一回一瞬なんか電柱の裏とか曲がり角にひゅって隠れちゃうと思います。
僕はね。
気まずいので会わせる顔もないなって思っちゃうので。
でもそんなこともできずに逃げられなくて
目の前にあの頃の自分が立ってたら
僕は多分説教はせえへんと思います。
もっと自分を大事にしなさいとか
その男は辞めときについていくんじゃないとか
憎しみに全部書くのはやめてとか
言いたいことはね山ほどありますよ。
特に最後の言いたい
憎しみに全部書くのはね
全人類がそう思うんじゃないでしょうか。
でもね。
多分最初に言うのはそれじゃない気がします。
痛かったねって。
でも自分なりに
痛みに耐える手段を探そうと頑張ってたねって。
そんな風に声をかけてあげたい。
あの頃の僕はうまくできませんでした。
人との距離も
寂しさの扱い方も
嫉妬との付き合い方も
自分の守り方も
何もかもがほんまに下手くそやった。
でも下手なりに一生懸命生きようとしてた。
誰かと笑ってた。
誰かにありがとうって言おうとしてた。
チャンスが欲しいって願ってた。
選ばれたいって祈ってた。
寂しさを埋めようとしてた。
そして朝を迎えて
どうにかこうにか生きようとしてた。
ならばったら
もう少しだけ
優しく見守ってあげてもいいのかもしれません。
あの頃の自分を好きになれなくてもいい。
正してやりたいっていう気持ちがあってもいい。
でも
全部全部あれが間違いやったって
気に捨てなくていい。
めっちゃ痛いやん。
もう飯したいやんとかって思ってもいい。
でも頑張ってたなって思ってあげたい。
よくわかんないけど
この第8話エピソード8の答えは
今のところそのくらいしか見つかってない気がします。
ここまで聞いてくださったリスナーのあなたにも聞いてみたいです。
あなたには会いたくない過去の自分がいますか?
昔のSNS
昔の日記
昔の恋愛
昔の失敗
昔の自意識
昔の寂しさ
思い出すだけで
うわ、やめてって
言いたくなる自分がいますか?
その自分は
ほんまにただ痛かっただけでしょうか?
それとも
その痛さの中で
なんとか生き延びようとしていた自分だったりしませんか?
無理に過去の自分を好きにならなくて大丈夫です。
許せなくても大丈夫です。
ただ、もし少しだけ見方を変えてあげられるなら
その黒歴史は
不器用に生きた自分の生存記録やったのかもしれません。
きれいにまとまってなくて大丈夫です。
これは感想なのか
愚痴なのか
ただのため息なのか
わからなくても大丈夫です。
だってこの番組は見てて結構なので
というわけで
今回はあの頃の自分に会いたくないという話をしてみました。
昔の日記を読むと
ほんまにほんまにしんどいです。
痛い
長い
重い
テンション怖い
でもその一つ一つには
誰かとつながっていたいって思う自分がおって
チャンスが欲しいって祈った自分がおって
選ばれたいって願ってる自分がおって
寂しさに耐える方法を探してる自分がおりました。
黒歴史は決したい過去ではなくて
不器用に生きた自分の生存記録かもしれません。
あの頃の自分に会いたくない
それでももし会えるのならこう言ってあげたいです。
痛かったね。
でも自分なりに痛みに耐える手段を探そうとして
頑張ってたね。
偉かったね。
リスナーへの問いかけと次回の予告
そしてこのエピソードを受けて
次回は幸せになれなかったんじゃなくて
というテーマで話してみたいと思います。
思ってたような生き方はできなかった。
幸せになれてないような気がする。
そんな風に感じてしまうことがあります。
でもほんまにそうなんでしょうか。
それとも自分が思ってた幸せとは
違う形のものを今少しずつ形成している途中なのか。
次回はそんな話を未定のまま考えてみたいと思います。
ここまで聞いてくださってありがとうございました。
そして最後に一つお知らせでございます。
先週はTikTokライブのイベントに参加していたため
未定で結構な配信を一週お休みさせていただきました。
事前にXではお知らせすることになったのですが
もしXをご覧いただいてなくて
番組の配信を待っていてくださった方がいらっしゃいましたら
本当に申し訳ございませんでした。
今後も他の活動や生活との兼ね合いで
時々突発的なお休みが発生してしまうということがあるかもしれません。
その際はXでお知らせをしながら
無理なくできるだけ長くこの番組を続けていきたいなと思っています。
そして実はTikTokライブでは
毎日夜20時、8時から配信をしています。
ここでは結構未定で結構では話さないような
スノーボックスというか最低な話をたくさんしています。
畑が違うので、耕す畑が違うので。
こちらでは皆さんと直接おしゃべりできる機会を設けておりますので
ポッドキャストとは少し違う私も見てみたいと思ってくださった方は
ぜひ気軽に遊びに来てください。
リンクは概要欄に置いておきます。
では今回のお相手はあなただけのゲイ友
東風邸ウルフでした。
さいちぇーん。
26:47

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