「幸せになれなかった」んじゃなくて、受け取れなかった
2026-06-30 24:09

「幸せになれなかった」んじゃなくて、受け取れなかった

「幸せになれなかった」と、ずっと思っていました。


パートナー、安定した仕事、十分な収入、実績、自信。
幸せになるための条件を増やしすぎて、ひとつでも空欄があれば、人生そのものを“不備”として差し戻していたのかもしれません。


けれど、誰かが誕生日を覚えてくれたこと。
私の作る唐揚げ弁当を楽しみに、一週間の仕事を頑張ってくれた人がいたこと。


大きな成功ではなくても、幸せは何度も届いていました。


それでも受け取れなかったのは、幸せだったと認めれば、いつか失った痛みまで本物になってしまうから。


幸せになれなかったんじゃなくて。
届いていたものを、幸せとして受け取れなかっただけなのかもしれません。


そして次回は、僕が一年間Podcastから離れた理由について。
愛していた場所から、なぜ自分で離れてしまったのかをお話しします。


TikTokLIVEでは毎日20時頃から生配信を実施しています。

Podcastよりだいぶ騒がしく、皆さんと直接おしゃべりしている東風亭ウルフ(あっちではおだまりウルフ♂)にも、ぜひ遊びに来てください。


番組への感想や、まだ言葉になっていない気持ちを募集しています。


きれいな文章でなくて大丈夫です。途中まででも、結論がなくても大丈夫。


未定のままで、結構です。


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サマリー

このエピソードでは、「幸せになれなかった」という思い込みに焦点を当て、人生における幸せの捉え方を探求します。話し手は、多くの条件を満たさないと幸せになれないと考えていましたが、誕生日を覚えていてくれたり、作った弁当を楽しみにしたりといった日常の小さな出来事の中に、すでに幸せが存在していたことに気づきます。幸せを受け取れなかったのは、それを認めると失った時の痛みが現実になることを恐れていたからだと語り、人生の「空欄」ばかりでなく、すでに書かれていることに目を向けることの大切さを説いています。また、ポッドキャストから離れた理由についても触れ、次回のエピソードで詳しく語られることが予告されています。

「幸せになれなかった」という思い込み
幸せになるためには必要な書類が多すぎる。 そんなふうに思ってました。
配偶者の有無。安定した勤務先。十分な収入。貯金。 人に認められるような実績。
親を安心させられているか。 信頼できる友人がいるか。
夢を叶えているか。 そして、自分自身を好きでいるか。
ぜーんぶ揃ってようやく申請できる。一つでも空欄があれば不備。 配偶者欄未記入。実績欄具体性に欠ける。
将来の見通しを確認できる資料が添付されていない。 自己肯定感の証明書が不足している。はい、差し戻し。
いやさ、誰がそんな厳しくせい言うたん。 しかも申請書を書いているのも僕。不備を見つけているのも僕。差し戻しをしているのも僕。
窓口も申請書もぜーんぶ同じ人間です。 めんどくさい役者でほんまに。
僕は自分で自分の人生に不備を見つけて何回も幸せとして受理することを拒んでいました。
だから長い間僕は幸せになれなかったというふうに思っていました。
でも本当にそうやったんでしょうか。 幸せになれなかったんじゃなくって。
今日はその言葉の続きを考えてみたいと思います。
過去の自分と生存記録
ハオー あなただけのゲートも東風邸ウルフです。
この番組未定で結構は恋愛家族孤独将来のこと 生きていく中でまだ答えの出ていないことや名前のないもやもやを少しずつ言葉にしていく
ポッドキャストです。 うまくまとまってなくて大丈夫結論が出てなくても大丈夫
未定のままで結構です。 前回はあの頃の自分に会いたくないという話をしました。
昔のミクシー日記を読み返し取ったら痛くて恥ずかしくて できれば消したい過去の中にもあの頃の自分が生き延びようとした跡が残っていました。
黒歴史は不器用やった自分の生存記録なんかも知れへん そんな話でした。
「何もない」という自己認識と現実
ではその不器用な僕が歩いてきた人生はほんまにずっと不幸やったんでしょうか 僕は長い間自分には何もない
何者にも慣れてない 幸せに慣れてない
そんなふうに思ってました でもほんまに何にもなかったんでしょうか
今日はそのあたりを未定のまま考えてみたいと思います 僕は自分には何もないというふうに思っていました
というよりかは今も若干そう思っている節があります だってパートナーはおらんし家庭も持ってない安定した会社員としての肩書きもなければ十分な貯金だって
ない人に誇れるような実績もなければ将来の保証だってないし 夢を叶えたという実感もない
つまり何者かに慣れたという感じもしてなくって幸せな人生の見本というのも未だに わかってないです
申請書を上から順番に確認していくと空欄ばかりが目につきます 配偶者空欄勤務先欄説明がやや複雑収入欄
できれば見られたくない実績欄何を書けばいいかわからへん 将来の予定見てい
番組名通りですね でも周りを見るとみんなの申請書は綺麗に埋まっているように見えるんです
結婚した人子供がおる人家を買った人仕事で成功している人 夢を叶えた人長く一緒に生きていけるような相手を見つけた人
だから僕はまだ幸せじゃないそんな風に思ってました パートナーができたら仕事が安定したらお金に余裕ができたら夢が叶った
誰かに認められたら もっと自分を好きになれたら
その時にようやく幸せと書いて提出してもいい それまでは申請資格なし
僕は未来の空欄が全て埋まるまで自分の現在を幸せとして認めてないんですね でも僕は自分の人生を見ていたのではなく
もしかすると申請書の空欄の項目だけを見ていたのかもしれません 実は空欄ではなくすでに書かれていることもありました
日常に隠された幸せの瞬間
誰かが僕の生まれた日を覚えていてくれたこと それは盛大な誕生日会とかではありません
高価なプレゼントをもらったわけでもありません でもただ
ウルフタン今日誕生日よね そんな風に言ってくれた人がいた
僕がこの世に生まれた日を僕以外の誰かの記憶の中に置いてもらえていた それだけで僕がここにいることを少し肯定してもらえているような気がしました
キッチンカーのお客様からもこんな言葉をいただいたことがあります このお店の唐揚げ弁当を楽しみにしながら1週間仕事を頑張っている
出勤予定在宅でもいいんですけどここのお弁当食べたいから私は毎週月曜日に 出社してるんです
そう話してくれました 僕にとってはいつも作っている唐揚げ弁当です
仕込みをして油の適温を測って揚げてご飯と一緒に容器に詰める 車内はクソほど暑いし油跳ねて火傷するし
発電機は時々急に機嫌悪なって動けへんくなるし 米はこっちの予想より早くなくなるし唐揚げ売るだけのに何で毎回ちょっとしたプチパニック
災害みたいなってのみたいなことは多々あります でもねその僕が作った弁当が誰かの1週間の中に大事な日として置かれていた
誰かが仕事を頑張る理由の隅っこに僕が作る唐揚げ弁当がおった 何者にも慣れていないと思っている僕が誰かの1日をほんの少しだけよくできていました
これは大きな成功じゃないです 大勢の人に知ってもらえるような実績でもないです
相変わらず幸せの申請書の受賞歴だとか社会的地位の欄には多分書けないでしょう でもその人が話してくれた言葉は確かに僕の人生に書かれています
幸せを受け取れなかった理由
これを幸せと呼ばずに何と呼べばいいんでしょうか 問題はね幸せな瞬間がなかったということじゃないんです
あったんですずっとあったんですすぐそばに でも僕は幸せを感じるたびに後から不備を見つけてたんですね
誰かが誕生日を覚えてくれていた でも一緒に祝ってくれるパートナーはおらん
お客様が唐揚げ弁当を楽しみにしてくれている でもそれは大きな成功じゃない
友達と笑って過ごした でも家に帰ったら一人ぼっち
何かを作り終えた でもその数字は大したことがない
こんな風に嬉しいことがあってもすぐに別の欄を確認するんです 美好欄ばっかり見てるんです
この項目は満たされてますけど他の項目に不備があるため 幸せとしては受理できません
何の原点方式やねんって 全部揃うまで一点も認めへん厳しすぎるやろって話を
僕は幸せになられへんかったんじゃなくって 届いていた幸せに自分で不備を見つけて何度も差し戻しをしていたのかもしれません
永遠に続かなければそれは本物ではない 人に説明できる形でなければそれは幸せではない
僕は幸せを感じるための条件を増やしすぎて 僕自身に幸せを受け取る許可を出していなかったんやと思います
僕は一度ポッドキャストから1年間ほど離れました 僕は自分で自分を不幸にしていたと思います
永遠に続かない愛と幸せ
その大きなきっかけの一つが 大切なパートナーとの別れでした
心の底から愛したとしてもいつか失う その愛はいつか消えてなくなる
大切に思ったとしても永遠に続くとは限らへん 人は変わる僕も変わる約束も変わる
昨日まで隣にいた人が明日も隣にいてくれる保証なんてない だったらなんで愛なんてこの世に存在するんやろ
いつか終わるものなら最初から始まらへん方がいいやん 失うって決まってるならもう誰とも生きていきたくない
そんな風に考えていました 僕が愛に求めていた絶対条件は永遠に続くことでした
途中で終わるのならばそれは不備 相手が変わってしまうのであればそれも不備
約束が守られないのであればそれだって不備 最後まで続くことのない愛は幸せとして受理できない
でも終わった愛っていうのは なかった愛存在しえなかった愛なんでしょうか
永遠に続かなかった時間というのは最初から偽物なんでしょうか その人と笑ったこと一緒にいると安心できたこと
この人と一生を共にしたいと思ったこと 愛されていると感じた瞬間
関係が終わったからといってそのすべてが嘘になるわけではありません 終わった愛はなかった愛ではない
不幸な時間と幸せな瞬間
僕はまだその言葉を完全には受け入れられていません 失った痛みは間違いなく本物です
パートナーに限らず友人に裏切られたというふうに感じた時も もう誰とも生きなくていいというふうに思った時も
全部その痛みは本物でした だからね無理に美しい学びへと帰る必要はない
そんな風に僕は思います ポッドキャストから離れていた1年間がめちゃくちゃ苦しかったことまで
実は幸せでした今思い返すとあれは幸せな1年でした みたいな風に塗り替えるつもりは一切ありません
不幸だと感じていた時間は本当に不幸な時間としてあったと思います でも不幸と感じていた時間の中にも
幸せだった瞬間はいくつもありました その2つは同時に存在していいと思います
幸せだった瞬間があるからといって その時の苦しみや痛みが嘘になるというわけではない
逆に苦しい1年やったからといってその1年の中にあった幸せまで消す必要はありません もしかすると僕は幸せを見ようとしていたのではなく
見ないようにしていたのかもしれません 僕は幸せやった
そう認めてしまえば その幸せを失った痛みまで認めなければいけないからです
この人と過ごした時間は幸せやった そう認めてしまうと
もうその時間に戻られへんっていうことが本当になっちゃう あの場所が好きやった
そう認めてしまえば その場所を失った寂しさも本間になる
誰かの言葉に救ってもらった それを認めてしまうと今はその言葉がもう届かない場所に来てしまったということも本間になる
でも今挙げたような全部を何も最初からなかったことにしてしまえば 失ったことさえなかったことにできるんです
最初から幸せじゃなかった 不幸だったって思えば幸せを失った時の自分と向き合わなくて済むんです
不幸でいる居続けるそれが僕自身を守る盾になってたのかもしれません でもそれは同時に幸せやった僕まで消してしまうことでもあるんです
僕は幸せにならなかったんじゃなくて 自分が幸せと認めるのが怖かったのかもしれません
幸せの通知と瞬間の感情
僕は幸せというものを人生全体に出される合格通知のように考えていました パートナーがいる仕事が安定しているお金がある
夢が叶っている過去の傷も癒えている はいあなたの人生は幸せですおめでとうございます
そんな通知がいつか届くと思ってた でもねけえへんねん 待っても待ってもいくど暮らせどけえへんねん
そりゃそうなんよ そんな通知そもそも誰も発想してないんやもん 幸せは人生の問題がすべて解決された状態ではないんやと思います
問題を抱えたままでもふと笑えた瞬間 不安が残ったままでも誰かの優しさに救われた瞬間
自信がないままでも自分の作ったものを楽しみにしてくれている人がいた瞬間 幸せは人生全体への判定ではない
ある瞬間に確かにそこにあった感情です 翌日にまた苦しくなったとしてもその関係が後で終わったとしても
人生を丸ごと救ってくれへんかったとしても その瞬間に嬉しかったのなら
幸せ と読んでいいのかもしれへん
「ないものを数えても仕方がない」という言葉
不幸やった1年の中に幸せだった10分間があってもいい それは矛盾じゃないどっちもほんまです
僕がもう一度ポッドキャストを始めようと思うきっかけになった言葉が一つあります それは
オーバーザサンでウィキッドについて話していた回の中で堀井さんがこんな風におっしゃっていました ないものを数えても仕方がない
その言葉は僕の心に深く深く残って刺さりました ないものを数えても仕方がない
めちゃくちゃシンプルな言葉です でも当時思い悩んでいた僕にとっては自分の人生の見方を変える魔法のような
言葉でした だって僕はずっと神聖書の空欄ばかりを指でなぞってどうにかしようとしてたからです
ここもかけてないこれも持ってないあの人は持ってるのに僕にはない でも堀井さんのその言葉を聞いて初めて
すでに書かれていることを見よう 手にしているものに目を向けようそんな風に思いました
誰かが僕の誕生日を覚えていてくれたこと 僕の唐揚げを楽しみにしてくれる人がいたこと
週1回の僕の声や思いを受け取るのを楽しみにしてくれる人がいたこと うまくいかへんくってもまた何かを生み出したい
作りたいそんな風に思っている自分がおったこと 僕は決して何も持っていなかったわけではありません
僕の人生には人に自慢できるような大きなことはなくてもすでに書けるような項目が たくさんありました
それは幸せになれなかったんじゃなくって 自分の思い描いてきた形理想と違うから幸せとして受理することができなかった
幸せになれなかったんじゃなくって 永遠に続かへんものを幸せと認めるのが怖かった
幸せになれなかったんじゃなくって 空欄ばかりを見てすでに書いてあるもの
手にしているものを見ようとしなかった この言葉は僕がもう一度ポッドキャスターへ戻るきっかけの一つになりました
ポッドキャストから離れた理由
でもこの言葉を聞いてすぐに収録を再開できたわけではありません 僕はおよそ1年間マイクの前から離れていました
それはね話したいことがなくなったわけではありませんでした 伝えたいこと言いたいことたくさんありました
怒ってた寂しかった傷ついてた それでも収録ボタンを押すということがなぜかできませんでした
今振り返ると僕はその頃パートナーとの関係だけではなく いろんな愛を失ったように感じていたんやと思います
愛した人愛していた場所 自分の言葉を受け取ってくれると信じていた誰か
そしてポッドキャストを作ることが好きだった自分 何かを大切にすればいつかそれを失う
そう思うようになっていました だったらもう近づかへん方がいい最初から何も持ってない方がいい
期待せんかったら誰にも裏切られることはない 愛なんて最初から持たなければ期待しなければ失うこともない
大切なものや大切な人から先に離れてしまえば 置いていかれるようなこともない
僕はポッドキャストが嫌いになって離れたわけではありませんでした もしかすると大切に思うからこそこれ以上傷つく前に自分から距離を取ったのかもしれません
ただそれだけが理由だったというふうに言えることでもないかなというふうに思って いるんです
リスナーへの問いかけとメッセージ
マイクの前に座ると僕はいつからか自分が何を話したいかよりも別のことを考える ようになっていました
でもね今回はこの話はここまでその話はまた次回にしようと思っています ここまで聞いてくださっているあなたにもぜひ聞いてみたいです
あなたは自分の人生の空欄ばかりに目を向けていませんか パートナー仕事お金実績家族居場所自信将来
自分にないものというのはとってもよく見えます ではあなたの申請書にすでに記入済みのものは何でしょうか
誰かが覚えていてくれたこと誰かが楽しみにしてくれたこと 何気なく交わした言葉
ほんの少し心が温かくなった瞬間 今日までどうにか生きてこられたこと
大きな成功でなくとも永遠に続くものでなかったとしても そしていつか失ってしまうものやったとしてもその瞬間に存在した幸せは幸せじゃなかったことには
絶対にならないです 今はねそんな風に思えなくても大丈夫です
僕と同じように空欄ばかりに目を向けてしまう日があったって大丈夫です だってねこの番組は見ていで結構なのでというわけで今回は幸せになれなかったんじゃなくって
という話をしてみました 僕は幸せになれなかったんじゃなくって幸せになるための条件を自分に貸し
すぎていたのかもしれません誰かが誕生日を覚えていてくれた 誰かが僕の作るからあげ弁当を楽しみにしてくれた
誰かが僕の話に耳を傾けてくれた 僕の人生にはすでに記入済みの項目がたくさんありました
でも僕は それでも空欄にばかり目を向けていました
こんな人に話されへん いつか失う
人生を変えられるほどの大きなことじゃない そういうて幸せとして受利することを自ら拒んでいました
そして手にした幸せを幸せと認めてしまえば いつかそれを失った時の痛みまで本物になってしまう
だから何もなかったことにして自分を守りたかったのかもしれません
幸せになられへんかったんじゃなくって すでに手にした幸せを幸せとして僕は自分のポケットにしまうことができなかった
空欄ばかりを見てすでに書かれている文字を読むことができなかった そして僕は自分の言葉にも同じように不備を見つけ続けました
次回予告と番組への誘い
話したいかどうかより数字になるかどうか 届いた一人より届かなかった人数
自分の言葉より求められていると感じた豆腐テイウルフという存在 そうやって自分の言葉を差し戻し続けた結果僕は収録ボタンを押せなくなりました
次回は 僕がポッドキャストから離れた理由
についてお話しします 話したいことはたくさんあったのになぜ話せなくなったのか
なぜポッドキャストから1年という長期間離れたのか そして離れていた僕がどうしてもう一度このマイクの前へ戻ってきたのか
次回はその1年間の話をします ここまで聞いてくださってありがとうございました
もし今回の話を聞いてまたこの番組聞いてみたいなと思ってくださった方は是非 フォローをお願いいたします
それではまた次回 あなただけの芸人も豆腐テイウルフでした
さいちーん
24:09

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