それでも心の反応も、体の反応も、エネルギーの反応も常に治癒、調和に向かっていくという動きがありますから、
この治るだけって思っておくことは、これから話す内容も受け入れていく中で大切なメッセージかなと思うんですね。
治癒の途中に、やっぱり一気に傷ついたところが傷がなくなって痛みがなくなるということはなかなかないですよね。
体のけがをしたときとかはとてもわかりやすく感じられると思うんですけど、
やっぱり傷が治るまでにちょっと痛みが何回か続いたり、ちょっと痒くなったり、
傷の形が変わっていってカサプタになったりして、時間が経ったときに治癒する、完全に治っていくということが起きるように、
やっぱり心のところも同じような過程というかプロセスというのがありますね。
治癒の途中に、未完了の悲しみとか感情、解決できなかった、自分なりに納得した状態で解決できなかったものがあると、
それが解決させようという、つまり全ては治癒に向かっていくわけですから、
解決させようというこの治癒の力によって、この怒りであったり悲しみというのが浮かんでくるんですね。
つまり思い出して悲しくなったり、怒ったりするというこの感情は決してネガティブだというふうに捉えることをしなくてもよくて、
治癒に向かっている治癒の力がそれを呼び起こさせて、完了させるために治すためにそちらに自分を導いているという、
そういうことと考えてみると良いのではないかと思うんですね。
そうすると今感じている悲しみとか怒りとか罪悪感、過去に起きたことに対するそういったことを思っている自分を、
全然前に進んでいない感じがしたり、全然傷が癒えない感じがしたりすると思うんですね。
けれども実はその悲しみとかこのもやもやした感覚が湧いてきているということ自体、治癒の力がそれを湧き上がらせている。
つまり私たち自身を治癒に導いている、調和に導いている証拠なんだということを一度自分自身にちょっと感じてみると、
また今感じている感覚が少し軽いものになっていくのではないかと思うんですね。
もう一つのメッセージなんですけど、完全に感知に向かっていく段階で何度も思い出すということがあります。
つまり自分の内にあるものを外側に出したことで、要は出ていく、なくなっていくという過程があるからですね。
何度も思い出すというのは、そういうものなんだなというふうにまずは思っていることは、ちょっとそうなった時に自分を楽にさせてくれるんだと思うんですね。
また思い出してしまったとか、何でこんなにぐるぐるするんだろうって自分を責めたり、そのことや対象を責めたりする必要がそんなになくなるから。
そういうことをまずやっていく途中にですね、思い出す時にするということはどういうことかということをきっとお知りになりたいんだと思うんですけど、
まずですね、何でって思うと思うんです。何でこんなことを言われなきゃいけないんだろうとか、何であんなことが起きたんだろうとか、
そういう悩みとか過去に起きたことの内容とか、その対象となる人を思い浮かべたりとか、そういう中身についていろいろ考えてしまうと思うんですね、思い出す時って。
何でって、この何でが出たら一回そこでストップするっていうのをですね、ちょっとトライしてみてほしいんですね。次からでいいです。
メモしとくといいかもしれない。もしも嫌なことを思い出して嫌な気持ちになって、何でっていう言葉が心の中で悩みに対して浮かんできたら、
それ以上そこから先に行かないようにストップする。自分に一回ストップっていう感じでやってみてくださいね。
これはどういうことかというとですね、やっぱり中身について、起きたことも過去のことなんですけど、
だとしてもその過去のことでも今自分の中で傷ついたとか、あれが嫌だったなとか、こうなればよかったのにって思うということは、
ある意味、傷を傷つけてしまうという行為、傷に集中するというか、治ることに集中するのと真逆の力ですね。
傷をちょっとひどくさせていくっていうところに勢いをつけてしまうような、そんな力があるんですね。
だからここでやりすぎちゃうと、せっかく治ってた傷がまた深くなっちゃうので、一回ここでなんでとストップします。
例えば掃除しているときにね、ほこりってあるじゃないですか。でもお掃除しているときは、ほこりがもともと何のゴミだったのか、何がほこりになったのか、
なんでほこりになったのかって考えないですよね。
ああ、ほこりができたな、ちょっとしばらく時間が経ったし掃除してから仕方がないな、みたいな感覚で、ただただ掃除をしてきれいにしていくと思うんですね。
この感覚ってすごく大切で、心の中にもですね、やっぱりもともとそれがどんなにきれいな思い出だったり、
いろんなことが乗り越えたりして大変だったことだとしてもですね、過去のことっていうのはもう現実には生き得ないものなので、やっぱり劣化していくんですね。
つまり劣化していくっていうのは、形がどんどんなくなって消化して光に帰っていくっていうことなんですけど、
その過程でほこりのようにポロポロっと出てくることがあるんですね、自分の中に溜まってたものとか未完了のものが。
なので、これは心のほこりだというふうに見なしてですね、ちょっと悩んでいる中身とか、具体的にどうだったっていうことではなく、ただ不快だなっていう感覚だったり、ちょっともやもやするなぐらいの大まかな表現に変えてですね、
あ、私は今この不快な感じがいらない、嫌だな、みたいな感じでですね、この不快さを自分の心の中からキュッと取って、もう痛い痛いの飛んでけーっていう感じでポイってするんですね。
これ意識の中でやってもいいし、紙に書いて実際にポイってしてもいいと思います。そしてもうゴミに捨てるみたいな。
このなんかね、おもちゃみたいなっていうかゲームみたいなことだから本当に効くのって思うかもしれないんですけど、これはね、とてもよく効きますし、心の調和であったり治癒のプロセスをすごく助ける行為でもあるので、ぜひやってみてくださいね。
あとはね、自分がどうこうとかよりも、結構疲れてる時とか頑張りすぎてる時っていうのは、東洋医学とかでも胸に気がたまるというかね、熱がたまるというか、なんかそんなことが起きやすいのかなって感じるんですね。
私自身もね、そういうふうに感じる過去のことを何か思い出して、もやもやしてしまうみたいな。一回クリアにしてもう全部消化したことなのに、そういうことがあるんですね。
でも大抵そういう時、自分自身をいろんな視点から観察してみるとですね、やっぱり体の状態、気の状態が胸に溜まっている、気の滞りみたいな、気体って言いますけども、気の滞りみたいなのが胸の方に溜まっている時、上がってきてるというかね、時にそういうふうになりやすいんだなというふうに感じたんです。
だからね、胸の気が詰まってたり滞ってたりすると、過去に目が行く、ちょっとくよくよしちゃうみたいな、そういう体の状態がそうさせているっていうことがありますね。
なので、ちょっと頑張りすぎている時は特にそう、ふっと力を抜いた夜の時間とかに、それが出てくるというか、ぎゅーっと抑え込んでたものが胸にクーッと上がってくるみたいな感じで、気がグッときて、そこにいっぱい溜まりすぎちゃうと、やっぱり気の渋滞が起きちゃうから、
そうすると結局、ちょっと過去に目が行ったり、くよくよしたり、落ち込んだりするみたいなことが起きます。だから、そんなに実は自分は問題がなくて、胸の気が詰まっているだけかもしれない。