コミュニケーションの誤解
miozuma.fmはイントレとパスタが好きな クラウドエンジニアが仕事と仕事気づきに
効いて話しているソロポットキャストです。
はい、電話、こんにちは、miozuma通りです。
ということで、今回は何を話すかというと、コミュニケーションしない、繋がったりしないという話をしたくて、
これ、成田裕介さんという、個人的に追っている、割と炎上することとかも多い。
一応、本職は大学教授、イエル大学の教授をされている方がいて、この人が動画で言ってたことなんですけど、
なんか、コミュニケーションする大切さとか、繋がったりする大切さってすごい、
ご殺婚、叫ばれることも多いし、実際そうなってると思うんですよね。
逆に繋がり方というか、常時接続が当たり前になったりとかしてて、
自分がSNSを得意じゃない部分もそこにあるんですけど、
極論言ってしまえば友達が少ないってところなんですけど、
繋がったりしないことの方が結構いいんじゃないっていう気がしていて、
というのも、成田さんの言葉を借りると、コミュニケーションとかって結構誤解を埋め元だと思うんですよね。
100%の理解とか、基本的に難しいなと思っていて。
で、僕が好きなアニメ、アニメって言っていいのかな。
映画に、イノセンスっていう攻殻機動隊のゴースト・インド・セルカ、2作目みたいなものがあって、
その中で原町課長っていう、イノセンスの説明をした方がいい。
違う、攻殻機動隊の説明をした方がいいな。
えーと、何だろう。何て言えばいいかな。
攻殻機動隊の説明、むず。
うーん、何だろうな。
ギャルとしてはSFなんですけど、攻殻機動隊等で検索しよう。
何だろうな。結構、未来の話でサイバーパンクを、
感じで、犯罪とかテロに立ち向かう組織があって、それが旧化って言われるところなんですけど、公安旧化っていうところが
テロとかに立ち向かう物語なんですが、その中で、
それはどういうふうに言うか、一応、慣れてないですね、ホットキャストにね。
運命の下手。
原町課長っていう、公安旧化を取りまとめているおじいちゃんみたいな、偉いおじいちゃんみたいな人がいるんですけど、
その人が、理解だと。
理解なんていうものは、概ね願望に基づくものだと。
いうセリフがあっていて、まあ確かになと。
結構理解って、主観的なことが多くて、分かり合ったよね、みたいなことが、でもこう、分かるってじゃあ何?みたいな話もなるし、
その、何だろうな、記述ができないというか、数式みたいなものとか、物理法則みたいなものに落とし込めるものでないと思うんで、
もしかしたらシナプス的な感じでは分かっているのかもしれないですけど、ちょっとその辺からしないでおいておくと、
分かったよねーとか、理解できたよね、友達だよねーみたいな、分かり合ったみたいなことが、
現実世界ではかなりレア。基本的にそれは誤解なんだな、なんじゃないかなと思っていて、
それを代表する話が、「こんにゃく門道」っていう古典楽道の名作があるんですけど、
その中にこんにゃく屋の主人がいて、この人が、空き寺?寺がなんか、
その主人がいなくて、和尚さんがいなくて、その人にバケてというか、
その人の不利をして、こんにゃく屋はこの寺の主人の代わりをする、和尚さんの代わりをするっていうので、
そこになんか修行僧みたいな人がやってきて、「禅門道」っていうのをその主人に挑むんですよね。お寺の主人、こんにゃくの主人に。
挑んで、当然こんにゃく屋なんで、お寺のこととかわかんないじゃないですか、禅のこととか、何それみたいな感じなんですけど、
そのこんにゃく屋の主人は、言葉で返すんじゃなくて、意味ありげな手をひらひらさせたりとか、考え込んだりみたいな。
指で1位とか3位とか表しながら、意味ありげな回答をして、ひらりひらりと禅門道を交わすんですよね。
ということはこういうことですか?みたいなのを聞かれても、よくわからない動きをして。
それを繰り返すと、最後にその修行僧、質問してた修行僧が、「参りました。」と言って去っていくんですよね。
当然、こんにゃく屋の天主にはそんな意図はなくて、僧侶が勝手にユーモアがあるというか、
その言葉とか、その行動とか、手振りには意味があるみたいなのを勝手に感じ取って、
負けましたと言って、徳島したと言って帰っていくっていうエピソードなんですけど、
それがそのコミュニケーションの本質なんじゃないかなと、自分的には思っていて。
全く噛み合わないと、みたいなのが前提としてあるんじゃないかなって思っていて。
確かにバックグラウンドとか、あの時同じ場所にいたよねとか、同じ組織に所属してたよねとか、同じ学校だったよねみたいなのって、
話のはずむ理由のひとつではあると思うんですけど、それだけでコミュニケーションしたりとか繋がったみたいな、
コミュニケーションが取れたみたいな、できたみたいなのは、ありかしこう、誤解なんじゃないかなと思っていて。
なので、成田さんの結論的には、コミュニケーションとか繋がったりとかせずに、
各々自分の仕事をしようと、こんなところに来てればいいじゃない、みたいなカンファレンスで言っちゃうんですけど、
繋がりの価値
そこらへんのニヒルの感じを、ニヒルというか、何だろうな、気合っぽい感じが結構好きなんですけど。
ということで、わりかし僕はこの考えに納得しているというか、はざ感覚でなんで、これをロジカルに説明もできないし、
そんなことないって言う人もいると思うんですけど、結構反省しちゃうかなーって感じですね。
なので、何だろうな、どっかに書いてあったのが、分かるとは分かり合えないということが分かったみたいな言葉っていうので、
差分を意識できたみたいなのが、わりかし理解とかコミュニケーションに近いんじゃないかなと思っていて。
100%同じ人間みたいなのいないじゃないですか、自分と。 なので、何か差異というかジャップが分かったよねっていうのが、
ジャップが明らかになったっていうのが、ある種分かったとか、そういうのに近いんじゃないかなと思います。
で、後半の繋がったりしない。 コミュニケーションしない、繋がったりしないの。繋がったりしないの方が結構
自分の中ではかなり強く思っていて、コミュニケーションした方がいいと思うんですけど、取れたりしていけないんで。
繋がったりしないというのは、結構アグリというか同意できてるなと思っていて、
何でしたっけ、PDRだったりとか、 ちょっとTikTokとかやったことがないんで分かんないんですけど、
PDRってあれですよね、2分以内に答える。 写真を撮って送るみたいなやつですよね。
全くわからないんで今検索してるんですが、1日1回ランダムに届く通知から2日以内に加工なしのリアルな日常写真を投稿するSNSアプリと、
もらわない場合を重視し、愛の王の姿を伝わして共有するZ時代を中心に人気を集めていました。
ということで、リアルタイム性がすごい高いと思うんですよね、2分以内みたいなところで。
SNSの影響とコミュニケーション
これこそまさに繋がりすぎてるなと思うことで、 そんなに繋がってていいことあるのかみたいな。
同時接続性というか、動機性って言ってもいいと思うんですけど、そういうのが強すぎることに、何か意味ってあったんだっけっていうのを結構考えちゃうタイプですね。
LINEとかはそういう感じじゃないと思うんですけど、テキストコミュニケーションだし、いい動機なんで、それは別にLINEがない世界というのも考えられないと思うんで。
ということで、ビリリアルとか、インスタもそうなのか、インスタは違うか、あれは24時間のストーリーに価値があるって感じですもんね。
ただただ、いわゆるプロダクトというかアプリ像の粘着性、スティッキネスを高めようとすると、いかにより人を中毒にしてというか快楽物質を出させるようにして、
最近読んだ本で行動刺激っていう言葉があったんですけど、行動を繰り返させるようなフィードバックを与えていくかみたいなっていうのをわざと設計してると思うんですよ。
わざとというか、うまく設計してると思うんで、こういうのにあんまり苦味したくないというか、もっかりたくないなっていうのをめちゃくちゃ思いますね。
なんかTikTokとかVRとか言ったことないんですけど、どうなんだっけ、ちょっとファイルにうとすぎて、出てくる番号が貧弱すぎるんですが、そういうのは死んでもやらないかなと思いますね。
インスタはなんか一応こう、自分が発信する?発信するというか、ただリンクを丸まいてるだけなんですけど、そのために一応使わざるを得ないというか、
基本的にインスタも何が面白いかわからないんで。 だってなんか、その人が何してたかとか、全部出るわけじゃないですけど、ストーリーなり投稿なりがあるわけじゃないですか。
ちょっと暑くなったんで。後ろで歌詞付きの音が走ったらしいんですよ。話を戻すと。
その人が何をしてたかとか、どこにいるかみたいな、どういう体験をしたかみたいなのがわかっちゃうのが結構もったいないなと思って。
僕、友達少ないんですけど、たまに会って何してたのとか、最近どうなのみたいなのが、会話って結構面白いじゃないですか。
こういうことをしてとか、どこどこに行ってとか、そういえばなんか、あいつと会ってきたよみたいなのって、結構楽しい会話というか。
花が咲くことが多いと思うんで。 それがなんか事前にわかっちゃってるのって。
なんだろうな。 映画のネタバレを食らってるみたいな感じなんですよ。自分からすると。それ知っちゃったらもう面白くないじゃんというか。
だってなんか、その会話があるかどうかわかんないですけど、そのインスタストーリーとかをすでに見てて、そういえばああいうことしてたよねみたいなのから会話始まるの気持ち悪くないですか。
始まらなくてもいいけど途中で、なんかそういえばどこどこ行ってたよね、なんかインスタで見たみたいな。
それがなんか、自分にはよくわからないというか、不自然さをすごい感じちゃうんで。
基本的にはやっぱり人類にSNSは早かったという話ですね。
TwitterとかYoutubeとか、オニタリとかしてると、ロムセンというか、必要な情報を入手するだけの場なんですけど。
Twitter、あるいはSNSがないんですよね。拡張機能とか入れるとオススメ欄とか一切ここ出ないようにしてるんですが、そういうぐらいの使い方だったらまだいいかなとは思うんですけど。
やっぱりこう、人類にSNSは早いなということで。
なんか紹介された本もあったな。一応Kindleには入ってるんだけど。
ソーシャルメディアプリズムか。SNSはなぜ人を過激にするのかという本が、誰だっけな。三宅さんだったかな。
払えてるとなぜ本が読めなくなるのか。三宅さんがオススメしてて、一応Kindleに入ってるんで、読みたいと思います。
読みたいと思いますって何のせいに言うの。
なんか最初、序盤だけの感じ面白そうな感じだったんで、もし興味があればという形ですね。
はい、ということで。何の話だったんだ。コミュニケーション次第繋がったりしない。
人類とSNSの関係
来年じゃない気がする。今回の話はSNSは人類にとって早かったという話ですね。
なので基本的にみんなTwitterもインスタも何もかもやらない方がいいと。
DDRとか持ってるのかだということを表明して、この活動を終わりにしたいなと思います。
それではまた次回お会いしましょう。