事業は人なり。次に私が特に事業を営む方々、あるいは何かしらの組織を導く立場にある方々に、絶対に、絶対に忘れないでいただきたい、そして常にその経営の根幹に据えて使っていただきたい言葉、それは、事業は人なり、ということでございます。
かつてある方から、「松下電機は何を作る会社ですか?」と、こう尋ねられたことがありました。その時、私は少しもためらうことなく、こうお答えしたんです。
松下電機は、まず何よりも先に人を作るところでございます。そして、その結果として合わせて電気製品も作っております、と。この言葉に私の経営哲学の、そして人生哲学の全てが凝縮されていると言っても過言ではありません。
工場を建て、機械を揃え、立派な製品を作ったとしても、それだけでは事業は成り立ちません。それを動かし、考え、そして改善していくのはすべて人なんです。
製品やサービスを生み出す以前に、まずそこで働く人間一人一人を人間として尊重し、その無限の可能性を信じ、そして一人の立派な社会人として、また一人の幸福な人間として成長させること、それこそが企業の、そして経営者の最も重要で、そして最も尊い使命であると、私は堅く堅く信じております。
そして成長しない人を持つ事業は、たとえ一時的に成功したように見えても、決して永続するものではないと、私は断言いたします。
人材の育成、人間性の育成こそが、すべての事業経営の揺るぎない根幹でなければなりません。
この事業は人なりという思想は、もしかしたら皆様が生きる時代における、人的資本経営などという新しい言葉の考え方を何十年も前に先取りするものだったのかもしれませんが、
社員一人一人の無限の可能性を信じ、その成長を心から願い、そしてその成長こそが企業の継続的な、そして真の発展に不可欠であるという認識、
これは私がデッチ暴行から身を起こし、多くの人々と共に働き、そして多くの失敗と成功を経験する中で骨身に染みて学んだ、動かしがたい真実なのでございます。
人は石垣、人は城。どれだけ立派な城を築いても、それを支える石垣、すなわち、しっかりしていなければたちまち崩れ去ってしまいます。
私は部下を育成する際の上司の役割として、任せて任さず、という一見矛盾するような、しかし絶妙なバランスを解いてまいりました。
これは部下に大胆に権限を依頂し、責任ある仕事を与えることで、その自主性と能力を引き出しつつも決して丸投げするのではなく、
常に温かい関心を持ち続け、必要な時には適切な助言を与え、そして最終的な責任は上司が取るという深い信頼と愛情に基づいた指導の在り方です。
人は信頼され、任されてこそ、その期待に応えようと奮起し、持てる以上の力を発揮するものです。
しかし、同時に困った時には必ず助けてくれるという安心感がなければ、思い切った挑戦はできません。
このバランスこそが、人を育て、組織を強くするのです。
これは、現代のいわゆるOJTやコーチングといった人材育成の手法にも深く通じる考え方ではないでしょうか。
さらに、私は人が育つための3つの大切な条件として、その人の能力を少し超えるような挑戦的でやりがいのある良い仕事を与えること、
先輩や同僚、時には後輩からも互いに謙虚に学び合えるような学びの環境を意識的に整えること、
上司が一方的に教え込むのではなく、部下自らが仕事を通して、あるいは失敗を通して、はっと気づきを得るような気づきの仕掛けを上手に作ってあげること、を挙げております。
人は楽な仕事ばかりでは成長しません。少し背伸びをして苦労をして、乗り越えた経験こそが自信となり、知育となるんです。
そして、互いに切磋琢磨し、教え合い、学び合える仲間と環境が、その成長を加速させます。
そして、何より自ら気づくこと。これこそが本当の意味での学びであり、成長なんです。
これらは、現代のあらゆる組織における人材開発においても、非常に示唆に富み、普遍的な原則であると、私は信じております。
皆様、どうかこの、「事業は人なり」という言葉を、ただの美しいスローガンとしてではなく、日々の具体的な行動指針としてお使いいただきたい。
リーダーたる者は、まず、自らが率先して仕事への情熱、人間への愛情を示し、そして、部下一人ひとりのまだ見ぬ強みや可能性を見出し、それを信じ、そして大胆に権限を偉上する。
画一的、そして肩にはまった仕事の与え方をするのではなく、個々の才能の独自性を最大限に見出し、そしてそれを存分に生かすような輝ける機会を提供すること、それこそが人の、そして組織の無限の成長を促す上で、何よりも不可欠なんです。
そして、この、「事業は人なり。」という言葉は、単に自社の従業員を大切にするという範囲に止まるものでは決してありません。
これは、我が社の製品を買ってくれるお客様、我が社に材料を供給してくださる取引先の方々、そして、我が社が存在する地域社会の人々といった、その事業に関わるありとあらゆるすべての人々を人間として深く尊重し、その幸福を心から願う人間大事の広くて温かい精神へと自然と繋がっていくのでございます。
そして、その先にこそ、「企業は社会の功績である。」という、私が生涯を通じて目指した経営の究極の理想が実現されぬのであります。
つまり、事業は人なりとは、人間というこの世で最も重要で、そして最も尊い資源を最大限に生み、そして生かすことを通じて、企業は社会的存在としてその重大な責任を果たしていくための具体的で、そして実践的な方法論なのでございます。