知恵の集中の重要性
集中を集める。さらに私が成し遂げる上で、極めて重要であると確信し、皆様にも是非使っていただきたい、と願う言葉。
それは、集中を集めなさい、ということであります。
人の知恵には限りがある。どんな優れた人間でも、全てを知り、全てを正しく判断することはできません。
しかし、多くの人々の知恵を集めれば、それは無限の力となるんです。
三人よれば、文殊の知恵と申しますが、まさにその通りです。
私は、松下電機の経営において、常に一人よりも二人、二人よりも三人、できるだけ多くの人から、できるだけ多くの話を謙虚に聞こう、という姿勢を生涯貫いてまいりました。
これは、私自身が決して特別な才能や万能の知識を持った人間ではないという、自分自身の限界を素直に認めていたからに他なりません。
むしろ、学歴がないことを、ある意味で強みとさえ考えておりました。
知っているとついつい固執してしまう。知らないからこそ、人の話を素直に聞ける。
そして、それと同時に身分や役職、年齢や経験に関わらず、すべての人々がそれぞれにかけがえのない貴重な知見や斬新なアイデア、そして独自の経験を持っているのだということを、心の底から深く信じていたからであります。
現場で働く社員の声、お客様の声、時には子どもの素朴な疑問の中にさえ、経営を左右するような大切なヒントが隠されていることがあるんです。
リーダーのあるいは経営者の最も重要な役割は、すべての答えを自分一人の頭で独断的に出すことではありません。
それでは必ずどこかで大きな過ちを起こします。
ではなく、まず組織全体が進むべき明確な方向性や到達すべき高い理想、すなわちビジョンを力強く、そしてわかりやすく示した上で、
後のそれを実現するための具体的な方法や細かな知恵については、
みなにそれぞれの立場で、自由に、そして責任を持って考えてもらえばいいと、
そういう度量の大きさ、そして信頼に満ちた態度で、多くの人々の多彩な、多様な知恵、すなわち集中を最大限に引き出し、
そしてそれを懸命に結集する、そういう環境を意識的に、そして辛抱強く整えることにあるのだと私は考えております。
松下電機の水道哲学という理念も、私一人が考え出したものではありません。
多くの社員と語り合う中で、みなの願いが集結して生まれたものなんです。
リーダーシップの在り方
この集中を集めるという考え方は、変化が激しく、そして複雑性が増す現代社会においてこそ、
その重要性をより一層高めているのではないでしょうか。
かつてのように、一人のカリスマ的なリーダーが全ての判断を下し、組織を力強く引っ張っていくという時代は、もはや終わりを告げました。
多様な価値観が複雑に工作し、そして昨日までの常識が、今日にはもう通用しなくなるかもしれない。
そういう予測困難な変化が日常的に、そして容赦なく頻発する時代においては、
一人のリーダーや、あるいは一部の限られた専門家だけの知識や経験では、
到底対応しきれない複雑で、そして未曾有の課題が次から次へと生まれてきています。
このような時代にあってこそ、組織の内外を問わず、
様々な立場の人々から率直な意見や斬新なアイディアを積極的に吸い上げ、
そしてそれらを多学的に、そして深く検討することで、
意思決定そのものの質を高め、そして創造的でより効果的な解決策を共に見つけ出していくことが、
何よりも可能となるんです。
おのずとこのプロセスは、社員一人一人の仕事への主体性や、
組織への参画意識を飛躍的に高め、
結果として組織全体の目に見えない活力、エネルギーを大きく、
そして持続的に向上させることにもつながるという素晴らしい副産物さえもたらすんです。
これは皆様がよく耳にする、現代のいわゆるオープンイノベーションや、
あるいは競争型アプローチといった新しい概念とも深く深く通じるものがあると私は思います。
この集中を集めるという私からの3番目の言葉を、
皆様がご自身の家庭や職場、あるいは地域社会といったあらゆる共同体の中で意識して使っていただくためには、
まずリーダーたる者が、部下やあるいは異なる意見を持つ人々の言葉を最後まで丁寧に、
そして共感を持って引き出す、いわゆるコーチング的な、あるいはカウンセリング的なコミュニケーション能力を日々磨くことが求められます。
ただ意見を言えというだけでは本当の声は聞こえてきません。
相手が安心して話せる雰囲気を作り、その言葉の奥にある親友を汲み取ろうとする努力が必要です。
そして何よりも松下幸之助が口を酸っぱくして言い続けた、役職や立場など一切関係なく、
物を自由に、そして安心して言えるようにしなければいけませんよ、という言葉があるように、
組織の隅々まで、誰もがどんな些細なことであっても、あるいはどんなに反対意見であっても、
安心してそして率直に意見を発信できる、そういう心理的安全性の高い風通しの良い組織風土を意識的に、
そして粘り強く醸成していくことが何よりも不可欠なのであります。
そして効果的に周知を集めるためには、単に意見を収集するための形式的な仕組みや会議を設けるだけでは全く不十分です。
詰められた時には耳の痛い、あるいは自分自身の考えとは全く異なる多様な意見に対しても、
決して感情的になったり、あるいは権力で抑えつけたりすることなく、
真摯に、そして虚心淡快に耳を傾け、その本質を深く検討するリーダー自身の、
曇りない素直な心が何よりも、そして絶対的に不可欠であるということをどうかどうぞ忘れないでいただきたい。
成功への道
いかなる潜入観的な偏見、あるいは過去の成功体験にあぐらをかくことなく、
他者の貴重な知見や斬新なアイデアを素直な心で受け入れる。
その大きな度量がなければ、周知を集めるというこの尊い行いは、
境外的なそして意味のないものに終わり、その本来の偉大な効果は決して決して得られないのであります。
この意味で私が最初に申し上げた素直な心を持つことこそが、
この周知を集めるための最も重要な、そして全ての前提条件ともいえるのです。
結び
さあ皆様、私が今日皆様に心から使っていただきたいと願う人生を、
そして事業を真に豊かで、そして成功へと導くためのいくつかの言葉についてお話ししてまいりました。
素直な心を持ちなさい。事業は火となり、周知を集めなさい。
そしてその根底に流れる水道哲学や火に新たの精神、
これらは私が94年の長い長い人生と70年以上にも渡る厳しい厳しい事業経営の実践を通して、
まさに血と汗と涙の中からつかみ取った我が生涯の、そして我が魂の逸らざる結論ともいえるべき普遍的な真理なのであります。
私はこれらの言葉に導かれ、助けられ、そして励まされて今日まで歩んでまいりました。
どうかこれらの言葉を単なる美しいお題目として、
あるいはどこかの偉い人が言った自分とは関係のない遠い世界の言葉として聞き流すことのないように、
そうではなく、今日この瞬間から皆様自身の日々の具体的な生活の中で、
そしてお仕事のあらゆる氾濫と行動の中で、
意識して、そして勇気を持ってこれらの言葉を実際に使ってみてください。
素直な心で世界を見つめ、人を信じ、人を育て、そして皆の知恵を借りて、
世のため人のために尽くす、それは決して特別なことではありません。
むしろ人間として最も当たり前で、最も尊い生き方だと私は信じております。
そうすれば私がそうであったように、
必ずや皆様の人生もまたこれまでとは比較にならないほど深く広く、
そして何よりも心から揺るぎのない満足感と、
真の幸福感に満ちあふれた光り輝くものへと大きく力強く肯定していくことを、
この私、松下幸之助が我が全存在を懸けて絶対の自信を持って保証いたしますぞ。
皆様の輝かしい未来を心よりお祈り申し上げます。
