00:06
こんばんは、港町レイドへようこそ。つるたです。むらたです。
この番組は、荒沢になって生まれ故郷の横浜に帰ってきた二人が、アルコールを片手に浜田んぎや趣味の話に花を咲かせるレイディオです。
はい、今回もベイスターズの歴史について話していきたいと思います。ということで、今日のお酒は、今日はさっき浜田さんが買ってきました、ベイスターズエールです。
そして、むらたくんは、ベイスターズビールのホワイト。ホワイト。
ホームランってさ、600円出すんだよ。
そう、850円だっけね、あれが。
そう、えーとね、これ800円。ちょっといいやつが850円。
900円だった気がする。
あ、そうか。
そうね、あそこのスタジアムの外で売ってるところで800円かなと思ったら、ホームラン。
ホームラン割りすごいね。嬉しい、めちゃくちゃ嬉しいわ。
ホームランに感謝。
感謝。
乾杯。
乾杯。
うまい。
うまいね。
ホワイトね、結構好きなんよ。
あ、そうなんだ。ホワイトあんま飲んだことないな。
あ、ほんと?
ホワイトビールだけ?
白系あんま飲まないんだよね、僕。
でも好きだから。
うん。
じゃあじゃあ、ちょっとテンション上がってますけど、あの、暗黒期にね、今日は。
暗黒期。
前回98年の優勝からの続きということで。
あの、大魔神佐々木のあのくだりだよね。
あー、そうそうそうそう。
よく覚えてるよ。
38年後にまた会いましょうってふざけていっちゃったやつの続きからやっていこうと思いますと。
そうだね、若干こう事黙っているんだなみたいなことを何言いかけてる可能性があるけど。
まあまあまあ。
頑張るべしです。
うん。
ということで、えっとまあ98年から優勝の後、暗黒期に突入していくんですけど。
うん。
まず暗黒期とは。
うん。
一般的に2002年から2015年の14年間ぐらい。
うん。
主に親会社が。
うん。
これから詳細は言ってくるけど、アルファ・ニッチロウだったよね。
そうだね。
からTBSに変わって。
TBSだった時期なんだね。
そうなんですよ。
で、TBSから今のDNAに変わって今のベースサイズになっていくまでの14年間を暗黒期と一般的に呼ばれてます。
それもうTBSじゃん。
あのね、DBSの10年と変わってからDNAが戻っていくまでの4年間。
14年間なんで。
はいはいはいはい。
一般的には今TBSって言った通り、DNAはその4年の期間を持って立ち直したみたいな感じなので、暗黒期はTBSじゃないと言われてる感じでございますと。
そうなんだ。
まず定量的な実績とか結果だけを伝えていくと、14年のうち10回再開。
1年に1回順位が出てるってことね。
14シーズンのうち10回再開。
残りの4回はもう5位5位4位3位という唯一Aクラスって言われる1位から3位の。
3位が1回だけあった時代が暗黒期なんだ。
03:04
10回再開だったんだね。
10回再開はすごいね。
最長で5年連続再開っていう風に続いたことがあって。
2008年に小学校1年生になったベイスターズのキッズがいたとしたら、小5までずっと再開みたいな。
6年生の2013年で5位みたいな。
やっと。
確実にファンじゃなくなってるか、いじめられてるか。
いじめないけどさ。
ずっと再開であらわす。
お前弱いなみたいな。
そうそう。
辛い小学生人生を送ってきたぐらいな。
小学生の人生決めちゃってるじゃん。
ハマスタの年間入場者数ね。
前の回で230万人ぐらいで3位だったのが、98年に入場した時は185万人ぐらいいたのよ。
それが暗黒期の中の2005年とかだと97万人で約半分ぐらい。
半分ぐらいファンが消えたんだ。
このタイミング。
98回かかると。
2000年くらいのときは、村田くんが中学、高校と大和の坂を登って、成功学院に通ってた時期もほぼ暗黒期でした。
目もくれてなかった、当時。
村田くんが大学受験を合格して、初めて入学試験のときも、初めて青葉大で一人暮らしのときも再開。
長さ。
長さが青葉大じゃない。
長さね。
就職活動して、入社したときも暗黒期。
新卒で入社して、村田くんと僕が出会って、結局富岡?農圏内?みたいな。
夏祭りも暗黒期ですね。
全部暗黒期だった。
つまり、村田くんの青春時代は全て暗黒期だったの。
ベイスターさん。
距離を置いてたから。
そう。
距離を置こうかって話をしてたから。
そうだよ。僕らの青春時代は暗黒期だったのね。
だから、やっぱり知らなかったんだよ。
そうなんですよ。ベイスターズファンにはTBS時代の記憶がごっそり抜け落ちてる人も結構多いらしい。
抜いてるんだろうね。
言ってないが、全然覚えてない。
知らないみたいな。
抜いてるらしいよ。
場合によっては、負けまくった歳とかは、ニュースでさ、スポーツのコーナーですとかってさ、
野球のジュニアはこれでとかでやんじゃん。
そこにさえ、もう出ない。
出ないとか?
距離が空きすぎて。
なるほどね。
そこにさえ上がらず、もう5チームしかなんか、画面上に出てこない。
それ、まずいんじゃない?それは。
そういう時も。
報道上。
それもあって、なんかもう、セリーグじゃなくて、ベリーグみたいな。
で、ベリーグ一中だけ戦ってるみたいな感じで、めっちゃ馬鹿にされてたっていう時もあった。
暗黒だな。
06:00
オリジナルのセパベってことじゃない?
そうそう。
セリーグ、パリーグ、ベリーグ。
なんで暗黒きちゃったのかみたいな話なんだけど、
よく一般的には、TBSの球団経営がクソだったと言われてるんだけど、
港町リードとしては、せっかくいろんな本とかも読んでるんで、もうちょっと深掘って考えてみたいと思ってまして、
本当にそうなのかとか、そうならなんでそんなクソなことをやってしまったのかみたいなことを考えていきたいんだけど、
ざっくり言うと、マルハーの経営の末期とか、TBSの時代とかで、
ベイスターズのチームの文化というか、
必須にあんまり入れない人事の選択とかしちゃってるシーンがちょくちょくあるのね。
ベイスターズの文化はどんなのかとか、
どういう気質のチームなんだっけっていうのを、一旦そこから学んでみたいと思う。
大事よ。
そこがすごい大事じゃん。そもそもどういうチームなのか。
そもそもモットーとかカクンみたいなやつだよね。
そこを選ぶ、理解するのがめちゃくちゃ大事だと思ってて、TBSだけスポットを当てて考えてみるよりも、
98年からまたさらに時間戻っちゃうんだけど、
太陽ホイールズ自体からどういうチームだったんだっけみたいなところを見てみたいと。
気になるわ、それ。
なんでホイールズってそもそも基本弱いんだけど。
これ結構ね、すごい面白くて、
企業のさ、カルチャーとか文化あるじゃん。
この企業の人ってこういう考え方あったよねとか。
イケイケドンドンとか。
そうそうそうそう。
すごい身長派とか。
○○社ってこんなんだよねみたいな。
すごい似てるんじゃない?その球団も。
で、ここに結構弱い理由とか、
ホイールズベイスターズが人気の理由が結構わかる気がしたんだね、僕は。
そういうのが隠されてる。
そうですね。
なんで暗黒期より一回遡って、
ホイールズベイスターズの文化を、
今日は話したいと思うんだけど。
暗黒期じゃないんだけど。
暗黒期の手前の、
でもなんで暗黒期に入っちゃったかに直結する部分。
すごく繋がる。
気になる。
ということでまずホイールズの文化。
ホイールズって大雑把な漁師の技術なんですよ。
漁師なんですよ。
思いっきりが良くて豪快で、
人情に厚くて明るい。
負けても良くも悪くも明るい。
豪快だからめっちゃムラがあるみたいな。
こういうのが結構ホイールズ、今に続くベイスターズの技術と言われてる。
60年に優勝したって言ったじゃん。
前に三原監督って人が。
優勝した時も別チームから、
なんでホイールズが強いかさっぱりわかんないみたいな。
何をやってくるかもわかんないとか言われてた。
っていう感じなの。ホイールズって。
なるほどね。
ムラがあるから、
そのムラが各選手のムラとかが噛み合った時にすんげえ強いし、
っていうことなのかな。
もうブレイブレなんですよ。
09:02
よく言われてたのが、
際どいところまで相手を攻めつけるんだが、
かといって粘り抜いて勝ったというよりはあんま効かない。
追いえげは追いつかない程度の反撃。
結構いい言いで見られてるか。
今もありそう。
なんかギリギリ追いつかない。
太強いとかいいプレイとかも出たりするけれども、
一眼となってうまくっていうよりは、
こうポンポンってムラっけがあるっていうことなのかな。
結構掴んできてる気がする。
そもそも両種たちの会社の球団なんですよ。
マルハにしては体育業って、
クジラと魚とってる企業なんだよね。
両種の男たちなんですよ。
当時その球団ができたぐらいはね、
1949年にできたってこの前言ったんだけど、
40年代の当時の社長だった中部金一さんっていう社長がね、
鬼のように野球好きだったのよ。
金一さんが。
で、球団作ったの。
掴みてーっつって。
それすらも豪華やけどね。
49年にマルハ球団でできて、
初代オーナーになって。
でも完全に社長の趣味だから、
球団職員は漁師なんだよね。
あ、そうか。
じゃあ普段海にいて、
漁をしてる人が陸に上がって、
そうそう、球団の運営するんだ。
そっからスタート。
なんだけど、この金一さんが、
3年後に病気で休止したの。
あれま。
で、53年から弟の中部健吉さんって。
健吉さん。
健吉さん。
健吉さんね。
健吉さんが、
社長とオーナーが次ぐんだけど、
健吉さんは別にそんな野球興味ないんだよ。
初めての健吉さんオーナー会議行った時に、
野球のね、
野球のことは全く知らない自分がオーナーになったのは、
野球を超えなく愛していた兄が個人となり、
弟である自分は兄貴が愛していた野球を代わりに持つことが、
せめてもの供養であるということで、
この会議に劣跡している次第ですと。
だから50年代60年代はホイールレースは供養だったんだよ。
兄貴の。
そんな感じで運営してたんですよ。
兄貴好きだったし、
まあまあやるかみたいな。
一応やっておくかと。
で、だったんだけどさ、
ずっと弱かったじゃんなんか。
前の歴史の通り。
弱かった。
50年代ずっと負けて6年ぐらい連続再開になって、
さすがに健吉さんもうちょっとやばいなと思ったの。
供養にもならんつって。
で、60年に優勝した三原監督がね、
来た時に健吉さんは三原監督に、
このままじゃ辞められないと。
もうちょっとマシな成績を残してくれと。
言ってはお願いをしてた。
あとなんかこんなことも言ってて、
何の仕事でもそうだが、
ちょっちゅう頭を変えてはチームカラーもできず、
選手もついていかない。
それで優勝できるはずがない。
一人の監督に3から5年ぐらい任せてみて、
それで優勝できなかったら、
12:01
その時は修士級を打とうって。
で、三原監督がダッチって言ったら優勝したの。
なんかずっと再開だったのに、
優勝しないといけない。
優勝して、
この時から健吉めっちゃ野球ファンなんだよ。
めっちゃドハマりすんな。
で、ここから日本屈指の超ファンなんだよ。
勝てるようになると変わるんかね。
健吉さんは12球団の中で、
よくも悪くも一番の人情派だったの。
熱いんだやっぱり情に。
で、いくつかエピソードを紹介する。
健吉さん自身は漁師?
まあ多分漁師じゃない?
時期を経って?
多分漁師としてもやってたんじゃないかな。
一族系だから。
なるほどね。
エピソードを紹介すると、
三原監督優勝させた監督に、
使われなくなっちゃったある選手がいましたと。
その選手の奥さんが健吉に泣きながら電話して、
助けてくださいって相談したら、
使ってやるよって指示したとか。
口出したとか。
そういったちょっとダメな部分もあったりとか。
でもなんかその持病で調子が悪くてね。
3年くらい連敗しちゃってた当初に、
お金とか当時あんま接してなかったんだけど、
入院とかの世話してあげて、
体治せ力をつけろって。
励ましまくったり。
めっちゃ選手たちを子供にかわいがったのって。
結婚した選手にね。
見合いとか勧めたりとか。
宴会開いてめちゃくちゃ豪勢なの。
刺し盛りとかさ。
魚とか振る舞ったり。
そういう人だったの。
なんかめっちゃよくしてくれる親戚のおっちゃんみたいなさ、
感じだねなんか。
ホエルズは家族なんだよ。
ファミリー感がめっちゃ強く、
そこの大黒柱というか、
長さが健吉みたいな。
こういう球団だったんですよ。
なるほどね。
そうなんですよ。
野球会めっちゃ暴走しちゃって、
社長室にいつもテレビを置いて、
中継見てなったりすると。
それ見ながら、
一回監督に電話して、
作戦地位とか、
し始めちゃうんだけど、
それクソ負けて、
私が口を出すとろくなことがないって言って、
そういったこともう二度とやらないみたいな。
やんなほうがいいよ。
そういうこともちょっとやっちゃうみたいな。
こんな感じの人なんだ。
だからファミリー感だから、
50とか60とか70年代の話は、
選手たちもめっちゃ飲んだりとか、
朝まで3次会4次会とか、
めっちゃ仲良かったんだって。
いいじゃん。
そう。
こんなお茶目なエピソードも残ってて、
60年の奇跡の優勝をするんじゃん。
ほんと誰も予想しなかったから、
優勝旅行、
優勝したから旅行行ってたらしいんだけど、
手配が間に合わなくて、
翌年にやるしかないみたいになったの。
そうなったから、
61年は勝たなくていいかなって思って、
61年最下位なんですよ。
勝たなくていいって。
そういう空気になっちゃったと、
どうせ旅行行くしみたいな。
61年最下位になって、
最下位になったけど、
15:00
シーズンオフに優勝旅行行くみたいな。
結局行くんからみたいな。
でもそこを、
去年優勝できてよかったねの気持ちで行けるんだね。
そうそう、行っちゃうんだね。
だからホイールズは、
ファミリー感強くて、
だけど、
あんまり勝敗にこだわらなくてもっていう、
悪い体質も生んでしまった。
この甘さが、
ホイールズベーサーズが勝ちきれない要因とね、
昔からずっと言われてる。
まずは、人情に熱く、
人を大事にして、
仲良く、
まあ、エンジョイ勢っていうわけでもないのかな。
まあそうだね。
わかんないけど。
勝敗よりも前に、
まずはその仲間として、
信頼し合うことが、みたいな。
そうそうそうそう。
そっちに重きを置くというか。
負けたとしても、
若干かわやっちゃうみたいな、
甘さがあったのかもしれない。
それが先頭にあって、
なんていうんだろう、
勝ち負けはまだついてくるものみたいな。
どちらかというと。
とにかく豪快で明るいから、
そういうとこで引きつける。
なんか人間味あるじゃん。
そこでファンも、
好きな人たちがファンになっていったんじゃないかと。
負けちゃったガハハみたいな。
笑い方はガハハでしょ、絶対。
クソ勝つって、
明日また勝つぞ。
よし飲みに行くぞ、みたいな。
ビロカーリンみたいな感じなんだね、きっと。
その経営とかの運営のほうも、
社長の道楽だから、
さっき言った通り、
球団社員が、
ずっとそうじゃないかもしれないけど、
あんまり野球を分かる人いなかったんだって。
だから、
昨日まで船に乗って、
魚を捕ってた人が、
次の日野球選手を取りに行くみたいな。
全然分かんないよね。
だからその、ドラフトとかさ、
選手のトレードとか、
太陽は圧倒的に下手くそだったらしい。
笑い方はガハ。
魚の群れを追うように、
あっちなんかいい選手いるぞ、みたいな。
なったら、体制とか戦略考えずに、
とにかく取りに行くみたいな。
今、打線がいいから、
ピッチャーめっちゃ取りに行くぞって。
取りに行くぞってなったら、
気づいたら、打線が弱くなってるみたいな。
で、なんか、打線弱くなったぞ、
バッタ取りまくるぞってなったら、
今度はピッチャー弱くなるみたいな。
それをずっと繰り返してる感じ。
なんかちょっと行き当たりばったり感みたいな。
完全にそうと言われていて、
人事の戦略の差がやっぱ、
最大の欠点というか。
だから企業とかいうとさ、
なんかこう、
なんでも売れるスーパー営業とか、
スペシャルなマーケター取ったけど、
サービス作るエンジニアいないみたいな。
逆にフルスタッフ研究所取ったけど、
何作るほうがうまいかよくわからない。
こんな感じ。
だから、
そういう意味で選手は、
癖のあるスペシャリストみたいな
集団なんだね。
やっぱりその、
波形的に飛び抜けてる人たちとか
いっぱいいたんだけど、
それを重ねたときに、
球団としてあまりにもバランスが悪かった。
18:03
噛み合いが大事とかは、
なんかね、野球好きの友達と試合見に行っても、
なんかその、
投手と打線の噛み合いが今日は悪かったみたいな。
こんなに打ったけど、
投手も打たれまくっちゃったから、
ああだこうだとか、
いくら打線が強くても、
守備が弱ければみたいな話だよね。
今日はめっちゃ投手調子良かったけど、
打てなかったから点が取れなくてとかだから、
両方調子良いか両方調子悪いかとかね、
ぐらいのほうが、
噛み合わせとしては勝てる試合をちゃんと勝つには
なんか大事とか。
だからこのバランスなんですよ。
このバランスのなさが、
ウイルスかベイスターさん。
だから逆に、
致命的な気もするけどね。
だからまとまってはまったらめっちゃやばいの。
だけどまとまり機会が
めったいないから弱い。
個人集団なんだよね。
個人技に長けてるんだよね。
そうそうそうそう。
ホームランダービーみたいなさ、
そういうのとかやったりとかすると、
強い光る選手がいっぱいいるのかなやっぱり。
そうそうそうそう。
だからこの年はホームレーダーとか、
出席の
ナンバーワンになる選手とかいるけど、
負けまくるみたいな。
チームとしては勝てないみたいな。
最下位みたいな。
こういう感じなんですよ。
だからこういう
人間クソとか、
ギャンブル性のある、はまるとやばいみたいな。
これがやっぱベイスターズ
ホエルズの
人気の理由。
人気でもあるのかやっぱりそういうところに。
僕結構好きなの。
ケンキシさんの
人情が。
絶対好きじゃんだって。
人気の理由がわかったし、
僕もちょっと好きになった。
そうなんだけど、
ケンキシさんが77年くらいに死んじゃうんだよ。
落としちゃったのか、
べきだったのか。
ちょうど77年だから、横浜に戦う
直前くらいに、横浜に来る
直前くらいに亡くなっちゃった。
川崎にいた時代
ぐらいまで。
その後は、
目先の勝利を
昔からそんなところがあるんだけど、目先の勝利をずっと取りに行っちゃうんだよね。
ケンキシさんは
しばらく監督に
やらせておかないとと。
3〜5年くらいやらないと。
買ってないから、
監督ちょっと変えて、
監督変わると戦略変わると。
結果、数年で結果出ないと。
監督また変えると。
で、また監督によって戦略変わると。
結果出ない。
他手も育たない。
ずっと繰り返してしまって、
弱かった。
どこぞの総理大臣みたいな。
どこぞの国か。
感じますね。
なんかちょっと感じる部分がね。
いやー感じますね。
そうなんですよ。
ケンキシさん死んじゃってから、
2〜3年ごとに監督が変わり続けて、
これがもうね、
2012年まで続くんですよ。
ほぼ最近まで続くんですよ。
2000年で変わるってさ、
ずっと変わり続けたの、この後。
だって、
高校野球の3年間とかぐらいの
21:00
サイクルでさ、
ガンガン監督変わり続けるってことでしょ。
そうなんですよ。
それはよっぽどだよね。
そうなんですよ。
もちろんさ、この時期は98年に優勝したじゃん。
ゴンドー監督っていう人は。
優勝はあったんだけど、
この人も3年で退任すんだよね。
なんで?
これはね、この後の話です。
そっか、それちょっとポンポンポンポン。
2012年っつった?
そう、2012年まで、2〜3年おきに
どんどん変わっていってる。
比較的最近までずっとか。
途中で気づかなかったのかね。
変えすぎだみたいな。
でもなんか、
悪いスパイラル入ってる。
勝てないと経営が悪化すんじゃん。
なんとかまず勝たなきゃって急いじゃって、
結果を長期的なというか
短期的な結果を求めての
そのただ繰り返し。
でもこれね、めっちゃ企業とか
めっちゃあると思う。
確かにね。
短期を追わざるを得なくなっちゃうみたいな。
売り上げ上がらないと
お給料も払えないしとかさ。
そうそうそうそう。
そういう世界観でしょ。
結果目先に何とかするしかない。
そうなっちゃうみたいな。
だからなんか、
当時の球団職員の人
めっちゃ考えてたと思う。
彼らなりに。
めっちゃ失礼な考察になっちゃうけど。
60年の優勝も98年の優勝も
今まで取ってきた人材が
いい感じにたまたまガッチして
監督も
たまたま
その時の選手とか
球団の文化にガッチして
上手い具合に歯車が
あった。
だから勝ったみたいな。
そういう可能性結構あるんじゃないかな。
だから、戦略前提
何年計画でこれやるみたいな感じというよりかは
本当に
その年ガチっとハマったみたいな。
はいはいはいはい。
これはベイさんの優勝
のパターンなんじゃないかなと
僕はここまで読んで
感じました。
なるほどね。
毎年勝たないといけないもんね。
そうそう。
試合に。
僕の
通ってる病院の美容師さんが
15年くらいから
ベイスターズファンなんだよね。
2015年。
髪切ってもらいながら
ベイスターズの魅力って
どんどんあるんですか?
聞いてみたの。
他の球団と比べてどう違うんですか?
15年から見てる
美容師さんも
ベイスターズは良くも悪くも
プレーが大味で若いみたいな。
ハマるとめっちゃ強いけど
守備とか弱いから
負けるみたいな。
同じこと言ってたよね。
最近ファンになった人も
やっぱそこって変わんねえんだみたいな。
親会社もさ
まるほからTBSに乗って
この後の話しか言えないようになって
変わってってるけど
やっぱ根底の
チームカラーとか文化って
24:00
変わんないんだなってすごい感じました。
何?なんかその
ハイリスクハイリターンな株
買ってるみたいな。
そういう感じなのかな。
いや、あるよね。
触れ幅の大きい。
3倍くるみたいな。
そういう気持ちなのかな。
ギャンブル性が高いね。そういう意味だと。
そう。だから引き続けてた。
なるほどね。
めっちゃ仲良いみたいな。
負けるけどやっぱ
仲良くて明るいから
明日にまた勝てるかもみたいな
気持ちに去ってくれるっていうのが
あったんだと思う。
緻密に積み上げてさ
データテニスじゃないけどさ
データ野球みたいな感じ。もちろんデータみんな見てると思うけどさ。
冷静にさ
積み上げてで
負けると普通にシュンってなりそうだもんね。
そうそうそう。
絶対なんか
また勝てるっしょ
ガッハッハはならないじゃん。全然ならない。
そういう色が
これがホエルスペースターズの
カラー
っていうのをちょっとインストールしていただいた
上でこの後の暗黒機を聞いてほしい。
これを踏まえて
暗黒機を聞くと
すごく分かる。この陣地は
はいはいはいはい。
ってことで今日は
一旦ここまでで。次回改めて
暗黒機話したいと思います。
ということで
満開ということでおしまいしましょうか。
港町レイリオでは皆さんからのお便りを
募集しています。概要欄のフォームもしくは
Xでハッシュタグ港町レイリオをつけて
投稿お願いします。ではまた次の
港町レイリオでお会いしましょう。さよなら。