日記や手帳を断捨離したときに気づいたのは、記録を残すことよりも「書いて、出す」というジャーナリングの過程そのものが、自分にとって最も重要だったということ。
「みなそこ夜話」は、日々のなかでふと立ち止まったときの気持ちや、小さな気づきをそっと語るシリーズです。眠る前、しずけさが必要な時間に、どうぞお聴きください。
📒Youtube再生リスト「みなそこ夜話」 ※Youtube字幕あり
📒音声配信LISTEN「みなそこ夜話」 ※文字起こしテキストあり
🐸Youtube「みなそこの宇宙」
🐸西野キズナのnote
🐸西野キズナのX(旧Twitter)
🐸西野キズナの音声配信
🌟BGM Whispering Stream - E's Jammy Jams
🎤収録機材
FIFINE ダイナミックマイクK688
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こんばんは、『みなそこの宇宙』へ。ようこそ、西野キズナです。
皆さんは、日記をつける習慣ありますか?
わたしはですね、ちょっと前まで、日記をつける習慣があったのですが、
結構長い期間ね、ほぼ日手帳とかね、
5年手帳とかね、使って記録をとっていたのですが、
先日、その手帳をすべて処分しました。
処分というか、手放したという方が正しいかなと思っています。
ずっと家の本棚にね、その日記帳が並んでいる状態だったんですけど、
全然読み返したりはしてなかったんですね。
部屋を片付ける必要があるので、日記帳もね、どうにかしないとなというか、
区切りをつけて手放さないとなというのは、前から思ってはいました。
でも、なかなか手放すことができなかった。
なんでじゃあ、この間ね、その日記帳を処分することができたのかっていうと、
最近ジャーナリングを始めたんですよね。
ジャーナリングっていうのは、その時考えていることをもう思うまま、
頭の中で連想ゲームみたいに、ずらずらずらーって書いていくことです。
日記帳とはちょっと違うんですけど、
個人的には、そのジャーナリングがすごい性に合っているなというのを、
最近やり始めて、改めて感じた時に、「わたしは日記を書くのが好きだったんじゃなくて、
ずっとジャーナリングをしてたんだ」っていうのに気づいたんですよね。
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だから、日々の記録をね、こと細かく書いたりとか、
その日感じたこととかを、ぶわーって書き出してたんだけど、
全然振り返ったりとかしなかったのは、
自分にとっては、「書き出す」っていう作業に意味があったのであって、
「記録を残す」ことには興味なかったんだっていうことに気づいたんですね。
それが分かった瞬間に、
あ、もう日記帳いらないんだわ、自分にはって思うことができて、
何冊あったかな?十数冊?17冊ぐらいあったかな?
本当に長年ずっと書いていた日記帳をね、
全部ぽーいって廃品回収に出させていただきました。
手放した今もね、何の後悔もないので、
本当に、書き出すという行為に価値を感じていたのであって、
記録することじゃなかったんだなーって、
すごく納得した出来事がありました。
で、それからはアプリで記録をつけるのは、
ジャーナリングの代わりとしてやっていて、
毎日起こったこととか、考えたことをずらずらって書いてますね。
手で書くのに限定されず、
こうやって気ままにね、考えたことを収録するっていうのも、
ある意味ジャーナリングになってるなって感じるので、
自分にとっては何でも形態はこだわらないんだなって思ってます。
その、頭の中にあるものを吐き出すっていうね、
過程さえあっていれば大丈夫なんだっていうのが分かったんでね。
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そこからは自分の考えていることとかをブワーって、
ジャーナリングとか音声配信とか話すようにしています。
そうすると、自分の中で考えがまとまっていったりするような気がしています。
皆さんはどうですか?
記録を残すことに興味があるでしょうか?
それとも何かを書き出したりすることに興味があるでしょうか?
あるいは、記録を残すことも書き出すこともあんまりしない方もいるかもしれないですが、
何か他にこういう方法で似たようなことをやってるよーみたいなのがあれば、
ぜひ教えてください。
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