ミモリラジオ、このポッドキャストは、自然界の中から一つのテーマをピックアップして、その面白さを浮かぶるトーク番組です。
パーソナリティを務めます、ミモリのアンディです。 ミモリの野田和樹です。
コーヒー編、コーヒーという植物編第3回でございます。 はい。
前回まではあの、激動のコーヒーの歴史、飲んだら死刑、コーヒーハウスは全滅。 飲んだら死刑。
まあね、この、今僕たちが公開収録しているこのミナミナも、時代が違えば危なかったという話を。
残念ですね。 残念ですがという話をしてまいりました。続きでございます。
はい、続きなんだけど、前回の終わりにちょっとナポレオンの話をしたと思うんだけど、ナポレオンコーヒーにめちゃめちゃ関わってます。
軍に正式採用したのがナポレオン。 ナポレオン。
だし、ナポレオンのね、ざっくりとした説明をすると、彼ねフランス革命の後に現れてるのね。
で、革命を起こしたものは良いものの、誰もフランスの国家運営をどうしてもいいかわからない。
とりあえず王様、王権を倒したはいいけれども、その後の国家運営できませんっていう混乱した状況だよね。
っていうところでナポレオンが出てきて、戦争にめちゃめちゃ強くて、ヨーロッパ各地を制圧していくんだけど、
この1806年に敵対するイギリスへの対抗策として、大陸風されいっていうのを出すんですよ。
この大陸風されいっていうのは、輸出輸入を止めて、イギリスの経済を落ち込みさせようと。
今でいう経済制裁だよね。
経済制裁っていうのをナポレオンが出します。
これがね、現在世界最大のコーヒー生産地、ブラジルに繋がってくるので、ちょっと話していこうかなと思います。
大陸風さをすると、当然なんだけど、ヨーロッパに物資が全然入ってこなくなるのね。
特に物資が足りなかったのが、南の植民地で作ってた砂糖とコーヒーが全く入ってこなくなっちゃった。
全く入ってこない。
イギリスに。
イギリスに。じゃ、ヨーロッパ全体だね。
そっかそっかそっか。
なので、ナポレオンはね、この砂糖とコーヒーをどうにかこうにかしてヨーロッパで作れないかということで、
莫大な科学研究の資金を出すのね。
投資をしたんだね。
投資をした。その結果として、砂糖大根が開発されます。
あ、そこで砂糖大根なんだ。
だからそれまで、サトウキビしかこの世界には砂糖がなかったんだけど、
だから無理じゃないかな、寒いからヨーロッパって思ったんだけど、そこで砂糖大根が。
砂糖大根ができる。
はい。これ白砂糖を作ることができる大根で、北海道でめちゃくちゃ育てられています。
100%ですね、生産量。
っていうので、やるんだけど、このコーヒーに関しては、マジで代替物がないんですよ、ヨーロッパに。
まあまあまあそうだよね。だしヨーロッパでは育てられないよね。
育てられない。
これはナポレオンの後に分かることなんだけど、そもそもカフェインを含む植物はヨーロッパに存在しないですね。
いやー、お茶もそうってことだね。
お茶も、インドからシリーズだしね。
確かに。
っていうので、コーヒーの代替品として、いろんなものが試されます。
ああ、そうなんだ。そこを何とかしようとするんだ。
すごいよこれ。チコリっていう野菜、売ってたりするんだけどたまに、これの根っこをフォンハイに塞いっていう人がコーヒーにしてみたところ、まあまあ苦くてコーヒーっぽい。
あれだね、今で言うタンポポコーヒーみたいなことをみんなで頑張ったんだね。
この頃にタンポポコーヒーも試されてます。
ああ、そうなんだ。
っていうので、まあやったりするんだけど、大麦コーヒーとか、どんぐりコーヒー、大豆コーヒー、七かまどコーヒー。
それはまずそう。
キュウリの種。
へえ。
こういうね、何でも試すもの、生えてるもの、植物っぽいものは全部。
ちょっと血まなこになってるね。
っていうので、大体コーヒーが研究されるんだけど、結局はダメなんですよ。
今我々が普通のコーヒーを飲んでるということはってことだよね。
そう。でね、ナポレオンが本当に大陸封鎖ができているのかっていうのを調べるための指標。
はい。
これコーヒーの値段をチェックして、
ああ、なるほどね。
でね、この大陸封鎖によってヨーロッパ全体の物資が不足して、みんな困るんだよ、国民たちも。
まあそうだよね。
このナポレオンが失脚のきっかけになる1813年、ライプツフィの戦いですね。
うんうんうん。
これでマルクスがこんな言葉を残してます。
はい。
ナポレオンの大陸封鎖によって生じた砂糖とコーヒーの欠乏が、ドイツ人をナポレオン打倒に借り立てた。
1813年のこの輝かしい開放戦争の現実的土台となったのは、
また言い回しがやっぱりマルクスだよね。
マルクスだよね。で、砂糖とコーヒーは19世紀においてその世界史的意義を示したのであるっていうのが書かれてるね。
まあ要するに、みんなが好きな砂糖やコーヒーが飲めなく、そして食べれなくなったから、それはちょっとナポレオンまずかったねってお話。
シフのマルクスが、マルクス文学的な。
マルクス的表現をとって。
漢字をしてますね。
でね、このナポレオンの歴史の裏で、実はこのブラジルっていう国も誕生してます。
その時に誕生したんだ。誕生したというか誕生させられたという感じかな。
これがね、違うんですよ。砂糖がヨーロッパ国内で作れるようになって、ブラジル当時食道だったのね、ポルトガルの。
これ砂糖きびの輸出をブラジルはやってたの。ただ、このヨーロッパで砂糖が作られることになったことと、大陸封鎖によってめっちゃ大打撃を受けるのね、ブラジルが。
砂糖が作っても全然売れなくなっちゃうよね。
そう。でね、このブラジルが砂糖がやることができないから、北で作れないコーヒーを俺らがやろうってなる。
なるほど。
これが、もっとも世界でコーヒーを作っているブラジルコーヒーの始まりです。
なるほどね。だいたいコーヒーが始まるのって、それまでやっていた産業がめちゃくちゃな被害を受けたりした、その後になってるね、今のところ。
そうだね。でね、このブラジル、この大陸封鎖でコーヒー栽培へ転換しただけではなく、ポルトガルの植民地からも独立を果たしている。
あ、そうなんだ。
このね、これ面白いですよ。ポルトガル、ナポレオンの大陸封鎖令に従わなかった国の一つなんだよね。
うんうんうん。
拒否して。
拒否して。そしたらナポレオンがね、ポルトガルにね、大量の軍隊を送るんですよ。
まあ、そりゃあそうですよね。
で、このポルトガルの首都、リスボンが占領されてしまうんだけど、このポルトガルの国王と王室の権力者たちは、植民地のブラジルに逃げるのね。
あ、そうなんだ。
へえ。
これでね、1808年から1822年までの14年間、なんとリオデジャネイロがポルトガルの首都になってます。
ああ、そうだ。亡命政府みたいなものになってたんだ。
そう、亡命政府。まさに亡命政府だね。で、このポルトガルの首都、リオデジャネイロだね。
はい。
この時リオデジャネイロを治めてたのは、ジョワン6世っていう人ですね。
はい。
で、ナポレオンが失脚した後に、ポルトガル本国がブラジルから首都を自分のリスボンに戻そうとするんだけど、コーヒー栽培でめっちゃ儲かってるわけ、ブラジルは。
ああ、そうなんだ。
なので、大事主たちが反対するのね。
ああ、王様変えられたら。
王様、ずっと首都のままでいろよみたいな。
そうだよね。
っていうので、すげえ揉めます。
ここが経済の中心になりつつあるだろうと。
そう。ていうので、ポルトガルの国王たちも、これはしょうがないってことで、ブラジルを独立させる。
ああ、そうなんだ。そんだけの力を持っちゃったんだね。
コーヒーによって。
へえ。
これが1822年に、ブラジルはポルトガルから独立してますね。
全部ナポレオンの影響だね。
まさに。
ナポレオンやばいな。
まさに。ナポレオンの政策によって、ブラジルは世界最大のコーヒー栽培国。
かつ、国がまずできる。
うーん。
っていうのがブラジルの歴史だね。
そうだね。ヨハで国を作れる男だったんだね。
そう。でね、このナポレオンの失脚後、ヨーロッパに大体コーヒーじゃなくて、本物のコーヒーが飲める時代がやっとやってきます。
はい。
コーヒーを取り返すかのように。
だってみんな飲みたくてしょうがなくて、いろいろ実験してたんだもんね。
実験してた。でね、これが一般市民も飲むようになります。
はい。
あと労働者階級でも流行ります。
あ、そうなんだそうなんだ。そこまで行き渡るんだね。
そう。っていうので、どんどんどんどんコーヒーが広がっていく。これ拡大期ですね、コーヒーの。
うんうんうん。
っていうので、この頃にいろんな入れ方が発明されてますね。
はい。
これはね、あのネルドリップ。
ああはい、布で。
ドリップコーヒーもこの時に始まってます。
なるほどね。
18世紀より後だ。19世紀かな。
うんうん。そしたらもう今飲まれてるコーヒーの形はその辺りにできたんだね。
そう。
ネルドリップは布の、紙ひるいた布板みたいな感じのものにコーヒーを入れて、
あとはもう普通に上からお湯を注ぐような結構大変な作り方だけど。
っていう感じだね。
うんうん。
これはね、あのトルコ時代から続いてて、粉と水を火にかけて煮出す。
それは現地で飲んだことがあります。トルココーヒー。
なるほど。
っていうトルコ式の入れ方。なんだけど、このドリップ式が美味しいということで、
そうだね。
この辺からドリップ式が普通になってきます。
トルコ式でコーヒーを入れると、ざりざりの、じゃりじゃりの粉をそのままコーヒーカップに入れて、
そうだよね。
ちょっと待って飲むんだけど、やっぱり最後沈殿してるじゃりじゃりの粉があったりするんだよね。
なるほど。1860年ちょっと進んだら、アメリカで南北戦争が流行るっていうかもあるんだよね。
そうだね。
この時も兵士にコーヒーが支給されてます。
はい。
みんなコーヒーの味を覚えて。
ああ。
で、カフェインだね。
ああ、そうなんだ。
酒を飲むと、ラリって戦えなくなるし、覚醒剤とか、麻薬とかやっちゃうと、
収集がつかないし。
その間を取ったコーヒーっていうのが、やっぱり軍としてはすごい支給されてる。
カフェインって程よかったんだね。
カフェイン程よいんだろうね。で、この頃には消費量も生産量もどんどんどんどん増えていきますね。
次なんだけど、ブラジルという一カ国をちょっと見ていこうかなと思ってて。
もうすでにコーヒー最大の生産地になっている。
これで植物としてのコーヒーとか、人類史にどれだけ影響を与えているのかっていうのが、
ブラジルを中心に見ることで分かる。
なるほど。
こっからはブラジルのコーヒーの歴史について話していこうかなと思います。
ブラジルはアメリカがすごい近いこともあって、20世紀の頭、1900年ぐらいだね。
世界のコーヒー総生産の約80%がブラジルですね。
ブラジル国民の90%がコーヒー生産に関わっている。
モノカルチャー経済。
モノカルチャー経済。
しかも外貨獲得の90%以上もコーヒー。
ほんとみんながコーヒーで食べてた国だったんだね。
だからこの時のコーヒーの状況、ブラジルの状況を見るとコーヒーの状況がわかるみたいな。
コーヒーの状況を見るとブラジルの状況がわかるみたいな感じだね。
このブラジル政府はヤバいなと思ってたの、このモノカルチャーを。
不安定だよね。
不安定で。
コーヒーが取れなくなっちゃったら何が起こるかわからないし、経済が破綻して。
だし、政府がすごい恐れてたことが1906年に起きます。
これがコーヒーが大豊作になってしまうっていう。
値段が壊れちゃうね。
生産が過剰になってしまって、価格が大暴落するのを避けるために政府が買い上げるんだよね。
いろんな倉庫の中に保存するっていうのを一回取ってます。
ただ、第一次世界大戦でコーヒーの需要が一旦減ったりするのね。
この後、1914年だね。
一旦コーヒーの売り上げはブラジルが落ちるんだけど、1920年にアメリカで禁酒法が発令されます。
ああ、お酒を飲んじゃダメって。
お酒を飲んじゃダメ。
だからこの禁酒法は1920年から1933年までなので、すごいよね。国家が禁酒をするっていうのは。
結局失敗しちゃったし、その間お酒をこっそり売ることでのさばるギャングとかがめちゃくちゃ増えた時代でもあるんだけど、その時にコーヒーが?
コーヒーが代わりにめっちゃ人気が出ます。
そうなんだ。
お酒の代わりに。
常に思考品が欲しくなっちゃってんだね。
そうだね。
思考品として人気が出るんだけど、いつまでも続くわけではないので、すごいアメリカのコーヒー業界とブラジルがタッグを組んで販売キャンペーンを行います。
こっからね、すごい資本主義とは何なのかっていうのがすごいわかる。
このブラジルが販売キャンペーンにお金をすごい出してるんだけど、この時に宣伝の手法として使われたのがサイエンスです。
サイエンス。科学だね。宣伝の訴え文句が、コーヒーで仕事能力が向上しますよっていう風な論文を出したりとか。
カフェインで脳がすっきりするので、知識人向けのコーヒーっていう宣伝をしたりとか。
すごいね、当時のマーケティング、科学に乗って立っている時代のマーケティングだね。
科学だけじゃなくて、当時女性の社会進出が始まってたんだよね。
インスタントコーヒーこそキャリアウーマンの味方っていう広告も出たりします。
もうロールモデルがコーヒーを手にしてる形にしていくんだ。
それでコーヒーができるまでっていう映画とかパンフレットとかを高校や大学で配布します。
これで未来の顧客の獲得をしますね。
だからリクルートがマイナビとかやってて、ゼクシーもリクルートみたいな。
未来の顧客を育てるっていうことはこの時代からやられてますね。
1920年代にはアメリカでもカフェがたくさんできて、国民的飲料になっていくんだよね。
そしてこのコーヒーブームを背景に、ブラジルっていうのがコーヒー生産量を国がコントロールし始めるの。
価格とか。
そうしないと大豊作の時とかちょっと困っちゃってたもんね。
困っちゃってるからね。そしたら今度コーヒー価格をブラジルが釣り上げようとするんですよ。
ああ、そっちに行っちゃうんだ。
これでいろんな人が投資して、コーヒーバブルが起きます。
コーヒーバブルっていうのがあったんだね。
コーヒーの値段がどんどんどんどん釣り上がっていくのが1925年前後。
はい。
なんとこの3年後か4年後ぐらいに暗黒の木曜日、世界大恐慌がやってくるんですよ。
そうだね。有名な経済の大不況だね。大不況の始まりだね。
大不況の始まり。これでアメリカのコーヒーショップが次々に倒産します。
あとヨーロッパがブロック経済を始めるので、ブラジル、植民地以外との取引をやめたのね。
それが最終的には第二次世界大戦に至っちゃうぐらいの話だよね。
当時ブラジルは独立しちゃってたから取引ができないんですよ。ポルトガルとか。
そっかそっか。そうだわ。植民地じゃないから取引できないのよ、ブロック経済で。
コーヒーで独立したのはいいものの、コーヒーを取引してもらえなくなるっていう。
しかもその輸出でやってたよね、ブラジルって。
輸出でやってた。輸出でやってた。
そうだよね。
これで大打撃を受けて、コーヒーの価格が半分になってますね。
それはもう国家収入が半分に等しいね。
やばい。でね、この時ブラジルが大量の在庫が余ってしまうので、
スイスのね、ネス列車に長期保存可能なインスタントコーヒーの開発を依頼するんですよ。
はい。
これで出てきたのがネスカフェ。
ああ、そうなんだ。ゴールドブレンドじゃないですか。
ネスカフェです。でね、このネスカフェも8年ぐらい開発にかかっていて。
そんなにかかったんだ。
かかってる。で、そんな8年もあったらさ、在庫どうするか問題があるから。
確かに悪くなっちゃうよね。
で、このブラジル政府がね、実はこの驚くべき歴史的なコーヒー政策を取ります。
はい。
これが、国がコーヒー国家になっているので、やばいと。
そうだね。
っていうので、ブラジルが取った戦略は、このモノカルチャーをやめさせるためには、
売れ残った在庫を捨て続けると。
ああ。
で、国民たちがコーヒー作りをしたいという気持ちを失せさせないといけないっていう。
コーヒー産業以外のところに強制的に目を向けさせようっていう、そういう考え方だね。
っていうのをやっていくのね。
はい。
これがすごくて、輸出するコーヒーに100%の税金をかけます。
また過激な。
そして、その税収で、政府は余ったコーヒーを買います。
そこです。
そうなんだ。
そう、だから2倍で売って、利益のまた国がコーヒーを買い上げると。
処分だね。
全部捨てます。
ああ、そうなんだ。
これでね、毎年1200万袋のコーヒーを捨ててて、
で、ブラジルが捨てたコーヒーの総量。
世界のコーヒーの消費量の2年分です。
めっちゃ捨ててる。
作りすぎだね、シンプルに。
作りすぎ。
本当にそうだね。
儲かるからっていうのを作りすぎて、結局それを捨てざるを得ないっていう構造の話だけどね。
モノカルチャー経済の悪癖を何とか脱しようとした苦肉の策だね。
この時の小説みたいのがあって、蒸気機関車の燃料に石炭の代わりにコーヒー豆を入れて走らせた。
香り高そう。
香り高い。
だからイスラム教がさ、コーヒーを炭だからっていう理由で規制してたんだけど、
本当に炭になってしまうっていうのはちょっと皮肉だよね。
何百年か経って結局炭として使ってますっていう形になっちゃったね。
で、ブラジルはコーヒーと資本主義の上に乗った国だから、
それで資本主義によってコーヒーもブラジルも衰退していくっていう流れだね。
この後にコーヒーの生産量が一気に落ちるんですよ。
あと第二次世界大戦もある。
と、ブラジルの生産者が離れていった。
っていうのでコーヒーの供給が足りなくなるのね。
これで生まれたのがアメリカンです。
薄いコーヒーだよね。
コーヒーを薄めて飲むっていう飲み方がアメリカでされて、
このアメリカンという飲み物の背景はブラジルの建国から、
ナポレオンの大陸封鎖から、そういう壮大な物語が薄いコーヒーにはあるっていう。
うよ曲折の結果なんだね。