このポッドキャストは、自然界の中から1つのテーマをピックアップして、その面白さを深堀るトーク番組です。
パーソナリティを務めます、ミモリのアンディです。
はい、ミモリの野中月です。
公開収録をしております、コーヒー編第2回でございます。
前回は、意外と最近だった人とコーヒーの出会い、そして細々としか使われていなかったコーヒーが奴隷の輸出に伴ってアフリカ大陸を飛び出して、
アラビア半島に、まあちょっとだけだけど飲まれるようになったという、そういう状況でございます、鈴木です。
次なんだけど、10世紀から11世紀にやっと飲まれるようになったコーヒーなんだけど、次に出てくるのは15世紀なんだね。
もう400年経っちゃったね。
そうで、これがコーヒーの世界では、空白の400年という風に呼ばれてる。
ちょっとかっこいいね。
ここがね、コーヒーに関する文献が、11世紀から15世紀、全くないんだって。
もう本当に薬用として、もうメジャーにならなかったんだね。
ならなかったんだろうね。だから誰も知らないけど、なんかあるから使うみたいな。
ドマイナーな木の実ぐらいかな。
そう、そういう感じの認識だった。
で、15世紀になって、初めてコーヒーという、イエメンだね。イエメンでコーヒーという名前の原型が誕生してます。
これがカフアと呼ばれる飲み物で、これがイエメンに広がるんだよね。
で、ちょっとすげーややこしいんだけど、この時代のカフア、どのような飲み物だったのか。
これすごいよ。ワインのことも、コーヒーのこともカフアと呼んでますね。
ややこしいな。
ややこしいし、どっちも試行品だね。
あとね、カートっていう飲み物もあるんだけど、これもカフアという風に呼ばれてる。
ん?どういうこと?
だからカフアが3つあるのね。
はー。
試行性のある飲み物、3つカフアはだいたいカフア。
だからこの時、カフア持ってこいって言われて、
どれ?
えっと、奴隷がカフア持ってこいって言われて、ワイン持ってったら、コーヒーのことだよみたいな。
あー、いやごめん、俺なんか今どれってウィッチの意味で聞いてた。
奴隷で解釈されてた。
あーごめんごめん。
カフアは、だから3つの意味があったんだよね。
はーい。
で、コーヒーっていうのを辞書で検索すると、これね、本来ワインの意味だったっていう風にしっかり書いてます。
へー。
なので、あのね、今僕らが収録してる4つカード商店、ワインとコーヒー一緒ですね。
どっちもカフアと書いたらいい?
そう、どっちもカフア。
カフアとカフアのお店があるよと。
この3つのカフアっていうのが、コーヒーだけの意味を持つまでにすげードラマがあるのね。
うんうんうん。
っていうのでちょっとそれを話していこうかなと。
だって人の認識が変わるぐらいのお話だもんね。
これすごいですよ。
すごい時間と出来事が関わってないと。
そう。
でね、15世紀にこのコーヒーという飲み物を一般的にした盾役者がいます。
これもうこの多分コーヒーを語る上ですげー主役級なんだけど、
これはね、スーフィーっていう人たち。
はい。
で、彼らを一言で言うと、
人たち?
うん。あのめちゃめちゃ勤力的なイスラム教徒の一派。
へー。
だね。でまぁイスラム教徒の中ではかなり少数派で、すごい異端的な扱いをされてたらしいんだけど。
はい、オランダ。
で、71年にパリ。
はい、フランス。
これで各国で最初のカフェがどんどん増えていきます。
まず最初に、なんかイギリス、オランダ、フランスってこうイスラム圏から遠いところから入ってるのが面白いね。
確かに。
で、これでね、ロンドンでは30年で3000件に増えます、カフェの数が。
で、その30年後、8000件に増えます。
おお、すごいね。
カフェ、偶然のカフェブームだね。
コンビニみたいにあるんだね。
そう。でね、この時のカフェのことをコーヒーハウスっていう風に呼んだりして、でもコーヒーハウスはもう人類史をめちゃめちゃ動かしてるんですよ。
うんうんうんうん。
で、何でかっていうと、当時、アルコールがなくて人が集まることができる場所がマジでなかったんだよね。
うーん。
っていうのと、コーヒーハウスはあと賭博が禁止。
あ、そうなんだ。
っていうのと、あと身分の区別がない場所っていうのがコーヒーハウスしかなかった。
みんなで議論ができるんだよね、つまりは。
そう、フラットに。で、酒を飲まないから、すげービジネスの話ができるのね。
確かに。
で、酒を飲まないから、すごいみんな理性的な学問の話とかをするのね。
確かに確かに。政治の話もできるよね。
政治の話もできる。で、まあそういういろんな人が本当にうぞうむぞうに議論を交わしたりすることができる場所っていうので、いろんな文化が生まれていきます。
はい。
例えば、新聞とか雑誌っていうのはコーヒーハウスから生まれてる。
あ、そうなんだ。
これまではね、そういう新聞っていう雑誌っていう概念がない。
うーん。
全部キリスト教の教会が発行してるとか。
なるほどね。
王国が発行するとか。
刑事だったりするんだ。
そう刑事。
メディアっていう個人が自由に投稿できるメディアっていうのがこの時初めてできる。
なるほど。
っていうのと、あと、この時はね、すげえこれ面白かったのは、当時目読ができる人がいなかったのヨーロッパって。
文字を読むということだよね。
文字を読むということ。で、だからみんなこう集まって頭がいい文字を理解できる人の発言とか本を読んでもらってみんな聞くっていう。
お前これは何て書いてあるんだ読んでくれと。
そうっていうのかつ議論ができるから教育施設みたいなっていう面もあるねコーヒーハウスっていうのは。
コーヒーハウスのおかげでみんなが本を、というか文字を読めるようになっていったというと側面もあるんだ。
っていうのがあります。
あといろんな人が入ってくるので大衆性や日常っていうのが文章になってくる。
なるほど。
ここで小説っていう概念が初めて生まれてきた。
はーそっかそっか。
大衆の風俗普段の暮らしというものが記録され得るものになってくんだね。
これがすごく面白かったのが、この時って客観的な文章っていう概念がないんですよ。
スペクテイターっていう今有名な雑誌があるじゃない。
めちゃくちゃ好きです僕は。
これねコーヒーハウスで生まれてます。
コーヒーハウスに最初に創刊した人が通ってて。
このコーヒーハウスの中でスペクテイターの文章があるんだよね。
ちょっと読み上げるんだけど、これはねカフェを紹介している文章。
これまずセント・ジェームズ、これカフェの名前ですね。
まずセント・ジェームズに行ったところ、表に近い部屋は政治談義で大変な喧騒だった。
そして部屋の奥に向かうと全く違った意見が語られているのが、ますます激しい議論が交わされ、
奥の部屋でコーヒーポッドの蒸気の中に座った理論家たちが議論をますます話していくと。
スペイン王国が壊滅するだのブルボン王朝の血筋が15分もしないうちに耐えるのだという話がされている。
これ全部日記なんだよね。書いている形が。
現代の小説、例えばA君がBちゃんに恋をして駅に誘いましたっていう文章があるじゃない。
これ喋ってるの誰っていう話なのね。
そう、三人称の目線というものがほとんど存在しなかったんだね。
だから全部新聞とか書簡。この時の客観的事実みたいなのなくて、
だから全部この日記みたいな感じのやつが事実になっていく時代だね。
なるほど。
っていうのがすごいコーヒーハウスの面白いなって僕は思ったとこだね。
まあでもそのカルチャーがコーヒーハウスから生まれていったっていうことだね。
そう間違いなく。
今にも続く。
間違いなくそうですね。でこの後コーヒーの栽培が世界中で始まっていきます。
でコーヒーハウスがすごい栄えてた時。
まあそうだね。イギリスだけで8000件のコーヒーハウスを賄うだけのコーヒー豆が必要になるもんね。
そう。でこの時にコーヒー生産をしていたのは実はイエメンだけなのね。
えーそうなんだ。
なのでイエメンは世界史上特選していて、コーヒーで莫大な富を得ていたのね。
まあそうだよね。世界中で消費されている、しかもヨーロッパ世界で消費されているコーヒー豆を特選していたら。
そう特選。
そうだろうね。
なのでこの時イエメンは国外にコーヒーの種、苗木を持ち出すことを禁止しています。
中国も似たようなことをやってたよね、昔。
あ、やってたんだよ。
中国の場合はそう、お茶を禁止していた。
なるほど。
アヘン戦争の後で持ち出されるようになっちゃったんで。
なるほど。だからそういうのがやっぱり独占的な最初作物だったね、コーヒーは。
はい。
ただヨーロッパ諸国はイエメンから仕入れてたら大変効率が悪いと。
まあ高いだろうしね。
だしこの時あの大航海時代であったかい土地を植民地にどんどんしてたのね。
そうだよね。
だからコーヒー栽培できるんじゃねっていうのでやろうとする。
買わなくてもいいんじゃねって。
いいんじゃねっていうので。でイエメン以外でコーヒーの最初の栽培を試みた国。
はい。
これオランダです。
はい。
もう最初から生えてたんだ。
そうでこれなんで生えてたのか分かってないんだけどイエメンのイスラム教徒とかが旅の途中に。
ああ持ち込んだ可能性がある。
っていう説ですね。
全く同じ種類だったんだねそれも。
全く同じ種類。
普段飲んでるのと。
でこれがねオランダがコーヒーの苗木をこのジャワ島で一本だけ見つけて1690年に栽培をちょっとやってみます。
うん。
これがインドネシア初のコーヒー栽培だね。
ああ今にも続いてるんだね。
今にも続いてる。
でその25年後にはもうイエメンを個数生産地になってます。