1. ミモリラジオ-自然の面白さを聴く
  2. #31 飲んだら死刑!コーヒーの..
2023-03-22 22:45

#31 飲んだら死刑!コーヒーのブラックな歴史と世界進出〜コーヒーという植物・その2【ミモリラジオ】

【コーヒー編②】「空白の400年」 / イエメンの飲み物カフア / コーヒーもワインもカフア / 3種の飲み物ぜんぶカフア! / 奴隷「どのカフア?」 / 収録場所はワインもコーヒーもありました / コーヒーを広めたイスラム宗派「スーフィー」 / ストイック!とにかく寝ない! / アブラハム先輩が徹夜で祈ったから... / 寝てない / 寝るな!寝るな!という歌まである / 食事にも厳しい縛り / 基本的にコーヒーを飲む / コーヒーしか飲まずに餓死! / コーヒーが苦かったから良かったのかもね / 信仰を支えていくコーヒー / ワインとコーヒーが勘違いされちゃう / コーランに「炭は食べちゃだめ」とある / コーヒー=炭の議論が巻き起こる / コーヒー弾圧の始まり / 焚書ならぬ焚豆 / カフェは焼き討ち! / コーヒー飲んだらむち打ち... / 飲んだら死刑!イスタンブールのカフア禁止令 / 緩和されても2度目は死刑 / スーフィー弾圧としてのコーヒー排除だった / コーヒー弾圧の緩和はエジプトから / コーヒー炭じゃなくね?ということに。 / 根拠は炭ほど焼かれていないこと / コーヒー禁止令がやっと終わる / カフアから独立したコーヒーの誕生 / コーヒーとカフェはヨーロッパへ / ロンドンで空前のカフェブーム / カルチャーを生み出したコーヒーハウス / 酒なしで身分は平等に議論ざんまい / 雑誌の誕生はコーヒーハウス / コーヒーハウスで識字率アップ! / 小説が生まれるのもコーヒーハウスから / 第3者の視点がない時代だった / コーヒー栽培が世界中に広がっていく / イエメンは独占で大儲け! / コーヒー規制をしていたイエメン / 暖かい植民地で栽培してみる / なぜかジャワ島に生えていたコーヒー / 奴隷で一気に世界一へ / フランスもコーヒーを持っていく / コーヒーを運ぶ海軍将校 / 盛って書いてる海軍将校 / ハイチでコーヒー栽培が始まる / 災害でカカオ全滅してコーヒーへ / 世界に広がった「アラビカ種」の特殊能力 / 1本だけでも自分で受粉して自分で増える! / 世界制覇の秘訣は増えやすさ / 次回、ナポレオンとコーヒーがブラジルを産んだ

 

【今回の写真】

コーヒー豆(アラビカ種)

苦いのにクセになる不思議な植物です。

赤い木の実のタネを焙煎したら、香ばしいコーヒー豆に。

撮影:ノダカズキ

 

【備考】

今回こちらで公開収録イベントを開きました!

フルーツの美味しい北海道壮瞥町(そうべつ)にて、コーヒー・チーズ・ワインを中心に活動されています。


そうべつの「ミナミナ」

⁠⁠⁠⁠⁠https://www.instagram.com/sobetsu_minamina/⁠⁠⁠⁠⁠

 

ヨツカド商店

⁠⁠⁠⁠⁠https://www.instagram.com/yotsukadoshouten/⁠⁠⁠⁠⁠

 

【出演・Instagram】

⁠⁠⁠⁠⁠ノダカズキ : @yasou_king_ode  ⁠⁠⁠⁠⁠

⁠⁠⁠andy : @andy_mimori ⁠⁠⁠⁠⁠

⁠⁠⁠⁠⁠観森 : @mimori_yasou⁠⁠⁠⁠⁠

 

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【出演】

・ノダカズキ(MIMORI代表, 自然観察家)

Twitter: ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠@mimori_noda⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠

Instagram: ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠@yasou_king_ode⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠

 

・Andy(MIMORI, アーバニスト)

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Instagram: ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠@andy_mimori⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠


【MIMORI】

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website▶ https://mimori.life

※収録に際しリサーチしておりますが、きままな自然トークのため厳密な考証は行なっておりません。   ※内容は諸説あります。

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00:02
このポッドキャストは、自然界の中から1つのテーマをピックアップして、その面白さを深堀るトーク番組です。
パーソナリティを務めます、ミモリのアンディです。
はい、ミモリの野中月です。
公開収録をしております、コーヒー編第2回でございます。
前回は、意外と最近だった人とコーヒーの出会い、そして細々としか使われていなかったコーヒーが奴隷の輸出に伴ってアフリカ大陸を飛び出して、
アラビア半島に、まあちょっとだけだけど飲まれるようになったという、そういう状況でございます、鈴木です。
次なんだけど、10世紀から11世紀にやっと飲まれるようになったコーヒーなんだけど、次に出てくるのは15世紀なんだね。
もう400年経っちゃったね。
そうで、これがコーヒーの世界では、空白の400年という風に呼ばれてる。
ちょっとかっこいいね。
ここがね、コーヒーに関する文献が、11世紀から15世紀、全くないんだって。
もう本当に薬用として、もうメジャーにならなかったんだね。
ならなかったんだろうね。だから誰も知らないけど、なんかあるから使うみたいな。
ドマイナーな木の実ぐらいかな。
そう、そういう感じの認識だった。
で、15世紀になって、初めてコーヒーという、イエメンだね。イエメンでコーヒーという名前の原型が誕生してます。
これがカフアと呼ばれる飲み物で、これがイエメンに広がるんだよね。
で、ちょっとすげーややこしいんだけど、この時代のカフア、どのような飲み物だったのか。
これすごいよ。ワインのことも、コーヒーのこともカフアと呼んでますね。
ややこしいな。
ややこしいし、どっちも試行品だね。
あとね、カートっていう飲み物もあるんだけど、これもカフアという風に呼ばれてる。
ん?どういうこと?
だからカフアが3つあるのね。
はー。
試行性のある飲み物、3つカフアはだいたいカフア。
だからこの時、カフア持ってこいって言われて、
どれ?
えっと、奴隷がカフア持ってこいって言われて、ワイン持ってったら、コーヒーのことだよみたいな。
あー、いやごめん、俺なんか今どれってウィッチの意味で聞いてた。
奴隷で解釈されてた。
あーごめんごめん。
カフアは、だから3つの意味があったんだよね。
はーい。
で、コーヒーっていうのを辞書で検索すると、これね、本来ワインの意味だったっていう風にしっかり書いてます。
へー。
なので、あのね、今僕らが収録してる4つカード商店、ワインとコーヒー一緒ですね。
どっちもカフアと書いたらいい?
そう、どっちもカフア。
カフアとカフアのお店があるよと。
この3つのカフアっていうのが、コーヒーだけの意味を持つまでにすげードラマがあるのね。
うんうんうん。
っていうのでちょっとそれを話していこうかなと。
だって人の認識が変わるぐらいのお話だもんね。
これすごいですよ。
すごい時間と出来事が関わってないと。
そう。
でね、15世紀にこのコーヒーという飲み物を一般的にした盾役者がいます。
これもうこの多分コーヒーを語る上ですげー主役級なんだけど、
これはね、スーフィーっていう人たち。
はい。
で、彼らを一言で言うと、
人たち?
うん。あのめちゃめちゃ勤力的なイスラム教徒の一派。
へー。
だね。でまぁイスラム教徒の中ではかなり少数派で、すごい異端的な扱いをされてたらしいんだけど。
03:03
キリスト教でいうピューリタンみたいなもんかな。
ピューリタンみたいな感じだね。
だから彼らが、そのスーフィーが大事にしていること?
っていうのがね、とにかく寝ないことなんだ。
そっち行くんだ。
そう。
そっち行くんだ。
とにかく寝ない。
ストイックにしても。
これ何でかって言うと、
アブラハムがこのイスラム教の全体における立ち位置として、
すげー純粋なムスリムなのね。
はい。
であの、これ書いてる、コーラに書いてるんだけど、
アブラハムはユダヤ教もキリスト教も存在しない時代に、
唯一神を信じ、祈りした完全に純粋な一神教徒で、
コーラの中にアブラハムはユダヤ教徒の中でも、
あ、違う、ユダヤ教徒でもキリスト教徒でもなく、
純粋なムスリでもあるっていう風に書いてる。
なるほどね。
なのでスーフィーにとっては、
このアブラハムに倣って徹夜の祈りを捧げることが信仰のパラメーターなんだ。
なるほど。
どれだけこう、アブラハムパイセンがいるから、
アブラハムパイセンと比べて俺はどうだっていうのが基準になるんだね。
アブラハムパイセンが寝てないから、
寝てないんだ、アブラハムパイセン。
寝ずに祈りを捧げるっていう、
だから俺らも寝ないっていう風に。
で、スーフィーが。
そこに来てコーヒーのカフェインが役に立つのか。
そう、っていう流れに繋がっていきます。
で、このスーフィーの歌の中には、
スーフィーの歌。
スーフィーがね、三美歌みたいなのがあって、
歌があるんだけど、
眠るな、
まどろみを追い払え、
目覚めていろっていう歌詞が、
マジでいっぱい出てきます。
とりあえず。
とりあえず、
自分の眠気を何とかしようとしてるんだね。
そう。
でね、他にはスーフィーはね、
基本的に禁欲的?
なので空腹を愛してるのね。
あー、そうなんだ。
食事はね、彼らにとっては意味がないものと
されてて、
噛む必要がある時の食事、
肉とかパンとかね、
これを食べる時は、
神の称える詩を70回音読しないといけないっていう
掟があって。
なるほどね。
スーフィーめんどくさいから、
そうだね。
基本的にコーヒー飲むんだって。
あー、そこでもうコーヒーになるんだ。
そう。
でね、もっとヤバいスーフィーもいて、
コーヒーだけを飲んで死んでるスーフィーもいるんだよね。
餓死したんだ。
でも、スーフィーのことわざに、
コーヒーを体内に入れて死んだものは地獄に落ちないっていう
ことわざとかもあったりして。
なんか今思ったのは、
コーヒーが仮にめちゃくちゃ甘い飲み物で
栄養満点だったら、
そうはならなかったんだろう、
そのような扱いにはならなかったんだろうなって。
なので、このスーフィーたちは液体であるっていうのと、
カフェイン作用だね。
夜の神聖な時間に起きていられるので。
あとなんか苦いっていうのも大事だったんじゃないかなって思う。
そうだね。これで甘かったらね、
禁欲的にならないからね。
強弱的になっちゃうから、
飲まれないんじゃないかなって思った。
なので、このコーヒーを飲むこと自体が
スーフィーにとってはもう宗教的な儀式になっていくんですよ。
で、コーヒーがスーフィーたちの間ですげえ広まっていくんだよね。
この眠らなくていい信仰的な飲み物。
信仰的な飲み物だよね、確かに。
で、スーフィーがコーヒーを広めていく中で、
反対運動がすごい各地で起きるのね。
06:00
これがね、話に戻るんだけど、
カファっていうのは、当時ワインの意味もあるのね。
そうだね。
だから、イスラム教会ではすげえ物議をかますの。
あー、あいつらワイン飲んでんじゃね?って思われちゃう。
そう、アルコールがイスラム教会禁止されてるから。
あいつらは強弱的、強弱的みたいな感じで思われちゃうんだ。誤解されちゃうんだ。
誤解されるっていうのが物議をかもします。
ただ、この時ワインっていうのは勝手に赤ワインだと思ってたのね。
俺も今もそう思ってるけど。
これ白ワインなんですよ。
全然違うじゃん、見た目は。
全然違うじゃん。
ただ、当時の人は区別がついてないですね。
えー。
これはね、ワインとコーヒーが別の飲み物っていうのは、
僕らは概念として理解できない。
うーん。
すごい現代人の感覚なんだと思う。
見たことがないんだろうね、たぶん。
見たことがないからかな。
そうだよ。じゃないかなって思った。
カフアって言われた時に、どっちも見たことあったらなんか違い。
こっちの白いカフアとか言ったりするかもしれないけど。
これがね、物議をかもします。
あ、そうなんですね。
あと、もう一個。
コーランの中に炭は食ってはならないっていう規定があるのね。
それはそうじゃない?って思ったけど。
だからね、コーヒーがめっちゃ炭に似てるという理由で、
これコーヒー、これもまた。
適用されちゃうんだ。
そう、これもコーヒーに物議をかもす理由の一つ。
はい。
で、イスラムの幹部会で結局コーヒーっていうのを
イスラム教の中でどういう風に扱っていけばいいのかっていうのを
当時医学が進んでたペルシャの医者に結論を出してくださいって頼むんだよね。
公の会議が開かれた。
公の会議が。
その時にこのペルシャ人の医者が
コーヒーは体に悪いっていう風な結論を出すのね。
ほうほうほう。
これでこのイエメンでコーヒー弾圧が始まります。
はい。
これがね、コーヒー豆が路上で焼かれるっていう。
いい匂いがする。
やっぱね、宗教が絡んだ時の動きは激しいね。
そう、だから粉書ならぬ粉豆。
粉豆、粉コーヒー。
でね、コーヒーを飲んだイスラム教徒の鞭打ちとかにあってますね。
もうそれも経験ないイスラム教徒の人たちだよね。
さっきのあの少数派の。
スーフィー。
そう、スーフィーの人たちがよく鞭打ちになっちゃったりとかしちゃったんだよね。
コーヒーを社交上として飲むカフェがこのイスラム圏で各地で誕生してます。
そうなんだ。
社交上の飲み物なんだね。
そう、人類最初のカフェがトルコのイスタンブールにコーヒーの家っていうのが建てられてて。
これが人類最初のカフェだね。
ただこのコーヒー弾圧の流れもあって、
イスラム政党派がこのカフェを襲撃したりとか。
野球打ちだ。
イスタンブール、イエメンだけじゃなくてイスタンブールでも禁止令とかカフェ閉鎖令とか出てますね。
だからコーヒーっていうのがコーラに記載されていなかったというのが新しい土地のものっていうのがあって。
ヨーロッパの聖書でいうジャガイモみたいな。
ジャガイモも聖書に書かれてないので、すごい最初論争の的になったね。
悪魔の植物とか当時言われたりしてるもんね。
っていうのと全く同じ話だね。
最も過激なコーヒー反対運動は1633年。
09:04
これがイスタンブールのコーヒー禁止令で、飲んでるのを見つかったら即死刑っていうのがある。
あまりに過激、絶対に許す気ないね。コーヒーを飲むという行為を。
それで1656年に、それはやりすぎなんじゃないっていう声が上がるのね。
これで罪が緩和されます。コーヒーを飲むことに対する。
どれくらいに緩和されちゃったの?
1回見つかると鞭打ち。
それもきついね。
2回目見つかると袋詰めにされて海に沈められる。
死刑じゃん。
結局全然死刑がない。
死刑の内容がすごいクリアになっただけだね。
これで3万人ぐらいが処刑されてるね。
あれあれあれあれ。
これはコーヒーを弾圧したいっていうのじゃなくて、
当時コーヒーを飲んでたスーフィーたちが政治的なところの中枢まで食い込んでたんだよね。
なるほどね。スーフィーの弾圧の一つっていう感じなんだ。
だからスーフィーを排除したいという理由でコーヒー排除っていうのをやったっていう。
宗教的対立か。
これが最も人類史上過激なコーヒー反対運動だね。
コーヒー弾圧が一通り終わるんだけど、コーヒー賛成派のイスラム幹部たちもいて、
彼らがね、本拠地っていうのがエジプトのカイロにイスラム教会っていうのがあって、
これね見解を尋ねたら、意外と別にいいんじゃね?みたいな回答が来る。
で、コーヒーが徐々に認められていくんだよね。
一番厳しいのはトルコのイスタンブール。
の1650年ぐらいかな。
で、このイスラム間において最後のコーヒーの障害っていうのが、
コーヒーは炭ではないかっていうのが一番最後に議論されてます。
結局、コーヒー炭じゃなくねっていうことで、
大丈夫なんですけど。
この時、アハメッド一世っていう人が、
イエメンを統治してた王様なんだよね。
と、宗教権威たちが会議して、こういう見解を最後残してます。
コーヒー豆は炭と呼ばねばならないほど、強度に焼かれてはいない。
そうだね。
イスラム世界で、17世紀の頭ぐらいだね。
これでイスラム世界でコーヒーは正式に認められた飲み物になってる。
これは、宗教上飲んでもいいですよと。
飲んじゃダメと禁止されるものではないですよっていう形になったんだ。
お墨付きってやつだね。
で、ここからカフアっていうのが正式にコーヒーになります。
そこが、そっかそっか。ワインとかから独立するんだ。
ワインとは完全に独立するのが17世紀。
あー、そうなんだ。
で、イスラム圏に許されたワインとして、これが世界全体に広がっていくんだね。
はい。
で、イスラム圏の次がヨーロッパに広がっていきます。
はい。
で、これがね、コーヒーとかカフェっていうシステムがヨーロッパ全体に広がっていくんだよね。
これがね、最初1652年にロンドン。
うん。
で、66年にアムステルダム。
12:01
はい、オランダ。
で、71年にパリ。
はい、フランス。
これで各国で最初のカフェがどんどん増えていきます。
まず最初に、なんかイギリス、オランダ、フランスってこうイスラム圏から遠いところから入ってるのが面白いね。
確かに。
で、これでね、ロンドンでは30年で3000件に増えます、カフェの数が。
で、その30年後、8000件に増えます。
おお、すごいね。
カフェ、偶然のカフェブームだね。
コンビニみたいにあるんだね。
そう。でね、この時のカフェのことをコーヒーハウスっていう風に呼んだりして、でもコーヒーハウスはもう人類史をめちゃめちゃ動かしてるんですよ。
うんうんうんうん。
で、何でかっていうと、当時、アルコールがなくて人が集まることができる場所がマジでなかったんだよね。
うーん。
っていうのと、コーヒーハウスはあと賭博が禁止。
あ、そうなんだ。
っていうのと、あと身分の区別がない場所っていうのがコーヒーハウスしかなかった。
みんなで議論ができるんだよね、つまりは。
そう、フラットに。で、酒を飲まないから、すげービジネスの話ができるのね。
確かに。
で、酒を飲まないから、すごいみんな理性的な学問の話とかをするのね。
確かに確かに。政治の話もできるよね。
政治の話もできる。で、まあそういういろんな人が本当にうぞうむぞうに議論を交わしたりすることができる場所っていうので、いろんな文化が生まれていきます。
はい。
例えば、新聞とか雑誌っていうのはコーヒーハウスから生まれてる。
あ、そうなんだ。
これまではね、そういう新聞っていう雑誌っていう概念がない。
うーん。
全部キリスト教の教会が発行してるとか。
なるほどね。
王国が発行するとか。
刑事だったりするんだ。
そう刑事。
メディアっていう個人が自由に投稿できるメディアっていうのがこの時初めてできる。
なるほど。
っていうのと、あと、この時はね、すげえこれ面白かったのは、当時目読ができる人がいなかったのヨーロッパって。
文字を読むということだよね。
文字を読むということ。で、だからみんなこう集まって頭がいい文字を理解できる人の発言とか本を読んでもらってみんな聞くっていう。
お前これは何て書いてあるんだ読んでくれと。
そうっていうのかつ議論ができるから教育施設みたいなっていう面もあるねコーヒーハウスっていうのは。
コーヒーハウスのおかげでみんなが本を、というか文字を読めるようになっていったというと側面もあるんだ。
っていうのがあります。
あといろんな人が入ってくるので大衆性や日常っていうのが文章になってくる。
なるほど。
ここで小説っていう概念が初めて生まれてきた。
はーそっかそっか。
大衆の風俗普段の暮らしというものが記録され得るものになってくんだね。
これがすごく面白かったのが、この時って客観的な文章っていう概念がないんですよ。
スペクテイターっていう今有名な雑誌があるじゃない。
めちゃくちゃ好きです僕は。
これねコーヒーハウスで生まれてます。
コーヒーハウスに最初に創刊した人が通ってて。
このコーヒーハウスの中でスペクテイターの文章があるんだよね。
ちょっと読み上げるんだけど、これはねカフェを紹介している文章。
これまずセント・ジェームズ、これカフェの名前ですね。
まずセント・ジェームズに行ったところ、表に近い部屋は政治談義で大変な喧騒だった。
15:05
そして部屋の奥に向かうと全く違った意見が語られているのが、ますます激しい議論が交わされ、
奥の部屋でコーヒーポッドの蒸気の中に座った理論家たちが議論をますます話していくと。
スペイン王国が壊滅するだのブルボン王朝の血筋が15分もしないうちに耐えるのだという話がされている。
これ全部日記なんだよね。書いている形が。
現代の小説、例えばA君がBちゃんに恋をして駅に誘いましたっていう文章があるじゃない。
これ喋ってるの誰っていう話なのね。
そう、三人称の目線というものがほとんど存在しなかったんだね。
だから全部新聞とか書簡。この時の客観的事実みたいなのなくて、
だから全部この日記みたいな感じのやつが事実になっていく時代だね。
なるほど。
っていうのがすごいコーヒーハウスの面白いなって僕は思ったとこだね。
まあでもそのカルチャーがコーヒーハウスから生まれていったっていうことだね。
そう間違いなく。
今にも続く。
間違いなくそうですね。でこの後コーヒーの栽培が世界中で始まっていきます。
でコーヒーハウスがすごい栄えてた時。
まあそうだね。イギリスだけで8000件のコーヒーハウスを賄うだけのコーヒー豆が必要になるもんね。
そう。でこの時にコーヒー生産をしていたのは実はイエメンだけなのね。
えーそうなんだ。
なのでイエメンは世界史上特選していて、コーヒーで莫大な富を得ていたのね。
まあそうだよね。世界中で消費されている、しかもヨーロッパ世界で消費されているコーヒー豆を特選していたら。
そう特選。
そうだろうね。
なのでこの時イエメンは国外にコーヒーの種、苗木を持ち出すことを禁止しています。
中国も似たようなことをやってたよね、昔。
あ、やってたんだよ。
中国の場合はそう、お茶を禁止していた。
なるほど。
アヘン戦争の後で持ち出されるようになっちゃったんで。
なるほど。だからそういうのがやっぱり独占的な最初作物だったね、コーヒーは。
はい。
ただヨーロッパ諸国はイエメンから仕入れてたら大変効率が悪いと。
まあ高いだろうしね。
だしこの時あの大航海時代であったかい土地を植民地にどんどんしてたのね。
そうだよね。
だからコーヒー栽培できるんじゃねっていうのでやろうとする。
買わなくてもいいんじゃねって。
いいんじゃねっていうので。でイエメン以外でコーヒーの最初の栽培を試みた国。
はい。
これオランダです。
はい。
もう最初から生えてたんだ。
そうでこれなんで生えてたのか分かってないんだけどイエメンのイスラム教徒とかが旅の途中に。
ああ持ち込んだ可能性がある。
っていう説ですね。
全く同じ種類だったんだねそれも。
全く同じ種類。
普段飲んでるのと。
でこれがねオランダがコーヒーの苗木をこのジャワ島で一本だけ見つけて1690年に栽培をちょっとやってみます。
うん。
これがインドネシア初のコーヒー栽培だね。
ああ今にも続いてるんだね。
今にも続いてる。
でその25年後にはもうイエメンを個数生産地になってます。
18:00
えーもうそんなに作ってたんだ。
めっちゃ早い。
はい。
だからもう労働力が。
ああ奴隷ですか。
そう奴隷です。
なるほど。
っていうのですごくてすぐ一位になるんだけどね。
うんうんうんうん。
でそのオランダの成功の話を聞いたフランスがフランスもこのコーヒー栽培に乗り出す。
ドル箱だと。
ドル箱だと。
すごいビッグビジネスだと。
ビッグビジネス。
これねフランスはね今のカリブ海。
うん。
ハイチェあたりで栽培を試みてます。
はい。
でねこのフランスからハイチェにコーヒーを持っていく時のあのド・クリュウっていう海軍将校の辞典があって。
はい。
これはねフランスからハイチェへのコーヒーの苗を輸送する途中の話だね。
重大なミッションだね。
重大なミッション。
うん。
これね彼の辞典の中で海賊に襲われて。
ああ。
嵐にあって。
はい。
飲み水も尽きそうになって。
うん。
で自分の飲み水までをコーヒーにかけて。
ああ枯れないように。
枯れないように。
で命からがら自分もコーヒーも生き残ることができた。
うんうんうん。
ああそうだよね。
書いてる。
これねでもいろんな本読んでると。
うん。
持ってるっていう風に書いてる。
まあまあ昔の歴史書は大体。
昔の辞典は持ってる。
うん。
まあ辞典歴史書その類はしょうがないよね。
そう。
でねこの人がハイチにコーヒーを植えることに成功するんだよね。
おおでもそれはすごいね。
すごいよね。
うん。
だからイエメンから始まってジャワ島。
はい。
で次ハイチっていうのがコーヒー栽培の順番だね。
はい。
ただこの時のハイチっていうのは砂糖とかカカオ栽培が起動に乗ってたので。
うんうん。
コーヒー栽培を誰も本気でやらなかったんだよね。
まあ育つかどうかよくわかんないし。
よくわかんないしね。
うん。
でねコーヒーはねしばらく普及しないです。
はい。
ただ1715年にこのハイチのカカオ農園が害虫被害に遭います。
あれは壊滅ですか?
そう。
うん。
その10年後。
うんうんうん。
ハリケーンでカカオの木が吹っ飛びまくります。
あらららららら。
それでその2年後。
うん。
大地震が起きます。
もうダメじゃん。
これでカカオのプランテーション農業が崩壊したからコーヒー栽培をやろうって話になる。
なるほどね。
そこで新しい産業としてコーヒーを入れようと。
そう。
うんうんうん。
なので価格競争にも勝つことができて。
はい。
この時フランスが一気にコーヒー派遣を取ります。
おー。
第一位に。
第一位。
うん。
で、1750年にこれ世界最大の産地になってますね。
うん。
配置が。
うん。
で、今までイエメン、ジャワ島、ハイチっていう広がりを見てきたんだけど。
これがなんで広がることができたのかっていうのが。
アラビア種の特性なんですよ。
ああ、そうなんだ。
アラビア種しかこの時まだ栽培されてないのね。
ああ、そっかそっか。
一種類だけだね。
一種類だけ。
うん。
で、この50年たらずで伝播していくんだけど。
うん。
このアラビア種っていうのがすごいんですよ。
はい。
何がすごいか。
うん。
これ自家受粉できんの。
えー、ああそうなんだ。
他のコーヒーのけできない。
なので。
一株だけでも増やすことができるんだ。
一株だけでも増やすことができるから。
ブルーマウンテンとか、キリマンジャロ、コロンビア、全部アラビア種です。
21:00
ああ、そうなんだ。
なのでこれがね、アラビア種じゃなかったら、一本の苗木とか、二個の種とかから世界中に伝播することって無理なのね。
そうだね、そうだね。
だからこのアラビカ種の自家受粉ができるっていう性質。
一本だけでも自分で花を咲かせて、自分で受粉して実をつけることができるという特性。
特性。これが無かったらコーヒーはここまで絶対広まってない。
ので、もし自家受粉がアラビカ種ができない風な進化をしてたら、僕らの食卓にコーヒーこんな並んでないだろうねと思う。
そうだね。だし他の種類は自家受粉でもないってことなんだね。
他の種類は違う。
そうなんだ。
他の種類は自家受粉メインですね。
たまたまそれを自家受粉できるアラビカ種が美味しくてよかったね。
っていうので、世界中に伝播していく流れだね。
この後、また次の回で話していくんだけど、コーヒーに関わっている異人。
一人圧倒的に出てくる人物がいます。
誰だろう。わかんないよ。
ナポレオンです。
へえ。
ナポレオンがどの本読んでも出てくるのね。
へえ。
軍隊の必需品にコーヒーって絶対入ってるの。
それは現代も?
現代も入ってるよ。
そうなんだそうなんだ。
しかもフランス軍の正式な飲み物としてコーヒーって採用されてるんだけど、これナポレオンですね。
そうなんだ。導入したのが。
ナポレオンの政策っていうのが、まずブラジルっていう国を作ります。
はい。
そしてブラジルが世界最大の産地になっていきます。
コーヒーのね。
コーヒーの。現在世界最大だからね。
っていうのがナポレオンがすごい関わっているので、ちょっとその世界は繋がっているんだっていう話を、次していきたいと思います。
楽しみです。
ありがとうございます。
22:45

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