Mikiさんは、何をきっかけに、この、われらみなカニバル?という。レヴィストロースの本の中でもさ、メジャーなものって、もっと他にもいろいろあるじゃない?
なんか野生の思考みたいなね。 ああ、そうそうそう。
そうよね、えっとね。 なんかメモに入ってたのよね。ただそれだけ。
うーん。 メモに入れた瞬間の記憶はないの?
なくて、なんかさ、とりあえず保存しとく場所みたいな。何でもボコボコボコボコ入れとくとこに入ってたのよね。
そう、というわけで今回は、レヴィストロースのわれらみなカニバルっていう、エッセイ集みたいな。エッセイって言うのはちょっと重いけど、論考集みたいなものだよね。
そうだね。 を読んでみましたと。
雑誌に移行してた文章だから。 うん。
めきたんが前ね、私に紹介してくれた岩波の世界っていう。 うんうんうんうんうん。
月刊誌? うん、え、どう?そうだ、世界、どう?
世界めっちゃ良かったよ。 世界めっちゃ面白いよね。
うん、なんか女中版ぐらいの、なんて言うんだろう、政治思想MAXみたいなやつはなんか、なんかああああっていう感じだったけど、
中後半ぐらいの、なんだっけな、なんか話はすごく面白く読んだな、ちょっと待って。
なんかさ、でもさ、どのポジションもさ、であろうとさ、まともなんだよね、言ってることがって私は思ったけど。
まとも? まともっていうか、ちゃんと
読者を信じてる。 だから読者はバカだから、こういうふうにしてあげようみたいな感じがない。
うん、確かにね。 確かにっていうのは何かというと、女中版の政治云々みたいなやつも
その、うーんと、
悪い意味で、いい意味で簡単にしてない。 そうそうそうそうそう。
なんていうのかな、賛成してほしい人を集めるために簡単に書いてまーすみたいな、
論脈を省いて書いてまーすみたいな感じはなく、 だから読むと普通にここはそうじゃないんじゃないかなっていうのを普通に思わせてくれるように
しっかり書いてるという意味で、 その複雑なことをちゃんと複雑なまま伝える、なぜなら複雑だからみたいな論理が通ってるっていうか。
うん。 だからイタリア版の世界みたいな雑誌に載ってたのかなと思って。
だから新聞に載ってたんだよね。 でも昔の新聞は経緯があるメディアだったかもしれない。
新聞に載せるにはさ、結構ボリュームあるじゃん、この1個1個が。
ね、だからさ、どういう、なんていうんだっけ、天才だったのかな、日時の。
あー、かもねー、かもねー。
これ新聞載ってたらそれだけで日が暮れるよね。 それ読むだけで、新聞の記事行く前に。
何段これで埋めるんだろうっていうぐらい。 1個1個。
ボリュームがしっかりあるし、逆に細切りにして日々連載とかしてわかるのかなっていうぐらい、なんだろう。
まとめて読んだ方が良さそうな内容がたくさんある本だったね。
でも、のぞみさんがめちゃくちゃハマってたよね。 まあそうだね、すごく面白かったね。
私は読んで、ほんとレディスパーソン学生の時ちょっと読んだんだけど、ほんとわかってなくて、難しいってなって辞めてからほぼ初めてと思うんだけど、
そういう意味ではこの本初めてですごい良かったなって思って、短い、しかも専門的じゃない論科、
ほんと新聞の読者向けのちょっと難しい文章みたいなやつが15個ぐらい集めたばれられてるっていう本だから、
ほんとエッセイ集みたいな感じなんだよね。
読みやすいし、当時の身近なことを引き合いにして、私は社会をこういうふうに捉えるみたいなことを言ってたりとかするから、
とても読みやすかった。入門編としてかなり良いって後書きでも書かれてて、ほんとそうだなって思った。
まずそういう意味ですごい良かったのと、とはいえ最近人類学ブームじゃん。
私も人類学者呼んでワークショップとかしたことあってさ、
結構その最近の人類学っぽいコンテクストはいっぱい目にしてたんだけど、
これは全部フレイザーとかレディストロースとかの文明化を踏まえて言ってたんだなみたいなことを今気づくっていうか。
彼らが、師匠の師匠とかが参照してたものっていうのが今この瞬間でしたか?
そう、みんなこれを通ってこれを言ってたんだみたいなのが、逆に今逆流してる感じ。
すごい分かって、みんなちゃんと文明化を踏まえてたんだなって思ったりとかしながら読みました。
レディストロースが、もうこれ89年から2000年まで連載してたからレディストロースとしてはもう
晩年、学術論文書きまくり、学会地位もできた人が日常に触れるいろんなあれこれみたいなやつのテーマに
文化人類学者ってどんな見方をしてるかっていうことを話してみましょうか、書いてみましょうかっていうのが
この主題に何かがあると。
だからレディストロースと言えば行動式みたいな感じで、専門用語とかもいらしいんだけどそういうのは出てこなくて
そういう考え方だけ保管するような感じになってるらしい。
こういうのを読んでて、ポスト構造主義とかポストリベラリズムとか
ポストとか言われると毎回ボカーンって思ってた。
元知りませんだろうみたいな。
まず、プリを知らないっていうね。
ポストの次に出てきた時にあんたたちどうするつもりだろうって毎回思っちゃうんだよね。
確かにポスト、ポスト構造主義って言わないもんね。
確かにね。
ちょっと一瞬話ずれちゃうけど、先週飛行機のトランジットで北京国際空港?
うんうん。
北京の空港に一瞬立ち寄ったのよ。
うんうん。
そこでWi-Fi繋ごうと思ったらさ、Wi-Fiのタイトルがなんか
Airport Wi-Fi Underscore Newとかなってるわけ。
もう危ない危ない危ないと思ってさ。
もうその、ニューの後、ニュー2とかになっちゃうじゃんもう。
ニューリバイズドとかになっちゃう未来を想像してすごい心が痛くなった。
ポスト構造主義とかもなんか、俺が最後です感すごいじゃん。
もう更新はありません感がすごいからさ。
だからポスト構造主義を言ったりたくなったらそれにまた新しい名前を付けなきゃいけないんだよね。
まあそうだね、そうか。
でも確かに今それでさ、思い出したっていうかさ、
すごい卑怯な類推であれなんだけど、
ずっと仕事の外で対面してるコンサルファームが
すごいいけてないなーって思ってて、
なんか結構詰めちゃってたりとかしてたんだけど、
確かにそのコンサル、
KPIを定義し直すっていうプロジェクトなんだけど、
そのKPIを定義し直すプロジェクトのことを新KPIって言ってたのよ。
だからの新名。
お前だからそれさーみたいな。
いいねー。
その次どうなんだよって、
思ってたことを今思い出しました。
いいねー。
それ書いてる時やっぱり新しいから新だってなるのかな。
いいよ、そのフレッシュな気持ちを我々取り戻さなきゃいけないかもしれない。
でもあれじゃない?もうKPIはまだいっか。
だってMOMSみたいにANSCO2026とかつけたらいいもんね。
まあね。
エンジンでやればいいからね。大丈夫だった。
でもなんかそうだね。
勇気いるよね。
その新KPIっていう名前に迷ってた理由がちょっとわかったわ。
あんまりこの1個1個の本の中でも、
新聞に書いてるってのもあるんだと思うけど、
みきさんが言うように専門の言葉も使わないし、
あんまり新しい言葉を発明するというよりかは、
地理じゃない?
最近こういう事件が起きたけど本当はこう、みたいなことを言ってるよね。
それに近い構造がAmazonのなんとこ族にはあってとか、
これと実は同じことを言っててっていう。
一番最初がなんかあるんだよね。
ヨーロッパかなんかであった、
サンタクロースの人形が火破りにされた事件っていうのがあって、
そうそう。
めっちゃシュールじゃんって。
これは確かあれだよね、めっちゃ昔に書いてるんだよね。
そう、だけどなんか本でいい感じに収まる場所がなくて、
未収録になってたっていう、1950年くらいの。
昔ではあるんだけど、
当時サンタクロース、クリスマスイベントみたいなのが
どんどん商業化していくっていうことに起こった、
オランダ?
どっかの国の町の聖職者かなんかが、
サンタクロースを貼り付けにして火破りにするみたいな。
人形ね、サンタのね、人形。
そうそう、人形をディジョン大聖堂の鉄柵っていうところに
人形を吊らして火破りにしましたみたいなことがあって、
周りの人も何やってんすかね、
人形火破り、へへーとか言ってる中、
レビストロス結構真剣に、
これは何か過去見られてきた構造の何かである
みたいなことを結構真剣に真面目に考えていくっていうのが
一発目入ってるんだけど、
なるほどーっていう。
この本の中でどんなものの見方をするのかっていうのが
すごく分かりやすく伝えられている、
いいお話だったなと。
私なんかその根本も問うたことがなかったなって思って、
サンタクロースってね、クリスマス商船ね、はいはいみたいな感じで
もうなんかそれで終わりにしてただけ。
超表情だったなって思って。
確かね、もともとどっかからクリスマスの文化とか
観衆が伝わってきて、
それが何かの形で定着して、
その定着した先にこれ使えるってなって、
マーケティングに利用されるみたいなステップはあったはずなのに
何にも気にしてなかったなとかは思った。
こんなにサンタが来ることを
教会側がどいかにしちゃう。
サンタがでまやかしだ、火あぶりみたいになっちゃう事件があったって
すごい面白いなって思った。
本当は12月の頭ぐらいにある
数のキリスト教のイベントがどんどん
サンタクロースに引っ張られて、
クリスマス向けにどんどん寄せられていって、
あんまり宗教の中にいなかったサンタクロースっていう謎のキャラクターが
輸入されるみたいな。
いろんなストーリーが混ざって、
12月の8とか16とか25とか
いろんなイベントのストーリーがごったりになって、
25に落ち着いたみたいな感じだよね。
それが消しからんとか、でもそういうもんでしょうとかじゃなくて、
レビストロースとしては
どっかの部族にある
子供たちを
云々する
儀式みたいなのがあって、
それと非常に近いんじゃなかろうかと
いうのを確かに道中に書いていって、
そうね。
スコットランドの民謡では
子供たちが
幽霊とか精霊に奮して
攻めてくるみたいな、ハロウィンちゃんみたいなやつを
やっていて、大人は子供にプレゼントというか
贈り物をちょっとあげて
沈まるんだけど、子供たちは
あの世にいる幽霊の何かを返したもので
みたいな話があり、結局
クリスマスの贈り物っていう文化っていうのは
子供たちじゃなくて、あの世に贈られてるものっていう
フレームで捉えると、もろもろスッキリするよね。
へー、そんな風に
お感じになられるんですね。
あとサンタクロースが子供向けであって、
サンタを信じなく、なったら大人であるみたいな
イニシエーション的な要素も持っている
みたいなことも書いてあって、なるほどねとか思ったり。
典型的なサンタクロースを何歳まで信じてた話
っていうのは
大人になったかどうかを確かめる
何かの質問だったんだろうね。
質問だし、それがさっき野戸美さんが言ってくれたように
子供、そのイニシエーションの背景には
子供は死者、大人は生者みたいな文脈もあるから
死者と生者の
対立を暗示している
イニシエーションでもあるみたいな。
冒頭の話からすげえ面白かったね。