1. 耳で旅する「みみ三重ラジオ」
  2. #12「水に呼ばれた土地で生き..
2025-06-20 1:11:11

#12「水に呼ばれた土地で生きる。源流から考える珈琲焙煎と環境再生の暮らし」Guest:自家焙煎「o-coffee」大形拓嗣さん恵さんご夫婦【旅するラジオカー in 大台町】

「みみ三重ラジオ」は、三重県の伊勢から熊野をみなさんといっしょに旅するように巡り、ゆく先々で出会う人や地域の声をお届けするポッドキャスト番組です。

毎月第一・第三金曜日に、Spotify、Apple Podcast、YoutubeMusicなどの音声配信プラットフォームで最新の番組を配信しています。

リスナーのみなさんからのお便りをお待ちしております。

▼お便りはこちらから

https://mimimie-radio.studio.site

サマリー

このエピソードに登場するのは、大台町で自家焙煎を行うo-coffeeの大形拓嗣さんと恵さんご夫妻です。彼らは移住の経緯や、地域の環境再生に向けた取り組み、コーヒー焙煎について話します。大形さんご夫妻は、源流から考える珈琲焙煎や環境再生について意見を交わします。三重県の自然環境に惹かれて移住し、水源の豊かさや地域の歴史に思いを寄せながら、コーヒーの栽培や焙煎にこだわる日々を紹介しています。また、タイのチェンマイでのコーヒー農園の体験を通じて、水と環境再生の重要性について考えます。地域社会との関わりや持続可能な生活についても検討しています。無農薬でのコーヒー栽培やそのプロセスを学び、自給的な暮らしの形を探求しています。今回のエピソードでは、大形さんご夫妻が水の豊かな土地での生活や珈琲焙煎、環境再生についての考えを語ります。土の環境や水脈の重要性、過去の技術との融合についても触れています。大形さんご夫妻は、環境再生とコーヒー焙煎についての考えを共有し、持続可能なライフスタイルの重要性を論じています。彼らは地域とのつながりを重視し、過疎化や環境変化への対応策を模索しています。水の豊かな土地での生活や環境再生に焦点を当て、自家焙煎珈琲の可能性を探る内容です。

自家焙煎と環境再生の探求
皆さん、こんばんは。耳見えラジオスタートしました。パーソナリティの西川桃江です。
この番組は、毎月第1・第3金曜日に配信をしています。
三重県南部の十三島地を旅するように巡ってですね、そこの情報をお届けするという番組ですけれども、今回大台町に行ってきました。
この大台町が、十三島地の一番最後のエリアになります。場所になります。
最後にすごくいいゲストにもめぐり合いましたよね。
ご夫婦でゲストの方が出てくださるということで、大台町の山の中のエリアの方にお邪魔をしてきました。
事前にね、実は住所を聞いて、その住所をみんなスタッフで車で行くときにGoogleマップに入れて行ったんですけど、
その集落まではたどり着けたんやけど、その番地の場所が全然出てこなくてですね、迷いに迷ってたどり着いたところで収録をさせてもらいました。
事前に聞いてたのは、お家があって、お家の前に田んぼがあるんで、そこで田植えしてるからテントを建てて、そこでラジオ収録しましょうっていうふうにお聞きしてたんで、
私たちはお家があって、田んぼがあって、テント建ててるうちに探して探してですね、走り回って、郵便局に途中聞きながら行ったんですけど、
結局この先行ってもいいんかなっていうところで、ふと立ち止まったところで田植えしている男性がいて、もしかしてってお声をかけたらゲストさんでした。
そんな大台庁の山の中の田んぼ、小さな田んぼの前の家でテントを建てて収録をしました。
ちょっとそれを想像して聞いていただければなと思います。
それでは最後の最終回の大台庁お聞きください。
さっそくゲストをご紹介していきます。
移住の経緯
大台庁で大コーヒーをやられている大型拓司さんと奥さんの恵美さんです。こんにちは。
こんにちは。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
お二人に簡単な自己紹介をまずしていただきたいんですけど、
まず拓司さんの方からどこの出身でっていうのと、
今ここに来られたの何年目やとか、どうやって来られたのかっていう話をちょっと聞きたいなと思っています。
こんにちは。僕は大型拓司と言います。みんなに拓ちゃんって言われてます。
拓ちゃんって言われてるんですね。
京都出身でここに移住して、三重県の大台庁、栗谷っていう集落なんですけど、ここに移住して10年、約10年してます。
今は先まで田植えをしてたんですけど。
実はちょっとこれラジオやから見れないんですけど、前で今田植えが栗広げられている状態ですよね。
先まで田植えをしていて。
忙しいところすいません。
環境再生とコーヒー
時給農業と環境再生という仕事と、手編短焙煎大コーヒーという野望でコーヒーの焙煎師を。
焙煎師をやられてるんですね。
簡単に自己紹介はそんな感じですね。
奥さんは元々どこの出身なんですか。
私は奈良県出身で、夫と出会ったのをきっかけに、ここの栗谷っていう集落に移住という形で来たんですけど。
結婚を機に来られた感じですか。
そうなんですね。
こっちの三重県に知り合いがいるとか、そういうの全くなくて。
結構ここって大台庁の中でも、私もすいません、前通ったことあるのかなと思うけど、初めて来ました。
そして一応住所教えてもらったもんで、旅で来たんですけど、迷ってこれどこやと人に聞きながら来ました。
なんでここの場所を選んだんですか。
それは夫が話した方がいいと思うんですけど。
結婚と同時に移住したんですけど、僕そんなに、カットされるかもしれないですけど、結婚はしなくてもいいかな。
とにかく一緒に住んで時間を共にしたいなと思ってたんで、移住しようっていう話、移住したいし一緒に住まないみたいな話をしたら、
移住するなら結婚でしょう。一緒に住むなら結婚でしょうって言われて、そうかそういうタイミングかと思って、結婚して移住することになったんですけど、この場所に出会ったきっかけっていうことですね。
もともと三重県にはちょこちょこ来られとったわけですね。
そうですね。僕はその前に関東に住んでたんですけど、前の前か、関東に住んでて東日本大震災、2011年3月11日に関東に行って会社に行ってたんですけど、そこで大きな揺れと、
あとその後のゴタゴタというか、原発が爆発したり、いろいろ今まで知らなかったことに遭遇して、ここにはもうちょっと関東には住めないな、住み方、生き方自体を、働き方自体をちょっと変えたいなと思って、まずは空き家になって、京都の実家に帰るんですよね。
実家に帰ってしばらく被災地に行ったりとか、いろいろしながら時間を過ごしたんですけど、仕事もしたいなということで、本題の仕事を自分で作りたいっていうことはもう決めてたんです。
それまでは会社員?
会社員だったんですけど、やっぱり自分で何かを作ってコンパクトに動くっていうことの魅力を感じたんですよね。
やっぱり公式化してくると通貸が大きくなると、やっぱりすごくやりたくないことをやらなきゃいけなかったりとか、強いてしまったりとかいうのをやっぱり東日本大震災の時に何となくこう見えてきて、それやったら自分で仕事を作りたいということで、さて何があるだろうと思って、
僕は単純なんで、毎日コーヒー飲んでるし、コーヒーの焙煎もしたこと20歳ぐらいの時に初めてしたことがあったし、焙煎業しようかなと思って、そのコーヒーの焙煎の友達にいたんですけど、
フラッと京都を散歩して行ったんですよね。で、コーヒーのショップを紹介してもらって入ったところのコーヒーがものすごくおいしくて、その方は弟子入りっていうことではないんですけど、焙煎の現場見せてもらったりして、生の豆をいただいて、お土産や、焙煎してみてって言われて、自分で焙煎してその方に持ってったら、おいしいから売りやって言われて。
その気になってしまうんで、僕はね。
で、コーヒ屋さん。
コーヒ屋さんやって。で、開業して間もなく、別に京都にずっと住んでるつもりはなかったんで、どっかに移住したいなと、特に田舎に移住したいなという念頭に置きながらいたので、そういうスタンスで何か開業できないかなと思ったら、やっぱり身を軽くすると。
出店形態でできないかと思ったら、手作り市っていうのは京都たくさんあって、早速その手作り市に行ったら、もうすでにコーヒーで出店されている方いて、やってる人がいる。
でも何か成り立ちそうやなと思って、やってみようと思って、1週間でその出店形態のセットを作って、自分で手作りで作るの好きなんで。
で、それを引っさげて、全国各地にいろいろマルシェ、マーケット、ブームもあったんですよね、その頃ね。
10年ぐらい前ですよね。その辺からすごくマルシェ、マーケットがたくさん大小様々あって、その中で出会ったのが妻なんですけど。
マーケットで、奥さんは別でマーケットなんか出店されてたんですか。
それまでは私も働いてて、長年勤めたところを辞めて、何で出店してたかって言ったら、シモンケーキで出店してたんですけど。
相性いいですね。
そうなんですよ。で、辞めた時に趣味でやってたんですけど、出さへんって友達に誘われて、じゃあちょっとやってみようかなみたいな身軽にもなってるし。
なんか似てますね。
軽い、軽く。
自分では多分やろうってはならないけど、友達に言われたからやろうかなって思って、きっかけもあって。
それが初めての出店やったんですけど、奈良の法隆寺やって、隣にいて。
そうなんですよ。法隆寺でやってるんですよ。法隆寺のマルシェでやって。
横出店で。
私は初めての出店。で、奈良やったから行ったんですけど、隣にいてすごい暇そうで。
で、マルシェと出てね、出店して、私もよく出店するんですけど、暇な時ね、もう横の人と喋るしかないですよね。
僕はめちゃくちゃ暇だったし、隣のブースで3人女の子出店した。で、一番手が空いててよく喋ってくる子がねぐちゃんで、仲良くなって。
で、それから会うようになって。で、僕京都で奈良で。で、ちょうどその頃に伊勢の仙宮っていうのがあったんですよ。
式年仙宮。
そうですね。
で、その頃に伊勢になんかこういろいろ人が集まるし、マーケットマルシェだとか、風見層っていうゲストハウスができたりとかして、
なんかにぎわいを感じてたので、なんか頻繁に行くんだった。そのコースでね。京都、めぐちゃんに会って、奈良。
で、下道で移動するのがやっぱり好きというか、場所探しついにでもあるので、下道でこう行くと、ちょうどね、その伊勢の方に入るときに、
桜井、奈良の桜井を抜けて166号線で高見峠という峠を抜けて飯高町に入って、そこからもうちょっと東に向かって峠を越えると、ゆたり峠っていうのがあって、で、大台町に入るんですよね。
で、それが最短のルートなんですよ。で、そのゆたり峠を抜けてきたときに、あ、なんか伊勢の国に来たなっていう雰囲気を感じたんですよ。空間変わって。
残念ながらその高見峠を越えたときに景色はいいんですけど、あんまりそういう躍動感みたいなのはあんまり感じられなくて、で、そのゆたり峠の大台町に入ったときに、なんかすごくホッとした感じがしたんですよ。
で、その峠のお不動産のお水を、お不動産があるんですけど、ゆたり峠に降りたところに。
お不動産のお水をいただいて、なんか覚えのある水やなって思いながら、こう。
で、峠を降りてきたら、なんかふわふわしてなんかワクワクする感じがあって、ひゅーっと降りてきた一番最初の集落が、今、来場なんてわからないですけど、前の前にあるここの場所なんですよ。
その目の前の。
ちょうどここ、このほとりこの場所。
そうなんです。
ちょうど降りてきて抜けてきたら一番最初のところがここや。
人気を感じた集落ここ。
確かに今家がね、確かに山の中から来た、私らもこっちから来たから結構やけど、でも今ポツンポツンと見たときに何軒か集落見えて山の中やけどっていう感じの。
そう、伊勢ってこんなとこなんかなとか。
ここで伊勢って感じがした。
伊勢って感じがした。
あとから知るんですけど、宮川の流域で支流になり、宮川の支流になるんですけど支流のやっぱり原流域になるんで。
で、僕はなんか水に呼ばれたんかなと思うんですよ。
お不動産でお水飲んで。
お不動産ってね、そういう土地の神様だったりするわけなんで。
お水に呼ばれたんかなと思って。
今その環境再生っていうのは後だって喋りますけど、お水の仕事だったりコーヒーも。
お師匠さんから聞いたんですけど水商売屋でやってて言われたんですよ。
田んぼも水が必要だから。
田んぼも水が必要だからということで。
で、降りてきたときのこの地域の集落の雰囲気が良かったので、なんかこう記憶に留まったんで。
その後伊勢に入って出店をしたときにいろんな方に、僕ベラベラ喋るの好きなんで。
出店が暇だったらとにかく左右の人に話して。
そうこうしてる間に、ちょうどそこに家あるよっていう話を誰かに話した1週間後ぐらいに電話がかかってきたんですよ。
最初誰かあんま分かってなかったんですけど。
あった時にあったあったこの人と思って。
で、家見に行って見に行ったところに今住んでるんですけど。
家あるよって言われて見に来たらここやったんですか。
ここじゃないんですけど、今ここにいる場所ではなくて、どこに連れて行かれるんやって。
今目の前の奥のあの谷の中の方にあるんですよ。
あの中にまだ家があるんですか。
今ラジオの方は想像つかないと思うんですけど。
後で写真で見てもらうと分かるけど山しか見えないんですけど。
一緒に車乗せてってもらったら林道に入っていくんですよね。
林道に入って行って最初に一番手前にある農機業小屋みたいなのがあって。
ここかなと思ったんですけど。
いやこれやったらちょっとお断りやなと思って。
通り過ぎて。
あれですよね、さっきのあの小屋ね。
通り過ぎていくでしょ。
もう一軒住宅というか山小屋みたいなのがあるんですよ。
ちっちゃな。
いやでもこれもちょっと二人で住むには狭すぎるなと思って。
ちょっと朽ちてきてるからと思って。
ついに見えた家が、それの3倍ぐらいの大きさのドカンとした山小屋で立派だったんですよ。
立派に見えたんや。
そうそうその順序があって。
あの農機業小屋、ちっちゃな山小屋。
土産屋さんと一緒やん。悪いやつから見せとくやつやん。
そういう混沌はなかったと思うんですけど。
その順番で見て最後にあ、砦が来たと思って。
これなら住めるかもっていう気持ちになって中見させて。
そこはもう空き家になってるようなところで、工事とか何もせんでも住めるようなものとかやったんですか。
そうです。大屋さんがおられて、大屋さんが何年か前までそこで住んでおられたっていうか別荘で。
コーヒー飲んだりとかちょっと豊かな時間をそこで過ごしたいなっていうので作られたこだわりの家やって。
新しい土地への移住
でも結構年配で山に来るのもなかなか遠くて、また新しい開拓場所をその方も見つけて
そろそろ誰か言ってくれたら貸してあげてもいいかなぐらいのタイミングやったと思うんやけど。
その時にたまたまで会って、私らやったら面白いことしてくれそうな感じがするっていうようなちょっとお茶目な大屋さんで
それですぐ貸してくださってそのことになったんですけど。
ここいいなって思ってから期間すごい短いですよね。
短かったよね。2週間か3週間ぐらいだったかな。
僕は最初にちょっと先に入って、いろいろ準備したんだよね。
確か9月ぐらいに来て、11月ぐらいに来たんだね。
住む場所ではなかったから別荘みたいにお茶を飲むぐらいの感じの山小屋なんですけど、そこに今も住んでるんですけど
水の設備とかそういう山の水を使って住んでるんですけど。
谷がすぐ横に沢が流れてて、その音がものすごく気持ちいいっていう風のこのイキイキするんですよ。
小さな沢って朝空気が上がってくるんですよね。
夕方空気が下がってくるっていう、そういう空気の流れがあって
寝るときの水の音がものすごく気持ちよくて、最初は海に触りましたけど、今はもうそれがなかった家じゃないみたいな感じで。
雨が降ってんのかなというような感じの音で、今はもうそれが聞こえないですけど。
季節になったら鳥が来て。
季節をお知らせしてくれるとさまざまな鳥が来るんですよね。
オオルリも来る。
環境はめちゃくちゃいいですよね、自然環境ね。
そうやっていうのならもう導かれるようにですね。
そうですね。出店も三重県って結構便利な場所で、東海エリアにも近いし、近畿地方が関西にも近いし、
アクセスもいいし、その当時の出店経緯でいろいろ動くっていうのが良かったんですよね。
もう一つやっぱり、僕がずっとこの仕事を作ったとき気になってたのは、
関東、東日本大震災のときに原発が爆発したっていうことが結構大きくて、
僕は臆病なんで、原発からできるだけ遠いところに住みたいというのがあって、
いろいろ調べたら三重県の北半島の戸場とか島とか、この山の奥の大町とか、
その辺が一番遠いとか、編成風に乗って何か恐ろしい空気が来ないとか、雨量も多いとかそういう状況もあって、
で、「あ、ここいいなあ。」ってなったんですね。
それも一つあったんですよね。水源地で水が豊富であるっていう。
地域の魅力と歴史
それが移住のポイントでしたね。水が無料で手に入るっていうね。
それ言ってたよね、最初からね。
だって前に川流れてるわけですもんね。しかも宮川の源流っていうかね。
で、農地が自由に使えること。移動が便利なこと。
そうですね。出店するのにもね。
でも遠いですけどね、どこ行くのも。
確かに。
近くはないけど。
近くはない。でもどこにでも行ける場所ですね。
気持ちがあれば。
確かに気持ちがあれば。確かにそうですね。奈良の方にも行けるし。
峠越えたら2時間とかで行けるし。
で、大台やから松坂の方もあれやし、伊勢も行けるし。
確かにそうですね。
便利ですね。海も近い。
1時間圏内であんだけ柿がいっぱい食べれる島、戸場があったりとか。
泳いで気持ちいい離島がある。
そうですね。結構それってこっちの魅力ですよね。
最高の魅力ですよ。
私、奈良県海ないんですよ。
そうですね。
だから魚料理ほとんどあんま食べてなくて。
で、父親が長崎やったからすごく魚が美味しかったんですって。
でも奈良に来たらすごい美味しくないからって。
だからそんな聞いてるから魚食べたい気持ちにもならなくて。
家で魚そんなに出てこなかったんですけど。
こっちに来て魚すっごい食べるようになったんですけど。
美味しいんですよ。
で、大瀬のやつがすぐ食べれるし。
大瀬から大台の方も結構行き来があるんですか?
お魚の流通とか。
すごくあります。
大瀬くらいから来る?
そう。
42号線を通ったからかな。
で、ここの集落って別名というかいうのがあって。
この国道ですね。
潮の道とか魚の道って言われてたらしいですよね。
というのも桐永島とか西岸の方からずっと昔は魚とか潮とかを作って
大和の国に献上するためにこの道を通って
僕がさっき言った奈良に行く峠を通って
ちょっとルートは違ったと思うんですけど
通って大和の国に持って行ってたっていうその道なんですよ。
そういう歴史が。
珈琲焙煎の取り組み
そういう歴史があって潮の道、魚の道、この辺の里
僕は潮の道の里とかいろいろ考えているんですけど
まだそれは名前つけてはいないんですけど
なんかそういう雰囲気、空気感もやっぱり僕は最初に感じた
ホッとする場所とか
この近辺の人が道をすごく綺麗にしてるんですよね。
草刈り、こんだけぺんぺんに草絡んでええやんけみたいなぐらいの
綺麗にされてるんですけどそこはやっぱり
街道になっていたりとか人が通り道になってたので
やっぱりすごいその外側意識をされてたんではないかなと思って
そういう歴史とかを知るとやっぱり地域の人のそういう思いとか
っていうのもよくわかってくるので
そういう地域も大事にしたいなって僕はそういう思っているんで
批判したくなるけど何であろうってまず考えるようにしていて
そうしたらなるほどって思うこともたくさんあるんですよね
さっきのこの草のこと一つにしてもそうですよね
なんでここに刈ったのって
そうですよね。三重県伊勢ってすごい綺麗にしてるなって
やっぱり外からのお伊勢参りとか
行ってもないからってみんな言うんですよね
そういうことだったのかなと思って
いやこれも歴史やなと思って
なんかその思いっていうのはすごくいいことだと思って
そこになんか批判いろいろあるじゃないですか
草刈ると気温が上がって暑くなるよとか
なんかこう思うんですけど
でもその思い綺麗にして人を迎えたいっていう思いを取って
じゃあ自分ならどういう風にするかとか
そこを考えればいいと思うんだ
なんかね平和的な感じでできればいいなと思って
僕も草刈りいろいろ研究してたんです
高刈りとかね
ちょっと私も草刈り大好きなんですよ
大好きって言い方だけど草刈り研究したいんです
高刈りとかね
高刈りね
やってみました高刈り
高刈りやりました
本当に伸びてこへんよね
いや生えてきますね
それよりも切るタイミングとかが大事かな
でもやっぱり
ちょっと草刈りの話またしたいです
別の機会でしますね
別の機会でちょっと草刈り話しますよ
それだけで1時間ぐらい使いそう
今ちょっとね草刈りのイベントを考えといておきます
草刈りのイベント
ちょっとね
これは何人かおらなあかんぞっていう草刈り場所があって
ちょっとみんなで何とかせえへんかっていう話があるので
ちょっと声かけてみたいな
草刈り一つでもねすごいですからね
やっぱ風邪を通したりとか
草を刈ると草も反応して
細根をいっぱい出したりとか
やっぱり草もいろいろ生き物なんで
あるんですよね
生存競争したりとか
その土地に働きかけることたくさんあると思うんですけど
それをうまくやっぱり使っていくということを
草刈りラジオちょっとなんか草刈りのラジオ
なんかねちょっと一本撮りたい草刈りの話で
でもなんか草刈りがめんどくさいものじゃなくて
みんなでやってちょっとアートみたいな感じになってもね
ここのなんかかやだけちょっと残しましょうとかね
そうそうそう
そういうのやりたい
僕最近また草刈りの話になるんですけど
エンジンじゃなくてバッテリーの
電気です
私も電気
草刈りラジオになってます
草刈りラジオになってる
いやーそれで楽しくなりますよね
めっちゃ手軽あれね
女の人でもね
あれ手軽やわ
だけどかといってちょっとあんまり軽すぎると
こう刈れへんから
バリキないから
ちょっとそこそこバリキのやつをね
いいやつ買う
私も今まで草刈りやったことなかったんだけど
その電気のやつを買ったから
できるようになった
素晴らしい
やりました
難しいけど
ちょっと決定草刈りなんかやりましょう
はいやりましょう
それでもね僕環境再生という視点でもあるし
それ教えてほしい
でも農業の中でもやっぱ草刈り必要になってくるし
やっぱり地方で住むならば
やっぱりそれなりの草刈り
スキルいりますよ
放置してるだけではだめだと思うんで
やっぱ草を刈るっていうことも
やっぱり技術の一つ
そこですね
技術の一つ
あとギュッと話したいですね
あとこの重害対策のためにもね
そうですね
草刈り大事ですからね
畑もねそれまた使えるですね
そう草はゴミじゃないから
そう
落ち葉もゴミじゃないから
そういう自然物を大事にするっていう
ちょっとこれやりましょうね
これ後でコーナー草刈りの
大方さん大コーヒーさんっていう屋号で
そのコーヒー屋さんをやられてて
その出店とかマルシェに出たりということを
ずっとやられてたってことなんですけど
最近はどうされてるんですか
最近はねあんましてないです
あんましてないんですか
コロナがあったから
そうですねよくお分かりで
2019年20年
20年ですね
頃にコロナっていう問題があったと思うんですけど
その頃僕らちょうど
タイにいたんですよ
タイのコーヒー農園に行って
コーヒーの豆を収穫してて
例年通りコーヒーを収穫して輸出をして
さて帰ろうかなって言った時に
なんかニュースとかでなんか日本で
なんか変なことが起こってるとか
それが全国的に
世界的にみたいな感じで
日本のエリザベス号が
どうのこの横浜でっていう話で
これ帰れんのって話になって
そういう時期ですよね
いやこれ帰らないのはまずそうやと思って
僕ら帰る方向に動いて帰ったのはいいんですけど
どのイベントも帰ったら
帰る最中ですよね
飛行機に乗る時とかにメール見たら
あらゆるイベントが中止中止になって
自粛とかよくわからないことが出てきて
だいたい僕らって半年間ぐらいのスケジュールを
大きなイベントとかの場合は
半年前に決めて出展する計画を立てていくんだけど
それも半年間ぐらい6月7月8月ぐらいまで計画立てて
そろそろ9月や10月のイベントの
お誘いがある時期だったんですけど
全部なくなって
どうしようと思って
コーヒーの豆いっぱい買ってきたみたいな
向こうで生成もしてきて
コーヒーの豆も作ってきて
輸入もしなあかんしどうしようと思って
いやでもこれはなんか
足元見ろよって言われてるような気がして
コーヒーはコーヒーの仕事で
出展形態からオンラインの方に変えまして
通信販売の方で
通信販売ですね
焙煎豆を通信販売で売るサイトも作って
やってはいるんですけども
なんかでも直接お客さんと出展だったら
対話できたりするんですけど
そういうところがすごく大事だなというのが
やっぱり2020年、21年とか
やり取りをしている中で感じたりもした
そうですね、ましてやそのストーリーというかね
込みで揃われてますからね
自分らで話ししながらっていうのがね
それでさっき僕らそのコーヒー農園にいた
コーヒーの豆を収穫していくっていうのも
その一つであるんですけど
僕はそのコーヒーを焙煎し始めて
開業した頃からコーヒーの原産
この豆ってどこでできてるんやろうって
原産地を知りたくなったんです
原産地はわかりますけど、パッケージ見たら
原流を知りたいっていう欲求に駆られるんですよ
原産地でどのように収穫されて
どういう方が1年間通して
タイのコーヒー農園体験
どういうふうに育ててるんやろう
そこに興味があるし
人に売るんやったら
売って飲んでもらうんやったら
自分もそうなんですけど
その一部知りたいなっていうことで
ずっとアンテナ張り巡らしてたんですよ
ちょうどいいタイミングで
タイに僕らが旅行に行ってるときに
今タイにいるよねっていうある人から電話が来て
コーヒーの関連の知人なんですけど
その方から電話があって
いますけど何ですかって
お前なんか前コーヒーの豆の農園行きたいって言ってたよね
コーヒー豆いらんかって言われて
タイのコーヒー農園のやつがコーヒー買ってほしいって言ってるんやけど
農園見に行かへんかと
どこですかって言ったら
バンコクにいたんですけど
チェンマイヤって言われて
飛行機に2時間弱だったんですけど
明日来たらいけると思うって言われて
僕らすぐに行ったんですよ
でもその次の日
帰る予定だったんですよね
それはもう2016年ぐらいだと思うんですけど
行って農園見て
まだ収穫時期じゃなかった
11月頃だったんですけど
その方とお会いして
豆もちょっと買って行って
農園も見させてもらって
ずっと行きたかった農園へ行って
そう行って
ここで収穫するんや
いい雰囲気や
景色もチェンマイ行ったことなかったんですけど
山奥に行けば行くほど
なんか古き懐かしい
日本の風景
大正とか昭和の初期とか
本当にそんな雰囲気
なんかね僕ら知らないですけど
そういう昔の日本って
なんかそこら中に
そういう雰囲気を感じるんですよね
話を後々話聞くと
やっぱり昔日本の
ビルマっていう国があって
タイで
その時にやっぱ日本兵が
日本っていう国が東南アジアで
いろいろ
人命を救ったりとか
いろいろ活躍というか
働きをしてたみたいですよね
だからタイ人ってすごく親日で
日本語を喋れる方も結構多くて
日本人を迎えてくれる雰囲気もすごく良かったんで
ここなんかいいなと思って
1ヶ月後に収穫始まるから
来てみひんって応援の人に言われて
もう明日帰るんやけど
1ヶ月後に
収穫体験とコーヒーのプロセス
1ヶ月後に行ったんですよ
家族3人で行って
そこから1ヶ月半ぐらい
収穫ずっとやって
収穫もしに行ったんですか
日本の真冬ですから
僕ら寒いの苦手なんで
冬の間にあったかい国に行って
また夏体験して
陽気に包まれて帰ってくるとか
すごいなんか
ずっと黒い
休む時間ないっていうのもあるんですけど
でもその生活結構気に入って
その次の年ですね
応援の1年の仕事を見たいということで
さすがに家族全員では
年間通し難しいと思ったんですけど
1人だけ
2ヶ月に1回ぐらいのペースで
行ったんですよ
短期間で1週間ぐらい
行って
剪定とか
苗作りとか
豆をちょっと摘取にしたりとかするのもあるんですけど
摘果か
摘果したりとかもあるんですけど
そういうのを見させてもらったり
水を換気になったら水がいるからとか
水のホースを設置したりとか
そういうちょっと技術的なところとか
協力したりとか
全然想像つかへん
コーヒーの栽培
めちゃくちゃ面白いんですよ
豆も
手でチェリーみたいなやつ
手で取るんですか
3メーターぐらいの木なんですけど
すごい斜面に生えてる
それを手で取っていくんですけど
食べたらめちゃくちゃ甘いんですよ
生の
パクパクパクとしょっちゅう食べてるんですけど
僕らは普段コーヒーの
豆の
種の
部分を乾かして
それをいって
粉にして
熱いお湯で
ろ過して
その液体を飲んでるんですよ
その実がついとるってことですよね
実がついてる
その実はどんな味するんですか
めちゃくちゃ甘くて
フルーティーなんですよ
これごとが一番おいしいと思うんですよね
チェリーの部分が一番おいしいんですよ
結局僕は後からするんですけど
そのチェリーの旨味を
どのように活かすかっていうことによって
コーヒーの最終形態の
液体にした時の
変わってくるんですか
香味
フレーバーっていうのが決まってくるんですよ
僕らはそれを研究し始めるんですよね
収穫してきた
そのチェリー付きのまま
天日乾燥させる
それナチュラル生成って呼ぶんですけど
そうするとその甘み
ベリー
チェリーの部分がぎゅーっと凝縮して
種の方に
発酵も
水分と甘みがあるから発酵もするんですよね
発酵して
ちょっと風味が変わるんですよ
っていうナチュラルってやり方と
あと収穫した後に
皮を全部剥ぐ
剥いで
一晩だけ水につけて
微生物によって発酵させて
ぬめりを取って
次の日完全に水で
ぬめりも洗い取って
干すっていうのが
ウォッシュというんですけど
その間のぬめりをどんだけ取るか
ぬめりを取らずに
元気発酵させて
その時間
何時間とか何日かによって
フルーティーさの
量なしの感じとか
柑橘系とかリンゴとか
もちろん品種によったり
管理方法によって変わってくるんですけど
全部ができるわけじゃないんですけど
それによって
いろいろ変えられるんですよ
よくフルーティーな香りで何やら変えなって書いてある
あれはそういうことなんですか
ワインのような表現をしたりします
その発酵とか
今では何かこう
足したりするのもありますね
ビール入れたりとか
なんとかジュース入れたりとかして
発酵の来すぎた
これは奥深いわ
コーヒー奥深いと言うけど
それは奥深いですね
そういうところにも研究したんですけど
同じ農園の一家
個人経営の農家って
2ヶ月大臣と一緒に住むんですよ
無農薬で育てて
無農薬で育てて
日本は冬ですけど
向こうは特夏で
若干寒くなるんですけど
昼間が45度
夜が10度とか
結構寒くて
そんな差があるな
そんな差があるところはコーヒー豆おいしい
おいしいんですか
コーヒーもおいしいよね
昼間はみんな山に
自給的な暮らしの探求
村に人ほとんどいなくて
山に行って
涼しいところで仕事なんかしてるんですよね
日本の人も昔こういう仕事してんやろうな
とか思い馳せながら
こういう人が少なくなってきたから
日本の山が
衰退してきたんだかな
なんか思いながら
台の空の下感じながら
向こうの人の文化を
どのように継承してるのかとか
自給的な暮らしって
どういう風にしていったら
作り上げていくのか
何を大事にしてるんかな
とか思いながら
でもやっぱちょっとずつちょっとずつ
何年間通ってるんですよね
通ってる中で
僕らがコーヒー豆を買ったお金で
お金で応援の人たち
なんかテレフォンショッピングとかで
新しいもの買ったりとかして
これ買ったんやけど
どんなもの買ってるんですか
まずお風呂は
お風呂はたらいで
暑いからね
水はじめに汲んどいて
電費に温めといて
夕方仕事から帰ってきたら
それをこっちに持ってきて
それをたらいで洗う
それがお風呂
やったんですけど
3年後くらいに給湯器が付いて
給湯器買ってきたから
付けてよーって言われて
僕付けて
いやーなんかちょっと
ちょっとね
なんか違うなと思いながら
付けてるんですよ
こんなために
どっちかと言うと
ちょっと気づき始めたんですよ
やっぱりでもなんか
あれ自分たちが
そうそう
自分たちが払ったお金で
給湯器が
便利の中に
確かに便利はいいんですけど
欲しかったお金もあったと思うけど
なんか日の文化とか
日光のエネルギーを
油に変えてたわけでしょ
電気に
だいぶ質が変わるじゃないですか
僕らは
こっちに来て
お湯のその日光から出た
お湯の温かさと
賢い
とかね
身体が温まっていってる間に
まだちょっとぬるい感じなんですよ
なるほど
薪で炊いたお湯の
なんかこう
とろみとか
分かって
ありがたいな
この文化大事やなと思って
日本式にしてるんですよね
便利やしね
憧れやったと
憧れやったんでしょうね
確かに
微妙なあれですね
それね
そうなんですよ
給湯器だけじゃなくて
いろいろあったよね
その次はどんなもの
炊飯ジャーみたいなの
ガスコンロ
普段は薪で
お母さんやってたけど
ガスコンロ
ガスもそうやった
最初ガスコンロなかったな
画期的やったやろね
お母さんら
そうよ
嬉しかった
嬉しかったやろね
画期的やよね
でもこの積み重ねが
あかんというか
何かこう
何ていうの
何かをなくしてる感じがしますよね
知恵をなくしていく
僕らもね
それされてきた
そうですよね
もう私らはすっかり
そっち側におるんやけど
戦後にね
いろいろ
まあね
いろいろ
自分から手放してたんだろうけども
便利に
やっつられてね
それがやっぱり
なんかこう
空気をも同時に生むっていう感じを
何となく分かってきた
僕らの年代っていうのもあると思うんで
だから
あの
途上国にはそうなってほしい
途上国って言い方じゃないですよね
原産国とか
今からっていう国には
そうなってほしくないなー
なんて思い始めた頃
そうなっていくんで
あーって
ちょっと悩むとこでもあったんですよね
でやっぱりコロナがあって
帰ってきたときに
これは何かのメッセージに違いない
足元を確かめろと
だから隔たりを作られたのかな
ということもちょっと感じながら
じゃあ自分たちの足元
何ができる農業だ
動くなって言われてる
そこに反発したい気持ちもあるけども
でも
まあ
いややれることやろうと思って
目の前にある田んぼ
ちょうどそのタイミングで
田んぼ
地域で4単
2単2単
知り合い別々の人なんですけど
別々の人が
同時ぐらいに
やりませんか
やってくれへんか
って言われて
何だこれと思って
やりますって言って
それまでは田んぼは全然
やっちゃってなかったですか
ちょっとやってました
自然
娘が生まれた頃に
やっぱり色々その
その時も
価値とか
健康とかでどういうことかな
とか思ったりして
自然栽培とか
自然農っていうやり方に
押して
自然のやり方の
田んぼをすぐ近くで
やり始めて
いったんだけ
それが初めてなんですけど
でもうまくいかなくて
でその
やり方でやってて
しばらくやめてたんですよね
普通のやり方というか
自然栽培ではあるんですけど
トラクター使ったり
耕起をする
耕すっていう
米の基本みたいな
をやってみようかな
って機会になって
珈琲焙煎と環境意識
4ターンもありますからね
全部手で
今まで通りやってたら
大変だろうから
まずは
使ってもいいよ
機械使ってもいいよ
っていう人がいるので
機械使ってやってみようかな
と思って
ひとまず
やってみることにしたんですよね
そっから始まって
今5ターン
そんな変わってないですけど
それで2020年から
5年くらいやってますね
5ターンやで
自分とこで食べる分には
本当に十分やし
そう思うじゃないですか
それがね
どんだけいります?
何票ぐらい取れるんですか?
5ターンで
ここではね
話すの恥ずかしいぐらいなんですよ
というのも
僕らずっと気づいてなかったんですけど
三重県で
カメムシ
被害っていうのは
ひどい
ひどいっていうのを
3年ぐらい前に僕知って
今まで
平均的に
1ターンで
どれぐらい取れるかって
知らなくて
こんなもんやろうと思ったんですけど
ものすごくひどいんですよ
例えば1ターンで
1ターンやって
1票
60キロ取れなかったり
とかするんですけど
普通に考えられないじゃないですか
でもそんなもんやろうな
と思ってたんですよ
でもそうじゃないことに
気がついて
うちだいたい1ターンで6票
6票とかでしょ
306票
それでも多くないんですよ
6票でも
ですよね
自然栽培してたり
農薬でやったりとかするために
どうしても少なくなるの
分かってはいるんですけど
なんかおかしいなと思って
環境のせいかな
とか思ったりもして
自然栽培自然農って
農地の中だけの話を
結構するじゃないですか
でも僕は
そこに違和感を感じてて
もっと山とつながってたり
川とつながったり
いろんなつながりがある
と思うんですよね
そんな中で出会ったのが
環境再生っていう仕事で
それはやっぱり山の
山水脈を見るとか
空気の流れを見る
っていう仕事で
滞りを見ていくんですよね
路中環境っていう
見方なんですけど
僕ら今パッて見てるときって
地上部分しか見えてない
じゃないですか
だから空気の流れとか
いうのは分かると思うんですけど
水の流れとか
川とかイメージできます
水脈とか
水脈分からないですよね
分かんないじゃないですか
でも水脈って
ラインで走ってると思うんですけど
面で下の方に
あったりするんですよね
よく分かんない
でもそれを
うまく
分からせる
ってくれる人と出会ったんですよね
そこでどんどん
環境再生というのに
のめり込んでいくというか
環境再生はどこかで
勉強されたんですか
今結構環境再生の
ワークショップとかが
やってて
僕は2019年頃に
出会うんですけど
その頃からワークショップ
たくさんやったりとかして
徐々に
技術的なものだったり
見方っていうのを
身につけていくんですけど
そうすると
いろいろ分かるんですよ
例えば裏の山が
崩れてくる原因は
何なのかとか
水脈と自然栽培のつながり
家が湿気てくる原因は
何なのかとか
家の周りの木が倒れた
その原因は何なのかとか
調査を見ていくと
人工物が水脈を
荷重によって
遮断している
コンクリート工場だったり
有事項だったりとか
みんなが喜ぶ
砂坊園邸だったりとか
あと
護岸工事ですね
そうですね
とかいうのがやっぱり
あんまりそこまで
土柱のことを考えて
作られてなかった
もちろん施工性とか
効率というのも
考えて作られている中で
やっぱり見落としがちになっている
土柱の環境
長い目で見たら
もしかすると悪化するかもしれない
ということを
ちょっと排除している部分が
あるのではないかなという
考え方に気が付いていて
今それを
お仕事としてされているというのは
どういうことをされているんですか
実際
今個人でも
その環境再生の中では
フリーランスだと思うんですよ
フリーで動いていて
自営でもやってはいるんですけど
自営というか
自分で
仕事を取ってくるというか
お願いされたら
依頼されたらやりますよ
ワークショップやってください
ワークショップやります
企業さんとかで
企業研修やってくださいとか
やりますというので
受けて何件かやってます
それ以外に
フリーランスとして動いているというのは
環境再生で
地方の行政だったりとか
企業とかが
いろいろな水災害
震災災害とかがあったりとかして
なんとなく
土中の環境とか
環境の
ダメージってどこにあるのかな
というのを
ただ単に
気候変動だけではなくて
僕らの
なんていうのかな
働きによって
それが
今は知っていなくなっているかもしれない
というのを気づき出している人たちが
結構いまして
実践者もいるし
やってほしいという方もおられて
僕らも
そういう団体
やる側の団体の所属というか
チームに加わっていて
そこから大きな現場が
出てきたっていうのがあったら
来れるか
来れますか
それで行かれるんですか
1回の現場で4,50名集まるとか
職人という立場なんですけど
環境再生の職人が
4,50人集まって
1週間とか長い時は2週間ぐらい
作業するんです
この間もご連絡させてもらった時に
石川県にいらっしゃるんやって
ちょうどおっしゃっておって
その時も
そうですね
その時七尾市っていうところで
去年の
1月1日にあった震災の
だいぶ遅れたりしてるっていう
ニュースになってると思うんですけども
その中で業壁が崩壊してしまった
ところの
改善環境を改善して
またそこに新たに
建物を建てたところなんですけど
もう一度建てるっていう
基礎工事の基礎の部分をやってるんです
基礎に基礎の土を全部取って
そこに杭を打って石を詰めて
やっぱり土中に水が耐水しないために
ただ転圧して抑えたり
コンクリートでガチって
強度で固めるんじゃなくて
ソフトに水がちゃんと抜けていく
ラインを作っていって
杭を打って雨が降ってきたら
ちゃんと浸透して
生き物がそこの根っこを支えてくれるような
仕組み
有機物を草状に入れていったりするんですけど
縦に打ったりとか杭ですね
打っていったりとか落ち葉入れたりとか
竹炭巻いたりとか
石を縦向けに刺していく
果樹を分散していく
というやり方をすることによって
水が滞らずに
伝統技術の活用
じんわりゆっくり浸透して
もともとあった地下水脈に乗っていくんです
その過程で木の根とか植物の根は
水を追いかけるんですよ
水を追いかけて根を
根で葉壁の代わりをするんです
支えるという
昔の石積みとかそうですよね
石積みの上にはよくお茶の木とかが植えられた
お茶の木とか5mぐらい根っこを
縦横無尽に生やすんです
それで石垣をガチっと
松とかもそうなんですけど
定房のところとかに松があったりするの
お城の上とか
他の理由もお城の場合はありますけど
松は根っこで支えてくれるので
お城の上、城壁の上には松が生えているとか
そういうふうに根を植物も味方につけるような
土木の在り方
昔はそういうのが民間的にされてたんですよね
全部その技法っていうかは
昔のものなんですか
それは組み合わせですね
僕らは昔のやり方っていうのも
勉強してるし
過去の遺構を掘ったりすると色々出てくるんですよ
昔の跡が
こういうふうにやってたんだとか
そういう資料も見ますけど
実際僕らが手をつけた場所に
昔の人同じことやってると間違ってないなとか
その石の組み方であったりとか
墨入れてあるとかいうことがあるわけですか
杭が打ってて
あっ朽ちてないこれいつからやろうとか
いうのがあったりしたり
文献なんか見たりして
そういう部分大事にしない部分と
現代的な部分
もちろん雲も使ったりとか
ある程度の人数になったら
そういう機械を使ったりする規模になると
どうしても機械で手を入れて造成したところは
機械の手でやっぱそれを一回取ったりとかしないと
やっぱり人力であろうと思ったら死んじゃいますね
どうでしょうね
土砂一つ取るのも全部手ではできないですもんね
なかなか厳しいですね
その兼ね合いを見て
どこまでやったらいいのかっていうのを考えながら
現代的にちょっとアレンジをしながら
大事にしたいものを残しつつ
やっぱり有機物を味方につけていくっていう手法なんだと思います
現代の土木ってやっぱり
図面に載せたりとか計算もできるっていう土木様式になってて
もちろんそれね
お仕事となると機体っていうのが載ってくるし
設計っていうのが必要になってくると思うんで
そこに予算をつけたりするんです
できなかったりするわけですから
そういうのはもう必要なんだろうと思うんだけど
そればかりでは
うまくいかないだろうっていうのは何となく分かってると思うんですけど
そこをやっぱりね
うまいことしていくように
これから形作っていくっていうのも
やっぱり仕事の一つとしてあって
それは僕一人でやることではなくて
そういう団体だったりとか
いろんな知恵を借りながら
結果的にやっぱり
自分たちの身につけたり
人にそれを教えたりとか
技術をやっぱり身につけて
自分でできる
昔の人がやってたように
もうちょっと自分でできる
農業もそうだけども
土木に関しても
例えば自分とこの家の周りとか
そうですね
やっぱり行政使わなきゃいけないとかなってくると
やっぱりハードル高かったりするじゃないですか
で、やってもらったはいいけども
後々住みにくくなったかもしれないなとか
ちょっと空気感変わったなとかいうこともあるかもしれない
ちょっとした知恵、知識によって
それが簡単にできてしまうかもしれないので
そういうところを
発信というか
直に伝えられる
簡易を作っていきたいなと思って
今ここに来ています
古文書とかも中には見られたりしながら
やるんやっていう話も聞いてたんで
どういうことなんやろうなと思ったんですけど
すごいよくわかります
暮らしと直結してるよね
そうだよね
湿気の話なんか本当に暮らしで
家によってはすごく湿気が多かったりとかね
そうですね
簡単な話
昔は家の作りはどうやったかというと
日本伝統的な建物って石場建てか掘ったてなんですよね
石場建てっていうのはどういうことかっていうと
日本の建築と環境の意識
使石があってその上に柱が立っていて
それが家の中に何本もあるんですけど
面で抑えずに点で支えたんですよ
日本の建築物っていうのは
だから荷重が分散してたんですよね
点で
ということは面で掛からないし
点で掛かってるから
その下にもいろいろ細工があって
杭が打ってあったり石が敷き詰められたりして
さらに荷重を分散するような仕組みができてたりとかして
そうすると水脈が途絶えないんですよ
空気の循環と水の循環が常に湿気も
炭なんか入れたりもしてましたから
循環がする
でも今の家ってどうかっていうと
最初にそっから変わっていったのが布基礎って言って
ブロック塀みたいなのを
家の周りに組んでいって
使いしの間に組んでいって
布基礎みたいなのができて
その次が今は知るようになっているベタ基礎みたいな
コンクリートで混じっていってしまって
大きいところでそこに
四時層まで届くような杭を打ったりとかして
とにかく家を支えるみたいな
様式になっていると思うんですけど
そうすると周りの環境っていうのはあんまり考えてないですよね
長きに渡って
家の価値っていうのも変わってきたと思うんですよ
昔は何十年も何百年も住むっていう
考えの下で家が建てられたと思うんですけど
今は一世代で
仕事壊してまた新築パパンと建てて
だから周りの環境とかあんまり
影響が出てこないまでになくなるとか
あんまり意識されてないと思うんですけど
その中で建てられた現代建築っていうのは
周りの環境を
全部の民家がそういう風になってくると
影響出てくるんですよね
仕事と地域の関係
それが滞りを作ってしまって
空気感も変えてしまう
湿気を閉じ込めてしまう
水を循環しない
水を作ってしまうっていうことになって
それが面で広がっていくと
どういう影響が出てくるか
それが災害だったりとか
水の穀圧だったりとか
大雨の時は水がだーって流れていくけども
乾いた時は一切ない
泥水が流れてきてほしい
そういう環境に変わってきた
確かにそういう川ありますね
うちの周りにもあります
普段全く流れてない災害の時だけ
それを全体的なことで批判するんじゃなくて
知らないでやっててこうやりたい
そんな中でもいい環境にしていって
呼吸のしやすい場所を作りたいとか
いう方にそういう技術をお伝えして
自分でできない場合は
こちらで施工をしたりとかして
見てもらって、管理をしてもらって
メンテナンスしてもらって
そういうのが仕事としてできる人が増えたらいいし
僕自身もそれは仕事としてできるんですけど
今は半分ぐらいが環境再生のお仕事
コーヒーとその半分ぐらいが
そうですね
時間的な配分、電線的な配分で言ったら
3分の1ぐらいの感じなんですけど
時給農業が3分の1使ってる
環境再生が3分の1使ってる
本当にまさに10日間で言ってたりするので
コーヒーの仕事が分散はしてますけど
10日間ぐらい、1ヶ月で
それぐらいの結構いいバランスで回ってるなと思っていて
自分の仕事もそうなんですけど
やっぱり地域に住んでたら過疎化とか
仕事がないとかいう話を聞くじゃないですか
仕事は自分で生み出したらいいものだと思うし
そういう環境を良くしてそれが仕事になるんだとか
やってるときも気持ちいいんですよ
空気感が滞っているときが
ところが空気が水の循環がされる瞬間とかって
匂いとかがバッと消えたりとか
空気がサッと抜けてきて
するんですよ
そういう現場にいるとものすごく心地いいんですよね
それって一気に変わる
一気に変わりますね
徐々にの場合もありますし
時間をかけての場合もあるんですけど
それは農業と一緒で
仲間と仕事してるときのコミュニケーションとって
いろいろやってるのも楽しいし
さっきも田植えしてるときは一番楽しいんやってね
一つ一つの時間を大切にしたいですよね
農業も環境再生も
いい方法として環境再生って仕事はあるなと思って
僕は地球農業と同じだけの価値があるし
それが地域を再生していく
昔よく遊戯とかいう言葉が
コミュニティと食文化のつながり
屋根をね、あれですよね
かやぶきの屋根やるときとか
そういう遊戯みたいなのを
現代的にアレンジして作っていければ
いいコミュニケーションの取り方
コミュニティで出来上がっていくんじゃないかなと思ってて
昔の屋根拭きだったりとか
家作るときもそうだったり
今やっている田植えとか稲刈りとか
村みんなで出て田植えをやったって聞きますもんね
こういう過疎地に来ると
ご年配者が多かったりするので
無理無理そういう方を叩き起こしてやれとか
そういうことじゃなくて
やっぱり昔からのそういう大変な作業をされて
やってた人は便利になるのが
ウェルカムなのがよく分かるし
それは続けていってもらったらいいと思うんですけども
それ以外のことで地域に来て
何か地域のためになりたいと思っている方には
やっぱりどんどん開ける場所であってほしいなと思うし
そういう方には繋いで地域を豊かにしていって
水源地を循環あるものにして
海と山をつなげたいなという
いいですね、海と山をつなげる
もうすでにここに尾形さんのとこに
いろんなとこから人が来てくれて
それが始まっているのかなという感じがしますね
このミミミエラジオ
こちらご縁をいただいたのも
小羽浦町に住んでいる
次、居酒屋を落とされるね
うらわで笑うにする
うらわさんという人で
その反対で笑うという野望で居酒屋を
7月の5日にオープンするということで
彼と大台町で会っているんですけど
稲刈去年、解禁症ぐらいで来てくれて
誘ってないのに
誘ってないっていうのは
稲刈去年水がぐじぐじのところで
刈らないといけなくて
すごい大変な稲刈りだったんですよ
そういう時って
頼むのって気が引けるっていうか
田植えは楽しいからせーへんって言えるんだけど
大変な作業を
どうっていうのって
なかなか心苦しいから
生まないから2人で頑張るんですけど
そんな時に
そろそろ稲刈りですかとか言って
しんどいのわかってるのに心よく来てくれて
しかも何回も
彼が今
朝早朝4時とかに起きて
漁師してるんですよ
19時とかぐらいまで勤務して
仮眠ちょっとするのかな
昼ぐらいにぽちついて稲刈りして
何日間も連続やってくれて
何のためにそれしてんの
居酒屋でご飯を出す時に
こういう米を提供したい
自分がちょっとでも知っとって
さっきお二人言われたように
自分が知っとるストーリー
どうやって作られたのか
知っとるところのご飯を出したい
僕らまさにそういうことをやりたい
浦和くんがやりたいこと
僕もそれやし
昔は海と山でつながってたし
ここはそういう場所だと思ってるから
僕もそういうコミュニティ作りたいし
海の人とつながりたい
それがまさに実現してて
今回こういうラジオに出演させていただいて
すごくご縁を感じるんです
本当にそうですよ
ぜひぜひこれからもつながりましょうよ
ぜひぜひ7月5日のオープンする
笑うに
それがね
7月5日に東京でイベントするのが決まったんです
私も行きたかったんだけど
その日行けへんのです
別にその日じゃなくてもいいじゃないですか
ずっとそれはね
これからまた行ってもいいですよね
また一緒にそこで草刈りの話ししましょう
いいですね
本当にいい場所になると思います
おかえり食堂
今日は本当にたくさんお話聞かせてもらって
実は録音してるんだけど
切れそうにたくさんお話してもらったやつを
切るのもったいないから
本当にまたコーナー作りたいし
あと草刈りもちょっと別でやりましょうよ
本当に今日はどうもありがとうございました
最後にもう一つコーナーがあります
皆さんに聞いてるんですけど
おかえり食堂っていうコーナーがあって
大台町で地元の味っていうのかな
これはちょっとみんなにおすすめしたいんやとか
自分は例えばどっか行って大台町帰ってきた時は
これ食べたいんやとか
そういうのを紹介してもらってるんですけど
岡田さんご夫婦のおかえり食堂は
どこのどういうご飯ですか
きたきた
僕ちょうど行こうと思ってるんです
今日行かれる
そうなん
というのも僕ら田植えとか
稲刈りとか結構ヘトヘトになる人
体力使うし
田んぼやったら電柵も張らなあかんし
そうじゃないとしっかり食べられちゃうんで
そういう時はどこかに食べに行くことにしてるんです
僕らの中にはゴールデンコース
ゴールデンコース
ゴールデンコースがある
大台町のフォレストピアっていう施設があって
近くにありますよね
天然温泉
そこでお風呂入って
そこのお風呂も
高線なんですけど温めてるね
なんかめちゃくちゃ温まるんですよ
そこに入って
疲れを癒やして
ご飯食べたいなあ
家に帰るのもなあと思って
店谷の反対方向に行くんです
そしたら店谷に出ると
大黒屋さん
そこが僕らの
お気に入りというか
お気に入りの店で
どこから帰ってきた時も
お帰り食堂
帰ってきたなあっていう
食堂
お店なんですよね
メニュー結構いろいろあるんですけど
どいどんなった時は
僕ら夫婦でとんかつ定食
普段食べないんですけど
お肉系はあんま食べないんですけど
とんかつ定食
ゴールデンだからね
働いて
お風呂入って
ご飯食べて寝るだけ
とんかつに
付いてるソースが
2種類あってね
味噌のソースと
普通のソースが付いてて
定食にね
それを食べて
帰るんですけど
大体ね大黒屋さん行ったら
誰かに友達になったりして
木曜日や
休み
今日休みなんですよ
今日定休日なんですよ
別で行く
大黒屋さんは木曜日定休日
今日行かれへんよ
今日行かれへんってことなんですよ
あら
とんかつあげる?
いやいや
疲れてますもんね
ちょっと考えようか
大黒屋さん
尾形さんのお帰り食堂は
大黒屋さんのとんかつ定食ってことですね
どうもありがとうございました
そしたら
今日は本当にたくさんね
ためになる話もそうやし
すごく勉強になったしね
あとこれからまた一緒にやりたいな
いうこともできたので
ありがとうございました
7月のイベントのお知らせです
7月5日土曜日
ミミミエラジオの公開収録を
東京日本橋の
三重テラスで行います
時間がですね
10時から16時までやっております
10時から15時が
バーセッションという形で
大和の天夏ジュースと
南瀬の日本酒を試飲することができます
そして15時から16時
トークセッションで
ミミミエラジオの公開収録を行います
ミミミエラジオの紹介とか
あと三重県南部の
知られざる魅力を紹介したいと思います
お近くにいらっしゃる方は
三重テラスの2階の
イベントスペースの方にぜひお越しください
東京方面で
もしミミミエラジオを
いつも聞いてくださっている方がいらっしゃったら
ぜひ会いに来ていただきたいなと思います
この7月5日に
もし来れない方がいらっしゃっても
実は
7月6日と12月6日
今年2階ですね
三重テラスの方にミミミエラジオのPRに
行こうかと思っていますので
ぜひ予定を明けておいていただければ
嬉しいです
ミミミエラジオは
Spotify、Apple Podcast
YouTube Musicなど
音声配信プラットフォームで
毎月第1、第3金曜日に
最新エピソードを配信しています
他にもリスナーの皆さんからの
お便りもお待ちしています
お便りの感想だったり
あなたのお帰り食堂など
送ってください
番組へのお便り感想は
番組の概要欄からジャンプできる
番組ホームページに
メッセージホームがありますので
そこから送ってください
今日はミミミエラジオ13市町から
お送りしてきた最終回
大台調をお送りしました
7月からはシーズン2が始まります
さらにディープに
ミエの情報をお届けしていきますので
それではまた7月に
お会いしましょう
01:11:11

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