時給農業と環境再生という仕事と、手編短焙煎大コーヒーという野望でコーヒーの焙煎師を。
焙煎師をやられてるんですね。
簡単に自己紹介はそんな感じですね。
奥さんは元々どこの出身なんですか。
私は奈良県出身で、夫と出会ったのをきっかけに、ここの栗谷っていう集落に移住という形で来たんですけど。
結婚を機に来られた感じですか。
そうなんですね。
こっちの三重県に知り合いがいるとか、そういうの全くなくて。
結構ここって大台庁の中でも、私もすいません、前通ったことあるのかなと思うけど、初めて来ました。
そして一応住所教えてもらったもんで、旅で来たんですけど、迷ってこれどこやと人に聞きながら来ました。
なんでここの場所を選んだんですか。
それは夫が話した方がいいと思うんですけど。
結婚と同時に移住したんですけど、僕そんなに、カットされるかもしれないですけど、結婚はしなくてもいいかな。
とにかく一緒に住んで時間を共にしたいなと思ってたんで、移住しようっていう話、移住したいし一緒に住まないみたいな話をしたら、
移住するなら結婚でしょう。一緒に住むなら結婚でしょうって言われて、そうかそういうタイミングかと思って、結婚して移住することになったんですけど、この場所に出会ったきっかけっていうことですね。
もともと三重県にはちょこちょこ来られとったわけですね。
そうですね。僕はその前に関東に住んでたんですけど、前の前か、関東に住んでて東日本大震災、2011年3月11日に関東に行って会社に行ってたんですけど、そこで大きな揺れと、
あとその後のゴタゴタというか、原発が爆発したり、いろいろ今まで知らなかったことに遭遇して、ここにはもうちょっと関東には住めないな、住み方、生き方自体を、働き方自体をちょっと変えたいなと思って、まずは空き家になって、京都の実家に帰るんですよね。
実家に帰ってしばらく被災地に行ったりとか、いろいろしながら時間を過ごしたんですけど、仕事もしたいなということで、本題の仕事を自分で作りたいっていうことはもう決めてたんです。
それまでは会社員?
会社員だったんですけど、やっぱり自分で何かを作ってコンパクトに動くっていうことの魅力を感じたんですよね。
やっぱり公式化してくると通貸が大きくなると、やっぱりすごくやりたくないことをやらなきゃいけなかったりとか、強いてしまったりとかいうのをやっぱり東日本大震災の時に何となくこう見えてきて、それやったら自分で仕事を作りたいということで、さて何があるだろうと思って、
僕は単純なんで、毎日コーヒー飲んでるし、コーヒーの焙煎もしたこと20歳ぐらいの時に初めてしたことがあったし、焙煎業しようかなと思って、そのコーヒーの焙煎の友達にいたんですけど、
フラッと京都を散歩して行ったんですよね。で、コーヒーのショップを紹介してもらって入ったところのコーヒーがものすごくおいしくて、その方は弟子入りっていうことではないんですけど、焙煎の現場見せてもらったりして、生の豆をいただいて、お土産や、焙煎してみてって言われて、自分で焙煎してその方に持ってったら、おいしいから売りやって言われて。
その気になってしまうんで、僕はね。
で、コーヒ屋さん。
コーヒ屋さんやって。で、開業して間もなく、別に京都にずっと住んでるつもりはなかったんで、どっかに移住したいなと、特に田舎に移住したいなという念頭に置きながらいたので、そういうスタンスで何か開業できないかなと思ったら、やっぱり身を軽くすると。
出店形態でできないかと思ったら、手作り市っていうのは京都たくさんあって、早速その手作り市に行ったら、もうすでにコーヒーで出店されている方いて、やってる人がいる。
でも何か成り立ちそうやなと思って、やってみようと思って、1週間でその出店形態のセットを作って、自分で手作りで作るの好きなんで。
で、それを引っさげて、全国各地にいろいろマルシェ、マーケット、ブームもあったんですよね、その頃ね。
10年ぐらい前ですよね。その辺からすごくマルシェ、マーケットがたくさん大小様々あって、その中で出会ったのが妻なんですけど。
マーケットで、奥さんは別でマーケットなんか出店されてたんですか。
それまでは私も働いてて、長年勤めたところを辞めて、何で出店してたかって言ったら、シモンケーキで出店してたんですけど。
相性いいですね。
そうなんですよ。で、辞めた時に趣味でやってたんですけど、出さへんって友達に誘われて、じゃあちょっとやってみようかなみたいな身軽にもなってるし。
なんか似てますね。
軽い、軽く。
自分では多分やろうってはならないけど、友達に言われたからやろうかなって思って、きっかけもあって。
それが初めての出店やったんですけど、奈良の法隆寺やって、隣にいて。
そうなんですよ。法隆寺でやってるんですよ。法隆寺のマルシェでやって。
横出店で。
私は初めての出店。で、奈良やったから行ったんですけど、隣にいてすごい暇そうで。
で、マルシェと出てね、出店して、私もよく出店するんですけど、暇な時ね、もう横の人と喋るしかないですよね。
僕はめちゃくちゃ暇だったし、隣のブースで3人女の子出店した。で、一番手が空いててよく喋ってくる子がねぐちゃんで、仲良くなって。
で、それから会うようになって。で、僕京都で奈良で。で、ちょうどその頃に伊勢の仙宮っていうのがあったんですよ。
式年仙宮。
そうですね。
で、その頃に伊勢になんかこういろいろ人が集まるし、マーケットマルシェだとか、風見層っていうゲストハウスができたりとかして、
なんかにぎわいを感じてたので、なんか頻繁に行くんだった。そのコースでね。京都、めぐちゃんに会って、奈良。
で、下道で移動するのがやっぱり好きというか、場所探しついにでもあるので、下道でこう行くと、ちょうどね、その伊勢の方に入るときに、
桜井、奈良の桜井を抜けて166号線で高見峠という峠を抜けて飯高町に入って、そこからもうちょっと東に向かって峠を越えると、ゆたり峠っていうのがあって、で、大台町に入るんですよね。
で、それが最短のルートなんですよ。で、そのゆたり峠を抜けてきたときに、あ、なんか伊勢の国に来たなっていう雰囲気を感じたんですよ。空間変わって。
残念ながらその高見峠を越えたときに景色はいいんですけど、あんまりそういう躍動感みたいなのはあんまり感じられなくて、で、そのゆたり峠の大台町に入ったときに、なんかすごくホッとした感じがしたんですよ。
で、その峠のお不動産のお水を、お不動産があるんですけど、ゆたり峠に降りたところに。
お不動産のお水をいただいて、なんか覚えのある水やなって思いながら、こう。
で、峠を降りてきたら、なんかふわふわしてなんかワクワクする感じがあって、ひゅーっと降りてきた一番最初の集落が、今、来場なんてわからないですけど、前の前にあるここの場所なんですよ。
その目の前の。
ちょうどここ、このほとりこの場所。
そうなんです。
ちょうど降りてきて抜けてきたら一番最初のところがここや。
人気を感じた集落ここ。
確かに今家がね、確かに山の中から来た、私らもこっちから来たから結構やけど、でも今ポツンポツンと見たときに何軒か集落見えて山の中やけどっていう感じの。
そう、伊勢ってこんなとこなんかなとか。
ここで伊勢って感じがした。
伊勢って感じがした。
あとから知るんですけど、宮川の流域で支流になり、宮川の支流になるんですけど支流のやっぱり原流域になるんで。
で、僕はなんか水に呼ばれたんかなと思うんですよ。
お不動産でお水飲んで。
お不動産ってね、そういう土地の神様だったりするわけなんで。
お水に呼ばれたんかなと思って。
今その環境再生っていうのは後だって喋りますけど、お水の仕事だったりコーヒーも。
お師匠さんから聞いたんですけど水商売屋でやってて言われたんですよ。
田んぼも水が必要だから。
田んぼも水が必要だからということで。
で、降りてきたときのこの地域の集落の雰囲気が良かったので、なんかこう記憶に留まったんで。
その後伊勢に入って出店をしたときにいろんな方に、僕ベラベラ喋るの好きなんで。
出店が暇だったらとにかく左右の人に話して。
そうこうしてる間に、ちょうどそこに家あるよっていう話を誰かに話した1週間後ぐらいに電話がかかってきたんですよ。
最初誰かあんま分かってなかったんですけど。
あった時にあったあったこの人と思って。
で、家見に行って見に行ったところに今住んでるんですけど。
家あるよって言われて見に来たらここやったんですか。
ここじゃないんですけど、今ここにいる場所ではなくて、どこに連れて行かれるんやって。
今目の前の奥のあの谷の中の方にあるんですよ。
あの中にまだ家があるんですか。
今ラジオの方は想像つかないと思うんですけど。
後で写真で見てもらうと分かるけど山しか見えないんですけど。
一緒に車乗せてってもらったら林道に入っていくんですよね。
林道に入って行って最初に一番手前にある農機業小屋みたいなのがあって。
ここかなと思ったんですけど。
いやこれやったらちょっとお断りやなと思って。
通り過ぎて。
あれですよね、さっきのあの小屋ね。
通り過ぎていくでしょ。
もう一軒住宅というか山小屋みたいなのがあるんですよ。
ちっちゃな。
いやでもこれもちょっと二人で住むには狭すぎるなと思って。
ちょっと朽ちてきてるからと思って。
ついに見えた家が、それの3倍ぐらいの大きさのドカンとした山小屋で立派だったんですよ。
立派に見えたんや。
そうそうその順序があって。
あの農機業小屋、ちっちゃな山小屋。
土産屋さんと一緒やん。悪いやつから見せとくやつやん。
そういう混沌はなかったと思うんですけど。
その順番で見て最後にあ、砦が来たと思って。
これなら住めるかもっていう気持ちになって中見させて。
そこはもう空き家になってるようなところで、工事とか何もせんでも住めるようなものとかやったんですか。
そうです。大屋さんがおられて、大屋さんが何年か前までそこで住んでおられたっていうか別荘で。
コーヒー飲んだりとかちょっと豊かな時間をそこで過ごしたいなっていうので作られたこだわりの家やって。