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2026-02-14 18:19

読書記録:スマホ時代の哲学

「スマホ時代の哲学」(谷川嘉浩)について振り返りました #読書 #読書感想 #哲学
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こんにちは、midoriです。今回はですね、スマホ時代の哲学を最近オーリブルで聞いたので、その内容について振り返って、また考えたことをまとめてみたいと思います。
この本についてなんですけれども、スマホ時代の哲学は、スマホによって常に誰かとつながっている同時接続社会の中で、人はどのように哲学と向き合えばいいのかということをテーマにしています。
著者はですね、哲学者の谷川よしひろさんです。
正直ですね、ここだけ聞いて、すごいとつきにくい本なのかなって正直思ってたんですよね。
なんかあの、哲学書って言われるものあんまり読んだことはないんですけれども、哲学ってすごい難解なイメージがあって、専門用語も多いし、ちょっと考え方もですね、あまりこう哲学に触れてないっていうのもあって、
何言ってるのがよくわかんないみたいなイメージがすごく先入観としてあったので、正直ね、ついていけるかなっていうのが最初不安でした。
途中で飽きちゃうんじゃないかなっていうのも正直不安だったんですけれども、なんとなくですね、気になっていたっていうのもありまして、オーディブルで聞き始めたらですね、すごいわかりやすい、読みやすいというか、内容がすごく入ってきやすくて、
話し言葉に近い形で書かれていますし、あとはその哲学の言葉もかなり引用されてるんですけれども、それだけではなくて、映画だったりとか、あとはアニメ、エヴァとかの引用もすごいされているので、すごい身近な例を取ってわかりやすく解説されているっていうのもありまして、
すごい哲学にあんまり今まで触れてこなかった人にも配慮されている内容でした。
この本で問題にしているのがですね、現代社会の情報型とスピードのところかなというふうに思うんですけれども、スマホによって常に何か情報に接続されていて、複数のアプリを同時に使うことでマルチタスクを常にこなしている状態なんですけれども、
そうするとですね、一個一個に対する集中力がなくなったりとか、そもそも注意力が分散されてしまうというところが、このスマホ時代の一つの問題なんですよね。
結果的にですね、早く正解を出すとか、効率よく処理することっていうのが今すごく重視されているのかなと思うんですけれども、その代わりにですね、一つ一つの物事にじっくり向き合う時間とか集中力がそもそも失われているんじゃないかというところを指摘しています。
これはケンスーさんもケンスピーとかでよく言われていることかなと思いますし、今ノートで書かれているスマホというモンスターを飼いならす方法でもこういったことが言われているかなと思います。
私自身もですね、やっぱりスマホを使うようになってからすごく集中力がなくなってきて、本を読めないっていうことがすごく最近感じるんですよね。
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読書をしているので、だいぶ慣れてはきましたけれども、特に紙の本が読めないんですよね、今。紙もちょっとずつ読み始めているので、だいぶ慣れてはきたんですけれども、
今までKindleだったりとか、あとAudibleを使って読書をしていたので、本当に紙の本が全然進まなかったりとか、紙の本に集中できないっていうのが結構最初の頃ありました。
なので、本当に集中力が失われているというのは顕著に感じています。
この本の中で重要な概念として提示されているのが、ネガティブ・ケイバビリティという概念です。
これはですね、わからなさをわからないまま受け入れる力とか、結論を急がずにこの曖昧さに耐える態度、もやもやをもやもやに耐えて居心地の悪さに耐えるという概念なんですけれども、
これは今タイパとかコスパとかが重視されていて、悩みとか捨てた方がいいよねみたいなのもちょっと風潮として感じる中で、結構現代に逆行した態度なのかなというふうに感じました。
なんですけれども、だからこそ改めて必要な概念なのかなというふうに感じましたし、これがこの本の中で一番重要なキーワードなのかなと思います。
あとですね、この本の中で個人的に印象的だったのが、孤独と孤立っていうところの言葉の定義なんですけれども、これはですね、一般的に言われている孤独とか孤立っていう定義ではなくて、
ハンナ・アーレントの言っている言葉を引用したものなので、ちょっと一般的な意味合いとは違うんですが、
まずそのハンナ・アーレントの定義で言うと、孤立っていうのは他者との関わりがないというか、物理的に一人になっている状態で、
孤独はその孤立があった上で、自分と対話をして内面を豊かにしている状態っていうふうに言われていました。
なので、一般的なイメージで言う孤独とか孤立に対するネガティブなイメージというよりは、その一人の時間を持つことによって自分に向き合って、
自分の内面を豊かにするっていうのはすごいポジティブな意味合いなのかなというふうに感じたんですよね。
ネガティブとかポジティブとかっていう議論じゃないのかもしれないんですけれども、少なくとも一般的に言われているものとはちょっと違う言い方をされていました。
なのですごい新鮮でしたし、ぼっちがすごい忌避されやすい、忌避されやすい世の中かなと思うので、
その中でやっぱりあえて一人の時間を作る。それで自分の考えを整理するとかもそうですし、
これで思い出したのがですね、カジサック、キングコングの梶原さんが何かのテレビで言ってたんですけれども、
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本当に忙しくて一回ちょっとバーンアウトというかになっちゃったことがあって、その経験を通じて自分との打ち合わせの時間を持つことが大事だよって言ってたんですよ。
それすごく印象に残ってて、私も今すごく仕事と育児で時間が全然ないなっていう状態で、立ち止まる時間が本当にないなというふうに毎日感じてるんですけれども、
その中でもあえてこうやってこうスタイフに取るためにネタっていうかですね、自分で日々考えたことを一旦ピン止めして考えたりですとか、
あとはそのメモを書いたりとかっていうことをすることによって、自分と向き合う時間をあえて作れてるのかなと思いますし、これによって生きてる実感があるというか、
流されずに生きてる感がすごくあるので、本当にこの自分と打ち合わせする時間っていうの大事だなというふうに感じてます。
なのでね、一人でいることっていうのは本当にネガティブなことじゃなくて、あえて自分の今感じてることとか、今自分がやりたいことが何なのかっていうのを整理するためには本当に必要なことなんだなということを改めてこの本で感じました。
あとですね、この本でキーワードとして出てくるのが趣味っていう概念なんですけれども、概念というか趣味がすごくキーワードとして出てきます。
それはこれも一般的な娯楽とかっていうような意味合いではなくて、もうちょっと狭い範囲で何かを作るとか何かを育てるって、それを何かに向き合うことによるままならなさを経験することで、
何て言うんですかね、自己対話を生むみたいなことを言われているので、多分一般的に楽しむためにやっている趣味とはもうちょっと性質の違うものかなというふうには思うんですけれども、
これがすごい重要なところとして取り上げられていました。
例としてよく出てきたのが、エヴァのカジさんがスイカを育てている場面が何度か取り上げられているんですけれども、
スイカを育てるっていうことは何かを話しかけてくれるわけでもなければ、必ずしも自分が手をかけたからといってその思い通りにスイカが育ってくれるってわけでもないんですけれども、
何かを語りかけてくれるわけでも思い通りになるわけでもない、そのものと向き合っていることによって何かを語りかけてくれることがあるよみたいなことを本の中で言ってたんですね。
これはですね、文章を書くことも同じだよみたいなことで、本の中で言われてたんですけれども、書いているうちに全然違う考えが浮かんできたりとか、
あとは自分の中にある思いをうまく書けないとか、もどかしさを感じたりとか、そのプロセスが自己対話になるっていうことを言っていて、これもすごく印象的でしたし、やっぱりその後半のですね、文章を書くっていうことに関しては、私もこうやってスタイフで配信したりですとか、
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それを文字起こししてノートにまとめたりする中で、やっぱり自分の考えがうまくアウトプットできないなとか、何かすごく引っかかるんだけど、何がどう引っかかっているのか自分の中でもうまく言葉にできないとか、思考が先に進まないなって思うところは結構あったりするので、これはすごくよくわかります。
やっぱりこういうアウトプットをしていることによって、仕事と育児でなかなか時間が取れないんですけれども、やっぱりこの活動をしているっていうのは、自分との対話の機会を作るっていう面ではすごく有効なんだなというふうに改めて思いました。
なんですけれども、一方でですね、結構AIを使ってこのプロセスをかなり簡略化しているなっていうのも同時に思ったんですよ。
スタイフの配信ネタを取るときもそうですし、取るというか考えるときもそうですし、それをノートに文字起こしするときも結構AIに頼っているので、もちろん起点の部分は自分で考えてますし、
どういう順番でとか、どういうポイントについて話したいかとか、あとその話す内容に関してもなるべく自分の言葉でっていうふうにやってはいるものの、その整形するところをAIに任せていたりするので、割とAIっぽい文章に引っ張られたりとか、
綺麗な言葉にまとめられてしまって、本当は自分の生の声で表現したら違う表現が出てきたかもしれないところを、AIの表現で収めちゃってる部分は結構あるなと自分でも感じているので、
ノートを過去の文と今書いてるので、見比べたときにですね、何となく自分の中でだけしか思ってないのかもしれないんですけど、最初の頃に書いてたノートって割と自分で全部書いてたんですよ。
変なところだけAIに補正してもらってるぐらいだったので、そのときの文章と今話した言葉を文字起こしして、AIに投げて整形してっていうので、それはもちろん修正はしてますけど、それで書いた文章って人間味の現れ方が違うなと自分的には思ってます。
なのでね、なかなか時間がないのでじっくり文章とか話す内容に対して向き合う時間が取れてないっていうのはあるんですけれども、なんかあんまりにもAIに任せすぎるのは良くないなというふうに改めて感じました。
ここまでが一応ですね、本の振り返りにはなるんですけれども、ここまでまとめたときにですね、一回実はチャットGPTにやり取りして、こういうふうに考えてみたんだけどどうかなみたいなちょっと評価をしてもらったんですよ。
私は正直ここまでで、本の内容ある程度理解できた、ネガティブケイパビリティが大事で、自分との対話を持つために趣味を持つことが大事だね、うんうん分かったっていうふうに思ってたんですけれども、全然理解してないってことがですね、その後のチャットGPTとのやり取りで分かってすごい衝撃を受けたので、その話もちょっとしてみたいと思います。
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まとめをまずチャットGPTに投げたところ、理解としてはまあまあ正しいけど、施策っていう面には踏み込んでないよねっていうふうに言われたんですよ。
で、施策って何なのかと、そこが全然よく分かってなかったので、それを改めて問ったところ、自分の前提を疑うようなことだったりとか、衝撃を受けるような経験がなければ施策とは呼べないみたいなことをチャットGPTに言われまして、
分かった気になるなっていうふうに言われたんですよね。で、それがそのそもそもネガティブケーパビリティっていうのもそういうことだと思いますし、なので私がやっていることはもうそのネガティブケーパビリティと離れていると。
なので結論を出すなとか、物事をまとめようとするなというふうに言われたんですよ。
それがすごい衝撃で、私はその物事をなんていうのかな、本を読んだりとか、なんかこう勉強したときに、それについて自分なりの言葉でまとめるとか、あと自分なりにどういうふうに感じたかっていうのを考えることっていうのが、考えること、自分の頭で考えるっていうことだと思ってたし、ある程度施策の入り口ぐらいに当たっていると思ってたんですけれども、
なんかそれは違うって言われてしまって、しかもまとめるなって言われたことによって、じゃあどうすればいいのっていうのがすごいわからなくなってしまったんですよね。
で、そもそも私は考えること、整理することと施策っていうのを混同して理解してたというか、そもそもそこの違いがわかってなかったんですけれども、
チャットGPTによると、それはですね、考えてるっていうことによって、情報を自分なりにわかったっていう枠に収めていることによって、不安を感じないために物事を早期にクローズしちゃってるよと、考えることを早めに終わりにさせちゃってるっていう可能性を指摘されたんですよね。
で、その物事を整理することで、思考の揺れみたいなのを小さくして、とか感情の揺れを小さくして、安心できる、自分がこれだったらわかるっていう枠に収めて、安心してるだけなんじゃないのっていうふうに言われたんですよ。
それがすごく衝撃で、本当の施策っていうのは前提を疑って枠を壊して、自分の見ないようにしている部分に踏み込むことって言われたので、すごく衝撃的でした。
でもね、本当にそこまでやれって言ってたかなと思って、ちょっと不安になったので、またジェミニに相談し直したんですけど。
今まで言っていることと逆行してるんですけどね、あまりにも不安になってしまったので、ジェミニにもう一回確認したら、そこまでは言ってないと。
スマホ時代の哲学でそこまでやれとは言ってないけど、とりあえず劇無の中に身を置くっていう表現をされてたんですけれども、
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時間が空いた時にSNS見るとか、ポッドキャスト聞くとか動画見るとか、そういうことで頭の中を埋めるんじゃなくて、
何か疑問に思ったりとか、もやもやしたことがあった時に検索して、例えば仕事辞めたい理由とか、彼氏別れたい理由とかって検索して、それっぽい答えを見つけるのではなくて、
今だったらチャットGPTとかジェミニに聞いて、こういうことで悩んでますと。
AIにそれっぽい答えを整理してもらって、私はこういう風に考えてるんだとか、こういう結論なんだっていう風にまとめてしまうのではなくて、
まずは答えらしいものに飛びつかず、もやもやを一旦持ち帰って、それについて何日間か温めてみるというか、
もやもやを抱えたままにしてみるっていうことだけで十分ですよっていう風に言われました。
今の自分にできるのは、せいぜいそこぐらいだなと思うので、
ようやくするとか整理するっていうのは、また試作がどうこうっていう話とは違うと思うので、それはそれでやってもいいかなと思うんですけれども、
ただ分かったって思って、そこで立ち止まっちゃうとか、それで終わりにするっていうのは、ちょっと意識的にやめてみるのもいいのかなと思います。
そうですね。
あいにこのスマホ時代の哲学に関しても、一旦そのAIに投げる前はネガティブケーパビリティ、
はいよく分かりました、趣味を持って自己対話すること、はい分かりましたって思いそうになっていたので、
ネガティブケーパビリティって本当は何なのか、自分ができているのかみたいなことを何回も考え直したりとか、
あとは今自分がしていることがその自己対話なのかとか、あとその試作に関してもですね、
何だろうな、自己満足で自分の考えをただ強化しているだけになっているのか、それとも自分の前提をちゃんと疑ったりとか、
自分の考えていることに対していろんなところから考え方をインストールしたりとか、知識を得ようとしに行ってるかとか、
そういうことを考えてみるのは一つ今後の自分にとっても大事なところなのかなというふうに思いました。
非常に難しいところもあったんですけれども、でも分かりやすくてすごく入ってきやすい本でしたし、
いろいろとネガティブケーパビリティの入り口に立てるような問いもいろいろいただけたのですごくいい本でした。
オフォディブルで聞いたので、やっぱり結構言葉が流れていってしまうなと思うところはあったんですけれども、
でもそうですね、何度か聞き直してみてとか、一定期間が空いた時にもう一回振り返ってみて、
自分の振り返りに使ってみたいなと思う本でした。
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あまりいいまとめにならなかったですけども、とてもおすすめな本だったので、ぜひご興味のある方は読んでみてください。
聞いていただいた方ありがとうございました。
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