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2025-03-20 27:52

【#32-1】ブレス・タントラ・マジュヌ 前編

3連続のゲスト回、最後はMajnuにお越しいただきました!

Oshoがセックスグルと取りざたされた記事をリアルタイムで読むものの、真面目にヨガに邁進。インド行きが転機になり、ヤンチャな放浪ライフを経て84年にテイクサニヤス。

Oshoの元で体験したさまざまなグループとそこでの変容と至福まで。

笑いとくつろぎに満ちたplayfulなマジュヌワールド、前後編に分けてお届けします。


いま彼が日常で楽しんでいる小さな瞑想技法もシェアしてくれました。

初心者にもベテランにもおすすめ!です!


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マジュヌと瞑想できるリトリート/トレーニング


◎ 2025年4月29日(火) スタート 〜5月4日(日) 終了 「タントラ・ブレス瞑想のだいご味 in Bali(6日間)」

 https://www.mystic-live.com/tantra-bless 


◎ 2025年5/23(金) ~ 25(日) ブレス・エクスタシー & 瞑想(3日間)宮崎 https://www.mystic-live.com/breath-group 


◎ 2025年5月23日(金)〜6月1日(日)10日間 ブレス・ファシリテーター・トレーニングコース 宮崎 https://www.mystic-live.com/breath-training  


◎ 2025年5/31(土) ~ 6/1(日) タントリック・ブレス & 瞑想(2日間) 宮崎 https://www.mystic-live.com/breath-group


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⦅めいそうラジオは⦆

インドで出会った瞑想コンビが、愛と性と死とお金の瞑想、タントラから生きるヒントを探ります。

⦅スピーカー⦆

アビラティ改めサキ:医学教育コンテンツプロデューサー。出生家族のアレコレ、男女関係の不毛さに悩みタントラへたどりつく。

ラシュミ:マルタ島で留学コーディネート、アーティスト支援などを行う。西洋/東洋の様々な自己探究をたどり、タントラへ。

サマリー

ヨシロウさんは、タントラの思想を探る旅の中で、インドでの経験や瞑想の重要性について語ります。彼はヨガとドラッグを通じて人生の意味を求め、様々な出会いを通じて成長しています。このエピソードでは、瞑想とブレスの体験を通じて、セルフアクセプタンスやブレスセラピーの魅力について話されています。また、マジュヌによるビッパサナの体験や、それに伴う心の変化も描かれています。さらに、タントラとその実践についての経験が語られ、特にその効果や進化について探求されています。マジュヌの瞑想方法や、日常生活における応用についても触れられています。

タントラと瞑想の始まり
ナマステ
めいそうラジオ
インドで出会ったタントラ迷走コンビ、サキとラシュミが
愛と生と死とお金のメディテーション、タントラから生きる処方箋を探っていきます。
欲深い私たち現代人のための迷走入門、始まります。
今回は、マリヌにお越しいただきました。
はい、こんにちは。
こんにちは、よろしくお願いします。
では、マジュヌです。
本名が、ショウジ・ヨシロウさんですか、キロウさん、ヨシロウさん?
田舎の方がさ、うちの方は合図だから、ヨシロウさんって言わなずに、みんなヨスロウさんって言う。
ヨスロウさん、合図なまり。
めちゃくちゃきついよね。
うちのおばあちゃんがしゃべると、おばあちゃん同士でしゃべられるとわからないんだって。
自分でも覚えてないけど、あそこの角むずったところで財布ほろったら、取ったらこったらとか
ちょっとよくわからない単語が出てくる。
それが合図弁にズワーっていってくるから、わけがわからない。
ヨシロウさんは、1970年頃、ここから履歴が始まるんですけど、
禅教と運動に多少染まり、しばらくして某有名大学を中大。
某有名大学、誰が書いたんだろう?
自分は。
ちょうど安田高等という東大東総があった時が、高校3年生で、
あれ見て憧れて、機動隊かっこいいなと。
何の政治的な信条も何もないんだけど、かっこいいなと思って。
大学に入ったらそれやろうと思ったら落っこっちゃって、浪人してて。
それで大学入って、ちょうどもう70年になってたから、
禅教と運動は下火になって、白ヘルが黒ヘルに絡まったことで、
黒いヘルメットをかぶって、アナーキズムだ、みんなに頼む。
サルトの実音師みたいな、運動みたいな。
インドへの旅
そういう風な感じで遊んでいた。
じゃあ、和尚、前世紀の頃に大学生。
和尚は74年前後ぐらいからだんだん知られてきているぐらい。
ちょうど、何言ったか分からないけど、
1975年前後ぐらいに週刊プレイボーイズのがあって、
ヘイボンバンチと。
グラビアとかのやつだよね。
グラビアにヌードが出てて、毎週お金持ちの友達が買ってくれると、
それを見に行ったという。
それは高校の頃だけど。
大学に入った後にプレイボーイに、和尚公務員に行った人の、
タントラをやった人の大変だった。
一晩中一緒に寝袋の中に裸で詰められて、
精神ショックを受けたみたいな記事が載って、
センセーショナルにセックスギルという異名で。
それで、和尚はなんだああいう奴、ひどい奴らがいるんだなという第一印象で、
和尚はその頃、オキオガのインストラクターみたいなのをやったから、
なんて奴らだみたいな感じで、非常に大悪よみたいな、
なんなんだ、セックスギルかみたいなね。
いかがらしい、消しからーって。
後ろの方で羨ましいと思いながら、
後ろでね。
後ろの方で、やりたいなと思ってたけど、
でもそうじゃなくて、ヨガみたいな、全ヨガみたいなのがあったからさ、
ちゃんとヨガ。
そう、ちゃんとヨガやるんだみたいな感じだったので、
反対までは別にいけない、悪い印象を持ってた。
へー、そこから和尚に行くには、結構年数が経ってから?
1975年くらいがそれで、1976年くらいに初めてインドに行って、
その頃は英語しか喋れないから、死ぬ気で地球の歩き方もないし、
行ったら死ぬかもしれないとか思いながらさ、
なんせ金がないから、学生の頃なんでね。
それでようやくやっと、親父に借金申し込んで、
76年に初めて行って、それで死ぬ気で行ったら、
そこでもう散々な目に遭ったんだけど、
最後にゴアにたどり着いた時に、
満月フルムンパーティーっていうのがビーチであって、
アンチェラビーチで、そこに行ったら、
もう何千人という人が、5、6人くらいの輪っかを作って、
みんな砂を掘って、そこに真ん中にロウソク立てて、
そうすると、そのロウソクがダーッと見えるし、
それで、もう次から次へとお菓子が売りに来るわ、
お菓子のドラッグが売りに来るわ、
もうそれが美しく見えて、全てが。
死ななくてよかった。
もう散々な目に遭ったんで、
インド人みんなぶっ殺してるみたいな感じで、
帰ってきて、二度と行くものかもしれない感じで、
もう盗むしさ、嘘つくしさ、騙すしさ、すごいんじゃない?
今ではそれは素晴らしいデバイスだなと思うんだけど、
それがあったんだけど、1年、2年、3年って過ぎと、
インド人はこすけられなかったけど、
インドは悪くなかった。ゴアの夕日とかね、
そういうパーティーとかさ、
満員電車の中、最終的に閉じ込められたのはトイレで、
トイレの中に数えたら13人くらいいて、
そこで50時間くらい乗って、
女の人が来るとみんなで出ようとするんだけど出れないから、
みんなで後ろを向いてとかでさ、
そういういろんなのがあって、
ああいうのも悪くはなかったなと、
3年くらいすると消化されて、
それで2回目に行ったら今度は、
もう全てが素晴らしかった。
行った時にネパールの方で、
マジックマッシュルームをたくさん食べて、
マジックマッシュルームを一気に食べちゃって、
そしたらまたバカーッとなっちゃって、
バカーッとなって、
バカーッとなる前の前に、
今度は決まりがあるわけ。
新たな気づき
本当に神々の台座じゃないけどっていう感じね。
そこに行って、
その時はもう30歳過ぎてたから、
人生30歳までに何か起こるはずだと思ってたんだ、
ビートルズがそう言うの。
ビートルズのファンだから、
言ったことそのまま20代のうちに何かが起こるみたいな。
起こんなかったら、
起こんなかったらどうすればいいのかなと思って、
神々に聞いてみようって言ってた。
聞いてみたら、
俺の人生どうすればいいんだこれかなって、
大声で。
そしたら面白いことに、
聞く質問に聞く質問に、
聞いた瞬間答えがあるわけよ。
バンバンバンバンって。
ドラッグの最中だったから。
それがすごくて、
一番最初に聞いたのは、
俺はこのままインドに来て何もなかったら、
あとは日本に帰って、
日本して子供を産んで、
自分の同級生じゃもうやってるわけだから、
そういうのがあったんで、
最後はもう一回インドに行ってからっていう感じだったから、
そしたら、
俺はもうこれからどうやって、
どうやって生きていくのが一番いいんだっていう感じで、
聞いた時に、
お前のハートが一番熱く燃えているところに突っ込め。
まあそういう言葉ではないんだけど、
答えがバーンと目の前にあったわけ。
で、お、そうだよなって思って。
それでいろいろ聞いていくと、
それにバンバンバンバンっていう答えがあって、
じゃあもう日本に帰るのやめたと思って、
やめることにして、
それでそのポカラから降りていって、
で、ブッダバヤに行って、
もうその頃はドラッグ好きだから朝から晩までドラッグやってたんだけど、
それからプーリーっていうところに行ったりして、
いわゆるヒッピーになって1年くらい暮らしていた。
その中で、
ドラッグなんか最初はいいんだけど、
ずっと続けていると、
もうこのいいところはそれ以上いかないし、
ドラッグはその時8時間はいいけど、
翌日腰痛とか、
そんなにいいばっかじゃないっていう、
いいと悪いが出てきて、
そういう時に、
1982年くらいに、
サニアシンと会って、
王将の方に出会ったわけ。
その時にプーリーっていうところで、
朝から晩まで吸ってるわけだけど、
それが草は一人でに入るっていう風に思ってて、
一番ヒットしたメッセージは、
ドラッグは一別を与えるけれども、
それ以上深く、
行きたいんだったら、
瞑想しかないという言葉が、
王将の中にあったね。
禅のストーリーもまた面白いストーリーで、
今まで禅のストーリーで、
興味はあるけど、
何やってんだか分からないっていうのが、
仏教の真理とは何ですか?
マスターが赤んびをしたとかさ、
それでその人が気づいたっていう、
魔王のことか分からないじゃん。
西から来た仏教の真理は何ですか?
バーンと叩かれて、
その人が目覚めたとかさ、
分からないんだけど、
そしたら王将が解説してるっていうか、
喋ってて、
それが分かるわけ、
何だ、そういうことだったのか、
っていう風に初めて、
それで分かったことは、
学者は知らない人が、
いくら説明文を書いても、
その人が知らないんだから、
結局それを読んだって、
分からないんだよなっていう。
分かった人がそれを喋ると、
その分かった人の言い方というかね、
その人が分かったことを
それだけそれに喋るから、
だから読んでても分かるんだな、
ということが分かって、
で、
俺もそんな1年以上こうやってるけど、
ブラブラしてても、
拉致も開かないしと思ったところだったんで、
それで、
その頃はもうすでに、
オレゴンに行ってたから、
じゃあマジーノもオレゴンに行こうと思って、
それからインド出て、
バングラディに行ったらマラリアにかかり、
ミャンマーに行って、
2週間寝込んで、
寝返したりとかさ、
そういう風にしながら、
後生のコミュニティ、
84年に着いたわけ、オレゴンに。
そこで初めて、
ダイナミック瞑想と
くんだりー瞑想をやって、
お経がってのもすごい面白い洋画で、
すごい極華法という、
いわゆるアクティブ瞑想みたいなのを
やってたんだけど、
それとは全然違う感じで、
うわー何これ、こんなに気持ちがいい、
瞑想の体験
瞑想ってのはこんなに気持ちがいいのかと、
そういう体験で、
この人はすごいな、
この人は知ってる人だと、
そういう予感があったというのもあって、
その瞑想にはまって、
そしてその中で、
いろんなグループとかやっててさ、
1ヶ月半後には、
お金全部与えて、
全くなくなったぐらい、
いろいろ受けて、
その中でも、
セルフアクセプタンス、
自分自身を受け入れとか、
ブレスとか、
エンカウンターとか、
そうやって涙がいっぱい流れて、
なかなか、
日本人のお得として、
心で泣いても顔で笑っておけ、
泣いたらダメみたいな、
そう、泣いたらダメみたいな、
そういうのがあったんで、
我慢してたっていうのは、
泣くと同時に、
そういうことがいろいろ分かってきて、
泣けば泣くほど何かが、
抑えていったものが流れていって、
ある時、
ブレスのセッションを受けたら、
その時には、
我慢してた体験が出てきて、
泣いて、
出たら、
会う連中、会う連中、
お前どうしたんだって言われて、
お前目が何か違う、
何かあったのかって言われて、
それで、
何の目が違うのか、
トイレに行って、鏡を見たら、
目が本当に、
漫画の主人公みたいな、
キラッキラッとして、
この辺に星がパッパッと、
あるじゃない、
ベルサイドのバラとかさ、
あんな目してるわけよ、
でも自分でもびっくりして、
何これ、こんな顔じゃ歩けないな、
恥ずかしくてと、
キラキラしすぎて、
そのキラキラさに、
漫画じゃん、これ、みたいな、
そういうのが続いて、
1ヶ月したら、
泣かせるやつだな、
あいつは泣かせるやつだな、
で、オシオ、オシオ、
泣かせるやつだな、
どんだけ泣かせてくれるんだったら、
泣かせるやつだな、
まあ、瞑想やってて、
瞑想が楽しいって、
それでサニア氏になった、
80年。
結局、何見ても、
いいという人が半分いて、
全然よくなかった、
っていう人が半分いると同じで、
人の意見は尊重してはいけないな、
自分が体験してみないと、
自分が味見して、
で、まずいと思ったら食べなきゃいいけど、
みんなそれぞれ違うから、
人の意見は当てにしてもしょうがないな、
っていうことが分かった。
ビッパサナの影響
それで、サニアスライフが始まってきた。
サニアスライフが、
1983年?
84年?
84年の8月ぐらい。
1カ月ぐらい待てって言われてた。
すぐに来んないんだよね。
もっと瞑想していかないといけない、
その頃は。
厳しかったんだね。
成り手がいっぱいいたかった。
今はいつでも誰でも好きなように、
みたいな感じだけど、
そこでいいと思うんだよね。
時々ごとに必要な、
あれはあるよね、きっとね。
時代時代だよね。
じゃあ、もう40年?
多分ね。
今25年だからね。
あっという間だよね。
マジュヌは今はブレス走り手としてくれて、
私もいて、
すごい楽しくブレスしてきたけど、
その時からブレスが好きだったの?
ブレスは、
大きな体験を与えてくれるっていうのがあるんだよね。
みんなそれぞれ素晴らしいんだけど、
その中でブレスをやった時に、
うわーっていう目から点々が出てくるみたいな。
キラキラが。
キラキラが出る前にどれだけ泣いたかってね、
その時の我慢した思いとかが出てきたりして、
があったからブレスセラピストをやろうかなって。
それからもう一つは、
最初に行った時は84年の時は、
ビッパサナとかやったんだけど、
50分がもう永遠に終わらないっていう。
苦行。
いつ金がなってくれるんだろうって。
金がなったらもうコサコサ出て、
ニュートン行くもんかって、
ニュートン行かなかったんだけど、
翌年にそこにいた、
愛子ちゃんっていうセラピストがいたんだけど、
日本人ね。
セラピストコースを受けると、
3ヶ月の全部できるんだよって感じで、
感高い声で言うんで、
それを信頼して、
ニューヨークでお金を貯めて半年で。
それを受けて、
そこでまた色々あって、
日本人はタントラ許されなかった。
そういう記事が出たからダメだったんだ。
うん。
日本人には合わないとかね、
そういう感じで多分あったんだよね。
それでもうダメで、行けなくて、
俺は行きたい行きたいって言ってたんだけど、
その中でダメで、
ビッパサナが3日あって、
それはもう最悪だったんだけど、
その後、西洋人がみんなタントラに行くわけ。
で、日本人4人いて、
4人だけまたそのダダピョイ部屋でさ、
4人だけぽつんと座って、
7日間はみんなでやって、
1日休みがあって、
残りの2日間、
ちょうどいいあれがないから、
タントラに行けないから、
ビッパサナはもう2日間やれって言って、
ビッパサナは言って、
何なんだこれは最悪だなって思って、
で、行って、
最初の鐘が鳴る前に座ったら、
今度は全然違うわけ。
なんかスーッと入って、
鐘が鳴るたびに、
鐘がね、脊髄の真ん中で音が鳴るんだよね。
チーンって、
その音が脊髄からカードを通して、
広がっていくみたいな、
びっくりするような体験があって、
その2日間がもう、
修復そのものでさ、
あんなに綺麗だったやつ。
あんなに綺麗だったのに、
何これ最高みたいな、
こんな世界があるのかと思ってね。
それで、2日間終わった時に、
プラディーパに、
今も日は来てるけど、
福岡にも、
今日で終わりって言われて、
こんな世界見たら、
元に戻れないし、
帰れないって言ってさ、
泣いたばっかりで、
プラディパンそんなの知ってるからさ、
きっとね、満10年目、
よしよしよし、
出たらすぐに、
ドイツ人のカーボンみたいにいたから、
それと一緒にアイスクリーム売って、
別になんとかじゃなかったんだけど、
ただその2日間が、
なんともすごい、
なんていうんだろう、
分かんないけど、
そういうのがあるんだなって思って、
その美しさってのはさ、
誰もいないと最高なんだよ。
誰かが5メートル以内に入ると、
うるさい、うるさい、
マインドがうるさいって、
本当にマインドがうるさいって、
どっちに行ってくれよみたいな、
そうなるね、人間が来ると。
だけど、川の音とか、
せせらぎとか、
鳥の声とか、
そういうのは全然邪魔なんだ。
自然というのはこういう、
なんだけど、
人間というのは、
エナジーだけで鬱陶しいんだな、
そういうことが分かって、
今度はビッパサナでも
すごい良い体験をするんだから、
ビッパサナジャンキーと呼ばれる人が
アディキトしちゃって、
ビッパサナジャンキーって
いっぱいいるんだよね、
ビッパサナ最高、最高みたいな人が、
マジーヌもその中の1人になって、
アゲイクロナティにビッパサナを
ガイドするようになったり、
ガイドするように関する
ものが何となく自分の身に入った
っていうのがあるかな。
あれかな、
オキヨガでやってたときも
ブレスセラピーの魅力
呼吸的といっぱいやってたんだよね。
あれはね、
浄化法とか強化法という名前で、
ギャーッとかって言いながら
カエルのように歩くとかね、
ワニのように歩くとかね。
楽しそう。
オキ先生が出てくると
場が一変するわけ。
ピーンって、
そうすると、
ありえないようなことが
3メーターぐらいポーンって飛んじゃったりさ、
そういうことが起こったの。
やっぱりその人の気というかさ、
そういうのがあると思うんだけど、
3メーターぐらい上のところに鉄棒が置いて、
そこみんな走れーって、
走るんだよね。
え、鉄棒どれ?
鉄棒っていうか鉄パイプっていうのが
20センチぐらいの幅はあるんだけど、
今はそんなことできないわ、きっとね。
危なくて。
誰かが押したら大変になる。
マジヌは20歳だからさ、
そんなこと分からずに
元気いっぱいに走り回ってた
っていう感じだけど、
いくらでも走れたって感じもね、
なんでもできるみたいな感じでさ、
今そういう子どもいるより羨ましいなって思う。
止まることができない子どもって
いるじゃん、あちこち走ったりは。
かわいい弟子だっただろうな。
子犬マジヌ走るみたいな感じだったね。
その頃はクマセンビにも
走り回っているけど、
でも喜びとは何かとか
私服とは何かとか
自分の中の本当に
落ち着くところとは何かとかって
そういうところが分からなかったし、
そういうところを見ろとも
言われていなかったしね。
初めてお子様のところに行って
瞑想をして、内側の世界とかね、
そういうものがあるんだ、
そこに入っていきなさい
みたいな感じで、
そういうことをやってはいたんにしても
そこにフォーカスが入っていなかったとか、
ようやくフォーカスが来たかな
タントラの世界
っていう感じですね。
繋がりがあって
入れたような印象を受けるね。
だよね。
ヨガから入ってから
タントラがなかなか入ってこなかった。
マジヌはその時は
タントラじゃないですよだったんですね、
タイミング的にね。
だからそれが94年ぐらいから
ようやく
やっぱりタントラじゃないと
自分で終わっていないものが
どこかで何かがあったから
スータというスタッフさんがいて
その人がタントラをやっていたんだけど
そこのオフィスで
スケジューラーというか
そういうスケジューラーという
仕事をしていたので
スータに頼み込んで
これこれ、こういういくつものレイヤーがあって
問題があって
私はこのレイヤーを何とかしたいから
タントラやらせてくれって
言ってもいいよという承諾を受けて
やっとようやくタントラに行けるようになった。
そしたらやっぱり良かったよね。
そんなことが
タントラが入って
まとまってきた。
いい部分もあるし
めちゃくちゃな部分もあるし
ソフトタントラからハードタントラまで
そういう意味でいろんなところに行って
リレッシュのそういうハードタントラとかね
アシュラムの微妙な
サップルな優しい所から
入っていきなさいみたいな
そういうタントラとか
いろんなタントラのアプローチがあるんだな
というのを体験させてもらって
やっぱりね
オシオの本の
セックスから超意識へという本があって
タントラばっかりになって
瞑想についてね
チャクラを上がっていくんだという
タントラは一番最初だからとても大事
だけど一番最初なんで
二番目もあるんで三番目もあるんで
そうやってずんずん
下に流すとセックスになるけど
それを上に上げていく方法があり
その上に上げていけば
それはそのエネルギーは
第二チャクラを開き
第三チャクラを開き
第四チャクラのハートを開き
そしてそこで知恵というものがね
自然に分かってくるようになり
それをシェアできるようになり
それをもっともっと上げていけば
そこに第六チャクラについては
そこに存在の知恵というものが
どういうふうに自分の生活の中に
入ってきて
どれだけ素晴らしいものか
ということが分かるようになり
分かればそれは自然と
別にそういうこと喋らなくても
そういうふうに上に上に
上げていくというのは
マントラをどんどんどんどん
上に上げていくと
本当に素晴らしいことが
いっぱい起こって
最近ハモってるマントラがあって
宮崎の
マルーという人がやってて
朝で飲むのもいいんだけど
何か飲むときにお湯とかお茶で飲む
飲むときに
今日も一日よろしくねって
水とかお湯に向かって
とてつもなく素晴らしいことを
起こしてくれてありがとう
それをずっと飲んで
おめでとうってやるの
そうすると
一日が本当にそのようになるから
これもう最高
やってごらん
これ今マジュヌの
流行りの瞑想かな
みんなに今勧めて
私もやってます
やってみます
マジュヌチャレンジ
今マジュヌの中で
面白いことに気が付くから
やってみるとわかる
ちなみに瞑想ラジオは
私とらしみも
カジュラホで会ってるので
タントラフレンズなんだけどね
セックスと愛とお金と死
日常生活への統合
この4つをタントラは扱うよ
っていう話をしていて
それが自分の日常に入るために
瞑想するのがよいよね
っていうのと
あと瞑想が歯磨きのように
日常に入るようにするには
どうしたらいいだろうね
どうなったらいいな
っていうことを考えながら
やっているプログラムなんです
一応
考えない
あるね
瞑想にしろ
精神世界にしろ
心理にしろ
アプローチの仕方っていうのは
2つあって
1つはオニオンピーリングビジョン
と名前を付けられて
美細な
絵も言われぬ
透明な味わいが
わかってきて
そしてどっかに行き着きますよ
っていうそういう言い方と
それからもう1つは
パールビジョンといって
あなたの階を開ければ
心中はもうすぐにそこに
あるがままにして
もう完璧な姿であるでしょ
目を開きなさい
目を開きなさい
目覚めなさいっていうことなんだけど
目を変える必要はない
もうあなたはすでに
エンライトしてるんだ
エンライトメントっていうのは
何かを作っていって
どっかに到達するもの
というふうにそういうような段階で
描画的な段階でやるんだけど
一方の担当的な言い方で
極端な担当的な言い方をするならば
それはもうあなたが
目を開ければいいんだ
目を開きなさい
あるがままのあなたが
今ここにフォーカスができて
心配したりとか
不安になったりとか
悪いことを考えたりとか
それじゃなければ
今ここにあって
今ここで喋っている
これ以外に何もなければ
これはこれだけで素晴らしいでしょ
これしかいつでもない
これがいつもただ
ここにあるだけなのであって
そこは私は何も変える必要はない
今ここにあるんだから
何も変える必要はない
先はなしに
今ここにあること自体が
私はこれだけでいいのかなとか
もうちょっとすごい体験を
しないといけないのか
そういう何も思いがなければ
今ここにいて
何か不足しているのは
ありますかという
これはコンクリエーションになってしまうけど
何も一つ不足しているものはなく
今ここにあって
足りないものは何もない
息をしていて
楽しく
そして健やかに
ゆっくりとしながら
いるわけだから
ここでいいのです
これ以外に何がありますか
これだけがある
今ここに
そして今ここにあるあなたは
そのままで100%
何一つ変える必要はない
全てあなたはここに
存在によって祝福されているから
今ここにいるわけで
今どこにいようと
日本にいようと
インドにいようと
存在という宇宙によって祝福されて
一人一人が祝福されて
今ここにあるんだ
というのがパールビジョン
今年はこのアプローチで
いこうと思っているんですけど
パールビジョンいいな
今年のマジュヌはパールビジョン
今年のマジュヌパールビジョン
今年のバリ以降は
このビジョンでいきます
お聞きいただきありがとうございました
瞑想ラジオは
絵描きのように
瞑想が日常になることを
目的としたプログラムです
お聞きのPodcastアプリで
フォローボタンを押して
最新を聞いてくれると嬉しいです
また番組では
質問・疑問にお答えしています
番組のメールフォームから
お寄せくださると嬉しいです
聞くだけで少し生きるのが
楽になるヒントがきっと見つかる
次回をお楽しみに
さまして
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