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2025-03-24 23:17

【#32-2】ブレス・タントラ・マジュヌ後編

長年瞑想を続けているマジュヌをして、”瞑想者の究極の姿”と言わしめるのが、クリスことKrishna Saraswati。

45年間ヒマラヤのアシュラムで生活するクリスたちの姿は、日本ではほぼ接することが難しい”異次元の普通”だそう。

マジュヌが彼らと過ごした体験談から広がり、瞑想って何?瞑想で得られる感覚・体感をキャンパスと絵の具に例えたりインドとバリ、日本のエネルギーの違いなど、いろんな方向に話が咲き乱れました。

聞いているだけで不思議と瞑想的なスペースに浸れる30分。どうぞお楽しみください!

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”異次元の普通”クリスの来日プログラム

ハートの革命 with Krishna Sarasvati

5月10日(土)、11日(日)東京

https://www.taoistjapan.com/revolution-of-the-heart


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マジュヌと瞑想できるリトリート/トレーニング


◎ 2025年4月29日(火) スタート 〜5月4日(日) 終了

「タントラ・ブレス瞑想のだいご味 in Bali(6日間)」

 ⁠https://www.mystic-live.com/tantra-bless⁠ 


◎ 2025年5/23(金) ~ 25(日)

ブレス・エクスタシー & 瞑想(3日間)宮崎

 ⁠https://www.mystic-live.com/breath-group⁠ 


◎ 2025年5月23日(金)〜6月1日(日)

10日間 ブレス・ファシリテーター・トレーニングコース 宮崎 

⁠https://www.mystic-live.com/breath-training⁠  


◎ 2025年5/31(土) ~ 6/1(日)

タントリック・ブレス & 瞑想(2日間) 宮崎

 ⁠https://www.mystic-live.com/breath-group⁠


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感想・質問こちらからお聞かせください!

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⦅めいそうラジオは⦆

インドで出会った瞑想コンビが、愛と性と死とお金の瞑想、タントラから生きるヒントを探ります。

⦅スピーカー⦆

アビラティ改めサキ:医学教育コンテンツプロデューサー。出生家族のアレコレ、男女関係の不毛さに悩みタントラへたどりつく。

ラシュミ:マルタ島で留学コーディネート、アーティスト支援などを行う。西洋/東洋の様々な自己探究をたどり、タントラへ。

サマリー

このエピソードでは、ブレス、タントラ、マジュヌについて深く掘り下げられ、瞑想の実践が日常生活に与える影響について語られています。また、インドとバリにおける瞑想の特性や、コミュニティでの生活が人生観に及ぼす影響にも触れています。さらに、バリ島の文化と瞑想の重要性についても扱われており、特にタントラや迷走の概念を通じて、自己探求や社会的な探求が探られています。

瞑想とその実践
ナマステ
めいそうラジオ
インドで出会ったタントラ迷走コンビ、サキとラシュミが
愛と生と死とお金のメディテーション
タントラから生きる処方箋を探っていきます。
欲深い私たち現代人のための迷走入門、始まります。
前回からの続き、後編です。
迷走というのは何かというね、
どういう次元からどういうアプローチで言うかによって
言葉は変わるけど、それは今この瞬間、今ここで
私がどれだけ幸せであり、満ち足りていて何一つ覚束がない
もうこれ最高じゃないかと思えるこの瞬間、瞬間が
自分の中でストンと納得できる。
いや、だけどなってこのだけどが出てこないっていうの。
それが日々の生活の中でずっとやっていくと
何一つそういうことも考えず、そういうことも喋らず
ただ普通に生きている諏訪道の公民の人たちのように
異次元の当たり前、普通さ。
そこの、ラシミは知ってるけどそこの人たちが
何かえも言われぬ、もうね、
えも言われぬ。
瞑想やってて40年やると、やって本当に何かみんな
普通のおばあちゃんになってるっていう。
普通のおじいちゃんになってるっていう。
その姿がすごいなって。
それ、和尚のセンター?
そうそう、だから諏訪道っていうのは和尚の12人ぐらい
最初のサニアスを取ったグループがいるんだけど
その中の1人で、ちょうど和尚が35ぐらいのときに
津波では25で和尚のとこに会いに行って
そのまま和尚と一緒に旅をして
サニアス始まったときには最初にサニアス取って
最初は和尚のセキュレタリーっていうのになって
ラシミっていうのがいわゆる生活一般の方の
人の管理とかね、そういう方の秘書で
須上千枚は瞑想とか掃除の方の
関係の方のオーガナイザーする秘書っていうの
いた最初の古いサニア神で
綺麗な人だったよ。
近づいたところにいたいなと思って
和尚が死んじゃった後、すぐに
ヒマラヤにまた戻ってっていうところで
今知ってるクリスとかそういう連中と
そこの山で会うんだけど
そういうところで45年間ずっと
そういうコミュニティ生活をしているっていうのは
ちょっと和尚には考えられないけど
すごい良いけど、2ヶ月もいるとさ
ちょっと外の空気が食いついたくなって
ビールの一杯も飲みたいとかさ
好き勝手にちょっと時間を暮らしたいとかね
何だらこんだらちょっとバカもやりたいしみたいな
それがザーッと
最初のうちはあったのかもしれないけど
自然に落ち着いて45年過ぎて
まだいるっていうのがすごいなと思う
この間だから2年前に会った時に
まだいるんじゃみんなみたいな感じで
それがなんかトロトロに
本当に普通になってた
コミュニティでの生活
ラシム見てるから分かるよね
あれが究極の瞑想者の姿だと思うな
あの空気はちょっと日本ではありえない
変年記念ミス見たもんね
サニア神としてもね
文字通りサニア神なのかね
なんかね
よくデボーティーとかって言うじゃん
日本語に訳すとキリシャとかっていうような
訳文になってくるんだけど
そういう実在が日本にはあんまりないというか
多分ないんじゃないか
自分は知ってる周りにはなくて
それがそのまま本当にドボンと
お城の世界というかサニア神と
諏訪道という橋の中にボンと入って
そのまま私はもうありませんと
本当にただ流されているだけという
それでいられるっちの
それでハッピーでいられるっちのがすごいなと
変年記念物だ
全く普通なんだけど
全くいるという
普通の普通はもう色々なんかごちゃ混ぜになり
お金も欲しいセックスも欲しい
地位も欲しい名誉も欲しい
それがあってなおかつ
自分の生活を良くしようとかね
そこをきちんと強くしようとか
これは左上の楼閣で生きている
世界の普通であって
本来人生というものは
キャンバスの上で絵を描いたり
映し出されたりするもんだけど
でもそのキャンバスというのは
私絶対に変わらないものだったら
キャンバスそのものであるので
キャンバスに描かれた色とかなんかは
変わっていくわけだよね
美しい色もあり
美しくない色もあり
美しくないという判断も
まあまあいいのだけど
キャンバスとは変わらない
キャンバスが最高だとなれば
あとその上にどんな色を付けようと
色がなかろうと
何も変わらないわけだよね
完璧なわけだよね
キャンバスは変わらない
その変わらないキャンバスの味わいを
これを私服だなと味わえたら
これが瞑想であり
それをやるためには
別に何もする必要はない
ただ今この瞬間に
入れるかどうかというだけで
そのための練習を
いわゆる瞑想のテクニックとの
そのための練習をしている
やっぱりずっと
誰かと一緒にいると
当たり前になっちゃって
どれだけ素晴らしいことかというのはね
その人がいなくなって
初めて分かると思ったら
よくあるじゃん
関係性にしろ何にしろね
それを張るときに
自分自身というのは今もあって
いつでもあるんだけど
自分自身なんか見ないから
どれほど素晴らしいものだかというものは
よく分かっていない
だからそこから外れたり
世の中の世界で複合になるというのは
最善いいことであって
人生今最悪なんて
思ってみると
ジノアおめでとうございます
よかったね
もっと下手くなったほうがいいよ
後ろから足蹴りしてあげるんだけど
やっぱりそういうのはなくて
初めて当たり前の家に帰ってきて
やっぱりお母ちゃんの味噌汁が
一番おいしいわねって言えるようになるためには
外に行って東京のポタージュスとか
フランスのコンソメスとか
いろんなものをやって
やっぱりうまいなとかってやりながら
でも10年ずっと毎日食ったら
やっぱ最後は
お母ちゃんの味噌汁が
一番うまいかなという
当たり前のところに価値を受ける
そして初めて
お母ちゃんの味噌汁という
私の本来のあるがままの姿
あんなに良くないなと思ってたけど
案外この良くないのもいいかな
時間にルーズな
街の変えようがないわけだから
これもいいかな
自分の悪いところを
どんどんと認めてあげる
そうすると人生も少しずつ楽になって
とかいうのはあるけど
もしかしたら
キャンバスは変わらない
キャンバスをいつでも舐めれば
それは私服という味わいがするんだ
というのを分かるためには
今ここ
今ここ
今ここ
そういう訓練をするのに
アクティブ瞑想というのは
すごく良かった
そういう和尚の瞑想のありがたさ
瞑想の深遠な影響
というのは
最初
3年か4年くらい
ダイナミックと組んだり
やってて
ダイナミックとやれば
今日の仕事も楽しかったな
終わったなみたいな
自分の中で満足感があり
そういうことをやってきたのかな
私はいろんな瞑想法を
オンラインとかでも
紹介したりして
一緒にやったりしてるんだけど
時々こういう瞑想をしていて
その瞑想の名前は
これも
これも瞑想
という名前の瞑想なのね
これを紹介するから
皆さんやってください
それはどういう風にするかというと
言葉に出しても言葉に出さなくても
誰もいないから言葉に出してもいいし
誰かがいれば言葉に出さずに
これも瞑想って自分で言う
これも瞑想
これも瞑想
これも瞑想
これも瞑想
これも瞑想
これも瞑想
今ここにいるわけですし
これも瞑想
こうやって喋ってるし
これも瞑想
これをバイクを乗ってる時とか
これも瞑想
運転してるわけ
でもこれも瞑想
これも運転してるわけで
ずっと瞑想で
これには終わりがない
終わらない
でも忘れるから必ず
3秒後には
終わるわけ
そういう切り口を持って
人生のこの一周を瞑想する
これも瞑想
そういうのを遊びとして
今中にはやってるし
みんなとシェアして
面白いからこれも
これも瞑想
いろんなところでやってもらう
うんこしてる最中
これも瞑想
飲んでる時も
いっぱい飲む時に
これも瞑想
簡単でも何でもそうだけど
楽しくないものは
楽しくて面白くないものは
続かない
だから全て楽しく
面白くしていく工夫を
しながらしていくと
それも続いていくし
そしてそこに独特の
らしみがあればらしみの味わいが
さきにあればさきの味わいが
ついてくるね
そのらしみの味わいがいいな
と思う人はらしみに近づいてくるし
さきの味わいがいいな
そのらしみの味わいがいいな
そういうふうにして
くっついてきた人たちが
また白材地していけば
色々と沢山ね
そういうふうに
くっついてきて
蹴飛ばしたけど
お前なんかいこな
要は何やっても
こうあれべきだという姿は
何一つないんだから
何やってもいいという人が
5人いれば
悪いという人が5人いるから
何やってもいい
面白いでしょ
面白い面白い
楽しい
こういうの楽しい
パントラもこういうふうにして
一瞬一瞬楽しいようなパントラを
日々作ってきている
自分の中で
パントラもヨガもね
埋葬も何でもする
ブレスもね
今インドとバリと
日本語ベースに
いろいろいろなワークを
やったりとか
よくインドが
瞑想に適している
というふうなことも聞きますし
バリはバリで
瞑想に適しているところなの
というので
魔術館のインドってどんな感じ
バリってどんな感じを
ちょっと話してください
そんなに一言二言で
言えないけど
インドっていうのは
現体験というの
もともとある瞑想って
何百万人という
人間たちが
ここで自分の
瞑想なりしながら
自分の精神を磨き
神と一つになろうと
そういう地場があるよね
それはもう
ものすごい強烈で
おかしがたいというかね
他とは変わりようがない
という何かがあるよね
それはみんなにとって
そんなに深淵な形で
出てくるかというのは
必要な
用意のできていない人には
めちゃくちゃ騙されるわ
盗まれるわ
殴られるわ
淡々な目にあい
だけどそういう魂の
何か用意ができているような
覚醒においては
いろいろきれいにしてきたような人たちは
最初から花びらが舞い
バリ島の文化とセレモニー
注ぐような受け入れ方がされる
という不思議な
ミステリーの国
地場というのかな
バリは
それが
不思議と小さくまとまって
可愛らしく小さくまとまって
そして
ずっとそこに
ヒンドゥ教の
周りイスラム教の中の
ヒンドゥ教の場所として残って
ずっと自分たちで
培養していって
発行していった上に
可愛らしくのっているんだよね
可愛らしく神秘的なものが
日常の祈りとか
祭りとか
あそこに行くと
セレモニーが一番大事で
仕事はその次
バリの男たちは
仕事をしない
それがしょっちゅう
毎日のようにあるんだよね
なんだかんだ小さいセレモニーか
大きいセレモニー
そのセレモニーが一番大事で
そうやって守ってきて
道路でも自分の家でも
自分の家の前の道路でも
毎朝花を捧げて
線香をあげて
四つ角の真ん中でも
みんな出て行ってやるんだよ
女の人たちが
そういうのはまだ続いている
それを守られている
しかもアジア人の可愛らしさと
正直さというのが
誠実さ
それが守られて
可愛らしい秘境という
秘密の秘境にある
一つの宝なんだよね
バリ島には
だから長い間ずっと
そういう時間を持っては感じるから
いいんだと思う
日本は
禅宗とかであったという
そういう素地があるから
バックグラウンドとしては
持っているんだけど
ほとんどそれ
日常生活の中で
忘れされているというか
あるのはあるんだけど
見ればあるんだけど
普通の99%は見ていないので
だからそういう世界とは
違う世界があって
見れないからしい
いい面はいっぱいあるんだけど
どうもみんな
自分のことを正直に見れないというか
一つの塊の中に
隠れないと
出る国は打たれるんだけど
打たれちがうかもしれない
そういうのはあるのかもしれないけど
なかなかあるがままで
すっと人の前に出ていくことが
できていないのかな
日本に行くと
一つの風船があって
みんなはそれと同じように
感じがあって
ちょっと窮屈だろうな
ずっといたら苦しい
真綿で首をだんだん
絞められていくような
真綿だから気がつかないけど
そういう感じになる
たまに日本の外に出ると
すごく大事だと思う
日本は当たり前の世界じゃないんだ
本当に得意な世界なんだ
というのを外に出れば分かるから
多少そういう空気を
みんなが吸っていくようになっていったら
でもやっぱり日本は
これからどんどん落ちぶれていくと思うけど
でも落ちぶれても
落ちていけば落ちるほど
そうしたら本来持っているものは
見えてくるから
だからそこからまた
フチチョウのように
100年に1回くらいずつ
日本もどんどん落ちて
また上がり
どんどん落ちて
続いていくと思う
バブルの頃がピークで
落ちてきているから
それはそれでいいんじゃないかと思う
落ちればみんなで
自己探求と迷走
豊かなまま貧しくなっていけばいいんじゃないか
乗車必須だからね
それはね
そういうのとは全く別の世界があって
それを迷走と言うんだ
そういうところに
気づいた人たちが
迷走ラジオに来たりする
実際問題
経済的にとか
物質的に豊かであろうと
貧しかろうと
それとは全く別の
こういうものがあるんだな
ということが分かり
そこでいろんな味わいを味わって
そして最後は
私はこのアルバムはなんて真珠なんだ
なんて素晴らしい真珠なんだろう
とみんなで乾杯
これも迷走だね
これも迷走
乾杯迷走
そういう道のりを歩いているんだよね
真珠はこの時代からこの時代にかけて
こういう道のりを歩き
先は先で自分の人生の中で
こうやって歩いていって
休みは休みでこうやって歩いて
その途中でここで
この3人が出会い
こういう話ができる
というのは面白いな
というのが迷走
これも迷走
迷走ライブめちゃくちゃワクワク
もうすでに迷走が好きな人は
真珠のところに自力で行くし
サニーアシンの人の知り合いとかがいたら
真珠のところにも行くけど
迷走してみようと思った人が
一体どこからっていうのはあるじゃない
だから迷走ラジオは
今まで迷走したこともない人も
何かのきっかけで聞いてくれて
行ってみようかなって思う
選択肢が増えたらいいなと思って
真珠にも来てもらって目的を果たす
超大きな一つって思ってます
素晴らしい
やっぱりさ
世界中にいわゆるマスターが
先生 教師っていうのかな
そういうティーチャーと言われるような人たちが
何千人っていると思うね
なんでそんなにたくさんいるかっていうと
それだけ違う人間たちが
みんなそれぞれいいなと思う
やり方があるわけだよね
真珠の方は
オシャオがいいなと思ったけど
ある人はあんなの嫌だって言って
そしたら
オシャオの方が
オシャオの方が
オシャオの方が
オシャオの方が
アイアンガーの方がいいって言って
アイアンガーに行く人もいるんだよね
ヨガの教師だけど
アイアンガーみたいなの嫌だって言って
タントラに行く人もいるわけだよね
だからそういうあらゆる人に
必要な
マスターたちを
存在は
もう作ってくれているわけ
そっか
みんなにマスターがちゃんと
当てがわれているんだね もう既に
当てがわれているんだよね
だからここで
こういう話を聞きに来る人がいて
それで
誰か次に
さっきの野口大将に行ったり
ラシュミの丸太刀に
訪ねて行ったり
魔獣のバリトーにやってきたり
そういうような出会いが
また色々始まる
もう既に
あるがままに
あるものはあるがままに
あるべくにして
起こっているので
これが存在の計らいというか
大事だと思うよ
遊び 本題が遊び
こうやってみんなで楽しく遊べる
ありがたいよね
ありがたいね
私たちも色々
喋る瞑想と名付けて
私たち瞑想ラジオやっているんで
喋れる人は喋る瞑想
喋れない人は
沈黙の瞑想
それぞれがそれぞれの中で
自分の好きなもの
好きなようにシェアしていく
そうするとそれが響く
言葉に乗っかってくる
マジンガーが喋っているのは
マジンガーが
いやこれがいいんだよ
こういう感情
どんだけいいもんか
この瞑想は
言葉に乗っかっている感情
みたいなものが揺さぶるわけで
自分が生き生きしているところで
シェアすると
それが人に突き刺さる
それで動かす
緩い動かす
そういうことができているから
続いている
続いているってそういうことだよね
それがあるから続けられる
だからありがたいよね
ありがたい
タントラの重要性
好きなことやって
みんなに感謝されて
なんてありがたいな
楽しい
本当に救われたから
タントラ大好きな感じ
私も
とことんタントラ好きになって
とことんやればいい
とことんタントラ好きになって
好きなこと
好きなことずっとやっていると
その時にそれが
役立つかどうかわからないけど
必ずどこかで役立つ時が
来るんだ
ということは
街のタントの中で
今ようやくこの1,2年くらい
ちゃんと使うようになったんだ
みたいな
面白いよね
不思議だなと思う
こういう楽しい
美味しい楽しいっていう
ちょっと入れながら
先に先に進むのがいいね
なんか
苦病も瞑想
楽しいも瞑想
どんどん進みながら
これも瞑想でやったら
これも瞑想
まじゅんぬんありがとうございます
ありがとうございました
お聞きいただきありがとうございました
瞑想ラジオは歯磨きのように
瞑想が日常になることを
目的としたプログラムです
お聞きのPodcastアプリで
フォローボタンを押して
最新を聞いてくれると嬉しいです
また番組では
質問疑問にお答えしています
番組のメールフォームから
お寄せくださると嬉しいです
聞くだけで少し生きるのが
楽になるヒントがきっと見つかる
次回をお楽しみに
さまして
23:17

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