ナマステ。
めいそうラジオ。
インドで出会ったタントラ迷走コンビ、アピラティとラシュミが、
愛と生と死とお金のメディテーション、タントラから生きる処方箋を探っていきます。
欲深い私たち現代人のための迷走入門、始まります。
今回は、悩みの元は、言葉、言語。
やっぱり言葉があって、私たちこうやってコミュニケーションできてるしさ、言葉があってよかったかな。
よかったよね。これ言葉なかったら、どうやってコミュニケーションするんだろうね。
そんな時代は、有史以前に遡りっていう感じになっちゃうから、言葉がある世界で、私たちは話を進めていきますかね。
言葉があるので、説明もできるし、伝えることもできるし、愛してるって囁くこともできますからね。
そういうのは、共感できるっていうことだね。あの言葉があってよかったなポイント。
そうだね。
あと私はね、言霊っていう言葉がすごい好き。
どんな感じで好きなの?
言霊ってすごく日本的な感じなのかなっていうふうに思ってたけど、チャンティングのオウムとかさ、あれも言霊みたいなものじゃん。意味はあんまりよくわからないけれど。
そうなんだ、あれ。
音の一番最初のAとUとMっていうのを合わせたもので、どういう意味ですかっていうよりも、言霊として投げかけるというか伝えるというか発するっていう感覚かな。
日常のこの会話とは違って、ノリトとかさ、あとお坊さんが唱えてる言葉とかって、あんまり意味はそこはあるんだろうけど、どっちかっていうと、声を出したエネルギーが漂ってる感じかな。
もうもはや言葉を超えてる感じもあるのかもね。
そこはね。
アビがなんか言っていたので、言霊ではないけど、ことほぐだったっけ?
そう、言葉のことにお祝いの祝うあの字に、あとはひらがなでぐって、おくりがなだ、おくりがなつけてことほぐって呼ぶんだけどね。
日本語にすると大魚だから、一応出したけど、それがすごい好きというよりは、言語を使えることでよかったなって思うのはね、自分が発した言葉で誰かをエンパワーできるっていうことはね、言語があってすごくよかったなって思うのね。
がんばってねとかそういうこと?
そういうことではなくて、それも含まれるのかもしれないけど、その人が自分自身は見えていないその人のいいところを表現してあげる、あげるっていうそんな偉そうなことではないんだけどね。
その本人は欠点だと思っていることは、私から見るとそれはとてもすごく美しいことですよっていう話をね、できるのは言語があるからだなって思うんだよ。
なるほど。実例があるの?
あるある。私はうちのおばあちゃんが大体実例なんだけどさ。
おばあちゃん出た。
87歳、乙女。
乙女だね。一生乙女だわ。かわいいんだけどな、おばあちゃん。
かわいいんだよ、おばあちゃん。でも認知機能とかも弱々になってきてるからさ、できないことがすごく増えてきたのね。
いろんなことができないから、もういろいろわかんないんだよとか、みんなに迷惑かけてごめんね、みたいなことをさ、いっぱい言うわけ。
私のいい資質が出てるときに、おばあちゃんに言うのは、できなくなることは当たり前。人間として、動物としてそれはできなくなることが当たり前で、
そうやってできないことがあるって、今までできたことができないし、いっぱい迷惑をかけることにすごく彼女は申し訳ないだったり、悲しいとか悔しいとかって思ってるけれども、
それはそれとしてあるよね。だけど、私はあなたがここにいてくれてとっても嬉しいんだよって、その置いていく姿すら私は見せてくれてありがとうって思ってるっていうことが伝えられるのは言葉があるからだからね。
言葉が心髄をついてるのかなって話を聞きながら思ったな。あなたの存在、それだけで私は嬉しい。いてくれてありがとう状態じゃない?
そうなのさ、人のためにできることがなくなって、やっぱりおばあちゃんはそこにいるだけで、私にとってはすごく価値のあることって、
それをね、言葉で表現できるのがさ、言葉ありがとうって感じよね。
それもありがとうっていうのにすごい集約されてると思う。自分の心がちゃんと開いて、心の底から本当にありがとう、いてくれてありがとうっていうときは、ちゃんと言霊が乗っている、私のありがとうにって思う瞬間がたまにある。
でも、いつでものありがとうは、コーヒーとかをパッと持ってきてくれて、パッと置いてくれたりとかするのも、飲みたいからっていうのが先に立って、ありがとうみたいな。言霊が乗ってないありがとう。よく言ってんなと思ってた。
それさ、同じありがとうだとすごいわかりやすいよね。文章もいくらでも嘘をつけるけど、声は嘘をつけないってさ、
私たちのポッドキャストの先生のコンさんが言ってるじゃないですか。
そうなんですよ。瞑想ラジオも言語、言葉なくして成り立たないですからね。
だし、声は嘘をつけません。
ほら、私たちもポッドキャストは自分たちが配信するよりも聞いてる時間がすごく長かったじゃない?お互いに一つの視聴メディアっていうので聞いてて。
嘘をつけないって人となりが伝わるなっていうのが自分の人気番組を聞いているとすごくよくわかる。
ポッドキャストだけじゃなくて周りの人も声のトーンでさ、だいたいわかるよね。
声のトーン偉大かも。意味をなさなくても、私今ほら、破壊の神シバと格闘してるからさ、日々。
ワンちゃんね。
子犬犬、破壊の神シバ、いろいろクリエイティブに破壊してくれるんだけどさ、なべなことが多いとダメ出しをするってダメ?ダメ?とか言ってないで、声のトーンを下げて、
とかって言うだけでなんか反応してるから、あ、そっか。それで日々練習してみている。
かわいいね、シバちゃん。
かわいいのは子供と一緒かもね。あの眠って静かにしてる時の寝顔を見て、お前はういやつみたいな、それじゃメッセージ伝わってないしみたいな。
さて、言葉があってよかったなの、逆は言葉があって困るなだよね。今回のテーマはむしろ困るななんだけどね。
テーマはだって悩みのもとになるからさ、言葉が。
人に言われたさ、お前ブスだなとかさ、お前バカだなとかさ、あの人嫌だなとかで結構嫌なことになるもんね。
そう、私にとっては言葉があって困るっていうのは、言葉っていうのはコミュニケーションツールとして考えた時に、私の中でよく見るビジュアルとしては、矢を放つ感覚なんだよね。
あ、これは毒矢だったかもしれないっていう、矢が刺さった感じの嫌って思う時は、てめえ誰のおかげでお飯食わせてもらってるんだって恩恵がましい矢が刺さった時に困るっていうかムカつく。
言葉で傷つくことってすごい多いよね。
うん、すごく多いと思う。
それに傷つくっていうのをさ、もうちょっと開くとさ、自分の価値が下がったような気がするとか、負の感情が湧いてくるとか、あとは自分が思っているのと違う自分の価値を相手から押し付けられるとかね。
なるほど。
何しろムカつくなとかにはなるよね。
そう、それが苦悩の元であるし、基本的に伝えてるつもりでも伝わってないっていうのはよくあるこの誤解誤認。これが引き起こすドラマはすごくいっぱいあると思うよ。
うん、なんか世の中の大半は全てその誤解と誤認のドラマかもと思わなくもない。
さっきのありがとうでもそうなんだけどさ、私のありがとうが誤解誤認されずにちゃんとありがとうって伝わってるかっていうのは、伝えてる側としては心を込めてね、ちゃんと言霊にして渡してるつもりだけど、あの人はさ、なんかありがとうって言っとけばこの場が収まると思ってんじゃないの?みたいな感じで取られたとしたらさ、全然コミュニケーションが成り立ってないじゃん。
なんかさ、発する側と受け取る側、双方に背景があるじゃん?だから相手の背景はわかんないけど、自分の背景から発してるけど、それを受け取る人は自分の背景を踏まえた色眼鏡でさ、その言葉を取るからさ。
すでにもう誤認が生じているんだね。
そうそう。で、お互いに相手の背景とか別に見えないじゃん。こんな、私はこんな心情を持ってますとかさ、顔に書いてないしさ。
そうね。あの説明文を最初に渡してコミュニケーション始めてないからね。
うん、そう。だから誤解と誤認の。
オンパレードだね。
オンパレード。
この世の中は。
戦争とかだってそうかもよ。あえて誤解と誤認をわかっていて、そういうニュースを流すこともあるのかもしれないけどさ、戦争まで大きくなっていくっていうのも、誤解と誤認が全部全部全部合わさってる気はする。
戦争は大きい出来事だけどさ、それのさ、小さい版がさ、日々日常生活で行われているのだよ。
特に勝てないとかさ、彼氏と彼女ね。親と子。
親と子とかさ、マクロの最小単位の喧嘩というか争いがさ、集合体となって戦争になるって。
そうかもしれない。
そういえばさ、野口体操の野口先生はさ、理解とは誤解のことである。誤解以外の理解は事実として存在しないっていう語録を残してるの。
それはまさしく究極だと思います。
でもそういうふうに捉えていたらだよ。私の常識はあなたの非常識。あなたの常識は私の非常識っていう図式だよね。
そう。だからお互いにそれがあって、だから私の常識はあなたの非常識だけど、受け入れろよゴリャーってやるから戦争なわけじゃん。ミクロでもマクロでも。
そう。
だから分からない他人の背景を分かろうとする。できるといいよねって。
私の大好きな表現だったっけ。Put yourself in my shoes って。他人の、オケを持つじゃないよ。他人の靴を履くでしたっけ。
他人の靴を履く。そう、オケを持たない。他人の靴を履きます。
他人の靴を履くっていうのは、分からないけど分かろうとするっていうことを表している比喩だと思うんだけどさ。
らしみは他人の靴を履くだけではなくて、歩くまで行きたいっていうのはすごいいい感じだった。
いいよ。他人の靴を履くっていうその表現で、相手の気持ちに寄り添いましょうっていうことを多分言ってるんだと思うけどさ。
どうせ相手の靴を履かせていただいたんだったら、相手のようにちょっと行動してみてどうなるかっていうのをやってみたいじゃん。
すごい分かろうとした上にやってみるって、めちゃ分かろうとしてるなって思ったの。
そういうことではないの?履いただけで満足するの?
私は履いただけで、ちょっとこれ合わないなとか、なるほどこんなに大きいんだとか、大変だなっていう。履いただけで分かった気になったと思う。
でも履き心地は多分急には良くならないと思うんだよね。
人の靴だしね。
なんだけど、歩いてみよう。どこまで歩けるかってちょっとチャレンジしてみたいんだけど。
すごい。私ね、多分最初から歩けないと思ってるんだと思う。こんなブカブカの靴歩けないしって思ってるんだと思う。
そうか。でもほら、理解っていうのは誤解のことである。誤解以外の理解は事実としてて、私ちょっと実行して映してみて、いやーやっぱり誤解してましたけど靴だったんで、なんかうんち踏まなくてすみました、ありがとうみたいな。
誤解だけど靴としてあるありがとうみたいな。
分からないけど分かろうとするのは大事だけど、分かる必要もないんだよね、きっと。相手になる必要はないじゃない?
試しにやってみるけど、それを自分のものとしてテイクはしなくてもいい。
それをさ、もっと分かりやすい身近に感じられる私たちの例でいくと、彼氏彼女の方程式っていう話をしてたじゃない?
あれだね、感情が想起されるやつね。
これちょっと分かりやすい例だと思うんだよね。
言葉がトラブルになる実例みたいな悩みの元だなって思うのはさ、例えばね、私が私の彼氏ほんとバカって思ってるとするじゃん。
これフィクションだからね、別に私の彼氏がバカなわけじゃないよ。
分かってる分かってる、これは方程式の今、私たちは数学の問題を今紐解いてるんだから。
例えば、毎回待ち合わせの時間を忘れるとか、本を読まないとか、それがあって私は嫌な体験をするわけだ。
待たされるとか、何それそんなの知らないって言って無限に本のことを否定されるとか、何それみたいなことを言われるとかさ、彼氏がバカだ。
バカな彼氏と一緒にいることで体験した嫌なことっていうのは一応セットになってるわけ。
なんだけれども、ここまでは目に見えるからまあわかる。
で、ただその彼氏と体験した嫌な感じって、大抵の場合、彼氏よりも過去に同じ経験がある。
分かります、それは。
彼氏がバカだというふうに私がその言葉で表現していることによって、私は彼氏よりも前の小学校の時にすごい好きな男の子にすっぽかされたとか、
クラスで読んでる本でバカにされたとか、その時に私はそうやって心をなだめるためにあいつらはバカだからって思ってたとするじゃない、例えば。
無意識に閉じ込めたっていうか、自分の中にある感情だよね、それっていうのは。
そうそうそう、だから彼氏以前にその感情はもうすでにある。
ふむふむ。
それを現在の彼氏がリピートさせるように蓋を開ける。で、私はまた同じようにあいつバカだからっていうことで同じ記憶を持ち出しちゃう。
そうすると地獄の誕生って感じがする。
でもさ、感情と記憶を分断されるって言っても、私の彼はって言った瞬間に、どうしてもいいよ、そこに面をついたものに、今目の前に水、水やりて何だったっけ、水をけ。
じゃなくて水をやるのって浄炉か浄炉。浄炉。浄炉が見えてるから、目に入ったもので私の彼は浄炉だって言うとするじゃん。何の関連もないじゃん、私の彼と浄炉には。
だけど、自分の中の思考とかマインドっていうのは、私の場合結構強いからさ、私の彼はって言った瞬間に、かんまって言った瞬間に、えっと、あの彼はやっぱりいつものように、
ムカつく黒い服着てとかさ、なんか何でもいいんだけど。
じゃ、かんまつけないの、もうさっと言う、さっと言う。
あ、かんまつけるとダメなんだ。考える余裕を与えちゃうからね。
考えちゃダメ、考えちゃダメ、考えちゃダメ。はい。
で、思考が止まるぐらいの早い感じで、私の彼氏は、んーじゃなくて、私の彼氏はどんぐりだとか、
そうそうそうそう。
マグロだとか、なんかそういうのでどんどんどんどん埋めてくってことだね。
うん、そう。で、これさ、結構さ、意味を付与しない言葉を見つけるのが難しいじゃない。
例えばさ、私の彼氏はあんまり意味を付与しない言葉を見つけるのが難しいじゃない。
例えばさ、私の彼氏はカーテンだとか言ったらさ、何かから守ってくれるっぽくもさ、感じちゃったりするじゃん。
ほら、かんまが入ってんじゃん。かんまの理解になっちゃうよ、それは。
そうそうそう。だからね、関連しない言葉を探すっていうのも、ある意味なんかね、
例えばさ、私の彼氏はドアだとかもさ、また意味が付与されそうだからさ、私の彼氏は石だとかさ、
そういう意味で、どんどんどんどん埋めてくってことだね。
うん、そう。で、これさ、結構さ、意味を付与しない言葉を見つけるのが難しいじゃない。
だからさ、私の彼氏はドアだとかもさ、また意味が付与されそうだからさ、私の彼氏は石だとかさ、私の彼氏は布だとか、
わかんないけど、なんか関係なさそうな単語を探すっていう。
それも一つのさ、あのチャレンジの面白い、心を落ち着かせる状況に持ってってくれるのにはすごくいいなと思うけど、
我々がやってる瞑想の中の一つの技法にさ、チベリッシュっていうのがありますよね。
うん、チベリッシュはさ、それのもっとなんかすごい版っていう感じ?
うーん、そういうふうに思う?
うん、まだ私の彼氏はトタン板だとかだと、まだマインド使ってるじゃん。
使ってる、使ってる。
考えるし。チベリッシュってデタラメな言葉を喋るっていう瞑想なんだけど、英語わかります?
らしみの場合だったら、日本語と英語がわかる。だったら、日本語と英語以外の自分が知らない言語のように喋るっていう瞑想。
一番最初にこの瞑想法のテクニックをそういうふうに説明されて、はい、じゃあやってみましょうって言って、
あなたの知らない言葉を喋るとか、他に何を喋ってもいいんだけど、意味の出さない言葉をとにかく口に出して喋ります。時間を決められて、はい、やってください。
自分の喋らない、使えない、喋れない言葉っていうのに私は思考が引っ張られて、そっか、ロシア語できないからロシア語で言ってみようって言って、別にロシア語を喋らないから適当なことを喋ってるんだけどさ、
でもその中にロシア語っていうのとひも付けて、ハラショっていう言葉は知っているっていうので、地に落ちるわけ、このチベリッシュがガラガラガラって。入りにくかった、すごく。
私なんかね、タモリの気持ちで適当な中国語を喋るみたいな感じだったからね、そんなにマインドは動かなかったかな。
多少これで言語になってるんだろうかとか、あと繰り返しデタラメな言葉を喋っているつもりでも同じニュアンスのリピートになっちゃってるなって、そこに若干引っかかりは感じたけど、意外にサラッといけた。
なんかチベリッシュでデタラメな言葉を喋るんだけど、喋るときに自分の感情のエネルギーとか、もうムカついたみたいなムカつくみたいなことをムカつくって言わないで、変な言葉でモショモショそのムカついたエネルギーを発散するっていうさ、そういうシステムじゃない、あれ。
私の彼氏はバカだに直接その根本を破壊するような効果があるね。