海じゃなくて。生島さんのお便りから、再び偽史やサンカの話に広がりました。
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歴史実践ポッドキャスト「メディアヌップ」 夜の言葉で、愛を語り継ぐ
▼ささきる|佐々木大輔|@sasakill
東京杉並在住。作家。遠野物語活動化。遠野物語を再創造する GAME OF THE LOTUS主宰。小説 / カードゲーム / TRPGをつくっています。Tales & Tokens 代表 / Sekappy 取締役 / 遠野遺産認定調査委員
▼みやもと|宮本拓海|
岩手水沢在住。編集と執筆。アテルイを顕彰する会や、さまざまな郷土史の実践活動を行う。株式会社公園 代表 / planter / FOLKS
感想
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サマリー
今回のエピソードでは、鎌倉時代に作成された歴史書「東鏡」に関する疑問や嘘の実態が掘り下げられています。また、歴史的なフィクションの側面や創作の面白さについても議論されています。日本の山に住む民族である3家についての研究が進む中、彼らの歴史と文化が明らかにされていきます。特に江戸時代の後期に山に定住した理由やその社会的背景についても考察されています。このエピソードでは、江戸時代に多くの人々が山の暮らしに戻った歴史的背景が探求されています。特に戸籍の消失や山人の存在についてのフィクションと事実の境界についても議論されています。
リスナーのメッセージ
こんばんは、ささきるです。こんばんは、みやもとです。 今日も連続してお便りいただいてますので、そのご紹介からいきたいと思います。
では、宮本さんお願いします。はい、いくしまさんからのメッセージです。 ささきるさん、宮本さん、こんばんは。好きな番組でいきなり自分の名前と言葉が読まれて、嬉しくも実に重早い気持ちになりました。
柴良太郎については、ささきるさんがきっちり拾ってくださり、これまた嬉しく聞いておりました。 彼の小説中の出来事や登場人物は、とても魅力的に描かれているんですが、
読めば読むほど、柴良太郎の語り口が前面に出てきて、読み終えると、一つの講談を聞き終えたような気持ちになります。
現実しか存在しないはずの、よっとしたら何も存在しないかもしれない世界で、嘘から出た誠、真実味のある誠と虚実がない混ぜになってしまうのは、そこに人間の認識や感覚が介在してしまうからでしょうか。
美術という仕事柄、創作という嘘を突き続ける作業を繰り返しているわけですが、仮定した虚構の枠の中にリアリティが立ち上がってくる瞬間があり、そこにたまらない面白さを感じます。
自分のリアリティを発揮するためには、リアルでないもの、嘘のようなものを土台にする必要があるのかもしれません。
若い頃は何が真実で何が嘘かということにこだわっていた気がしますが、今は何をどのように楽しむかということに主眼が置かれて、
虚実を創作する人の行いそのものに興味が湧いてきました。 とんでも創作にもっと触れていきたいです。
お二人の刺激的なお話に誘われて取り留めない長文になってしまいましたが、残念ながら今回の放送では参加の差の字も出てこなかったので、
自分で図書館に行って参加関連の本を借りて読みたいと思います。とのことです。 ありがとうございます。
メッセージありがとうございました。
歴史書「東鏡」について
メディアヌップ、これ前回参加の話をするっていうか、参加ってキーワード出たんだけど、その話ができなかったんで、
その話もしたいなと思いつつも、メッセージ全体としてはね、最近よく喋っている儀式とかね、フィクションとかの話なんですが、
あの後ですね、僕またさらに衝撃的な、衝撃を受けることがありましたね。
えー、なんですか? いいですか?
はい。 高いね。
もうね、本屋に行ったんですよ、こないだ。 そしたら本屋の平田屋のとこに今年出た注目の新書として、
矢部元勝晴さんか矢部元克司さんか、ちょっとどちらかなんですけども、
はい。 「あずま鏡、鎌倉幕府生死の虚実」
お、あずま鏡、はいはいはいはい。
背後に隠された意図は何かっていうことで、このあずま鏡がほとんどフィクションであるっていう。
はいはいはい。
でね、あずま鏡って何かっていうと、鎌倉時代に作られた歴史書とされているもので、
で、メディアヌップの過去の配信でも、僕があずま鏡っていうふうに言った回があるんですけども、
それは、悪狼の名前があずま鏡の中に出てくるし、あずま鏡の中にも恵美氏の話というか、
東北とかね、アテルイの話なんかが出てくるんですよね。
うんうん。
書かれたのは12世紀かな、とかなので、アテルイがいた時代、悪狼が時代よりもさらに、
新しい、数百年新しいんですけども、鎌倉時代に万能武士ですよね、関東のほう。
東のほうに作られた武士政権の歴史書ということで、東、あれ北方、東北のほうの歴史にもちょっと触れてるところがあるんで、
よくよくね、アテルイとか悪狼好きな人とかは、この辺、あずま鏡っていうところにたどり着くんですけども、
そうですね。
それが、鎌倉幕府聖史の虚実ということで、いかに嘘まみれかということをね、しっかり書いてあって。
えー。
僕知らなかったですよ、全然。
はい。
もともとここに、すごく嘘が多いというか、作り話が多いこと自体は、結構もうほんと明治の研究ぐらいから、たくさん指摘があったらしいんですけども、
この矢文本さんっていうのは、40歳ぐらいかな、お若い研究者、30代後半かも、お若い研究者なんですけども、
その起栄の研究者として、というか、これ研究者というか、あの、高校の先生なんだよな、確か。
あ、ほんとだ。1983年生まれ。
41歳ぐらいですね。
那田中学校の教諭。
教諭。
で、やりながら、そうそうそう、この歴史の本を書いてるんですけども、すごく細かくあれしてて、
なんていうか、嘘だ、みたいなことでよりかは、どういう背景があって、そういうフィクションとか、映像とか、
カマクラ幕府の中に都合のいいふうに描くにあたって、どういうことがされてるか。
気になる。
あとさらには、それは暴くだけの本じゃなくて、その中にも、なんていうかな、カマクラ幕府じゃない方の立場?
滅ぼされた側とか、その都合が悪い方の立場の、歴史とか言葉とか資料を紛れ込んでいくと。
だから、完璧にコントロールしようとしても、できないとこが混ざり込んでいく。
で、そこを見て、そこを見つけて、なんか面白いと。
ちょっとこう多次元的な、というか、本当に一人とか全部フィクションで描いたら、ひとつの目線だけども。
ただ、とはいえ、史実を使いながら書いてるから、その中に都合の悪いことも入ってくる。
うっかりとというか、描かざるを得ないのか。
そう見ていくと面白いよ、みたいなことで、歴史の面白さ自体を描いている本なんですけども。
フィクションの面白さ
何を言いたいかというと、これも嘘だったのかと。
嘘って言葉が多分強いんだよね。嘘って言うと全部真実じゃないって言ってくると思うんだけど、作り話が混じっているとかね、グラデーションのある言葉で聞いてほしいんですけど。
これもか、と。いや、これもかというか、そりゃそうですよね。
鎌倉バッグが成立してから、しばらく経ってから、昔のことについて書かれている本だから。
そうですよね。確かラクローンの話も出てきますもんね。
確かに。それ以外、むしろ僕知らないというか、それ以外どういう話が載っているんですか?
あの、吉津根の話とか。
ああ、そっかそっか。じゃあ、結構その時代から近辺の話も書いてる。
そうですね。鎌倉バッグが成立する時の正当性を書いたための本だから。
その前後のところは書いてあるんですけども、でもやっぱり改めて、後のように残っている歴史っていうのは、やっぱ都合のいいように書かれている、あるいは面白いように書かれているからこそ残っているわけですね。
都合悪かったら残らない。つまらなかったら残らない。当たり前だから。
強力な生存早さが勝っているから、まあそんな当たり前のことを突きつけられてですね。
で、何だと思ったかというと、そう逆で面白いと思ったんですよ。この、アズマカナリーっていう本が載っていることっていうのは。
はい。
じゃあ、それフィクションだとして、それ読み解いていけば、なぜそういうふうに書きたかったのかっていう背景が見えてくるので、むしろ隠そうとしている本音が。
そっかそっか、見えてくる。
より見えてくるじゃないですか。
あ、そうそうそうそう。面白いなと。
はいはい、なるほど。
こうあったんですけども。
うーん。
ありました。
ありました。
えー、早速僕も今Amazonでぷちってして、ちょっと読みたいなと思ってます。気になりますね。
いやだからね、俺これ読んでね。
僕今、連載をしてるっていうか、まあ書き継いでいる、党の戦記っていう17世紀前半の時代小説があるんですけど。
はい。
その時に、頼りにしている本が、アソルマ後輩記っていう本を頼りにしてるんですけども、このアソルマ後輩記っていうのは、まあ、アズマカガミと成立の仕方が似ていて、
えーと、現政権が立ち上がった根拠、正当性を示すために、その政権が立ち上がって100年後に書かれた歴史書なんですよ。
うーん。
100年後って言うと、僕たちの時もそうだけど、今から大正時代の話を書けって言われたら、もう直接話を聞けない人が多数、みたいな状況。
多数っていうか、もうほぼ聞けない。
うーん。
で、その状態で書かなきゃいけないから、意図してない部分も含めて、もう事実の通りにもう書けない状態からスタートしてるじゃない、その100年前っていうのは。
はい。
で、これアズマカガミもそうだし、アソルマ後輩記もその100年前のことを書いた歴史書が、一応今それしか残ってないから。
うーん。
それを事実ベースにみんな書くんだけど、まあ書くっていうか、僕もそれを事実の組み立てとして書いたんだけど、それを書いてる途中で、どんどん歴史について興味が湧いてきているうちに、
あまりにもアソルマ後輩記の書いてある通りに書きすぎていいやしないかっていう疑いが出てきて。
はい。
だから、あのアソルマ後輩記のように書かなければいけなかった背景。
うーん。
あれにフィクションが混ざっているとして、なぜこうフィクションにしなきゃいけなかったのかっていうことを想像して、そっちを書かなきゃいけない。
うーん。
だから、ちょっと筆が止まる、難しくて筆が止まる。
そうですね。
えー。
止まってるんだけど、いやでもね、これ勉強しがいがあるなと思ってね。
うーん。
いやーそっか、そうですよね、確かに。
でね?
でね?
はい。
でね?ってか、まだ続きがありまして。
その後にこれ読んだんですよ。
これはね、古代金属国家論という本で、
これ、内藤雅俊さんっていう民族学者っていうか、研究者と、松岡誠吾さんって、この間亡くなられた、非常に有名な編集者の方の対談本で、
はい。
元の本が出たのが、1980、ちょっと今調べた、80年かな。
うーん。
結構前、80数年かな、1980年ですね。
今から44年前に出た本で、でこれが、復刊したのが2016年。
はい。
36年経って復刊されたっていう本で、なんですけども、これ読んでね、僕微妙な気持ちになったんですよ。
はい。
内藤雅俊さんって、金属民族学とかを立ち上げたというか、金属の電波の仕方、その加工の技術から、古代の国家の立ち上がりとか民族学とかを研究してやった人なんで、人で。
はい。
すごい、僕もこの人の本よく読むんですよ。
引き書き塔の物語とか、塔の物語広とかかな、書いてる人で、すごく面白い人なんですけども。
もう一方の、厚岡誠吾さんってもう伝説的な、最も有名な編集者として、この間亡くなってすごくいろんな人がツイート文を書かれてましたけども、
この二人の対談なので、これめちゃくちゃ面白いだろうと思って、こんな本出てるの知らなくて、知って、期待して取り寄せてみたらね、ちょっと微妙な気持ちになりまして。
あ、へー。
なんでかって言うと、これ対談本なんですけど、対談本だからか、その場の思いつきで、ポンポンポンポン会話をしてるんですね。
なので、発想がいろんな方に膨らむっていう意味ではすごくいいんだけど、根拠に乏しいようなことですごく盛り上がってるんですよね。
あー。
で、特にもやもやするのが、漢字の記念。
あー。
例えば、この字はこういう意味でしょうとか、この日本はもともとこういう意味でしょうみたいな、音が似てるからっていうことで、勝手に連想を広げてどんどんどんどんやる?
それが本当かどうかわかんないけど、
はい。
本当かどうかわかんないっていうか、たぶん本当じゃないですよ。ただの思いつき。漢字が似てるからとか音が似てるからとか、どんどんどんどん連想ゲームで、これとこれはたぶん繋がってるんじゃないかと。
うんうんうん。
まあヨタ話なんだよね。
はい。
で、ヨタ話なんだけど、一応この本の前書きとか後書きにはそういうエクスキューズがあって、
あの、きっちり研究してきっちり書いた本じゃなきゃ、世に出せないって風にすると、新進期への研究者がどんどんどんどん情報発信する頻度ってなんかこう下がっちゃうから、
うーん。
もう適当な思いつきでもいいから対談をそのまま文章講師して、どんどんどんどんスピーディーに本にしていくんだ。
うんうん。
紙の本じゃなくて、そのトークの場を編集するんだ。まあ今僕らがやってるのはポッドキャストみたいなもんですよね。
はいはい。
で、結構だからどんどんしゃべってやるんだっていう方針で作られてる本だから、別にその事実に誤りがあるじゃないかって指摘されても、いや、そんなのわかってやってるんですよって言われそうだから、
あの、エクスキューズがついてるんだけど、にしても、にしても今から44年前の本って、なんかその漢字の起源についても歴史認識についても結構研究が行き届いてなくて、
うーん。
なんか、しょぼいみたいなね。しょぼいっていうか、しょぼいっていうかね、行き届いてなくて、もう曖昧な変な議論で盛り上がってるんですよ。
あー。
で、一方でさっきの矢部本さんのあずま鏡とかは、もうすごい研究した上で、ここまでは事実だとかって、ここまではフィクションだと思って、もうそのフィクションの部分にこういう価値があるみたいな、すごい正確にやってるんですよ。
うーん。
だから、なんか例えで言うと、なんかあの、ベンチに行ったらタバコ吸ってた時代のプロ野球、ホームランバッターと、
はいはい。
すごいブヨブヨのお腹で、夜はいつも銀座に焼肉と寿司食いに行って、で、ベンチでタバコ吸いながらでもホームランをなっちゃうみたいな時代の野球選手と、
うーん。
大谷とかダルビッシュみたいな、なんかこう、ちゃんと自分コントロールして節制して、サイエンスとしてスポーツやってるみたいな、なんか、違いみたいなものがあって。
はいはいはい。
いや、俺も今はもう、タバコ吸ってお腹ブヨブヨのホームランバッター尊敬できないなみたいな気分になった。
なるほど。
なったんすよ。
なるほど。
こんなね、でもこんな有名な、有名な人の古い本捕まえても、文句言うのが44年遅いんだっていう。
何44年前に文句言ってるんだよみたいな感じなんすよ。
へー。
面白いわ。面白い。だから。
いいっすね、確かに。
だから多分、僕らの時代は多分ちゃんと研究して、
うーん。
ジーンスとフィクション、ちゃんと調べて、かつその両方に価値を認めて、
そうですね。
よりこう、精度の高いクリエイティブなものを作らないと、
うーん。
価値がないっていうか、そういう時代なんだろうなと思うんですよ。
うーん。
なんでその、生嶋さん、アーティスト、生嶋さんも、多分きっと同じようなことを言ってるんだと思うんですけど。
うん。
そうですよね、確かに。
かつその生嶋さん言った3家、3家の話、前、させきりさんが話してたやつですよね。
3家、もう3家について永遠喋らないっていう手もあるんじゃないかな。
生嶋さんはずっとメッセージをくれるかな。
いや、あの3家、3家ってみほむさん聞いたことなかったですか?
なかったです、全然。
3家とは何か
3家って、一般的には日本の山に住んでいる山岳民族っていうか、山の民族みたいな、
へー。
ふうに思われることがあると思うんですけども、
これが多少微妙なのが、その、差別と関連してるとこがあって、
なるほど。
本人たちが名乗りでないんですよね。
名乗りでないし、
これ結構昭和の頃まで、最後の3家と呼ばれる人たちが山に住んでる人たちが実際にいて、
ただね、あんまり自分が3家だって名乗って取材とか何とかに応じてくれる人って数限られてたのでいるのですが、
それをちゃんと研究してる人がいて、一応オススメの本としては、
篤井沙夫さんの漂白の民3家を追って、この篤井沙夫さんは、草化をなぜ草化と読むのかっていう、
知名と古代語っていう話題になった本の著者なんですけども、その方の、最も有名な本なのかな、3家研究の本で、
本当に足を運んで実証的に研究される方で、3家ってどうしても差別の歴史みたいなものがあったりだとか、
あとは資料が少ないのと、証言してくれる人が少ないのと、
あとその3家っていうものを驚しく、小説とか映画とか映像作品とかで、
日本の山奥に、古代から原始的な暮らしを営んでいる人々がいるみたいな感じで、
驚しくエンターテイメントにした作家とか時代とかがあって、
すごく偏見に見られてるところがあるのを、ちゃんとリアルな3家みたいなものを足と、
足を運んで研究した本で、これがほとんど決定版的な、
篤井沙夫さんの漂白の民3家を追ってっていうのがね、決定版的なやつだと思うんですけども、
一応なんでこれ、明治さん知らなかったんですか?と聞いたのは、
はい。
八重田区に東野に来た時に、山人、山の奥にね、山と民族と大昔に別れた古代の民族が山の中に住んで、
現代まで生き残ってるんじゃないかみたいな説をね、三人堂みたいなものを唱えた時があったと思うんですけども、
結局それと重なり合うところがあって、一緒に山人、山人と3家が一緒に語られることなんかがあったりするんですよね。
江戸時代の影響
ただ、それ全く別で、3家って山に住んでる人全員のことを指すわけじゃなくて、山に住んでる人の中でも、
手実、実ってわかります?米とか収穫した時にこう、
あー、はいはい。
ザルみたいなやつ、ザル、ザル、ザル。
あの、実を作って暮らしている山の民なんですよね。
だから山に暮らしてる人って何種類かいて、タタラっていうのはタタラ製鉄をする。
鉄の原料と原料となる木を求めて山を渡り歩く、タタラ製鉄をする人たちのことをタタラって呼んだ。
それはタタラ製鉄っていう産業と結びついた山の民。
あと、キジシ。キジシは木からお椀とかを作る。
ろくろでお椀とかを作るんですよね。
それはお椀製作とか、木での木工品を作るっていうなりわいとセットになった山岳民族がキジシなんだけど、
3家っていうのは、手実を作る人たちのことを。
で、関東近郊にたくさんいたらしい。
らしいとか、まあ、いた。実際に。
で、ただ一応ちょっとややこしいのが、3家って言葉自体は古い文献にも出てくるんですよね。
で、全く同じ言葉で出てくるから、いや、もっと別な、全国各地にもっと古い時代からいたとかっていう主張もあるんだけど、
文字が同じだけであって、その3家とこの3家は違うんであると。
みたいな細かい話がいっぱい書いてあるんですけど。
まあね、要はね、なんかそういうことらしいんですけど、ちょっと今しゃべり始めてしちゃったんで、もうちょっと興味持ってもらえるところを、
あれすると、これ面白いのがね、えっと思って、面白いなと思ったのが、
あの、タタラとかキジシとかと並べられるような、並べられるとすると、3家って大昔からいたように思っちゃうっていうか、思ったんだけど、
まあそれこそタタラってもののけ姫の、あそこにも出てくるように、
そうですね。
室町時代とか、あるいはもっと前からね、いたと思うんですけど、いたんですけど、
この3家は江戸時代の後期に、紀錦の時、東の出間の五百羅漢とかあるでしょ、その天明の大紀錦、天保の大紀錦とかがあった時に、
あの時代ですよ、あの時に、里での暮らしができなくなった人々、
例えば、お米を作って年号を収めるとか、仕入れで商売をするみたいな、
あの、里での農業とか資本主義みたいなね、そういう商売ができなくなった人たちが、食べるものを求めて山に入ったと。
はい。
山に戻ったとか、山に入ったとか、そうすると、その年号もないし、ただ戸籍もなくなるけど、その社会から外れるんだけれども、
そこで食べるものもあるし、身を掻くものもあるし、その中で手に入るもので、身を作る、手身ね。
身を作るっていうなり合いを持って、たまに里に置いてきて商売するみたいな。
だから、紀錦の時に山の暮らしに戻った人々が、そのある特殊技能とかね、
あの、製鉄とか技術士みたいな、すごく技術がいるものはいきなりできないから、
身を作る、手身を作るっていう、比較的できやすいものをなり合いにして、その、やってった人たちが出て。
で、見て、農家をやってるとこだったら、税に使うし、あれって定期的に壊れるから、修理が必要で、何年かに1回修理に行って、修理代をもらうってことをするんだって。
文化と伝説
はい。
だから、サブスクリプション的な感じだよね、今の。
で、そうすると、自然と縄張りっていうか、エリアができて、定期的に顧客ができて、
で、昔はその、実を売ったり、実を直してくれる人っていうのは、山から来て、定期的に2年、2、3年に1回来て、直してくれたんだっていうのを、記憶を持ってる人たちがたくさんいるんだけど、
まあ、江戸時代の後期っていうと、けっこうつい最近なんだよね。
はいはい。そっか、そうっすよね。
で、そこで、なんで僕が面白い興味を持ってるかっていうと、
はい。
塔の物語にさ、山男が出てくるんだ。
うん、出てきます。
出てきて、女をさらっていったり、
はいはい。
なんか、いるじゃん。
そうですね。
で、つまり、山に誰か暮らしてたんだよね。
うん、ちゃんと、はいはい。
で、その暮らしてた人を、柳田邦は、もう大昔、大和民族から別れた人たちが、もう千何年前から住んでたんじゃないかって思ったらしいんだけど、思ったんだけど、
おそらくそうじゃなくて、江戸時代の後期の貴勤のときに、
そっか、そっか。
江戸時代の人々の生活
里で暮らしていけなくなった人が、山にある狩猟採集生活に戻りながら、でも、ちょっとなり合いを持ちながら、山と里のギリギリの接点で人と交流してた。
はい。
つい150年前とか、どんなに長くても、
そっか、そうですね。確かに。
まあ、今から言ったら200年くらい前だけど、当時の塔の物語が抱えた当時で言うと、わずか100年程度前の貴勤のときに。
いた人たちの、まあ2代、あるいは長くて3代先の人たち。
はい。
だから、東北にいた、塔のにいたのは、人たちは手身づくりしてる人たちじゃないから、参加とは言わないんだけど、
江戸後期の貴勤のときに山に戻った人たちがかなりいた。
そっか、人たちがいて。
で、江戸時代っていうのは戸籍があるから、
その戸籍から消えた人たちの人数っていうのは把握できるんだって。
だから、全国で何十万人という人が山の暮らしに戻ったんだ、一気に。
へー。
へーって思う。
そうですね、確かに山人の、そうですね、正体がとかね、なんか想像できる。
へー。
でもね、これもフィクションかもしれませんよ。
そうですね、確かに。
何が真実で何が嘘かちょっとわからないけど。
へー、なるほど。
でもその江戸時代の戸籍から減った人数が何人いるとか、これはファクトで。
そうですよね。
フィクションと事実の境界
で、その埼玉県とか栃木県とか、その関東のあの辺で定期的に身を治しに来る戸籍のない集団が長い間確認できた。
こういうのも事実ですよね。
はい。
そっか、すごい、なるほどね。
で、正確に言うと、東野の大規模のときに山に潜った人たちの子供たちが、
東野の辺りに出てくる山人なんじゃないかっていうのは、僕の想像ですね。
そうそう、そうですね。
一つずつ解説すると。
なるほど。
そうですよね、確かに。
いちいちこれ本当です、これ嘘ですってやったらそうですね、大変ですもんね、ほんま。
大変だよね、こんな、
全部しゃべりあった後にここまでが事実で、ここまでが私の想像ですみたいな、いちいち解説してらんないからね。
でも、でもさ、たぶんそうだと思わない?
うん、いやそう思います。
想像力を足してるけど、たぶんそうなんだよ。
へー。
いやーいいですね、やっぱり面白いな。
ちょっとこのあずまかがみの本も読もう。
あのあずまかがみ、
僕より3つ若い方なんで、
こういう若い方がこう研究してるっていうことはこう、未来が明るいと。
うーん。
ですね、すごいな。
いやー、いやーっていうか。
本当に佐々木さんに話尽くしてもらいましたね、今。
スタートから。
いや、今何を反省した?
いや、今日宮本さん何も喋ってないなと思って。
いや、全然。
やっぱ、これがやっぱメディアルップだなって思って、
やっぱ現状を思い出しますね、スタートの。
僕やっぱり東の物語会からスタートしたんで。
いやいや、でもあの時もあれでしたけど、でもいいですね。
すごい、でも生嶋さんのメッセージも
ありがとうございます。また送っていただいて。
いいですね。こうやってメッセージ何回も送ってもらえると繰り返しこう、
会話みたいな感じで返して送ってできるんで。
ぜひまたお願いします。
はい、ありがとうございます。
ちなみに生嶋さんはね、これを撮っている今週東のに来てる。
はい。
そうだそうだ、めぐりトロゲンに。
そう、めぐりトロゲンにね。
ダンスミュージックと
師匠隊の融合イベントのめぐりトロゲンに参加されるってことなんですけども。
はいはい。
なんとなんと、僕が開催するホドボラ稲荷神社で開催するサウナ峠にも
ご参加予定ってことで。
おー。
なんかすごくないですか?
すごいですね。
宮崎県から。
誰も知らないホドボラ稲荷神社の
当時にやってくる。
そうですね、尋ねてくる人が。
すごい嬉しいですね。
はい、じゃあこんな感じですかね。
はい。
というわけでメディアヌープではビスコードサーボをやったり
手ぬぐいを作って売ったりしています。
あとはですね、
だんだんと200回が
近づいてきたんですけども。
そっかそっか、そうですね。
200回記念、特にやらないぞって
宣言して。
そうだ、あったな。
世界の車窓から方式で
何事もなくやるのが大人でかっこいいぞって
思ったんですけども。
言うと行うは
書くも難しいというか
記念的なことやりたくもなってきたんですけども。
メッセージ来たらすぐ読み上げますので
いただけると幸いです。
概要欄からぜひお送りください。
それでは今週ここまでです。
おやすみなさい。
おやすみなさい。
28:54
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