1. 名谷教会
  2. 2014/10/19:聖日礼拝(旧音源)
2014-10-19 1:04:58

2014/10/19:聖日礼拝(旧音源)

2014/10/19 聖日礼拝(旧音源)




00:01
おはようございます。
茨城県の牛久市から参りました。
茨城県、あまり皆さんにとっては、なじみがない県だと思うんですよね。
日本で、ランキングというのがあるんですね。
高感度ランキング。
今回も見事、最下位をゲットいたしまして、それが茨城県であります。
そういう県で、牛久市から来ているんですけれども、
皆さん、牛久市って、どこかで聞いたことないですか?
ありますか?
よかったです。
質問に関係する話で言えば、横綱になってほしい人がいるじゃないですか。
木瀬の里の紹介は、茨城県牛久市出身という風になってますね。
実は彼は、隣の龍ヶ崎出身なんですけれども、
それへの事情があって、牛久市に引っ越しをしたんですね。
私の知り合いが、光の子会をずっとやっていまして、龍ヶ崎市で。
彼は小学校の時に、光の子会に来て、少しずつ精神に触れていたんですね。
これは意外と知られていないんですけれども、
あの時から体がおいしかったそうです。
彼は相撲鳥の世界に入ったんですけれどもね、一体どうなるのか。
でも光の子会で、救いにも触れている人ですから、相撲を見る時に、
ああ彼は将来神様に持ち上げますようにって、ぜひお祈りいただければと思いますね。
相撲鳥の話でついでに言いますとね、東京能大相撲部というのがあるんですが、
キャプテンしていたのが、今ペルーの選挙手で、ケイセン・クリスト教会が派遣しております。
実はキャプテンになるというのは大変なことなんですけれどもね、
彼は最後怪我してね、それで失意の中アメリカに渡って、
そこでね、イエス様にお会いしたんですね、救われたんですね。
そしたら牧師学の福音を語って生活しているというね、胸ぐらつかまえてね、
お前それはグレーって、俺にもその仕事をやらせろってね、すごい人なんですが、
結果的にペルー人と結婚してね、それでペルーで貧困地域での開拓伝道をしておりますが、
元お相撲さんもこのようにしてね、神様の御用の先頭に送り出されていくということもありますから、
ぜひ牧師と聞いたら、祈りに覚えていただけたらと思うわけです。
はい、先ほどご紹介いただきましたユン先生とは600人お会いしまして、
ささやかなお明かしをさせていただいたんですけれども、
ぜひ三谷教会でお話をしてくださいということで、私のようなもので良ければ、ということなんですよね。
平凡を辞でいくというふうに辞任しているんですけれども、
03:01
だけども世の中一番平凡な人が多いわけですから、
平凡な人がですね、非凡な神様のことを明かしすれば、これはこれで説得力があるだろうということでですね、
ぜひ皆さんあまり過激な話をするものでもありませんから、
ぜひ安心してね、最後まで聞いていただきたいというふうに思うわけです。
さて、ビジョンを掲げてということでお話をさせていただくわけですけれども、
私はパワーポイントでですね、お話をさせていただきたいと思います。
まず第一番目ですね、イエス様は評価を立てるビジョンを持っておられる。
ここから話を進めていきたいんですね。
イエス様は評価を立てるビジョンを持っておられるんです。
イエス様のご計画の中心は一体何か。
それを私たちが知ることによって、私たちの人生の焦点も定まるんですね。
もうあれやこれやね、いろんなところに手を出してしまって、
何に焦点を当てて自分の人生を進めてきたのかもしわからなければ、これもったいないですね。
私たちはイエス様のご計画の中心は何かを知ることによって、自分の人生の焦点も定まるんですが、
では一体それは何かというと教会なんです。
もうこれは私は確信を持ってね、見言葉から教会だと言い切るわけです。
マタエの十六章の十八節を移しますが、
では私は、私もあなたにいます。あなたはペトロです。
私はこの岩の上に私の教会を建てます。
ハデスの門もそれには打ち勝てません。
このイエス様の言葉は、ペトロがあなたは生きる神の御子シリソですと告白したじゃないですか。
その後に語られて、そして私はこの岩の上に私の教会を建てるとおっしゃいました。
イエス様はこの岩、これはプロテスタント教会ではペトロの信仰告白であるという理解にあるわけですけれども、
その告白の上に教会を建てるとおっしゃった。
これはイエス様の焦点なんです。
イエス様のご計画が語られているんですね。
イエス様のご計画の中心は教会です。
イエス様は教会を建てるビジョンを持っているとデスに語ってくださったんです。
しかもこの岩の上に建てると言うんですね。
信仰告白なんです。
それからあなたはキリストですと言ったんです。
そして私たちも言うんですが、その告白の上にイエス様は教会を建てたいんですね。
というかもう建てるんです。これはもう決まってくるんですね。
建てたいなとかね、建ててみたいんだがとかそうじゃなくて、もう建てるってはっきりおっしゃってるんです。
ということはここからが重大なんですけれども、
私たちもね、イエス様をキリストと告白するじゃないですか。
あなたは行ける神の子、キリストですって。
教会でもこの日曜日もここでも告白するわけですけれども、
06:03
ということはこの告白の上にイエス様は何をなさろうとしていらっしゃるかというと、
イエス様は教会を建てる。
イエス様は私たちの信仰告白の上に教会を建てる。
ということはイエス様は私たちを通して教会を建てる。
これがイエス様の法計学の中心。
そして私たちもであるならば、私たちの人生の焦点もここにあるんじゃないかということになるんですよね。
教会との関わり方も当然違ってくるわけで、
まあ教会に行ってくるとか言うじゃないですか。
じゃあ教会に行ってきますとか、また教会に集いますとかね、私も言うんですね。
でもあれは建物のことを言っているわけで、実は教会は行くところではないんですよね。
私たちがこのイエス様のお言葉を受け取ったら、
私たちは教会に行くところとか通うということではなくて、
私たちが告白するこの信仰告白の上に教会を建て上げるものになるんです。
行くとか行かないとかそういう話ではないんですね。
日曜日に教会に行くと、平日は教会はどこにあるんだろうか。
私たちの信仰告白の上に常に教会は存在するわけです。
私たちは教会を建て上げるもの。
毎日の生活が実は教会生活そのものであるという事実があるわけですよね。
これはね、実は人生観の大きな転換のような気がするんですね。
私たちが自分のライフスタイルを考えたときに、
例えば一日、はいこの時間は勉強、はいこの時間は仕事、はいこの時間は家事とか、
全部このように分類して、そしてこの時間は教会でとか、そのように分割するんですけれども、
でもよくよく考えてみますとね、私たちの24時間、そして1週間、
私たちは耶主様を告白するものとして生きているわけですから、
全ての時間領域において私たちは教会を建て上げていく働きに置かれているんだ、という事なんですね。
これはね、実は大きな私たちの人生観の切り替えになる考え方だと思います。
御言葉から来るものですね。
私の母教会は山形県の米沢市にあるんです。
私が学生時代、山形大学の工学部というところで学んでおりまして、
そしてその教会のメンバーになりました。
けいせんキリスト教会米沢シャペルと呼んでます。
その米沢から50キロ以上離れたところにね、おぐにっていう町があってね、
独立学園、そのようなキリスト教の学校もあるんですが、
そこから通っているあるクリスチャン夫婦がおりました。
09:01
何せ普段は50キロぐらい離れてますしね、冬場はね、もう豪雪地帯ですからね。
もう冬などはなおさら米沢に行きにくいんですね。
普段もなかなか交わりできなくてね、寂しい思いをしていたんです。
なかなか教会行けないなという感覚ですね。
それはよくわかる。
ところが、実は御言葉を学ぶクラスに入ってね、
そして家様の御計画の中心はね、教会である。
そしてね、自分はその教会を立て上げていく、そのね、
共同体を立て上げていく、その働きのど真ん中にいるんだ。
ということをね、思い知らされたときに、すごく感動してね、
そしてね、彼女はね、しばらくこう言ったそうです。
ああ、私の家が教会になるって。
ああ、私の家が教会になるってね。
今まで教会というのは、はるばる嫁様で行かないと、それは教会じゃない。
いや、でもちょっと違ったんじゃないか。
自分の家庭もね、小さな教会として、家様がそこにいてくださって、
大きな発見で、教会はね、行くところではなくなって、
自分のこのね、小さな町にね、一つしか二つぐらいのクリスタンフォーム、
でもそこもね、ある種教会なんですよね。
ああ、私の家が教会になるって、言い続けておりました。
それで、まあじゃあ彼女は日曜日、米沢姫をやめたかった。
いや、そうじゃないです。ちゃんとね、来てるわけですけれども、
しかしその一方で、自分の家をね、本当により信仰に立て上げて、
子どもたちをしっかりと育てていくとか、
また地域に対してね、福音が発見されていくところにならないといけないとかしたいとか、
まあそのようなね、思いというものが強くなっていくわけですよね。
子どもたちに対する、この信仰の育成もね、本当に力が入ってきたんです。
テレビでいろんな番組をしてるんですけども、子どもが大好きなのにレンジャーものがあるじゃないですか。
なんとかレンジャーってね、僕の子どもの時はね、何レンジャーがあったか、
もう夢中になってね、2人の男の子でしたから見て、その真似をしてました。
こんなことしてね、ヒーローになったつもりでね、いつも楽しく遊んでいたんですけども、
ところが、ある時番組がね、魔法レンジャーっていうのかな、そういうタイトルになったんですよね。
そして魔法を使って敵と戦うっていう、そういうものが入り込んできた時に、
ご両親がね、魔法はないだろうって。
やっぱりこれはね、プリシャンとして、これを子どもたちに進めるわけにはいかない。
ところが、お祓いでね、子どもがグッズをね、買ってきたんですよね。
12:03
いろいろあるじゃないですか、お持ち屋さんでそのレンジャーもののね。
魔法レンジャーのね、おもちゃを買ってきてね、もうそれをね、本当にお喜びで遊んでいるのを見て、どうしようかって考えたんですよね。
だけども、やっぱりこれは子どもにとって良くないって決心してね、ある日子どもたちにね、
あなたたちもイエス様は死んでいるんだよねって、この魔法レンジャーでどう思う?って。
ああ、親はどういうことを言うのかなって、子どもの中に分かってね。
でも、せっかくこれを買ったんだから、これでって。
だけども、これイエス様は喜ぶ?喜ばないって。
じゃあ、これしてることできる?そしたらね、してるって。
でも、そこで終わったんでは取り上げただけで、取り上げただけで終わりでしょ?
でね、その親のすごいところは、じゃあ、お父さんとお母さんが新しいレンジャーを作ってあげるって言ったんです。
そしてね、そのことを教会の皆さんにもね、申し掛けたんです。
お父さんとか子どもたちにもっと良いレンジャーを作ってあげられないかっていうことでできたんです。
カルバリー戦隊十字架レンジャー。
これ皆さんテレビで見たことないですか?
本物っぽいでしょ?
作ったんです、これ。
これは塗り絵です。使用書はね、こうなっててね。すごいでしょ?
で、ちゃんと塗り絵があるんです。
塗り絵の炎、十字架レッド。
命の水を飲め、クールな男、十字架ブルー。
あと、料理が得意、見言葉が大好き、十字架イエロー。
そして、お茶目なプリマドンナ、十字架ピンク。
そして、やんちゃの王子、十字架ブラック。
中に入っている人は、実はお父さんであり、お子さんなんです。
そのようにして立ち上げて、そして、TVも作りました。
これね、3冊持ってきまして、これ1つね。
欲しい方に差し上げます。どうぞ。
お子さん、これで遊んでいただきたい。
でね、ペルーに、実はサンキュー・チェイン協で行ったときに、これを持ち込んだんです。
これをね、スペイン語に翻訳して、まったく同じものを作って、そしてこれもやったんです。
いきなりこのちぃぐるみでね、ペルーの街に現れて、もう皆さんドキドキを抜かれましたけれども、
もう子供たちが興奮しちゃってね。
このようにしてやらないといけないというか、何でもかんでもダメダメダメっていうのはね、子供たちが取り上げられて終わっちゃうから、
それに代わるね、もっと良いものをこのようにして、このご家庭が子供たちを育成しようとね、取り組んだんです。
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本気で取り組んでいった。これはね、本当にね、私見ていてね、素晴らしいってね、思ったわけです。
これもね、彼女が自分の家が教会になるっていう、その思いの中で与えられた自覚の中でね、本気でね、子供を育成していこう。
このような取り組みっていうものがね、こういうことをもたらしたんだろうと思うわけです。
そういうわけで皆さん、まず第一のね、言葉。
イエス様は教会建てるビジョンを持っておられて、そしてそのビジョンは私たちのビジョンであって、私たちの信仰告白の上に、
イエス様の教会が建て上がられるわけだから、教会はね、出かけていくところ、通うところ、行くところじゃなくて、
私たちは教会を建て上げていくその働きのど真ん中に置かれているものなんだ、ということをまず大前提として、
このことを理解して、そして第二番目は、ビジョンを受け取り、継承するということなんですね。
イエス様はビジョンを持たれていた。ですから私たち、イエス様のビジョンを当然受け取るものとされているんです。
幻なき神は滅びる。これはだいぶ前の訳だと思いますが、幻なき神は滅びる。
ビジョンがなければ、教会はイエス様の宿命を忘れてしまい、自己完結で終わるんですね。
教会が自己完結で終わる。ああ、いい教会だな、ここの教会はですね。終わっちゃうんですね。
でもビジョンを受け取れば、ビジョンによって教会は前進していくんですね。
けいせんキリスト教会はそもそも山形県米沢市、福田町というところにある教会なんですが、
だから福田町キリスト教会という名称でスタートしていますね。福田町キリスト教会。
米沢というと米沢織物の町。そして米沢牛、こちらは何故だって神戸ですから叶えませんけれども、
米沢牛もなかなかのもので、米沢の人はほとんど食べたことがありません。
それほど高級な牛肉として知られているんですが、しかし地方ですね、地方の宿命ってあるんです。
必ずね、年度末になると人が首都圏に移動するということです。これはもう地方の宿命でね。
クリスタン新聞によく神戸流出とか、そんなタイトル載っているんですね。神戸流出。
本当にね、福田町キリスト教会は確かにそうでした。今でもそうです。
20人ぐらいまとめてドーンと首都圏に行ったんですから。1年間かけて必死に連動して救われた。
だけども、3月になると20人ぐらいドーンと出て行っちゃう。
これではね、数値があまりにもあるでしょう。結局は減ってしまう時もあって、1年間かけても回復しないこともある。
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この事態を、私の牧師である千田二郎牧師はね、どう受け止めるように響かれたかというと、
これは流出ではない。派遣である。宣言したんです。流出じゃない。派遣だ。
訓練して派遣して日本のどこに行っても通用する。そして神様の働きに用いられる人材にして送り出すんだ。宣言したんです。
この町は小さな町ですが、大学が2つあって、山形大の工学部と県立の女子三期大学があって、特に流出するというとこういう先が出てくるんですけども、
その学生たちを訓練して派遣する。このように宣言してそれを実行していったことの上に、これがね、経営者・一律教会の例的にDNAになったんですよ。
失うんじゃないんだ。使わせていくんだ。これが教会の本質なんだ。このDNAをある面、地方の教会の厳しい禁止の中で神様から受け取ったんです。
教会というのはね、来なさい来なさいというところじゃなくて、使わせていくところなんだ。そのために訓練していくところなんだという、この受け止め。
これが、実はその後の経営者・一律教会を作っていくものになってきました。
人権に使わせていく若者たちが、宣教師の先生とともに人権改革が始まりました。
米沢からは同日と役員を派遣して、そして手伝いました。そのおかげで3つの教会が見出されたんですね。
そしてビジョンとしては、この3つの教会が協力し合って、さらに新しい教会を広げていくという願いがありましたが、そうならなかったんです。
結局それぞれの教会が独立して、そのまま現在まで続いております。ビジョンが継承されなかったんです。だからそのままです。
ある程度これは挫折を覚えたところだったんですけども、やっぱりこれではいけない。
何とかビジョンを継承して、教会を生み出し続けていかなくてはならないということで、思い切ってね、教会の名前を変えることにしたんです。
ケイセン・キリスト教会。チークの名前じゃなくて、普遍的な教会の信仰の姿勢を表現する。
神の恵みによって生きる。神の恵みが泉のようにしてきた祝福が広がっていく。
そのような姿勢をその名前に託していかなくてはいけない。
21:05
それで宗教法人の名称をケイセン・キリスト教会と変えたんです。
それが1893年。開拓して新しい教会が生まれたらどうするんですか。
まずはケイセン・キリスト教会。そしてその下に何々キャペルとつけて、それが継続するんだ。そのようにしたんです。
そしてビジョンによって一つの教会であり続けましょう。
もちろん会計とかそういうのはそれぞれのキャペルが独立再三で、フェイスミッションでね。
それは信仰でやるんだ。常能金を出して一つの財布でやろうってそういうことをするとダメだから。
それぞれのキャペルがね、それぞれ独立会計で水飲み牧師でも構わない。そういう信仰の姿勢でやることにしたんです。
ビジョンを語る会を持ちました。どのような教会になりたいか。みんなで夢を語り合いました。
こんな教会に行きたい。こんな教会になりたい。いろんな話が出て、それをまとめて文章化して経善ビジョンというものができました。
そしてその1年後に経善キリスト教会として県を越えて開拓が始まった。それが1984年の11月です。
茨城県宇都開拓、私と妻、そして1歳の息孫、そして私の両親、子供もみれて5人が使わされるということになりました。
経善ビジョンによって使わされたんです。ということはね、今年の11月で30年なんですね。あっという間に30年です。
毎年実は全てのチャペルが集う経善ビジョンフェスタというのをやるんですね。それはビジョンを確認していく。
また大層がさらにどのように踏み出していったらいいのかということを語る。今それは私がするわけなんですけれども。
今年は宇都宮30周年ということなので29回目のビジョンフェスタを筑波で開催しました。毎回ちょっとしたビデオを作るんですね。2分ぐらいの。
それをですね、まず映したいと思いますのでお願いいたします。
これは御教会がどのようにしてスタートしたかというところからやってますので。
24:10
これは初代の牧師なんですね。清水先生という人です。最初の教会堂ですね。小屋のようなものです。
これが私の御教会のあるところ。
一所懸殿堂して3つの教会を生み出したんですけれども、その後が続かなかったということです。
そこでビジョンの傾向をどうするかという話になりました。
名前を変えました。1984年からのスタートです。
この御言葉は今回のビジョンフェスタのテーマとなった聖者の言葉です。
そして地域的な広がりをもう一回地図で、次のスライドの方に戻るんですけれども。
どんどん教えていただけますか。
それが最後だと思います。
27:07
ちょっと暗くて見えないので申し訳ないですけれども、いろんなところに増えていった。
これは何を申し上げたいかというと、ビジョンを受け取ってそれを継承していくという取り組みの中で、
実は神様がそのビジョンに基づいて働いてくださるということなんですね。
ビジョンは継承しないといけないんですが、これが結構大変なことです。なかなか難しいんです。
でもそれを本当に継承して掲げ続けていくということです。
ケイテンキルス教会は、ミドリマンを含めて何か傑出な人がいる、特別な何かカリズマ的な人がいるというわけじゃなくて、
まあ平凡な人たちがほとんどですね。
でもビジョンを掲げながら、それを継承しながら、その力を合わせながらコツコツと進み続けていくということによってね、
ささやかながらも、広がってきたということです。
2026年まで、1000の共同体を2脱というのが、ケイテンキルス教会が今掲げているビジョンですね。
セルフグループも一つとして数えるわけですけどもね。でも1000、通過点として。
掲げているということが、きっと神様がそのビジョンを通して働いてくださると信じているわけです。
ですから、ビジョンをみんなで受け取って、それを明確に具体的に文章化していくということ、それはとても大事なことですね。
緑のチャペル10周年のときです。いろいろと夢を語る機会を持ったわけですね。
さすがにここも駐車場のこととか、住宅地の中にあるのでいろいろとご苦労があるわけですけれども、
緑のチャペルも近郊住宅地の中で始まって、始まる際に実は反対運動があったんですよね。
こんなところに今日が久しくないみたいなところがあって、
結局音を絶対外に漏らさないとか、路上駐車しないとか、夜9時以降は道路で話しかけないとか、こと細かに取り決めで念頭を取られました。
しかしだんだん人が増えると賛美の音量が大きくなるし、車も増えるし、ある日曜日などにメンバーが人の肩に車を置いて、大失敗で怒りの電話がかかってきて、
お詫びのお菓子を持って行ったら、そのままいらないんですよね。跳ねつけられますよね。
もうがっかりして帰ってきたそのお菓子を妻と一緒に食べました。
本当にやけ食いですよね。どうにもならなくてね。
やっぱりアタルフィーバーに映らないともう無理だって。
それで、これはもうビジョンをね、ふっかり立てないといけないっていうことで、これが10周年経った時に記念書を作ったんですね。
30:07
主の記念ということでね。10周年のめぐみから新たなスタートラインに立って、そこに実は新海道のビジョンも書きました。
やっぱりはっきり書くというのは大事ですね。どれくらいの時?500出場。建物の大きさは2階建てで、総床面積200出場。
収容人数はどれくらいまでOK?200人。駐車場何台までOK?80台。
書いたのです。この中に書きました。
ああ、あったらいいよね。そういうものね。って思いますよね。
それあったらいいよね。そういうのって。
だけどもね、やっぱり書き出すものが全然ないわけだから、本気で踏み出せなくて、あったらいいよねと。
そんな思いをね、みんな持っていたんですけども、私もそうでした。
ところが、1995年の9月13日に朝デボーションで、私はヨシハキを読んでいたら、ちょっと写しますね。
5章の6節に、こう書いてあったんです。
イスラル人は40年間アラノを旅していて、エジプトから出てきた民、砂町戦士たちはことごとく死に絶えてしまったからである。
彼らはその見込みに引き従わなかったので。
主が私たちに与えると、彼らの先祖たちに誓われたし、父と三つの流れる血を、主は彼らには見せないと誓われたのであった。
主の見込みに引き従わなかったらどうなるんだろう。
父と三つの流れる血を見せない。
すごくその言葉が心に響いたんですね。
そして、神の語り合いを心に感じたんです。
従わなかったら、父と三つの流れる血を見ることができないんだ。
ああ、これは新海道のビジョンのことを言っているのかなと思いましたね。
踏み出していないということを言っているんだなと。
でも祈りの中で、神様、踏み出したくてもお金がないのでとてもできませんと、まず言い訳から祈りが始まりました。
ところが、この御言葉がずっと私の心に響き続けるんです。
でも今、従わなかったら、今でしょうというのが流行りましたけれども、本当に今、
それでもずっとその祈りの中でこの言葉が響くものだからとうとう私ね、こまけしたというか、分かりました。
あなたが全責任を取ってくださるんですよね。
委ねますということで、その日の午前にある不動産会社の社長にね、電話を入れたんです。
500坪の土地を見つけてくださいって。
その人はね、お金があって電話だったと思ってたとか言うんだけども、もう全然そういうことじゃなくて、神様から促されて電話したわけです。
33:06
で、いろんな物件がファックスで届くんですけども、なんかどれも今一つだなというときに、今度その不動産会社の社長がね、
宿礼会の建設会社の社長を伴って訪ねてきて、この社長が、土地を売っていいと言っている農家さんを知ってるから一緒に行きましょうって。
そして、挨拶しに行ったんです。
で、土地を見るとね、この辺りがいいのかなと思ってたところ、まさにドンピシャンのところだったんですね。
びっくりしまして、農家さんと話をすると、500坪切り売りしていいっておっしゃるんです。
ところが、農地なんですよ。農地ってことは調整区域でしょ。調整区域って勝手に建物建てられないですね。
しかも農心地域で、農業振興地域で、これはなかなかね、難しい。農業委員会がまず農地権を認めないとどうにもならない。
県の開発許可を得なくてはだめだ。
でもまあ、やってみようかということで、農地専用の申請から始めるということで、
揃える書類の一覧書を受け取って、見たんですね。
そしたら、うわーしまった。これはまずいって思いました。
というのは、その書類の中に土地購入者と建設費の総額を持っているという証明書を出さないといけない。
お金を持っていると証明しないといけないんですよ。そんなお金、ないじゃないですか。
とりあえず土地はね、茨城県ですから、すぐ8万でいいって言ってくれたんですよ。だからまあ4千万。
でも建設費入れるとね、軽く1億超えますよね。そんなのない。
いいやこれね、自分はね、大変なことに教会を巻き込んだんじゃないかと思ってね、ちょっと怖くなってきました。
これはね、深層問題に発展するんじゃないかなってね。
で、私が金のことで困っているっていうことを実は伝え聞いた建設会社の社長だったんですけども、声をかけてきてね、
先生、銀行に行きましょう。ついていくと、教会でも使っている銀行だったんですよ。
で、その社長と私が入ったら、支店長が飛んできました。
そして頭下げてすぐ応接までですね、何事かと思いまして、私が今までこの銀行を使ったとき、一回もそんなことないんです。
ところがこの社長が来た途端に、この態度で驚きました。
で、「今日のご用件は?」って聞くんですね。
それでこの社長がね、「いや、この牧師さんが新しい教会を建てたいんだけども、農地店用の書類を揃えないといけないんだけども、USD証明大切じゃないか?」って言ったんです。
そしたらね、支店長がね、私を向いてね、「いかほどいりますか?」って言ったんですよ。
36:03
ん?いかほどいりますか?って。
見送られましたね。
でもね、頭の中で暗算したんです。
多分教会からこれぐらい献金くるんじゃないかと思って、これぐらい貸し付けがあるんじゃないかなと思ってね、
じゃあ足りない分はとりあえず言っとけと思ってね、9500万って言ったんです。
そしたらね、「わかりました。」って言うんですよ。
引っ込んで行って、その間、ソファーでお茶なんか飲んでて、10分ぐらいするとね、1枚の書類持って、またやって来たんです。
どうぞって。見たら、9500万円を融資するって、融資証明だったんです。
もうびっくりしちゃってね。こんなことってあるのかなって。ちょっとないんじゃない?
でもこれないとね、その先全然進まないですよ。
驚きまして、私はね、これスルスルだと思ったんです。神様がやろうとしてるんだな、だからお前これ俺に付き合って、
まあ神様は俺って言わないと思うけども、私に付き合いって、わかったかって。
そう思いましたね。そうなんです。
神様が社長や銀行の支店長やその他にいろんな人を使って、神様がことをしようとしているんだっていうことを思い知らされたんです。
わかりました。もうついてきます。ということで、結局私が電話を入れてから3年後に完成したんですね。
教会は所詮建物じゃないけれども、まあ完成しました。
80代入る駐車場だけでもね、入らないんです。
ところが、教会堂の建設が始まったらね、時続きの400坪の土地がね、伐採し始めて整地して、売りに出したんですよ。
売れないんですね。するとね、その土地造成した事務所さんがね、
教会さんで借りてくれないかな、みたいなことをね、言ってるらしいと聞いて、それで祈りました。
ちょうどその頃、預言者エリシャがね、未亡人になった女性に、彼の器を用意しなさい。
彼の器を用意して、そこに油を注ぎなさい。そしてその油を売りなさい。
そしたら生活やっていけるからって、その歌詞を読んでいたんです。
なるほど、これはね、隣の土地は彼の器なんだ。これはね、神様の前に用意しないといけないということで、
お金払って借りることにしました。その結果、80代の車を乗っけるようになったんです。
そしてその土地は今年、地主さんの希望でね、買うことになりました。
ああ、神様が全てを備えてくださっているビジョンで、それはね、自分がしたいからということにも、
神様が促してくださったビジョンの通りにね、神様が働いてくださる。
ビジョンを求めて、ビジョンを受け取れば、神様がそのビジョンに基づいて働いてくださる。
だからね、皆さん、ビジョンを分かち合う。ビジョンを祈り求める。そしてビジョンを継承していく。
39:04
これがものすごく教会にとっての重要な取り組みになるんです。
教会は時々ね、思い切ってね、風呂敷広げて、できるできないというのは絶対に決めた。
もう何度も言うから思い切ってやりたいことをね、言いましょうという、そういう交わりの場を持つといいんだというふうに私も学びまして。
そしてまた、ビジョンを分かち合う、確認し合う、交わりをやり続けていくということですね。
先日、経鮮ビジョンテストやったときの写真ですね。
財布を捨てたので、もう午前でやめたいんですけれども、このようにして集まって、ビジョンを確認し合う。
そういうことをしながら、教会はビジョンを継承して、そしてそのビジョンに基づいて神様が働いてくださる。そういう世界なんです。
最後に3番目に行きまして、神の国のビジョンについてお話をして終了したいと思いますが、私たちの教会に神様がビジョンを与えてくださる。
でもそれは、自分の教会が大きくなったらいいなという次元の、そんな小さなビジョンではなくて、神の国のビジョンですよね。
この世界に神の国が広がりますようにって、その祈りでも御国が来ますようにってお祈りしてるんです。
神の国がこの日本にも訪れて広がりますようにって、日本の社会に神の国が広がってこの国民が祝福を受けることができますようにって、
自分の教会が大きくなったらそれでいいんだなんて、そんな小さい話ではないんですよね。
人の働きの意識を発説を移しますが、
しかし聖霊があなた方の上に臨まれる時、あなた方は力を受けます。そしてエルサレム、イダヤとサマリアの前道、及び地の果てにまで私が承認となります。
これはね、イエス様が昇天される前に弟子たちに語ったんです。イエス様のビジョンです。
そして人が働きを見ると、この通りになったということがわかるわけですね。
弟子たちに聖霊様が臨んで、そしてエルサレム教会が誕生したんです。
エルサレム教会はどんどん成長していくんですけども、その先がなければ起きないですね。
弟子たちが全世界に出てきて、これはね、できなかったんです。
エルサレム教会はメガカースになってきましたね。もう本当にね、すごく成長してきました。
ところがね、迫害が起きましたね。パウロを戦闘にして迫害が起きた。
神徒が散らされました。その結果、ピリトがサマリアで福音を伝えて、サマリアの街に大きな喜びが起こったと書いてあるんですけれども、
イエス様を信じて、教会が生まれました。
散らされた神徒の明かしによって、イダヤ、サマリアに教会が生み出され、
そしてさらにキープロス人、フレネジンがね、ギリシャ人に福音を伝えるアンテオ家まで逃げて、
42:05
アンテオ家でね、福音を伝えたらギリシャ人がたくさんイエス様を信じて、アンテオ家に日本人教会が生まれる。
そしてアンテオ家から今度はパウロ、バラナバが派遣されて、その教会で一番柱、日本柱、この人たちは絶対に逃げてほしい、
そういう人たちが使わされて世界選挙が開始、小アジア、ヨーロッパに多くの教会が生み出されました。
私たちはこの使徒の働き意識を発掘とイエス様のビジョンの全体像と理解できます。
そしてであるならば、このイエス様のビジョンに参加するものとして招かれているということです。
エルサレム、それはね、私たちもいるところだと理解したいんです。ここだったら日本人、ここエルサレム。
ユダヤ、近くて文化が割と共通している。
サマリア、まあまあ近いんだけども文化が違う。地の果て、遠い文化も違う。外国ということはほとんどでしょう。
イエス様のビジョンはこのように言われているんだと私は受け止めて、けいせんもそのように受け止めているんです。
けいせんはだから全てのチャペルがエルサレムだ。そこからユダヤ、サマリア、地の果てなんだ。ヨネザワがエルサレムじゃないんだと言うんですね。
どっか中心があってね、ピラミッドのようなそっちになるんじゃない。
全ての教会がたとえ小さくてもそこからエルサレムの自覚を持て、それでユダヤ、サマリア、地の果てなんだ。
そして神の国を広げていく。これをしかも同時に取り組むことさえできるんだ。
いやエルサレムをやってからその次ユダヤです。そうじゃなくて、もうこれを同時進行でやっていこう。やらないはずはないという思いで取り組むわけです。
祝福の拠点である教会を増やして神の国を広げていこう。私たちがそのために持ち歩いていくようにされている。
イチゴ伝道という言葉は聞いたことありますか。イチゴ。イチゴ作ってそれを売って伝道するんですかって誰か言いましたけどもそうじゃないんですね。
これはね、実は私たちが聞いたホシュバクテストという団体の一員でもあるんですが、ホシュバクテストの専教師、戦後山形県東北に入ってくれたその専教師にジョテフミイコ先生というのがおりまして、その先生が言い続けていたんです。
イチゴ伝道。イチゴの性質とは何かというとね、ツルが伸びたら親の苗が株があってツルが伸びるんです。
そうすると親が実を結ぶ前にそのツルが伸びて、そこからこの株ができるんです。
そしてまたこの株からツルが伸びて孫の株ができる。ツルを四方八方に広げていく。
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じゃあちょっと映像を見せますね。ぼけてるんですけど、こうやってツルが伸びるんですよ。ツル伸ばす。次の。
どんどんツル伸ばすんです。で、次。ツルが伸びてね、次々と株を作るんです。まだね、実を結んでないんです親は。実を結んでないんだけど、とにかく子供、孫ってね、増やしていって。
じゃあ次の映像。母、子、孫ってなってるでしょ。そんな風にして広がっていく性質。これが教会の在り方を実によく説明している。
ポイントはね、親株が実を結ぶ前にツルを伸ばして子供の株や孫の株を増やしていって、全体的に実を結んでいくという性質はこれは教会の姿だ。教会の在り方なんだ。
私たちは、とかくすると自分の成長のこととか自分の教会の完成とかね、自分または自分の教会の成長完成するそこに焦点を絞り込んでしまうんですね。それはもちろん大事です。
自分が成長しなくてね、そんなね、よそのことできるはずではないと、それはもっともなんですけども、しかし新しい命を生み出していくことに焦点を合わせていくということはものすごく大事なことです。
人の意識を発説は、そのことを教えていると私は受け止めますね。
エルサナミ教会はだからユダヤ、サマリアに教化を生み出し、死の果てに教化を生み出していく、そのために召されていて、だからいきなり3000人をいざねられたっていうのはそのためのはずじゃないでしょうかね。いきなり3000人ですからね。
ところが、エルサナミ教会はその先がなかなか踏み出せないですよね。大きくなっていくんです。しかし広がらないですよね。
だからもうゴーニア社神様がもうこれはということで教皇セダン、白財をあえて用いられてね、バーッと散らしましたよ。
そしてね、教会を生み出すようにしていったんです。生み出された教会はどうなっていたか。
一つの例としてテサロニケ教会は、テサロニケの意識を発説に移しますが、
その言葉があなた方のところから出て、マケドニアとアカヤに響き渡っただけでなく、神に対するあなた方の信仰はあらゆるところに伝わっているので、私たちは何も言わなくてもよいほどです。
タオルがね、マケドニアにしてくださいって叫び聞いたじゃないですか。
ショーアジアでね、ぐるぐるぐるぐる伝説して、うまくいかない。全部選挙の扉が閉まってしまう。なぜかって言った時に、マケドニアの叫びを聞いて、わかった。周りに行きだった。
ヨーロッパ大陸を渡ってマケドニアに入って、そしてテサロニケではたった3週間の大会ですよね。たった3週間。
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もうイラジンからの猛烈な迫害があって、そしてタオルは出て行くしかなかった。でもものすごい心配でね、手も手を使わせた。様子見に行かせましたね。
そして報告を聞きましたら、びっくりです。その言葉がマケドニアアカヤに響き渡っていますって。
驚きですね。テサロニケはマケドニアの首都でしょ。ローマ帝国を東西に結ぶ幹線道路沿いの都市ですよね。彼がここに拠点を置いたってことは、そこに描いているものがあるんです。ビジョンがあるんです。
その流れを意識しながら、ここを中心にマケドニアに福音が広がりますようにって。タオルももうしばらく一緒にいたかったんですけど、もうタオルしかなかった。
だけど3週間で、どのようなことが教会の命なのか取り組みなのかということを伝えて、そしてそれを受け取ったテサロニケの教会は未熟ではあるんですよ。成熟はしていないんですよ。
問題もありました。道徳的な問題もね。サイリンの問題もね。働かない人の問題もね。あるんです。だけども鶴を伸ばしていったんですよ。下手に成熟を目指すと鶴は伸びません。まだだ、まだだ、まだだなんですよ。
まだまだ自分ごときのようなものが鶴なんか伸ばせるはずがない。でもイチゴは伸ばすんです。結果的にそれは神の国を広げる。新しい命を生み出す。教会に与えられている命はこのためにあると受け止めるんですね。
教会もね、人と同じで年を取るんです。私は開拓から始めましたからよくわかります。最初は本当にね、5人で。また親の顔を見て出席しないといけないのかな、みたいなね。そういうところからスタートするんだろうなと思っていたんですが、そういう時期から、その頃はね、ちょうど私がこのぐらいの高段があったんです。
その隣にまさに同じオルガン、母が弾きました。母のオルガンでサンディが歌ってたんですね。懐かしかったですね。この角度も全く同じです。まったくびっくりしました。本当にタイムスリップしたような感覚でしたけれども。
でもね、青年期の時期もあって、若者たちが結構集まって、そして少年、そしてね、いろいろなチャペルはそろそろ次の段階に来てね。町もそうなんです。あの頃は茨城県でも一番若々しい町だったんです。もう小学校なんか子供あふれ返ってまして、茨城県で1,2を争うぐらいの生徒数だったんです。
でも今はもう本当にね、1学年2人とかね。そんな程度ですよ。そういう町の中にある教会、だから当然影響を受ける。どうすればいいんだろうか。日本の教会はね、高齢化の波が落ちさせるでしょう。
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イエス様の美女の全体像を意識したいのです。次の命を生み出す。子教会を、孫教会を生み出していく。それがね、教会に命をもたらすことにつながるんですね。
8月に長男夫婦に子供生まれて、私にとってはママさんですが、女の子でね、もう奥谷先生メロメロだねなんてね、いつもからかわれるわけですけれども、でもその子を抱いたときにね、ああなるほど、こういう感覚なのかってね、よく分かりましたね。
その子がついに教会、礼拝にデビューしたら、婦人たちが群がってきてね、抱かせて抱かせてって赤ちゃんが渡り歩いているわけですけれども、なんかすごく婦人たちの顔が元気なんですよね。赤ちゃん抱いているときにね。
これはね、本当にね、孫を見る、孫を見る、そこにもたらされる喜び、それはね、教会の良し。だから、教会が増えることで、祝福の拠点を増やすことで、地域が祝福されていくのを見ることによって、ああ自分もね、小さなことでも持ち入られているということを思うとね、それはね、何歳になってもやる気というものが失われないことです。
神の国についてある方が、こう言いました、定義しました。みなが生かされ喜んでいるところって、うまい証言だなと思ったんです。みなが生かされ喜んでいるところ、祝福の拠点がね、祝福の拠点である教会が増えると、日本の社会に喜びが巻き込まれる。
生かされる人が増えて、喜びを持つ人が増えるんですね。ところが今の世の中、そうじゃない。誰かが生きるために誰かが犠牲となる。例えば、東京が生きるために福島が犠牲になるとかね、本土が生きるために沖縄が犠牲になるとか、ちょっとわかりやすい話でしょ。
でも神の国はみなが生かされみなが喜ぶところ、祝福の拠点、教会が増えること、そのためにイエス様のビジョンがあって、そのビジョンを私たちが受けている。一語伝導しようとすれば、イエス様がね、導きを与えてくださるんです。これはね、やらないとわからない世界です。
みどりのチャペルは、筑波のど真ん中の学園都市、ここも学園都市っておっしゃるそうですけれども、筑波には筑波学園都市があって、研究室や大学がたくさんあるんですけれども、カナダ人の研究室と開拓チームを作って開拓伝導を始めまして、それで2011年にみどりので育っていた若者を牧師として派遣したんです。
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その兄弟の奥さんはね、佐藤明先生の、福島の大使の佐藤明先生の娘なんですけれども、使わしまして。ところがほぼ同じ頃に、みどりのチャペルにいた夫婦がね、奥さんの実家が筑波の先の筑波さんのふもとの真壁という町に実家があるんですけれども、何か突然に神様から突き動かされてね、実家に戻らないといけないってね。
実家に戻っていったんです。それはどういうことかというとね、高齢になった親に伝導したいって。それでね、実家のある真壁に帰りたいって。わかったということで、礼拝でね、その夫婦をね、祝福して使わせますと言って送り出したんです。
そしてね、みどりのチャペルとみどりののこ教会である筑波チャペルが協力してね、筑波さんのふもとの真壁。ものすごく伝統が生きついているというか、生きの町であり伝統の生きつく町であり、なかなか難しいんですね。そこで教会を生み出そうと。
ご主人が都会的な人なんです。インテルに勤務してますよね。まさに都会人なんです。だからね、近所付きはどうしていいかわからないんです。都会でしか生活してないから。派遣はしたものの、新しい教会を生み出される可能性がね、見えないんですね。
ところがね、やっぱり生きご伝統をやろうって志すと神様が働かれる。それがわかりました。山形県の南陽市に南陽チャペルという教会があるんですね。私たちのグループなんですけれども、そこにね、大会社が来ました。大医者さんでした。南陽市の大きな総合病院にね、遷均になってきたんです。
そしてこの教会につながりました。そして実は実家はマカベなんですって言うんですよ。どっかで聞いた。マカベって。あのマカベなんです。親はマカベで開業医をしていたんだけども、父親は亡くなりましたって。いやー驚きましたね。思いがけない話になっていったんです。
そしてこれを契機に筑波チャペルとマカベで開業されていた、亡くなったお医者さんの奥さんとの交流がね、始まるんですよ。そして驚いたことに、その病院の隣、そもそも教会だったんですよ。教会が閉鎖しちゃって、その土地を実はその病院が購入していたんだよね。
そういう企画まであったってことを知らされて、びっくりした。病院はもう閉鎖してるんですけども、しばらく書類を保管する義務があるっていうので、建物はそのまま残しておかないといけないんです。何年間か。
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それでね、未防止になった奥さんが、ぜひここを教会で使ってくださいっておっしゃるんです。まあびっくりですね。この診察室やいろんな部屋があるから、ぜひお使いくださいって。まさかこのような展開になるとは。
そういうわけで、来月からここを利用して活動が始まるんです。車椅子のクリーニングのボランティア活動なんかもしようかなと考えている。今日はそこをくさかり出かけてやっていくことになっているはずです。
いよいよ新しい教会の始まり。いや面白いなと思いましたね。私は想像のつかないところから神様がいろんな人を動かしながらね。
何か最初は見えない。なんか囲碁のようにね。なんでこの押し方は意味あるのかみたいな。ところがね、しばらくすると全部それがつながってね、神様がなさらえたいことが見えてくる。
皆さん、教会は決して自分たちのためだけにあるのではなく、この教会がエルサレムとして100%になって広がって、誰かが祝福を受けていくために存在しているんですね。
私たちは、それ一つはこの教会が成長してたくさんの人が救われて、この教会の人数も増える。それももちろん当然です。
それとともに、神の国が訪れますようにっていうこのイエスタムのビジョンですから、日本にね。祝福の拠点である教会が増やされますように。
だからセルグループもいいですよね。家庭集会もいいですよね。家の教会もいいですよね。増えていくことなんです。
そしてそれにいろんな役割をいただいて参加する。それが教会をさらに命あるものとするんですね。
30年間の働きの中で、私が聞いたことは、教会が選挙に踏み出すと、神様が交通網を整備してくれる。これをね、面白らせました。
田舎の茨城にいるからね、そんなふうなのかもしれませんけれども、私がね、宇宙に派遣された時は、母教会の山形の米田に行くためにはね、
まず一般道2時間半以上、場合によっては3時間走って、やっと東北自動車道のインターチェンジにたどり着いて、もう5、6時間かかったんです。大変ですね。5、6時間です。
しかし今や、10分で高速のインターチェンジなんです。道路が、教会の近くまで伸びるんですよ。だからもう米田へ行くのに4時間切っちゃいます。
間もなく成田飛行場まで30分で行けます。ですからね、これは若者たちともよく話したりするんだけども、ハワイチャペルだね、いよいよって。
ということはどういうことかと言うとね、日曜日にまず午前中礼拝するでしょ。そして急いで成田に行くんですよ。そしてハワイに行くでしょ。そうすると日曜日の午前に着くんですよ。
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そしてハワイチャペルで午前礼拝。午後はビーチ。たっぷり遊んで待ちわりをして、そして帰ってくる。これをぜひやりたいって。楽しいじゃないですか。
電動は楽しくないといけませんよね。なんか目つり上げてやったんじゃね。よくないですよね。楽しみながら。でもハワイチャペルこれいよいよ現実的だねとか。そういう話になるわけです。
また午後話しますけども、霞ヶ浦ね。日本で2番目の大きな湖の霞ヶ浦は茨城県にあるんですけども、そこでもね、教会のない町たくさんあるんです。
デネサレみたいなね、ゲラサシンの地みたいなところがいっぱいあるんですが、そこにね、神道さんを中心にね、開拓をしてるんですけども、以前はそこまで行くのはね、ほんとに道路事情が悪かったんです。
もう細い道路、くねくねの細い道路しかなかったんだけども、ところがね、そこにチームを月1回送るようにしてるわけです。開拓チームをね。
するといつの間にか、片側2車線のメインストリートがざーっと完成しちゃいましてね。しかも途中に大きな総合病院が移転してくるということで、その地域が発展してるんです。いやすごいなこれって。
来年ゴールデンウィークに何が起きるでしょうか。常磐自動車道が全線開通。途中に福島原発があるんです。福島原発のエリアが全部の道路を遮断していたんですね。
私たちの教科が震災後、宮城県の山本町とか渡里町に震災支援、教会開拓ということでボランティアセンター、新しいキャプレを立ち上げて活動してるんですけども、
自難がそこのスタッフになったんですけれども、遠回りなんですよね。ものすごくぐるーっと迂回していかないといけないんです。最後は山越えて。ところがこれ開通するとね、3時間表彰になっちゃうんです。思いました?
宣教に踏み出すと神様が色んな地域に神の国を広めるために道も作ってくれる。そしてもっとやりやすいようにしてくれる。神様はそのようにしてくれるんだな。
そういう神様の働きをね、何か間近に感じるとね、これって伝道って楽しいんじゃないかなって。神の国を広げていく働きにもちられて感動だよねとか、そういうことになる。
いやもう日本だけはダメだとかね、もちろん引くこともあるんだけど、いやそうじゃない。これほど需要のある国はないんですから。99%が顧客なんですよ。
99%プリシャーだったらもうかもしれないんだけども、99%顧客ですからね。お客さんがいっぱいいるんだから神の国はこれから発展するんですね。
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それを信じて踏み出していくときに神様が道を作ってくれたって、ほらやりやすくなっただろうって言ってくださる。そういう世界を私たちが体験していくことができたら素晴らしい。
経験をささやかながらも、この30年間歩みの中でその一端を挙げさせてもらってこのようにお話をさせていただいているわけですけれども、ぜひ皆様の教会のさらにもう既にステートメントを与えられていますから、
そこから具体的に神様の美行を皆さんでいただいて、そしてその美行をもって踏み出していかれるときに、ますます神様の皆さんを見させていただくことになる。それは間違いのないことだと私は思います。
今日玄関に入って、「ああ、いい教会だね。」って思ったんですね。玄関でわかるんです、だいたい。ほとんど玄関で気持ち悪いです、教会はね。いつも玄関に入るときに意外とどうかなと思うんですけれども、非常に皆さんの教会の雰囲気が良かったですね。感謝ですね。素晴らしいと思います。
神様の期待の大きさを感じました。ぜひ皆様、ビジョンを掲げて、神様の皆さんに預かっていただければと思います。
一言お祈りさせていただきます。ハレルヤ天皇お父様ありがとうございます。
明太にキリスト教会を感謝いたします。あなたがここに、あなたのイエス様の教会を建てて下さいました。神様がますます明太に教会を祝福して下さり、そしてここからまたあなたが宣教の通も延ばして下さいまして、神の御国がこの地からさらに広がりますように祝福して下さい。
お一人の賜物が豊かに用いられますように祝福して下さい。イエスキリストの御名によってお祈りいたします。
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