1. 名谷教会 podcast
  2. 2014/10/05:聖日礼拝(旧音源)
2014-10-05 57:22

2014/10/05:聖日礼拝(旧音源)

2014/10/05 聖日礼拝(旧音源)




00:01
おはようございます。
今日はですね、特別に、先日の木曜日の夕方からまして、
昨日の勤務式教育もとてもいい時でしたけれども、
富山から7人の短期戦略チームのメンバーたちが、礼拝にともに出席しています。
一言、お伝えしてください。高堀勤務教育課によろしくお願いします。
感謝と歓迎の握手をよろしくお願いします。
では、見事場に入る前に、お互いに挨拶したり、握手したりしたいと思います。
はい、どうぞ。
いらっしゃいました。
また今日は、礼拝の後、祝福会も予定していますので。
では、一言、お祈りいたします。
恵み深い天の主の神様、むから主の御前に礼拝捧げている。
そして、見事場をお聴きいたします。
神様、私一人一人に、あなたご自身がお語りくださいましや。
私たちには、聞く耳を与え、主をお語りください。
主も目を聞きますと。
へり下って、御声に耳を傾き、従える力を上からお与えください。
希望を与え、慰めを与え、また信仰の聖書も、主とあなたが促して導いてくださいましよ。
感謝して、イエス様の御名によってお祈りいたします。
アーメン。
はい、えーとですね。
主流説教、キリスト教のエクセンス、聖霊様について、今日は3回目です。
先週のメッセージにおいては、
聖霊様が私たちに頼みやすい、用いられやすい、キリストになりましょう、ということでした。
いかがでしたか、皆さん。1週間、聖霊様と共に歩む1週間でしたか。
聖霊様、これしてほしいと言われた時に、はい、とお答えできた1週間でしたか。いかがでしたでしょうか。
今日はですね、私たちが、神様を信じている私たちが、聖霊に満たされたら、私たち自分自身にどんなに素晴らしいことが起こるのか、
03:12
それを今日の聖の働き1週、8節から、大きく2つのことを共に教えていただきたいと、そう願っております。
また、説教中には、1つの素晴らしい証の動画も一緒に見たいと思いますし、
また後半には、今回のシームのメンバーの1人、団長のような引率者のキムさんに証をですね、お渡しをしてもらいたいと願っております。
皆さん、私たちが聖霊に満たされたら、自分自身にどんなことが起こるのでしょうか。
その第一名は、伝道せずにはいられないクリチャンになります。
御言葉を述べ伝えずにはいられない、黙ってはいられないクリチャンになるんです。
弟子たちがですね、イエス様と共にいる時に、彼らが伝道をしなかったわけではないんですね。
ところが、イエス様の弟子たちが本格的に伝道をして、数多くの人々を神の救いに導いたこと、それが実際にできたことはですね、
おそらくその働き第一教、そして第二教におけるペンテコステ、聖霊降臨の意向からだといって、過去ではないと思うんですね。
もう一度皆さん、今日の1教8説を一緒にですね、注意深く一緒に読みたいと思います。
いいですか、一緒に読みましょう。
しかし、聖霊があなた方の上に臨まれる時、あなた方は、そしてエルサレム、ユダヤ、サマリアの前路及び地の果てにまで、私の証人となります。
皆さんどうですか。聖霊に満たされたらどんなことが起きるんでしょうか。
イエス・キリストの証人となるんです。
エルサレムでも、ユダヤでも、サマリアでも、いや、地の果てまでに行って、そこででもですね、イエス・キリストを述べ、伝え、明かしし、そしてそのイエス・キリストの福音をですね、述べ、伝えずにはいられない、霊の人になるのです。
なぜでしょうか、皆さん。聖霊様は救いの霊だからです。
神の御霊、聖霊様は救いの霊であられるから、その救いの霊に満たされると、自分もですね、救いのために生きたくなる。
06:11
イエス・キリストをですね、もう言いたくて言いたくて話したくてですね、もうなんと言いますか、この体がですね、この口がうずうずしてですね、もう言いたくなる。
もう黙ってはいられない。
聖霊十万になる、聖霊に満たされたら、もちろんですね、以前、救いとか伝道に関心がなかったわけではないんです。
しかし、聖霊に満たされると、もっぱらこのイエス・キリストを述べ伝えることにですね、救いに対する情熱と言いますか、それが火が家から下ってくるのです。
そして、家様のことを話さずにはいられない、伝えずにはいられない。
そういったクリチャーになって、その相手がですね、家族であれ、親戚の人であれ、知人、友人であれ、何とかして一人にでも多くキリストを伝えたくて、何とかして一人の魂を救いに満ちたくてですね、
この人の働き、第一章、第二章、一方で出てくる、あの弟子たちのように、聖霊の心を持って救いに対する火が下ってきてですね、伝えて伝えていくクリチャーになろうかな。
同じ人の働き、第二章を一緒にですね、見てみたいと思います。
第二章の十四節をご覧ください。十四節、一緒に読みましょうか。
人の働き、第二章、十四節、三杯。
そこでペテロは十一人と共に立って、声を張り上げ、人々にはっきりとこう言った。
ペテロがですね、あのペンテコステの日に、多くのユダヤ人、あるいはサイスたちが集まっていました。
彼らに、このイエス・キリストの十字架の福音を、もう述べ伝えずにはいられない。そしてですね、大胆にキリストを述べ伝える、一章八節のあの御言葉通りに承認となりました。
イエス・キリストを伝えずにはいれない、霊の状態になった。変えられたわけなんですね。
09:06
あのペテロの内側には、精霊に満たされて、もう福音に満たされて、溢れて出てくるわけなんですよね。
その伝えずにはいられない、その火が彼の内側にあるわけなんです。
皆さん、これなんです。精霊に満たされているクリスチャーには、イエス・キリストの福音をどこにいても、どの人にも伝えたい、伝えずにはいられない、その火がある、精霊十万のクリスチャーの特徴はこれなんです。
だから彼が、この二十一節のかの有名な歌詞なんですね。
しかし、死の皆を呼ぶ者は皆救われる。
今、ペテロの前に座って、あるいは立っている彼らは、二式前にイエス・キリストを十字架につけろ、十字架につけろと、イエス・キリストを殺したあの群衆の一部が、自分の目の前に座っているわけです。
彼らに大胆に裸ることなく、躊躇せずに、恐れることなく、死の皆を呼ぶ者は、その人が誰であって皆救われますようと、大胆にキリストをもべしたいという。
これが、精霊に満たされたクリスチャーの特徴なんです。
その結果はどうなったのでしょうか。四十一節をご覧ください。
スナタラキ二章の四十一節。それがですね、一緒に読みましょうか。
二章の四十一節。
3.そこで彼の言葉を受け入れた者は、バプテスマを受けた。
アーメン。
素晴らしいことが起きましたよ、皆さん。
あのペテロのメッセージを聞いて、その日に、そこに集まっている三千人、それ以上かもしれませんけれど、
三千人が同じ時に、そこで洗礼を受けて、儀式に加わる、すごい奇跡のような不思議が起きました。
皆さん、こんな夢を見たくないですか。こんな夢を見たいんです。
洗礼に満たされたあの弟子ペテロが福音を述べ支えたらですね、一日にですね、三千人が洗礼を受けて、救われる不思議が起きたわけなんです。
これは、洗礼様がなかったことでしょう。
洗礼様が、洗礼に満たされているあの弟子を持ち入られたわけなんですね。
12:03
ですから、ペテロが偉大であるというよりは、救いの霊である聖霊様がこの不思議を、ミラクルを起こされたということではないでしょうか。
皆さん、私たちもキリストを信じるがゆえに、イエスキリストの福音を述べ支えたくて、述べ支えずにはいられない、
たまってはいられない、そして出会う人々に、どこででもキリストを述べ支える神の人になりたい。
そういった妙なに教会になりたい。そう願っております。
でも、こういうお話を聞きますと、たまには、でも先生、私は話が苦手ですとか、そう言われる方がいらっしゃるかもしれません。
そこでですね、一箇所の箇所を見てみたいと思います。
第一コリン島日の手紙、二章、四節です。
第一コリン島日という手紙、二章、四節。
新約聖書、319ページです。
第一コリン島、二の四節、一緒に読みたいと思います。
三、そして、私の言葉と私の宣教とは、説得力のある知恵の言葉によって行われたものではなく、見た目と見た力のあらわれできた。
皆さん、ストファルトは何と言っていますか。
自分の宣教、自分の伝道は、自分にすごい説得力の才能があるからではない。
自分がカスデンだからではない。
それによるんじゃなくて、見た目と見た力によって自分の伝道、宣教はできました、という証なんですね、皆さん。
そうなんです。皆さん、お話がうまい、おしゃべりがうまい人が伝道がうまいでしょうか。そうかもしれません。
しかし、人の前で見知らない人に声をかけて話すのが苦手な人もいるでしょう。
私もそうなんです。こういう講談に立って、説教してはいるんですけれども、
大体1年半経って、ユン先生のキャラはこんなキャラだと分かっておられると思うんですけれども、
ちょっと才能面もありますし、いろいろあるんですけれども、伝道は説得力にあるのではありません。
才能にあるんじゃなくて、見た目の力によって伝道ができるわけです。
15:04
言葉の数が足りなくていいんです。しゃべりがうまくなくていいんです。
御霊に満たされれば、御霊様がその人の心の内側で働きかけてくださって、
その心の畑から耕されて、皆さんが一言、ゆっくりと救いですよ。
神様、忍者が救われますよ。一言の種をまいても、私たちが百を働くより、
しせいれ様が一千倍、一万倍働けてくださると、すごい身がなることを、
しせいれ様の働きを信頼して伝道していきたいと願うのであります。
皆さん、しせいれ様は救いの霊です。
ですから、自分に能力が足りなくていいんです。賜物が出なくていいんです。
人の前に立って話すのが恥ずかしくて苦手でいいんです。あるいは友達がたくさんいなくていいんです。
しせいれに満たされたら、しせいれ様が皆さんのありのままを、
それぞれの賜物が用いてくださって、伝道の器として使ってくださるんですね。
ですから皆さん、まずは自分自身にできるところから伝道をしていこうでありませんか。
皆さんの周りにいらっしゃる方々に福音をもべ伝えていこうでありませんか。
失望せずに、今はですね、すぐにですね、
「神様、聞きたいです。誰々さん、聞いていきたいです。」
そういう人が見えなくても、しせいれ様の働きを信頼し続けていきましょう。
そして、私たちは福音の種を蒔いている。
時になったら、神様が働き上げてくださって、その実からすごい素晴らしい豊かな実がなることを信頼します。
だから、諦めないで、過ごしないで、伝道し続けていこうでありませんか。
今からですね、一つの動画を見ていきたいと思いますけれども、
オーストリアのジョージ・ストリッドというところでですね、
フランク・アーサー・ジェナという方が、今は亡くなっていないです。
その方がですね、なんと40年間伝道し続けた証があるんです。
編集して準備したんですけれども、一緒に見てみたいと思います。
23:17
はい、ここまでですが、いかがだったんでしょうか、皆さん。
23:20
すごいですね、一人の人が、ジョージ・ストリッドというところなのか言ったことないですし、
だから、今はGoogleで見れますから、それをキャプターしてですね、
あのストリッドでですね、40年間、一人の人がやり続けてきた。
そして、なんと彼に声をかけられた人が救われて、そしてその人から救われた人が、
あの牧師がですね、調査してみたところ、14万4千人が独占にできた。
その人が救われたこと、本当に素晴らしいことが起きたんですね、皆さん。
24:01
このように、精霊に満たされた人は、イエス・キリストの名を伝えていくんですね、皆さん。
どこで聞きましたか。
電脳というものは、ある意味で、目に見えない、本当に忍耐心がいる、コツコツやっていかなきゃならないことであるかもしれません。
10年しても身が見えてこないかもしれません。しかし、諦めないで、20年、30年、40年、あるいは、
自分の子供にそれを受け継がせて、そしてそれをやってもらっていたら、
神のときに素晴らしい魂が救われることを信頼してやっていきたいと、そう願っております。
大きい2番目です。
精霊に満たされたら、私たちは世のことに対する関心はなくなって、
神のこと、つまり霊的ことに関心が深くなるということです。
皆さん、精霊様は神の霊でありますから、精霊に満たされたクリスチャンは、霊的なことに関心が深いんです。関心が多いんです。
皆さん、霊的なことって何でしょう。
それは、救いでしょう。神の国のことでしょう。
伝道や海外選挙のことでしょう。あるいは信仰の聖書でしょう。
御言葉でしょう。恵まれることでしょう。
あるいは分かっちゃうこと、学んで訓練を受けることでしょう。
精霊に満たされたら、この人の働き以降に出てくるあの弟子たちのように、この世のことには関心が徐々に消えてしまって、
神の国のことに関心が深くなって、そのために身も心も全てを捧げる人に変えられることになります。
だから、精霊に満たされた人は世のことには関心があまりないんです。
地位や名誉や仕事や、あるいはお金や、あるいは旅行や、あるいはファッションとか、
遊ぶこと、あるいは自分のプライドなどなど。
福井さんにありますけれども、精霊に満たされていない時には、これらが本当に大事だと大切に大切に持ってきたものなんですけれども、
精霊に満たされたら、ああ、こんなものは本当に大事なものではなかったんです。
自分は虚しいことのために走ってきたんだと気がついて、悟って、そして変えられることになります。
その代表的な例が、シソパオルナですね。千章一箇所一緒に開きたいと思います。
27:05
ピリティビトへの手紙、第3章です。一緒に開きましょうか。
ピリティビトへの手紙、第3章、5節から8節までですが、まず私が5節、6節を読みますね。その後、7節、8節を一緒に読みたいと思います。
では、5節を私が読みます。
一緒に。
はい、そこまでです。どうでしょうか、皆さん。
シソパオルは、今までは自分がベニャーミンの子孫であって、すごい立法学者である、そして素晴らしい恩師から学んだものである、またしかもローマ市民権も持っている、そういったものを得と思っていた。
大切にしていた。しかし、エースキーソに出会って、精霊に満たされたら、なんと、そういったものは徳ではない、損であって、大切な宝じゃなくて、それはチリアクタと、憤怒のようなものだと、そういうふうにそれを自分が分かったということだ。
皆さん、このように、精霊に満たされたら、今までは余的なもの、俗のものを大切に大切に、そのために働き、そのために、まるで信仰を持っていたようでしたけれども、精霊に満たされて、あとは、ああ、そういったものはみんな損である。
30:00
チリアクタである。キリストが徳である。自分にはキリスト、他には何もないと思えるように変えられたわけなんですね。皆さん、このように、精霊に満たされたら、福音のため、神の国のために、心も身も、時間も、情熱も、金も、お捧げするプリシャに変えられるわけなんです。
これが精霊十万のプリシャも特徴なんです。イエス様のことに関心が多いんです。恵まれることにすごい関心があって、情熱があるんです。キリストを知る知識に関心が多いんです。魂の福に関心が多くて、連動し続け、分かち合いを続け、よく集まり、よく分かち合い、よく捧げる。
そういう人が、人の働きを見ますと、ヒト・パウルのほかに、もう一人の模範的なクリスタンが出てきます。彼の名前はバナバです。バルナバ、あるいはバナバなんですけれども。
人の働きをちょっと開けましょうか。11章の24節です。新約聖書251ページです。これがバルナバのことなんですけれども、彼のことについてこう言っていますね。
彼は立派な人物で、精霊と信仰に満ちている人であった。こうして大勢の人が主に導かれた。彼は精霊と信仰に満ちているクリスタンでした。
そしてですね、パウロがシャウロであった時に、イエス様に出会って、アンテオケに留まっている時にですね、このバルナバがパウロのところに行って、アンテオケで1年間パウロと共に過ごしながら、ミコト語を伝え、彼を導きました。
考えてみてください。バルナバさんにも家族があるわけですし、お家もあるわけですし、自分が管理しなくならない畑や様々なものが、自分の所有物がたくさんあるわけなんです。しかし彼はですね、もちろんそれらも重要なんですけれども、
それより優先順位を神のことに、御国のことに、福音に最高の価値を置いて、優先順位に従って動き、働いたクリスタンでした。もう一箇所見てみましょう。同じ人の働き13章2節3節です。
33:08
私が読みますね。
彼らが死を礼拝し断食をしていると、聖霊がバルナバとサウルを私のために整列して、私が召した任務を任務に仕かせなさいと言われた。
そうで彼らは断食と祈りをして、二人の上に手を置いてから送り出した。アメン。
皆さん、バルナバは金持ちでした。大金持ちでした。でも、単なる金持ちじゃなくて、見た目と信仰に満ちている真実なクリスタンでした。
そして彼らはですね、なんと福音のために全てを捧げるようと決心して、このように聖霊に称われて、選挙主として派遣されたんですね。
彼はですね、大金持ちだったから、今もキプロスがですね、そこの出身なんです。道具をですね、趣味生活をやりながら、世界の旅もしながら、あちこち行きながら、道具をですね、もう楽に過ごすこともできたでしょう。
しかし彼は、イエス・キリストの価値は福音は十字架も命はそんなに安価なものではない。自分はキリストのために一生を捧げようと決心して、パードともに何回も伝道旅行に出かけました。
自分を捧げた。聖霊に満たされたら、何が最も価値あることなのか、何が最も意味あるものなのか、それが見えてくるんですよ。今まではもう目を開けてはいたんですけれども、聖霊に満たされてから、それが見えてきて、
そのために生きようとする日も、心の中からそれが湧いてきて、そのように決心して歩むクリスタルに変えられるんですね。聖霊に満たされたクリスタルには、こんなに素晴らしいことが起こるんです。
それをですね、今から今回のチームの引率者であられるキムさんにですね、前の方に出ていただいて、赤足をですね、違います。赤足を引いていただきたいと思います。前の方にどうぞ。
36:03
私はここで主役をさせていただきます。
こんにちは。私はキム・ソッコンと申します。
私はモテシナンなのですが、私は子供の頃、主に会っていなかったのです。
私はクリスタルホームで生まれました。そして教会に生まれてはいましたけれども、人格的に本当の意味でイエス様には出会っていなかったクリスタルでした。
結婚後、自分の事業をやり始めていましたが、
30代の順番の頃に、自分の仕事を持ってものすごく大金持ちになりました。
そういう風にお金を儲けてですね、その楽しみにハマって過ごしていたところでした。
1997年に韓国にIMFが来てきました。
不動産化により、社会が完全に亡くなりました。
その後、1999年に教会に帰ってきました。
その父さんを通して、神様は私をもう一度呼んでくださったことに気付かされました。
神様が私を愛しておられることを悟った時に、
私の慣れは一つ一つ整え始めました。
そして、自分の余的な俗的な習慣やそういったものを一つ一つずつ捨てるように、断ち切るように変えられました。
そして主人公が自動に清浄しつれて、自分のあの時の苦しみは神様が許されたことだと気付きました。
そして、その後仕事をしていましたが、
自分に唯一の助け主、全てを与えてくれる神様の方は、神様だけだと気付いた出来事がありました。
39:14
父さんを殺した後、本当に経済的にお家も本当に大変でした。
しかし、そんな苦しみの中、神様は様々なことを通して食べさせてくださって、
私がまたあらゆる環境も条件も開いてくださったのです。
その中でも、神様が私に特別な恵みを与えてくださりました。
自分がまるで絶壁の端に立っている自分ですが、神様の身に頼りにすることが自分の唯一の希望であることを気付かされました。
そうした恵みを受けてから、神様によく祈っていました。
神様が私を愛してきたように、私も神様を愛せることが出来るようにして、私を変えてくださいと祈っていました。
そして、私の夫婦の本当に長い間の祈りを通して、自分の父もイエス様を信じて、そして天に目覚めました。
私の夫婦の祈りを通して、一番上の兄の夫婦もイエス様を信じて、今は良い教会の信者になっています。
自分が本当の恵みでイエス様に出会った後、素敵なものをしていて、神様は新しい恵みを与えてくださって、またこの世の教会にも導いてくださって、本当に恵まれる環境に私を主が追い付けてくださったのです。
私たちがここに妙大の教会までやってきましたことは、私たちが皆金持ちだから、余裕があるからここに来れたわけではありません。
42:00
それは、イエス様が私たちの内側に与えてくださった神の愛があるから、その愛によって私たちがここに来ることができました。
ですから、この教会に来て、本当に金持ち教室を通して、一つの魂を私たちに受け取ることができる人々を、この教会を通して伝えたいと思いました。
機会ができたら、皆さんも、皆さんの中にあるその主の愛を、思いっきり周りの人々に伝えていただけたらと思います。
この教会を愛しておられる主の皆によって、皆さんを祝福いたします。ありがとうございます。
【佐藤】具体的に今回、詳しく話し合ったことは初めてなんですけれども、いろんな話を聞いて、これは今日の面積のぴったしだな、神様ってすごいなと思ってですね、実は今朝決めたんです。
そして、村山ふかしたら、キムさんはいつも自分は良いと聞いています、助けてあげますとお返しさせてくれたんですけれども、皆さん本当にそうなんです。
このメンバーたちが金持ちだから、もう暇すぎたからしているわけではなく、何とか愛を使いたい、お役に立ちたい、そういう愛を持ってやっていきます。
皆さん、このように精霊に満たされた人には、神のことに、御国のことに関心が深くて高いんです。
そして、そのために時間を捧げ、物を捧げ、人生を捧げていくんですね。
皆さんはいかがでしょうか。皆さんは昔のことは脇に置いておいて、今も最近1ヶ月、今年も1年間はいかがでしょうか。
45:00
皆さんが最も関心ある事柄は何だったんでしょうか。今本当に最中でハマっていることは何でしょうか。
何か気づきにくかったら、こうチェックしてみてください。
睡眠時間、あるいは仕事をしていらっしゃる方の仕事とか、必ずしなくならないことの以外の時間と、
そして必ず使わなければならない他のお金を何のために使っているのか、費やしているのか、それを皆さん数えてみてください。
最も多くの時間を使っているそのこと、最も多くの金を支出しているそのことが、実は皆さんが今ハマって、あるいは関心を持っているそれなり。
ある方は海外旅行のために金を貯めているかもしれません。ある方は子供に遺産であげるために貯めているかもしれません。
あるいは健康のために祝い事をやっているかもしれません。あるいは何かの趣味のためにエネルギーや時間や物を使っているかもしれません。
もちろん私たちが適切に趣味生活をしたり、運動をしたり、健康管理をすることは、それは必要ですし良いことです。
決して悪いことではありません。しかし、やりすぎることです。神の国より恵まれることより、自分の信仰生活のためより、神の国のために捧げることより、
もっとそれ以上に価値を持って、それを愛する時間も心も身も物も捧げすぎて使いすぎているならば、それは実は皆さん、神の身頃を悲しめることになり得るということではないでしょうか。
聖書一箇所を開きたいと思います。ガラテア・ヴィトエの手紙、6章8節です。ガラテア・ヴィトエの手紙、第6章8節。371ページです。よろしいですか。371ページ。ガラテア・ヴィトエの手紙、6章8節。一緒に読みたいと思います。
三杯。自分の肉のためにまくものは、肉から滅びをかりとり、身玉のためにまくものは、身玉から永遠の命をかりとるのです。アーメン。皆さん、この御言葉を覚えましょう。
三杯。自分の肉のためにまくものは、肉から滅びをかりとり、身玉のためにまくものは、身玉から永遠の命をかりとるのです。
48:28
三杯。自分の肉のためにまくものは、肉から滅びをかりとり、身玉から永遠の命をかりとり、身玉から永遠の命をかりとり、身玉から永遠の命をかりとり、身玉から永遠の命をかりとり、身玉から永遠の命をかりとり、身玉から永遠の命をかりとり、身玉から永遠の命をかりとり、身玉から永遠の命をかりとり、身玉から永遠の命をかりとり、身玉から永遠の命をかりとり、身玉から永遠の命をかりとり、身玉から永遠の命をかりとり、身玉から永遠の命をかりとり、身玉から永遠の命をかりとり
それだけ働く、行うことなんですよね。
それですね、例えば、本当に愛する人のためなら、何でもするんですね。してあげたい。
例えば、恋人を愛にですね、例えばですよ、神戸から北海道までも行くんです。
あるいは、日本からアメリカまでも行くんです。
愛するから。会いたくて。一緒にいたくて。
そのためにしかお金はもったいないと思わないんです。
主を愛するなら、身玉に満たされると、主を愛する心が本当に強くなってですね、恵まれることが休憩するより甘いんです。
恵まれることがお金を貸すことよりもっとも素晴らしいんです。
福音を伝えること、あるいは兄弟姉妹に伝えること。
それがですね、趣味生活をすることより、何かスポーツをすることよりもっとも楽しくて喜んできたくなるんですね。
それが精霊十万なクリスチャンの特徴なんです。
だから、精霊十万なクリスチャンは信仰生活をするにあたって、まるでですね、見物をしているように、何かスポーツの競技を観戦しているような観客的な立場に立っているんじゃなくて、
自ら喜んで神のことにですね、飛び込む人が精霊に満たされたクリスチャンなんです。
神を礼拝すること、祈ること、恵まれることに最優先順位を置いてですね、そのために生きる愛のクリスチャン。
仕事も健康も、休息も趣味も、あるいは家族も、神の国より実は大事ではないということなんです。
皆さん、仕事を神様愛することより愛しすぎますと、神様の感激をさまざけることになり得るということです。
51:08
休むこと、休息をすること、昼寝をすること、そういったものが恵まれることより、それがそっちが甘くなっていたら、それは恵みを受けることをさまざけることになり得るということです。
あるいは、妻や夫や子供を神様より愛するならば、それが偶像になりやすいですし、神の恵みを受けることをさまざけることになり得るということです。
このお話でですね、だから家族を帰りにいないでほったらかしなさい、そういう意味ではありません。
2つの箇所を見ていきたいと思います。健全、そして健康なクリスチャー、バランスを取れたクリスチャーになるためには、2つの箇所を一緒に見ていきたいと思いますが、
まず第一世もて五章八節です。新約聖書410ページです。一緒に読みますね。第一世もて五章八節、410ページです。
一緒に3回、もしも親族ごとに自分の家族を帰りにいない人がいるならば、その人は信仰を捨てているのであって、不信者よりも悪いのです。
まずこの言葉を覚えましょう。信仰生活するにあたって、自分の家族を帰りにいない、ほったらかして、家のことや家族のことをないがしろにする。
それはすごい熱心であって、すごいクリスチャーだと神様から褒められるのでしょうか。いや、そうではありません。
健全健康なクリスチャーは、精霊に満たされている人は、祈りもしますよ、奉仕もしますよ、伝道もしますよ、しかし家族を帰りにいることを大事にする人です。
だからある意味ですね、本当にですね、家族のことも神のことも忠実にするためには時間が足りないんです。忙しくしなければならないんです。
今ですね、来ている清宗教会の信徒さん、本当に毎日の夜に教会に出勤している信徒さんなんですね。
月曜日は学びのために教会に行って、火曜日には全国祭の集まりがあって火曜日に行って、水曜日は水雪祭があって、木曜日はスモールグループがあって、金曜日は午前と夜に集会があって、土曜日にちょっと一休みできるかどうか。
54:04
そして日曜日は朝から晩まで働いて、そういう意味ですね、まるで牧師の以上に働いているんですけれども、でもですね、その中でまた家族を帰りにいる、そういったこともおろそかにしてはいけないことなんです。
しかしもう一箇所を見ていなければなりません。
部下の福音書18章を開きましょう。部下の福音書18章29節と30節です。154ページですね。部下の福音書18章29節30節。
ではご一緒にお読みしたいと思います。
3.イエスは彼らに言われた。まことにあなた方に告げます。
3.神の国のために、家、妻、兄弟、両親、子供を捨てたもので、誰一人としてこの世にあって、その幾倍かを受けない者はなく、持ちの世でも永遠の命を受けない者はありません。
皆さん、大事に手を持ってこの8節だけを覚えていたら、それは不完全です。
あの家族と、それからこの部下の福音書、2つの家族を両方とってバランスをとれた健全・健康なクリスタルにならなければならない。
すごく祈って、すごく奉仕をして、すごく全能・熱心なクリスタルがいたとしましょう。しかし家族のことを適当に適当にしている。それは健康なクリスタルではあります。
しかし逆にですね、家族のことを本当に精一杯してはいるんだけれども、教会の方はなかなか関心がない。それも良くない。
現実にちょっと難しいかもしれませんけれども、だからそれを目指して歩んでいくこと。聖霊様から知恵をいただいて、力をいただいて、バランスをとれたクリスタルになりたい。
メッセージを終えたいと思います。聖霊に満たされたクリスタルは、福音を述べ伝えずにはいられない。死のような失望せずに、諦めずに福音を述べ伝え続けていくんです。
それは聖霊によって、聖霊の力によって、それができるということです。
もう一つ、聖霊に満たされたクリスタルは、神のことに関心が高くて深いんです。人生最優先順位は、神であって、キリストであって、御霊であって、神の心にあるところに自分の心があって、神様に関心を持って歩む人であります。
57:12
皆様、聖霊に満たされていらっしゃるでしょうか。皆様、今の最も関心のあることは何でしょうか。お祈り申します。
57:22

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