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こんにちは、エールの山田です。この番組は、エール代表の櫻井さんの書籍、『まず、ちゃんと聴く。』の内容を中心に、聴くや伝えるについてざっくばらんに対話しながら、褒めていこうというポッドキャストです。
前回に引き続きまして成木さんをゲストに櫻井さんと山田さん、3人でお送りしたいと思います。成木さん、櫻井さん、では後半もよろしくお願いします。
よろしくお願いしまーす。
はい、前半戦、あの、楽しそうなところで、これは止めないとそのままいってしまうと思ったので、一旦止めさせていただきましたが、
成木さんが櫻井さんの本を読まれて、すごく通じるところを感じましたとおっしゃっていただいたのが、すごい面白そうな話がたくさん出てきそうなところだったんですけど、
改めて成木さん、読まれてどういうご印象、ご感想だったんですか。
結構やっぱ、聴くっていう部分って、個人的にはすごくかなりアクションだとは思ってるんですよね。
その、体は動かしてないかもしれないですけど、かなりそのエネルギー的にはアクションだと思うんですけど、
どうしてもそのアクション感がない、
そのコミュニケーションの書籍とか情報っていうのもそれなりに一応色々、私も見たり読んだりしてる人なんですけど、やっぱりちょっとあんま、
内容というよりはアクション感がないのであんまりっていう部分なんですけど、今回櫻井さんの本は本当普通にお世辞抜きに、アクションをすごく動作というもので「聴く」っていうコミュニケーションというものを解説されてるんで、
なんかね、運動…わかんないですけど、ピッチングの解説本みたいな、なんかちょっとそういうようなぐらいすごく読みやすい解説書だったなっていう印象ありましたね。
解説書って言ってもらえるのがもうなんかありがたいというか恥ずかしいというか。
やっぱり自分ご自身でやっぱり動いてる、動いてきた行動、経験がそこにあるからなんだなあっていうのは感じましたね。
あくまで身体知として語ってるっていうことですよね、櫻井さんがっていうことだなっていうのが。
確かにすごくそういう表現は多いですよね。本に限らず普段聴くということに考えている中でも、櫻井さんその、
何か本人のコンディションとか在り方とか、言語じゃない部分はすごい多分言及いっぱいされてますもんね、櫻井さん。
なるほど。
そう言われて、今どう感じました?
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いや、なんかちょっと恥ずかしいなーと思って聴いてました。
僕前半で気になったとこ聴いていいですか。
はい。
体を触れる特権っていう話をされていて、何というのかな、そうなんですよね、人の話を聴いているときに、
体から出ているメッセージを扱うっていうか、それをきっかけに気持ちの話や思考の話をした方が、なんか早いときがあるなってよく思うんですよね。
そこの部分、体を先に触るっていうこと、思考であったり認知であったり、感情的な部分とかっていう手前に体を扱うっていうことのほうが、
それを先に扱える特権みたいなところを言ってくれた、そこをもうちょっとお伺いしたいなって思ったんですけど、すごいオープンな質問であれなんですけど。
極論言っちゃうと、もうそれしかやってないっていうところももちろんあるし、
あとは結構言葉の怖さというか、否定的な意味ではなくて、結構私は、人は基本的に嘘をつく生き物だと思ってるので、
別に悪気があるとかそういうのでもないですけど、なのであんまりあてにしてって言ったらちょっと、だし
そういう意味では何ていうんですかね。ほとんど自分がよくわからないからこそ発生してる。
分からないっていうのは、自分の現在地というか、今自分がどこにいるかっていう、どちらかというと体感覚が消失してしまってるとこから、
基本的にいろいろ始まってるような気がしてるんですよね。
今のところもう一度ください。
見失うって言葉で言えばそれまでだと思うんですけど、見失ってる実感っていうのってすごく表現しにくい気がするし、
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その見失ってるのを、ちゃんと体の方が取り戻すために痛みって出すと思ってるんですよね。
その痛みも、もちろん自分の体が出す痛みもそうですし、やっぱり人が触れるという、触るのもすごく、
それも痛覚だと私は思ってるんですよね。人が触る、軽く優しく触れるにしても、それはすごく優しく触れられるという痛覚だと思ってるんで、
やっぱり触れられてすごく認識できるというか、
逆に言うと、それを触らないでみんなどうやってやってるのかなって。むしろ逆にっていうんですかね。
一般的な社会通念とか認知としては、体の痛みとか体の不調みたいなものって、
何ていうのかな、何か外的な要因があって起きているのであるっていう認知の方が多いじゃないですか。
もちろんそういうケースもあると思うんですけど、
割とその体から、むしろその人がその人になろうとしていくことのメッセージを出してくれているっていうことの方が本当は多いんじゃないかなって僕は感じていて、
そのメッセージは多分自分の思考やら感情やらいろんなものが作り上げた、今までのものから変わろうとしているとか、
それだとあなたの人生としてもうちょっと違うんじゃないのっていうことを多分体が何かのメッセージ、痛みであったり不調であったりという形で出してくれるというふうに、
僕は捉えた方が体というものからのメッセージを受け取りやすいなと思っていってるタイプなんですけど、
でもまずその認知があれば、ちょっと調子悪いですって成木さんのとこに行って、その会話を海次郎さんとできると思うんですけど、
何かが原因で何かが悪くて、これを取り除いてほしいんだという前提で来られたときに、
その方とどういう関わりをされるのかなっていうのが、ちょっと気になっちゃいました。
そうですよね。
結構やっぱり骨を触るんですけど。
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そうですよね。ここまで一回も出てこなかったですけど、骨ですよね。
確かにそこで私もすごく悩んでた時期もあって、意外に筋肉って嘘をつくんですよね。
筋肉が嘘をつくんですか。
嘘をつくというか、やっぱり都合よく筋肉、筋肉って要は血液の塊、水なんで。捉えられないんですよね。水を捉えるってことができないんで。
逆に固め、いつまでも固めて、刺激を入れないように感じないようにするにも多分できますし。
麻痺してたりすると筋肉って感じなくできるんで、フリすることができる。
だから筋肉、触れるにしても筋肉をメインに意識してやってたときは、
それこそたぶん櫻井さんが今感じてるように、私も同じように触ったとしても、どこか伝わらないし逃げられるっていう、
あったんですけど。で、なんで骨にたどり着いたかって言ったら、結構シンプルで。
じゃあ、あと何が残ってるかって言ったら骨しかないなっていうところが正直な、最初はそうだった。
骨は逆に言うと逃げられないんで。
嘘をつかない。
そこに存在してるだけなので。
っていうとこから本当骨に直接触るっていう意識を持つようになってからすごく捉えやすくなったし。
これは日本語ってものがとてもすごくいい言語だなって思うのが、骨抜きとかって言うじゃないですか。
あれは結構比喩ではないなって思います。
もうちょいください、そこも。
要は自分の骨というものを全く認識できてない人ってやっぱりその骨抜きな感覚というか。
なるほど。
結局、自分と自分の体っていう、私は常に2つの存在がいるというふうに基本的に見てるんですけど。
体って言っちゃえばいいんですけど、体っていうものもすごく都合よく解釈して使ってる人が多いんですよね。
体と向き合うって言った時に、その体っていうものをものすごく自分の都合よくその体という言葉を使う人が多いんですけど。
もちろんこれは無自覚ですけど。
だからあんまりそこで体っていうふうに、うまく使われることが少ないんですよ、実際問題。
体の問題っていうふうに言うんですけど。
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でもそこで言う体っていうのは、かなりその言葉には情報エネルギーがあまり入ってないんですよね。
もちろん入ってる形で表現される人も多い。
だったら骨でいいんじゃないかっていう気がするんです。
なるほど。
ちなみに、言葉を使った話を聴くっていうことのヒントにしたいなと思っての質問なんですけど。
骨っていうものに意識を向けて触れた時にわかるっていうやつって、何を感じてるんですか?
どこに触れにいってるんですか?
結局骨って重さを支える存在なんです。
重力っていう環境下において、自分の重さでもいいんですけども、
重さを支えて地面に伝える存在なんです。
地面に伝える存在なんだ。
はい。
それが自分の重さでももちろんいいんですけど、他人の重さでも同じなんですよ。
どういうこと? どういうこと? どういうことですか?
こちらも骨に触るって言うんですけど、何してるかっていうと、
自分の重さをその相手の方の骨に乗せにいく感じにするんですけど。
でもね、そうすると、乗れると言ったら変な表現なんですけど、
そうすると割と感覚が繋がる感じがあるんですよ。
たぶん乗せられた本人も、やっぱり自分の骨に重さが乗ってくるっていう。
これまたね、すいません、ふわっとしちゃうかもしれないけど、
重さと思いって言葉も同じなんですけど、
やっぱりそこに思いっていうパッションみたいなのがそういう風になっちゃうと、
あれですけど、本当に重さでよかったりするんですよね。
で、なんかね、そこで初めてようやく起動する感じというか、
本人も肌感覚として感じられる部分はあるし、
こちらとしてもやっとそこで本人を私は認識できたりする。
そこから何が出てくるかというと、やっぱりそこからは対話であったりとか、
いろんなものは結構出てきたりするんですけど。
いや、むちゃくちゃ面白いな。
えっと、なんか、重さがない人もいるってことですか?
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えっと、それはね、全部筋肉で背負っちゃってる人なんです。
だから重さはありますよ。重さはあるんですけど、
全部それを筋肉、自分の筋肉で全部支えちゃってるから、
結局力みが抜けないというか、
支えちゃってるから、結局力みが抜けない。
ずっと力んじゃってて抜けないっていうのは、
それは、とりあえずそうですよね。
だって自分の重さは基本は自分しか支えられないですけど、
それを全部筋肉でやることはないんですけど、
でもそういう人って大抵だから頑張っちゃっててとか。
今聴きながら、ずっとこう、
海次郎さんが体というものの話をしているときに、
僕は人と話しているときの、その人の認知とか信念とか、
そういうものと触れているときの感覚と、
同じような感覚で今話をしてるんですけど、
骨というもの自体は形があり、
重さがそのもの自体にはあるじゃないですか。
これを触れたときに、筋肉が支えているとか、
骨に重さがあるみたいな感覚って、
物理的な重さの話とちょっと違う話をしてたりするのかな、
っていうふうに思ってたりするんですけど、
これ何の話をしてる?
この辺がね、ちょっと、
自分でもここが課題でもあるんですけど、
この触れてきてるものを、
実際に受けないでどう人に伝えられないものかなというのがすごく。
ただ、半分ぐらいは伝わらなくていいんじゃないかっていうところもあるんですよね。
どこまで行っても、それは体で感じる世界で。
別に、それでも自分がすごく動いてて、
例えば子どもの頃とかに、とにかくちょっと高いところから飛び降りたりして、
ドンって衝撃。それがすごく楽しかったりとか、
できなかったことができるようになるみたいな、
そういう原始的な喜びでも別に同じことだと思う。
だからそれはどこまで行っても、もしかしたら、
体で感じるところに留めておいていいんじゃないかなという部分もあるしっていう。
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なんか一個だけアドバイスをもらいたいなってちょっと思ってるんですけど、
なんかその骨に、なんていう表現がいいんですか。
触れにいくっていう表現でいいんですかね。
骨に触れにいくときの、
海次郎さんのあり方とかそのやり方として何を意識しているかとか、
なんかその感覚は多分人の話を聴きにいくときの、
やり方は違うと思うんですよ、
触るっていう物理的な話と違うとは思うんですけど、
なんかそこのマインドとかそのあり方とか、
その意識の使い方とかっていうところは多分聴くっていうことと共通するものが一部あるんじゃないかなというふうに思って、
なんかその辺のものをちょっとお伺いできたら嬉しいなと思ったんですけど。
わかりやすい表現で言うと、
自分も相手も本当に骨同士ぐらいの感覚で接するって感じなんですよね。
なるほど。
あんまりそういう取り巻きとか、
まさに表面的なところを抜きにしている。
あともう一個は骨に対するイメージというか、
結構そこで最初にちょっと言うで出たかもしれないけど、音叉の話をちょっとしたと思うんですけど。
音叉ってすごい響いてるじゃないですか、ピー音。
なんかね、ああいうイメージを私は骨に対して持ってるんですよ。
基本は常にああやって振動して響いてるもので、
ですけど筋肉をギュッて緊張させると音が止まるっていう感じ。
なるほど、なるほど。
なのでリラックスしてる状態っていうのはもちろん筋肉っていうふうに皆さん捉えがちだと思うんですけど、
筋肉がリラックスしてると内側の骨がずっとビーンと響いてるっていう、そういうイメージ。
逆に言うとどこが響いてないかなっていうふうに捉えにいくんですよ。
なるほど、なるほど。
で、それを再共鳴させるのに一応こちらもそこに触れにいくというか、
だけどガッチリ押さえつけちゃうと止まっちゃう。
結局鳴らないから。
その辺はなんとなくイメージでいうとそういう感じです。
たぶん櫻井さんなんかもいろんな方とお話しされてるときに、
やっぱり響いてくる瞬間ってあると思うんですけど、
言葉があって、でもその言葉も含めてそれが、
なんとなく私はイメージとしてはその骨がそういう共鳴するような、
それもまた骨身に染みるっていうのは、もちろん昔の人はそもそもわかっている。
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だからそこはね、別に私の理論ではなく、昔から先人の方々がおっしゃってる言葉に
そういうのはもうそもそも含まれてるよなという…です。
ちょっと山田さんまとめてもらっていいですか。
もうちょっと楽しすぎてもう全然なんか。
本当楽しそうですよね。お二人ともって思いながら聴いてたんですけど。
僕なりに櫻井さんが聴くの話をするときに、
例えばだけど話すスピードを相手に合わせるみたいなこと言ったりするじゃないですか。
相手がすごいチャカチャカやりたい人だったら自分も早くするし、
落ち着いたどっしりした方だったらそれに合わせに行くしみたいなのって、
なんかそこの言語だけど身体感覚としてのスピードみたいなことを合わせに行くみたいなことをするじゃないですか。
それと実はすごい近いようなことを成木さんおっしゃってるような感じが僕はしていて、
なんか波長としてこういうものっていうときに、
成木さんがご自分が骨を使っている自分の身体という感覚で相手に触れにいくことで、
なんかその感覚が相手にも通じていくみたいなことの、
身体知の話としてのやりとりなんだなっていうと、
なんか櫻井さんがよく伝えようとしていること、
ピッチングの本のようだっておっしゃってたのにすごい通じる感じがしていて、
身体の動かし方みたいなことをよく言っているなっていうと、
結構近いことかもなって僕は聴いてて思ってました。
なるほどね。
なんかまた話が続いちゃいそうなんですけど、
なんか相手に合わせるんだけど、
なんか自分が感じたとき、相手がチャキチャキ喋ってるんだけど、
なんか自分が感じて自分から少しゆっくりにすると、
相手のペースがゆっくりになっていくときとかっていうのは、
たぶん海次郎さんが言ってた話となんか近そうだなみたいなことを思ったんです。
それはペースの話なんですけど、
あともう一個は、なんか話す聴くで言うと、
感情を素直に表現するっていうことって、
あんまり日本人が、海外の方もどうなのかわからないですけど、
あんまり得意じゃなかったりするので、
相手が感じてる感情をこっちが相手よりも表現してあげるっていう、
嬉しかったんですよって言ったときに、
うわー嬉しかったんですねって、
こっちの方が感じて表現するっていうことをすることで、
相手のその感情が、
なんか素直に表現されていくみたいなことすごいあるなと思ってて、
なんかそんなことを海次郎さんもされてるのかなっていうふうに、
山田さんの話を聴きながらちょっと思ってます。
はい、という感じで、今の続きでまたもう2本分くらいいけそうな、
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いけそう、いけそう。
話がいっぱいありますが、ぼちぼちお時間になってきたところで、
櫻井さんどうでした? 今回、前回。
いや多分伝わってると思うんですけど、楽しかったです。
私も楽しかったですね。
楽しそうでした。確かに。
何がっていうのはよくわからないですけど、とにかく楽しかったですね。
そうですね、楽しそうだったし、まだまだ物足りなそうな感じも僕は受けています。
櫻井さんが。
はい、もう本当に本当にそうです。
まだまだやりたかったんだろうなって感じはしますが、
成木さん、前回、今回含めてご一緒いただいて、成木さんはいかがでしたか?
いや、もちろん楽しかったです。
やっぱこうやって聴いてくれることで、
こちらも話せるといったらあれですけど、
やっぱり身体のことって、
もっとオープンであっていいし、
それこそしんどい時じゃなくても、
こうやってどんどん話に出していけるもので、
多分これ聴いててわからない人もたくさん多いかもしれないですけど、
なんとなくああっていうところがあって、
そこをあんまり頭で理解しなくて私は全然いいとは思っているんです。
もっと身体もエンタメでいいとすごく思ってます。
やっぱできなかったことができるようになるし、
知らなかったことが自分も身体も含めて知れるって、
それ私もシンプルにエンターテイメントと思っていて、
そういった形で身体もエンターテイメントの一つになっていければいいんじゃないかなと思っております。
ありがとうございます。
すっかりまだ続きやりたい感じではありますが、
名残惜しい感じではありますが、
ここらで前半後半を含めて、
この回、成木さんゲストの回終わりたいと思います。
なりきさんどうもありがとうございました。
ありがとうございました。