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目の前に立っている板崎さんを見て、私は驚きました。
27歳というのは伺っていたのですが、それよりもずいぶんと若く、どちらかというと幼くさえ見えました。
お化粧をしていらっしゃらないのでしょう。白く透き通った肌に、少し荒れた唇が拗ねたような印象を与えるお顔でした。
髪の毛をぐるぐると忙しいパーマヘアーにして、それがあんまり大きいから、私は最初、帽子をかぶっているのかと思いました。
手入れをしていない眉毛が意思の強さを、そしてくっきりと輪郭のとれた大きな目が疑い深さを思わせました。
こんにちは、はじめまして。板崎さんはそう言うと、何かの包みをくれました。
ザラザラと茶色い髪を巾着のようにして、麻の紐で蝶々結びにしてあります。
まあ、ご丁寧に。ありがとうございます。
私が頭を下げると、彼女を髪の毛を指に器用にくるくると絡め、
気に入ってくれるといいんだけど、そう言いました。
一向に帰る様子がないので、私が玄関に招き入れますと、初めて笑顔を見せ、靴をポンと脱いで、弾むように奥の部屋へ歩いていきました。
私が脱いだ靴を揃えていると、
意外と狭いのね、だとか綺麗だわ、だとか大きな声で言っています。
お茶を出すと、彼女はありがとうと言い、それでもキョロキョロと周りを見回して落ち着きませんでした。
向こうの部屋にあの人の写真が飾ってある仏壇があるので、私はさりげなく移動して扉を閉めました。
古い家でしょ。若い人には不便じゃないかしら。
ううん、古いのが好きなの。家具も全部古くて、丁寧に使い込まれてて素敵だし、一目で気に入っちゃったの私。
本当なら、引っ越し先のマンションに入るもの以外は家具をすべて処分しようと思っていたのでした。
どれもあの大きな家用に失られたもので、ほとんど持ってはいけなかったからです。
でも、やはりどれもあの人と私の思い出が詰まったものですし、家具ごと大切に使っていただける方にお貸ししようと、そう思っていたのです。
お一人でお住まい?
知ってはいましたし、込み入ったことを聞くのはどうかと思ったのですが、二人でいてもお話することがないので、そう聞いてみました。
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そうなの。夢だったの。一人で大きな家に住むのが。
私が切った羊羹を食べながら、彼女は猫のように目をくるくるとさせました。
変わった人だわ。そう思いました。
こんな若いのに、大きな家に一人で住むのが夢なんて。
そしてすぐ、彼女は小説家だったということを思い出しました。
鎌田さんも一人で住んでたの?
彼女はもう二つ目の羊羹に手を伸ばしています。
いいえ、亡くなった主人と。
そう、彼女は素っ気なくそう言うと、二つ目の羊羹を平らげ、指をぺろりと舐めました。
あの人も小説家になりたかったんですよ。
どうしてそんなことを言ったのかわかりません。
でも彼女があんまりおいしそうに羊羹を食べるものだから、なんだか私も甘いものを欲するように、あの人の話をしたくなったのです。
そうなの?なんて名前?
夫ですか?鎌田ですよ。
違うわ、下の名前、ファーストネーム。
あの人とか夫とか、そんなんじゃわかんない。
秋文。
秋文。
少し荒れていた彼女の唇は、甘いもので潤ったのか、ツヤツヤと光っていました。
まるで唇それ自体が甘いお菓子のようで、そこから響いてくるあの人の名前は、どこか遠い国の見たこともないおいしい食べ物の名前のようでした。
小説家って言ったって、私まだ一つしか書いてないわよ。
一つだってご立派よ。出したくても出せない人、たくさんいらっしゃるでしょ。
そうだけど、私のはたまたまよ。
ご謙遜。ほんとよ。
彼女は少しふてくされたようにそう言うと、机の上に置いてあったあの茶色い包みを見て、もう一度気に入ってくれるといいんだけど、と言いました。
まだ羊羹召し上がる?
板崎さんは子供のように顔の前で手を忙しく振って、鞄を何やらゴソゴソとやり出しました。
そしてくたびれた煙草の箱を取り出しました。
あの、ごめんなさい。
私がそう声をかけると、板崎さんは一本くわえたまま、こちらをじっと見ました。
この家、禁煙?
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そうなの。ごめんなさいね。私、気管が弱くって。
もしかして、あの家も禁煙?
板崎さんは一度くわえた煙草を元に戻し、すーっと大きく息を吸いました。
その時、両の目も大きく大きく開けるものだから、私は板崎さんに吸い込まれてしまうのじゃないかしら、と思いました。
いえ、ええ、そうね、なるべく。
そうなんだ。
でも、もう板崎さんのお家ですからね。それはご自由に。
板崎さんは、私に何か聞きたそうな顔をしていましたが、私がさっさとお皿を片付けたものだから、退屈そうに髪の毛を持て遊んでいました。
それから5分ほど、黙ってお茶をすすって、彼女は帰って行きました。
本当に変わった人だわ。そう思いました。
初めて会った私に、ずいぶん前からのお友達のように話すそのやり方や、急に黙り込んでしまう時のぼんやりとした表情が、なんとも奇妙な人でした。
でも、やれやれ、ご挨拶は終わったわ。
少し変わっているところ以外は、別段問題もなさそうだし、何より家や家具を気に入ってもらえたのがよかったと、私は胸を撫で下ろしたのでした。
思い出して茶色い包み紙を開けると、中には本が一冊入っていました。
彼女の作品かしらと思ってみると、それはエミリー・ブラウンという外国の女性の大きな白い絵という絵本でした。
ページをめくると、ひらりと紙が落ち、そこには、「この家にあなたんちが似てるの。」と書いてありました。
私はその一文を気に入って、冷蔵庫に磁石で貼っておきました。