逃げる技術の探求
おはようございます、小松でございます。 今日も寒い京都の一番寒い、今日も多分マイナス2度ぐらいになるんじゃないですかね。
という感じでね、ちょっと歩きながらの収録をしております。 今日はですね、何か物事から逃げ切るっていうか、
パージするっていうのかな、そんな話を今日したいと思うんですけれども、
これね、何でもですね、武道でも何でも、 居合とかでもね、居合っていう武道が、僕のいつもお世話になっている
六五郎野球区の鈴木先生がですね、よく居合の話をされるんですけどね。 月一で漢方相談をやるんですけども、その時にね、前回だったかな、結構おっしゃったことが
めちゃくちゃすごく参考になってですね。 何かね、物事を真っ向からですね、
対立しないというか、ちょっとかわさないとダメじゃないみたいな話になって、僕もそれずっと前からそれやってるんだけど、
さらにですね、言語化して自分のものにしたいなと思いながらね、いるので、そんな話を今日ね、ちょっと歩きながらしたいと思います。
で、かわすというかね、僕は性格的にどういうのかな、多分ね、もうこの音声聞いてる人にはわかると思うんだけど、
のれに腕押しとかね、柳の枝みたいにシュッとこう、どっかね、何というか、避けることが結構得意なんですよね。
漂うことの重要性
まあそれであの街中歩いてても、人がめちゃくちゃ多いじゃないですか。 まあ京都はそうでもないけど、まあそれでもね、最近あのインバウンドで外国人とかいろんな観光客が来るから、
そこで、まあ街をね、歩くときね、特に京都狭いから、混むところめちゃくちゃ混むんですよね。それで避けながら歩くってこと結構あるんだけど、
結構僕ね得意なんですよ、避けるの。シュッシュッシュッみたいな感じで。 で、人がこう歩いてたらどこに行くかなとか、どういう空気になるかなとかね、
そういうのが結構分かって、まあそういう機敏というかね、気配で動くっていうところが結構あってですね。
まあ忍者に近いということもあると思うんですけど、そういうね、まあ気配を知ってね、最小値で動くってこと結構好きなんですよね。
まあそれが多分ね、こう、まあ逃げるというか、なんか物事がなんか来た時にね、ネガティブなものとか来た時に、
真っ向から対立とかね、挑まないんですよね。 挑むとね、もう本当に余分なエネルギー使うし、まあ下手したら怪我するしね、
死亡する可能性もありますよね。なのでシュッとね、消えるっていうか、自分を自分でこう除去する、パージするっていうのがね、僕すごく大事なんじゃないかなというふうに思うんですね。
で、その前にですね、いかにそういうネガティブな状態の要素に見つからずに、逃げるというかね、その状態に遭遇しないように生活しなくちゃならないんですけど、
それはね、どうしたらいいかというとね、漂うんですよね。ふわっとしとくっていうか、真がないわけじゃないんですよ。真がないわけじゃないんだけども、なんかね、いつでも移動ができる。
逃げ足早く動いておくっていうことですよね。そういう状態にしておくっていう。それがね、なんていうのかな、これあの、
武道とかやってる人はよくわかると思うんだけども、常にね、やっぱり意識しとくんですよね。違和感とか気になることとかね、そういうものから意識しながら、その自分の軸をね、やっぱりメタ認知しとくっていうことですよね。
まあそういう、その状態を僕は浮くみたいなことを言ってますけどね、まあなんとなく漂っておくっていうことなんですよね。一所にずっとこう、なんか、よっかからないっていうことですよ。それをやって、さっき言ったような、のらりくらりというかね、かわすんですよね。
音を活かした逃げ方
で、かわして、それで、一目散に逃げ足早くね、どっか行くっていうことですよね。そういうね、漂ってかわして逃げるっていう、そのね、やり方っていうのを僕は、言語化するとそうなんだけど、無意識でやってるんですよね。これあの、言語化できたからできるもんじゃないよね、これって。
でね、これをね、他の人が活用する場合、どうしたらいいのかなっていうのを考えてみると、まあその3段階のうちの1つでもちょっと意識をしていくっていうことなんですよね。で、その漂うときに何が大事かって言ったら、やっぱね、音なんだよね。音がね、結構いろんなサインをね、投げかけてるんですよね。
だからその音をスーッとこう、状態を聞いて、特に音っていうのは空間的な情報を持ってきてるので、別に後ろに目はないけれども、音から何があるかわかることが多いでしょ。そういうふうに音をね、いろんな世の中を把握するための大きなサインとして見ておく、兆候として見るっていうことだよね。
それをちょっと意識していくと、今の軸をメタ認知して浮くことができるんじゃないでしょうかね。でね、あとはね、のれんにうでおしはね、これ結構高度なのでね、ちょっと言語化、ちょっと難しいけれどね、そういうのができる人は、武道やってるとそういうのは言語化したりとか身体化してるからね、いけると思うんですけどね、身体語っていうのかな。
技言語みたいなね、山田香里さんが研究しているようなね、あの太鼓のそういう技的な言語がだいぶ活かされるとは思うんだけども、それで多分ね、かわすっていうことが多分なんかね、言語化できると思うんですよね。逃げる場合もね、見つからないように逃げるんですよ。
逃げることをね、サーチされたら逃げにならないんですよね。いかに気配を隠すかっていうことだよね。
それはね、本当、意識はしてるかな。だからこの世からいなくなればいいとか、石ころみたいになりたいなとかね、世間から姿をくらわしても全然平気ですから、なんか承認予期とかほぼないんで、っていう感じでね、いつの間にかいなくなったなっていうところが美学なんですよね。
なんかすごい抽象的な話だけど、まあそこがね、できたらやっぱすごくいいんじゃないかなっていうね、逃げ足みたいな、そんな感じをちょっと今日はしてみたんですけどね。まあなかなかそれでもね、逃げることをね、やっぱちょっとなんというか、執着とか邪気があると逃げるところもやっぱなんかね、ふっとこう気になるとかね。
あるかもしれないよね。よくなんか火事とかなんか、例えばまあまあこれ変な話だけど、いろんな災害が起こる時でもちょっと何か気になって、その場に帰るとかね、引き返すっていうことをやっぱりよく聞きますよね。そうするとね、命が奪われたりとかね、ちょっと失敗したりとかするっていうのがあるので、やっぱりそれはね、逃げるときは態度を立って逃げることが大事だよね。
まあ2つ、それも前と同じだよね。平均値が嫌いっていうのはそこなんだよね。平均値でこっちでもいいしあっちでもいい、どっちでもオッケーだよっていう場合はね、その人死ぬよね。どっちかしかないんですよ。人生はバーベルしかないんですよ。
というとこで、その辺りのコツをね、ちょっとまあ言語化というか、まあ僕はそれを専門で皆さんに教えるっていうわけじゃないんだけど、自分の何かこう、価値観を言語化するだけのこれ、音声配信してるわけですけど、僕の本業は音とか音楽作ることですからね。それを活かして別に塾開きたいとは思わないからね。
その先の音楽とかその活動を重視するというか、満足するためにそういうね、日々の身のこなし方みたいなものはやっぱりたくさんあるので、まあそこをね、ちょっと今日はたまたま言語化をしてみたっていうような、そういう感じの時間でございましたという。はい、ということで参考にならないね。はい、じゃあまたまた。