次進めないんですよと。
ちゃんと言語化しきりましょうよ、みたいな。
前回の話でも、USBメモリ作った人の話のところで、
やっぱり日本人はコンセプチュアルな作業を割とサボって、
エグゼキューション、作業のところめっちゃやるけど、
欧米では逆だよねみたいな、 そんな話があったと思うんですけど、
まさにそうなんだよね、エグゼキューションばっかりやる、 デザインの領域かもわからないけど、
そこでPDCAとかダコーダひっくり返したりとかやるけど、
最初の打ち出しの方向が真逆だったりする可能性なくね?みたいな話とかもあるので、
まずはちゃんと言語的整理。
言語なのか概念的整理って言ってもいいと思うんだけども、
まず理論でこうだよねっていうのを整理しきれた上じゃないと、
デザインって肉付けする作業だと思うんだけど、
どこにも骨格もないところで肉付けできないじゃんみたいな話なんで、
固定されないよね、むちゃくちゃってなるよね。
アメーバみたいなさ、スライミーな感じになるじゃないですか。
よくね、ラブ&ピース系の大事なんだけど何も言ってない言葉ってあるじゃんみたいな、
抽象度が高すぎて全世界、全宇宙に言えちゃうじゃん、それみたいな言葉多いよねみたいな、
未来の人類の豊かさに貢献する私たちはみたいなさ、感じの。
何かを言っているようで何も言ってないやつね、あるね。
それ、とりあえず置いといて、これ言えてるよねってことだけど、
それ全宇宙に対して言えてるから、みたいな言葉多いので、
それを置いてそれベースにデザインやってくれって言われても、
デザイナー困るよねって話なんだよね、みたいなことなんで、
まずはもう言葉でこれしかないよねっていうところを導き出しましょうっていうのがまず今回の話ですね。
現場のあるある問題のあるあるは割と境問題だと僕は思ってるぐらいのあるあるで、
まず言語化をしましょうと思ってる感じですね。
なるほどね。
それは言葉でやらないといけませんねって話。
言葉でやりきった上で、デザインっていうのは一般的にはそういう扱い方をしているので、
何かうまくふわっと整理してくれるものだって思われてると思うんだけど、
デザインはそうなんないよって話で、整理するのは言葉ですよね。
概念でまずは整理しなければいけませんねって話で、
デザインっていうのはそもそもは整理しきったものをそれ抽象度が高いので、
パッと見た人にも誰にも分かるようにその整理した概念を見える化するものなんですよねっていうことなので、
そこですね、まずは言語化をして骨格をまず作り、肉付けするしがいのある骨格を作り、
そこに改めて肉付けをすると命が宿るよねみたいな、そういう話かなと思いますね。
はいはいはいはい。
で、うまくいかない場合は、本来はね、おかしいなって言って、
じゃあちょっと概念整理がおかしかったのかなって言って、もう一回概念整理をするべきなんですけど、
多くの場合はさ、概念整理はもうだいたいラブ&ピースだよねみたいな感じで、
なんか終わった感じになっていて、
デザインのあれかな、黒じゃなくて実はあれかな、パープルみたいな感じやね。
一番やっちゃいけないフィールドだったよね。
もうちょっとあれかな、モザイク、シンプルすぎたかな。
もうちょっとモザイク上にみたいなさ、よく分からない、
どこに行くんですか的なPDCAをやるみたいな、多いよねみたいな。
そのパープルがいいって言ってるのはあなたの主観でしかないですよねみたいなね。
そうそうそう。
全然コンセプトから落ちているわけじゃなく、好き嫌いみたいなね。
好き嫌い、神がインスピレーションを出してくれたんでしょうかって思うしかない。
か綾波レイファンなのかどっちかっていうか。
いやいや。
的な感じかな。
そうだね、確かに。
なので今回はね、そういう意味で、とりあえずデザイン禁止令というのを日本国上に発布したいという回でございますね。
みょんさんは本編先に収録しているので聞いてもらってますけども、今回の内容はどの辺で明日使える機能になりそうですか。
今回言葉でまずはやりましょうって話した後、いくつかコピーも紹介してくれたじゃないですか。
はいはい。
で、このコピー前に何かで話しましたよね。紹介いただいたやつですよね。
そうそう。
ですよね。
25回から私のコピーギャラリーみたいな。
ギャラリーみたいな。そうそうそうそう。ギャラリーで紹介してもらったコピーだと思うんですけど。
なんかそのコピーの見方が変わったというか、本編の前段で話したのは、言葉というものはいかに収束をさせられているかどうかなんだというふうな観点で、
改めてこのコピーを見た時に、確かに1個1個のコピー、そのコピーがあれば絵が浮かぶというかデザインが浮かぶものであり、
そこまで収束をしないとコピーとしては成立しないだなということがわかったので、コピーの理解としても参考になったし、
言葉というものはデザインの前にきちんと定義すべきであるというのは実践をもって感じられた本編だったかなと思いましたね。
今オープニングで話を聞いた多くの人は、たぶんとりあえずデザイン禁止令に対して、そうだよねと思ったと思うんですよ。
でもあなたの作っている言葉は本当にそこまで収束できてますかってなった時に、できてなかったかもっていうのはたぶん結構あるんじゃないかなと思って。
だから収束のある程度問題はあるけれども、ここぐらいまで収束する、ある程度絵が見えるっていうところまで収束しないといけないって考えると、
コピー作る作業は大変だよなと思ったというか、そこまでこだわらないといけないよなと思ったね。
なんかいいコピーってタイトルにも出してますけど、これしかないよねって思える一点ってあるんですよね。
解けたね、答えだねっていうのがあって。
例えばキャッチコピーの提案するときはABC案とか出したりはしますけど、
でも企業スローガンとかミッション、ビジョン、バリュー的な経営理念の提案するときとかって、
あ、これしかないですよねっていうのが出てくることの方が多いんですよね。
そのときは割と一案提案とか、普通に考えたらこれだけど絶対これですよねっていう二案提案とか、
すごいシンプルにすることが多いですね。
だってもう提案するときも、提案する側ももうこれしかないと思って提案するわけなので、
ABC3案出しますか、それ変な矛盾してんじゃん僕らのシスタンスにみたいな話もあるので、
別にね、3案絶対出したいっていう代理店さんとかもいるから、そのときは作るけども、
でもそれでさ、なんか変なホコに引っかかっちゃって、
全然オススメでもないC案に決まっちゃったらどうするのみたいな。
それの方が無責任だと僕は個人的に思うので、
真摯なスタンスという意味では、あえて一案提案するぐらいまで考え詰めて、
もうこれしかないですよねって言った方が僕は真面目だと思うんだよね。
真摯というか。
だからそんな感じの言葉を、コピーって本当はそうなんじゃないかなと思うんだよね。
複数案があって選んでもらう、お客さんも選びたがってるんだとかってよく言う人多いけど、
全然お客さんに聞いてみって、そんなことないから。
お客さんも選びたくないよね、分かんないよね。
分かんないよ。
投げられても困るよねみたいな、ぽいやつのさんが投げられてさ、で?みたいな話あるよね。
ここまでコピーというものは収束すべきであるということを知らない人が判断を委ねられると、
それこそ前回話したみたいな至高の肉みたいなのに飛びついちゃうよね。
なんかいいこと言ってるそう感あるから、これがいいよねって。
コピーを判断できるかどうかもマーキ力というかコピー力いるもんね。
いるよね。
だからもう選ばせるのはサービスじゃないっていうのは改めて徹底したほうがいいと思うんだよね。
ちゃんと選びきる、決めきるまでは仕事だと思うんだよね、本来は。
プレゼンでも、複数案出してもいいけど、
佐藤嘉島さんの本でいいなと思ったのは、ABC出すけど、
最初はこう思ったんですがA案。
で、こうかなっていうのがB案。
でも閃いたんですよ。
全部解決できるものがあることに。
ABC案。
これだと3案出してるし、一応比較対象とか至高のプロセスも辿れるけど、
ブレないというか、下1案に決められるということで、
本来たくさん出すのであればそういうプレゼンの仕方がいいかなと。
それいいね。
クライアントももし社内で、なんでC案になったんだって聞かれたときに、
同じ説明すればいいもんね。
A案もあったんですけど、こういうプロセスによってやっぱC案だと思いましたって言えるもんね。
言えるもんね。
絶対そうした方がいいと思いますね。
なんか変な方向で、本来は推しじゃない案に決まっちゃうこともあるからさ、自己的に。
あるよね。
ある。
判断する側がだってコピー分かってないことの方が多いからね。
多いからね。
一生後悔するよ。
これしかないっていうコピー見つけてんのに、そうじゃないのに事故で決まっちゃったら、
そのコピーは一生日の目を見ないわけじゃないですか。
ずっと多分一生忘れないと思うね、その表現が。
後悔がね。
そうそう。
しかもそのコピーって他では使えないからね。
他では使えないからね。
もうなんか一品もんだからね。
そう。
その悲劇はなくすためにもやっぱ真摯に提案した方がいいと思うんだよね。
確かに。
別に一発プレゼンじゃないと思うので、別にそれでずいぶん掛け違いもあるから、
こっちがすごい認識を間違ってたとかはあるので、
オリエンで伝えきれるとは限らないからね、お客さんの方もね。
その時はもう一回やればいい話なんだよね。
違いますね、じゃあもう一回提案させてくださいでいいんだよね。
だから一発で全部やってっていう、コンペだったら難しいかも分かんないけども、
普通の提案だったら3案出すとか何案出すとかってどうでもいい話だなと思ってますね。
それでは本編ぜひ聞いてみてください。
本編は約42分あります。
途中で聞けなくなった時のためにもここでポッドキャストをフォローしておくと便利です。
それでは行ってみましょう。
さて、じんぼさんの今週のピックアップ、テーマはこちら。
とりあえずデザイン禁止令、これしかない解を導く超言語化力の活用法です。
じゃあどんな話なんでしょう。
二律背反とか矛盾を抱えた複雑な要素があるじゃないですか。
ビジネスの議題とかにおいては。
あれもこれもみんながいろんなことを言うし、優先順位も全部つけていられないが、
とりあえずいろいろ出ますという中で、いろいろ出たけどこんな感じですかね、高級感と親近感みたいな感じとか、
そういう感じの抽象的な言葉で一応整理した気になるとか、そんな感じだよねみたいな感じで、
じゃあとりあえずデザインに行きましょうみたいな話になることが多くて、
それだとデザイナーに丸振りですよねみたいな話。
デザイナーも困るよね。
本当は困るんだよね。
でも次元が変わるからそれをうまく解決してくれそうな気になるっていうことと、
あんまりコピライターがあんまり活躍してない社会なので、
そこで言葉で言うと、それとこれとこれってこういうことですよねみたいなことに整理されたことが体験があんまりないので、
それもありますよね。
なるほどね。
議論は煮詰まったし、一旦デザインになるよみたいな話になりますと。
だけどそれでは転がすだけで、なんとなくそれっぽい感じ、それっぽさを延々転がす感じにしかならないので、
そうじゃなくて結局はデザインでもなんでも情報整理しきるっていうところをやらないといけないので、
それってやっぱり二利三反矛盾とかいろんな要素を全部こういう見方で言ったら多分全部整理できますよねみたいな奇跡の一点っていうのは必ずあるんですよね。
そこを見つけるのが大事で、そこまで考えきらないといけなくてみたいな話で、
コピーで言うとその一点を見つけた時にそこにタグラインっていう旗を立てるんですよね。
タグラインっていうのは文章って書く感じのやつですよね。
そうだね。ロゴとか企業ブランド名の上にポンとスローガン的に一行載せるようなタグラインですね。
だから全てのメッセージの意味を引っ張っていく言葉っていう意味なんですけど、タグボートみたいな。
引っ張るっていう意味の一行タグライン。
あらゆるキャンペーンとか広報表現とかの意味を引っ張っていく。
だいたいだから広告で言うと最後にポンって出されることが多いんですけど、
それによって例えば心もマンタにコスモ石油みたいな言葉をポンって出すことで、
あらゆる物語とか表現映像がそこに落ちていって、
さらにブランドイメージを引っ張っていくみたいな話なんですけど。
有名なのはキットカットのハブアブレイクとかね。
ネスコ的な映像を60秒ぐらいガーッと見せてめちゃくちゃヒリヒリさせてて、
ネッシー出るかなと思ったらハブアブレイクポンと出して、
そうだな疲れたな休憩大事だねみたいなことにして、
ブランドの意味を印象つけるとかそういう感じですよね。
タグラインってそういうことで広告って一番大事なのはタグラインを決めるってことで、
タグラインってだいたい1回決めたら10年とか20年とか使っていくんですけどみたいな。
そういう意味では伝えたいメッセージであるとか商品が持っている価値だったりとか、
いろんな情報がたくさんあって、それをまずは修練させるというか、
たくさん要素あるんだけどそれを一つにギュッと詰め込むっていう、
収束させるがまず言葉でキャッチコピーとかやって、
デザインはどっちかっていうとそこから拡散してるイメージが僕はあるんですけど。
だから言ってまず決めたらそこを起点にもう1回膨らませていく作業だと思うんですよね。
っていう感じですよね。
ハーブアブレイクっていうコピーがあってそこで作れるCMとかデザインとかは本来複数ありますもんね。
複数ありますね。
無限にあるよね。
ヒットカットで言うと50年くらいそれを起点に様々な無限の表現があっているんだけど、
ハーブアブレイクは変わってないわけだよねみたいな。
じゃあまずそこを見つけないといけませんと。
それはめちゃくちゃ2文字とか短いんだけども全ての意味を含んでおりつつ、
さらに一般論じゃない言葉。
このブランドしかない言葉ってこれ回位だよね答えだよねっていう言葉が必ずあるので、
そこを見つけないと何やってももうダメですっていう話なんですよね。
ほぼ99%の仕事はそれができてないので、
なんか上手くまとまらないねとか毎回毎回個別の議論したりとかするんだけど、
たぐらに決まった仕事っていうのはもうそれでずっとやるからね。
ユニリーバーのリアルビューティーキャンペーンとか20年くらいやってるけど、
逆にそれを強みにしててリアルビューティー美人とは何ですかってチャットGPTに聞くと、
いわゆる美人をジェニファー・ロペスみたいな顔を出してくるんだけども、
リアルビューティーキャンペーンによる美人って何ですかって言うと、
もう様々な美人を出してくるんだよね。
それってもうこれまでの20年とか30年とかのこのキャンペーンの中で提案してきた多様な美が、
そこに修練されて、ハッシュタグみたいなもんだけど、修練されてるんだよね。
だからブレずにずっと展開できるわけ。
だからそのタグラインを決めるのが大事で、それは言語でしか決められなくて、
それを大障りにして、じゃあとりあえずデザインですってやったら、
まあダメだよねって話です。
この言葉で定義すべきなのはコピーとタグラインでいいのか、
社内向け説明としてはその後ろにもうちょっと詳しい説明があるのかな。
そうだね、もちろんそうだね。タグラインとかも必ずそこに込められた意味みたいなのは多層な意味があるので、
それは、まあでもペラ一だけどね、ペラ一で出しますよね。
例えば、僕昔から書いた淡路ビーフって淡路の淡路島の名産牛ですよね。
牛のブランドのコピーで言うと、いい味出してるっていうブランドタグラインを書いたんですね。
これも割と多層に意味を込めていて、企画書で言うと3層の意味が込められていますっていう感じになるよねっていうことですかね。
1層目で言うと、もちろん牛肉の話なんで、味覚表現が1層目に来ますね。
だから味覚表現ってあれなんでね、うまいって言わずにいかにおいしさを伝えるかっていうことなんですよね。
食レポみたいなもんですね。
そこは基本、これを落としたら絶対ダメなんだけど。
ここで例えばよくある嗜好の味みたいな、嗜好の肉みたいなことにしちゃうと、その一行って味の話で以上終了みたいな表現になってしまうので、
多様な意味が含まれない、すごい貧しい表現になっちゃうんだよね。
なるほど、なんかちょっとGPTがいいそうな感じですね。
昔ボロクソに言った気がするなって感じのことだし。
それでおいしさが伝わるならコピーなんていらねえんだよみたいな話をした気がするんですけど。
確かに、何か言ってそうではあるもんね。
表現としてはちょっとかっこいいから、こう、how to say、コピーになってるっぽさを感じるけど、
まあでもね、言ってることはとてもおいしい以上だからね。
最上級証言なんて、まあね、書くこともあれば書けるわけだからさ。
だから嗜好の肉とか究極の肉とかさ、おいしんぼんの対決みたいな対決には全く意味がなくて、
それを言いたいんだよね、からがコピーの話だったり概念化の仕事なので、そこをまずやらなきゃいけないねっていうことね。
で、味告表現で言うと、おいしいじゃなくていい味出してるよねって言ったぐらいにすることで、
なんか独特のおいしさ、これまで他とは違うおいしさがあるよっていうことを醸してるっていうことですね。
おいしいとは言ってるけども、他にも意味が、含意がありそうな感じがありますというところと、
狙いとしては、そもそもブランドを打ち立てないといけませんねみたいな話だったんですよね。
なので、ブランドとして認識されてないのが一番の課題だったんだよ。
淡路牛と淡路ビーフって違うんですか?みたいな党内の人が言ってるみたいな。
神戸牛とは何が違うんですか?とかね。
一応厳しい基準があって、それをクリアしたらブランドになれるのでみたいな、その辺のことが伝わってないので、
まずはブランドを打ち立てないといけませんよね。
打ち立てないかというとブランドパーソナリティなので、淡路ビーフっていうのはどんなやつなの?みたいなパーソナリティ。
人間ってね、存在はやっぱり人格としてしか認識できないので、キャラとかね。
だからブランドパーソナリティとしても打ち出していけるような言葉、パーソナリティも内包させた言葉じゃないといけませんよねっていうことで、
いい味出してるよねっていうのは、いい俳優さんとかさ、いいキャラのやつとかさによく言う言葉じゃないですか。
日本人が一番好きなパーソナリティを表現した言葉でもあるので。
高倉健とか。
まあそういうことなんだよね。
そういう、地元にもブランド牛っていうのがいまいち伝わってないんだけどみたいなその不器用な感じ?みたいなのも込めてる言葉でもありますというのが2層でね。
なるほど。
ブランドを転がしていくときのより白になるような言葉にしましょうっていうのが2層ね。味覚表現をしてブランドパーソナリティのより白になり、
で3つ目は具体的に行動喚起をする言葉でもありたいよねっていうところで、こう一緒に食べたときにお互い言い合いたくなるような言葉にもなったら素敵ですねみたいな感じで、
だからいい味出してるねってみんなで言い合いたいセリフにも使いやすいみたいな、
キャンペーンとかでも仮にCMをするならそういうふうな使い方をしていくとかそのあたりも狙っていくっていう、
思わず言いたくなるってことは思わずそれを言うために買うっていう行動喚起のフックになるのでっていう意味で3層目の情報ミーム的な役割も持たせてるってことで、
そうか。だからやっぱり一個の言葉の裏にこの1から3層みたいな形で、いかに多くの意味があるほうが使い込みやすいそうですね。
ですね。だからキャッチとかは別にそうじゃなくていいんだけど、もっと解像度高いほうがいいんだけど、スローガン的な感じのタグラインって言われるやつは、
一行とかの、超抽象的なんだけど超具体的というか、そこのニーツハイハーをうまく収納した大きな言葉じゃないといけないので、
多くはだからラブ&ピースみたいな、でかいんだけど何も言ってないみたいな言葉になりがちで、
企業理念とかね。会社のミッションビジョンみたいなのと近いですね。
ほぼそうじゃないですか。掲げたはいいけど何も動かさない言葉を掲げちゃって、で、みたいな感じでやって、掲げた前で社員が無視して仕事をするみたいなことが。
ピースピースやったらどれでもいい、何やってもピース大切ですよねって言えるもんね。
そうそう。ジョン・レノンはそこに曲と歌声があるからピースの意味を伝えれるわけで、それがなければ意味がないわけですよね。
そんな抽象的な一般論は。だから絶妙な抽象度が高いかつ、味がするみたいな言葉を探すっていうのが大事で、みたいな感じ。
で、これが一番大事な作業だと僕は思ってるんだけども、こういう、なるほどねみたいなことを見つけた経験がほぼないので、
とりあえずデザインになっていて、今コピーというのは僕は社会問題的に思ってるんだけども、めちゃくちゃコピーなくてもいいよねみたいな感じになっていて、
パセリみたいな感じになってるなと思って。パセリ。パセリあってもなくてもいい、あ、切らせた、まあいいかみたいな感じになってるんだけど、
だから僕のテーゼはコピーはデザインの就職後ではないっていうことを常々言ってて。
なるほどね。
これもレトリカルなんだけど、デザインの飾りになってるんだよね。今なんかデザインパッと決めて、ここに一行なんかあった方がいいよねみたいな話、後付けみたいな。
逆だろうみたいな。コピーがあって、じゃあデザインやったらそれをどんだけ膨らませるみたいな、そこの綱引きが必要なんだよって。
まずデザインからで、ここに一行なんかいい感じのやつあった方がいいよね、それは違うだろうみたいな話なんで、コピーはデザインの就職後ではなくて、デザインがコピーの就職するためのものなんだよねみたいな。
まあ当たり前の話なんだけど、ほぼやられてないのでちゃんとやりましょうって言いたいっていう感じかな。
なるほどね。
っていうのが僕の言語化とは何か、コピーとは何かっていう話はそんな感じですね。
なるほど。だからここで言ってるコピーっていうのはキャッチコピーとかタグラインとか全ての表現物を作る上では、デザインから入れるのではなくてまずはコピーから考えるべきってことじゃない?
そうですね。
言語で整理をして、それをデザインに落とすべき。その言語の長さはやっぱり短くないといけないですか?
そうだよね。短くないと解釈のブレが生じるからね。
まあ読まないもんね。前回話した通りね。長い文章は社内のやつでも読まないもんね。
読まないもんね。自分のブログでも読まないんじゃない?
自分で書いたのに。
読まないと思うね。
結構ね、なんかブランドガイドラインとかで、パワポ50ページとかのブランドガイドラインとかあったりするとちょっとゲッソリするもんね。
ゲッソリするよね。
ゲッソリするよね。結局1行ぐらいしか残らないんだよね、ああいうの。50ページ。
ミッション、ビジョン、バリュー、3つあるけど、レトリカルになってる1個が多分経営理念として掲げられるんだよ。
それがミッション寄りなのか、ビジョン寄りなのかわからないが、どれかすごいコンセプチュアルでイメージを豊富に含めるワードがあって、それが大体経営理念はこれですってなるんだよね。
スローガン的な感じで使われるものにもなるっていう感じかな。
そういう意味で、文章が長くしかならない時点で、最初に言ってた二律背反とか矛盾を抱えた要素を全て収束する奇跡の1点が見つけ出せてないってことね。
そうそう、見つけ出せてない。
だから文章が長くなるから、ちゃんとそれを見つけ出せれば、てかもう見つけ出すべきで短い文章になるはずであるってことね。
もうこれしかないね。これ答えだね。これ全部言えてるね。しかもワクワクするねっていう1点を見つけるのが、まず最初の仕事で。
これ端折ったら、あとは全部作業なんだよね。雑務というか。どこにも行かない作業になっちゃうから。
まずは1点決めましょうっていう。目的地決めてから歩きだけ出しましょうみたいな話ですかね。
まずここをやり切るのが大事だねってのが僕が一番今言いたいことかな。とりあえずデザイン禁止でこれしかない界を導きましょうってことがね。
なるほど。それは言語化でしかできないってことですね。
でしかできない。
なるほど、まあ確かにそう思いますね。
デザイナーに文投げしちゃダメよっていう。
デザイナーも最初言語化すると思うからね。役割分とはなくなるよね。デザイナーがコピーも書くみたいになっちゃう。
なっちゃうね。
じゃあその何ていうの。抽象度を保ちつつ、短い一言でありつつ、ワークするコピーって何なのって言った時に、
いいコピーって何ですかっていうと、いろんなことを言われますと。
例えば一行でパッとイメージが広がるコピーがいいよねとか、デザインよりもビジュアルな言葉であったりとかね。
デザインよりもビジュアルってのはどういうこと?
デザインで全部見せられるよりも、一行の方がイメージが広がる言葉。
あーなるほどなるほど。はいはいはい。なんか動画を見るよりもその言葉を聞くと沈る感を感じたりするようなことって。
そうそうそう。昔の伊勢丹で言うと口笛でタクシーを止める服とか。
めっちゃかっこいいイタリアの紳士が着てそうなコートみたいなの着てそうな感じがするじゃないですか。
はいはいはい。
そのままのビジュアル撮ったってそれただの説明ですけどみたいな。
確かに確かに。あーなるほどね。
そういう一行で、あーなるほどってイメージが立ち上がる言葉ってのもあって、そういうのいいよねって言われたりしますよねとか。
あるいは、さっき言いましたけど、複数の課題が同時に解決されていて、これしかないねみたいな。
それもいいコピーだよねって言われることもありますと。
なるほどねー。
それもそれもそうです。で、僕が一番思うのは、コピーとか広告はそもそも勾配喚起、行動喚起のためにするので、
その目的論でいけば、なんか思わずやってみたくなるっていうコピーが多分一番大事なんだろうと思うんですよ。
あらゆる要素を省いて、それはないといけないだろうと思うので、
まあそれがいいコピー。
広告ですからね。
で、僕はよく言う、いいアイディアっていうのは思わずやってみたくなるアイディアであるっていうんだけど、コピーも一緒でと思ってて。
おうちの中でテント、子供用テント張ったりイムチキチしたりとかそういうグッズがあって。
コロナ禍?それより前。
それより前で、物消費からこと消費に文脈に語り直してた頃ですね。
なるほど。
別にお出かけしなくても家でも思い出作れるでしょみたいな、そういうトーンで描いたのを、一個高度換気系のコピーで言うと、ベランダへお出かけしようっていうコピーを描いたんですね。
これでいくと、わざわざ遠くに出かけなくても、キャンプグッズがあって、それをベランダに置けば、ベランダでお出かけ気分を味わえてみたいな、濃密な時間がすぐに始まるんだよみたいなことですね。
なるほどね。
お出かけできるだけやったらいいけど、別に毎週毎週やってリア充な家族にならなくてもいいんじゃねみたいな感じの話。
家でも全然体験価値高いぜみたいな、そういう気づきだね。
家にいる時間の方が長いからね、外にいる時間よりね。
そんな感じで、わりとインナーな受け手に向けてそれを肯定してあげるみたいな作戦もあったみたいな感じですね。
そんな感じにすると、ベランダへお出かけしたくなるよねみたいな感じで高度換気型になるかなとかね。
もう1個読んでいくと、最近も多いんですけど、選べるギフトセットってあるじゃないですか。
あれ確かにね、嬉しいよねみたいな。何がもらって嬉しいですかって言ったらプレゼントより現金の方が嬉しいよねみたいな。
現金な人間も多いですけど、みたいな世の中の中で。
流行ってるんだと思うんだけど、これ送る時の難しいところって、送り物ってそもそも物に思いを乗せて渡すことに意味がある。
だから物がメッセージになるわけじゃんみたいな。だからね、メッセージを伝えなくてもメッセージが伝わるのがいいとこで、
照れもなく真心を伝えられるんですよねみたいな感じが良かったはずなんだけども、
選べるギフトセットだと、あんま気持ちこもってない感があるんじゃないかなって送り手が思う可能性があるじゃないですか。
あーあるね。なんかお金と物の真ん中みたいな感じ。
真ん中みたいな感じするもんね。
商品圏化みたいな感じするもんね。
そうそうそう。どうなんだろうなーみたいな。やっぱりちょっと健康に気を使ってゼリーとか送った方がいいのかなーとか思うじゃないですか。
だからこれもちょっとあれだね、動機を倍にしてあげるみたいな話なんだけど、
その時書いたのは選ぶ楽しみもプレゼントっていうコピーを書いて、
これはね相手が伝う、まあね、実質やっぱり選べた方が嬉しいよねギフトセットでみたいな話と。
まあ確かにゼリー嫌いかもしれないよね。
ゼリー嫌い、そう。だから送って送り手の趣向が分からないから外すことが多いんだよねみたいな。
外さずに済むっていうメリットがあるんだけども、やっぱり思いがこもってない感じがするなーみたいな不安もあると。
その不安を解消するのは、うん不安に感じなくていいよって言ったらもっと不安になっちゃうんで、
いいことを倍増して言ってあげる。だから送られた相手は選ぶ楽しみもさらにそこで始まるんだよみたいなことを言ってあげると、
ああいいじゃん、バーンつって構造に結びつくみたいな。これも解決してるよね一個ねーみたいな。
はいはいはい。ギフト系はそうですね。受け取りて喜びますよっていうのを言ってあげる。
で、まあ分かんないじゃないですか。誰が受け取るか分かんないし、送る側もどういうものを喜ばれるか分からないけれども、
メッセージを送るこちら側が、いやこれやってたら喜んでくれますよっていうロジックを何かつけてあげると、
じゃあこれでいいじゃんって思えるもんなー。
なんかそこの絶妙なこう、そうだね確かにっていうこの一点がどこかって話だと思うんだよね。
ここついてあげると行動喚起に素直に向きやすいと思う。何かしらのこのモヤモヤを解消して、
どこかに向かわせる作用があるっていう感じかな、という感じですね。
あとはもう一個インテリア系で、IKEAの今は接触良寒、接触冷寒、戦争なんで今は。
各インテリアの会社がインテリア、IKEAなんとか全部ね。
夏はね、流行ってますよね、接触冷寒ね。なんかもうエアコンとかじゃなくこれいうのがいいって感じはあるもんね。
その中でもIKEAは割と接触冷寒性能に加えて、イメージとか気分でもちょっと涼しい感を作ることで、
良寒演出みたいな感じでやるといいんじゃない?みたいな感じで。
例えばその上から吊り下げるグリーン、フェイクグリーンみたいなやつとか、割とそういうのも提案をしていて、
いいなと思って、そういう感じのものをやったときに思わずやりたくなる提案ってないかなって思ったときに、
僕が書いたのは、お部屋に木漏れ日を作ろうっていうコピーを書いて、
吊り下げグリーンとかと乾燥照明とかを組み合わせると、お部屋の中でも木漏れ日を演出ができるったりするので、
実際にめちゃくちゃできるかどうかはさておき、でもやりたくなるよねみたいな感じと、
木漏れ日ってすごい涼しそうな感じがするじゃんみたいな。
涼しそうな感じするね。
乾燥照明はオシャレな人はだいたい持ってるから、それと組み合わせてちょっと工夫したくなるよねみたいな、
そういう思わずちょっとやりたくなっちゃう系の提案をしたって感じですかね。
むしろその一点、これしかないねみたいな感じと、思わずやってみたくなる要素みたいなことを一行に込めるみたいな。
これって表現というよりは解決、何かを解決してて何かに向かわせるものであるみたいな、そこなんですよねって。
それはコピーだし、コンセプトとか別に何でもいいけど、概念的解決でも何でもいいし、
マーケティングそのものだと思うんだけども、こういうことをやっていかないといけませんよねと思ってて、
これやってるともうすでにディレクションもいらないし、デザインもだいたい決まってくるみたいなことだと思う。
これがなければデザインはどうすればいいんですかって言ったら、なんか難しいよねみたいな。
難しいね。何も方向性決まらないから、じゃあとりあえず商品真ん中に置いとくかみたいな感じになっちゃうね。
でもだいたいそうじゃんね、IKEAのやつで、なんか涼しそうなやつの中で豚の扇風機とかが置いてあるようなビジュアルにだいたいなるわなみたいな。
なるわね。
世の中の99%の原稿はそうなってるわなみたいな話なので、それはどうなのかなみたいな風に思ってるっていう感じ。
なかなか伝わらないからね、それだとね。
商品並べてなんか涼しそうな感じを作ってたとしても、なんか涼しそうにやってるのはわかるけど、それが自分の生活に取り入れるべきなのかどうかっていうのはイメージがわからないので、
それがあることによってどんな幸せな生活があるかっていうのはこっちでコピーで寄り添っていかないと伝わらないよね。
伝わらないよね。
なんとなくイメージでっぽい感じでやると、別に向こうもっぽいことしか受け取らないので、せっかくワンチャンスのリーチなのに、そこで受け手に判断を委ねちゃダメだよねみたいな。
そうね。だいたい受け手に判断を委ねたものは伝わらないよね。
伝わらないね。
低関与だからさ。
そうそう。
一瞬で理解し分からないと思ったらスルーするからな。
他社も同じようなレベル感でやったりすると、単にシェアオブボイスの競争になるじゃん。
ロス多い方が売れるみたいな話になるけど、そこでクリエイティブ点数が作用するのであれば、こういう整理をやってあげないと変わらないよって話かなと思うんですよね。
僕はよく2010年以降のコピーで言うと、ものそのものの機能ベネフィットの説明的なコピーではなくて、こと消費とかって言われたけど、そこからこと消費分明の語り直しコピーが必要になっていると思って。
よりユーザー向けに、世の中とはこうであるではなくて、今の日常生活の中のモヤモヤってこうだよね、それってこうがいいんじゃないみたいな。
そういうもうちょっと改造度の高い言葉じゃないといけなくて、言葉のサイズもどんどん小さくなってきてるよねっていう話を以前もしたと思うんですけど、そういうことかなと思っていて。
今のコピーの役割って何かというと、ものがあります、かける、使う人がいます。
そこで生まれるものかける人イコールことっていうワンセットをイメージで先列に提示するものがコピーであり、広告ビジュアルも含めた表現の仕事だと思っていて。
それによって、あのアイテムって自分の人生に必要なアイテムなんだねって認識をしてもらい、受け取ってもらうための何かしらの気づき与えるものでなくちゃいけないと思っているという感じですね。
で、前回も話したコピーは3回転がして書けっていう話にもつながるかもわかんないけど、だからよくある99%のコピーは機能ベネフィットの説明で終わってるんだけども、そうじゃなくて、
2つ目に転がしたときは情緒。それを使ったときにはどんな気持ちになれるかという情緒ベネフィットに翻訳する。
3つ目、自己実現ベネフィット。どんな自分になれるかっていう翻訳するとか。
こうやって意味論的に解釈を変えていくっていうことをやって、翻訳をするとかそういうことになると思うんですけど、
そういうことをやっていかないとダメですよねと思っている次第ですね。
確かにね。そうだね。
多くの人は機能ベネフィットを言えれば色々と想像して情緒ベネフィットとか自己実現ベネフィットを気づいてくれると思っているかもしれないけど、
全然そんなことはなくて、機能ベネフィットだけしか言わなかったら本当に機能ベネフィットしか捉えてくれないので、
でも実は買ってくれた人はやっぱり情緒ベネフィットとか自己実現ベネフィットを感じて買ってくれてるんで、
そういうところからちゃんとヒアリングをすれば、機能ベネフィットじゃないどんな自己実現ベネフィットを訴求すべきかっていうのはわかるはずなんだけど、
あんまりそういうことせずに、結局商品の良さとかね、画素数多いから何十万画素みたいな。
そうだね。世界最小細件だよね。
どれだけすごいかわからないみたいな。そうそうそうそう。
ああいうのとかね。昔は良かったけどね。
なんかそれが価値だったし、まあね、カメラとかPCはもうある程度それでいいかもしれないけど、
スペック勝負のものだからね。もうでもそういうのじゃ売れないよな。
売れないね。もうPCだってもう20年前からすでに性能良いからね。
そうそうそうね、別に。
僕が言うとさ、セレロンのパソコンで一夏を潰して動画編集をしたんだね、1時間の動画を編集して、
やったけど、Pentium 4ができてからさ、みたいな20年前の話してますけど、
そんなの一夏潰さなくてもいいんだ、1週間で終わるんだよねみたいな。
はいはいはい。
レンダリングとかアホみたいな時間を買ったりとかしたのが、1秒で終わるみたいな話になって、
何だったんだみたいな話だったけど、じゃあPentium 4ができて以降、別にみんなが動画編集するわけじゃないじゃんみたいな話でいくと、
もうパソコンの性能なんでもいいんだよ別に、そんなに大したすごい普通のやつでいいんですよもう。
ExcelとかWordは普通に動くからそれで、みたいな話でいくと。
確かに。
もう見切りがつくよね、みたいな。
そうなんだよね。
そうそう。
それでも商品を買ってもらおうとすると、やっぱりそれを自己実現ベネフィットとかね。
MacBook Airとかそうですよね。
うん。
スタバでMacBook Air開いてる、俺かっこいいってために買ってるPCやもんね。
そう、でかい腕時計のやつ。
あるよね、そういうのね。
ある。
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さて、今週の明日使える聞くネタ帳、マーケターの真夜中ラジオもそろそろお締めのお時間となります。
お締めのお時間となります。
お締めのお時間となります。
とかになった時に、そういう世界あるよね。リアルで会ったことなくても、ゲームで戦った友達は本当の仲間のようなものだし、みたいなね。
この映画で言うと、主人公のパーシバルっていう男の子とヒロインのアルテミスっていうのは、ゲーム上だけで出会い、恋に落ち、リアルで最後会うんだけど、みたいな話だけど。
でもそういう世界観ってあるし、僕らでもね、今普通にSNSで知り合って仕事やって、Zoomで完結して納品施設請求書出して、一度も会わない人いっぱいいるよね、みたいなことで言うと。ほぼ一緒じゃん?みたいな。
なるほどね。話はしてるけど、画面上だから。映画の中でアバターになってるけど、リアルで話してるのに近い感じはあるもんね。
そういう意味でZoomも当然バーチャルだし、完全には見えないし、肌が綺麗になる補正とかも若干されてるし、Zoomでしか会ったことない人に実際会ってみるとめっちゃ性高いなとかさ、そういうこともあるし。
だから、実はそうかもね。アバターとかっていうわかりやすい形になってないだけで、結構バーチャルな世界で生きてるかもね。
生きてるよね。もうすでにほぼなってるってことで、だから2040年って割と妥当な戦だと思うんだよね。
今は2024年だけど、僕の同期が2013年くらいかな、ドラクエ10で一緒に戦っていたパーティーの女性と今結婚してるんだよね、みたいな。
すごいね、そんな前に。
そこから十何年経ってるし、みたいな話なんで、そういう世界線ですよねっていう感じではあるね。
じゃあ当時はそんな珍しいことあったんだ、だったけど、だんだんとそういうのが結構普通になっていく。
うん、そうね。
今もね、結婚した相手と出会ったきっかけの何番目?2番目か3番目でマッチングアプリが出るもんね。
そうだね、マッチングアプリが出るんだろうね。
マッチングアプリとか最初バーチャルだもんね。
ゲームでいくと、たぶんドラクエでいうと、いいところでスクルト出すなとかバイキルト出すなとか、
たぶん同じ価値観設定の中で本質的な気が合うかどうかがわかりやすいんじゃないかなって思うんですよね。
ゲームはその人の性格が出るって言いますもんね、人狼ゲームとかね。
そういう意味でもやっぱり今そうなってるし、これからそうなるし、もっとそうなるし、
だからもっともっとバーチャルとリアルの境界がなくなり、むしろレディプレイのようにバーチャルが主の世界になっていくだろうなと思うんだよね。
なるほどね。
という感じがまず1個かなと。
もう1個は面白いなと思ったのは、あの中で世界を作った、オアシスっていうプラットフォームが独り勝ちしててみんなそこで遊んでるんだけどみたいな話の中で、
オアシスを作った人がハリデーっていう創始者がいるんだけど、神みたいになって、ハリデーが亡くなったら伝説になってますみたいな話ですよね。
ハリデーの伝説はあれだよね、立体動画のやつみんな行ってたじゃん、博物館みたいなところで。
行ってた行ってた。
で、ハリデーの言動をたどってヒントを探ったりとかするんだけど、あれってもはや聖書だよね。
そうだね、キリストみたいなもんだもんね。
そうそうそう。
あー、そうか、確かに。
っていう感じかなと思うんだよね。だからニーチェがね、神は死んだって言いましたけど、そっから150年後くらいなんだけど、レディプレイの世界って。
だから神が生き返るんだよね。人間が神になって世界を作るっていうことを。
で、人間が創世紀を生み出すみたいな、旧約聖書がまた一から書かれ出すみたいな、そういう話になるのかなーと思ったんですよね。
なるほど、でもその、例えば今プラットフォームでよく使われているFacebookとかそういうのを別に、ザッカーバーグ、神扱いされないじゃないですか。
うんうん。
だからなんだろうね、このレディプレイの世界においてアプリとかサービスを作った人が、そういう神的扱いにされるのはなんでなんだろう。
まあそういう仕組みがあったよね。なんかこう、ハリデーの博物館に行ってハリデーの歴史を知ることによって、なんか問題を解く鍵があるんだよね、この博物館にはね。
そういう仕組みがあるから神っぽくなってるのかもしれないなー。
まあでもね、ザッカーバーグもスティーブジョブズも、まあ惜しいところまで行ったよね。スティーブジョブズは一定層かもわからないけど、でもやっぱりあれじゃない?改造度がまだまだ低いんじゃないですか、今でいうと。
フェイスブックとか、まあウェブだしみたいな感じで、もう没入感がある世界観として完成して、その中でゲームなのかな、なんかそういうものまで高めないと、たぶん体験価値的なものがちょっと低いんじゃないかな、フェイスブックだと。
あとゲームの中のキャラで出てくるっていうのもあるのかもね、そのハリデーがね。だから一つのこの世界を作った創始者として降臨してるから、神扱いされるのかもね。
別にマーク・ザッカーバーグとかは別にそういうふうにフェイスブックで出てこないもんね。出てきたら鬱陶しいけどね。
たまに作ったのは俺だぜとか投稿来たら鬱陶しいけどね。
まあツイッター最近そうなってきてるよね。
ああ確かに。
なんかあの世界観面白いなと思って、あのゲームというかオアシスっていう中にもう古今東西、まあ聖書も含めてだと思うけど、すべての物語が全部統合されてるじゃないですか。
全部打ち込みの一個の世界になってみたいな。あれはなんかすごいよね。すべてのキャラが共存してるみたいな、まあアバター上ですけどみたいな。
いやー著作権大変やったやろうなと思いながら。
まあスピルバーグじゃないとできないね。
できないだろうね。
ああいう世界になると、スピルバーグの理想郷でもあるんだろうけど、ポップカルチャーですね。日本語で言うとサブカルなんですけど、ポップカルチャー知識こそが強要だみたいな世界観になっていって、敵ですよね。
IOIの社長が敵なんだけど、それにとっておっちゃんて、ビジネスマンとしては優秀なんだけども、ポップカルチャーがちょっと分かってないので、すげーコンプレックス持ってるじゃん。
なるほど、持ってたね。
ジョージ・ダブル・ブッシュみたいに耳打ちされてイヤホンで聞いたもの。
ああ、そうそう。そういう社員がいるんだよね。ポップカルチャーめっちゃ詳しい社員たちがいて、わからないことは耳打ちで教えてもらうみたいなね。
そうそうそう。カール・ローブ的な奴がいてね、こっそり教えるんだよねみたいな。見抜かれてるんだよね、それもね、主人公に。
それぐらい必死に隠したくなるぐらい、やっぱりポップカルチャー知識は大事で、あの辺も多分、今後多分そうなっていくだろうし、今でもサブカルがわりと知的な競技みたいな感じになってるけども、
それがより強くなるだろうし、スピル・バーグがそうなってほしいんだろうなって感じもするよね。
そうね、びっくりした。スピル・バーグがこういう映画を描くんだなって思ったのかな。
作家は別にいいんだけどね。
ああ、そうなんだ。
脚本家はすごいよね。
脚本家はめっちゃ好きなんだろうね、そういうのはね。
そうね。スピル・バーグが多分こういうのを作って、つって。
俺は最近ちょっと当ててねぇから、久しぶりに当ててぇわ、つって。
映画監督って、何年かに一回めっちゃ当たって、めっちゃ儲けるものを作んないと、だんだんさ、2,3回滑るとお金がなくなっちゃうからさ。
すごい額でね、額作るもんね、映画なんてね。
そうそうそう。レディ・プレイはね、ちょっと外せなかったらしいよ、スピル・バーグ的には。
結局どうなの?興行収益良かったな、あれは。
良かったみたいよ、割と儲かった、つって。
そうなんだ。
なんかでもこのサブカルが満載って意味では、ダンダダンっていうアニメがあって、それもちょっとこれに近い感じで、いろんなサブカルが満載で面白い。
それとの共通かも感じた。
あれかな、アベンジャーズからいろいろ混ぜるのが流行ってんのかな。
最近流行ってんのかなって思ったな。
そうだよね。
ダンダダンとか昔のCMの歌とかさ、宇宙人がいきなり24時間戦えますか?を歌ったりする。
そうなんだ。
そういうのが面白い。
面白いよね。でもあれだよな、そういう意味ではファミコンジャンプとかって画期的だよね。
ああ、あれもう何でも入ってたもんね。
あの時代に。
確かに。
まあだから、やっぱ思いつくよね。全部混ぜたら面白くなるんじゃないかっていう。
そうね。
任天堂もあるよね。大乱闘スマッシュブラザーズかな?とかはマリオとか、マリオとゼルダが戦ったりとかする。
そうなんだよ。
ちょっとルール違うのにやめてくれない?とか思うよね。
思うんだよね。
ヒーロー側はね。しゃべんならへんわって。
そうよね。よく許諾したな。まあ任天堂の中だからできるとかあるんだろうけど。
そうだね。世界観がまず面白かったなっていうのもありますよね。
こういう世界観って、これからそういう風になっていくんだろうなっていう中で、これからAIが発達しみたいなことを言うと、
お医者さんもさ、誤診もなくなるし手術も多分うまくなるから、お医者さんもだいたいロボがやるだろうし、伝言師もロボットがやるよねとか。
フィジカルのことも最後、割と残るけども、最後はロボットがロボットを作って土木工事とか建築とかも最終的には全部ロボット任せになるでしょうっていう中で言うと、
ほぼ人間の手を離れるとなると、始まるのは2回目の中世、ネオ中世みたいな感じになるのかなと思うんだよね。
僕らが生きてるうちにはなるんじゃないかと思ってて。
昔は中世は貴族だけが働かなくて、あと奴隷が働いてたからだとか、それロボットがあるから、
生きてる人間全員が貴族みたいな感じになって、文学とか芸術とか科学とか、そういうことに使えるようになっていくわけだよね。
みんなアニメ見て、なんかディストピアな感じになっていくと思うんだけどみたいな感じの中で、
たぶん労働とか経済とかいろいろ変わっていくと思うんだよね。
最低保証とか普通になっていくだろうし、みたいな感じでいくと、
人間に何が残されるんだろうなって言った時に、コミュニケーションしかないんじゃないかなと思ったんだよね。
どんだけ言っても、たぶんどんだけ成功でも、やっぱりAIと喋ってても嬉しくならないのが人間だと思うんですよ。
なんか虚しくなっちゃうな。
そこはどこまでいくかですね。なんかでも最近はAIとかに恋とかするらしいですよ。
マジで?
そこまでいくらしい。だってAIは自分のこと振ったりしないからね。ずっとあなたが素敵って言い続けてくれるわけよ。
そうだね。それ嫌じゃない?なんか。
でも振られるのが嫌な人からするとさ、いいかなーっていう感じもするけど、どうなるんだろうね。
そこで人間が生み出したのが貨幣経済というやつでさ、
おっちゃんはお金をたくさん貯めてそれで愛人を運ったりするわけじゃないかって聞いたわけじゃないですか。
それがAIになったと思えば似たようなもんかもわかんないね。感じはするか。
でもどうなるんだろうね。全然わかんないね。
わかんないね。でも最終的にアニメがクソ面白くなって、ゲームも無限に面白くなって、
やっぱずっとはできないような気もするんだよなという中で、空いた時間何やるのって言ったら飲み会なんじゃない?って思うんだよね。
なるほどね。
たぶんね。たぶん一定虚しくなるんじゃないかな。ずっとやるとかAIとコミュニケーションだけだと虚しくなるんじゃないかなと思うけどね。わかんないね、そこは。
でもレジプレイの世界の中の人って、バーチャルのゲームの中で敵と戦ったりしてるけど、
あれだんだんと、俺は敵と戦うのが仕事だというか、俺は戦士だみたいな。
俺は魔法使いだっていうふうにどんどん段々となっていくんだと思うんだよね。
朝起きて、俺は魔法使いだから魔法使いの仕事をしようと思ってずっとゲームをするみたいな感じになっていくんじゃないかな。
まあそうだね。バーチャルの中の自分がアイデンティティになっていくね。
そうそうそうそう。だから本人は仕事をしてるつもり?で、実際ゴールとかあって達成されて、
しかも競争になってるからさ、そんなに簡単に上に行けるわけじゃなくってなると、
たぶん今の世の中とあんまり違いはなくて、でもやってることはずっとゲームの中でカチャカチャやってるだけっていう。
これ、マトリックスですね。
でもやっぱさ、パーシバルはアルテミスに会いたかったじゃん。
リアルなね。リアルな。リアル側でね。
でも会いたかったじゃない。
会いたかったね。
やっぱそういうことなんじゃないかと。
そこは最後リアルが欲しいという。
なんじゃないかなと思うんだよね。
まあ確かにバーチャル、人間は分かってるもんね。バーチャルはどこまで行ってもバーチャルだっていうことを分かっていると、そうだよね。
なんかふと気づいたときに、AIの彼女は確かに振らないけれども、どうせAIだしなってふと気づいたときに、これまでの人生何だったんだろうって思いそうではあるね。
そうだよね。
まあ分かんないけど、たぶんそうなったらいいなと僕は思ってるだけかも分からないけどね。
なるほどね。
最後コミュニケーションが残るとすれば、まあ面白いやつになりたいなって思うね。
面白いやつになりたいな。
なるほどね。
あとね、最後ね、ゲーム作った人もそうだしなんだけど、レディプレイで言うとイースターエッグっていうのが埋められてるじゃないですか、みんなガンターって言ってエッグハンターがみんなそれを追い求めるみたいなストーリーなんだけども、
まあゲーム作る人とかってだいたいこうやってイースターエッグ的な裏技、隠しアイテム的なものを埋め込むじゃないですか。
人間って裏技好きだよねみたいな話なんだけども、でも僕はねそもそもで考えるとっていうところに行くと旧約聖書に書いてある神は自らに似せて人間を作ったっていうフレーズがあって、
これがね正しいかどうか僕クリスチャンでも何でもないからですけど、これの文字通りに従うのであればですよ。そもそも神様自体が人間っぽいんだから神様って裏技好きなんだと思うんだよね。
まあそうね。なんか論理的に積み上げるとそうなるね。
そうなるよね。ここ論理というか言ってはしょってるけどね。ここは正しいのかどうか一旦遮罩してっていう話なんですけど。
そういうところはちょっとあるかなと思うんだよな。だから割とね誰でもできるし当たり前だけでもちょっと考え方とかを変えるとずいぶん違うってことが割と世の中に多いと思うんだよね。
例えばね呼吸法とか姿勢の持ち方とかさ、そういうことってね。まあヨガとかってそういう話だと思うんだけど、割とそれを普通の人とちょっと変えるだけ。それを365日やるだけでずいぶん差が出てくるみたいな。そういう裏技って割と世の中に多い気がしているので。
まあ裏技いいっていうかそれは好きになる。裏技ってその成功法だと大変なことを裏技を使うと楽にできるってことだから。やっぱね裏技は好きだよね。きっとね人間はね。
そう好きだと思う。で僕の論理は飛躍するから神様も好きなはずだっていうことになるっていう。
神は何でもできるから裏技いらへん気するけどな。人間はさ一個一個やり方するときに苦労するわけじゃないですか。例えば大谷翔平になりたいと思ってもじゃあ毎日1000回バッと振ってくださいとか言われてちょっと1000回できませんわみたいな。
じゃあこちらの裏技をあげますみたいな。俺なら10回振ったら1000回振った分の価値が出ますみたいに言われるとそれいいですねみたいな。
神はでもさ、成ろうと思ったら大谷翔平になりますって言えるんでしょ?きっと神がどういうものか知らんけど。
いやでもねだから面白くないと思うんだよね。成ろうと思ったら全知全能ってクソつまらんと思うんだよね。
面白くないよね。面白くない。だから面白くないからルールのある世界を作るわけじゃん。宇宙とかを作ってさ。
宇宙の一定のルールの中でもう干渉しません。ルール決めてあとは見ますみたいな。
それが多分神様の趣味じゃないと思うんだよ。クソつまらないと思う。
自分自身の存在意味も何もわからないから人間も似てると思う。
全知全能の神がそれやと面白くないからルールを作って自分を縛り、結果的に裏技好きになるっていう。
どうしたかっていう。元に戻ろうとしてるけどっていうの面白いね。
設定の中で遊びたいんじゃない?裏技とか。
趣味はちょっと現れるじゃないですか。パラメーターのさじ加減に趣味が出ちゃうんじゃない?
そんな感じのことを学べる映画ですよ。