精神科の知識を学べる番組、歴史から学ぶ精神科ラジオ。
この番組では、精神科医療を作った人々、現在の精神科のトピックスを精神科医が解説します。
精神科専門医30年、医学博士で現在、開業医のマリモ等。
その姉で、障害を持ちの方の就労支援事業所を経営していて、
最近、お座りをするようになった初孫の動画を見て、またニマニマしているさくらがお送りします。
マスターベーションが精神病の原因として誤解された歴史を考える、です。
いきなりさ、マスターベーションで言わされるってちょっと戸惑ったんですけど。
ごめんなさい。すいません。
ちょっとあんまり言いにくいことをここに持ってきちゃいましたけれども。
普段あんまり会話で、そこの言葉を言う機会ってあんまりないので。
ないですよね。
申し訳ない。今回でもこのマスターベーションという言葉を使っていきたいなって思ってるんですよ。
いわゆるマスターベーションが精神病の原因と誤解されていた歴史っていうのがあったっていうのがわかったので、
現在のいろいろ含めてちょっと見てみたいなって思うんですね。
前回の続きからお送りします。
山崎千次さんっていう、この方実は政治家なんですけど、教育家プラス政治家なんですけれどもね。
この方がこの性行動調査っていうのを対象期に行うんですよ。
実証実験が行われたんですね。
そう、観察ですけれどもね。科学の研究としてそれを行おうとした人がいてるんですけれど、
これは世界的に見てもとても先進的で、欧米でもまだされてなかったんですね。
ところがその研究はしたにも関わらず発表させてもらえなかったっていう事件があるんですよ。
そうなんや。医学会なのに。
医学会。これ医学会というか科学会なんですけどね。
理学部の先生で生理学の研究雑誌に出そうとして、9回の連載で書こうとしたんですけれども、
2回で終止させられたっていうことがありました。
そうなんや。
この話をちょっと見ていきたいと思うんですけどね。
研究が行われたというか発表されようとしたのが1922年です。22年から23年にかけて。
はい。
対象12年から13年ですね。対象期の終わりぐらいですね。最後終わりぐらいですね。
この方っていうのはこの当時ですね、京都帝国大学の理学部の講師で、
はい。
同社大学のヨカの学生たちに生物学を一般教養として教えてたみたいですね。
なるほど。
ヨカって言うから教養学部みたいな感じですかね。
18歳、19歳、一般教養ぐらいの方に生物学を教えるということで教えてて、
その中で人生生物学ということを銘打って山本千次さんは教えてた。
例えば性教育的なことも教えてたみたい。
へー。
その中で若い男性の性生活の実態調査を行ったようですよ。つまり自分の生徒さんよね。
そうね。
自分の生徒さんたちにアンケート調査を行ったわけですよ。
年代限られてるからちょうどいいですよね。確かに。
そうなんです。
若者の性っていうのは実際どうなってるんだろうっていうのを調査しようとしたんですよね。
協力者も得てですね、安藤徳太郎さんっていう協力者も得て、
京都大学と同社大学と東京大学と早稲田大学の男子学生の500人に性生活を調査を行った。
アンケート調査を行ったんですね。
すごいな。優秀な方たち500人に。
たぶん講義とかする機会もあったので、それも含めて研究に協力してくださいということで協力していただいたのかなと思うんですけれど、
ボーダーな結果が集まってその結果を発表しようとしたところ、2回まで書いたところで医学雑誌は原稿を止めてしまうことになりました。
どんなことを調べてたかっていうと、ちゃんと残ってないんですけど、だいたいこんなことを聞いてたかなっていうことなんやけれども、
例えばマスターベーションの経験の有無とか、頻度とか、罪悪感不安感どうでしたかみたいなこととか、
あるいは初回の性行為の有無、初めて性行為を行った年齢とか、相手の類型、売春だったのか交際相手だったのかなど、
あるいはその方の結婚感とか、早く結婚したいのかとか、あるいは性欲を抑制しないとあかんと思ってるか、そうじゃないと思ってるかなどの、そういう性欲の考え方なども調査したみたい。
実地調査で、その当時の若者はどんなことを考えているのかなということを調べようとしたんですね。
科学的な基盤に乗せる試みとしては極めて先進的かなと思うんですけど、40年代、1940年代ぐらいかな、金税レポートっていうのがあるんですよ。
アメリカの1940年代とか50年代の若者の性行動についての調査を行って、それを出して結構社会的なインパクトを与える出来事があるんですけれど、
それよりも20年前の話ですよ。
早いですよね。
2、30年前に同じようなことを山本さんはやったが、発表はさせてもらえませんでした。
なんでってとこですね。
山本さんはこの時何を考えてたかっていうと、多分ですけれども、マスターベーションっていうのが、その当時っていうのは今よりも強く有害論があったと思うんですよ。
だけどやっぱりこれは新規にありふれた行為だし、この有害論っていうのは実際本当なのかっていうことも示そうと思ったというかね、本当かなっていうこともあったと思うし、
このマスターベーションについての一般的な言葉ですね、オナニーって言葉あるじゃないですか。
これでちょっと下げすまれてるような言葉として、その当時もあったんですよね。
そうなんや。
西洋の言葉なんですけど、英語圏でもドイツ語圏でもあるんですけれども、このオナニーっていう略語を日本語のジイっていう言葉に置き換えることを提唱したことがあるみたい。
自分を癒すジイ行為とかって言われることがあると思うんですけれども、この言葉を作ったのもこの山本さんみたいですね。
性についての正しい知識をやっぱり広めないといけないな、科学的な知識をやっぱり広めた方がいいよねっていうことを山本さんは考えてたのかなと思うんですけどね。
ところが中止されられるわけですよ。
なぜ?
それはですね、その当時の権威の方々がやめさすんですよ。
まず横槍が入るのが東京大学理学部の永井先生という先生からですね、学会書を作っている先生に講義を行います。連載中止を求めます。
学会を作ってた先生っていうのが山本さんの上司にあたる教授らしいんですけれども、この編集所自身も山本さんの研究を豪華さんに出してたわけよね。
いいぞ、やれっていう話になってたにも変わらず、東京帝国大学の先生からですね、やっぱりダメですそれはって言われたんですね。
立場上仕方ないなということで、やめやめよかっていう話を言わざるを得なくなるし、同じく京都帝国大学の学科内でも大学の品を落とすとか学生を堕落させるなどという批判があって中止することになります。
ところが山本は研究は正しいので、権威の都合で引っ込めることはできないと強く抵抗はするんですけれども、最終的には自分の職を守るために連載を打ち切らざるを得なくなるということになります。
そういう話が出てきたってとこですね。
クビだぞみたいな。
クビだぞと言われたんですよね。
怖い怖い。
それなら仕方ないなということで、一旦そこは打ち切るわけですよ。
ご家族もいるやるしね、山本先生にもね。
その通りなんですね。
学問の名で一袋ぐらいなら学者でなくてもいいとかって語ったともされますし、山本さん自身は学者を辞めることになって政治家にはなるんですけどね。
山本の研究が重視させられた背景ということで言うと、やっぱり日本の学会とかアカデミズムっていうのは性行為とか性に対するタブーというかね、道徳的な規則ってやっぱり強かったみたいですね。
性の話っていうのはいわゆる学問としては不適切で、道徳の問題だよと。
しかも性っていうのは抑制されなければならないし、道徳を従事しなければならないっていう価値観が強かったので、学問の訴状に載せることすらダメだよっていうのを言われたってことだよね。
なるほど。
でもこれ今でも子どもたちへの性教育とかっていうのはまだまだ日本はちゃんとできてませんもんね。
そうですよね。
今につながってますね。
そこを見るようですよね。そこってやっぱり漢字としては分かるんやけれども、本当に文化なんですよ。
これが昭和の初期というか大正の終わりぐらいでもそうだったということですよ。
大正デモクラシーの日本で戦前で一番華やかだった時代だったと思うんですけれども、その時代でやっぱりこういうことがあったんですよね。
西洋の文化が入って開かれるって思ってるけど、実は逆に閉ざしてしまった部分もあるってことですよね。江戸時代本邦にみんな自由に語ってたかもしれないことが。
そうなんですよ。
文化的なそういう問題があったかなっていうことです。
山本さんっていうのはその後ちょっと有名人になるので、この研究の話も実は残ってて。
山本の調査では学生とか、実は学生じゃなくて労働者とか、農村の青年まで含めての、もうちょっと広げたみたいですね。500人ぐらいが学生やったけれども、数千人に広がったっていうことがあるので。
追加でアンケートを取ってたんだ。
すごいすごい。
面接を自ら行ったって書いていました。
その時に彼が大切にしたのは、聞いた人の恥をかかせないことと道徳で裁かないことっていうことを考えてたみたいですね。
危険者に対して説教せずに事実を淡々と聞く姿勢であったっていうことで。
学生たちの回想では山本先生はどんな話をしても、眉を一つ動かさず、ただそうかと聞いてくれたって。
そういう記載が残っていますね。
だから学生たちも先生のことを信用していろいろ言うたんでしょうな。
そうですね。
こうした姿勢で、彼は性の問題というのは、その後労働問題にも関わってくるんですけれども、人間の尊厳の問題だと考えるようになったんだろうなって思います。
性の問題って結構人間の尊厳で大切かなっていうことを、彼はこの若い時代に考えてたっていうことみたいですね。
でもね、生き物である限り本当にこれは大事にしないといけないところですからね。
やっぱりみんな大切というか、自分の中で大切な問題ではあるんだけれども、これが社会になってきた時にちょっと変なふうになっちゃうことがあるという問題だよね。
確かにな。今でもそれはありますもんね。
そうですよ。そこがバランスをとれていたらいいんやけれども、やっぱり実際の社会と大きなズレが出てくると、個人がそれで苦しむことになるからな。
ここのところって勉強しておく意味があるかなと思うんですけどね。
ちょっと話はずれるんですけど、この山本先生の生涯を見ときたいなと思うんですよ。
この人ね、割といわゆる左翼の政治家として有名なんですよ。暗殺されたんですよ。最終的にはね。
共産党に近い政治団体に属してて、国会議員になるんですよ。国会議員になって暗殺されるっていうですね、ひどい世の中なんですよ。
その頃って。1889年、明治22年5月に京都市の新京国のハナカンザシアの一人息子として生まれます。
はい。今、新京国、今でもありますね。
一人息子で、両親は年賃がクリスチャンだった。だって、めちゃめちゃ貧乏じゃないと思います。ちゃんとした消化の例の方ですね。
でも、めっちゃリッチというほどでもないんですけれどもね。
神戸中学に入学することになるんですけれども、体が弱くて中退します。
両親が彼のために建てたと言われる、内川付近の別荘に移り住んで、そこで園芸とかに従事します。
花作りを主にやることになります。
実はこの内川古藩の別荘というのが、後に行く料理旅館になるんですよ。
お父さんが実はそれを運営して、その後本人自身も運営して、まだ令和の今もあります。
そうなんや。
結構その時も頑張ってやってたんでしょうね。
それもまた後の話なんですけど、その当時その別荘では花作り、園芸をやってたんですよね。
園芸をやりつつ、やっぱり山本さんって勉強したいんですよね。
いろんな勉強をしたくて、アメリカに渡りたいという思いを持ってはるんですよ。
この当時の偉い人はみんな留学したがるんやね。
アメリカでそうですよね。
アメリカでね。でもすぐには渡れなくて、花作りをする中で東京の大熊重信という有名な政治家さんのお屋敷の園芸をやってたんです。
そのところに修行に行ったりとかして、そこで英語学校にかかったりとかして頑張るんですよ。
18歳の時にカナダのバンクーバーに渡ることができます。
ここでもう別に留学じゃなくて、自分で働きながら英語を習ったり、いろんな社会的なことも学ぶみたいですよ。
だからすごいんですよ。
いろんな仕事を、コックとか漁師とか妊婦とかウェイターとか、いろんな仕事をしながら学校にも通うっていうことを18歳からカナダのバンクーバーでします。
すごいな。でも体弱くて中学校中退してるのにね。
すごいですよね。バイタリティすごいですね。
だから勉強はするんですが、でも22歳の時にお父さんが病気ですよってことを言われて急遽帰国します。
23歳の時に同社大学の4年生に編入します。
優秀やな。
その当時だもんね。
25歳で丸上千代さんと結婚して、同年に長男が誕生。
この辺ってどうなってるかなって思うんやけど。
多分学生をしながら学生結婚しているっていうことなのかな。
まだ卒業してませんもんね。
同社大学で入ってそこで卒業した後、28歳の時に歳子がおる中で東京帝国大学の理学部にももう一回進学します。
卒業して医学士博士を得ます。東京にも行くんですよね。
すごい。
31歳になって東京帝国大学の大学院に進学して、これはまだ大学院に進学だから社会人じゃないですよね。
やっぱり働かなあかんので、この同社大学の余科の講師として人生生物学及び生育教育の講義を担当すると。
京都帝国大学の大学院生かつ同社大学の余科の先生もしてたっていう感じだね。
そこで生教育のことを担当したりとかそういう研究もしようとするわけですね。
32歳には東京帝国大学の講師にもなると。
山本さんはマーガレット・サンガーっていう三次制限運動家といわれている方と交流することになります。
三次制限って何ですか?
三次制限っていわゆる家族計画ってやつですよ。
子どもさんを産むっていうことに関しての一定のコントロールをした方がいいよねっていう考え方がこの頃出てくるんですよ。精神的な考えとして。
つまりその当時女性は子どもを産まない権利ってなかったんですよね。
なるほど。
どんどん産まざるを得ない状態になってたんだが、子どもさんを産むっていうことは制限した方がいいんじゃないですかっていう考え方が出るわけですよ。
そうじゃないと子どもの問題もあるし、女性自身の権利もきっちりされないことになるので。
つまりその当時っていうのは産めを増やせよの時代なので、女性は結婚してどんどん子どもを産むっていうことがほぼ義務的な感じで思われてた。
確かにね。
でもそうじゃない選択もあってもいいし、今はちょっと産まないっていうこともあってもいいと思うし、子どもを何人で止めるっていうこともあってもいい話なんですけど、
その当時女性にはそういう考え方っていうのは許されなかったんですよね。
なるほど。
でもやっぱりそれって問題ですよねって言い出したのがこの産児制限運動家っていう方ですよ。
マーガレットさんが。
アメリカの人なんですけどね。
これが日本にも来て講演とかをすると。
否認具を使用したりとか、堕胎することなどもありですよねみたいな講演をしたりとかして。
宮本さんはそれにも同調したりもするんですけど。
これ自体はその当時の政府の方針というか一般的な方の考えとはちょっと対立することなんですよね。
ちょっと過激な考え方っていうことに至るみたいです。
なるほど。でも今でもアメリカでも州によって揉めてますもんね。
そうですよね。堕胎禁止とかって言いますよね。
でも今から僕らから考えるとなんでやねんとかって思うけどね。
今は宗教的なこともあるんやろうけどね。アメリカで揉めてるのはね。
でもこの当時っていうのはこういう考え方っていうのが新しい考え方として出てきてたんですね。
宮本さんはその考えにも同調するわけですよ。
日本の方にもそんな話を広げないといけないなっていうことで。
例えば33歳の頃に宮本さん自身が講演を行うんですよ。
参院の方で講演を行って三次制限をした方がいいよっていう考え方があるよっていうようなことの講演をして。
それを聞いてた警官の方が激怒して、その講演をやめさせたと。
それが新聞に載っちゃって。
それが大学当局に知れて東京帝国大学を追放されるということに至ったり。
なっちゃいましたか。
その当時ってやっぱりそういうことなんですよね。
そうですよね。
言論ってなかなか怖い感じで。
翌年には宮本さん自身も関わってなかったんですけども、この労働問題ですね。
不当に安い賃金で人を働かせすぎるというこの労働問題っていうのが社会運動となって、
権力を持っている人たちは問題だよっていう言い方につながるので、
労働運動的なものっていうのも制限されるわけですよ。
でも宮本さんとしてはそれには同調する考えも持っていたりもして。
宮本さんも関わってはないけれども家宅捜索とかを受けるんですよね。
それを受けたことで同社大学も退職することになって。
お仕事が。
お仕事がなくなっちゃいました。
ただお父さんが花屋敷不就園っていうかな。
藤川沿いの寮邸ですかね。
そこを経営していらっしゃったので、そこを手伝うということにもなるみたい。
あとプラスやっぱりこういう労働運動的な政党にも参加するみたいですよ。
考えがあるからね。
この昭和の初期っていうのは、実はそういう政党もまだ初期には認められてたみたいよね。
共産党自体は禁止されてたようなんですけれども、
労民党っていうところには宮本さんは参加したみたい。
38歳の頃ですよ。
立て社会で権力を持った人が一方的に強いっていう文化って日本にすごく強いなと思ってて、
例えば先生と生徒だったりとか、監督と選手だったりとか、
どうしても上下関係がすごく厳しくて、
規律正しくはなるんだけど、下の人から上の立場の人になかなか物申しにくいっていう文化がすごく日本は強いなと思います。
ヨーロッパはその辺はわりと議論活発じゃないですか。
わりと日本って教育もそうやけど、先生が発するものを必死で子供たちは聞いて学ぶっていう姿勢やから、
こういうのも今日のこの話聞いてて暗殺されたとか、ちょっと違うこと言うと掲載してもらえないとか、
権力のある人が動かしてしまう、暴力の強い人が喧嘩して勝ってしまうみたいなのが日本の文化かなってちょっと思ったんです。
もっと自分に違う意見あって当たり前やっていうのを取り入れていけるといいですね。
違う意見を持つ人もおるということは認めないとね。
そうそう、そういう考えがあるんやね、そういう考えすんねんなこの人はで、そこで切り替えられるといいんですけどね。
そういったようなのを認めるっていうことも大切ですよねっていうか、それ自体を認めない人がおるからな。
僕らが言えることで言うととりあえずは語ることっていうか、言葉にすることをあんまり控えずにね。
でも今って炎上とかいろいろと恐ろしいからつい控えることもあるんだが。
あるんだが、でもあえて、マリモ先生はあえてマスターベーションの話を取り上げたんですよね。
そう、ちょっとそれもあってね。あんまりタブーっていうのがいろんなことを隠しちゃうかなっていうか、別に隠したいことはいいんやけれども。
でももっと実は大切なことがおなだりになるというか、そんなことにならんかなという気もして。
僕らのポートキャストはとてもささやかで悪けれども、そういうことも考えたかな。
そういうことよね。
マスターベーションが精神病につながるという考えを私は今回初めて知ったので、逆に驚いたんです。
かえって間違った知識を教えたらあかんねんけれども。
知らんかったから、どこからそんな風にと思ったけど、すごく歴史と関係があるんだなと思って。
江戸時代は本邦やった西洋の話が、西洋文化が入ってきたことでキュッと閉められて偏見を生むというか、間違った考えがまかり通るようになって、その歴史は意外だった。
しかもさ、やっぱり西洋の方ってやっぱり本芸やからさ、科学がいろいろ変わると多様性を認めるのってより早いじゃないですか、日本よりも。
きっちり方向転換できるけれども、基本って昭和の初期には考えがずっとまだなんとなく残ってるっていう雰囲気が残ってるから、これってどういうことなのかなって思うけどね。
国民性なんやろうね。
いろんな意味でね、日本が独特なんだろうなっていうのは結構出てくるもんね。
もちろん独特なのは良いことなんやけど、良いことはいいけど悪いことは悪いというか。
正しい知識を持ちたい。本当にそう思う。
そのためにはやっぱり声を上げられる方が上げないとね。今なんかさ、間違っててもただ言うたもん勝ちみたいなところもあるでしょ。
ありますね。
私ね、あれがね、実は嫌なんです。
ちょっとだいぶずれるけど、間違ってるかな、間違ってらってるっていうのを判断するのも難しいんだけど、声を上げて言うたもん勝ちみたいなのが風潮としてあって、そうじゃないのにと思ってても声を上げなければ取り上げてもらえなかったりとか。
明らかにちょっと違うよねっていうことを高らかに言うてね。
それが正しいかのように通ってしまう世界ってやっぱり嫌っすよねとかって思うけどね。
そうなんですよ。そうじゃないのにっていうのを、SNSを使って今言うじゃないですか。
だから、え?ってすごい独り言で、そうじゃないやみたいに突っ込みたい投稿っていっぱいあるんやけど、本当に表に出られる方、政治家さんもそうやし、いろいろみんなに知られてる方たちが一方的に言われてるっていうのを見ることが多いじゃない。
ありますよね。
ああいうのはちょっとね、すごい抵抗ありますね。
ありますよね。しかも最近そんなの目立つもんね。
そうやね。そんなのばっかりになってきたなと思って。多様性を認めるっていうのも私大賛成やし、そうあるべきやと思うんだけど、なんかね、履き違えてる人も多いなと思って。
それはそれでちょっと別の問題になりつつあるけどね。
いきなり殺すとかよりは発表してくれる方が全然いいので。
そうそう。でもね、そういうのに結びつかんとも限らんからさ、やっぱりこういうのってね。
そうそう。本当にそうな。
やっぱり一個一個ですね、大切なところは語っていくということを僕らにとっても残されてるかなと思うので。
そうですね。そういう機会をいただいてるからね。
そうそう。考えていきたいし、自分もいろんな良い情報に触れていきたいなって思うんですよね。
性教育っていろんな考え方があるけれども、本質ってある言葉で言うとね、子どもに性教育とは性を与えることではなくて、子どもが傷つかないための言葉を与えることであるっていう考えもあってね。
ないことにすると、実際はいろんなポルノ産業流行ってるじゃないですか。にもかかわらず、ちゃんとしたことを教えない、言論に載せないっていうことは余計にいろんな問題を出してくることになるから。
そうね。
大切なことは大切としてやっぱり教えることっていうのは必要なんかなって思うんですけどね。
正面向いて言った方がいい問題っていうのは、やはり今は性の問題はそうなってんちゃうかなと思うんですけどね。
そうですね。これだけいろんなものがあふれてるから、今こそ性教育はちゃんとスポット当てて取り組まなきゃいかんことやろうなと思いますね。
ここは本当に議論なんで、普通はなくていいにもかかわらず、いまだにやっぱりそれが議論となっているっていうことがあるもんね。
そう。なかなか親子で踏み込んでできる限界っていうのがきっとあるから。
親子ではやっぱり話しにくいですか。僕の親子には全然なかったけれども。
なかったですよね。でも私は自分たちの子供とは結構性の話はしましたよ。
素晴らしい。平成時代の親子。
男の子2人だから女の子のことわかんないじゃない。兄弟に女の子がいないから。
私とマリモ先生とかってさ、私の体の変化とかっていうのがわかるやん。生理が来たりとか。
胸が膨らんできたりとかっていうのが身近に感じてわかるけど、うちの子供たちって私しかお母さんしかいないから。
だから同年代の女性っていうのが家にいないでしょ。
変に妄想になってもらったら困るなと思って。
だから女性には生理があるっていうこととか、それってどういう意味で起こってるかとかっていうのはね。
割と小学校の高学年ぐらいからは私からちゃんと話をしました。
すげー。なんと進んでるやん。
そうなんです。だから教室の中で生理の時にポーチを持ってトイレ行く女の子もいるじゃない。
そんな時にね、正しい知識なかったら冷やかしたりする子が出てくる。
なんか、わーあいつみたいな。そういうことじゃないんだよっていうことを。
例えばトイレでさ、おしっこは言いやすいんだけどさ、うんち行ってきますっていうの。
すごい恥ずかしがったりするのもあるでしょ。
小学生ってそうですよね。
小学生って、うんち行ってきたとか冷やかされてるとかさ。
それと一緒に話した。
そういうことだよって。
そんなんでバカにした時には、お前も一生せんのかって言って、
ケンカしてきていいよ、ぐらいのことは私言いました。
それと一緒で女の子は守られるべき。
そういう時は本当に体の調子がこうだし、急に意味もなく泣き出したりとか、
何もしたくなくなったりとか、ケンカ早くなったりとかっていうのがあるのよって。
ママも機嫌悪い時あるでしょ?みたいなことで話はしました。
わーすごいなー。
そうよ。女の子がいないのでね。
それって自分で考えた?
誰かに教えてもらった?言った方がいいよとか。
うん。自分で考えた。体感してた。
私は異性でマニモ先生がいたじゃない。
だから本当に昔、ずっと姉だからケンカも勝つし、口も私の方が出んたつしと思ってたけど、
やっぱり体が男性は大きくなってきて、ケンカ負けることとか出てくるじゃない。
だからそこの差っていうのは、やっぱり意識しながら大きくはなってる。
だからケンカする時も、殴り合いになったら絶対負けるとか。
そういうのって普通に感じるやん。男性と女性の違いっていうのは。
自然な形で学べたんだけど、うちの子たちはそれがないだろうなと思ったんで、
年も年越えで大きくなってるから、小さい子に優しくしなきゃとかっていうのも、
もしかしたらお兄ちゃん弟の感覚なく育ってるんで、双子みたいに育ってきてるから、
だから近所の小さい子とわざと遊ばせてもらったりとか、
優しくしんとあかんやろって自分たちができることでも、あの子たちできなかったでしょみたいなのとか、
女の子と男の子の差も、今は女の子の方が、小学校の時は女の子大きいじゃない。
いろんなことできるんだけど、やっぱり大人になっていくにつれて、
女性っていろんなことが変わっていくんだよだったりとか。
っていう話はしたのよ。
結構受け入れてくれた感じ?
うん。結構真剣に聞いてた。
だからさ、ドラマとか見てたらさ、ちょっと性的な場面で出てくるじゃない。
あるよね。
ドラマの中で。アンナもわりと恥ずかしがらずに一緒に見た。
ほー、すごいな。
わりと、そうそうそう。
もちろんクスクスって笑ったりとか、ちょっと恥ずかしいよね、みたいな感覚はあったけど、それも言葉にしてたかな。
マミーと一緒には見たないな、みたいな言われたりとか。
まあまあ、そういう親子関係ができてたってことね。
本当はね、そういうのができると聞けるじゃない。
子供たちから。こんな時どうなんとか、逆に。
そういうのがあるといいなと思ってたんやけど。
でもやっぱり、家の中の方がわりとそういうのがフランクに言えてて、
外に行くと、男の子はね、自分たちの友達の中でいろんな話をするやろうけど、
なかなか女の子のグループが入ってくると、やっぱりちょっと言えなかったりとかっていうのは当然あったみたいだから。
性教育も学校ではないし、保健体育ではね、体の成り立ちとか、
そういう科学的な話はしてくれたけど、本当に道徳の時間とかって少ないしね。
つまり性に対する大切なこととかってあんまり触れてくれなかったかな。
今もまだ教えてくれへんでしょうね。
今も難しいと思う。でも本当に知りたいところってそこやん。子供たちは。
そこはなかなか教師とかっていう立場では言いにくいんだろうな。
言いにくいっていう、これもだから文化なんやろうね。
そうやね。
親から言うべきなのか先生から言うべきなのかとかってね。
そこって社会の中でどう考えていいかっていう問題はあるかもわかんないね。
真剣にいろいろ、それこそ議論せんとはいかんとこやろうなと思うけどね。
今回のマスターベーションの話って、私、マリモン先生これを話題にどうするんだろうっていうのはあったんだけど、
今日のこの歴史を聞いて、してよかったんじゃないってすごい思ってました。
ありがとうございます。ありがとうございます。
そう言っていただけると。
すごくフラットに私もお話できたなと思って生き返りになった気がします。
良かったです。
良かったわ。
良かったですか。
良かった良かった。
でも私全然この歴史知らんかったから。
メインじゃないんやけどね。絶対精神病がマスターベーションのせいだって映ってるわけじゃないんですけど、
やっぱりこれが大きな原因ですよって言われてて。
でもそれが、うちの母にそういう名神みたいなのが入ってたっていうのも、私今日初めて知ったので、
やっぱりそういうのが一般的には浸透してたんだなって。
そうなんですよ。
びっくりした。
だから母もそれがメインで思ってたわけじゃないと思うんやけど、何かの表示に思い出したんやろうね。
そういうのを意識せんと生きてるけど、でもそういうのが植え付けられてるってことやからね。
だからそれが潜在的に人民の中に奪ってたのがあるんやろうねっていうのがあるので。
ってことですよね。
だから僕が初めに言うたさ、このお孫さんを持ってる60代のおじいちゃんってもしかしてそこも気にしてたんかなとかって思ったりして。
おじいちゃんにその名神が入ってる可能性はあるもんね。
だからもしかしたらこの話を知っててさ、これが悪さしてんちゃうかみたいなことももしかしたら心配されたんかなと思ったりして。
なるほど。
分かんないけどね。全然ちゃんとは聞いてないけど。
別にだから僕もそれが悪いことですよ、めっちゃやばいよみたいな話は言わへんかったし、そこはちゃんと否定できたんかなと思うんやけれども。
もしかしたらそうかなーとも思ったりしてね。
かもしれないですね、確かにね。話は変わるんですけど、花屋敷福州へ調べてみてますが。
あるでしょ?
すごく素敵なホテルですね。
すごいでしょ?これどうなってるんでしょうと思うんやけど。
私、行ってみたいなと思いました。
お部屋に露天風呂がついてて、結構素敵な、すごい建物になってますけど。
今風というか、すごい豪華な感じの。
上物は建て替えたんかもしれないけど、敷地はすごいでしょうね。
山本千次さんの話がそこのホームページにもちょっと出てるでしょう。
本当?ちょっと待って。
歴史とかの中に出てきましたわ。
出てきた出てきた。山本千次さんの写真もある。見てみよう。
今の時代まで残ってるって、皆さんやり手の人たちが経営者だったんですねって思うけど。
ほんまほんま。これはすごいです。
今も山本千次さんっていうのは、わりと皆さんから敬愛されてて。
そうなんや。
でも今もね、やっぱり文献結構残ってたりとか。わりと京都では有名な人物みたいですね。
国民のために頑張った人ではあるのは間違いないので。
そうですね。竹久イメジさんも泊まってたらしいですよ。
そうなんやね。そういうホテルなんやね。すごいね。
すごいホテルみたいですよ。
山本千次さんがそんな才能があったとは思えやから、旅館を。
お父さんや。
お父さんかな。あるいはその後の経営者がいてたん、兄弟がいてたんかなんかわかんないけれども。
そっかそっかそっか。なるほどね。
ありがとうございました。そんなところまで聞いていただき。
一旦ここで終わります。日本編ここで終わりましょうかね。
ぜひメッセージ欲しいです。お待ちしてます。
お待ちしてます。