いきなりさ、マスターベーションで言わされるってちょっと戸惑ったんですけど。
ごめん、ごめんなさい。すいません。
ちょっと、ちょっと、あんまり言いにくいことをここに持ってきちゃいましたけれども。
普段、あんまり会話で、そこの言葉を言う機会ってあんまりないので。
ないですよね。
はい。
申し訳ない。今回でも、このマスターベーションという言葉を使っていきたいなって思ってるんですよ。
いわゆるマスターベーションが、この精神病の原因と誤解されていた歴史っていうのがあったっていうのが分かったので、現在のいろいろ含めてですね、ちょっと見てみたいなって思うんですね。
そんな歴史があったんですね。私、知らなかった。
あったんですよ。僕らのこの精神科の臨床で、あんまりこの性的な話ってやっぱりないんじゃないんですけれど。
ただ、ゼロではなくて、例えばね、最近でもない、何年か前なんですけれども、
お孫さんですね。そのお孫さんっていうのは、二十歳のお孫さんなんですけど、それと、おじいちゃんとか、いつも受診に僕のとこ来てくれてたんですね。
そのお孫さんは、軽度の知的障害があって、プラス精神疾患があって、この精神疾患の方で、僕の方で、だから10年ぐらい見てたのかな。見てるんかな。
この精神疾患の方は、よくなっては来てて。ただ、そのお孫さんは、やっぱりお薬飲まなあかんし、施設にも入って、週末だけご自宅に帰るっていうのが、ここ最近の様子だったんですね。
で、おじいさんがいつも面倒を見ていると。で、お母さんしかいらっしゃらないご家庭でね。
で、ここ最近は精神的にはとっても安定してるものなので、おじいさんだけが相談に、相談じゃなくて、お薬だけ来るというか、いう感じの方のことで、ちょっとね、会ったんですよ。
で、「じゃあ、変わりないですね。」って、「変わりなくて調子いいんですわ。」みたいな話。
おじいさんは僕よりも10歳ぐらい、年上60代ぐらいかなと思うんですけど、お母さんは20代前半って感じなのかな。
体調いいし、精神的に安定してるし、みたいなことで。
じゃあ、それでねって、ドアを開けかけようとしたところで、実は先生、そのおじいちゃんが僕の方に言うて、
実はこの孫がマスターベーションというか、性気いじりが最近あって、ちょっと困ってるんやけどって言われたことがあったんですよ。
ああ、そうですかって。
まあでも、僕らの知識としては、マスターベーションというのはそんなに問題がない行為だし、大きなそれで支障がなければ、まあええんちゃいますか、みたいな話が一般的なことなので。
その場も、まあそこはそんなに心配しなくてもいいかな、ぐらいの軽い扱いを僕はしちゃったんですよ。
ああ、そうですねっていうことで、そのおじいちゃんは去っていって、それ以降も何とか本人も含めて、おじいちゃんも時々は来てくれていて、そこからその話にあんまり触れなくて。
一回おじいさんが来た時にどう?って聞いた時に、いや別に大丈夫です、みたいなことだったら、ちゃんと言わんかった。まあ大きな問題ではないんかなと思うんだけれど。
まあ果たしてその時の対応、僕良かったんかなとかって思うこともあったりとか、ちゃんと向き合えなかったなっていう若干の反省があったり。
ああ、なるほどね。
あともう一個、また亡くなったうちの母の話題を出して申し訳ないのだが。
はい。
お母さんはいつも言う通り、昭和を生きた一般的な庶民と考えていいと思うんですけど。
そうですね。
僕が精神科医になってちょっとした時に、なんてことない雑談みたいな感じなんですけれども、その時に母がね、精神病ってあんた見てるらしいけれども、性的なことをやりすぎたりしたらなるんやろ?みたいなことを。
えー。
なんかちょろっと言うたんですよ。別になんかやゆうしようと思って言うたとかね。そんなんじゃなくて、そんなこと聞いたことあるよ、お母さんみたいなことを言うたんですよ。
ほんと。
だからもうね、それが20年くらい前なのかな。
僕が習った精神医学の中にそんな話って聞いたことなかったから、また何か変な偏見言うてるわ、うちの母親と思って、全然取り合わなかったんです。何言うてんの?みたいな話を言うてたんですけれども。
私もそんな聞いたことないです。
ですよね。
ないです、ないです。
ただですね、この問題っていうのは、約100年くらい前には大真面目に論じられていたっていうことが分かって。
えー、そうなんだ。
もちろんそれは否定されたんですけれど。
はいはい。
ただ、そういった問題、つまり性的な問題をひどくしすぎたり、やりすぎたりすると精神病になるっていう言説が、たぶん昭和の時代に一定程度残ってたっていうのは本当なんだろうなって思うんですよ。
えー。
だから母が言ったのは、別に母が作り出したんじゃなくて、伝わってた話があるんだなっていうのがあったので。
そうなんや。
そうなんですよ。だからそんなことがあるんだと思って、ちょっとそこのところをひもといてみたいなと思って、今回お話したいなと思いました。
この話ってちょっと性的な内容を含むので、18歳以下の方は聞かないでほしいし、しかもこういった話が苦手な方っていうのもいらっしゃるかと思うので、そういった方は今回はちょっとここで止めていただいてもいいかなと思うんですけどね。
日本で言うと明治から大正・昭和の初期にかけてですね、いわゆるマスターベーションが精神病の原因の一つとして、医学の中であるいは社会の中での風説とされていた時期がありました。
医学的にもあったんですか?
はい。医学的にも大真面目に考えられていました。
マスターベーションが精神病になるもとっていうこと?
はい。そうです。
えー。
そういう時代があったんですよ。
そうなんや。
そうなんですね。
そこをちょっと紐解いていきたいなと思うんですけどね。
江戸時代ですけれども、西洋の学問が入る前の日本はどうだったかっていうと、性的な物事に関する抑圧は比較的弱くて、このいわゆるマスターベーション的なこととか、下の立て的なことっていうのは割と一般的にルーフされていて、別に精神疾患と関係があるみたいな関連は言われてはいなかったようです。
江戸時代って割と皆さん本邦だったって言いますよね。
そうみたいですよね。
そんなとてもガチガチはしてなかったというか。
そうそうそう。
そういうね。
割と自由にね。
自由な感じ。いろんな意味で。
性的なことがあったって聞きますね。
語られてたって聞きますよね。実はそうだったみたいです。
漢方医学の中で人虚っていう概念があって、例えば過度な性行為とかマスターベーションをすると、人造の人と性根の性で人性が枯渇して、人虚っていう状態、漢方の状態に陥って、体が弱ったりインポテツになったりする状態を言うんですけれども、それになるっていう考え方もあったみたい。
ただでもそれがめちゃめちゃ流行ってたというか流星だったというわけじゃなくて、こういう考え方もあったっていう程度で、別に性行為に対するいろんな問題というか、それが問題されるようなことはなかったって言われてる。
マスターベーションとか過剰な性行為に関する有害説が入ってきたっていうのが、どうも乱学が入ってきた時かららしい。
江戸時代の後期に乱学っていうのが入ってくるんですけれど、その中にいわゆる性行為とか過剰な性行為とかマスターベーションっていうのは、いろんな体に問題があるんですよみたいなことを言うようになったみたいですね。
いろんな本が入ってきたっていうのがあって、1回の性行為は6オースの活血と同等で、1回のマスターベーションはその6倍の疲労があるというような説があったりとか。
血が抜かれるのと同じぐらいって考えてたってことですか?
昔は活血というのは射血か治療行為とも考えられてたので、体が衰えるという意味ではそうだと思うんですけどね。
その性行為よりマスターベーションの方がその6倍とかっていうのはすごいね。
なぜそうなんだっていうね。
その根拠はどこからって聞きたいですよね。
どうもやっぱりこのマスターベーションはとても有害であるという考え方が乱学から日本には入ってきたようで。
明治期にも結構そんなことになりますね。
明治期っていろんな西洋医学、西洋のいろんな知識が入ってくる中で、もちろん医学も入ってくるんですけどね。
その中でも性的な問題もマスターベーションのことも入ってくるんですけど、それってやっぱり2の次3の次じゃないですか。
最も大切な医療のことっていうのがまず入ってくるので。
でも性的なことではわりと一般の方が興味を持ってきたりするから、
初めにこの問題が大きく目立つっていうのは、いわゆる一般の方の性の啓蒙症みたいなところが日本に流入してきて流行るみたいですね。
なるほど。江戸時代とかも春夏とか言ってすごい出回ってますもんね。
そういう感じよね。
みんなね、やっぱりそういうのは興味があるからさ。
興味ある。
流行るのは良いんだと思うんですけど、その中でやっぱりマスターベーション有害論っていうのが広がってくるんですよ。
アメリカ由来の翻訳物でね、この三種電気説とかっていうね。
今やったらもう疑似科学と言われるものなんですけれども。
人心電気とか、煮沸電気とか、摩擦電気とかっていうような人間には三つの電気が流れてて、
それがその中枢の神経を疲労させると。マスターベーションとかをすると。
で、精神病を経起しますよ、みたいなね。これは疑似科学なんですけどね。
すごいですね。その三つの電気があるっていうところもすごいなと思うんですけど。
そうですね。だからこの当時って明治期の初期ですから、また電気っていうのも最新のものですよね。
そうか、ランプの時代ですもんね。
ランプとかガスとかの時代で、電気っていうのはほんまに流行ってる時代だったので、そんなことになるんでしょうね。
最新の科学と、こういうちょっとわからないことと性的なものがくっついていくんでしょうね。
マスターベーションの害っていうのが、体を弱らすっていうことだけじゃなくて、精神的な病気にもつながるんじゃないかなというような説が。
なぜそこがつながったんだろう。不思議。
道徳的な問題っていうのも一緒に入ってくるんですよ。西洋というかキリスト教的な問題でね。
キリスト教でももちろん性的な問題は問題だとされるんですけれども、
マスターベーションだけ特別問題視されるっていうことは別に宗教的にあるわけでもないんですけど、
ただ動きとしてはやっぱりあったみたいですね。
改立が厳しいとかありますもんね。
民衆の中ではちょっとやっぱりそういった動きもあったようです。
だからそういうのが日本にも入ってきてっていうことみたいですね。
医学界でこの問題ってどんなふうにされてたのかなっていうことなんですけど、
18年の東京維持新誌っていう雑誌があるんですけどね。
医学界の雑誌よね。
医学界の雑誌ですね。明治初期から日本の医学雑誌の草分けで、昭和の初期頃まで日本の医学雑誌の中心的に読まれてた。
つまり多くの医学者とかお医者さんとかが読んでて発表したりとかっていう雑誌だったみたいですけど、
この中で議論があるんですよ。
つまりこの明治18年ってどのくらいかっていうと、伊藤博文が最初の内閣総理大臣になった年みたいです。
あと日本銀行権が初めて発行された年っていうことなので、だからほんまに明治の初期の初期っていうことにはなるんだと思うんですけどね。
今の日本が出来上がる本当の初期って感じですかね。
本当の初期で、本物の始まりの時代の時にこんな議論がありましたよっていうのをちょっと見ていきたいと思うんですけどね。
主に登場するのはこの山崎先生っていう山崎さんっていう方が議論を始めるんですけれども、
原稿を投稿されてそれから載っていくと。
それに対して私はこう思うというようなことをまたこの医学者とかが討論していくという雑誌だと思うんですけども。
まず山崎がマスターベーションは多くの病気、活気とか喘息とか脊髄疾患とか精神疾患に至らすことがある有害なものですよっていう論を張ります。
この相川先生っていうのがその雑誌を読んで、マスターベーションが過度になれば問題はあるけれども病気の原因とは言えないんじゃないかなっていう論を出します。
滝口先生っていうのがこの相川さんの説に同意するんですよね。
相川論を読んで同意したと。
常欲の抑制は良くない。マスターベーションを適度にすることは利益もあるよと。
山崎さんが言うように学生とか兵士とかに活気が多いのはマスターベーションのためだって山崎さんは言ったんですけれども、
ということであるんだったら三感癖痴の人はマスターベーションをしないのか。
このカッケっていう病気はビタミンB1の慢性欠乏なんですけど、当初なんで起こるかわからなくて、都会の人たちとか軍隊の人とかに多かったんですよ。白米を食べるから。
田舎の人たちっていうのは玄米を食べるのでならなかったんですね。
なるほど。食ね。
食でカッケっていうのは地域差があったんですけど、山崎さんっていうのはカッケもマスターベーションがやりすぎのせいでなるにゃっていうことを言ったものやから、
田舎の人はマスターベーションをしないのかっていうふうに竹内さんは言ったということで、そういう反論をしたわけですね。
ちなみにこのカッケっていう病気は結構怖くて、実際亡くなることがあるんですよね。
死に至るんですか。
2025年の大河ドラマのベラボーっていうのがあったんですよ。
田谷さんが亡くなりになった病気はカッケと言われています。江戸時代からやっぱり白米にする文化ができて、できてきたみたいだね。
ダミンB1のせいだってわかるのが1910年ぐらいなんですよ。
結構後ですね。
だいぶ後なんですね。明治期わからなかったんですよ。結構それで多くの人が亡くなったりとか。
日露戦争って4万人ぐらい亡くなったんですけど、そのうち実はカッケで亡くなった人が3万人から2万人あったんちゃうかとかって言われてるぐらいで。
でもそのカッケの原因がマスターベーションかもっていう。
っていうふうに説論もあったんですね。
なんでそんなになるんだろうって今は思っちゃいますね。
今から思うと思うんですけど、これねやっぱり訳のわからないことの原因をちょっと性的なものというかマスターベーションとかに押し付けるっていう感じがやっぱりあるのかな。
わからないことをわからないものに押し付けてしまうっていうこと。
なるほど。
今の歩きがしますでしょ。
しますします。ニヤニヤしてしまいます。
人間ってそういう傾向があるんですよね。確かにわからんことがあるから、実はその時はわからなかったんだよね。カッケっていうのはわからなかったから。
答え欲しいもんね。
どうしても答えが欲しい。こうだっていうのが欲しいから、ついつい例えば性的なものにっていうこともあるみたいだね。
じゃあ山崎さんもまた反論します。
はい。
攻められたばっかりじゃなくてもう一回言うんです。
山崎さんが言うのは、第一マスターベーションは成長期に行われるので発育を妨げますよと。
第二に欲情は死し難いものなので適度に行うなんてことはありえない。
マスターベーションっていうのは人為の変法、つまり人が成すことの変わったやり方なので天理に基り、手は生殖器ではないっていう言葉がありますけれども。
天のもともとの生物的なものとは違ってっていうようなことを言いたいかな。
第三に一回の性行為をよりもマスターベーションの方が疲労が多いことは実験した人は承知しているだろう。
そうかなと思うけど。
カッケについてはマスターベーションが原因と言っているのではなく、有因と言っているだけだみたいなね。
そんな反論もしたりして。
要はマスターベーションは我慢できるやろうっていう考えだね。
そうそう、こういうのはするべきではないよって言ってるんですよ。
だからやっちゃうといろんな意味で問題が起こるよっていう論を張ってるわけですよ。
なるほど。
それに対して石川さんってまた別に言うんですけれども、マスターベーションは自然に過度になってしまいいろんな病気を発するし、病気にならずとも心身の発育が不十分となった子孫が出てくると。
マスターベーションを行わないことで生殖器が萎縮するなんていうことは信じられないよと。
最近は梅毒の検査もできているので、多少の費用は要してもマスターベーションよりは風俗施設かっこ下流界を利用する方が良い、みたいなね。
こんな論も。
大丈夫?って。
今から思うとね、ということですけれども。
そういう時代なんだ。
マスターベーションっていうのは、いろいろ問題合議金じゃないかなと。
でもこれをその時代の医学史で論じてるっていうのが驚きます。
確かに確かに。これがやっぱり病気の一つの問題ですよねっていうふうに考えたんやろうね、みんなね。
もちろんこれが医学のメインの話ではないんですけどね。
三問疑似的な問題だったんだろうなとは思うんやけれども、実際この問題をメインに取り上げる人っていうのはいてないんですよ。
実証する人っていうのは出てきません、ついに。
そうだよね、無理やもんね。
それぞれの学問の中で頑張るんやけれども、その所々でマスターベーションの話が出てくるっていうことがあってね。
なるほど。
そこの一つで精神医学の中でも出てくるんですよ。
クレイ・シューゾーさんっていうのが日本の精神医学の父なんですけどね。
日本に精神医学を導入して、導入したのはその上のもう一人いるんですけれども、
クレイ・シューゾーさんの弟子が日本隅々に精神医学を広げる方になるので、
クレイ・シューゾーさんは日本の精神医学の父なんですけれども、
すごい業績があってですね、いずれクレイ・シューゾーさんの話もせえなあかんかなと思ってるんですけれど、
その方の教科書です。1894年。
今の議論から大体10年くらい後ですね、精神病学収容っていう教科書を出されます。
教科書は何回か改訂されるんですけどね。
この第一版が出たのが1894年で、
ここの教科書の中にこういう説があるんですよ。
過度の性行為及びマスターベーションは精神病の原因となることがあるが、多くの場合は症状である。
マスターベーションとは陰欲を遂げるための異常な方法であって、その害は精神障害の原因となる。
多くの場合、病気を起こす体質と併発して若年者に起こる。
これいずれ間違ってるんですけど、今からもっと特別に間違ってるんですけど、
このクレイ・シューゾーが言ったものは、マスターベーションというのは害があるもので、
精神病を起こす体質を持っている人がマスターベーションをすると、多くの場合それによって精神障害になるよということを言っている。
マスターベーションによる精神病というのは、開梱とか悲痛とか害に対する恐怖などから生じる精神上の要因と身体上の要因がある。
身体上の要因がなくても、若年でマスターベーションが過度な人は、原発性、心肝性、精神障害を発し、
またはこの初期、経過中にしばしば幻覚とか発作、妄想、緊張状態、興奮で衝動的行為を伴う。
こうした症例では、初期から道徳観念の欠如、感情の欠如、意思の欠乏があり、重症の精神障害に至ることがあるというのが書いていました。
今から思うと、びっくりしますね。
びっくりしますよね。
こんなことをクレイ先生が書いていたんですか?ということなんですけどね。
もちろんね、クレイ修造はこれがメインに書いたわけじゃないんですよね。
精神病の原因というのは、身体のこととか気持ちのこととかって、もっと細かくいろいろ書いている中の最後の一文ぐらいにマスターベーションが混じってはくるんですよ。
でもこれが出てくるんですもんね。
そう、出てくるんですね。
すごいな。
この話って、クレイ先生は別に自分でこれを確認したわけでもないんですよ。
多分この西洋のですね、ドイツとかイギリスとかの精神医学を導入したんですね、日本にね。
なるほどね。
そこからの訳文というか、いろんな人の、欧米の方の著書を要約して日本に紹介しているわけですよ。
つまりその当時、欧米ではこういう話だったわけですね。
そういうことですね。
ただまずですね、おかしな面白いことなんですけれども、これから10年ぐらい先の1900年代以降、この教科書の記載がトーンダウンしてくるんですよ。
書かれなくなるんですね。
書かれなくなるんですね。
主にこの教科書、この次の版のクレイ・シューゾーの1910年のにはまだ載っているんですけれど、
クレイ・シューゾー以外にもいろんな人がこういう問題というか、騒論的なことを教科書を書くんですけどね。
その中にはだんだんマスターベーションの技術が減ってくるんですよ。
これは実は西洋のことと同じくなっているんですけど、西洋の学説もだんだんこの20世紀に入ってからちょっと違うんじゃないかということがわかってきだすので、
なるほど。そっちについていってるんですね。
ついていくんですね。ただ、クレイ先生はこの第1版と第2版についてはこの記述を聞き継いでいるということにはなりました。
このマスターベーションの有害論というのが20世紀に入ってからはだんだん減ってはくるんですね。
例えば1935年の教科書によると、過度なマスターベーションを行っても健康な人は病気にならず、精神病的素因を持つ方では有害であるという記載に変わってたりとかね。
でもやっぱり精神病的なものにつなげてるんですよね。
ちょっとつなげてるんですね。だから医学の場合でもそうなので、一般の方々にもやっぱりこういうの当然影響あると思うんですよね。
そうやろうね。伝説的に広まりますよね。
やっぱりマスターベーションで悪いんだっていう説が一般の方にも広がっているということなのかなと思うんですけど。
多分こういう明治期の流れっていうのが、医学界では1900年以降どんどん衰退はしていくんですけれども、一般の社会ではこれ残るんかなと思うんですよね。
消えるきっかけないもんね。
別にそんな大っぴらに言うこともあんまりないので。
ないですもんね。これ間違ってましたよっていうのもないしね。
誰も教えてくれへんし、そういうところを。
そうだわ。語り継がれる迷信ですもんね。
迷信として語り継がれて、昭和の庶民である母の耳にも届いてたっていうことだと思うんですけどね。
そうなんや。でも私は幸か不幸か、母からそれは全然伝わらんかったわ。
別に母はそのことをめっちゃ信奉してたわけじゃなくて。
たまたまふと出てきたんよね。
たまたまふとね、私の顔を見て、あんた精神科に行ってみたいな話のついでにちょろっと出て、私こんな聞いたことあるよみたいなことを言ってて。
それも僕は軽く言いなしちゃうんですけど。
確かに。精神科医っていうところにも偏見はある時代やったもんね。まだまだね。
それは十分、今よりももっと大きかったと思うし。
この当時のことを研究した、今回引用した論文の方が書いてたんですけど、
この問題で一番大きな問題は、日本でそうなんですけど、この実証的な研究が行われなかったっていうことが問題やなって言われてて。
本当にこのマスターベーションをした人がどうなるかっていうことに関しての、ちゃんとした研究とかですね、というのが行われずに、
ただ、この教科書に書いてるから、あと偉い先生が言ってるからっていうことで広まっていったっていうことなんよね。
いわゆる科学的な説とはちょっとずれてたなっていう、後から言ったらそんな風になるんかなっていうことなんですけどね。
大正期に入ってたんですけど、ちょっと日本でですね、面白い動きが起こるんですよ。
続きは次回お送りします。