先に言っちゃいました。
本当にそうですよ。
この統合主張症の発症の原因ということ、現在どう考えられているかということを簡単に言っておこうかなと思うんですけど。
実は難しい話なので簡単に言っちゃうと、発症のことが多いので正しく伝わらないこともあるんですけれども。
ざっくり言うと、環境の要因と遺伝要因と2つが関与して起こっているよって言われている。
それによる脳の病気っていうふうに考えられている。
この病気自体は100人に1人がかかる病気なので、比較的多いんですよね。
多いですよね。
一般的な病気と考えていいかな。コモンディジーズって言われている病気。
ただこの遺伝要因という言葉を僕は出しましたけれども、正しい理解としては、この統合主張症っていうのは遺伝する病気ではないと言い切っていいと思うんですよ。
必ずなるってことじゃないもんね。
必ずなるっていうことでもないし、若干のいろんな要因はあるんだけれども、でもその若干の要因っていうのは、全ての病気そうって言ったらそうなんですよ。
それと同じようなもんですよっていうことなんですね。
両親ががんでも子どもががんになるとは限りませんっていうことと同じですもんね。
まさにそうなんですよ。
がんっていろんながんがあるからガツッとは言えないんだけれど、
例えばこの糖尿病って多いじゃないですか。糖尿病っていろんなタイプがあるんですけど、
日本人が一番多い新潟糖尿病って言われるような、中高齢になってから肥満とかと関連して起こってくる糖尿病ってあると思うんですけど、
あれって片方の親が糖尿病になってたら、その子どもさんが糖尿病になる率っていうのは、
だいたい30から40%って言われてるんですよ。
つまり、10人子どもさんがいてたら、そのうち3人から4人の新潟糖尿病になる可能性があるよって言われてるんですけれど、
一般的な病気で、遺伝ことを若干関係はしているが、
でも新潟糖尿病自身はとてもありふれた病気なので、両親が糖尿病じゃない方もなってる方もたくさんいてるので、
新潟糖尿病っていうのは少なくとも遺伝病とは言われない。
例えば高血圧っていうのも一般的な病気ですけども、片方の親がだったら子どもさんがなる率は30%って言われてる。
だからこういう病気って、一般的な病気っていうのは、親がなってると子どもさんもなる率っていうのは若干上がるとは言われてるんだけど、その若干っちゃ若干なわけですよね。
じゃあこの統合主張症はどうかって言われると、片方の親が統合主張症だったら子どもさんが統合主張症になる率っていうのは10%前後って言われてる。
10%っていうことは、つまり統合主張症を持ってるお母さんなりお父さんなりが子どもできて、10人のうち1人の方が統合主張症になる率やと言われてて、
一般の方、つまりそうじゃない方が統合主張症になる可能性っていうのは0.7から1%って言われてるので、100人に1人弱っていうイメージなんですね。
それと見ると若干上がってはいるんだが、でもこういうことっていうのは、細かく数えると学問的にはそういうことにはなるんやけれども、
一般的な遺伝するという、人間が感じる遺伝ということとはやっぱりかけ離れてるかなと思うんですよね。
そうですね。糖尿病よりも子どもが引き継ぐ率が低いですもんね、かなり。
そうなんですね。だから遺伝系っていうのは若干機質的にはあるんだが、いわゆる日本語の文法として僕たちが言葉で使う遺伝ということと、
この統合主張症なり新型糖尿病なり高血圧が子どもさんに引き継がれるっていうこととはちょっと違うんですよね。
そうですね。
ここを注目しちゃうと、逆に違うような要因と考えられてしまうことになるんですよね。
現状としては、例えば親が近しい人であったとしても、10人に1人ぐらいしか遺伝せえって言われてることなので、
だから遺伝しないって考えるのが一般的なのかなと思うんですけどね。
そうですね。
でもなんか、世間的にはこういうの遺伝するっていうようなイメージがありましたよね。
そう、ありました。
現在もなんとなくそんなことにもなってるし。
ようわからんからみんなそう思っちゃってるのかなっていうのは残ってますよね。
そうです。まさにそうでね。
これが一番問題とされたのが、有性保護法っていうやつですやんか。
精神疾患とか障害を持ってる方が子どもさんを産んだら、その障害を引き継ぐので、子どもさんを作らないようにしようっていう法律なり考え方が、
日本でも戦後できて、それが90年代ぐらいまで割とされてたっていうことっていうのは、
この考えをちょっと間違って使っちゃったんですよね。
だから現在としては、遺伝するという考え方は正しくない。
そうですね。
もうちょっと言うと、こういうコモンディジーズっていう一般的な病気っていうのは、
全ての人に因子持ってるわけよ。
そりゃそうやと思います。
だから全ての人類に、例えば統合症症なり新型糖尿病なり高血圧なりっていう、
一般的な病気を発症する因子っていうのは、それぞれみんな持ってるんですよ。
もう全ての人にあるってことですよね。
そう。それがどんだけ強いか弱いかとか、あるいはどういう環境というか状況とかに置かれることによって、
それが発現するかどうかが決まるっていうことなので、
遺伝要因を特別にするっていうのは、むしろ非科学的なのかなっていうのが最近言われてるんですね。
でもこういう話って、長いこと話しないと伝わらないから。
伝わらないし、なんとなく日本の中ではこういう精神疾患について、
例えばランチの時に会話をするとかっていうこと、なんかタブーじゃないですか。
そうですね。
それがもともと差別的なことにつながるからタブーだったのか、
何なのかですけど、文化的にそういうのを学ぶ機会っていうのはすごく少なかった気がします。
気軽になかなか言えないですよね。
そう。がんの話とかはね、わりとみんなできるんですよ。
親ががんになってねとか、こういう治療しててね、今こんな抗がん剤があってねとかっていう情報が、
結構手に入りやすいと思うんですね。
そうですね。
だからランチ行ってて隣の席から聞こえてくるお話の中にもがんの話してる人って時々いるんですよね。
ありますね。
そうそう、いろんな病気の話の中で。
でもこの精神疾患のご視聴者も含めてについて、
隣の席に聞こえるような感じでおしゃべりしてる方っていうのは本当にいらっしゃらないんで、
障害福祉の仕事をするようになってから、
やっぱりちょっとまだ偏見とか言葉にしにくいっていうところがあるんかなっていうのは想像してます。
こういうのをちょっとずつ改善していきたいというか、
何がどうすればいいのかわかんないんですけど、
でもこのね、ポッドキャストをしてるのも一つそういうこともあるかなと思うのでね。
そうです。決して特別なことじゃなくて、そんなに怖がることでもなくて、
知識としてしっかり持っておけば対応方法もあるし、
今本当に医学は進歩してるから、そこをどんどん理解しようと思ってほしいっていう思いで、
ポッドキャストをしてますからね。
そうそう、そうなんですよ。
もう一個は、病気自体が悪組掴みにくいというか、イメージ先行の病気なので、
そこもね、これも簡単に言うのは難しいんですけど、
どうすればよかったかという映画では、統合症症の経過とかがよく描かれてるから、
とても貴重かなと思うんですけど、
実際ね、この統合症症ってどんな病気かっていうと、千差万別です。
異常に軽い人からちょっと重篤な人まで様々あるんですよね。
病気で有名なのが、幻覚とか妄想とか、まとまらない行動とか思考とかって言われてるんですけど、
そういうのが目立たない人もあるんですけどね。
幻覚とか幻想とかっていうのが一般的なんですが、そういうのがない人もあるので、
まあ難しいところではあるんですけどね。
一人の同じ方でもね、症状がひどくなるときと、
全然調子が良くなって、幻覚・幻想ないときもありますもんね。
そうなんですよね。
過程の症状を何回も繰り返すというのもこの病気の特徴で、
数日から数週間にかけてガーッと悪い時期があるんです。
でもそれがまた良くなって、一定安定する時期が来てまた悪くなるとかっていうのを繰り返すことが多いんですね。
そうじゃないこともあるんですけれど。
人によるとゆっくりこれが進行していくというか、
なかなか最後まで、症状がない時期までは戻らないっていうこともあるんですね。
これが数年から数十年かけてゆっくり進むっていう人もいてるし、
そうじゃなくて、元に戻ると元に戻れるっていう人もいてるって言われてて。
現状はどんな感じかって言われてると、この統合書書の経過はですね。
統合書書になった人の大体4分の1くらいの方っていうのは、
仕事とか学校とかにずっと行けますよって言われてます。
回復する方っていうのが大体4分の1くらいあるって言われてて。
あとの半分の方っていうのが、2分の1の方が一部に症状が残ってて、
現状だったりとか意欲低下とかがあって、生活をする上で一定の支援が必要かなっていう感じ。
作業所行くこともできるし、作業所とかはいけるんやけれども、
やっぱりでも全く自分で仕事してっていうことだけでは難しいかも。
いろんな人の支えがあったほうがいいかなっていう感じの人ですね。
例えばどうすればよかったかのお姉さんの後半部分ですわ。
入院した後お薬があって、
お父さんと一緒にいろんなこと出かけたりとか、ご飯作ったりとかってできるようになったと思うんですけど、
これがこの半分の部分感慨の感じかなと思うんですけどね。
例えばさくらさんのところで来てる総合書書の方っていうのはここに当てはまる人が多いかなという気もしますけどね。
まさにそうですね。
残りのこの4分の1の方っていうのが慢性期と言われてる方で、
もうちょっと社会機能が落ちて入隊を繰り返さないといけない方っていうことかな。
どうすればよかったかのお姉さんのこの前半部分。
ちょっと興奮することであったりとか、行動がまとまらなかったりとかってするようなことが目立った時期が映されてたと思うんですけど、
これが慢性期の時期かなと思うんですけどね。
こういう方っていうのが大体全体の4分の1ぐらいって言われてます。
だから4分の1ぐらいの方は全く仕事もできるぐらいになるし、半分ぐらいの方は一部に症状があって支援があれば生活できるっていう感じになって、
残り4分の1っていうのは結構症状が強いよっていう方がいてるってことだよね。
これは治療を受けてもそうなってるっていうことなんですけどね。
これ僕らが90年代に医者になり始めた、精神科になり始めた頃に学んだことと比べるとだいぶ良くなってます。
そうなんですか。もっと数値悪かったんですか。
もっと数値悪かったように覚えてますね。
4分の1良くなる方がありますよっていうことは、僕らが90年代に精神科を勉強し始めた頃は言われませんでしたね。
これはやっぱりお薬の使い方が良くなったってことですか。
お薬の使い方が良くなったっていうことと、やっぱりより作業療法とか心理療法とかが発達してですね、
うまくサポートできるようになったんやと思いますわ。
今までは例えば90年代とかは、やっぱりこの病気っていうのは悪いというふうに思われすぎてて、
そういうトライもしなかったんですよね。
仕事してみようとか、結婚もしてみたらいいんじゃないみたいな支援がですね、
専門家の方も知識がまた乏しかったんですよ。
この病気っていうのは、もっといろんな悪い人を見てるものやから、悪くなるぞっていうことをずっと思ってて、
ちょっと悲観的だったんですよね、昔は。
でも今はよく考えてみると、そうじゃないかとたくさん言ってるなっていうことがわかって、
よりその可能性をですね、広げることが大切だなっていうことがわかっています。
進まずにキープして、社会生活にできるだけつくっていうのは大事ですもんね。
そうなんですよね。実際できる方もたくさんいらっしゃるのでね。
今ね、それがうまくいろんな外からの療法があったり、体の中からの薬の治療があったりで、うまくやっぱり進んでますよね。
進んでると思います。確実にね。
ただね、ここ10年ぐらいは新規塾の薬がまた出てなくて、ちょっとそこは足踏みなんですよね。
なるほどです。
でもこういうのはゆっくりまた進んでいくことがあるので、期待はできるかなと思うんですけどね。
歴史から見ても、全然違う治療の時に偶然薬が見つかったみたいな話もありましたもんね。
ありました、ありました。
だから、どこでふっとまたいい治療薬が出てくるかわからないし。
そうなんですよ。
期待して待ちたいですね。
まだ20年30年経ったら、今言ってるのともっと違う話になってきますから。
医療っていうのはどんどん進歩するしね。
医療の進歩で僕が一番感じるのは、がんかな。
確かに。そうなんですよ。
僕らの両親2人ともがんで亡くなったけど、
父親が亡くなった時のがん治療と、母親が亡くなった時のがん治療って全然違ったじゃないですか。
全然違った。同じ肺がんだったのにね。
病気が違うから、同じ肺がんでもね、いろんなタイプがあるんですけれども。
でも治療がさ、やっぱり良くなったよね。
母親の場合ってね、結構4,5年良くなったもんね。
その治療を受けた後。
なったし、そうなんですよ。選択肢もたくさん増えてて、驚きました。
そうそう。ステージ4って言われた後からが長いんだなっていうか。
本当にまだまだだからできることはあるんだなと思いました。
父が亡くなったの2000年代やけれども、
あの頃ってあんなに効く薬なかったよねって思ったけどね。
なかったし、選択肢も一つしかなかった気がします。
がんはつまり人間の英知が集まってですね、なんとかそいつをやっつけようということで進歩してるんですよね。
2人に1人になる病気やからね。
そうそう。だから精神疾患もその次というかね、また治療が進歩するんちゃうかなと思うんですけどね。
そこはもう作業療法のところはめちゃくちゃ頑張ってます。
はい。労働してますもんね、みなさんね。
そうです。めっちゃ働いてくれてます。
でも本当に働くことでキープしてるっていう方も本当にいらっしゃるので、
作業療法も心理療法も本当に治療の一部になってるなっていうのは日々実感してます。
作業療法ってね結構大切っていうことは18世紀ぐらいから言われてはおったけれども、
でもこういう社会制度にできるようになって多く普及してるっていうのは進歩ではありますよね。
どうすればよかったかのお姉さんはその作業療法にはつながらなかったってね。
はい。
監督自身は例えばそういうところにつなげるのがいいなと思ってたみたいだけれども。
そうなんや。
監督はね、すごく統合指導書の治療とかも何とかつなげたかったこともあるので、
勉強されてたし、いろんな情報も得てたみたいですね。
家族会とつながってたりとか、メーリングリストに入ったりとかして、
情報はCDって貼ったみたい。
なので、できればお姉さんが治療して元気になった後でも、
他人とつながる、社会とつながるっていうことを増やしたらいいなと思ってたみたいやけれども、
ただ、そこまでは行けなかったっていうこともポッドキャスターで仰ってました。
映画の方に戻りましたら、長い時間が描かれてたじゃないですか。
長かったですね。
20年弱ぐらいのずっと経過が藤野家の様子で描かれるんですよね。
お姉さんとかお父さんとか監督自身もどんどん老けてくるっていうのが分かるんですよね。
お年は進んでるなって目に見えてね。
リアルな人間の老いというのが感じかなと思ったりとか。
家自身もだんだん散らかってくるというか、物が増えてくるというか。
あれはちょっと私、いろいろ気になりましたね。
お母さんも認知症になられる直前ぐらいから、だいぶ物が増えて整頓ができなくなってて。
家も年いってきたらこうなるんやなっていうのが感じましたね。
だから自分の部屋も片付けないとなと思ったり。
めちゃくちゃ思ったんですよ。
私たちの実家って最後母が一人で住んでたでしょ。
で、がんやって分かってからも一人で生活してたじゃない。
割ときれいに生活してたなと思うんですよ。
確かに。
すごく整理整頓して。
で、おばあちゃんとかもずっと代々続いてるから、いろんな古いものがある家だったじゃないですか。
いつの時代のっていうのが何度から出てくるみたいな。
だけどそこも本当にできるようできるところをちゃんと整理して、
あとに残る私たちが困らないようにっていう整理を着々と計画的に進めてたのが、
ちょっとあの映画を見て、比較じゃないけど思い出されてたんですよ。
だからどうてことないんだけど、私たちの母は割とそういうのをきちっと準備して動けたんだなっていうのをなんとなく感心してました。
そういうところでね。
そう。お母さんすごいなって思ったんです。
そうですね。確かにきっちりしてたよね、そこはね。
してました。だから亡くなってからいろいろ物を捨てなきゃいけないって。
マリモ先生だいぶ頑張ってくれてましたけど、そうは言っても業者さんに入ってもらわなあかんぐらいの量ではなかったじゃない。
そういうのではないですね。
自分ができるかなとかって思いましたね。
確かに。
できるだけ物は少なくしたいと僕も思ってるけど、やっぱりついつい自分の周りっていろんな書類なり物品なりがたまってきてるなと思ってね。
そうなんですよ。引っ越しするたびに断捨離はするんですけど、長く住み出すとどんどんたまっていくので。
そうだから特にこのまこちゃんのお家ってみなさん研究者でしょ。だからすごい本と書類と積み重なってたじゃないですか。
そうでしたね。
これ大変だなと思って、もうみなさん亡き人にはなってらっしゃるけど、監督は大変だろうなってちょっと思ってました。
ねえ、あれ残されたら大変ですよね。
重いのよね、本とか書類って。意外と重量があるからお家にとってもよくないって聞くんですよ。
本ってなかなかちょっと厄介ですよね。
でもやっぱり本でないと頭に入りにくいんですよね。
おお。
そう、デジタルでもいいんだけど。
大きな本盾買ったんですよ。今の家に、ワンションに入ったときに作り付けの本棚を作っていろいろ本を載せようと思って買ったんですけど、
でも本って無人像に増えてくるから、もうちょっとこれ分かんなと思って、コロナ前、コロナ起こったときに2020年にほとんどすべての本をブックオフに売りました。
思い切ったんですね。
はい、もういいやと思って、漫画から専門書から全部売って、手元にちょっとだけ置いてるんですけど、それ以降の本はできるだけデジタルにしようと思って。
ああ、そうでしょうね。
そうしてるんですけど、またでもどんどんちょっとずつ増えてきてるんですけどね。
増えてくるんですよね。
やっぱりでも本っていいしね、手元にあったらなあって言いかけもあるしね。
あと藤野家のことで言うと、やっぱりちょっと上流家庭ですよね。
かなり上流家庭だったと思います。
食事の場面とかで、ナイフとフォークじゃないですか、基本。
そうです。
あの食事のご様子見てね、普通の食事じゃない、家の中の。
それで割とナイフとフォーク出して食べるとか、そういう感じがやっぱり元々なんだっていうのが感じましたね。
感じました。お父さんもお母さんもそうだけど、すごくお行儀が良かったです。
そうでしたね。
リビングにいらっしゃったり、食事の時でも。
日本映画に出てくる茶舞台にいてるお父さんとはちょっと違ったなあ、みたいな感じがしました。
随所随所に上流家庭ぶりが伝わる。
そんな感じでしたね。
あと家自体もちょっと豪華な家だったし。
おしゃれな洋館でしたよね。
洋館でしたよね。
あと高級日本車も映ってましたし。
映ってましたね、お父さんの車ですね。
でもその一方、お父さん自身の部屋着っていうのは、いつも同じネルのシャツだったりとか、
監督もあんまり衣服には気を使わないなあ、みたいな感じがありましたけどね。
そうですね。
そこは男性特有かなっていう感じがありましたけどね。
日本の男性ですよね。苦手なんですよね。
その辺の服に気を使うっていうことはないなっていうのもリアリティがあったかなと思うんですけど。
でもお母さんとかおばさんとかが時々映りましたけれども、
その時はお母さんは部屋着だったけど、
おばさんとかはお姉さんの家に訪れてくる衣服を着てたりとかね。
そういう意味も含めて日常を撮ってるなあっていう感じがありましたね。
あと、お姉さんが長い間治療を受けられなかった原因をどう考えるかみたいな話を前回から言いましたけれども、
そこで僕が、ご両親がお姉さんのことを思いすぎてというか、愛だみたいなことを言ったと思うんですけど、
ちょっと一般的なことと逆にそんなふうなことを言ってるんかなと思うんですけど、
これね、僕には言った理由があって、
もしご両親をね、自分が精神科医として接した時に、
お父さんお母さんの行動を何とか変えて、お姉さんを治療につなげたいって思った時に、
お父さんお母さんのやってることを本人なりに正しく僕が理解しないと、
それって変わらないなと思ったんですよ。
だから、お父さんお母さんが治療につなげないという決断をしたにも関わらず、
そこを変えるためには、彼らのいいところというか、事実を正しく僕たちが理解しないと変わらないなっていうのがあって、
ご両親がお姉さんのことを思ってこんなことをしてるというふうにする解釈をですね、
ちょっと強めに感じたというか、それを言語化したということなんですよ。
もしそれをぶつけたとしたら、ご両親が変われる可能性がなかったかなという思いもあって、
そんなふうに考えたんですけどね。
そうなんです。同じ人でもその時と状況によって変わるし、
後の方になったら、きっとご両親もつないでおいた方が良かったんじゃないかとかって、
精神科医の先生に入ってもらった方が良かったんじゃないかと思うことも、
もしかしたらあったかもしれないけど、走り出してしまってここまで来たらっていうのもあっただろうし。
あったでしょうしね。これまで私たちがしてたことは、
じゃあ何だったんだって思う気にもやっぱり両親もなるやろうしね。
なると思う。
長ければ長いほどね。
今の精神科医療で患者さんに会った時とか、
私たちでも支援に携わるってなった時に、
割と同じようなことってあるじゃない?時々。
やっぱりご家族の方の理解が届いてなかったりとか、
本人さんもなかなか需要ができてなかったりとかっていう時に、
こうですよって答えを言うって絶対うまくはいかないから、
納得してチームになってもらえるかってところですよね。
そうなんですよね。
そういうところで引き出す中で一番いいのが、やっぱり現実的なプラスがあると。
例えば、こんな言うのはあれやけれども、
ちゃんとかかれば年金がもらえる可能性があるよとか、
あるいは入院とかすると家族の介護が少なくとも済むよとか、
やっぱり本人がしたい、いろんなことができるようになるかもねみたいなね。
現実的なプラスをお伝えすることっていうのが、
割と色につながる一つではありますよね。
本当に困ったことに耐える力って人それぞれやからね。
それぐらいもうちょっと頑張りましょうよっていうぐらい耐えるのが難しい人と、
もっと早く言ってほしいよっていう藤野家の皆さんとかね。
こういうのが本当にケースバイケースで違うからね。
そうなんですよね。
いろんなところで耐えたりとか耐えなかったりとかっていうのがあるんですけど、
藤野家のご両親の場合はめちゃめちゃ耐える能力が強いという。
しかも経済的にも世間的な迷惑も含めて保たれてた方々なので、
耐えちゃうんですよね、25年間。
そうです。
っていうのがすごいところであったしね。
なかなかみんなできないことなんだけれども、
それが良かったのか悪かったのかっていうことにはつながるんだよね。
何が正解って本当に治療とかっていうものにはないけど、
これって結果なので、うまくいけば結果良かったねの精神改良ってそういうものだと思うんですけど、
でも大筋こっち向いてこうすると良くなるよっていうデータはみんな持ってるじゃないですか。
こういうことしたら、こういう薬を使ったらこうなるよとか、
こういう作業療法したらこんなことができるようになるよっていうデータがあるから、
そこにつなげたいんだけどね。
つながらない方たちにどう言葉で伝えていくかっていうところはマニュアルないですもんね。
マニュアルはないですね。
いつもここが難しいなって思います。
まさにそこってね、コミュニケーション力というか、
それだけではなくてもっと現実的なですね、いろんな対応っていうのが臨床には求められますよね。
この映画でやっぱり成立に一番欠かさないのが、言うまでもなく監督なんですよね。
監督のことをプロデューサーがね、ちょっとポッドキャストで言ってるんですけども、
藤野監督は非常に我慢強いと、辛抱強いと、愛の関係のドキュメンタリー映画を何本か作ってらっしゃるんですけれども、
普通だったらどうにも我慢ができないことが起こっても、監督はそれにじっと耐えて、
物事の推移を見守ってたと。また非常に強い愛情を持っているみたいなことを言ってあるんですよね。
お父さんとお母さんの気質ですね。
そうだと思うんですよ、これ。監督自身もご両親のそういうネガティブケイパビリティをですね、受け継いでらっしゃるようにも思うんですけどね。
これがあって、こういうドキュメンタリー映画を作っておられるのかなという気もするんですけど、
映画って結構流行ってるんですけどね。
そうなんですか。
すごく流行ってて、この1年間で流行ったことがあるんですけど、
初めはこういう単館というか小さい映画館、ドキュメンタリーをやってる映画館から始まったみたいなんですけど、
上映館が拡大して、全国で100館以上に拡大したって言われてて。
すごいですね。
もう1年間経ったら動員数が16万人突破っていうのがありました。
へー。
だからすごい流行ったみたいですよ。
かなりの人が行ってるってことですね。
行ってるんですね。
だからさ、僕6月にこの映画初めて見たんですけど、
この井太かな、1回目行った時に予約せんと見に行ったんですよ。
大阪の単館のドキュメンタリーとかやってるような映画館に行って、
まあそんなに予約せんでも見れるやろうとかって思って行ったら、
もう今日はいっぱいですとかって言われて、マジかよっていうのがあって。
で、次の週に予約して見に行ったっていうのが、6月でもそんな段階だって。
あ、そう。半年ですよね。公開して。
半年経って。
1年間経ってもう1回見に行ったんですけど、
この時は平日の回でも10人とか20人ぐらいはありました。
でもすごいな。
定期的な上映をしているのは、この大阪のシアターセブンしかなかったんですけど、
でももうすぐ定期終了になるんだろうなっていう映画やけれども、
平日でも10人20人大阪で見に来るっていう映画で、
やっぱりこうみんな興味があるし、
自分の家族を語りたくなるなっていうのがやっぱりあるんちゃうかなっていう、
そういう魅力がね、この映画にはあるんかなと思うんですけどね。
どうすればよかったかについてのポッドキャストとか動画とかって出てるんですよ。
で、結構それ見させて思ったんですけどね。
ここ1ヶ月ぐらい、割といろんなの見てたんですけど、
みんなね、自分の家族のこととかってやっぱりこの映画を見ると語りたくなるよね。
そうなの?
大体そんな感じですわ。
自分の家族に藤野家を投影させたりとか、
あるいは自分の家族とこうやったみたいなことだったりとかっていうことを言ってる方が多かったし、
僕らもそうやしね。やっぱりこの映画っていうそういう魅力があるなって思うんですけどね。
そうですよね。比較しちゃいますよね。無意識にね。
家族の映画としてもなかなかない映画かなと思うので、
またね、機会があったら皆さんに知ってもらう機会がもっと増えたらいいなと思うんですけどね。
さくらさん、何か言いたいこととかあります?
家族を語りたくなるっていうところ?
語りたいかどうかはちょっと別にしても、やっぱり自分の家族。
私はほら前も言ったけど、自分が子供の時の家族と、自分が母親になった時の家族があるから、
でもやっぱりこの映画を見て比べたのは自分が子供の時の家族でした。
なぜか知らないけど、自分が親になった時の家族と比較したんではなくて、
自分が子供の時と、なぜか比較してたような気がする。
不思議なんですけど、まこちゃんが自分に重なるんやろうね。
私もほら、姉と弟でしょ。
で、兄弟は仲良かったじゃないですか。
っていうところとか、その時の、まこちゃんはいろんな感覚はなくなっていっちゃってるかもしれないんだけど、
それを見てる弟さんの気持ちとか、
多分ずっと自分無くしてるわけじゃなくて、時々自分に戻る時もお姉ちゃんはあったと思うのね、まこちゃんが。
その時に、自分のそういうのをかわいい弟に見られてる時の感覚とか、
っていうのは本当に私自身の感覚なんだけど、想像してました。
まこちゃんには聞けないけどね。
そうなんですよ。だからどっちにしてもお互いつらいし、
でもやっぱり一番ホッとするっていうか、分かってもらえるというか、
そういう安心感はあったんだろうなーって、治療を受けた後のね、
お父さんとまこちゃんと監督の様子。監督は撮ってるから、レンズのこちら側にいてるんだけど、
表情とかを見てると、やっぱり家族っていいよなーって思いました。
本当そうですよね。
花火をね、3人で見に行って、写真撮ったりとかしてる場面とかね。
そうなんですよ。だから弟さんがずっとカメラ持ってるから、まこちゃんもカメラ持ってたじゃないですか。
ほんで撮ってたじゃないですか。
映るんですよ、撮ってたって。
あれってすごく気持ちわかるなーと思って。
弟が喜んでやってることって、私もやってみたいってなるもん。
それが兄弟なので。