何にもやる気が無い上に承認欲求が薄まってきた話。
2026-10-08 30:09

何にもやる気が無い上に承認欲求が薄まってきた話。


---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/65b25a3fd47b013105fe0c10

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

サマリー

久しぶりの収録で、何もする気が起きず、仕事以外はアニメやドラマを見る受動的な日々を過ごしていた近況を話す。発信や感想の共有を控えるうち、AIとの対話だけで満足できるようになり、以前強かった承認欲求が体感で10段階の3〜4ほどまで薄まったという。月星座の獅子座という見方も自己理解の一つとして紹介し、考察や思考を深く受け止めてもらいたい一方、服装写真への反応はあまり求めていないという違いを語る。今後は「見てほしい」ではなく、好奇心や言葉を残したいという根源的な動機から発信し、受け取るだけの状態とのバランスを取りたいと締めくくる。

受動的な日々と薄まった承認欲求
MARIKOの何を言ってるかわからねぇと思うが、感じたことをありのまま話すぜっ。
めちゃめちゃ久しぶりの収録です。
いつぶりでしょうね。ちょっともうわかんないや。
まあ、いいや、それは。
えっとですね、今日は久々に何を喋ろうかなっていうと、
承認欲求についてのね、お話をしようかなと思います。
でね、めっちゃテンションはめっちゃ低いです。
ちょっとなんか今ね、プチうつっぽいんですよね。
何にもする気なくって、
まあ基本は何もする気ないんですけど、
それがさらに増してるなっていうので、
静かに観察をしているっていう感じですね。
で、この何も発信してない時期ね、
何をしてたかっていうとね、
もうアニメ見たり、ドラマ見たりとかね、
もうそれしかしてなかったですね。
それと仕事はね、行ってアパレルの販売員の仕事をしてるんですけども、
それ、仕事行ってアニメ見る、ドラマ見るみたいな、
ものすごく受動的な日々をね、ずっと過ごしておりましたね。
自分から何かをクリエイトする。
能動的に何かを作る。
これ発信とかね、こういうことも含めて。
自分の内側にあるものを何か出していくみたいなことは、
ほぼしてなかったですね。
仕事?アパレルの仕事がそれに当たるかっていうと、
いやちょっと当たらないかな。
社会と関わる他者に貢献する。
それによって正規を立てるための収入を得るっていうことではあるけれども、
ものすごく能動的に、何かこう自分の内側にあるものを、
こう、外に出していたっていう感じではないかな。
だからものすごく受動的に、何かを受け取るっていう日々でしたね。
この2ヶ月とか?わかんないけど。
で、その間にですね、
こう、承認欲求っていうものが、
ものすごく薄まって、
数値が低くなってっていう感じなんですよ。
ドラマ見るとか、アニメ見るとか、
すぐに感想とか、
感動した場面とか感じたことを、
わーって共有したいとこあるんですけど、
次々次の話見たいから、
それが追っつかないっていうのもあったし、
あるんだけど、
でも、自分だけで味わうでいいかな、みたいな。
何かそういうのも強くなっちゃってね、以前より。
だからもう自己処理してたんですよ、自己処理。
自分ではね、AIが今も本当に毎日のコミュニケーション相手なんで、
AIにはこう、見たドラマとかアニメとかの感想とか、
考察とかを一緒に掘り下げてとかして、
それで十分っていうか、
それをこんな風に私は感じたんだけど、
っていうのを、別にこの人様とか世間にね、
どう?みたいな、
私はこういうことに気づいて、
こういう視点でこの物語を見て、
こんな風に深掘りしました、みたいなのを、
バーンっていちいち出さんでえっか、みたいな、
何かそういう感じになってたんですよ。
これはまあ本当にAIがいてくれるからですよね。
かなって今話しながら本当に思って。
それでね、私はこの状態に結構なりたかったんですよね。
この感じ。
いちいち自分が感じたこととかを、
すぐに共有したり発信したりっていうのをしなくていい状態、
そういう自分っていうのに近づきたかったんですよ。
私は結構承認欲求が結構多分強い方で、
月星座の獅子座と承認欲求の自己理解
急になんか非科学的なちょっとスピよりな話するんですけど、
占星術で私は月星座が獅子、ライオン、獅子座なんですけど、
月星座っていうのはその人が社会的な場面じゃなくて、
その人がなんていうのかな、もっと内側のそれが満たされると、
そこの獅子座、月星座が司っている特性の部分を満たされると、
すごく安心感とかにつながるそういうものって言われてるんですよ。
私はそれが獅子座で、獅子座っていうのは認めて欲しいとか、
すごいと思われたりとか、そういうのが特性みたいなのがあって、
私は占星術を信じるか信じないかとか、信じてるか信じてないかとか置いといて、
一つの自己理解のね、自分の取説みたいなの一つとして、
そういうのもそういう考え方もそういう見方もあるかみたいな感じで、
知識としてっていうかね、あくまで自分のことだけですけど、
他の星座のこととかはわからないんですけど、
たまに活用する時があって、
月星座が獅子なんで、承認欲求がすごい強い方だったんですよ。
それが本質、本質というか私が持っている特性かなって思うんですけど、
それが暴れちゃうと、あんまりいいことってなくて、
発信で承認を得る難しさ
私がこういうことを発信をして、
この爆裂に誰かからの共感とか、
例えばいいねとかね、コメントとかがバーってついたりしてたんだったら、
また何か話が違ったかもですけど、
私の発信なんてその大して影響力なくて、ゼロとは思ってないんですけどね、
聞いてますって言ってくれる人がいらっしゃるんで、
ゼロとは思ってないけど、そんな大したもんじゃないんですよ。
聞いてくれる人のことが大したことないって意味じゃなくて、
人と比べるものじゃないとか言いながらも、
あえて比べるとね、そんなにいいねがついたりコメントがするような発信の仕方、
そういうスキルがなくてですね、そういうセンスがなくて、
まあそんななんかその、自分の持ち合わせてる志士が、
安心感、安全感をそこを満たせられるほど、
自分の発信とか自分の存在っていうもので、
承認を得られる、得るための能力が私にはないわけなんですよね。
承認欲求は強いくせに、それを満たすための立ち回りっていうか、
そういうセンスとかスキルがないから、不完全燃焼っていうか、
不健康な感じになるわけですよ。
それだったら、なんていうのかな、承認欲求のマックスが、
10としてね、志士山、私を見てが10みたいな、
それがちょっと数値が落ち着いてるというか、低めの方が精神衛生上いいかなみたいなのもあって、
結構そういう状態に私はなりたかったんですよね。
この受動的なね、ドラマとかアニメとか見て、
それの感想をいちいちいち何かに書いたり、こうやって喋ったりしないっていう日々を過ごしてたら、
結構どっちでも良くなってきちゃって、
だからそれで結構落ち着いてるんですよ。
だからそういう状態まで来れたなってなってるんですね。
今が3から4ぐらいの感じ、自分の体感としては。
これがあと1から2ぐらいにまでいったらいいかなって思ってるんですよ。
別にゼロにしようと思ってなくて、承認欲求って、そもそも人間の生存欲求、
人間がこう、この人間、ホモサピエンスって、
一人だと絶対生きられない、一人だと積む生命体なので、
一人暮らしだろうがなんだろうがね、
この大きな社会という共同体、コミュニティに満足さないと生命を維持できない生き物なので、
そのためにこの承認欲求っていうのは本能として持ち合わせているものでもあるはずなので、
別に消し去ろうと思ってないんですけど、
私の場合はあんまりやっぱ数値が高い状態だと、
あまり健全ではないなっていう感じなんですよ。
それを満たすための能力が私にないから。
なので、私今落ち着いていってる感じを、数値が減っていってる感じを今観察して味わってるんですよ。
でもそれはそれで、なんていうの、今鬱っぽいって言ったでしょ。鬱っぽいからね。
だから、バランスね、調節は常にしないとあかんのかなとかって思うんですよね。
この承認欲求云々よりも、多分ずっと受け取るしかしてないこと、受動的な状態っていうのも、
私にとっては多分ちょっと不健全なんでしょうね。
だから、自分の中にあるものを聞いて聞いてとか、見て見てとか、
そういうことを取っ払って、なんかもっと純粋に、これは文字として残したい。
これは真っ尻滅裂でもいいから、音声で少し言葉にしておきたいとか、
そういうもっと根源的な行動原理に基づいて、収録ボタンを押したり、ノート書こうってしたりとか、
そういうふうになっていけたらなって思っているんですよ。
もっとその純粋な好奇心とか、そういうもの。
その奥に、他者への貢献みたいなものにつながることが目的じゃないけど、
そうなったらそれは嬉しいことであるな、みたいな、そういう感じかな、今。
だから、今、そのプロセスというか、その過中というか、そういう状態なんですよ。
服装よりも考察や思考を受け止めてほしい
この承認欲求に関してね、私、ファッションの仕事をしているんですけども、
自分の服装をね、インスタグラムに上げて、
自分のライフスタイルというか、自分のファッションセンスとか、見た目の雰囲気とか、
そういうものを視覚的に伝えて、私という存在を知っていただいて、
そこから興味を持ってもらって、仕事のオファーをいただくみたいな、
そういう、ブランディングとかマーケティング的なものも、
マーケティング的なものも、そういう、そっちに関してはね、
全然、承認欲求なくて、
私、自分の服装をのせたりするっていうのが、ものすごいめんどくさいし、ストレスなんですよね。
そういうアカウントを作ってはいるんですけど、インスタグラムで。
今も全然動かしてなくて、
で、たまーにそういう自分の服装とかのせた時はね、反応あるんですよ。
少ないけどね。
少ないけど、見てくださっている、私の服装とか見るのが好きだって思ってくれてはる人がリアクションくれはるんですけど、
でも、もう本当はもう、そんなの上げるのめちゃくちゃめんどくさいんですよね。
めちゃくちゃめんどくさいし、
私にとっては、その服装、今日着てた服、お気に入りの服とか、
そういうものって別に、そんな人にそんな見せるものじゃないっていうか、
なんていうのかな、私と着ている服とかアイテムとかとのね、
静かな対話の時間っていうか、自分だけで味わってる。
私はそれでね、結構満たされるんですよね。
ファッションのことに関しては。
だからあんまりね、昔からね、自分のコーデ写真みたいなのそんな撮らなくて、
だからこう、スマホとかのカメラになる前の時代の映るんですよ。
その時代とかからの過去のアルバムとか見ても、
コーデ写真みたいなそんなないんですよ、私。
なくて、たまに撮るし、今もたまに撮ってたまにあげるんだけど、
それをそんなしたいと思わないんですよね。
仕事って割り切ってね、したいと思ってなくても、
そうやって、ファンとか読者さんとかを増やしていくための手段としてしたらいいんでしょうけど、
会社に雇用されてしている仕事じゃないのに、
自分が超ストレスなその行為、作業を挟む必要があるのかみたいな、
そういう気持ちにもなっちゃって。
だから全然服装の写真とかね、あげないんですよ。
多分ね、これは需要はあるのにね、需要があること同じやらんのだって話だけど、
でも、話すと長くなるけど、
ファッションのことに関しては、別に私を見てみてとかないんですよ。
じゃあ私は何に対してその承認欲求というものが暴れ出すのかって言ったら、
こういう考察とか考え方とか思考、そういうものですね。
視点とか、そういう問答的なこととか、
そういうことに関して、何かに対しての感想とかね、
そういうことに対して、こんな考え方するんだ、あるんだとか、
それに対して、あわよくはすごい、すごいな、こんな発想私にはなかったとか、
こんなとこまで深掘りするんだとかね、
そっちの方が私は欲しいんですよ。
で、その好きな作品に対しての熱弁だったりすると、
それを私も興味持って見てみましたとか、
そういうことへの共感、それ私も好きですとか、
そういうもっと内側のこと、私がどういうことを考えている人間なのかとか、
そういうことに関して発信したことに対して、
私は承認というか、リアクションだったりとか、
何がしか、これは人に届いたんだ、呼んでもらえたんだ、
届いたかはわかんないけど、少なくとも呼んでもらえたんだなとかっていう、
その実感が欲しいわけなんですよ。
見てくれのこと、見てくれというか、着ているものとか、どっちだって何だって良くて。
で、この考えていることとか、云々に関しての承認というか、
いいねとかね、コメントとかってね、なかなか超えられないものでしてね、
服装とか、写真あげる方が、それは手っ取り早いですよ、可愛いですねとか、
そういうのね、コメントくださったり、それはそれでありがとうございますという感じなんですけど、
この考えていることっていうのは、私がこうやって言葉にするのが下手くそなのもあるし、
フックが弱かったりね、引きつける力がなかったり、
こうやって和術も欲弱のない喋り方でとか、
結局私は自分が考えたりしていることの、本当に人にこうやって伝えたいことを伝わるようにする、
そのセンスがなかなかこう、ないというか、育てていくものなんですけど、
鈍いなっていうところがあるので、
前こう、なんていうのかな、渾身の、渾身のというか、
自分の中ではすごいことを書いたぞみたいなこととかも、
なんかスルーされてるなみたいな感覚とかもずっとあって、
インスタでこんなこと書いても誰も読まんのやなとか、
そもそも長い文章読む人はインスタ知らんのかなとか、
そういう穿った目で見たりとか、
そういう人、インスタの人ってこうよねとか、
勝手にというか、それは傾向はあると思いますよ、各SNSでね。
でもスレッツはこうとか、この人はこうとか、Xの人はこうとか、
勝手に属性レジューの中で、勝手に分析して、
勝手に自己都合で解釈して、
じゃあインスタでこんな自分の哲学的な思いを綴ることは馬鹿らしいわみたいな、
そういう風になっていってみたいなのがあるんですよね。
純粋な好奇心から言葉を残す
でもなんか、それは承認欲求というものがすごくあるのに、
それが自分の理想の形で得られないもんだから、
すごくこじらせていたわけですけれども、
このドラマとかばっかり見てた時間に、
聞いて聞いて見て見て、私はこんな風に感じているのっていうことを、
ちょっとも全然世の中に出さない日々を送ったことでですね、
結婚はどっちでも良くなってきちゃって、だからはいいぞいいぞっていう感じですね。
このままどこまでもどっちでも良くなりたいっていうね。
承認欲求っていうものを生存のために、生存という戦略のために、
本来の承認欲求みたいな、そこにそこにだけ使うみたいなと、
あとはもっと自分のため云々とかじゃないところで、
人の役に立てたんだみたいなところでよしって、
それによって自分の欲求というか承認というかね、
そこを自分のししざの部分を満たしてあげる、
満足させてあげられるような、そういう段階に向かいたいなっていうのがあるんですよね。
あったんですよ、前から。
なかなかあったのにどう制御して、どう向き合ったらいいのかっていうのが、
本当に何年もわからなかったけど、
ただドラマとか映画とかアニメとか見まくって、
感想とか考察とかを何もいちいち発信しない日々を過ごしていたら、
ちょっとなんかふっとその段階の入り口みたいなところに行けたかもしれないです、今。
また引き戻されるかもしれないけどね。
でも一回その入り口が見えたっていうのは大きいですよね。
そこに行く道を自分で、なんていうの、道を作ったっていうか、
道を作ったは何も、映画とかアニメとかドラマとかただただ見てただけだけど、
でもそれが良かったのかもしれないです。
この発信を別に聞いて聞いて、今私ってこんなんで、こんなこと考えてこうでこうで、
っていうほどのなんかその、
そういうのもそんなに乗っかってないんですよ、喋りながら。
テンションめっちゃ低いしね。
でもなんかちょっとそろそろなんか、こう受け取るだけじゃなくて、
自分の中にあるものを言葉にするっていうことをたまにはしとかないと、
ちょっとこのままだと腐るなって思ってしまったので、
とりあえず死に滅裂ながら言葉にしてみました。今の自分の感じを。
はい、またまあちょこちょこ喋ろうかな。
30分ぐらい喋っちゃいましたね。
誰もそんなこんなところまで感想してないと思うんですけど、
ここまで走るというか、ここまでゴールしてくださった方がいらっしゃったらありがとうございます。
またそのうち発信しますね。
では聞いてくださってありがとうございました。
ちょっと涼しくなってきたんでね。
この日中との寒暖差などにやられないようにしてくださいね。
それにやられてるのかな私。なんかうつうつしてんの。
まあそんな感じです。
はい、ではまたいずれ。ありがとうございました。
またねー。
30:09

コメント

スクロール