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2026-01-20 18:45

元立ちと掛かり手の違い+五輪書


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サマリー

剣道の元立ちと掛かり手の違いを通じて、人生における選択肢の重要性について話しています。元立ちは相手を選べない一方で、掛かり手は自分の選択肢を持つ立場にあり、さまざまな状況においてそれがどのように影響するのかを考察しています。

剣道の元立ちと掛かり手
みなさんおはようございます。今日は朝6時から始まる朝稽古に行っておりまして、本日の先生のお話が非常に興味深いお話だったので、ちょっと共有させていただきます。
剣道にはね、元立ちと掛かり手というのに分かれるんですね。神座の方に立たれる先生方っていうのは元立ちって言うんですけれども、私たちはその先生に掛かっていくわけなんですね。
掛かり手側になるんです。先生がおっしゃるには、元立ちと掛かり手の最大の違いっていうのは、元立ちは相手を選ぶ権利は全くない。掛かり手は相手をいくらでも選べるということなんですよ。
どういうことかと言いますと、ひとたび元立ちになってしまったら、どんな相手が来ても対応しなければいけない。中にはやりたくない、こんな人と思う人も時々来るらしいんですね。
特に京都大会とか拝見してましたら、八段同士の立ち会いでもね、もう喧嘩のようになっている時がありますよね。
人生においても、これ全く同じようなことが言えるのだというお話で、元立ちの方の世界と掛かり手の方の世界というのに分かれていて、掛かり手は行きやすい先生を選んでいくわけですね。
もう行きにくい、対応が非常に困難な先生なんかを避けることができるんですね。就職にしてもそうですよね。ちょっとそこで非常に難しい方がいらっしゃったりしたらすぐ転職できちゃいますよね。
しかし一旦経営者の側の世界に格上げされるというんでしょうかね、そうなった場合に一旦採用した従業員をむやみやたらに切ることはできないですよね。そこは法律に則って慎重にやらないと、えらいことになりますよね。
どういう人が来るかっていうのも選べないですよね。そこのほしい大学に行っていろいろデモンストレーションすることは可能ですが、来ていただく人は来ていただいて初めてどうぞという感じですもんね。
苦手で嫌いそういうタイプが来ても自分のスタイルを絶対に崩さないことが鉄則らしいんです。
そこで熱くなって感情的になったりね、一喜一憂したりね、やっぱり若い時は先生もそういうことをされてたみたいなんですけれども、どんな階の者、どんな若い小さい子、子供であったり、どんなお年寄りであったり、どんな偏見であったり、むちゃくちゃでの方でもね、
きちっと自分のスタイルで対応しなければいけない。一瞬で仕留めなければいけないんですよね。
職場の選択肢
で、それができなかった時っていうのはどんな時かというと、っておっしゃったんですよ。勝ち負けに走ってた時だったそうですね。
で、その勝ち負けに走ってたっていう言葉を聞きましてね、今開催されてます発馬賞でのある親方のコメントを思い出したんです。
今日そのお話を聞きながらね、どなただったかちょっと忘れたんですが、稽古っていうのは勝ちに行くんじゃなくて、稽古をつけていただきに行くのだからっておっしゃったんですね。
で、私は稽古の時っていうのは、勝つために絶対三本勝負。で、一本目は初立ちは絶対に何があっても持って帰らなければいけないみたいなね、そういう風に思って稽古をしてたんですが、
稽古と試合とは違うと、稽古は稽古をつけていただきに行くのだからってその親方がおっしゃったんですね。
なるほど、横綱の稽古であっても、もう最後にはもう砂まみれになってドロドロになって、もう足ももつれてっていう感じですよね。そういうのが稽古だとおっしゃってたんですよ。
夫とも昨日話したんですよ。やっぱり下請けの仕事とかに入ったらね、いろんな人がいてて、もう全員があの人は苦手だと言ってるような人がいたりするらしいんですよ。
まあしかし、以前も申しましたけれども、私が嫌いな人を作っちゃって、もう大変なことになったことがあったんですよ。あまりにも大変だったので、近くのご住職様に相談に行ったんですね。
そうしましたら、嫌いっていうふうに言った瞬間に、その嫌いな人とカチッと語弁が結ばれる。
その上さらに、嫌いと認定した、その私の方ですね、嫌いと言ったその人の方に災いは起こると。これはなぜか分かれへんねんけど、そういうふうに決まってんねんとご住職様に言われました。
で、あるお医者様ですね、嫌いな人が頭の中から離れませんっていうご質問されてたんですね。
そうしましたら、そのお医者さんがね、それは当たり前ですと。嫌いな人を作ったらね、その人と同居してるようなもんだから、嫌いな人と同居するんですよって。許されますとか言って、もう耳を塞いでいやーの世界ですよね。
まあね、同居とか同棲っていうのは好きな人とするもんですよみたいなお話です。そしたらまあどうしたらいいんですかっていうことになりますでしょう。
ただ、その先生は嫌いっていうふうに思わなければいいんですよ。変な人に留めておいたらいいんです。世の中変な人いっぱいいらっしゃるし、自分と反りの合わない人もいっぱいいてるので、そういうふうにして間合いをとって冷静に対応すればいいんです。
まあそういう人もいいところはちらっとあるかもわからないし、こちらにもできてないところもあるかもわからないし、何も熱くなることはない。ただ、嫌いな人と自分が認定したら、その人との同居が始まりますよって。
だから、そんなの無理でしょ。
夫が同業者の方と話してたらしいんですよ。このお話は家に持ち帰らないようにしようねと。
そうするとき、うちの近所のご住職がこういうことをおっしゃった。挙句の果てにお医者さんも同じことをおっしゃってて、同居が始まるらしい。無理とか言って。
五輪の書の教え
まあそういうことなんでしょうね。だから、私が知ってます、剣道の稽古でも人生でも本当に同じで、てんてんとね、小さい頃に教室を変わってきた子どもがいるんですね。
私は小学校の時に剣道の経験がないので、少年剣道のいろんなことっていうのは経験がないんです。
自分の子どもがジュニアのサッカーをしてましたので、そこでは少なからずそういう経験はございましたね。
どんなコミュニティにもあることですけれども、ひとたびこちら側の世界に来たら、教室を選ぶとか相手を選ぶとか、そういう選択権はないのだと知りませんでした。
来た人の稽古を受けなあかん。しかもホイホイ稽古、はい来なさい、はいどうぞ、みたいな受けてばっかりのホイホイ稽古じゃなくて、真剣な三本勝負をしなければいけない。
だから、もと立ちに立った方の先生方でもね、めちゃくちゃな先生はいてる。掛かり手の方でも4段5段で立派な稽古をする人もいてるとおっしゃるんですね、先生はね。
だけど、そうだけれども、絶対的に言えることは、こちら側の人間は人を選べない。あちら側は選べる。ただそれだけなんだとおっしゃいました。私、非常に勉強になりました。
五輪の書なんですけれどもね、これもまたね、10項目目なんですよね。
影を動かすということ、読んでまいります。
こう、にらみ合ってる時ですよね。にらみ合った状態で遠間の時、どうしても相手にも隙がない、どういった戦法で来るかも見通せないみたいな、そういう感覚の時ですよね。
仕掛ける、仕掛けて、仕掛けるように見せて、向こうが出てきた、その瞬間的に出てきた、これで勝とうとしてるのかっていうのとは全く違う方法で勝てと。
そうですよね。それができたらね、思いますよね。
相打ちになるだけですよね。であれば向こうが振りかぶる前に小手を打ち落とすとか、胴を切っちゃうとか、五の線ですけれども擦り上げ技で勝つとか、打ち落とし技で勝つとか、打ち返し面で逆の方向から打つとかね。
そうすれば決まるんでしょうね。
1対1の戦いにおいても相手の発する強さの兆候を勝利の拍子によって抑え込み、相手がとどまった拍子に勝利を捉えて先手を仕掛けることである。
よくよく考えを巡らすべきである。
1対1の勝負においてもですね、相手の発する強さの兆候をこちら側の勝つ理論ですよね。
こちら側の勝利の理論のリズムによって相手を抑え込まなければいけないと。
相手が居着いたところですね、とどまった拍子というのは相手が居着いたときに自分の勝つチャンスを捉えて先手を仕掛けることである。
よくよく考えを巡らすべきである。
かっこいいですね。こんなところで先手を、先を考えられるんですね。
そういうことなんですけれどもね。
まあ、あちら側とこちら側、かかっていく方と受ける側、
高段者とそれ、高段者以外のものとの違いというのがね、
社会の中の仕組みを表しているということをね、
今日は知って驚きました。
そういうことです。
本当に何十年やってるか、本当にそう思います。
なんか同じような理論で動いてるんですね、この世の中ってきっと。
本当にね、少しずつそれが歳とともに分かっていくんでしょうね。
本当に。では今日はちょっと寒くなるそうですが、
皆様もどうぞお体を大切に、まだ寒い冬はちょっとしばらく続きますが、
暖かくしてで乗り越えていきましょう。ではごきげんよう。
18:45

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