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みなさん、こんばんは。今日は11日で、月並祭という、いつも月に一度だけ婦人会が集まるお祭りが、私ども神宮の方でございましてね。
それで、1月は新年会がついてくるんですね、その後。
今日は非常に寒かったんですが、月並祭が終わってから、新職さんの管理職さんと、それと私たちとでね、ちょっとお食事をいただくんですよね。
そこで、今日はお食事だけかなって思ってましたら、途中からカラオケのような機材が運び込まれましてね、そこは結婚式場になってますのでね、そういう施設は結構あるんです。
で、もう前回ご遠慮させていただいたのですけれどもね、前回も歌ってと言われたんですけれども、でももう今回は歌わなければいけないだろうと思いましてね。
で、何にしようかなと思ってたんですけれどもね、Xのラスティーネイルという曲を歌いましてね。
で、まあね、そのカラオケの伴奏はちょっと低かったですね、キーがね。
で、私はもうXのキーでいつも練習したりしてますのでね、もうそれでいいんですけれどもね、ちょっと低かったですね。
何しろね、どちらかと言えばね、低音より高音の方がね、出しやすいんですね、やっぱりソプラノなんでね。
そうしましたらね、スーパーフライのね、何でしたっけ、何か花束をどんどん、何でしたっけ、すみません。
それをね、1オクターブ高い音階で歌ったりするんですね。
で、普通の音階でもちょっと高めでも、まあどうにかこうにか出ちゃうんですね。
で、あれを1オクターブ高く歌ったらかなりきついんですけれどもね。
一番高いところが非常にきついんですけれども、どうにかこう喉を伸ばして、右にパッと首を傾けるんですよね。
そうしたらパッて出るんですね。
まあ出るうちに歌っておこうかな、みたいにね、思いますね、確かに。
ですのでね、ちょっと練習してみようかなと思ってます。
Xの次にはやっぱり、イエモンですね。イエモンの初期の曲。
あとはね、TMレボリューションの何曲か。
あとはね、とにかくね、有名なそういう曲でしたらね、きちっと伴奏の音源がありますでしょ。
でもね、クラシックばっかり練習してたらね、伴奏してくれる人を探さなあかんのですよ。
これね、至難の技なんですよ。
本当にね、そうなんです。
それでね、まあそういうお話はさておき。
そうなんですよ。だからね、練習するのであれば、カラオケに一人で行って練習した方がいいと言ってはいただいたんですけれどもね。
そのね、カラオケに一人で行ったことがないという私はね、どうしたもんかしらと思ってね。
なんかね、15年ぐらい前にみんなで集まったかな、みたいな。
そんな記憶しかないんですよね。
まあでもね、ピアノのレッスン室みたいなところにね、行ってもね、
まあそういうあんまりピアノがあるだけで、完全な母音でもありませんしね。
それに比べたら、やっぱりカラオケ屋さんというんですか、カラオケボックスというんですか。
そこはね、やっぱりあの、声楽を習っている者からしたらね、非常にいい環境ですよね。
たぶん楽器をされる方でしたら、どなたもそう思われると思うんですけれどもね。
崩れる瞬間の理解
まあ、そんなこんなで、次ね、7番目なんですけれども、蚊の巻の五輪の書ですね。
崩れを知るということ、というところに入っていきます。
読んでまいりますね。
崩れということは、物事にあるものなり、その家の崩れる、身の崩れる、敵の崩れることも、
時にあたりて、拍子に違いになって崩れるところなり、大分の兵法にしても、敵の崩れる拍子を得て、
その愛を抜かさぬように、追い立つること勧余なり、崩れるところの息を抜かしては立て返すとこ、あるべし。
崩れるということは、物事にあるものなり、どんな場合もそれぞれに崩れるときはあると。
家が崩れかける、自分の身が崩れかける、敵も崩れることもあり、
時にあたりて、拍子違いになって崩れるところなり、とありますね。
ピンチの時ということですよね。
大分の兵法にしても、一対一じゃなくて、大勢対大勢の兵法にしても、敵の崩れる拍子を得て、
その愛を抜かさぬように、追い立つること勧余なり、崩れるところの息を抜かしては立て返すとこ、あるべし。
崩れたときとか、拍子が崩れた瞬間とか、そういうときは、一気に行けということでしょうかね。
ちょっと訳文の方を読んでみますね。
崩れるを知るということ、衰え崩れることは何事にもある。
家が崩れる、己自身が崩れる、敵勢が崩れるというのも、その時にあたって拍子が合わなくなって壊滅するのである。
他人数の合戦においても、敵勢の崩れる拍子を捉えて、その瞬間を逃さないように追い立てることが大切である。
崩れる瞬間を見逃してはいけないということですね。崩れる気配を見逃すならば、敵が立て直すこともあるであろう。
そうですよね。ちょっとでも体勢が崩れたと思えば、一気に行けということですよね。
戦の技の重要性
その次、また一分の平方にも戦ううちに敵の拍子が違って崩れ目のつくものなり。
一対一の勝負においても、敵のタイミングが違って崩れ始めることがあると、そのほどを油断すればまた立ち返り、新しくなりて墓床ざることなり、
その崩れ目につき敵の顔立て直さざるようにに確かに追い隠るところを勧誘なり、追い隠るはすぐに強き心なり、敵立て返さざるように打ち返すものなり、
打ち放つということをよくよく踏めざるべし、離れざれば下るき心あり、工夫すべきものなり。
ちょっとここら辺難解ですね。一対一の対戦においても、薬文を読んでみます。
また、一対一の戦いにおいても、四つに組んだままになったと思ったならば、一文の兵法にも戦ううちに敵の拍子が違って、ここかな。
四つに組んだままになったと思ったならば、即座に、一対一の戦いにおいても、戦ううちに敵の拍子が合わなくなって崩れ目ができるものである。
その時をうっかり見過ごせば、相手は立ち直り、新しくなって、破壊がいかない。これがね、ここの破壊がいかないっていうのがちょっとわからない。
崩れ目につけ込み、相手が体勢を立て直さないようにしっかりと追い打ちをかけることが大切である。
追い打ちをかけることがまっすぐで強い有様である。相手が体勢を立て直さないように散々打ち据える。散々打ち据えることをよくよく考慮すべきである。散々に打たなければ緩んだ有様に陥る。考えを巡らすべきである。
薬分の方も結構難解ですね。結局、相手が崩れたときは徹底的に行かなければいけないということですよね。瞬間的に。
立て直す時間を与えるようなことをしたら、向こうが立て直っちゃうということですね。すべてスピードということでしょうか。
戦の技というふうに口酸っぱく武蔵はおっしゃっていますが、とにかく相手の頭を抑えるというか、出花を挫くというか、とにかく刀の勝負ですので、初立ちで決着がほとんどついてしまうと思うんですね。
市内で稽古しているから、私たちも悠長なことを言っておりますが、いざ試合でこの当時の日本人として生まれてきているのであれば、
現代に残る価値
稽古に対する心がけとか、勝負に対する考え方とか、きっと全く違ってくるでしょうね。全く違ってくると思います。本当にね。
ただ、柩道も剣道も、合戦とか勝負、真剣による勝負という部分を捨てて、それ以外のところに、
価値を見出しているわけなんですよね。どういうことかと申しますと、もう刀による勝負とかそういうふうなのは一切ない。
弓にしても合戦で馬に乗ったまま相手をめがけて弓を引くことはないけれども、それを捨てたとしても残るものがあるんですよね。残るものがあったから今まで続いてきているとは思うんですね。
それ以外に、諸作であるとか礼儀作法であるとか、そこに流れる精神性みたいなものが、それ以上の価値を持って存続しているんですね。
ですのでね、現代も昔に比べたら何にも価値のないものだというふうには思わないんですよね。非常に表現するのには難しいですけれどもね。
ちょっとまた私の言葉でまとめておきたいと思います。では明日はね、敵の身になるということっていうところに入っていきたいと思います。
敵になるということっていうのは非常に興味深いタイトルですので、楽しみにしております。ではごきげんよう。