では、今回のゲストは、お結び屋さんの矢野豪邦さんです。豪邦さん、よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
お結び屋さんのというふうにご紹介をしたのが人生で初でして、ちょっと嬉しい気持ちになりましたね。ありがとうございます。
ありがとうございます。ご紹介いただいて。
ありがとうございます。
矢野さんとは、ちょっと先、この収録始める前におしゃべりしてましたけども、おしゃべりするのがおそらく1年半とか2年弱ぶりぐらいでして。
ほんとね。
いつ、多分去年の頭とかかな。
割とでも暖かかったですよね。
まあでも確かに。長袖は着てたけど、ちょっと暖かかったような記憶がある。
うん。
それこそ、僕自身が、あれだな、妻と僕の写真を知恵さんに1回撮ってもらったんですよね。
そうですね。
その写真、今も家に飾ってます。
ありがとうございます。
まだ飾ってくださってるんですかね。
まだ飾ってます。
お結婚記念もね、撮っていただいて。
そうなんですよ。
本当に嬉しいです。
ありがとうございます。
今もね、時々ね、スマホのほら、ビジェット、画像のビジェットで、時々、何て言ったらいいかな、図紙海岸で、僕と妻が浜辺、砂場にいて、秀さんが車道側にいて、上から下を撮ってくれてるみたいな写真を1回撮ったんですけど。
あれが時々ビジェットに上がってきて、秀さん元気かなって時折思ってたんですけど。
写真をきっかけに思い出してくださいね。
そんなちょっと心もありながら、今日こうやってお久しぶりですね。話せるのとても嬉しいです。ありがとうございます。
ちょっと秀さんに自己紹介もお願いできたらなーみたいなことを思っておるんですが、お願いしてもよろしいでしょうか。
はい、いやもう自己紹介が一番苦手と言っても過言ではないんですけど。
矢野秀国と言います。大阪生まれで、大学で東京に出たんですけど、5年くらいマーケティングの小さい会社で働いた後に、
ひょんなことから全てを手放すというか、お仕事とか、その時鎌倉に住んでたんですけど、
いろんなことをリセットするタイミングが26歳くらいの時にあって、そこから日本一周の旅したり、台湾とかも一周したり、旅人に急になっちゃって。
暮らしの中に、農業じゃなくて、小さな農を取り入れる人たちの元を渡り歩くっていうちょっと不思議な旅だったんですけど、
そういう人たちの暮らしの中に入って、ほんと1ヶ月2ヶ月くらい一緒に暮らして、
なんだろうな、ほんと一緒に畑をしたりとか大工仕事したりとか、そういう仕事みたいなのを実践的に学びながら暮らしながら、
合計で2年半くらい旅をして、やっぱり暮らし、いろんな暮らしに触れてると自分も暮らしを作りたいなっていう意識に変わってきて、
後半は自分の新しい拠点を探すような旅に切り替わって、これまたご縁があって、今鹿児島の湯水町、湧水って書いて湯水町っていう地域に暮らしてるんですけど、
そこの地域の人たちと出会って、本当に根を下ろしたというか。
5月にこの地域の人たちと出会ったんですけど、気づいたら1年半経ってて、今年の2月くらいには地区90年くらいの小民家を購入させていただいて、
そこを地域の交流スペースみたいにしようって黙論でたりとか、
あとその地域は米どころで、お水はすごい美味しいし、米もめちゃめちゃ豊作だったり、米どころって言われてるんですけど、その地域の米を使っておむすび屋さんを開きたいなって去年思って、
今年の9月に実際に営業許可を取ることができて、おむすび屋さんとしても歩き始めたっていうところで、他にもいろいろやってたりするんですけど、ざっくりそんなことをしています。
なるほど、ありがとうございます。
こうやって久々にお話しして言うのもなんですけど、知らないことばっかりでしています。
ですよね。
そうですね。
サルビジネス版でいろいろ。
そうですか。あれ、もだいその図書館で写真撮ってもらったときは、あれは旅の途中でしたっけ?
あれはですね、そうですね。旅を始めて何ヶ月か経ったくらいのときだったかもしれないです。
ですよね、ですよね。
うんうん。
そうだそうだ。今なんかお話がなっている中で思い出したんですけど、そうですよね。ひでえさんは確か、あいちゃんから紹介でしたっけ?
あ、そうですそうです。あいちゃん。
ああ、そうだそうだ。まあ、それだけ言うと何のことかわかんないと思うんですけど、僕の学部時代の、学生時代からの友人で、多分そのあいちゃんに、なんだっけな、確か結婚おめでとうみたいなLINEだかインスタか何かで連絡が来て、
なんかちょっと、ひでえさんって人がいてねみたいな、写真撮ってもらうといいよみたいな感じで、言ってもらって、あ、いいの?みたいな感じで。
うんうん、今私がジェットするよみたいな感じですね、確か。
はい、そう、それでお会いしたっていう、なんか突然発生したありがたい流れみたいなので、
そうですね、今度も見つめてくれたのがあいちゃん。
そうでした、そっかそっか。ちなみに9月におむすび屋さんを始めたよと、許可が取って始まったよっていう感じでおっしゃってましたけど、それはあれですか、もうその流水町の中で店舗みたいなものはもうあるんですか?
いえ、店舗はなくて出店型というか、
あーなるほどなるほど、はいはいはい。
これからなんですけど、イベントにとかマルシェとかに出したりとか、今やってる形はあの最寄駅の前でテーブル、テントを出して出すっていう形です。
なるほどなるほど、そっか、え、なんかもうどこから聞いていいかわかんないぐらい、すごい興味津々なんですけど。
ちょっと本題入る前に聞きたくなっちゃったんで聞くんですけど。
はい、ぜひぜひ。
おむすび屋さんは確かにお米がおいしいっていうところかもしれないけれども、
例えばこれは何て言うんですか、僕が例えば生まれた場所は秋田県の一番北の野代市ってところなんですけど、確かに秋田県なのでお米どころではあるんですよ。
でもなんかお米どころに生まれたし、それを食べて育った身としても、特におむすび屋さん、おにぎりを結んでお店をやろうって思ったことは人生の中で一度もないなーみたいなことがあって。
あんまり思わないですよね。
秀さんがそれを選択されて、選択した上でもすでに始めているというのは、なんかどういうところからそのお気持ちというか感覚はやってきたんですか。
そうですね、なんか理由とかはいっぱいあげようと思えばあげれるんですけど、
はいはいはい。
ほんとなんか、秀くんおむすび屋やったらって言ってくれた友人がいて。
なるほど、そういう風に言ってくれた人がいたんだ、なるほど。
そういうのやるわみたいな感じだったんで。
そうなんだ。
でも遡るとなんかいろんな羽は確かにあって、18年前におむすび屋さん作りたいなと思ったことがあったんですよ。
あ、そうなんですね。
そうなんです。
友人と一緒に。
それは結局実らなかったんですけど、
うんうん。
うんうんうんうんって思ったことがあったり、なんかちょっと不思議に思われるかもしれないんですけど、おむすびに値段をつけてなくて僕。
へー、値段無しなんだ。
たぶん秀が値段をつけるっていうスタイル。
あー、なるほどね。
実験をしたくて、普通は商品ってすべて値段がついてるけど、つけなかったらどういう巡りが起きるんだろうなーっていうのを見てみたかったっていうので、
で、おむすびっていうのは、おむすびめっちゃ苦手って人ってあんまり聞いたことないし、老若男女食べれるし、
まあ確かに確かに。
なんかいろんな季節の具材とかを掛け合わせる余白がすごい多い。
日本人としてのソウルフードだったりするしっていうところで、
で、米どころだし。
へー。
いっぱい重なって、あ、これだって思って、今だって思って始めた。
なるほど。
はい。
そうなんですか。
いやなんか、それ聞くだけですごく聞いたいこともあればシェアしたいことも発生してきちゃったんですけど。
あー、ぜひ。
すごい、どんどん本題からずれるんだけど。
僕のこのやらせてもらってる読書のまにまにでフォトキャストの何回前かな、とかに三浦さんっていうアーティストが出てくれていて、
彼はアーティストと言っているのと同時にフォトキャストだからとアーティストのフリをしている人っていう肩書きでお願いしますみたいな感じで出てくれて、
アーティストのフリをしている人の三浦さんですみたいに紹介をした人がいるんですけど。
へー。
その人今近いんじゃないかな、宮崎にいるのかな。
宮崎のどこだったかな。
その人も全国旅しながら唐揚げをあげて、唐揚げを配りながら旅をするっていうのを一時期してた人で。
別にそこに値段つけてもらうとかじゃなくて、あとは基本寄付みたいなもので生き延びるみたいな、社会実験としてずっとされていて、今は最近はそうじゃないんですけど。
はいはいはい。
なんかちょっとなんていうんですか、ひでさんと三浦さんがあったら楽しそうだな、それを横目で見たいなって一瞬思っただけの話なんですけど。
何かチンパチン感じますね。いずれ出会いそうな気がしますけど。
あるかもしれないですね。
はい。
いやいいな、なるほどな。
ちなみにそんなおむすび屋さんを始めたひでさんなんですけれども、実際なんか今そこの有水町っていう、湧水と書いて有水っていい名前だなって思いながら聞いたんですけど、
その鹿児島の有水町にたどり着いて、そこに根を下ろしたのはご自身にとって何かどんな意味がありそうなんですか。
そうですね、おじいちゃんが鹿児島の人で。
あ、そうなんですか、なるほど。
鹿児島の人なんですけど。
へえ。
やっと見つけたみたいな感覚があったんですよね。
ああ。
うん。
そしたらあれよあれよという間に、ここ住んでいいよっていう場所が見つかったり、今の家じゃないんですけど。
うんうんうん。
で、お仕事もここで働けるよみたいな福祉の施設があって。
へえ。
そこで今も働いてるんですけど。
あ、そこなんですか。そうなんですか。
うんうんうん。そうなんですよ。
なるほどね。
うん。
ああ、そっか。
なるほどね。ちなみに、すごい興味があるんですけど、そういう場所を探していたって言ってくれたじゃないですか。
はい。
それはなんか、どういう場所を探したんですか。
そうですね。なんて言うんだろうな。
割と、ほんと自然を愛する人たちが多いというか、僕のつながりのある有水町の人たちは。
はい。
その土地をすごい大切に思っていて。
うん。
で、自分たちの暮らしから、なんていうのかな、ほんと丁寧に暮らしている人たち。
はいはいはい。
そういう人が多くて、ちょっと感覚的なやつなんですけど。
うん。
で、ご質問何でしたっけ。
いや、なんか、そういう場所を探していたっていうのは、なんかゆうさんにとってそういう場所を求めていたのはどういうところ、どういう気持ちだったりどういう感覚から出たのかなっていうのが興味がありました。
そうですね。今湧いてきたのは、みんな家族みたいな感じで。
ああ、はいはい。
全体の在庫のお家みたいな感じでやってるような、そういう場所。もちろん全員が全員じゃないんですけど。
うん、なんかそういう血のつながりを超えた家族感みたいなのがある地域がいいなと思ってたんで。
なるほどなるほど。
うん。
ああ、そうなんだ。
ですね。そういう世界観に触れたのが、なんか10年ぐらい前で。
ああ、10年前。はいはい。
10年ぐらい前の時に、渋谷で面白い人たちがいるよって友達に紹介されて行ったんだって。
で、SHIFTって言うんですけど。
うんうん。
C-I-F-Tって書いてSHIFTって言うんですよ。
はい、SHIFT。
うんうん。
もうほんといろんな世代の人たちが、赤ちゃんからおじいちゃんおばあちゃんまでが、
えー。
拡張家族っていうテーマで。
ああ、はいはいはい。
で、仕事も暮らしも分かち合って生きてるっていうのを聞いて、
人たちに会いに行って、
で、うわ、こんな人の暮らし方とかつながり方とか生き方があるんだっていう衝撃を受けたのが結構原点だったりしますかね。
ああ、なるほど。
うん。
私、なんか拡張家族でSHIFTっていう、なんかちょっと記事とか読んだことあるような記憶があります。
あ、ほんとですか。
うん。
うんうん。
なるほどなー。そうか、そういう感覚からやってきてるんですか。
ですねー。
なるほどー。いやー面白いな。ちょっとなんかそこら辺の拡張家族みたいなところ、
まあ今の有水町にも近しいというか同じものを感じらっしゃるのかもしれないけど、
ちょっとまた後ほど聞いてみたいなと思いつつ。
はい。
そろそろだんだん本の話にも入ってみたいなーみたいなことを思っておりまして、
まあ今回この番組で、ドキュメントのまにまにんで、
まあ読みかけの本を一つ、二つみたいなことをお話をしておりましたけど、
なんか秀さん的にはそんな本みたいなのって思い当たりはどんなものがありましたか。
そうですね、あのー、この本知ったのは何年か前なんですけど、
最近やっと初めて手に取れて、
あ、へーそうなんだ、なるほど。
読み始められたっていうのが、福岡正信さんという自然農法家の方の書いた
「わら一歩の革命」っていう本なんですけど、
その人の反省を綴ってたり、
科学的な農業がいかに違う方向に歩んじゃってるものかっていうのを、
本当、いろんな視点で書いた、書かれた本なんですけど、
福岡さんの言葉が本当に響いてくるものが多くて、
ちょっといくつか紹介できたらなと思ってます。
なるほど、ぜひぜひありがとうございます。
ちなみにちょっとこれ先に聞いてみたくなっちゃったんですけど、
数年前に知って手に入れたのは最近っておっしゃってたじゃないですか。
数年前に知ったのはどういうきっかけ、流れでこの本、福岡正信さんの本に出会ったのか知ったんですか?
ちょっとはっきり覚えてないんですけど、確か旅をしてる中で、
自然農法やってる方も何人もいたんですよ。
その人たちがバイブルとしてたのがその本っていうことがあって、
気になってたんですよね。
でも結構分厚めなんですよ。
へーそうなんだ。
暗号本で、
気になってるけどなかなか触れる機会がないみたいな時が長くて、
でも今年か、
今年その隣町に桐島っていう地域があるんですけど、
その温泉でその本が置いてて、
竹じゃなくているとかじゃないんですけど、
読みたいってすごい思って、
あったって思って、その温泉の人にこれ貸してくれませんかって言って、
借りて読み始めたという感じですかね。
なるほどー。
え、試合するってずっと借りてる状態なんですか?
あ、一旦返したんですけど、また借りたいなと思って。
へー、なるほどなー。
すごいですね、数年前だ本。
でも読んだり手に取る機会がなかったけど、
住んだ隣町の温泉でまた見るみたいな。
それでまたそれを見て思い出すっていうあたりやっぱり、
何かしら指定さんの中でその本が何か残っていたりしたんでしょうかね。
そうですねー。
なんかその本じゃなくても福岡正信さんの言葉みたいなのに、
なんかいろんな機会で触れることがあって。
あ、そういうのがあったんですね、なるほど。
まあいろんな言葉あるんですけど。
どういうのがあるんですか、例えば。
例えばなんか無意っていうこと。
はいはい。
無意ですね。
はい。
何もなさないっていうことをやってる人なんですよ。
へー。
普通にみんなちょっと言い方になっちゃうんですけど。
なんかもともと研究者の方で、
25歳までバリバリみかんの細胞とかなんかいろいろそういうのを
研究されてた方なんですけど、
25歳ぐらいの時にご病気をされて、
今までやってたことが全て無意味だったっていうことを悟ったらしくて。
へー。
で、実は人間がやれることって本当にごくごくわずかで、
へー。
自分をコントロールしようとかっていうこと自体が
もうなんか間違ったことなんだっていうことに気づいちゃったらしくて。
へー。
それからは何をしていくかよりも何をしていかないかに
人生の。
なるほどねー。
向けて、いかに何もせずに生きていけるか豊かに
っていうのをずっと研究された方なんですよね。
で、62歳の時にその集大成となった本が
わら一本の革命っていう
はー。
本だそうで。
なるほどねー。
いいですね そうそうそう
俺がなんか力が抜けてていいなぁって いいなぁいいなぁ
なるほどね ちなみにそのイエーさんがさっき言ってくれてた
何をしていくのかよりも何を何もしていかないかに人生のベクトルを向けるっていう
この福岡さんのお話紹介してくれてましたけれども
この方の話だったり本の内容に秀さんが何か共鳴するというか
ポジティブないいなぁって思う気持ちを持つのって秀さんの中にどんなものがあるからな気がするんですか
なんでしょうね
なんか 思い出すことが10代ぐらいの経験なんですけど
はい お父さんが結構社会に馴染むのが難しくて
おーほいほい みんな仕事をてんてんとしてた時期があったんですよ
で 新しい仕事始まっても数ヶ月後辞めちゃうみたいな
でも僕兄弟3人なんですけど 家族を養っていかないといけないみたいなことでめっちゃ頑張って働いてた時期があって
お父さんが 大きな病気こそなかったんですけど
なんか本当にめっちゃストレスフルに働いてるのが子供もわかるし
なんか見てて辛かったんですよねそれが
で 例えば取引先の人とお父さんが電話した後に
電話を切った後に相手の取引先のことをすごい悪く言うみたいな
なるほどな はいはいはい
こういうのがなんかすごい悲しかったし嫌だったっていうのがあって
なんでそんなに身をこにして働かないといけないんだこの社会は みたいな
あー なるほどね
とかに
で お父さんのすごい仲の良かったご友人がいて
僕もちっちゃい頃からお世話になってたんですけど
この人が 僕が中学生ぐらいの時に亡くなったんですよ
その原因が過労死で働きすぎて亡くなっちゃったっていうことがあって
その時は その時で本当ショックだったんですけど
何年も経って思い出した時に
やっぱり
なんか働かないと生きていけない
自分の身を犠牲にしてまだ働かないと
家族養えないみたいな構造が
なんかすごい歪に感じてやっぱり
でなんかそういうのって
なんだろう 多分日本だけじゃなくて世界中で
男のみんながお金のために働いて
自分の健康とか時間を犠牲にしたりして
なんとか生きてるみたいな状況がもう
なんていうのかな 自分の中で受け入れられないというか
ちょっとみんなで支え合っていけたらいいんじゃないかなって
なんかお子さんいる人は
なんだろうな お子さんとの時間を大切にできる
とか例えば
ほんと郵政庁もシングルマザーの人とか多いんですけど
自分の周りとか
お子さんもいて
パッて頼れる人もそばに少なくて
でも生活費稼いでいかないといけないからみたいなことで
めっちゃ頑張って働いてる人もいて
なんかその
無理しないと回らない仕組みみたいなのが
すごい違和感というか
そうじゃない働き方生き方を
みんなでやりたいなっていうことを思ってるから
なるほどね
そうかそういうご経験があったんですね
そうですね
なるほどなるほど
なんか今の聞きながらも僕の中でもなんかちょっと共鳴するところがあるな
みたいなことを思っていて
何かっていうと
最近娘が生まれたんですよ
2ヶ月前ぐらいに
で今僕育休中なんですね
なので仕事というもの自体はしていない状態で
国から育休のお金をいただくみたいな感じで生きている感じなんです
その状態ってなんか今言ってくださった
働くために
お金を得るために働くみたいな側面を一旦切り捨てて
これまで払ってきたいろんな保険料とかをひっくり返す上で
その中からお金をまたいただきながら生きているみたいな感じの日々を過ごして
毎日その妻と娘と一緒にいるみたいな生活をしている中で
なんかあのなんていうんですか
単純に子供育てていくというか
育ててもらっている感じはあるんですけど
その生活だけでも結構大変だったりする中で
確かに何かこれで働いてって本当に大変なんだなみたいな
こととかをめちゃめちゃ思って
親だけで育てするのも難しいし
やっぱチーティーだったり
いろんな人たちと一緒になってやっていくみたいな
やっぱり必要だよなーみたいなことがすごく思っていたので