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2025-11-10 30:04

#69 『わら一本の革命』ーーなぜ人類はいまだに毎日を遊んで暮らせないのか? | ゲスト・お結び屋 / 矢野豪邦 さん

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前回に引き続き、お結び屋さんを営む矢野豪邦さんをお迎えして、“読みかけの本”について語り合います。
 
【今回のゲスト】

お結び屋 / 矢野豪邦さん
1995年大阪府生まれ。東京のデジタルマーケティング企業で5年勤めたのち、2021年より日本と台湾をめぐりながら、有機農法や自然農法、小さな農のある暮らしに触れる旅へ。約3年の旅を経て、2024年に九州の丹田・鹿児島県湧水町に辿り着く。現在はおむすび屋、デザイン業、福祉業、音楽などの小さな生業を組み合わせて、無理のない暮らしの実践と研究を重ねている。
 
【登場した本】
『わら一本の革命』福岡 正信

サマリー

このエピソードでは、社会システムデザイナーの視点から家族の経済的なやり取りとその影響について考察しています。拡張家族の概念を通じて、何をするかではなく何をしないかの選択が人生に与える影響を探っています。さらに、辞めたことの大切さとそれによって残る本質的な発見についても語られています。このエピソードでは、人類がなぜ毎日遊んで暮らせないのかという問いを中心に、時間の使い方や豊かさの本質について考察しています。矢野豪邦さんとの対話を通じて、遊ぶことの意味や心の余裕を持つ重要性について掘り下げています。このエピソードでは、自分の豊かさの尺度について考え、家族や地域とのつながりが豊かさに与える影響について語られています。特に、新たな家族の誕生が豊かさの感覚をどのように変えるかに焦点が当てられています。

家族の経済的な関係
ある友人が言ってて、その人は社会システムデザイナーという方がいて、
ほんと畑やったり、企業のコンサルティングみたいなことをしたり、いろいろやってる面白い人なんですけど、
その人が今の経済みたいな話をするときに言ってて面白かったのが、
お母さんが例えば家族にご飯を作るとするじゃないですか。
で、お父さんが美味しかったって言って、毎回500円とか払ってたら、お母さん怒りますよねっていう話をしてて。
そこに確かにお金はかかってるかもしれないけど、
それを、そのやってもらったことを数字に落とし込んで、そこで交換をしてしまうことで、
育ててしまう何かがあるから、お母さんは多分怒ると思うんですよね。
いや、これ別にサービスでやってないからみたいな。商品じゃないからみたいな。
そこにお金がかかってるからというよりは、
その人のことを思って動いた人がいるから、ご飯を作ったり食べたりっていうことが起きてるだけで、
それは家族だからですよね。
拡張家族の視点
確かに確かに確かに。
だから家族の境界線をもっと広げたら、
何かそういう本当の経済みたいなのが広がっていくんじゃないかなと思って。
なるほど。
拡張家族っていうところにピンときてるんだと思います。
なるほどな。家族を広げるか。
ちなみにさっきの福岡松信さんの話の中での話をちょっと今の話を見逃しをふと思い出したんですけど、
何をしていくかよりも何をしていかないかに人生のベクトルを向けるっていう話。
で、なんか拡張家族をしていった時に、なんかそれこそそのなんて言うんですか、
とはいえその場所でみんなで拡張された状態の中で生きようとした時に、
誰かの何かを一緒に手伝ったり喜んでやっていくみたいな、
何かをするっていうことももちろんたくさん発生するだろうなって思って、
読みながら聞いていて、やっぱなんかどういう状況?
それはお金を直接的に稼ぐという場所に生きている人も、
仮に拡張家族の中で本当にお金とかじゃなくていうところでやってる人だとしても、
やっぱ何かをするということに意識が向いて、気がついたら向いてしまうっていうのはやっぱ
人としてやっぱ普通にしちゃうよなーみたいなことを思いながら聞いていたんですよ。
辞めたことの重要性
何をしていかないかってやっぱすげー難しいなーって言いながら思ったんですけど、
ひえさん的に何をしていかないかってことに意識を向けた時に何か感じることでどんなのがあるんですか?
そうですね。何だろう、確かに難しいんですよね。
僕でいうと就職をしたことがないんですけど、
見ようと思ったことはあって、でもできなかったんですよね。
面接まである企業の面接まで行ったりしたんですけど、
突然連絡が途絶えてしまったりして、相手の会社との。
何か結果的にできなかったんですよね。
これ別にちょっと結論があるわけじゃないんですけど、
何かほとんど大学の同期とかを就職する中で、
やろうとしてもできなかったっていうのがあって、
それから僕の中の自然な選択を選び続けた結果が今ここにあるんですけど、
やっぱり東京とかで働いてる友人からすればかなり変わってるっていう認識だったんで。
僕の中で本当目の前にある自然なことだけを選んだんですよね。
その結果、してないことがいっぱいあるっていう。
どっから見るかで何をやってないか、何をやってるかっていうのが見え方変わると思うんですけど、
多分自分でも認識してないだけでやってないこといっぱいあるんですよね。
それは来たもんじゃないですか。
同じで。
なるほどね。はいはいはい。
なんか言葉で取るとちょっとややこしくなっちゃうんだけど、
自然なことを選ぶっていう感じですかね。なんか僕なりにいい感じ。
そしたらみんながやってるからやるみたいなことは減っていくのかなっていう。
確かに。
なんか今のを聞いていると、僕の好きな作家さんの話をちょっと思い出したんですけど、
作家さんは詩人なのかな。
もう亡くなってるんですけど、
おさらひろしさんっていう詩人の方がいて、
長い田んぼにおさらひろしさんって方がいて、
その方が書いているどの本だったか忘れちゃったけど、
彼が人生の中で今やっていることみたいなのを書いてる。
それはエッセイかな、みたいなものがあって、
それ読んでるときにすごく印象深かったのが、
人生は辞めたことでできているみたいな話を書いていたんですよ。
彼は大学を出てこういう仕事をして、
例えば煙草を吸っていたりしたみたいな。
ずっと煙草好きで吸っていたりしたんだけど、煙草も辞めていったりしたと。
それは体調的に問題があったりとかして。
大体何かを始めるんだけど、人は大体すべてのことを辞めていくと。
でも、すべてを辞めていった結果、残ったものが自分が本当にやっていることであり、
それ以外は別に何もしていないみたいなことを書いていて、
彼が言ったのは、結局すべて辞めていったんだけど、
残っていったのは文字を書くということと話を聞くことだけでしかないんだみたいなことを書いていて、
なるほどなーって朝抜きすごく思ったんですよ。
確かに。
引き算ですね。
辞めたことってすごいたくさんある。
たぶん気づいていない範囲を引っ込めてすごいたくさんある。
意外とその辞めたことをちゃんと自分の中で認識ができていったときに、
こそついに自分が辞めないこと。
それこそさっきひでさんが自然にやるみたいな言い方を教えてくれてましたけど、
たぶん自然にやっていること以外全部辞めることになってくるかもしれない。
うんうん。
みたいなことは、なんか今の話しながらおさらさんの文字を言葉を思い返したがちょっと覚えましたね。
うんうんうん。
なんか詩人つながりで言うと、吉本バナナさんっていらっしゃるじゃないですか。
これもまた本の話に戻るんですけど、
すごいタイトルが好きな本があって、ちゃんと中読んでないんですけど、
違うことをしないことっていう本があって。
へー、違うことをしないこと。
違うことをしないことってめっちゃ深いなと思って。
うんうん。
ちらっと冒頭だけちょっと読んだら、文章、吉本バナナさんは文章をそういうふうに書いてるらしいんですよ。
なんか、この言葉、例えば助詞とかがちょっと違うなとか、
なんかこの書き方違うなみたいな、
違うことを排除していった結果文章がいつも生まれるらしいんですよね。
なるほど。へー面白い。
吉本バナナさんのリズムだったり、世界観って、
実はその世界観を出そうとして書いてるんじゃなくて、
辞めていった結果できてるっていう。
へー。
それも通せる部分あるなと思います。
あー、それ面白いっすね。
自然なことを選ぶっていうのもある意味では、違うことを選ばないっていうことなのかなーって今。
面白い。
違うことを選ばないか。
じゃあそれ読んでみよう。ありがとうございます。
読んでみて。
なるほどねー。
とか、いいなー。
あ、もう一個なんか自分がやってないこと思い出した。
ぜひぜひ。
時間の余裕があるからって、稼ぐことに時間を使わないってことですかね。
ですかね、なんか。
面白い。
ね、なんか生活していく上では、お金をあった方があればあるほどいいみたいな風潮があるけども、
実はいろんな時間の使い方があって、
例えば僕何するかっていうと、散歩したりとか、友達とご飯食べたりとか、
あとなんだろうな、何してるかな。
ほんと子育てお手伝いさせてもらったりとか、友人の。
友人がちょっと大変そうだったんで、温泉に子供たちと行って、子供たちを温泉に入れるみたいなことしたんですけど、
タイミーとかでアルバイト探して働くより全然豊かさを感じるし、
思い出せないところで、自分がやったことが返ってくるというか、
この前ありがとうねって言って、ご飯今日も食べようって言って誘ってくれたりとか、
そういう循環が、やっぱ普通のアルバイトするだけじゃ起きないじゃないですか、そういうこと。
それは辞めてることが一つだなと。
なるほどねー。確かになー。
稼いごとに時間を使わないか。
うん。何百分もなくないというか。
それこそお金があればあるわけいいみたいな、社会の風潮っぽくあるってさっき言ってくれてましたけど、
それこそさっきちょっと名前出した、アーティストのフリをしていると言ってくれていた三浦さんって人が、
昔言ってたのをちょっとふと思い出したんですけど、何年前かな。
極力お金はできる限りゼロに近づけるように頑張ってるっていう。
銀行口座とかって、銀行口座という文字でマイナスっていう概念ないじゃないですか。
あれはプラス側しかないんですけど、あれをできる限り本気でゼロに近づけるっていうことをすごいしてるんですけど、その時はね。
面白い。
っていうのを昔聞いて、それめっちゃ面白いなみたいな。
だからちょっとでも余剰があったら、それは誰かに対してあげる唐揚げにするっていう。
確かにそこの増えたらいいっていう、その数字がある意味が、なんていうんですか、幸せのKPIみたいな。
本当にそうなのかって言ったら、そこは確かに恋を持ちたいところですよ。
面白い。それを余剰唐揚げに変換してやってるんですね、外に。
やばいですね、めっちゃ面白い。
面白いですよね。
実際なんかやっぱりウェルビーイングみたいな幸福感みたいな研究範囲でも、別にお金の高はそんなに幸福感に影響しないっていうか、逆に多くなれば多くなるほど好感が増えるみたいな研究もあるぐらい。
やっぱりそういうものなのかもしれないですよね。
一時的には安心したりとか。
そうですね、それは本当に。
人類の遊ぶことの問い
今度はそれをキープしなくちゃいけないとか、奪われないようにしなくちゃいけないみたいな意識が始まっちゃう感じがする。
だからといって凄まじい借金に終わり続ける生活が幸せかというと、それは確かに違うだろうから、それなりにそういうのはなくした方がいいのかなと思ったりはするけど。
何らともあれいびつですよね。
金銭的なシステムをベースにした暮らしだけっていうのは、なかなかいびつなゲームをしてるなというか。
収録始まる前にひでさんが言ってくれたのを今ふと思い出したんですけど、なぜ人類は未だに毎日遊んで暮らせないのかっていう話をしてくれたじゃないですか。
新百姓か、雑誌。
これどこ行ったらあるのかな、あれですよね、独立系の書店とか行ったらありますよね。
そうですそうです。あんまりなんだろうな。
大きい本屋さんじゃないですよね、あれって多分。
そうですね、あんまり置いてないんですよね。
新百姓の話を収録始まる前にひでさんがしてくれていて、僕どこだったかな、京都だったかなとかで本屋さんとか買ったような気がするんですけど、
家に2冊ある気がしていて、僕もなぜ人類は未だに毎日遊んで暮らせないのかっていう問いを見たなって記憶があるんですけど、ひでさん的にはなんでだと思うんです。
なんででしょうね。それを多分すごい10年ぐらい探究してるんですけど、なんなんだろうね。
僕もさっきみたいな話をしながらも、すごい余裕なくなるときあるんですよ。あ、もっと稼がなきゃみたいな。
それは生きてたらありますよね。
めっちゃ忙しくなったりとか、心の余裕がないときにこそ、なんていうのかな、思っちゃうことが、自分と人の喜びのためにやってるはずなのに。
お金に変わらないから、自分にも相手にも腹立つみたいな。なんのためにやってんねんみたいなことになったりするんですよね。
心の余裕を作ることなんでしょうね。
せかされちゃうというか、どうしても。周りの情報とか。
せかされちゃうか。
せかされちゃうんですよ。
なんでなんだろうな、その答え知りたいです、本当に。
毎日遊んで暮らすのかって思ったときに、別にそれに直接的な答えじゃないんですけど、自分でちょっとふと自分の体験としてよくしちゃうことを思い出したんですけど。
娘が生まれてからじゃなかなかないんだけど、その前とかは結構余白のある一日、あとはお休みとかに、今日は一日すごいゆっくりできるぞって言って、
僕は結構本読んだり映画見たりするのが好きなので、じゃあ午前中は映画見に行って、午後はこのカフェでこの本をいくつか読もうみたいな、と思ったりするじゃないですか。
結果的にそれをやってみて、夜になってみたら疲れてるみたいな。
本当は遊んでいけるはずなのに、やることを増やしていって、結果的にやることの消化に意識が向いて、あんまり何かが進んだ気もせず、なんだろうなーみたいなことを結構あったなーみたいなことを思うし、
実際この読書のまにまにってポトキャストも結構そういう感覚からきてるところもあって、読みかけの本って言ってるのも、
一周本を読んだらそれは本当に読み終えたということなのかっていうのは問いとしてあるなーと思っていて、
別に1ページから最終ページまで目を通したからといって読み終えたかで言うと、意外とそれを読み終えた瞬間に何も覚えてなかったりとか、
逆に覚えていることが本当に大事なことなのかって言うと、それはそれでなんだろうなーみたいな気もするし。
そこも本質じゃない気がしますよね。
いっぱい読んできたからといってなんなんだっていう。
そうそう。
消化すること、終えることに意識を向けるということは本当にそれで幸せなのかみたいな。
高いですね、それってね。
遊んで暮らすみたいなのも、これをやって遊ぼうと決めてそれを終えることに向かっていくとすると、あんまり結果的に遊んでないような気がして。
そうですね。
たとえば人類が全員遊んで暮らすことができたとしても、なんかそれが目的じゃないですもんね。
遊んでるけど楽しくないとか豊かさがないみたいになったら多分意味がないし、
それだったら普通に働いて幸せを感じたり、豊かさが増える感覚を味わったりする方がいいってなるもんね。
そうですね。
遊びの本質と豊かさ
言葉の奥にいつも本質が隠れてるというか、言葉自体は位置表現でしかないというか。
なるほど、確かに。
そう思うとですよ、たとえば学校、子供でいうと学校もそうだし、学校じゃなくても高学校の公園とかでもいいんですけど、
昼休みが25分ありますとか、外で行って遊びましょうみたいなコーナーやアナウンスが流れたりするじゃないですか。
高学校になると友達と公園行ったり、あとまた親と一緒に行って、たとえば何時までに帰ってきてねとか、
何時までだよって言われてブランコで遊ぶみたいなのがあったりするじゃないですか。
ああいう何時までだよって言われてする遊びが本当に遊びなのかっていうのが気になりました。
なるほど、なるほど。
本質的に遊んでおらず、その時間が終えるまで何かしら時間を消化してる方向に無意識で行かないかっていう。
パスクみたいなもん。
そうそうそうそう。
それこそさっきジャマさんが言ってた、コーヒー飲んだり、たとえば本読んだりとかがパスクになった瞬間に何かずれますもんね、何かが。
ずれますよね。
でもやらなくてもいいはずなのに、それが目的になった瞬間にずれてしまう何かが。
まあ、そもそも遊んで暮らすっていうことを考えて、同時に時間軸っていうものを同時にどう捉えるかを結構考え進めないと、
なぜ人類は未だに毎日遊んで暮らせないのかっていうのは考えきれないというか。
時間軸っていうのはどういうことですか。
この時間までに遊ぶとか辞めるとか、そういうのが決められていることが本当に遊ぶなのかみたいなことを遊ぶのを定義として思ってみたりすると、
遊んで暮らすっていうことの定義だとしてみると、そこの時間というものを我々がどう扱うかみたいなものも結構考えないと、
その問いに対しての答えみたいなものは全然すごい遠いんじゃないかなって思ったっていう感覚かな。
うん、それもそうだし、あとは遊んで暮らせてないっていう前提が、なんかそういう現実を作り出すきっかけになるというか。
なるほどね、はいはいはい。
ああ、なるほど、現状認識みたい、認識があるってことか、なるほど、はいはいはい。
全員遊んでいるのかもしれないっていう。
なるほどね。
それはそれでもあったね。
なるほど、遊んでいると思ってないだけで本当は遊んでるんじゃないかって。
全然しなくていいはずの仕事をしながら遊んでるとか、あえて人間を設けて遊んでるみたいな見方もできますよね。
ああ、面白い。
確かにそうですね。
これもなんか哲学というか。
そうですね、面白い。
人類はなぜ毎日遊べないのかっていう問いを設けて遊んでる感じなんですよ。
ああ、なるほどね。
問わなくてもいいじゃないですか。
はいはいはい。
普通にやっていけばいいっていう。
あえてその問いを設けて、そういう見方で世界を見ることでなんか遊んでるというか。
はいはいはいはいはい。
いいですね。
遊ぶってなんなんですかね。
ああ、いいなあ。確かにそうっすね。もしかしたらみんな遊び方を受けてるかもしれないですもんね、毎日、本当は。
だからなんか、メッセージを送ってくれる人が多いですよね。
確かに。
で、自分がやりたくてこれやってるっていうところに視点を置くと、結構なんか心が楽になったり。
確かに確かに。
そういうところにあるのかもしれないですね。
なるほど。面白い。
いやあ、いいですね。なんかそういうところにあるのかもしれないですね。
なるほど。
おもしろい いやあ いいですね なんかそんな混乱してたら 結構
いい時間だなと思っていまして 早いですね そんなところでしょ
だんだんと終わりに向かっていこう かなみたいなことを思っております
けれども 改めて 今日おひでさん こうやってお越しいただきました
けど 毎回ですね 最後 ゲストの 方にこの時間だったり この時間
に限らず 最近感じていることも 思い返しながらでいいんですけど
何かちょっと一つ 今一番考えたい 問いみたいなものを置いてもらって
終わっていくっていうのを毎回して おりまして それの中でひでさん
にもお願いできたらなみたいな ことを思ったんですけど さっき
の問いがそれに該当するのがは たまた今 ちょっと別のこれがある
かもなっていう思いつくものがあったら 伺ってみたいなと思ったんですけど
何か今一番考えてみたい問いって どんなものがありますか
そうですね さっきの問いももちろん なんですけど 改めて 本当に豊かな
暮らしって何だろうってことですか ね
なるほど
旅を通して 豊かさっていっぱい あるんだなって思ったんですよ
お金貯金がいっぱいあるよりも 薪がいっぱいあるほうが安心する
っていう家族がいた
めっちゃ面白い
この家族は料理も風呂も全部薪 なんですけど たまにガスも使ったり
するけど 基本薪生活で 薪割り いっぱいした後にめっちゃ幸せ
感じるんですって 衝撃で分かる
これは確かに衝撃だ でもなるほど な
豊かさのもの差しというか視点 というか そういうものがいっぱい
あるのが本当の豊かさなのでは っていうのがあって それぞれに
その視点差しがあっていいと思 うんですけど っていうか そのほう
豊かさの視点
が知ってるんだと思うんですけど みんなが自分の豊かさのもの差し
を知っている状態
なるほどね
見つけるにはどうすればいいのか っていう問いですかね
面白い みんなが自分の豊かさの もの差しを知っている状態になる
には
うん
え 北村さん何ですか 北村さんの豊かさのもの差し
もの差し 分かんねえな 何でしょうね どうなんだろう 結構そうだな
今の自分の豊かさのもの差しは 結構 揺れ動いでブレていて いい
ブレだと思っていて それが認識 が変化していて途中な感覚がある
うん
どっちかっていうと さっきのお医者 さん言ってくれたような 薪の話
じゃないですけど もうちょっと 拡張されていく家族間だったり
とか この地域とのつながり 一緒に何かをしていくみたいな
ところに 同じかちょっと分かんない けど そっちの方向性に僕も今 豊かさ
のもの差しみたいなのが移りつつ あるなみたいな気はしている気は
感覚としてあって ただ一方 これまでの10年とかがどうだった
かなというと そういうところも 感じて どっちかっていうと自分
なんか何て言うんですかね 何か 目的とか力みたいな強さみたいな
ものとかにもの差しを何だかんだ 置いている自分みたいなものも
結構 何て言うんですか 100パー 強さとかじゃないかもしれない
けど でも そっち方へ軸足が結構 あったような時期がこの10年ぐらい
あったんじゃないかなみたいな 気は結構していて そこのバランス
みたいなものがすごい今 がらり と変わりつつある その中で娘が
生まれます 妻と結婚したり 娘が生まれたりとかしている中で
いろんな人と出会いながら そんな ふうな変化をしてるのかなっていう
のは何かしら今 自分に対しては 感じたりしてます
対話を通じた気づき
話し手1ますか 家族ができるといろいろ
話し手2まあ そうですね
話し手1いかく変わりそうですよね 話し手2そうですね 変わった気も
しますよね そっか みんなが自分の居高さのもの
差しを知ってる状態になるには いいですね またしばらく間を空けて
考えたいとか
話し手2そうですね 寝かしてみて また感じてみるといいですよね
話し手1ありがとうございます そんな こんな1時間ちょっとぐらい 平さん
と話してきましたが 平さん 今日は いかがでしたか
話し手2いや もうあっという間 でしたね めちゃめちゃ楽しかった
です なんか
話し手1良かったですね
話し手2ですから まだまだ話せ そうな
話し手1そうですね まだまだいけ そうな感じがしますね
の感じですけど いや 北無さんの 恋がすごいクリティカルで気持ち
良かったです
話し手2本当ですか
話し手2聞いてほしいってこと 聞いてくれるみたいな
話し手2そっか そっか そっか よく そんなとこまで聞いて ズズしい
ねって言われたりすることもよく あって ごめんなさいみたいなこと
もよくあったりするんですけど
話し手2僕は気持ち良かったです ありがとうございます
話し手2良かったです ありがとうございます 僕も楽しかったです
話し手2じゃあ ちょっと今日は
話し手2これが楽しみに残るっていう のがいいですよね
話し手2そうですね
話し手2残ったり他の人に見つける っていう
話し手2確かに
話し手2結構 この番組自体は これは やっぱり聞いた方が その最後の
問い 途中の問いもそうだけど そう 含めて 改めて自分と人生考えたり
とか たぶんその本をちょっと眺め ながら 自分でまた感じることなんだろう
みたいなことを取り組みとして 聞きながらやってくれてる人が
ちょいちょいいらっしゃるなみたいな ことを思っておりまして 今日の
この平さんとの会も聞いておられる 方が どんなさっきの問いに対して
の回を自分なりに感じたりする のかもしれないか こういうの聞く
の結構難しかったりするんですけど 聞いている皆さんの声 そういう
のも受け取りながら 受け取って みたいなみたいなことも今聞きながら
思いましたね
おだしょー うん また浮かんだら ちょっとメッセージ
させてください 何かが
おだしょー ぜひぜひ ありがとうございます じゃあ そんな
コーナーで今日終わっていきましょうか
おだしょー はい
おだしょー はい じゃあ 今日も リスナーの皆さんもお聞きいただき
ありがとうございました 読みかけの一冊 から少しだけ人生の途中を見つめる
時間になっていたら嬉しいです では また次のまにまにでお会い
見に行きましょう 今回ですね 読者 のまにまにゲストはおむすび屋
さんの平邦さんでした 平さん ありがとうございました
平さん はい ありがとうございました
30:04

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