1. 読書のまにまに
  2. #70 『激動の昭和を見る』ーー..
2025-11-17 25:53

#70 『激動の昭和を見る』ーー私の生きる時間は後世でどんな時代と言われるのか? | ゲスト・タレント / 池城優美子さん

spotify apple_podcasts

タレントの池城優美子さんをお迎えして、“読みかけの本”について語り合います。
 
【今回のゲスト】

タレント / 池城優美子さん
沖縄県那覇市在住。青山学院大学卒業後、2017年に故郷沖縄へ戻り、司会業を中心に役者・モデルとしても活動。2019年よりFM那覇にてラジオ番組「Morning78」の金曜パーソナリティを務める。

琉球五大姓・池城家の長女として生まれ、「首里王府阿波連路次楽御座楽保存会」の一員として、琉球王朝時代の宮廷音楽「路次楽」「御座楽」の保存活動にも携わる。

現在はエンターテイメントチーム「多感エンターテイメント」にて、現代演劇・琉球舞踊・琉球料理を融合したイマーシブ作品「ジュリの部屋を覗き見」シリーズや、舞台「THE FINAL SECOND 〜永遠の一秒〜」などに出演している。

SNS・活動情報:https://lit.link/YuumiiiOkinawa
 
【登場した本】
『激動の昭和を見る』

サマリー

ポッドキャストでは、タレントの池城優美子さんが沖縄でのタレント活動や琉球王朝時代の音楽に関わる様子を話します。彼女が参加する琉球王朝祭り首里についても詳しく触れ、王妃の募集に関する衝撃的なエピソードが紹介されます。昭和時代の劇的な変化について考察し、特に経済成長やバブルの影響にも言及しています。また、平成から令和への移行における自分の過去の認識や思い出について語り、世代間の感覚の違いについて考えさせられます。池城優美子さんが昭和時代の影響を受けた経験や、公民館での生活についても話し、サードプレイスとしての重要性や大人との交流が彼女の成長に与えた影響についても触れています。

タレント活動の多様性
こんにちは、あらしろゆうきです。
読書のまにまには、今読み終えていない読みかけの本をきっかけに、本を通しての体験や人生について、ゲストの方と語り合う対話型のポッドキャストでございます。
本は最後まで読むことだけが目的ではないんじゃないかなと思っています。
閉じられたページ、止まった一節、そこにその人だけの時間や思いが刻まれている。
本に触れながら、本や書き手の恋に触れていく。そうすると、あの頃の自分の支え方ながらも大切な記憶や気持ちが浮かび上がってくる。
この番組は、本とゲストの方のそんな関係性について、ゲストの方と一緒にそっと耳を澄ませていこうと思っております。
それでは、今回のゲストはですね、タレントの池城ゆみ子さんです。ではよろしくお願いします。
よろしくお願いします。こんにちは。私、池城ゆみ子と申します。
沖縄県内でタレント活動をしていまして、イベントとかブライダルのMCをしたり、ラジオでお話をしたり、あとは演劇の舞台に出たりしています。
プライベートの方では、琉球王朝時代の宮廷楽、留字楽とウザ楽という音楽をたしなんでおりまして、その継承活動に携わっていたりします。本日はよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
なんかあれあれだね、普段と若干声質が違うので、若干びっくりしちゃった。
お仕事の声みたいになっちゃったかな。
こっちで話せばいいのかな。お友達の来たんで。
全然全然、そんな感じで。よろしくお願いします。
ありがとうございます。
いつぐらいから会ったのかな。
多分18とか19ぐらいだよね。最初。
大学のあたりだった気がする。
青山学院大学の相模原キャンパス時代、あの頃は文系もまだ相模原キャンパスで勉強する時代だったから。
3年生か4年生くらいから文系はずっと1年生から青山キャンパスに来てねってなって、
だから私たちが相模原キャンパスを堪能できた最後らへんの世代。
確かに確かに。そっかそっか。じゃあ18ぐらいから15年ぐらい、15年強ぐらいの付き合いにはなるのかな。
そう思うと結構長いな。
そうだねそうだね。なんか会えてなかったね時間もね、結構時期もあったから。
私沖縄に帰っちゃったのもあって。
最近僕も沖縄に4ヶ月くらい暮らしていたので、今ちょっともう花買いものっちゃったけれども、
その時に一回シェリーか、シェリーでちょっと一緒にお茶しながら、
久々に最近どうよみたいな話とかをしたなーみたいなことが、いつだろう、2ヶ月前?3ヶ月前ぐらいとか。
4月末とかかな。
そうだそうでした。たぶんそこで5、6年、7年ぶりぐらいの感じ。
そうだね、たぶんその前に一回沖縄に来てくれてるよね。
あ、その時に一回だけ会った記憶がある。
そうそうそうね。
そうだそうだ。
いやー本当に。別になんか久しぶりな感じでは全然ない。
うんうん。ありがたいことに。
こちらこそお越しいただきましてありがとうございます。
お邪魔いたします。
今日は来てもらっている中で、それをさっき自己紹介してもらっていたけど、タレントとお呼びをしたけれども、
その後ご自身の自己紹介の中でされていることを言ってくれたけれども、
本当なんかインスタとかも見てたりすると、本当にいろんなことをしてるなーみたいなことを結構思っているんだけれども、
結構それってどの時間が長いとか短いとかっていうのはあんまりない?
あーそうだね、結構その月によって変わるかもしれなくて、
一応この現代演劇と今琉球舞踊をコラボレーションさせたイマーシブ体験という講演をやってるんだけれど、
その役者としての時間が一応毎月決まってあったりとか、その講演を作り上げるための制作とかの時間があるので、
それが今ちょっと大きくはなっているんだけど、
秋頃になると芸術の秋ということで、結構イベントが多くなるので、
伝統芸能系のイベントプライベートでやってる、このルジ楽、ウザ楽の講演があってその時間が多くなったりとか、
あとはブライダルのシーズンがハイシーズンに入ってくるので、
イベントとかこの司会のお仕事が増えたりしてて、
だからなんかどれかに大きく比重がある、全体を通してあるというよりは、
この月はこれがメインだね、この月はこれがメインだねっていう感じなので、
もういつも何やってる人って聞かれると困っちゃう。
いろいろやっちゃってて。
今それを聞きながら思い返したのが、
何だっけな、沖縄におくこの今年暮らし始めた時とかに、
そういえばユミコいるから連絡しようみたいなことを思って連絡をしてた時とかに、
今度首里城の何かイベントで音楽をやるみたいなのを見たような気がしていて。
沖縄県の那覇市の那覇の三大祭りの一つになっている、
琉球王朝祭り首里っていうイベントがあるんだけど、
その琉球王朝祭り首里っていうイベントの中のメインイベントに近いのかな、
固式行列っていうこの、
琉球王朝時代に国王とそして王妃がお出かけする時の三月三景行行っていうのがあって、
その行行っていうのかな、
行行ね、はいはい。
お出かけなさる際に行列を作ってね、
この練り歩きましたっていうのを再現したものがそのお祭りのメインイベントであって、
私はさっきのルジ楽、ウザ楽の中のルジ楽という音楽、
一応宮廷楽、王様たちのおなりみたいな感じで、
それがカッティング的な感じで、
王様たちがいらっしゃいますよというのを知らせる先ぶれの役割として、
ルジ楽を演奏するという感じになっています。
王妃募集の衝撃
なるほどなるほど、そうなんだ。
じゃあそのルジ楽っていうのは、
沖縄でいう沖縄のそういう宮廷音楽みたいな立ち位置。
そうですそうです。
日本でいう画楽みたいな感じで。
あ、神道でいうそれって感じなんだ。
なるほどね。
それを見た時に、そういうこともやってるんだなみたいなことをちょっと思ったのと、
同時に思い返したのが、
そこで王と王妃様の役割の方がたぶん歩いてるじゃない。
その映像、画像を見た時にすごく思い出したのは、
今年の6月か7月かどっちかそれだったけど、
僕が沖縄に短期滞在し始めたくらいに、
中の沖縄県立図書館があるじゃない。
図書館の中のチラシで、
王妃募集っていうチラシを見てすごい衝撃を受けた。
まさにその時に選ばれた方々が、
お二人が今回出ていらっしゃるということですね。
すごい。よく覚えてた。
すごい衝撃で、募集してんの?確かにそうかみたいな。
募集してんだみたいなことをすごい衝撃を受けたのと、
確かにそうだよね。血を引いてる方とかではね、
どうかなみたいな。確かに確かに。
そういう人もいる、参加してる人の中には、
私も一応血を引いてるので、
ご先祖は行列の中にいたし、王妃だったこともあるので。
なるほどね。
だけど今はフラットになって、
関心のある方、そして心のある方が応募されてっていう感じです。
なるほど。思わず募集要項の条件見ちゃったもん。
見ちゃって、僕は当てはまらないみたいなことを思った気がする。
そうなの?
体格とか結構、お衣装の関係で多分。
そうだよね。身長足りないとか、体格のこれはないなとか、
そういうのを見て、って思った瞬間のことを昨日めちゃめちゃ思い出しました。
そうだよね。県外の方からしたら、もう募集なんだみたいな。
王妃様って募集で慣れるんだって。
それを見て、衝撃を受けて、
そこにも音楽に入ってるのね、みたいなことをちょっと思って、
ほっこりしたというか、こんな気持ちになりました。
そうなんです。もう数日後から。
そうなんだ、そうなんだ。
そんな本番前にありがとうございます。
とんでもないです。お邪魔いたします。
ありがとうございます。
結構そこら辺の、僕も数ヶ月沖縄に暮らしてみて、
より沖縄について知ったこともあれば、
知ってみたと思ったら、より分かんなくなったこととか、
知らないなって分かったことがすごいたくさんあるような気がしていて、
今みたいな話もそうなんだけど、
せっかくだから、りゅう子さん、
りゅう子の聞いてみたいな、みたいなこともちょっと思いつつも、
そっち側にかなり本題からずれまくるような気もして、
ちょっと一回本の方の話にも入ってみたいな、みたいなことを思っているんだけれども、
今回この読みかけの本ってことで、
何かあるみたいなことを聞いてみたいなと思っているんですけれども、
何か今イメージしているものはありますか?
読みかけの本というと、だいぶちょっと詐欺な感じなんですけど、
もう本当に表紙を見たとか、ちょっとパラパラめくったかなくらいのもので、
ずっと気になってた本があって、
小さい頃に家のお家のリビングの窓際の棚の上にずっと置いてあった本があって、
それが劇堂の時代昭和みたいなタイトルの本なんだけど、
それを棚の上にその本が置いてあって、
光が差し込んでいるその風景を自分の原風景みたいな感じでずっと覚えてて、
何とはなしに頭の片隅にいつもあるんだけど、
昭和の劇的な変化
この劇堂の昭和みたいなのが、
自分的にはその当時小学生だったかな多分、小学生くらいだったんだけど、
結構衝撃、劇堂っていう言葉は初めて知った時。
激しく動く、なるほど、それは劇堂というのかと思って。
それを記憶しているのすごいな。
昭和時代ってそうだったんだなみたいな。
あの頃平成6年とか7年とかだったんじゃないかなと思った時だったんだけど、
この平成がどういう時代になっていくのかなとか、
昭和ってどういう時代だったのかなって思ったのをすごく覚えてて、
でも今思い返してみて、あの本ってどういう本だったんだろうって思って調べたら、
なんかもう調べきれないのね、劇堂の時代、昭和だと思ってたんだけど、
それがヒットしなくて、私は大学すら曖昧だったのかみたいな。
なるほどね、なるほどね。
多分見た目的に劇堂の昭和を見るっていう本だと思う、
これを多分私は劇堂の時代、昭和みたいな。
なるほど。
少し変わってたんだと思うんだけど、その劇堂の昭和を見るがシリーズ化されてて、
確かにそうよね、昭和って長かったから、
いろいろ、それこそ大正時代から昭和に変わって、戦争とかもあったし、
高度経済成長もあって、バブルもあって、みたいなのがあって、
それは確かに劇堂だよなって、今思い返すとすごい劇堂でぴったりだなって思うけど、
異動じゃない時代もあるのかな、みたいな。
平成の記憶
平成も割といろいろあったよな、みたいなね。
はいはいはい。
じゃあ自分は平成のことを、何て言うんだろう、どんな時代だったって言うのかなって、
最近は思ってて。
なるほど。
原風景。
面白い。
本の劇堂を覚えた。
劇堂の時代、昭和の本の表紙、そしてちょっとパラパラめくったかな、
それを思い返しながら、最近ちょっと思うところがあります。
すごいね、確かに劇堂昭和とかだったら、もはや本なんて全くヒットしないというか、
あまりにもありすぎて、全然わからんぐらいだけど、
確かにこの劇堂の昭和を見る1とか、たぶんこれいくつかある漢字。
ね、少なくとも洋話では出てるのかな。
そうなんだ、そうなんだ、ムック本って書いてますね。
これムック本、なんかちょっと特集みたいな漢字だったんでしょうね。
だからたぶん、たぶん父が読んでたんだと思うんだけど、
絵にあって、それこそ色味もね、セピア色、たぶんそれ窓際に置いてたからだと思うんだけど、
自分の記憶の中でもセピア色に染まってて、
なんかちょっと昭和、昔はすごくいろんなことがあった時代があったんだなってなんとなく自分の中で思ってたんだけど、
でも今は令和に変わってみて、今は令和の一桁じゃない?
だから一桁、今の私くらいの年の子、5歳、6歳の子って、
たぶん平成のことをそういう感じで見るんだろうなって思うと、
私は平成の時代をどんな時代っていうふうに言うんだろう、
どこをフォーカスするんだろうとか、
どういうふうに平成の時代だったよっていうのかなってたまに考えます。
なるほど、面白い。
今このエクレースター劇堂のショーを見るだとたぶん何冊かあって、
たぶん1冊ずつ年度ごとに分かれてる感じがして、
1が戦前編、1926年から1940年みたいな感じなんで、
すべての1,2,3,4あるとしたら戦前編とか戦中かわかんないけど、
そんな感じで年数ごとに何冊かあるような感じなんですね。
なるほど。
見たいです。
これの中のどこかを見た。
そっかそっか。
そこまで覚えてる?
1,2,3,4があるとしたらどれがあったみたいな。
どれ見たのかな。
なんかレイアウト1か3とかだと思うんだけど、
セピア色だったから今見たら色分けされてるみたいな感じからね、1,2,3,4って。
でもたぶんだけど色があせてたから、
その記憶の中の色も全然当てにならなくって、
そんだけこのとても曖昧な記憶の中の本ではあるんだけど、
それでもなんか自分の中でちょっと、
たまに思い出すってほどじゃないけど、
なんか頭の片隅にあったなっていうのを今回、
この本ありますかって聞いたときに、
読みかけの本というかつんどくはいっぱいあるんだけど、
最初に浮かんだのがこの本で、
この本のこと考えてもこれのことがちょっと頭から離れなくって。
そっか。
なのでまさかのほぼ表紙、表紙すら曖昧。
すごい。
ほぼあげちゃいました。
ほぼですね。
なんかこれAmazonでこの劇場のショーを見るを、
1,2,3,4をちょっと見てたんですけど、
世代間の感覚
なんかこれぜひ音声しかこのフォトキャストないからわからないと思うんで、
皆さんもぜひ検索するだけしてみてもらえたら嬉しいなと思うんですけど、
この表紙に書いてあるキャッチコピーみたいのも結構僕好きだなと思って、
今僕が見てるのが劇場の昭和4繁栄編、繁栄ですね、戦後の。
1970年から1989年の繁栄編、要するに本当に昭和の最後まで、平戦の手前までなんですけど、
そこがその4つ目の劇場の昭和を見るの繁栄編のその横にある言葉が、
猛烈からビューティフルへっていう。
うん。
猛烈からビューティフルへってなんだろうみたいな。
猛烈社員とかの時代。
みたいな言葉だよね。
働くっていう、24時間働けますかの時代だね。
これも全然違うもんね、今と。
面白い、この下の方も面白いですね。
劣等改造ブームに留まることを知らない経済発展と円高ドリアス。
みんなが猛烈に働き暮らしはますます豊かになっていった。
その先に私たち日本人が見つけたものとは何か。
昭和天皇奉行とともに迎えた劇場の時代のフィナーレを綴る。
みたいな感じで。
なるほど、すごい。
いいですね。
ちなみにお父さんがこれを読んでいるのは見たことがあるの?
読んでいる姿。
ないのよね。
すごく読むのが早い人だったから、
ちょっと記録的な感じで置いてあっただけで多分もう一瞬で読んでるとは思うんだけど。
本屋さんに行ってちょっと試し読みでパッて、
もう一冊読んじゃったみたいな人だったのに。
多分読んで何か参考にしてたのかな。
歴史のことを研究してる人だったので、
この時代は沖縄と照らし合わせるとこうだなとか。
それでもしかしたら参考図書だった可能性もある。
なるほどね、そうかそうか。
ちなみにそれを、この本を家のリビング棚のところで見つけたのは、
さっき小学生って言ってくれたけど、
具体的には何年生とか何歳とかって完全に覚えたりしてる。
でも相当ちっちゃいと思うな。
小学校も行ってないぐらい。
幼稚園生の可能性もある。
劇堂を初めて行ってる。
一応でもギリ劇堂は読める。
劇堂、幼稚園で読むの結構難しい。
幼稚園は多分読めないよね。
だけど私、漢字は結構得意な人で。
そっかそっか。
漢字得意で。
仮に幼稚園の時で劇堂っていう文字を見て、
劇堂っていう言葉があるんだって思ってる幼稚園生だとしたらめっちゃ面白いけどね。
そうだね、確かに確かに。
多分小3とかなんじゃないかなと思う。
4とか、漢字検定とかももう小学生のうちに12位くらいまで取ってて、
謎に漢字が読める子だったんだけど、
それもしかしたら劇堂とかその漢字が周りにあふれてたのが良かったのかもなと。
少なくとも小学校の前半ではありそうであると。
そうだね、6年くらいかもしれない。
なるほど、そっか。
ちなみにその劇堂に意識を向けるよみこちゃんだったわけじゃないですか。
そんな大層のあれではないと思うんだけど。
その時って自分自身としてはどんな小学生というか、どんな1,2,3年生だったの?
小学生の頃は多分、なんだろう、こんな子供っぽくてはいけないと思っているような、
なんかませた小学生だったかもしれないかな。
今はね、なんかもうね、子供、ずっと子供でいたいくらいの逆にね、
30代にもなって、子供心がとか言ってる30代になったけど、
でも小学生の時は、なんかもう自分はこんだけ大きくなってしまったから、
しっかりしないといけないなとか、そういうことを思ってるので、
それこそなんかあの戦隊ものとか、あの子供向けのアニメとか、
ああいうものをがっつりも家で楽しんで見てるのに、
なんか学校ではちょっと見てない、見てない風な。
結業したようずらしてるみたいな。
私がしっかりしなきゃ、もう大人こんだけ育ててもらったからみたいな。
って思って、何も世界が見えてないのに、
でも十分に育ったと思ってるような、ちょっと。
面白い。ちなみにその戦隊ものとかで言うと、
日曜日の朝、たぶん7時とか4時半とかから、
公民館での生活
たぶんその流れで、たぶんあれはこの世代だと、
おじゃ魔女どれみとかあったりするのかな。
あったりとかがあったり。
ちなみにすごい、まじで余談すぎるんですけど、
今日僕も見て衝撃を受けたんですが、
戦隊ものって今終わるらしいっすね。
そう、ほんとに、それ。
見た見た?
見ました。昨日見て絶望してて。
ちなみにここで見てないよう風に予想ってたけど、
だいぶ、今でも好き。
大好きだし、サブカルも好き、ゲームも大好き、アニメも大好き。
だから結構ショックではあるけど、
そうなんだ。
49年とか続いたんだよね、確か。
そうだよね、本当にすごいよね。
何世代かで年代が変わっていった。
いやー、そっかー、なるほどね。
ちなみにその、なんて言ったらいいかな、
そういうここまで大きくなってしまったので、
しっかりしないといけないっていう風に、
その当時思っていたということ、感じていたというのは、
なんかどういうところからそれやってきてるの?
公民館に行くことが多くて、
母が仕事を退職した後は公民館でお仕事をしてて、
自治公民館だったんだけど、自分たちで運営。
自治会活動がすごく活発で、
もちろんご年配の方もいらっしゃるし、
子供会とかもある、青年会もある。
婦人会もあったりとか。
大人の人と関わる機会がすごく多かったのと、
皆さんにかわいがっていただく機会が多くて、
ご年配のおじとかおじいちゃんおばあちゃんたちにも、
すごくよくしていただいたのかなって思って、
一応自分人見知りだったので、
多分そんなにわーっとはできなかったのかなとは思うんだけど、
でもそれでも周りの人との会話レベルに
ついていかなくちゃじゃないけれど、
自分もその一人だと思い込んでたのかな。
自分もこのくらい話せると勘違いしていたというか、
話せるつもりでいたのか。
今考えたら見えてないこともいっぱいあったし、
会わせてくださってたところもいっぱいあったと思うんだけど、
大人社会の中にいたし、
子ども会もお兄ちゃんお姉ちゃんたちがたくさんいる時代だったので、
それだったのかもしれないかな。
お兄ちゃんがいたのももしかしたら大きいかもしれない。
お兄ちゃんと同じくらいのことを、
私はできるんだ。できないといけないかも、みたいな背伸びをしてたのかな。
お家ではね、結構泣き虫だったんだけど、
外では泣かないように頑張って。
ちなみにその、なんて言ったらいいか。
お母さんが自治公民館にいらっしゃったがゆえに
いる、いたっていう風に言ってくれてたけども、
とはいえそういう風に身近なお父さんとか親とかが
関わっていたとしても、その場所というもの自体がすごい嫌いだったりとか、
ニックだったりしたらそこから避けるってこともある意味できるっちゃできる
と思うんだけど、とはいえそれでもやっぱりその場所にいたっていうのは、
その場所というのはどういう場所だったの?ユミコにとって。
確かに、ずっと後になること、後に誕生する言葉だけど、
たぶんサードプレイスだったんだと思う、第三の威圧。
そのときサードプレイスって思ったらすごいよね。
怖い怖い怖い。さすがに怖いね。人生3週目のこと。
なるほどね、サードプレイス。
でもそこも帰る場所の一つ。
なんかちょっとたぶんある種お家に近い、学校よりもお家より今母がいる。
だから事務所に自分もいて、なんならこう母がちょっと退席、離席してるときは
もう電話すら取ってて。
あ、そうなの?それすごい。
母は現在外出しておりますみたいな、ご用件お伺いしますみたいなのをたぶんたどたどしい言葉で言ってて。
今ひっこみちゃんなので電話苦手なんですけど、その子が電話を取ってました。
すごい。そうなんだ。なるほどね。
なんか不思議な、確かに今振り返ってみると、ちょっと不思議な感覚。
後悔しているつもりというか。
25:53

コメント

スクロール