今回のテーマは「逃げること」と「向き合うこと」。
勉強から逃げる小5と中1の生徒たちの姿を観察しながら、同時に自分自身もキャリアや向き合うべきことから目をそらしていることに気づきました。
逃避の裏に隠れる心理や、感情が動く瞬間の意味。
大人も子どもも、向き合うことは難しいけれど、その難しさこそが変化の可能性につながっている、そんな話です。
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https://stand.fm/channels/636afda6b4418c968d1edad8
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サマリー
今回、教育熱心な親を持つ生徒たちは、自分自身と向き合う難しさや葛藤、キャリアに対する思いについて語っています。勉強に対する拒絶感と向き合うことの難しさが取り上げられています。
生徒のやる気と葛藤
どうもマモです。いかがお過ごしでしょうか。今回は、自分と向き合う難しさというテーマで話をしていきます。
学習塾に勤めておりまして、みんながみんな生徒のやる気があるわけじゃないんですよね。
というか、むしろやる気に満ち溢れている生徒というのは少数派で、多くの生徒は正直なところあまりやる気は、勉強におけるやる気というのはないですね。
むしろやらないで済むなら、それが一番いい。遊びたいし、部活に集中したいし、他の習い事を一生懸命したい。
でも親御さんの意向で、なんとなく通っているっていう生徒が多いです。ただ、そうは言うものの、どこかで勉強はしなきゃいけないんだろうな、と
しなきゃいけないものと思いつつも、やっぱりそれ以外の欲求が強いので、なかなか勉強に向かえないという子が多いんですよね。
実際に自分の塾にもいて、主に最近よりそれが強いなと思う方は2人ほどおりまして、小学5年生の男子生徒と中学1年生の男子生徒になりますね。
小学5年生の男子生徒は中学受験を控えているんですけれども、いかんせん、自学、自習というものをしない。宿題もなかなかやってこない。
でも話を聞くと、かなりハードな生活を送っているので、なかなかやっきついだろうなぁと思うんですよね。
自分が勤めている塾以外にもいくつか通っていたり、それぞれ違う科目を習っていたり、好きな野球やソフトボールをしていたり、なんなら英語もしているという、かなり教育熱心なご家庭に育っているので、毎日のように何かしらの習い事があるという状態なんですよ。
彼にとっては野球が一番楽しくて好きなので、それに集中をしたい。とはいえ中学受験もしなきゃなぁと。周りがみんなしてるから自分もしなきゃなんだろうなぁというような葛藤を抱えながら日々過ごしているだろうなっていうのが推察できるんですよね。
あともう一人は中学1年生の男子ですね。彼は中学受験を終えてかなり授業づけの日々を過ごしてましたね。小学校6年生の時から系列の塾に通っていたので様子というのは知っているんですけれども、本当にすごい授業を詰められていました。
親御さんの意向なのか、はたまた当時の担任の意向なのかわからないんですけれども、本当にハードな日々を送ってましたね。その反動で勉強に対する拒絶感が今強くなっちゃっているという状態のお二人です。
2人の共通点としては、親御さんが教育熱心とかいろいろ習い事部活をしているっていうのもあるんですけれども、中1の男の子はそれに超えて部活をしていて、かなりハードな部活に入っているので、スマートフォンでやるゲームとかも好きで部活と娯楽が好きという点で共通していているんですけれども、一つ大きな共通点としては勉強の話になると逃げるっていうことですね。
例えば野球の話とか部活とかあるいはゲームの話はすごく楽しくしてくれると、自分は基本聞き役に徹することが多いので話を聞くんですけれども、いざこちら側から勉強といえば日々どのくらいしているのっていうようなちょっとした勉強に関する雑談をし始めると一気に話をしなくなると逃げちゃうんですよね。
理由としてはしてないから怒られちゃうと思っているのか、あたまた勉強の話をするとなると勉強に向き合わなきゃいけないという風になってしまうので、それ故になかなか答えようともしないというような状況が発生しております。
なのでこちらとしてはなかなか正直難しい状況ですよね。自分の無力さも日々感じながらも、とはいえ少しでも向き合ってくれないと勉強の話どうしたものかとしようがないなという風に思っていますね。
勉強の話に拒絶感を覚えるということはその分勉強そのものは意識をしているということの表れだと思っているんですよね。
拒絶ということはその分対象物に対しての感情が動いているわけなので、勉強に対して意識は強い。その辺は今後いくらでも変われるなぁと思うんですよね。
一番まずいのは勉強の話を振っても何とも思わない。何も感情が動かない。反応は返ってくるけど心ともなっていない。
そっちの方が逆に大丈夫かなと思うんですけれども、この2人においては勉強に話を振ると思いっきり逃げるという回答が返ってこないという事象が生じているんですけれども、
その背景には感情が動いていると思うので拒絶感というのは。だから今後いくらでも変われるなぁと思ってますし、勉強に対して意識も強いんだろうなと。
その辺は良いなぁと思っているんですけれども、とはいえ一番向き合わなきゃいけない部分に向き合えていないというのはちょっとどうしたものかという風に思っております。
自分との向き合い
ただ自分と向き合うってなかなか難しいと思うんですよね。
生徒が全然勉強に向き合えていないという風に偉そうなことを言いつつも、自分自身が本当に向き合わなきゃいけないことに向き合えているかというと結構難しい。
なかなかイエスとは言いにくいと。代表例はやっぱりキャリアですよね。
本当にこのままのキャリアでいいのかというのは常々自分も思っているし、何かしら行動を起こさなきゃいけない。
ただなんか全然起こしてないよねっていう。
こういった発信をするのは単純に楽しいからやってるわけで、趣味によるものが大きいんですよね。
でもキャリアというのはそうじゃないと。仕事ですからね。
そういう本当にキャリアを構築するための動きをお前はしてるのかと言われると、なかなかイエスとは言いにくいという点で、
自分も本来向き合わなきゃいけないことに向き合えてないんじゃないかという疑問を思いつつあるんですよ。
だからこんな小学5年生の男の子と中学1年生の男の子の勉強向き合えてないよなと言いつつも、そんなお前はどうなんだと言われるとあまり偉そうなことは言えないので、
自分もそんな彼らとそこまで変わってないなというのを痛感したというお話ですね。
彼らが勉強に向き合うサポートをしつつも、自分自身もちゃんと自分自身のキャリアとか家族とかにちょっと向き合わなきゃいけないと。
家族に関しては今のところそんな大きな問題はないと思ってるんですけれども、
自分のキャリアをどう構築するかが直接的に家族にも大きな影響を与えるわけなので、
ちょっとこの辺はしっかり向き合わないといけないなという、すごく抽象的で曖昧な話になりましたけれども、
以上となります。最後までお聞きいただきありがとうございました。それでは良い一日をお過ごしください。
08:00
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