確かに、X眺め終わった時間と同じ時間本読んだら、やっぱ本読んだ方が良かったなって思うことはあるかもね。
終わった後に。
終わった後に同じ時間。いや、満足でやっぱ本の方があるわって思う。
はいはい。
でもなんか、なんだろうな、本読むモードの時とそういう短いXとかハデブとかを見ちゃうときはなんかあるね。
うん。
なんなんだろうな。
でもあえて見ときたくて見てるときもあるんだよな。
あえて?
反応。そう、このニュースに対してどんな反応してんだろうなみたいな。
はいはい。
斜めておくか、まあでも偏ってっしなみたいな、なんかどんだけ意味あるかなって思いながら見てるときは。
まあでも濱さんだいぶ本読み族じゃないですか。
まあね。
まあほとんど本の方が割合的には多いんじゃないですか。
まあ本の方が、そうなんだろうな、
なんか同じようなものを食べたときに、なんかちゃんと飲み込むか、ペッてやるかは違うかもね。
ペッてやってる量が結構Xとかだと多いかもしれない。
はいはい。
で、本の方がちゃんとごくんってしてるかもしれない。
ごくん、はいはい。
そうですね、なんかそう、なんか3ヶ月後、半年後、10年後の自分の思考形作るのが情報なんだろうなと思いつつも、
なぜかやめられない粗悪な情報。
まさにジャンクフードみたいな。
ああ、まあそうね。
反応しやすいものが流れてくる感じはするね、あのレコメンドが。
そうですね。
しかもだいたいこう、なんか賛否両論のやつほど燃え上がるじゃないですか。
ただ、それに心砕くよりも、圧倒的にそうだねみたいな事実の方が学習した方がいい気もしなくもないというか。
まあそういうこと思うんですけど、もし情報にこうPFCのバランスみたいなのがあるとするなら、何を分類できるのかなみたいな。
なるほど、例えば事実とかそういうこと?
人、身近な人の話とか、本、逆に。
体系的とか。
そうですね。
確かに何の性質でよしよしを判断しているかとかあるかもね、情報の。
そうですね。人から身近な人の話とかはどうなんですかね。一定程度取り入れた方がいいような気もするんですけど。
あとさ、あれじゃない、情報の中に感情情報が入っているかとかさ、それ成分っぽくない?
確かに。
数字が入っているかも成分っぽいじゃん。
はい。
なんか、何ですかね、個人の話、例えばデザイン本でも、あるデザイナーの一人の人が書いた本みたいなのを読むし、
その人の思考とか経験とかが割と濃いコンテクストで書かれていますみたいなものを読むときもあれば、
俺結構好きなのが割と複数人に聞いているインタビュー系の調査とかを、こういうデータだったみたいなのも含めて見て、
ある程度属人性がなく、こんだけのデータ集めてこうだったなら、人間こういう傾向があるよねみたいな。
なんか論文に近い方かな。
ものを見ているときも結構あって、両方見ているんだけど、それぞれ見方は違うし役立て方も違うなみたいな気がする。
その複数人のやつってどのくらいの流度の情報なんですか?めっちゃ数字レベルの話なのか。
でも数字だけを見ることはなくて、どちらかというと定性の性質を見ていることが多いかもしれない。
行動経済とかもそうだし、デザインのリーダーに100回インタビュー100人聞いたらこうなったみたいなもそうだしとか、
そういうものでどういうことをみんな多くやっているかみたいな、行動の何を重視している人が多いかみたいな感じとかの、
集積みたいなものを見ていることもあるな。
ある種それの切れ端の寄せ集めがXみたいなところもあるんですかね。
そうなると、だからXの場合は眺めながらこういうこと言う人が多いんだなみたいなのもそうかもしれないけど、
あれでもちょっとね、なんか選別が入っちゃいすぎてるとか、同族が固まりすぎてたりするから、
なんかサンプルとしてすごくあれなんだよな、あんまり良くないんだよなと思うから。
やり方は一緒だったとしても、サンプルが、ボス集団が違えばあんまり情報として質も変わる気がするなみたいな。
確かに、最近韓国の大統領選挙があったじゃないですか。
日本に自然に流れてくる情報としては、
ユンソンによる大統領支持派の人の情報ばかりに流れてくるんですよ。
逆側の政党を応援している人のやつを結構能動的に調べようとしたんですけど、
なんか出てこない。出てこないぐらい出てこないなと思って。
これはもう韓国側の情報に行かないともはや得られないのかな。
日本語で得られる情報として変わってきたりするのかな。
そんな気がしましたね。
確かに。
もう知らぬ間に、エコンチンバから逃れようと思っても見当たらないみたいな。
逃れられないよね、もはや。
検索しても上位検索が結構選別されてたり、
一回ちょっとでも踏んだらさ、それを興味あるとみなされて、それに近いものが出てきちゃうみたいなことになってるから。
だからYouTubeXあたりとかインスタとかもすごいもんね。
一回見たらもうワッて感じ。
そうなんです。しかもなんか別に嫌いだから見ちゃったみたいなやつあるじゃないですか。
本能的に見ちゃうみたいなやつ。
はい。あまり好ましく思ってない配信者がいるんですけど、
その人めちゃトレンドに上がるから毎回興味なしでXで毎回やってるんですよ。
このトレンドに興味がないって。
めっちゃ出てくるんですよ。
すごいね。
どういうことって思うんですけど。
あんまり聞いてないね。
あれ意味ないのかなと思ってますけどね。
なんか広告も不快なもんね、もはやね、Xのね。
そうですね。
結構なんかやだよね、あれね。見る気若干なくすもんな、あれな。
最近聞いた話で、その著名なアートディレクター的な方がXとかインスタとかで、
ちょっとでも美的に問題があるやつはすぐブロックするみたいな。
自分の目に入る情報は洗練された美しい情報だけにしておくね。
青春ってそういうことね。
でもそれも一つダイナマティック。
あえて固めるみたいなことね。
いいものだけを見ていれば自然と作るものも。
確かにね、食べる、いい栄養のものを食べた方がいいものが出るよねみたいなこと言ったらそうだね。
そうですね。
質のいい栄養素みたいなね。
なんかある種、美観だけにフォーカスすればそれできるじゃないですか。
一応知識的には、美観的には微妙だけど知識的にはいいポストだなとかを配慮するのかなと思ったんですけど。
でもこれ全体的にその、いいものだけを見るみたいなのがあんま多分やらない方がいいなって思うタイプなんだよね。
はい。
逆に言うとその、だからある種そうじゃない面も知っといた方がいいみたいなのも、
社会バランスみたいなのとか、
そんな人ばっかじゃないよみたいなのとか、そんなもんだけじゃないよみたいなのも含めて、
だからそういう意味で言うとあんまり自分側で選別したくないなみたいな気持ちはちょっとあるかもしれないな。
食べ物も、何だろうな、言って栄養に悪いものも別に食っといてその味知っといた方がいいじゃんみたいな気もしてしまうみたいな。
はい。あまり思ったことない。
本当?
知らなければ知らないままで終わり。
なんでこれ売れてるのかなみたいな感じだけどさ、
なんでこれ流行ってるんだろうなみたいな、食ってみて味見に合わないな、合うなみたいな、
合う合わないを知っとくみたいなぐらいの。
その説も一理ありつつ、私の場合は貴重な食事回数を、
絶対においしいって確定でおいしいもので固めた方がいいかもなって思う時もありますね。
好きなブック食っちゃ悪いけどね。
だから結果的に選別する意識はないんだけど、好きなデザインとか興味ある本ばっか読むのはあるから、
だって人に勧められてとりあえず買っといた本でもなかなか読まないやつと、
とりあえず読みやすくて読んじゃうやつってやっぱあるから、
やっぱ接種しやすいものを接種してるよなと思う。
そうですね、いずれにせよどっちみち接種しやすいやつに行くから、
意識的にはそうじゃない方も目を向けようと心に留めてるみたいな。
知らないとかないものとするがあんまり良くないんじゃないかなと思うんだよね。
ある上で選んでるっていう感覚があればまだいいのかなと思う。
目には入れた方がいいかなみたいな気がしてる。認知はしとくみたいな。
確かに私も一時期、何ですかね、
映画を見るにしても、本を読むにしても、歴史的な何かを学ぶにしても、
結局西洋とかの権威的な人たちのストーリーを半数するだけかもなみたいな、
思って、ちょっと違うインド映画とか、
違う文化の、違う出自の作品をちょっとバラけさせようみたいな思ってた時期がありましたね。
実際どうだった?それやってみたら。
そうですね、面白いところは面白いですよ。
タイのやつとかだとめちゃみんなお菓子食べるなみたいな。
通信が多いってこと?
タイのBLドラマ見てたらめっちゃお菓子のやり取りするなみたいな。
カルチャーとしてあるんですか?
交換の入れ方が違ったりとかして面白いなみたいなのがありましたね。
刺激は強そうだね、そういう普段食べないものの方が。免疫がない分。
そうですね。
免疫システムってあるじゃん。
ある程度触れておかないと過剰に反応してしまうみたいな。
そういうの考えた情報とかも全く知らないまま過ごして選別しといて、
世の中こんな人いるんだとか、知ったらショック大きいとかもあるかもしれないから。
心が素晴らしく豊かな人とばかり接したほうが、
ある種自分もそれに自然と染まれたりするのかなとかも思うんですけど。
そうだね。余裕のある人生を送れる気がするけど。
でもそれの存在がいないものとすると、どこかですごい妬まれるとかさ、
なんか巻き込まれるとかさ、あるかもしれないなとかさ。
確かに。
言ったら、そういうのが想像つかないから出る発言みたいなっていうのもあると思うから。
そういうのを未然に防ぐ効果とかあるかもしれないねみたいな。
そうですね。
ちなみに本以外に栄養としてそれなりにいいなと思っている情報の取り方みたいなのあります?
いいなとは思ってないけど、YouTubeとか結局見ちゃってるよなと思うよね。
情報として占める割合が多いな。
体力使わずについ見れるみたいな気軽さがあるからあるけど。
やっぱり情報としていいなって思うのはやっぱり言って人から話し聞くのが好きかもなと思うけどね。
たまに知らない人がいる場所に行って、デザイナーの集まりとか行って、
採用どうやってんのみたいな話聞くみたいな。結構あれ割と有用だなと思ったりするから情報として。
ああいうダイレクトに聞きたいことを聞けるってインタラクティブな情報はいいかもなって思う。
自分が質問していくことによって出てくる情報みたいな。
そこに固有性があるみたいなのを聞くみたいなのは結構好きかもしれない。
確かにそんな考えたことないな。
質問してそれによって自分がいるからとその会話の分岐が生まれて。
確かにな。
それはある種、本じゃできない。本は自分とのインタラクティブしかないから。
自分の中で内省的にこの時俺こうしてたなとか、一応重ねながら読むっていうか、体験を確認するために読んだりするけど。
自分が経験したこととか体験してこういう考えがもやってあるんだけど、それってそうなのかなの確認で読むことが多いから。
結局そこは重ねながら聞いてるんだけど。
でもそうじゃない意外性とかさ。
あと自分だとたどり着けない情報っていうのは人に質問する方が出てくるから。
それは別にどんな人でも、別に新人でもあるし、外の会社の人でもあるし、友達でもあるしみたいな。
だから結局なんか人と会う機会っていうのはすごいいい環境だなみたいな気がしてる。どこであっても。
それなんかすごい無作為な場でもよかったりするんですか?
意外的かもね。俺なんか美容院とかでも結構話するしね。聞くもんね。
どんなお客さんが多いんですか?とか。
普通に商売のこと聞いたりもするし。
とか普通に趣味の話もするしみたいな。
そうだね。店でもね。
じゃあなんか飲食店でちょっと聞き慣れないメニューがあったときに、これ何ですか?とか聞くタイプですか?
聞くかも。
聞くね、とか、それこそ旅行とかだったら飲食店でこの辺で何か見るとこあります?とかって聞くと、
その本にない情報出てくるかなとか、その今いい情報出てくるかなとか。
この時間、今この時間でこうとか、今日だったらこれあるよみたいな。
そういうのってこっちがそこで質問した方が出てくる、手に入る情報だから、割とするかもしれない。
ちょっと全然しないんで、大きな情報チャンネルを一つ失ってる気分ですね。
結構面白い。旅行だと結構いろいろね。
旅行か。
旅行者ってわかると向こうも結構くれるしね、情報。
なんかするね。出張とかでもしてるね。出張とかでも実際して、
じゃあ次あそこ撮影の場所にしようかなみたいなのをちょっと事前にちょっと調整したりとか。
普通に撮影行く前の情報として役立つみたいになったりするから。
撮影出張の時とかはもうするね、飯行ったら。
そういう自然な感じ出ないんですよね、私が人に喋りかける時に。
なんかあれだよね、情報すらもギブアンドテイクの目的が人みたいになっちゃう。
いや、ていうか、こっちからすると結構普通に聞いてるつもりなんですけど、
なんでこの人はこんな質問してくるんだろうみたいな顔をされる感じがするんですよ。
それも本当に何かね、そう思うのか、事実そう思われてるのかちょっと言ったら分かんないけど。
ちょっと分かんないんですけど。
分かんないけど、するとどういう果てみたいな顔すると。
はい。
それはすごい角度の質問いきなり投げるってこと?
いや、そんなことはないと思うんですけどね。
でもさすがにさ、自分が知りたいことがあったとしてさ、
いきなりこれを聞いたら変だなっていう時はさ、階段があるじゃん。
はい。
それをやる?
いや、分かんないですけど、その、例えばうどん屋に行った時に、
このうどん屋が関西風だったら食べたいけど、関東風だったら別のとこにしようかなって思う時があるんですよ。
で、うどん屋がらがらって開けて、
ここって関西風ですか?って普通に聞いてるつもりなんですけど、
え?みたいな顔されるんですよね。
今の質問は別にそんな遠い質問ではない気はしたけどね。
はい。
聞き方とか表情とかそっちのノンバーバルな方向で。
そっちなんじゃないかなって思ってるんですけど。
単純に聞き方の何かが会話ではなくて、
試されてる質問みたいな感じの身構え。
コマンドを入力してみたいな。
身構え感があるのかもしれないな。
あれじゃない?初手の挨拶がないとかないんじゃない?
例えばこんにちはって言って、今やってます?とか言って。
それは確かにないかもしれない。
ちょっと今お腹空いてるんですけど、
ちょっとあの、自分ないなに風が苦手で、ちょっとお聞きしたいんですけど。
ちょっとまどろっこしすぎない?
まどろっこしいかな。
だってその聞かれる理由が、そもそも質問される時にさ、
質問される理由がわかんないとさ、
まず試されてるのか何なんだろうって質問に対してなんか思っちゃうじゃん。
だからこっちは何で質問してるかを伝えるだけでもだいぶなんか防御は下がると思うけどね。
警戒心みたいな。
関西風じゃないと食べないまんなんですけどでもいいんですか?
関西風のところ探してるんですけどとかかもしれないけど。
どっちかというとポジティブな方がいい気がする。
それで出てこないな。
今ちょっと関西風のところ探しててとかだったら、
あ、うちは違うんですごめんなさいってなるかもしれないし、
あ、うちそうですよってなるかもしれないから。
なんかこっちが質問する前の理由があって、
それがまず普通のトーンというか別にであれば、
そんな軽減な反応されない気するけどな。
それで言うとリアルなやつで言うと、ガラガラ、てんてんてん、
あ、あの、ここってそういう関西風ですか?こんな感じです。
ギリ、一応店的にギリわかるけど、
セーフっちゃセーフだっけ?
だってうどん屋なんでしょ?
うどん屋です。
気にする人いるだろうってさすがに店側もわかるから。
さすがにそこまで経験でないと思うけど、
挨拶とか表情とか、まとかじゃない?軽減の。
そうですね。
まあ、単純に笑顔は警戒心得じゃん。
はい、めっちゃ真顔で聞いてると思います。
それでしょ。あと挨拶でしょ、たぶん。
店にあのーは挨拶に入らないんですか?
たぶん、こんにちはぐらいじゃない?こんばんはこんにちはぐらいじゃない?
あと初めてなんですけどとかさ。
ああ、そうなんだ。そうやってやってるんだ。
そうだね、もうちょっと口数多いかもね、質問までの。
はい。
いきなりは聞かないかもね。
ちょっと難しいですね。
難しいんだ、それ。
まあ、向こうも忙しいと思うんで、なるべく手短に聞いたほうが話し早くなみたいな。
その場合すいません、ちょっと今いいですか?だね。
ああ、なるほど。
そこを気にするんだったら。
で、いいですよって言われてから、ちょっと待ってねって言われたら、大丈夫ですって言って待って。
で、向こうが来たら質問するみたいな。
いや、それリアルに想像してもたぶん軽減な顔されると思います。
ちょっといいですか?
ちょっといいですか?なんか身構えさせる気しかしないです。
なんかさ、塗って出るんですか?
そう、塗って出ます。
塗って出る?
音もなく塗って出てくる感じだと思います。
なんだろう、なんか動物っぽいのかな?
あ、いたみたいな感じ。
そうだね、うん。
それはでもさ、やれるようになりたいとか思う?いいかな?
いや、まあ先ほどの話を言うと情報チャンネルは一つ大きなところを失ってるんで、
マットは美容院とかでもよく思うんですよ。
適当に入った美容院で、
なんかこの人ってどう扱ったらいいんだろうって思われてるだろうなっていう空気が伝わってくるんですよ。
なんか気使われてるなみたいな。
なんかどういう、なんか普通のお客さんだとこういうコミュニケーションで、
まあ概ねいけるけどなんかずれあるなみたいな思われてる気がして、
結構それでテンテンとしてたんですよね、近所の美容院。
今はその同じぐらい変な人、同じぐらい変な美容師を見つけつけて、
すごいポケットしてる感じの人だったんで、
その人がどこの店に行っても一応追いかけてるっていう感じなんですけど。
なんだろうね。
会話を展開する側の人から見て、なんかその難しさを感じるとしたら、
聞いちゃいけないことがありそうと思うと多分難易度上がる。
そうすると聞くことを選ばなきゃいけないじゃん。
で、まあ強い人はそこをそもそも気にしないっていう人はガンガン来ると思うけど、
一応それなりに良いコミュニケーションを取りたいなって思ってる前提だとすると、
そもそも相手が嫌がることは聞いちゃいけないなっていうのから、
聞いちゃいけないが多そうな人と全然平気そうな人だったら全然難易度が変わるよねみたいな。
まあそうですね。
感じで多分難しそうに見えるんだろうね。
まあそうでしょうね。実際はそんな何聞かれても良かったりするんですけどね。
でもそれは損してる気がするね。実態より。実態よりは損してるね。
そうですね。っていうあんまり太したコミュニケーションの成功体験がないんで、
ちょっと最初から諦めちゃってるみたいなところがありますね。
あれだよね。関係性できてからじゃないと難しいってことだよね。
そうですね。
だから一期一会的なコミュニケーションを楽しんで満足度高いみたいなのがあんまりないってことだよね。
そうです。短いのが無理なんですよ。長いやつ、話し込まないといけないやつだったら大丈夫なんですけど。
何だっけ?ショートトークとか言うんだっけ?
そんなそのものみたいな。
多分日本だとそんなに多くないと思うんだけど、それこそアメリカだったら分かんないけどとかだと、
普通にこうエレベーターとかのやつとは基本話をするみたいなのがデフォであるみたいなのは見たことあって。
理由もある種、警戒されないためにちゃんとコミュニケーションを取るみたいな。
私は安全な存在ですっていうのを示さないと安全かどうか分からない社会だからっていう説もあるけど。
理由は分かんないけど、ただそっちの方がそういうショートトークみたいなのがあるカルチャーみたいなのは。
みんながそれをやるみたいなのは聞くけどね。
なるほど。私は自分のビジュアル的無害さに結構自信があるんで。
ビジュアル的無害さだったら軽減されない気もするんだけど。
いや、何でしょうね。弱そう。
そっちの意味?
そう、そっちの意味。
競技ではないってこと?
そう、何かいざとなったら絶対勝てそうみたいな。
そういう意味では無害だね。
そう、そっちにもうゼンブリしちゃってるんで。
なんかわざわざ態度でそれをさらに難化させようという意識はないかもしれない。
確かに。
でもデフォで人に話しかけるときは笑顔で、そういうことね、初対面のショートトークするときはするかもね。
一旦まず警戒されないように。
なんかデフォでちょっと威圧感がある、なんか背が高いとかある人の方が、
ちょっとそれによる、何でしょうね、それを和らげようとする意識に持っていけるのかなと思うんですけど。
やってるかもしれない。
例えばさ、最近あるのはさ、テレカンでしか仕事話をしてないクライアントと実際に会うと、
本当にフランクな方なんですねって言われるのよ。
それで言うと多分インターフェースなしで声だけとか仕事の話、ある程度論理性のある話を結構長い時間やってて、
それこそショートトークする合間が作りづらいじゃん、テレカンだけの打ち合わせって。
ってなるとやっぱそっちの印象があんま残らなくて、
実際会ってそういう話すると結構自然とショートトークやってるから、なんか和らぐよねみたいなのがあるかな。
多分俺みたいな人間は会っておいた方がいいんだろうなって思う。
じゃあさっき言うちょっと損してる方も。