1. 50歳からのシニアアップデート
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2026-02-08 15:03

モンテーニュ「私自身をコンテンツにする」

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サマリー

ポッドキャストでは、モンテーニュの思想を基に自分自身を素材としてエッセイを書くことの重要性が語られています。彼の言葉を引用しながら、自分の考えを発信する意義や現代におけるポッドキャストの意味を探求しています。モンテーニュの思想を通じて、自分自身をコンテンツとして捉えることの重要性についても触れています。彼の著作などの試みは、思考や成長の過程を反映し、個人の経験が豊かな素材となることを示しています。

ポッドキャストの始まりと背景
シニアアップデートチャンネル始まりました。
パーソナリティは、ライフコーチ、Kindle作家でオンライン講師のLyustyle、
Apple Podcast、Spotify Podcast、StandFMをキーステーションに、
シニアの皆さんが安心して60代を豊かに過ごせるように準備するための情報をお送りします。
メンバーシップでポッドキャストチャレンジやろうよというような話になったので、
僕はこのポッドキャストをずっと振り返ってみたんですよ。
始めたのが2020年の1月ぐらいで、5年経ったわけですね。
間2年間はStandFMの方に行ってたんで、正味3年というところなんですけれども、
5年前からの放送がずっとそこに残ってました。
全部エピソード数っていうのを画面に入ったんですけど、なんと293とか書いてありましてね。
290回かと思いました。
これがね、私がこれまでにポッドキャストで配信してきたエピソードの数なんですけれどもね。
塵も積もれば山となるとかね、よく言いますけど、
最初は本当に何気なく始めたんですよね。
2020年の1月、やってみようみたいな感じで。
でもこうして数字として積み上がってきたら、非常に不思議な考えがありますね。
過去のタイトルを見てみるとね、いろいろなんですよね。
なんかテレビで円盤の特集があったのが面白かったとかね。
異世界のビートルスのね、まだ現役でやってるという、
そういう異世界の方に紛れ込んで、そこからテープをこっそり持ってきたという人のね、
異世界ビートルスの音源が実際にYouTubeとかにあるんですけど、
それを言っていたりとかね。
アニメが面白いとか、本当にそういうようなのばっかりなんですよ。
いや、もう誰得というような話ばっかりやってるんですね。
こういうリストを見てみて、何か非常に面白かったということと同時に、
このような自分の考えというのは何かぴったりくるような言葉がないのかなということで、
いろいろと調べてみたんですよね。
モンテーニュの思想とエッセイ
そしたらモンテーニュにたどり着いたんですよね。
モンテーニュという人は16世紀のフランスを生きた哲学者であると言われてるんですけど、
エーセイという名前を聞いたことがあるよという人もいるかもしれません。
日本ではズリソロクというふうに訳されていたりもしますね。
Amazonとか見てみたらもうずらっと本がありましたね。
そのエーセイとかも第何巻まですごい著作になってるんですけど、
その中で彼が言っているそうなんですね。
私自身が私の書物の素材であるという、
なんか非常にぴったりくるんですよね。
なんで私たちは自分自身のことを話すのかとか、
自分の考えを世界に向けて発信するのかとか、
そういう意味をモンテーニュのこの言葉と一緒に考えてみたいなと思いました。
モンテーニュの発見
モンテーニュという人物について少しまとめてみたいんですけど、
彼って今から400年以上前のフランスにいた人なんです。
彼は元々非常にエリートの貴族で、
調べてみましたら裁判所の仕事とか、
なんとボルドーシの市長とかも務めたような立派な社会人なんですね。
ところが彼は38歳の時に突然仕事を辞めるわけですよ。
言うか38歳ぐらいで市長とかずっとやってたんですね。
そして彼は自分の貴族なんでお城を持っているわけですけど、
そのお城の塔に引きこもってしまうんです。
当時のフランスっていうのは宗教戦争の真っ只中で、
結構大変な世の中だったんですよね。
世の中結構混乱してて、
彼は彼は疲れ果ててしまったのかなというような感じですね。
彼は塔の中にある書斎にこもったんですけど、
そこには1000冊ぐらい本が収納してあったわけですね。
彼はそこで静かに読書をしようと、
そして残りの人生を育て過ごそうと思っていたということなんですけど、
そこで問題が起きてしまうと。
退屈ということですよね。
そして孤独。
何もしないでいると自分の心が暴走し始めたんだそうです。
これはあれと似てますよね。
定年後のやることがなくなっちゃって、
社会と縁が切れてしまったというような時の、
そういう気持ちと似てるんじゃないかなと思うんですけど、
不安とか妄想とか取り留めないような考えとかが、
頭の中を駆け巡ったんだそうですね。
彼は暴露する心って言っていいのかね、
そういうのを書き留めようと思ったと。
これがエッセイの始まりだったそうです。
400年ぐらい前の本と言ったら、それは立派なものでね。
それは神様について書かれた神学書がほとんどですね。
歴史上の英雄の物語とか、役に立つ科学の本とかね。
そういうものが書物だったわけです。
ところがこのモンテーニューが書いたのは全く違ってて、
英雄でも聖人でもなんでもないんですね。
彼はね、ただの中年のおじさんですね。
そんな彼がですね、自分の好き嫌いとか、
体の不調とかについて書くわけですよ。
親指についてとかね、匂いについてとかね、
私は大根が好きだとかね、白ワインが好きだとか、
そんなことまで書いてるんでそうです。
300年くらい前になるんですけど、
健康のツレツレ草にも似たようなところがありますよね。
彼はですね、その本の冒頭の読者へという文章でね、
このように断っているんだそうです。
これは私的な家族や友人のための本だとですね、
私の欠点もありのままの姿も
包み隠さず書くつもりだと。
そしてですね、この言葉ですね、
だから読者よ、私自身がこの本の素材なのだ、
という言葉に続くわけです。
だってね、当時ものすごい革命だったようですね。
普通の人間の個人的な考えというのが
本のテーマになり得ると宣言をしたということなんです。
今でこそモンテニューといったら偉大な人のように見えますけど、
当時の人から見れば、
市長だったかもしれないけれども、普通のおっさんですよね。
そういうような人の考えが
本のテーマになるということです。
彼はね、こうも言ってると、
最も偉大なことは自分自身を自分のものとして知ることだとね。
うーん、これ願蓄がありますね。
私たちはつい自分以外の
何者かになろうとしていることが
まあまあありませんか。
もっと賢くなろうとかね、もっと立派になろうとかね。
誰かの役に立つようなことを言わなければならないとか
そういうふうに身構えてしまうんですね。
このポッドキャストもそうなんですよ。
やっぱり違っていたわけですね。
私は私について語ると、なぜならそれが
私が一番よく知っているテーマだからだという
そういうスタンスなんですね。
私が290回以上ポッドキャストを続けてきて
同じことを今感じているわけですよね。
最初の頃はですね、
デタラメなこといろいろ言ってましたよ。
興味関心に合わせて言ってたんですけど、
何か役に立つような情報を話さなきゃならないんじゃないかと思って
一生懸命そういうようなことも
喋っていましたね。
でも長く続けていくと
結局残るのは自分なんですね。
こうして振り返ってみると、やっぱりそうでしたね。
自分が何を感じたかとか、自分がどう考えたかとか
専門知識はGoogleで何でも手に入るけど
でも私という人生のフィルターが
掛かったそういうようなものっていうのは
私にしか書かれないわけですね。
だからモンテに言って
自分のことを変化し続ける頼りない存在だと言ってたんですが
その変化そのものを記録しようと
彼は思ったようですね。
そしてこれまでの290回の配信をしてきた私とも
重なります。
自己表現の重要性
ポッドキャストは現代のエッセイ。
ポッドキャストは現代のエッセイ。
ここでエッセイという言葉に注目をしてみたいと思います。
エッセイというのは私たちはよく
エッセイと言ったりしますけれども
これはフランス語で試みという意味なんですね。
英語のエッセイの語源なんですけど
モンテーニュの思考の試み
話すこと、実験することみたいな意味なんだそうです。
なんでそのモンテに言って
自分の書いた文章というのを完成品とか持ってなかったんですね。
あくまで自分の思考の
試し書きだったということなんです。
私は答えを知っているから書くのではなくて
答えを探すために書くのだという
そんなニュアンス。
これポッドキャストのそのものなんですよね。
こうしてマイクに向かうときとか
最初から完璧な台本があるわけでないことが
ほとんどなんですね。
そんなにたくさんモンテに言うことを知っているわけではないので
調べてから書いているので
普段はその場で思いついたようなことを
しゃべっているんですけど、話し始めると
話しながら自分こう考えていたんだなとか
やっぱり気づくことがあるんです。
話すことって考えることの試みなんですよね。
エッセイなんですよ。
モンテには有名なモットーがあったそうで
これ結構有名な言葉なのでご存知かもしれないんですけど
クセジュですね。
これ日本語では私は何を知っているんだろうかという
そういうようなことですね。フランス語です。
昔クセジュ文庫という文庫がありましたそういえば。
今もあるのかな。
これは私は何も知らないという謙虚な姿勢なわけですね。
だから何も知らないからこそ考え続けるのだという
意欲でもあるということです。
今回の私の290回の配信というのは
まさに290回のエッセイ、試みだったんですけど
うまくいった回もあるし
何を言っているのかわからないというような回もあるんですね。
でもその全てが今見ると
私の思考実験だったなというように思います。
個人の経験を生かす
こうして見るとエッセイと私のポッドキャストを
重ねて同じようなものだと言っているような感じがするんですけど
決してそうじゃないんで
そこから糸口にして振り返っているというようなことですね。
さて、モンテニューの言葉で
結構よく思うことがあるんですよね。
こんなことをモンテニューが言っていたんだと思ったんですけど
私が書物を作った以上に
書物が私を作ったという言葉があるんですね。
これはものすごく共感しまくりですよ。
モンテニューは自分の本を何回も書き直したんだそうです。
新しい版が出るたびに古い文章を消さずに
新しい考えを書き足していたんだそうですね。
だからエッセイの中では若い頃の彼と
年老いた彼の意見が矛盾して同居しているんです。
でもあえて彼はそのままにしたんだということで
人間というのは変わるものだからですね。
それでこのようにして書き続けていったと。
そうやって彼は自分自身を理解するということを
続けていったわけです。
もともと哲学者だったというわけでも何でもなくて
こうやって書き続けてきたという行為が
いつの間にか彼を哲学者に育てていったということですよね。
私もやっぱりそうで
ポッドキャスト始めた頃の2020年の1月頃の自分と
5年経った今の私って全然違うんですよ。
話し方も違うし考え方も当然変わってますね。
でももしかしたらその変化というのは
ポッドキャストとかブログとか電子書籍とか
そういうものでずっと考え方を出しながら
起きたからこそその変化というのは起きたんじゃないかな
というふうに思うんですよね。
アウトプットすることで私自身も
同じことを何度も何度もいろんなところで書くんですよ。
これでしゃべってみたりとか
電子書籍に書いたりとかメルマガに書いたりとかね。
何度も何度もそうやって書いていく中で
考え方というのは整理されていくわけですね。
なので私自身が書物の素材であるという
その言葉は非常によくわかります。
この言葉というのは決して自分大好きという言葉ではない
ということはもうおわかりですよね。
私たちついついいろんな発信をする中で
ネタがないなと悩むわけですね。
何か書くには特別な体験が必要だと感じてしまう
ということはありませんか。
よく子どもたちが夏休みの絵日記とか書くときに
何もしてないからどこも行ってないから書けないとか
悩んだりしますよね。それと同じで。
でもそのモンテーニアは自分の親指の話で
一章だけを書いたということですね。
非常に些細なこととかふと感じたこととか
それら全てが素材になるという
一つの典型ですよね。
なので僕らの人生そのものが最高に面白い
コンテンツになるよというそういうことが
このモンテーニアとの出会いによって
さらに補強されたなというように思います。
ということで今日は293回の振り返りと
モンテーニアの言葉について
結びつくことについてお話をしたんですよね。
私自身が私の書物の素材である。
この言葉を私の大事な言葉にして
これからさまざまなメディアで
また発信を続けていくと思うんですけれども
そういうときに思い出しながら
私のそのときの考え、ありのままの考え方
借り物でない自分自身が感じたことですね。
そういうことをしっかりと語っていければな
というように思います。
はい、なのでこのポッドキャストも
これから先もそんな風でありたいかなと思います。
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