サマリー
2026年の不安な社会において、占いやスピリチュアルの流行は人々の不安を示しています。大きな物語が崩壊し、選択肢が狭まっている中で、人々は答えを求めています。2026年のカオスな状況に対処するため、多くの学生は自らの不安と向き合い、周囲の期待とは異なる未来を探求しています。高校時代の経験を通じて、人々は自分の適性や能力に合った道を見つけることの重要性を認識しています。このエピソードでは、2026年に不安や恐怖を抱える人々が創作活動を通じて自己表現を行う意義について語られています。創作に必要な不安定さや社会との不適合感が強調されています。
占いとスピリチュアルの流行
周りに惑わされるな。
この計画を、チラッと思っているだけの 抜粋の精神科、リブラでございます。
ありがとうございます。
また、今日も思ったことを話そうかなと思いますけれども、
今、3つほど1つ思ったことがあったので、 喋ろうと思って、また新しいことを思って、
今、ふと新しいことを思ったので、新しい方から。
直近に思ったことから順番に言いますけど、
最近、無茶苦茶に占いの人が増えているでしょう、世の中に。
このスタンドFMの人、占いだらけですよね。
スピリチュアルって占いだらけでしょ。
僕、もう1個思うのは、横浜の中華街に行きますけど、
中華街は占い街になっていますよね。
僕の行っていた中華料理屋さん、半分以上 占い屋さんに変わっちゃってますから、
占いと天使あまぐりと中華料理と、数がね、
前は占いが一番少なくて、もちろん中華、あまぐり、占いの順番だったけど、
今、中華占いあまぐりですよね。
これ間もなく占い中華あまぐりになりますよね、おそらく。
その雰囲気で。
あそこで中華食う人よりも占いやる人が多い。
そんなような、横浜の中華街だけのことか分かりませんけどね。
とにかく占いが流行っていると。
宇宙と繋がったりとか、いろいろそういうのが流行ってますよね。
大きな物語の崩壊
スピリチュアル的なものが流行ってるでしょ。
これはやっぱりいろんな不安の現れなんだと思うんですよ、僕からするとね。
精神界からするとね。
きっと、世の中が悪い方に行ってるわけじゃないんですけども、
そうは僕は思っていませんけども、
よく言うのはね、
よく言うのは、大きな物語の創出なんて言い方をするんですけど、
大きな物語っていうのは、ずっと、
勉強頑張っていい成績を取ると、
いい学校に行けて、いい学校に行くと、
愛知県だったら、トヨタ市なんかだと特別に、
大学じゃなくてトヨタ自動車に入る方がいいっていう、
ちょっと特殊なところもありますけども、
一般的には、いい高校からいい大学に行って、
いい会社に入らないといい生活できないよ、みたいなことを言われて育って、
実際に、いいとされるところに入って、
出世していくと、そこで努力していくと、
言われた通りなことをしていくと、
従順に従っていくと、係長、課長部長と、
カローラ、コロナ、マークツーと、
サニー、ブルーバード、ローレル、
最終的には、クラウン、
最終的には、セドリン、ブロリアと、
最終的には、
ルーチャー、マツダね、
マツダの場合は、
ファミリア、カペラ、
もう一個ないか、
もう一個あったよな、
ルーチャーか、
三菱だったら、
ギャラン、違うか、
ギャランかな、忘れてたな、ギャラン、
わからないな、ディアマンテ、
ディアマンテ忘れた、あれかな、
ローレルクラスか、
デボネア、みたいなね、
ちょっと間が忘れてたな、
ギャランじゃないか、
覚えてないな、
ホンダはよくわかりませんが、
アコードね、
シビック、
なんだろうな、
シビック、アコード、わからないな、
レジェンド、中間がわかりませんけど、
そういう風に序列がはっきり決まっていて、
登っていくと、
努力をすれば、どんどん幸せになりますよ、
という風な物語ですね、
こういうのが確実だったんですよね、
これが決まっていたので、
人々は迷わず、とにかく勉強するしかなかったし、
勉強するしかないわけではないんだが、
割と道は狭くて、選択肢は少なくて、
力さんなんかはよく考えず、
とにかく勉強したとよくおっしゃってるね、
一方向にしか何も考えずに、
とにかく別に希望も何もないから、
ただやっていって、
なるべくいい点数を取ろうと思ってやっていたみたいな、
だいたいの人はそうだと思うんですよね、
ボーカル少なからですけど、
僕なんかもそうだなというところがあるわけですけども、
で、
それらのこんなのがあって、
暑いな、
暖房切ろう、
窓開けちゃおうかな、
で、なんだっけ、
そういうのがあり、
なんで、
これは、
幸せを約束してくれるんですよね、
ところがこれっていうのは、
でもそういうのを約束してくれるんだよね、
その約束が、
やっぱり崩壊しましたね、
いい学校に行ったからといって、
何っていうようなこともあるじゃないですか、
最近学歴の効果が薄まってるでしょ、
で、いい会社みたいなのってないじゃないですか、
いい会社ってどこですか、
トヨタ自動車ですか、
トヨタ自動車ギリギリ今のところいいけど、
これいつまで続きますかね、
っていう風な雰囲気は見えてるでしょ、
もう明らかに見えてるわけですよ、
今はすごくいいですよ、
だけど、
30年前の安定感はもうないわけですよ、
ということで、そういう約束がないんですよね、
答えを求める日本人
で、
そのことによって将来が不安定になってますから、
やっぱり占いとかに頼りたい気持ちが湧くよね、
人間っていうのはね、
不安定になるとね、
これは当然のことですよね、
それがこのスピリチュアルブーム、
占いブームを生んでるんじゃないかな、
みんなが自分の将来に不安を抱くんでね、
その保障がね、
今時、宗教、神様、仏様、
日本はあんまり流行ってませんから、
みんな根っからの神道だと僕は思いますが、
あんまりそこまで流行ってませんから、
流行ってないというか無意識なんで、
あんまり役に立たないということで、
スピリチュアルに癒しを求めるということは、
当然あるかなと思いますよね。
さっき言った、しかしこの
大きな物語の素質が
何も悪いことばかりではないというのは、
この
大きな物語というのは、
努力をすれば幸せになるということを
保障はしてくれたんですけれども、
保障はしてくれたんですけど、
その形しか許さなかったんだよね。
この勉強ができていて、
良い学校、良い高校、良い大学、
良い会社に入って出世していってという、
この一方向しかほとんど認めないと。
それ以外の幸せは、
それ以外の生き方は基本的には認めないと。
かなり努力をしないと、
かなりずれたことをしないと、
それ以外の道を選ぶことが難しいと。
という、
ある種の圧力というか、
強制するという、
強要するというものを伴っていたわけで、
そういう意味で、
少しそういうルールにはまれない人にとっては、
苦しいわけで、
そういうのにうまくはまれない人にとっては、
今のこの自由な社会、
約束のない社会、
保障のない社会というのは約束も、
強要もない社会なので、
こういうカオス的な社会のほうが、
一つの福音ではあるわけだよね。
だから、今までの昔の社会ではまった人にとっては、
今は苦しい時代になっているけれども、
不安な時代になっていて、
占いなんかも、
そういうスピリチュアル的な、
何か保障みたいなもの、
人生の保障みたいなもの、
答えが欲しい人が日本人多いんでね。
それで、
多分世界中で日本が一番スピリチュアルが
ブームになっていると思うんですけど、
答えを教えてくれるからですね。
僕なんかも答えが欲しい方です。
だけど、僕は自分が答えが欲しい方でやるということが嫌なんです。
僕は答えを求めるタイプなんです。
だけど、
それが自分でわかっているからこそ嫌なんです。
僕はそういうのが。
その辺がだからちょっと、
僕の特性かなと思いますけども、
自分で嫌だなと思っているんだよね。
そういうところが。
なので、
あえて逆側に行くっていうね。
だから占いは多分僕好きなんですよね。
だから嫌なんです。
だから占いはもうダメなんです。
という風だと思うんですけども、
恐らく本質的には好きなんです。
なので嫌いなんです。
という感じがしますけども、
そういう風でやりたくない。
そういうの関係なく生きている人たちが
格好良く僕には見えている。
そういうことです。
これが一個思ったこと。
最近の占いズームについては思ったこと。
次に、
イージさんの配信を聞いたら、
イージさんが、
絵を描いている意味ってなんだろう?
みたいな自分がね。
僕は人に褒めて欲しいだけじゃないのか。
という風におっしゃっていた。
そこで思ったこと。
何思ったっけ?
忘れちゃった。困ったな。
一回止めるか。
何か思ったんだけどな。
ちょっと思い出しますよ。
一瞬で思い出さなさそうなので、
一回止めます。
思い出した。
もう一回聞いてきました。
イージさんのやつを聞いて思ったこと。
いくつも思ったんだけど、
一つずつ行きますか。
思い出した!
イージさん自分でもおっしゃってたけど、
こんな風に絵を止めても友達って言ってくれるのかな?
そんなの大丈夫だよ。
ずっとイージ君は友達だよって
言ってくれるに決まってるよねって言ったけど、
決まってるコメントを
僕がするとまた皮肉みたいになるんで、
そうすると他の人が書きにくくなるんで、
あえてコメント書きませんでしたけど、
不安との向き合い
絵だけでイージ君の魅力じゃないよ。
ずっと友達だよ。
ずっとも。
そういう系のコメントとか、
絵はやめないでよ。
イージ君の絵はとても
私の気持ちの支えになってます。
イージ君絵をやめないで。
的なコメント。
もう一個。
もう一個なんだろうな。
もう一個ありそうな気がする。
定型的なコメントを
励ましコメントをすると、
イージさんはありがとう。
本当にありがとうって言いながら
チッて思うんだよね心の中の一部ね。
それを出してしまう自分にまた
これしょうもねーなとか
と思ったりするんでしょ。
っていうね、
定型的なやりとりを止めるのは
申し訳ないと思ったんであえて書きませんでした。
ここで言っちゃいましたけど。
ということで、それだからあえて書きませんでした。
なんなら定型的なコメント5つぐらい
バーッと書いてあるかと思ったんですけど、
そういう意地悪をするとね、
良しときました。
で、
ちょっと思ったことをコメントですけど、
っていうのも思ったんだけど、
イージさんが
怖いから書いているっていうふうに
おっしゃってて、
周りの人みたいにただただ太って
いくね、要は
千と千尋のお父さんとお母さんみたいな感じ
の周りの人。
千と千尋のお父さんお母さん
みたいな感じに
イージさんには周りの人が多分見えていて、
こんなふうになりたくないっていうね。
あるいは後輩たちは煽り運転をしている
っていうことでこんなふうになりたくないっていう。
それを聞いてね、
僕の高校生のときとそっくりだなと思ったんですね。
僕は高校生のときはですね、
中学校が
都会の中学校に行っていて、
田舎の学校に、田舎に
本当は影響で、
なんていうかな、
具体的に言わないほうがいいか。
都会から田舎のほうに
引っ越したんだけど、
田舎のほうの名古屋の都会から
田舎と都会の対比
名古屋にも田舎があるわけでね、
名古屋の田舎に引っ越したらですね、
名古屋の田舎の中学校は荒れていてね、
暴力事件とかあってね、怖かったんで、
転校するといじめられたりする可能性があると思って、
嫌だなと思って、
1時間半くらいかけて通ったんですよね。
後半半分くらい中学校、
都会の中学校まで田舎から。
お前転校しろよって先生にも言われたんだけど、
転校したら成績急に上がるぞお前って言って、
あっち成績悪いぞって言われたんだけど、
嫌ですって言って、
だって僕いじめられるものがいて、
そんなことないよお前、引っ越しは終わります。
もったいないなお前。
引っ越したら一気に良い高校行けるぞお前って言って、
嫌ですって言って、行かなかったんですけど、
で、都会の中学校卒業なんです。
今なんて思えば別に良かったかなと、
やっぱり都会の中学校の同級生たち、
楽しい人たちなんで、今会うとね、
田舎の子たちも良い子だったのかもしれません、
言ってないからわからないけどね。
というか、
田舎の中学校に行ったんだけど、
そうするとさ、
その成績がどうしても伸びないんですよ、
都会の中学校で。
オールさんにちょっとぐらいになっちゃったんで、
あまり勉強しないのが一番問題なんですけども、
そういうようなことになって、
僕としては、
不本意な高校に行くことになったんですよ、
レベル的に。
だから、
不本意だなと思って入っているもんだから、
周りが、
今のイージーさんみたいな、
イージーさん多分、
なんていうかな、
地頭のバランスがちょっと、
周りの人と合ってないんですよね、
おそらくね。
IQが多分周りと合ってないんでね、
おそらく、
感じ的に。
才能とか能力と周りのあれが合ってないんで、
多分役職っていうかな、
あの人のいる場所とあの人の能力が若干合ってないんですよね。
そういうことがあって、
そこの不均衡があって、
だからあの人のもらっている給料が
あの人の能力にちょっと見合ってないんだよね。
上手くはまってないんだ。
今の仕事ができないわけじゃないんですよ。
あの人は何でもできるから、
今の仕事もできるんですよ。
でも本当はもっと高額な所得でも
取れる力があるんだけど、
今は別に能力によって給料決まってないもんね。
場所とか運だもんね、ほとんど。
だから、
今給料が高い日給料は場所と運ですもんね。
だから鹿児島にいたら絶対給料は上がらないですよね。
鹿児島には高い給料の仕事ないから。
僕の親戚でも鹿児島で一番給料が高いのは
公務員ですから。
公務員って都会では給料が低い代表の仕事じゃないですか。
田舎では給料が高い。
自分の未来を見つける
皆さん気が付いてます?
子供の将来の目標みたいなものって
公務員っていう風に書く人が多いでしょ。
ちょっとさ、都会のさ、
我々信じられないでしょ。
公務員なんかなりたくないじゃん。
ところが公務員が上に来るじゃん。
みんなアホだなって思ってるでしょ。
違うんです。あれアホなんじゃないんです。
田舎では公務員が一番給料と収入が高いんです。
一番実は。
実は公務員っていうのは
田舎の方では目指す仕事なんだよね。
国家公務員じゃなくても
県の職員とかでもみんな喜んでいくんですよ。
むしろなりたい仕事なんですよ。
でも町の方に行くとさ、
県の職員はあまりなりたくないよね。
やっぱり。
田舎の人は、それはそういう風に育ってるし、
実際そうなんですよ。
ということで、田舎にいると給料上がらないですよ。
絶対に。そういう高い仕事ないからね。
だから田舎だったら
起業していくしかないと思うんですが、
そういう方法はあるんでしょうね。
ちょっと知りませんけど。
ということで、そういう風なもやつきは
そこから生じていると思うんですけど、
僕なんかも、自分的にはそう思ったんです。
現実がどうかは知らない。
実際どうかは知らないが、
ちょっと待てよ、これ。
現地言わない。大丈夫かな。
実際どうかは知らないがですね、
僕はそう思ったんです。
周りの、
今のここの高校に
いるべき自分は人間じゃないと思ったんです。
ここの場所じゃないと思った。
だから言ったら、
僕の行った高校は、
みんなが目指している大学があって、
みんなが目指している先があるんだけど、
それがまあ言ったら公務員みたいなところが
最上級で狙っているんですよ。
僕の高校の大半の人が。
公務員になれたらいいな、みたいになってるんですよ。
僕としては、
それは田舎なんですよね、僕が行った高校は。
だけど僕は
名古屋の真ん中辺出身なんですよ。
都会の出身なんですよ。
都会の人は公務員になりたくないと思っているんですよ。
なので、僕がなりたくない、
あんなあそこには行きたくないと思っている場所を、
最上級に定めている人たちが周りにいるんですよ。
これはもうどう考えても
僕はここは燃やつくでしょ。
僕がここにいたら、この人たちに
流されてここと同じところに行ってしまうとなると、
僕は公務員になってしまうって。
それは僕の中学校の時の友達からすると
望ましくない未来なんですよ。
僕の親戚からすると、
僕の中学校の
友達からすると、
そこを望んでいるんですよ。
僕の高校の周囲の人は。
そうすると、すごく不安になるんですよ。
この人たちの目指している未来というのが
僕が行きたくない未来なんですよ。
そうなると、
不安になっちゃって、
僕は当時、
絵も描けないし、
音楽もやれないので、
運動も大切にできないし、
そうなると、
僕がそこから抜け出す方法は
勉強することしかなかった。
最終的には、
高校の時はできなかったです。
やり方がわからなかったんですよ。
正直言うと。
どうやってやればいいのか。
高校では何もやらなくても、
負けてたけど、
わざと負けてたみたいなところもあるので、
やってられるかみたいな思いもあって、
ちょっと拗ねてたのもあって。
最終的には、
高校卒業してからというか、
卒業するギリギリというか、
3年生の夏休みくらいから、
それも一気に勉強できなかったんだけど、
もうちょっとやれればよかったんだけど、
それは僕の能力的な限界で、
なんとか会の医学部に
滑り込むことしかできなかったんですけど、
これはしょうがないよね、
僕の能力の限界なんですよね。
だけど、
高校のレベルでは
到底入れない大学なんです。
滑り込んだ、
ギリギリ滑り込んだから、
医者の中ではかなり下の方ですけど、
高校からすると、
到底入れないぐらいのレベルの
高いところなので、
高校のレベルが低いからね。
ある種、自分的には、
創作と不安の関係
頑張ったほど頑張ってないけど、
ある程度プレッシャーはかかったわけです。
恐怖は感じていたんですね。
だから、
そんな風に似てるなと思うので、
その恐怖感だったりとかっていうのは、
例えば、
恐怖感だったりとかっていうのは
そういうのがなければ、
創作ってないでしょ、そもそも。
そもそも創作にね、
浄土の不安定さっていうのは
絶対必要なんだよね。
安定して元気でほんわか生きている世界に、
芸術とか創造なんて無理ですよ。
僕は思う、
やっぱりね、
苦しさとか悲しさとか恐怖とか
不安みたいなものが、
なくても、
ないなりに
何か作るかもしれないけれども、
今まで残っている
社会の芸術だとか、
人の心を揺さぶるものの多くっていうのは、
そういう人間の、
バネみたいなネガティブな方に
ギュッと引っ張られたやつがバチンと跳ねて、
消化って言いますよね。
防衛規制っていうところのね。
そういうのが跳ねて、
作られたんじゃないの。
戦争とそれへの怒りがなければ、
ゲルニカはできないんじゃないの。
統合主張症によって周り、
統合主張症じゃないかもしれないけど、
自我協会が曖昧になって、
周りへの
課題な恐怖がなければ、
ムンクのマドンナはできないんじゃないの。
あるいはムンクの叫びはかけない。
ムンクは叫びもマドンナもかけなかったんじゃないの。
もしかすると、やはり。
張力が落ちていくという恐怖がなければ、
ベートベンはあんなに創作できなかったんじゃないの。
知らんけど。
ということで、
エヴァンゲリオンは、
庵野監督のエヴァンゲリオンは、
社会への不適合感というか、
死にたい気持ちというか、
自殺したかったんだよね。
みたいなものがなければ、
かけなかったんじゃないの。
そして、奥さんに救われたという
責任がなければ、
最後、新エヴァンゲリオンはできなかったんじゃないの。
いろいろそういうことあるでしょ。
というふうに、やはり、
イージーさんが感じている、
周りへの恐怖とか、
周りへの、
周りの
人への感情やら、
自分への嫌悪やら、
不安やら、恐怖やら、みたいなものが、
創作の種になっているんじゃないかと思うので、
そういうのは、大いに
あったほうが、
あったほうがいいとは言わないけど、
あってもいいんじゃないのかなって思いますよね。
あっても、あったほうが
うまくいったりすることも、
あの人は、だってイージーさんは、
作品を作る人でしょ。
という側面においては、
あの人が楽しく生きていく面には邪魔になるかもしれないけど、
作品を作る面にはいいんじゃないですか。
作品を作ることで、
コミュニティの変化と個人主義
楽しい気持ちになれれば、
何らかのね、直接なり間接なり、
つまり直接絵ができたことによる喜びと、
間接っていうのは、
それを誰かが見て喜んでくれたことによる喜びみたいな、
直接間接、
いろんな方法で楽しければいいんじゃないですかって、
思ったっていう、
思ったのが、
2つ!
3つ!
3つ目!
3つ目!
さっきのが1で、
イージーさんのが2で、
今からの3!
あーだめだ、ちょっと1回止めましょう。
3はなんだっけ、
3はちょっと忘れた。
思い出した!
3はね、テレビを見ていたらね、
町内会の危機だって言ってね、
そういうことに人が集まらない。
みんなね、
もみこしかつぐ人も集まらないし、
上野の金の協力もできなくなって、
非常に困っているというような、
地域社会の崩壊って話をしてました。
まあその通りだなと、
その通りというか、
そうだろうなと思うので、
それを何とかしたいとおっしゃってたんだけど、
まあそう簡単じゃないだろうなと思うんです。
一方で、人々が、
そういう、
みんなが個人主義になっていて、
そういうのを手伝わなくなったっていうのは間違いだと思います。
それは大きな間違いですね。
なぜならですね、
その人たちは語っていないがですね、
山本さんの企画には、
ボランティアが非常に集まっています。
西野さんの企画には。
天才万博には。
集まっているんですよ。
なので、人は集まっているんですよ。
人はね、ボランティアに人は集まっています。
子どもたちを、
シングルファミリーを助けるやつにも、
人がいっぱい集まっています。
言ったら分かります。
めちゃくちゃ人がいます。一生懸命です。
だから、
もうこれは止められないんじゃないかと、
SNSで人がつながれるようになってしまったために、
地域のコミュニティよりも、
趣味・趣向の合うコミュニティの方に、
人が移行してしまっているんじゃないかと思うんです。
そうするとさ、
やっぱさ、
地域のコミュニティもやって、
長本さんのコミュニティもやってという風に、
あんまりたくさんはなかなか、
そこまではできないよね。
何ていうかな、
箇所分時間が限られているじゃないですか。
箇所分所得と箇所分時間が限られている中でですよ。
両方やることができないから、
どうしても煙突町をやったり、
肉祭りをやったりした人はですね、
どうしたってね、
地域の内子さんのやつは、
おろそかになるよ、そりゃ。
ということに過ぎないんじゃないかなと。
別に、
僕らが個人主義に走ったわけではなくて、
SNSによってコミュニティの形が変わったってことじゃないの?
それってテレビを見ながら思ったということで、
これはもう深掘りする時間がないのでやめます。
おしまい!ということで、
今年もよろしくお願いします!
さよなら!
23:38
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