1. London Tech Talk
  2. 社内転勤でアメリカへ:世界で..
2024-05-04 1:05:09

社内転勤でアメリカへ:世界で活躍する Software Engineer になるまでの軌跡 (Shuhei)

Shuhei さんをゲストにお呼びして、社内転勤を経てアメリカに転勤したストーリーをお聞きしました。海外に行こうと思った契機、生活立ち上げの苦労、社内転勤のストーリーから外資・欧米環境で成果を上げるための工夫について話をしました。

Summary

Shuheiさんはアメリカに移住した経緯と、アメリカでのテックキャリアについて話しています。ショッピファイに入ったスケジュール終了を思っていたとき、中長期的なキャリアとしてアメリカやカナダに行くことをイメージしていました。移動先のタイムゾーンの人々と積極的にコミュニケーションを取り、ネットワーキングに努めています。ビザの手続きや家族の準備期間など、アメリカへの転勤に伴うさまざまな準備が必要でした。しかし、最終的には2023年6月末にアメリカに移住し、新たな仕事に挑戦することができました。アメリカへ転勤したSoftware EngineerのShuheiさんによるエピソードです。家具や家電の持ち運びの苦労や日系幼稚園での子育ての経験などについて語られています。ロンドンでの生活や子供の学校生活、アメリカでの車のトラブルなど、Shuheiさんのアメリカでの生活の様子と苦労について語られています。社内転勤でアメリカへの軌跡と、仕事とプライベートの両立について話しています。

アメリカへの憧れ
ken
みなさん、こんにちは。London Tech TalkのKen Wagatsumaです。
今日もゲストをお呼びして、私の方で進行していこうと思います。
今日は、Shuheiさんをお呼びしています。Shuheiさん、よろしくお願いします。
Shuhei Eda
どうも、Eda Shuheiです。よろしくお願いします。
ken
リスナーの方にはお馴染みのShuheiさんということで、今日さっき数えたんですけど、
本日5回目の出演と、何回も出てくださってるShuheiさんということで。
Shuhei Eda
そんなに出てるんですね、僕。
ken
そう。
Shuhei Eda
確かに結構DDIとかで稼ぎましたよね。最初の、自分のキャリアの話とかもあったと思うんですけど。
ken
そう。最初のキャリアのお話が29回目と30回目で出ていただいて、その時前編後編で分けてエピソードを公開しているので、
確かこの時収録は1回だったかな?多分。
Shuhei Eda
はいはいはい。そうですね。
ken
収録としては4回目、エピソードとしては5回目。もうだいぶロンドテックトークに出ていただいてるShuheiさんなんですけども。
はい。
本日はですね、ShuheiさんがDDI会の方でもチラッとお伝えした、お話ししたと思うんですけど、
Shuheiさんが去年の7月、6月末でしたっけ?
Shuhei Eda
そうですね、6月、6月末ですね。
ken
ですよね。都米をされて、だいたい半年ちょっとぐらい経ったということで、
都米その後どうですか?という都米キャッチアップ会をしていこうかなと思っています。
はい、よろしくお願いします。
Shuhei Eda
よろしくお願いします。
ken
はい、ということで多分この半年、半年じゃないか、もう8ヶ月、9ヶ月か。
多分いろいろ経験。
もうあっという間に作ったんですね、はい。
あっという間でしたよね。多分9ヶ月いろいろ経験されたかなと思うんですけど、
なんかそれを、移住大変だったストーリーをいろいろ聞いていきたいなと思ってますね。
Shuhei Eda
ぜひぜひ、もういろいろ、なんて言うんですかね、
仕事、プライベート、いろいろあるんで、はい。
ほりはほり聞いていただければと思います。
ken
ほりはほり、いやもうどこから行こうかなって感じですよね、どうしましょう。
Shuhei Eda
なんかあれですかね、月並みですけど、なんで海外行きたいと思ったかとかそういう話しかした方がいいですか?
ken
あーいいですね、じゃあ改めちょっと、なぜアメリカに行こうと思ったか。
Shuhei Eda
そうですね、まあ、なんか結構話せば長くなるんですけど、
まあ、はしょる、だいぶはしょると、いや、はしょった方が多分1時間とかで終わらなくなる気がするんで、
まあ、そのポイントだけ言うと、やっぱり自分の中でもともと、
なんとなくのその海外で活躍している日本人、カッコいいみたいな、
なんかもともとそういう憧れが僕にありまして、
特になんか日本以外の地で、なんかすごい自分の、なんていうんですかね、分野で頑張っている人ってなんか、
なんていうんですかね、すごいなーみたいな、カッコいいなーみたいな憧れがもともとあって、
で、まあ、っていうのがまず一つあるのと、
で、その、あとその、ちょっと古い話なんですけど、2010年とかに僕、アメリカに一回留学したことがあって、1ヶ月だけなんですけど、
で、その大学院から行かせてもらうプログラムがあって、
で、その留学した時に、まあそのたまたまそのプログラムの中で、
Googleのその本社のオフィスを見せてもらう機会があったんですよ。
ken
へー、そうなんだ。
アメリカでの留学経験
Shuhei Eda
で、まあもうやっぱりそこでなんか、なんでしょうね、
バレーボールとか卓球とかしてる、なんかエンジニアの人とか見て、
うわ、めっちゃ、これでその世界にインパクト出してるのに、
なんてカッコいい人たちなんやっていうのも結構衝撃を受けて、
ken
卓球出してるのに検索エンジン作ってるってどういうこと?
Shuhei Eda
そうそう、そうなんですよね。
で、まあなんかすごい、まあやっぱり学生の時で何て言うんですかね、
なんかそういうのって、何て言うんですかね、すごい衝撃を受けて、
こういうところで、まあのびのびと働いて、働きつつ、
まあ自分の価値を出せて、評価されるような人間になりたいな、
みたいなところが、まあもともとぼんやりあったっていうのは、
まあ最初のきっかけっていうか、まあそういうふうな思いを持ってたっていうのはありますね。
ken
ああ、そうだったんですね。
いや、なんか綺麗にさまっていただいて、
アメリカでのキャリア選択
ken
あの、僕せっかくなんでちょっと、もうちょっとだけね、堀川さん。
Shuhei Eda
ああ、ぜひぜひ、もう何でも、はい。
ken
あの、その一つ目と二つ目ってタイムライン的にどっちが先ですか?
その、なんか海外で例えば憧れる、活躍してる人は、
例えば新卒をマイクロソフトに入ってから会ったのか、
それももうちょっとその大学時代から、
誰かイメージされてた感じですか?
Shuhei Eda
いや、まあなんかその、特にこの人がすごい、
なんていうんですかね、憧れがあるとかっていうのはないんですけど、
まあ例えば、まあやっぱ大学とか高校とか、
まあそういうときとかって、
まあ誰だろうな、まあ例えば、
まあベターな話ですけど、その一郎選手とか、
まあその多分、そういう、まあとかでもいいですし、
まあ例えばちょっと海外旅行行ったときに、
現地のガイドをやってる人とかも、
なんかすごくかっこいいなって思ってたんですよ。
ken
めっちゃわかる。
Shuhei Eda
なんかこの異国の地でなんか、
ちゃんと、なんていうんですかね、
働いてるっていうことは、
この周りの人に認められてて、
なんか、そのちゃんとここで、
その自分のポジションを確立して、
生きてる、今生きてるって変な話ですけど、
まあ評価されてるっていうのが、
なんかすごいいいな、
すごい憧れるなっていうのはあって、
そういう思いは、
まあなんかちっちゃい、
学生時代からとかですかね、
まあやっぱりぼんやりやったっていう感じですね。
ken
そっかそっか。
いやガイドさんかっこいいですよね。
Shuhei Eda
そうなんですよ。
ken
なんかいろんな現地の、
普通は知らないようなお店とかを、
こうすいすい紹介してくれて、
なんかそこのカフェとか、
お店の人となんかすごいつながってて、
いやなんか、
ガイドのなんかコミュニティへの、
なんていうんですかね、
入り込み具合っていうのは、
なんか憧れますよね。
Shuhei Eda
特にその、
まあ別に、
現地で生まれてとかでも全然いいんですけど、
なんか日本に最初、
結構長い間過ごされてて、
その後海外に行くって、
すごいチャレンジングなことをされてると思うんですけど、
それでもそこをクリアして、
なんか現地に馴染んでるというか、
そういうのってすごいなっていうのは、
まあすごい、
なんていうか気持ちの話ですけど、
そういう憧れみたいなのがありましたね。
ken
そうか、だからこう日本という、
まあ自分が生まれ育った、
まあ一周こう、
コンフォートなゾーンを抜けて、
海外でチャレンジしてる人の姿が、
かっこいい自分もそうなりたいみたいなのが、
やっぱあったっていうことなんですかね。
Shuhei Eda
そうですね。
ken
その時の海外って結構、
アメリカっていうのがやっぱり強かったですか?
特にテック企業を選んだが、
っていう、
テック企業を選ぶと、
やっぱり活躍してる人ってアメリカ多いじゃないですか。
Shuhei Eda
そうですね。
アメリカを選んだ、
そこがアメリカを、
海外の中でもなぜアメリカだったのか、
みたいな話になると思うんですけど、
自分がじゃあ何で価値出せるかと思った時に、
やっぱり技術、
エンジニアリングの分野だと思うので、
そういうので、
自分のテックのキャリアを考えた時に、
アメリカとか、
北米圏ですね、
やっぱりワクワクするプロジェクトが、
多そうなイメージがあって、
求人とか見てても、
すごいコアな部分を、
一緒に作っていこうぜ、
みたいなのとか、
クラウドサービスのこのサービス自体を、
一緒に作っていこうぜとか、
すごい世界にインパクトがある、
プロジェクトが多いのかな、
っていう印象があって、
自分のキャリアとかやりたいこととか考えると、
そこで選ぶんだったらアメリカかな、
みたいな感じになったと。
ken
それは間違いないですよね。
他社の求人見てても、
社内の求人見ててもそうだし、
スタートアップのエコシステムとか見ててもそうだし、
やっぱりシリコンバレーとかに集まってるから、
そこで人材も流れていくので、
やっぱりタイムゾーンを超えて、
一緒にコアのプロダクトを開発するというのは、
厳しいというか、
多分募集してないというか、
その場で人材が取れちゃうから、
わざわざ日本からとか、
わざわざイギリスからとかで取らないですよね。
Shuhei Eda
そうなんですよね。
そこも裏を返すと結構、
僕が苦労した部分にも
話が繋がってくるんですけど、
やっぱりその、
この話を、
苦労した話をしてもいいですか。
ken
聞きたい聞きたい。
Shuhei Eda
ぜひぜひ。
もともと、
アメリカに行きたいみたいな、
海外に行きたいみたいな思いはあったんですけど、
一社目、
マイクロソフトに入りましたと。
そこで、
一応ちゃんと、
対外的にというか、
例えば人事の人とかに話を聞くと、
よく言われるのは、
社内の国を越えた移動ってできるんですか、
みたいなことを聞くと、
すごい簡単に、
できますできますみたいな感じで言われるんですけど、
じゃあ、いざ本当に僕が
一社目入ってできるかって言われると、
まあそんなことはなかったなっていうのが、
僕の印象なんですよね。
それはなぜかというと、
まあ、
僕がサポートエンジニアとして入っているので、
例えば海外の
開発に行こうと思うと、
その、
僕がアプライしている先の人からすると、
国も越えなくちゃいけないし、
厳密にやっぱりテックサポートと開発って、
スキルセットも
違うとみんなされるので、
なんか越えなくちゃいけないハードルが
2個ぐらいあって、
いややっぱなかなか、
その社内、
僕すいません、
一社目がマイクロソフトだったんですけど、
その時とかもちょっと海外の
開発のポジションとかアプライとかしてたんですけど、
すぐに落とされるっていう、
即行リジェクト
みたいなのばっかりが続きましたね。
ken
あー、でも
一社目の頃から一応アプライというか、
チャレンジはされてたんですよね。
Shuhei Eda
そうですね。
ken
マイクロソフトの場合は
社内の
リロケーションというか、
制度は整っているけど、
やっぱり向こうからすると
あくまで他の社外から
人を採用するのと同じような感じで、
社内の人だろうが
日本からのアプライとかを
同じように並列で
扱うって感じでしたか?
Shuhei Eda
そうです。
結構
僕の印象としては
本当に社内からの移動も
すごい移動先の人と
なーなーって言うんですかね。
とかってない限りは、
完全社外と同じレベルで
ken
面接もありますし。
そうですよね。
海外に行くために日本の外資を
経由していくっていうのは、
たまに成功パターンは出てきますけど、
なかなかハードル高いですよね。
ハードル高いですね。
成功してる人の裏で
失敗してる人たくさんいると思いますよね。
Shuhei Eda
そうですね。
実際、
成功パターンは結構
出てくるんですけど、
おっしゃった通り、結構
そういう話を見て、
できるんやと思って入って、
多分僕みたいに
意外と大変だぞこれはって感じる人
多いと思いますね。
分かりますね。
ken
完全に同意ですね。
そっか。
これもし話せたら
聞きたいんですけど、もしダメだったら
2社目でもチャレンジは可能だったんですか?
Shuhei Eda
そうですね。
アメリカやカナダへの移動をイメージ
Shuhei Eda
2社目でも
可能です。
少なくとも、
2社目では海外に
アメリカで
エンジニア基金を作らない
みたいな話があったので、
そこに僕を移動させてくれないか
みたいな話は確かにしてましたね。
ken
なるほど。
Shuhei Eda
それで、
それで結局
いけるかいけないかみたいな話、
そのマネタリング出て、そういう話も
うっすら出てるみたいなことがあったんですけど、
ken
結局いけず終わったからですね。
なるほどね。
そっか。で、3社目に
ショッピファイに入ったわけですけど、
これぶっちゃけ、ショッピファイに入る
っていう時は、
中長期的なキャリアとして
ショッピファイの中で海外
アメリカとかカナダに行くぞっていうのは
どれぐらいイメージされてましたか?
Shuhei Eda
どれぐらいでしょうね。
ken
いけるかな、いけないかな
みたいな。結構見えてました?
その社内での。
Shuhei Eda
入る瞬間は全然見えてないですね。
ただ、
なんていうんですかね、
こういうのって多分
マネージャーとかに言っといた方が
そのなんか後から
そういう機会が本当にあった時に
すぐに僕のこと
思い出してくれそうだなと思ってたので、
割と
ワンオワンの時とかに
その
ちょっと僕
なんかもしポジションとか
リロケとかできるようになったら、カナダとかアメリカに
ちょっと行ってみたいからすぐ教えて
みたいなことは常に言ってました。
ken
そっかそっか、じゃあちゃんと最初の方から
自分の方からアピールをしてたってことなんですね。
Shuhei Eda
そうですね。
だから既にそれに振り向いて
自分の
なんていうんですか、キャリアを絶対にそれにする
っていう感じで言ってたわけではないんですけど、
まあそういう機会があったら
すぐ教えてねっていう感じは
常に伝えてましたね。
ken
いやーまずそこが第一歩ですよね。
ちゃんと周りに伝えるというか
意識って
権限を持っているマネージャーと
マネージャーのマネージャーに伝わるように
声を台にしていくみたいなのは
多分第一歩ですよね。
Shuhei Eda
いや言っといた方がいいと思いますね、これは。
言っとかないと何も始まらないと思いますね。
ken
うーん。
言っただけでもいけないと思うんですよね。
多分ちゃんと成果とかスキルとかが
伴ってこないとと思うんですけど
でもそこら辺は意識して
何だろう他の
例えばノースアメリカの人と
こうコミュニケーション取ったりとか
なんかソーシャライジングしたりとか
そういったその普段の働き方という意味で
その社内定責が決まる
前の段階で何か
心がけてたこととか意識づけとか
何かありましたか?
マネージャーに言う以外の側面で。
そうですね。
Shuhei Eda
まあその
移動した先
結局ショッピファイとかだと
タイム
全世界に同僚がいるじゃないですか。
でその
自分が移動したいなと思っている
タイムゾーンの人とは
特にコミュニケーションを取るようには
していましたね。
特になんかどういう
仮に移動できたとして
その先で一緒に働く
可能性があるので
その同僚の方々だと思うので
まあなんか
どういう感じの人かなとか
どういうプロジェクトやってるのかなとか
普通にちょっとコーヒーチャットしようよとか
移動先のタイムゾーンとのコミュニケーション
Shuhei Eda
プロジェクトとかやってて
その人たちが知ってそうなこととかは
積極的に質問するとか
そういうネットワーキングですね
ken
みたいなことやってましたね。
なるほど。実際に行くときに
朱恵さんはアメリカの西海岸に行かれましたけれども
それは
その当初からやっぱり日本との距離とか
あと日本人コミュニティとか
意識してある程度朱恵さんファミリーの中で
イメージがあった感じですか?
選択肢はあったんですか?
例えば東海岸とかカナダ側とか
Shuhei Eda
えっと
その時は
選択肢はもう西海岸っていうか
タイムゾーンでの縛りはありましたね
その結局
移動できたのも
そのマネージャーが
よし朱恵行ってこいってなったところの
当時
西海岸で
同僚いたんですけど
十分な人数が取れてなかったんですよね
その状況が続いて
トレーニング
すでに
ショップファイヤー1年ぐらいだったのかな
1年半とか
タイミングで
ある程度
トレーニングを積んでいる僕が行った方が
そこの拠点が
十分な人材が
確保できるので
最初交際が出たって感じなので
タイムゾーン的な縛りは
西海岸っていうのがありましたね
ken
そっかそっか
今はもうすっかり
朱恵さん西海岸でだいぶ活躍されてますけど
もともとAPACで働いてる
知らない人も多いのでは?
僕の時の中でね
Shuhei Eda
そうですね
一応経緯としては
入った時は
ジャパンっていうか普通に東京で
働いてたんですけど
結局
2023年
1年半とかかかって
シアトルの方で働いてるって感じですね
ken
そうですね
僕の
印象ですけど
例えば朱恵さん社内の勉強会の
リードというか
してくれていて
すっごいんですよね朱恵さんの
立ち回り方が見てて本当に
勉強にしかならないんですけど
毎週の勉強会の
ネタを考えたり
盛り上げたりとか
ソフトスキル面でもすごい
輝いてるし
多分同じような動きってAPACだと
できないですよね
Shuhei Eda
タイムゾーンが違うから
そうなんですよね
本当に
タイムゾーン
ここは本当にタイムゾーンが変わったっていうのは
ありがたくて
なんだかんだ勉強会に登壇
してくれるような
エンジニアの数っていうのが
やっぱ北米にいる
エンジニアの人が多いんで
タイムゾーン的にも
ちょっと勉強会出てよとか
言った時に交渉しやすい
ken
っていうのはすごいありますね
朱恵さんご自身もそうですよね
APACの時だとやっぱり
レコーディングを見ざるを得ないというか
リアタイで参加できないから
質問も投げられないし
Shuhei Eda
そうですね
ken
ロンドンテックトークだと
意思決定も決まった後に
聞くだけとかになっちゃいますよね
Shuhei Eda
そうなんですよね
だからそういうところに
そうですね
リアル
本当に
ライブで参加できるっていうのは
ありがたいですね
でも勉強会の
運用結構ロンドンテックトーク
を参考にさせていただいて
ken
いるので
そうなんですか
ブッククラブの方
それともポッドキャスト自体の方ですか
Shuhei Eda
何でしょうね
ポッドキャストの
運用で
一番すごいなって僕が思っているのは
毎週コンテンツを出すことが
一番すごいなと思っているんですよね
毎週でかといって
別に
つなぎ会みたいな感じの
やつがなくて
結構ちゃんと
作っている感じがするんですよね
ken
嬉しいありがとうございます
Shuhei Eda
なのでそういうところで
毎週こういうクオリティの
ものを出していたら
勉強会ですとか
そういう
コンテンツを出すというところが
あって周りがちゃんと見てくれて
いい
ちゃんと頑張ってていいねみたいな感じで
みんな言ってくれたりするので
そういうところは
毎週何かちゃんと
誰かに声を掛けて
プランニングして作るみたいなところは
ロモテクトークを参考にさせてもらってます
ken
マジですか
めちゃくちゃ嬉しいありがとうございます
ネタはたくさんあるんですよね
ただ週1以上で
公開しちゃうと
リスナーさんも聞くのも大変になっちゃうから
週1をマックスだとすると
やっぱり年間
50本ぐらいしか撮れないので
Shuhei Eda
そうですよね
ken
過去に出ていたゲストの方に
このネタでお呼びしますって
お声掛けたぶんいっぱいしてるんですけど
やるやる詐欺になってるのが結構あったり
そうそうそう
そうですよね
多分
しゅうへいさんがやってくれてる
社内勉強会は
流れが完全にリズムできましたよね
週1でやるみたいな
毎週だって僕は何のトピック来るんだろうなって
楽しみにしてます
Shuhei Eda
そういうのを言っていただけると
ちゃんと
こっちだと本当に
エンジニアも多いので
勉強会に参加してくれる人たちが
興味があることっていうのが
割と準備しやすい
っていうのはありますね
もちろん
自分で誰かに聞いて
スライド作るとかも割とやりやすいですし
そうじゃなくても普通に
社内のコンポーネントについて
知りたいみたいな意見があったら
同じタイムゾーンに人がいたりするので
勉強会で話してよって
挑戦したりとかはやりやすいですね
ken
そうですよね
せっかくこの話の流れになったので
雑選して聞きたいんですけど
その仕事関連で
タイムゾーンが変わって
働くチームメンバーも変わったし
カルチャーも同じ会社とはいえ
チーム雰囲気が違うので結構変わったと思うんですよね
その仕事という側面で
移住直後に
チームメンバーからの信頼関係を得たり
とか
半分オンボーディングみたいな状態では
あったと思うんですけど
その仕事で一番苦労された
側面って何かありますか
何でもいいですけど
例えばプロジェクトも変わるし
同じチームの中で
SREとして変わってるんで
求められるスキルセット
同じだと思うんですけど
やっぱり
プレッシャーというか
APACで成果を出さなきゃいけないというのと
ノースアメリカで成果を出さなきゃいけない
みたいな
自分に対するプレッシャーもしかしたら違ったかもしれないし
マネージャーも変わったかな
とかもあるので
Shuhei Eda
そういう意味でいくと
そうですね
マネージャーからプロジェクト提案
Shuhei Eda
マネージャーも変わったというところでもありますけど
2つ今ちょっと考え
出てきたんですけど
1つは
割と北米に
こっちに来て
マネージャーの性格にもよるかもしれないんですけど
マネージャーから
プロジェクトの提案を
持っているのかなっていう
なので一人一人が
日本にいた時は
どっちかっていうと
上のマネージャー
自分のマネージャーとかテックリードみたいな人がいて
よしこれやるから
君このプロジェクトに
入ってねみたいな感じで
決まって
ちょっとやりたいとかそういう質問がありますけど
おおよそ上から降ってきて
日本での準備期間
Shuhei Eda
自分はこのプロジェクトやるのかっていう感じになって
サインされてやるみたいな感じだったんですけど
こっちに
行ってマネージャー変わってからは
どんなことやりたい
って言って
それが割と
じゃあ次からそのプロジェクトねみたいな
感じになることが多いですね
だからなんか
一人一人が
個人事業主っていうか
アメリカ
提案していくっていう感じですね
同じことを
最近本出された
ken
うしおさんっていう
Shuhei Eda
マイクロソフトを送ったんですよね
フォトキャストか
どっかで話してるのを聞いたんですけど
なんか
マネージャーももちろん
やりたいこととかあるんですけど
どっちかっていうとやりたいことないって
メンバーに聞いていって
そういう話を踏まえて
多分プライオリティをつけてじゃあこれやろう
みたいな感じになっていくんで
そうすると
メンバーの方から
やることを決めていく感じはしますね
ken
なるほど
Shuhei Eda
ボトムアップで
もう一個
そういう意味ではないです
そこは僕はマイネージャーではなかったので
ちょっと苦労したっていう話が1点と
もう1点は
割と
障害対応の
ミーティングとかで
偉い人が入ってくるミーティングを
こっちに来てからホストすることが
多くなってドキドキする
っていうのがありますね
それめっちゃわかる
APACの時は
APACで起きてる偉い人が少なかったので
誰かが
やってくれるのをレコーディングで見る
みたいな感じだったんですけど
こっちに来てからは
振り返りミーティング
とか割と重要なミーティング
とかこっちのタイムゾーンで
やるので
そうすると結構偉い人とかも
わらわら入ってきて
参加されるので
別にまあ
土合が飛び合うとかは全然ないんですけど
ちょっと緊張するなっていうのはありますね
ken
しゅうへいさんよく回してますね
ビジビリティもたぶん
ビザの手続きと後半の準備
ken
バック上がりしてるんじゃないかな
あれこれもしゅうへい回してるこれも
またしゅうへいいるみたいな
だって西海岸もそもそも人が足りてないから
そもそも無理もあったから
西海岸でやらなきゃ
所外対応とかレトロをやらなきゃいけない
ときたぶん呼ばれる回数も
かなりあったと思うんですよね
Shuhei Eda
はいはいそうですね
ken
あります
Shuhei Eda
特にまだまだ人全然足りてないんで
そうですね
すごいデカいのが多くて
なんかその
事後対応のミーティングとか
そうですね
ken
走りやってくれみたいなことが多いですね
めっちゃチャレンジしてるじゃないですか
Shuhei Eda
かっこいい
いやいやいや
けんさんすごいじゃないですか
今日けんさんの回じゃないから
あんまり
言っていくと趣旨が変わっていくかもしれない
ken
いやもう本当にかっこいい
じゃあ
仕事の苦労話がありましたと
じゃあ25の
家族とか
いろいろ全てをコミュニシタ
苦労話全体を100にしたときの
仕事の占める割合ってどれくらいでしたかね
今まで仕事でも苦労されたと思うんですけど
いやまあ
本当に
Shuhei Eda
55分
でも半分ぐらい
ken
半分ぐらいですね
Shuhei Eda
なるほど
ken
なんていうんですかね
Shuhei Eda
どっちも大変やったっていう
そういう意味ですね
ken
難しいのって大変なのが
同じタイミングで来るっていうのだと思うんですよね
例えばまず仕事の立ち上げをしてから
何だろう
家探したり
学校とか家族の
生活立ち上げみたいな
時期をずらしたら多分いいんですけど
どっちも一緒に来ちゃうから
Shuhei Eda
そうですね
そうなんですよね
なんか結構
仕事やりながら
例えばなんか手続き
どうしてもこの日までにしておかないと
なんか
その締め切りがあるんで
後で偉いことになるから
ちょっと行かないといけないとか結構あったんで
本当にどっちも立ち上げていくのは
ken
結構大変でした
そうですよね
じゃあその残り半分の方を
ちょっと後半では聞いていきたいんですけれども
ざっくりまずタイムラインを
ラフにお伺いしてもいいですか
まず日本の
移住の準備の時も
聞いてみたいんですけど
大体何ヶ月ぐらい
準備期間があって
6月末に
移住してその後
何かキーイベントがあったら
これが何ヶ月ごろに起こったみたいな
簡単なタイムラインっていうのを
もう一回おさらいしてもいいですか
Shuhei Eda
そうですね
タイムライン的にはまず
そのマネージャーから
よし行くかみたいな
話の声がかかったのが
2022年の
2022年の
夏ごろだったと思いますね
ken
そっかそっか
Shuhei Eda
その辺で
願ったり叶ったり
やったって思ったんですけど
結局
僕今こっちに転籍してるんですけど
ビザとしては
L1ビザなんですよね
L1ビザで
USに行く場合は
まず子会社に
1年いなくちゃいけないっていうルールがあるので
まずは数ヶ月
ちゃんとその要件を満たしましょう
ken
みたいな期間がありました
そっかそっか
2022年7月の
夏の時点ではまだその要件を
Shuhei Eda
満たしてなかったと
そうですね
ようやく
数ヶ月経って満たして
そっからビザの手続きを
始めましょうみたいな感じになっていて
移民弁護士の人と
相談して何かドキュメント書いたりとか
っていうのが
2022年の冬から
2023年の前半
とかになった感じですね
ken
なるほど
じゃあペーパーワークが忙しかったのは
年末年始ぐらいって感じですかね
Shuhei Eda
そうですね
最終的にビザの
その中大使館
日本にあるアメリカの大使館に行って
ビザの面接とか
行ったのが確か2023年の
3月か4月
とかだったと思いますね
ken
確かに
この頃しゅうへいさんとワンワンしたの
なんとなく
なんかこう
ワンワンするたびに
一歩一歩
前進していく感じを聞いて
そろそろですねみたいな
Shuhei Eda
そうですね
毎週ワンワンしてたり
とかして
逐次報告するみたいなのをやってます
ken
身長確認を
そっかそっか
その頃は
例えばペーパーワークとか
気持ちを高めていくみたいなのあったと思うんですけど
日本側で
具体的に何か他に進めていった
ものってありますか
例えば住居関係とか
何かあったかな
家族に言うぐらいですかね
Shuhei Eda
そうですね
親族
家族にはそうですね
夏の時点で
マネージャーからのオファーは受けようと思うんやけど
っていうのは言ってて
妻からは
そうですねアップループが降りたので
よっしゃ行けるぞってなりましたね
あと
何でしょうね
自分の場合は
持ち家があったので
それを
とりあえず賃貸に
出そうっていうので
渡航してから
賃貸に出す手続きとかを
日本の不動産の人とやる
ken
とかはやってましたね
そっかそっか
うちに渡航のタイミングで終わらせなきゃいけない手続きでもなかった
Shuhei Eda
ということなんですね
ken
そうですね
Shuhei Eda
普通の
引っ越しの準備とアメリカ到着後の生活
Shuhei Eda
渡航するまでは
あらゆるものを
契約しているものを
渡航してから
ken
渡航日がフィックスしたのは
Shuhei Eda
その後ですか
ビザが降りて
2023年の4月
ビザがもらえて
ようやく人事と話し合って
いつ行くかを決めた
ken
そっかそっか
ビザが正式に降りた後で
どれくらいの準備期間が必要か
会社側とか家族と話して
6月末に行くぞって決めた感じ
Shuhei Eda
そうですね
ken
そっから決まってからは
だいぶ怒涛の日々の
Shuhei Eda
怒涛でしたね
そうですね
4月に日が決まって
結局6月なんで
子供の保育園とかも
めっちゃびっくりされました
もうですか
結構びっくりされたりとか
ken
そういうのありましたね
言うタイミングも難しいですよね
ビザが出る前
前っていうのはワンチャン
行けなくなる可能性もあるし
そうなんですよね
ふわっと頭出しするしかない
Shuhei Eda
そっかそっかそうなんですよね
辞める辞めないとか状態が続いて
相手も混乱させちゃうので
本当に飛行機が決まってから
伝えたんで
それはそれで
向こうをびっくりさせたんですけど
難しいですね
ken
中途半端な状態で
言って
お互い大変だし
そうですね
家は決まって
国際引っ越しの準備をしつつ
子供も見つつ仕事もしつつ
みたいな感じですよね
Shuhei Eda
大変でしたね
ken
そっかそっか
同じタイミングで行かれたんですよね
Shuhei Eda
全員そうですね
同じタイミングで
アメリカに来ましたね
ken
なんかその
そうですね
アメリカに着いてから
家探しの前なんか
ここら辺のタイミングで
思い出に残ってる黒お話とか
何かありますか
Shuhei Eda
日本滞在中
ken
日本滞在中か
もう覚えてない
Shuhei Eda
忙しすぎて
怒涛の書類作業を
やってた思いはありますね
入国の
入国とかもそうですし
あとは
引っ越しの準備が
大変やったかな
何を捨てる
何を持っていく
これは使えるのか
最初わからなかったので
色んな人に聞いて
これ持っていっても使えないよとか
逆にこれ持っていったら助かるよとか
色々聞きながら選別していく
みたいな
今後もちろん国際引っ越しの業者がやってくれるんですけど
その前にいるいらないよ
それとか結構
時間がかかりましたね
ken
それはわかりますね
どういう家に
入れるか
大きさの部屋に入れるかも
わかんないし
生活スタイルも見えないんで
多分この時期に色々捨てたと思うんですよね
捨てて後悔してもらった
ありますか
Shuhei Eda
あー捨てて
ken
それめっちゃいい質問
なんかぽっと出てきます
Shuhei Eda
意外と
ken
どうですか
Shuhei Eda
思いついたらぜひ言ってください
僕は
例えばなんか
結構家具
テーブルとか
テレビ台とか
そういうものを捨ててきたんですけど
今思うと
持ってきた方が良かったな
と思う派ですね
どうせその時の考え方としては
どんな部屋に住むかわからないから
最初に
住んだ部屋に
合ったサイズのものを買ったら
良いじゃないかっていう
発想で捨てたんですけど
それはそうだったんですけど
結局でも来てすぐに
車とかもなかなか手に入らず
買い物とかに行くのも
ちょっと時間かかったんで
それだったら
すぐに
使えるものが
一旦とりあえず借りでもあったら
すごくありがたいなと思いました
ken
確かに
だって車を手に入れて買いに行くまで
アメリカへの転勤と家具・家電の苦労
ken
結構部屋寂しい状態ですよね
Shuhei Eda
そうですね
実際友達にちょっと借りて
なんか
こっちにする知り合いとかに借りて
一緒に行くとかはやったんですけど
それでもそんな大きいものはやっぱり頼めないんで
やっぱり
家具は
そうですね
家電とかじゃない普通の家具は
意外と持ってきても
ken
役に立つかなと思いました
確かに確かに
どういう部屋に入るか分かんないというのもありつつ
割と家具ってフレキシブルにね
模様替えできたりするので
お気に入りの家具とかあったりするとね
逆に
いらなかったなみたいなのありますか
持ってきて
頑張って苦労して持ってきたけど
これはいらなかったなみたいな
僕とか結構本持ってきちゃったんですけど
持ってきた後に
普通に電子書籍買い直したりとかして
3年かけて
リサイクルとかしちゃったりとかして
あるんですけど
Shuhei Eda
そうですね
僕は
なんだろうな
家電
100ボルトまでしか対応してない家電製品ですね
ken
そっかそっか
変圧器とかは
Shuhei Eda
買わなかった
一番僕が
ピンポイントで
イラっとしたのは
イラっとしたとか言ったらダメですね
ダイソンの
ヘアドライヤーを
僕持ってるんですけど
日本のダイソンのヘアドライヤーは
アメリカに持っていくと動かないんですよ
ken
電圧の問題でってこと
Shuhei Eda
多分そうだと思います
あれは100ボルトしか
動かないようになった
日本で買ったダイソンのヘアドライヤーは
ken
サーキットブレーカーか何かが入ってるのかな
Shuhei Eda
安全装置みたいなのが入っていて
動かないようになってると思うんですけど
それとかわざわざスーツケースに入れて
これはもうすぐ使いたいから
とか言ってわざわざスペース
ちょっとでかいんですよねコンセントとか
頑張って持ってきたのに
出だしで使えへんから
ken
なんやねん
悔しいやつですね
Shuhei Eda
ダイソンなんで
グローバル対応してるやろうと思って
ken
持ってきたんですけど
なるほどね
潜入感があったと
パソコンとかそういうの
結構対応してるのもあるから
Shuhei Eda
ダイソンだったら対応してると思いがち
ダイソンは対応してるでしょと思ったら
甘かったですね
ken
ちゃんと見ないと
大変でしたね
実際来られて
まずは家探しですよね
立ち上げで
そうですね
タイムライン的には
家を探してから車とか
お子さんの学校とかでしたっけ
ここらへんどういう
Shuhei Eda
家は
まず最初仮住みたいなところに
入って
家を探して
たまたま日本の保育園を
見つけたのでその保育園が決まって
最後に車を
ゲットしたみたいなタイムライン
ken
なるほど
家見つかるのはどれくらいでしたっけ
仮住まいにいらっしゃったのって
1ヶ月くらいでしたっけ
Shuhei Eda
結局
2ヶ月いましたね
ショッピファイはその2ヶ月
行っていいよっていうプランで
他の移住者の人とか聞いてると
ken
1ヶ月のところが多いみたいですけど
Shuhei Eda
他の会社にもってことですか
そうですね
ショッピファイは2ヶ月
仮住まいの部屋に行っていいよって言ってくれたので
ken
2ヶ月かけて探しました
Shuhei Eda
めっちゃいいですね
ken
ありがたかったです
家探しのフロー自体は
何か特別困った
大変だったことはありますか
当時の不動産状況はどうだったんですか
買い手市場か売り手市場か
Shuhei Eda
売り手市場っていうんですかね
本当に家賃が
アメリカインフレで
めっちゃ高くて
それでもボンボン決まっていくっていうので
ken
そっかそっか
Shuhei Eda
特に良さそうな家とかは
すぐに決まっていくので
ちょっと気に入ってた家とかも
すぐに
賃貸でも
なくなっていくっていう状況だったんですよね
すぐ動かないと
ken
他の人に取られていくと
そうですね
ロンドン側とかだと
子どもとかがいると
ファミリーサイズの家がそもそもない
みたいな問題とかもあったりするんですけど
アメリカとか
僕の勝手な偏見だと
割と大きい部屋が多いのかなと
そこは困らなかった印象ですけど
どうですか
Shuhei Eda
そうですね
少なくとも
自分子ども二人いるんですけど
その子どもたちを
育てている
っていう意味では別に
困らない部屋は十分ありますね
でもやっぱり賃貸と
購入では
やっぱりがらっとまた話が変わってくるんで
賃貸とかだと
ken
部屋の大きさが違ってくるってことですか
何が違ってくるんですか
Shuhei Eda
そもそも物件の数が購入の場合は
特に自分が住んでる
シアトル金庫
レドモンドとかは
物件もかなり少ないので
ちょっと出てくるとすごい
家は広いんですけど
高いからなかなか買えなさそうだなみたいな
家が結構バンバン出てくる
ken
なるほどね
さすがに買うっていう
選択肢はなかったですよね
Shuhei Eda
さすがにまだないですね
ken
グリーンカード取ってからとかですよね
Shuhei Eda
グリーンカード取って
僕が3つか4つ
ポジションを消費したら買えるかな
ken
みたいな
なるほど
そんなに
日本と比べて住宅ローンの金利とかも
全然違いそうですもんね
そうですね
子供の学校探しと日本語コミュニティ
ken
心理的ハードルが高そう
みんな借りなきゃ買えないけどね
人が多いと
Shuhei Eda
そうですね
ロンドンの住宅自住は分かってないですけど
金利アメリカとかでは今7%とか
一時8%とかの時があって
8%はすごいな
すごいなって感じですよね
ken
どうやって
投資をしたら8%上回る成績を
出せるのかみたいな
Shuhei Eda
なかなか難しい
そこはまだ躊躇してますね
グリーンカード取ったら
一旦買ってみたいな
という気持ちはあるんですけど
7%は
みたいな感じの気持ちも全然あります
ken
確かに確かに
都米直後だしね
最初は賃貸ですよね
そうですね
そっかそっか
お子さんの学校は日本日系の学校
ということだったと
記憶してるんですけど
スムーズに入れた感じ
Shuhei Eda
行ってから手続きされたんでしたっけ
行ってから手続きしました
それは今すごいいいポイントで
たぶん
もしここに駐在するって決まったら
たぶん行く前に
ウェイトリストとかに入っておいた方が
ken
いいと思いますね
Shuhei Eda
そうなんだ
ken
たまたまラッキーでいいタイミングで
入れたみたいな感じですか
Shuhei Eda
本当に結果
たまたま
週5じゃなくて週2の枠が
その時は空いてるって言われて
週2だったら来ていいよって言われて
週2でも行かせてもらえたら
ありがたいんで
ken
そこに入れたって感じですね
そっかそっか
それ以外の選択肢は割とウェイトリストで待たされそうだった
Shuhei Eda
っていうことですか
ken
そうです
日系の幼稚園だから学校始まりも
もしかして4月になる
Shuhei Eda
そっか
9月始まりとかで
アメリカの
そうですね
ken
学期の終わり方と同じですね
6月末7月ぐらいに
行かれたじゃないですか
そういう意味で言うと
例えば他の駐在の人とかが
夏休みで
帰るみたいなタイミングで待ったりしたんですか
Shuhei Eda
たぶんそれは
ken
子供の空き状況的に
Shuhei Eda
そうですね
そう思いますし
割とその学期末
じゃないですか
何歳になったから別の保育園に
入れますとか
特に今とかだと
モンテソーリー教育みたいなのがめっちゃ流行ってて
こっちでも流行ってるんで
そういうのを
ずっともっと長い時間
かけて教えますみたいなところに
何人かたまたま行ってくれて
僕はもう日本語
子供はちっちゃい子は最初は日本語を
勉強してほしいなと思ってたんで
そこに入れてよかったなみたいな感じですけど
ken
そっかそっか
そこはもう日本語
メインっていう感じですか
英語はどれぐらい
やってくれるんですか逆に
Shuhei Eda
そこは特に
100%日本語ですね
英語は特に
子供が
結果的に
親が英語を話してるから
ちょっと英語を話す子とかもちろんいるんですけど
先生とかは
なるべく日本語で
話しかけるようにしてくれて
ken
じゃあ言語教育という観点では
もう日本語にフォーカスできる環境を
子供に提供できて
できてるってことですね
Shuhei Eda
いいですね
ken
大事な時期ですもんね
今頃とか
Shuhei Eda
そうですね
自分の考えではそこは
その小学校に入ったら
どうせ絶対英語をやるし
このままいくと多分
どうなるか全然わかんないですけど
中学高校とかも多分英語をやるんで
人生で考えたら英語をやる時間の方が長くなるんで
それだったらできるだけ
最初は日本語を
捨ててあげたいなっていう思いがあって
ken
うんうん
そうですよね
多分ここら辺去年ね
シンガポール出張でお会いした時も
軽く雑談した記憶なんですけど
結構やっぱり日本語コミュニティに
入れたっていうのも
中平ファミリー的には大きかったんじゃないかな
という僕の勝手な
印象ですけれども
Shuhei Eda
めちゃくちゃ
でかいですね
特に保育園とかで
保育園で知り合う
親御さんとかは
すごいちょうどいいんですよね
日本にも興味があるし
でも別に英語でも日本語でも
全然そこは話せるんですけど
日本語とか日本に興味があるんで
話題が結構見つかりやすいんで
ken
すごく
Shuhei Eda
仲良くなりやすい
ご家庭が多い印象がありますね
ken
確かに確かに
駐在と現地の人の属性
ken
そっか
駐在されてる人とか
現地で育った人とかの
割合でいうと
親の
ライフスタイルというか
属性でいうと
どういった方が多いところなんですか
Shuhei Eda
あー
本当に体感ですけど
7割が
現地で
現地っていうんですか
片方の人が
アメリカ人で
奥さんが